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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 《  》と『      』
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第54話 無機質の果て


 太陽がゆるやかに沈んでいくのと同じ速度で森の中を進んでいた。


 周りには誰もいない。たった一人だけの道のり。

 ふと立ち止まり、背後を振り返る。 

 なんとなく、さっき出会った一人の男が頭に浮かび、気になったんだけど。

 

「(見えるわけないな)」

 

 背後にあるのは、男と別れてからいくつめかの丘。

 もう別れてから、数時間が経っている。あの出会った丘から俺も、あの男も遠く離れてしまっていた。


 ──あの人は、果たして無事にドアまで辿り着けただろうか。


 背後に視線を向けたまま考える。

 盗み見た《ステータス》には『サイセ・モズ』という名前と、冒険者のレベルとスキルがのっていた。でもその数値はとても低いものだった。日暮より、ちょっと高いといったところか。


 あのレベルでは正直、ドアに辿り着くのはかなり難しい。


 『ドア』を出現させて、部屋の中に入れてもよかった。

 あの瞬間、あの男の命を助けてあげるなんて、造作もない事だった。


 でもそんな事をしても、その瞬間だけ命が助かるだけだ。

 結局あの部屋は、終焉の大陸にしか繋がっておらず、終焉の大陸があるからこそ成り立っている。

 なら、あの道のりすらも生きられない人が、部屋の中で生きられるはずもない。


 空を見上げると、すでに大分暗くなった青をみて思う。


 この時間まで辿り着いてないなら、死んでるだろうな。

 それに生きていたとしても、その道のりは身に余るほど厳しいものになるはずだ。


 そんな自分の考えに、内心で笑う。


 とても一人の男の無事を、願っている思考じゃあないな。

 そもそも俺自身が、この大陸に──『無事』なんていう現象が存在することを、信じられていなかった。


 この大陸の厳しさを誰もが感じずにはいられない。


 視線を再び、前へと戻した。


 目の前にある巨大な木があった。

 『サイセ・モズ』にであった頃から見えていたが、その時よりもずっと近づいており、存在感を強めていた。


 引かれ合うように、前へ一歩、踏み出す。

 環境魔獣、《大森林》との距離が一歩分縮まった。


  

 


 ◇





 ──《大森林》。




 それは『樹虫』という平凡な名前の、この大陸でも最長に近い年月を生きている魔物だ。

 

 いや……。

 《大森林》は動くことも、何かを補食することも、繁殖することもしない。


 まさしく樹のように。

 ただじっと、そこにあり続ける。


 これを生きてると表現するのに、少々疑問を抱く人がいるだろう。

 いつか、この魔物が動いて活動していた頃があったのだろうか?

 気にはなるけど、俺がこの魔物を見つけたときにはもう、《大森林》はこの状態だった。



 《大森林》は環境魔獣だ。

 その周辺には環境を構築する力によって築かれた『森』が広がっている。


 ここ十年でいろんな環境の変化と、環境魔獣を見て来たが

 その中でも、《大森林》の構築する環境の広さと強さは、終焉の大陸でも随一だろう。


 最長に生きる魔物が、強い力で大陸でも随一の森を構築している。

 つまり《大森林》周辺に広がる森は、《大森林》が生き続けている年月と全く同じ年月のあいだ『森』であり続けているといえる。


 この大陸が生きるのに厳しい理由の一つにが環境がめまぐるしく変化するというのがあるが。

 じゃあ逆に、この大陸に環境が変わらない場所があればどうなるだろうか。

 少しでも生きやすくなるのだろうか。


 ──そんなことは、ない。


 終焉の大陸で生きているものは、はやい段階で気づくことになる。

 この大陸で環境が変わる場所よりも……。


 ──『環境が変わらない場所』ほど、近づいてはならないのだということに。


 例えば、何もない寂れた荒野。

 そこに、飢えた生き物がたくさん生息していたとして。

 一日数個だけ、りんごが実る木を『一本』植えればどうなるだろう。


 その結果は考える必要すらもない。

 昔、森の中で水を求めて湖に立ち寄ったときのことを思い出す。

 水を求めて壮絶に争いあう魔物たち。


 この森は何もない荒野に生えた、一本のりんごの木だ。


 魔物たちが手に入れるために、争っている。

 食料、適応できる環境、安息の居場所──そんなものを求めて。


 その光景は水を求めた戦いなんかよりもずっと壮絶だ。

 長く構築された環境というのは、そういう傾向があるけど。

 この森はあまりにも極端に、群を抜いている。


 構築された環境の年月の長さ。

 さらに多くの魔物にとって恵みが豊富な『森』という環境。

 その二つが合わさり、地獄絵図に地獄絵図をかけあわせた光景を産み出している。


 これが、この《大森林》の作る森が危険な理由だ。


 何日、何ヶ月、何年、何十年と。

 《大森林》が生まれて、森が構築されてからずっと。戦い続けている中で。

 この森は桁外れに『強い魔物』の『巣窟』に成り果てた。




 ──今戦っているこの魔物もその一体なのは間違いないだろう。


 ひらひらと、葉が舞い落ちていた。

 空のように頭上で広がる《大森林》の葉っぱだ。


 これも紅葉と言っていいだろうか?


 その葉は赤かった。けど、葉の持つ赤さではない。

 《大森林》の葉は、透明の薄い緑色だ。


 だからこの赤さは──空中で引火して燃えた、『炎』の赤さだ。


「グゥゥ!」


 うねり声が上がる。一つではなく、何十個も同時に。

 そしてその声をあげた、数十体という魔物が飛びかかってきた。


 それは豹にも似た魔物だった。

 『群炎豹』という名前で、さらに『炎』の環境魔獣だ。

 構築される『炎』の環境によって、足下では今も炎があがりつづけている。

 

 大剣を振って群炎豹を処理していく。

 刀身を使い、斬るのではなくたたきつけるように。

 傷をつけないように気をつけながら、倒す。


 すでに同じ方法で処理した群炎豹が、周囲にはたくさん転がっている。

 あまりにも雑多すぎるこの大陸で、一種類の魔物だけというのは珍しい光景だろう。


 でも、まだまだ増えそうだ。


 魔物の戦っている最中、少し遠くに魔素溜まりが浮いているのが目に入る。

 いつものように光が弾け、中から魔物が現れる。


 現れた魔物は、今倒したばかりのはずの群炎豹。


 うまれた魔物は周囲を取り囲んでいる群の中に入り、すぐさま戦いに加わる。

 倒しても、倒しても、群炎豹が減ることはない。


 燃え続けている地面も、酸素がなくなり鎮火してもよさそうだが、逆に魔素溜まりから『群炎豹』が現れるたびに炎はより広がって強くなっている。少し転んだだけでも、危うい。



 厄介な状況だ。


 この厄介な状況の原因は、周囲をとりかこむ群炎豹のさらに奥で、一匹はずれて佇んでいた。



群炎豹・皇 LV 3897


【種族】

炎豹族


【スキル】

嗅覚感知 LV63

咬合力強化 LV78

炎耐性 LV40

身体能力強化 LV87


【固有スキル】

従属群歩

炎天化



 魔素溜まりから生まれたばかりの個体とは明らかに違う。

 生まれたばかりの魔物は『2000LV』前後に対して、ステータスも高く、体格も一回り大きい。

 偶然にも一番最初に出会い、【鑑定】をした群炎豹だ。


 本来なら魔素溜まりから同じ魔物が生まれ続けるなんてことはない。

 少なくともこれまでこの大陸で生きてきて、生まれる魔物に規則性を感じたことはなかった。


 それでも魔素溜まりから、同じ魔物が生まれ続けるのはおそらく……。


 『群炎豹・皇』のステータスに乗っている、【従属群歩】というスキル。

 【従属群歩】のスキルは、魔素溜まりを操作して同族を生む効果がある。

 このスキルもどうやら『群炎豹・皇』にしかないスキルだ。皇という文字と同じように。


「(ろくな能力じゃないな……)」


 魔素溜まりに干渉することも。

 それによってもたらされる効果も。

 魔素溜まりの恐ろしさを知っていれば、そんなスキルを持ってても使おうとは思わない。


 要するに『群炎豹・皇』がこの群れの実質のボスだ。

 この魔物を倒さなきゃ、雑魚を倒していてもあまり意味はない。

 なんとか倒したい、ところなのだが……。


「ギャン!」


 飛びかかってくる魔物を、大剣の重さに物を言わせて真上から思い切りたたき落とす。

 断末魔を無視し、大剣を真横にふって、さらに二匹を弾き飛ばした。

 だが向こうには数の利がある。その隙をつかれて、一匹の群炎豹に足を噛みつかれた。


「……」


 あいている足を持ち上げる。

 それから噛みついている群炎豹の頭をめがけて力強く踏み抜いた。

 ズドン、と群炎豹の頭をとびこえ地面に伝わる衝撃。地割れのように少しだけ地面がひび割れる。周囲の群炎豹の群が、その衝撃に物怖じしたためか一瞬、攻撃の手がとまった。

 

「【ペテン神】」


 スキルを発動させ、群炎豹の脇に回り込む。

 真横で大剣を振り上げているというのに、群炎豹は別の方向を向いて吠えていた。

 まるで『まだそこに俺がいると思っている』かのように。


「ガウッッ!」


 奥にいるボスが渇を入れるように吠える。

 内心で舌打ちしながら、すぐに大剣を振り下ろした。

 なるべく体を傷つけないよう、同じように数匹葬り、適当に死体のない場所に向かって蹴り上げた。


 もう一体斬ろうとしたところで、距離をとられる。

 

「「「グゥゥゥ……!」」」


 周囲を綺麗にとり囲み、うねり声をあげる群炎豹。

 それから再び、数匹が俺に攻撃をし、その隙をついて一匹が攻撃してくるパターンが続く。

 



 この攻撃の仕方も含めて、厄介だった。

 数の利と、そして消耗を考えない攻撃方法。とことん自分の利点を生かしてくる。


 どんな強い生き物も、生きて動いている限り、何かしらのエネルギーを消費する。

 一斉に襲うことはせず、波状的に攻撃を仕掛けてくるのは少しでもそれを消費させようとする魂胆があるのだろう。



 少しずつ、夜が明け、森の中に日差しが差し込みはじめる。

 薄透明の《大森林》の葉は、空のように頭上で広がっているが日差しを通すから森の中が陰になって暗いなんてことはない。


 今、空を見上げればその美しさに見惚れることだろう。

 薄透明な葉は、下からみるとまるで水中から水面を見上げているように錯覚させるのだ。

 できればその景色を堪能できればいいけど、その余裕はない。



 群炎豹の波状攻撃は、数時間と続いていた。


 『群炎豹・皇』は俺の強さを警戒し消耗を狙う。

 俺も『群炎豹・皇』を狙いたいが、それをすればこの大量の群れに襲われる。

 互いに決め手を欠けた硬直状態が続く。


「(仕方ない。今は、『種蒔き』だ)」


 じっと我慢するように、飛び込んでくる群炎豹一匹一匹を丁寧に処理する。

 死体を群炎豹にむかって蹴り上げるが、避けられる。誰にも当たることがなかった群炎豹の死体は、空いているスペースに無様に転がる。


 魔素溜まりから生まれた魔物も生きている。

 だけど実質やらされていることは、捨て駒だ。なのに決死に飛び込んでくる群炎豹。こんな風に散って行こうと命は命だ。


 それでも群炎豹・皇は、冷徹に、同じ戦法命を何時間も続けていた。

 俺もまた同じだ。

 互いに、命を命とも思っていない攻防。


 一瞬、群のボスと視線が交差した。

 群炎豹・皇の瞳は、『無機質』に染まっていた。






 この大陸に限っていえば、強さとは『生き残っている』ことだ。




 どんな方法でも、どんな生き方でも。

 少しでも長く生き延びている魔物は『強い』。

 それはもはや、この終焉の大陸のひとつの法則だと言っていい。


 姿形も、《ステータス》も、バラバラ。

 まるで共通点のないはずの雑多な魔物たち。


 それなのにまるで複数の枝が一本の木に向かって行くかのように、『強い魔物』たちの間にはある一つの共通点があった。


 それは無機質な瞳だ。目は口ほど物を言うと、言うけど。

 彼らほど静かな瞳は、きっとこの世界には存在しないだろう。


 静かで、強くて、美しい瞳。

 生き延びている年月が長ければ長い魔物ほど、そんな瞳を浮かべる。



 なぜ、そんな瞳を浮かべるのか。

 その理由は魔物たちと同じように、この大陸を生きて行く中で自然と理解させられる。



 終焉の大陸で、甘さは許されない。

 ほんの小さな砂糖の粒のような、一片の甘さすらも許されない。

 物が重力によって落ちるように、明確に存在する法則だ。


 多くの魔物はそのことを一番最初に理解したのと同時に、命を落として行く。

 もし運良く生き残ったとしても、魔物達は抉られた傷の痛みを感じながら、『磨耗』していく。


 例えば、思いや祈り。

 例えば、怒りや悲しみ。

 例えば、希望や絶望が。


 『感情』が少しずつ、すりへっていく。

 磨り減らしながらも、生きて、生きて、生き抜いていくのだ。



 ──『お主はこの大陸を出たくないのかの?』



 不意に、ティアルの言葉が頭に浮かぶ。

 内心で、そうではない、と自嘲するように笑う。


 語弊がある。


 使う言葉に齟齬があった。

 磨り減る、磨耗。

 これではまるで、自分が望んでいないのに、そうなっているみたいだ。

 

 違う。


 『磨耗』ではなく、『研磨』。

 『すりへっている』のではなく、『研ぎ澄まされている』。


 瞳が無機質に染まって行くのは、この大陸で生きているものたちの適切な成長の仕方だ。

 ある一つの、研ぎ澄まされた先にある到達点へ向かって──。




 ◇



 長く続いた群炎豹との硬直状態は、不意に終りを告げた。

 突如、森を襲う細かい揺れと同時だった。



 それは馴染みのある揺れ方だった。

 すぐにこの揺れが地下から魔物が吹き出す、現象だという事に気がついた。


 小さな揺れが収まる。この数秒後に大きな爆発と共に地下から魔物がたくさん現れるだろう。

 乱戦になれば、群炎豹の群れをその魔物達とぶつけることができる。


 しかし状況は俺の望むものとは、少し違う方向へと進んで行く。

 視界の端で『群炎豹・皇』が一歩踏み出す様子が映る。

 魔物は大きく息を吸って、咆哮をあげる。



『Glaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』



 呼応するように地面の下から起こる大きな爆発。

 ぽっかりと空いた穴からは魔物が吹き出す。


 吹き出した魔物はすべて──『群炎豹』の姿をしていた。

 遠目でみるだけでも、数百という数がみえる。


 ──やられた。

 内心でため息をつく。

 まだまだ俺も甘いところがある。


「グゥゥウウウ!!」

 

 牙をむき出しにして、強くこちらをにらみつける。『群炎豹・皇』。

 無機質な瞳は変わらない。


 だけど姿勢が、筋肉が、爆ぜて熱気を増す炎が。

 俺を殺すためだけに、歯車を組み合わせ、整えられて行くのを感じた。


 勝負を決めに来ているのだと、根拠を無視して直感で理解させられる。

 ここで、どっちかが死ぬ。

 俺と群炎豹・皇。どちらかが、必ず死ぬ。


 


 周囲をぐるりと見回し、確認する。

 未だ噴き上がるように湧いている群炎豹。密集する群炎豹の群れ。これまでの戦いにより事切れた群炎豹の死体。


 『魔法』を発動させる。

 いや、違う。


 もう魔法は発動していた。

 戦いの最中、ずっと──【支配魔法】を。


 吐き捨てるように呟く。


「【起きろ】」


 むくり、と声に呼応して動く姿があった。

 周囲に蒔き続けていた『群炎豹』の死体。何十、何百と超えて、身体の一部を損壊したり潰れた頭のまま不気味に起き上がる。


 この世界では死体に魔素溜まりが重なるとゾンビ化(ティアルが言うには死生化)する。


 魔素溜まりも死体も、この大陸では生きてる魔物と同じくらいあるものだ。

 ゾンビ化した魔物なんて吐いて捨てるほど生まれて、それは俺と群炎豹が戦い続けた数時間も変わらない。


 つまり敵が群れを作っている間、俺もまた同じように群れを作っていた。


 魔素溜まりが重なり、ゾンビになった群炎豹を【支配魔法】によって束縛し待機させる。

 【支配魔法】はあの白い世界のクソジジイの口の中に【物質転移】を使って土を嫌がらせに送り続けて手に入れた魔法の一つだけど、案外使い辛い魔法だ。


 でもゾンビ化した魔物は意志が希薄で、こういった場面で重宝する。

 傷を少なく倒したり、魔素溜まりと重なるよう死体を満遍なく散らすのも結構手間だったが、その価値はあっただろう。


 一層強く燃え盛る大地を、一歩、踏み出す。



 ──何故俺は今ここにいて、この魔物と戦うのだろう。


 今更の疑問だ。

 答えは単純で、シンプル。


 生きるためだ。


 そして生きるためには、戦う事が必要で。

 戦いに勝つためには、強さが必要で。

 強くなるには──研ぎ澄まさなければならない。


 そうでないとこの大陸では、一瞬で足下をすくわれる事を俺は知っている。

 だから、戦う。



 


「【殺し尽くせ】」



「Glaaaaaaaaaaaa!!」




 【支配魔法】による号令と、群炎豹・皇の号令が重なる。

 戦いはより熱く、異質にこじれて行く。

 群炎豹の群と、群炎豹の群が一斉に殺し合いを始める光景はまさに地獄絵図だった。






 群炎豹同士の戦いは、拮抗していた。

 いや、拮抗にまで持ち直していたというべきだろうか。


 ゾンビ化した群炎豹たちが、わき出る群炎豹と戦いあう。

 向こうも群れが増え続けるが、こちらも死体が増えれば増えるほど群れが増して行く。

 少し予想外の事が起こったが、結果は思惑通りだった。


「(倒す必要はない。ただ、拮抗してくれればそれでいい)」


 それだけで『群炎豹・皇』と一対一で戦う状況を作り出すことができる。

 ゾンビの疲労しない特性も有利に働いていた。


「【爆破】」


 『群炎豹・皇』に向かって【爆破魔法】を発動させる。

 爆発に巻き込まれ、爆風に包まれる群炎豹・皇。

 煙によって互いの視界が遮られる。


「Gaaaaaa!!!!」


 爆風の中から血反吐をはき、爪と牙をむき出しにして、一直線に俺を攻撃する。

 まるで『俺がそこにいるかのように』。 

 幻影の俺を切り裂く群炎豹・皇を側面から大剣で斬る。


 しかし剣を振り落とした場所に、群炎豹・皇はいなかった。


 斬り損ねた? いや、傷は確かに与えたようだ。

 大剣には血糊がついており、ぽたぽたと血が落ちていた。

 消えた場所の炎は不自然に揺れていた。おそらく、炎の中に紛れて消えたのだろう。


 目を凝らし、周囲を探る。

 『群炎豹・皇』との戦いは一対一なら俺の実力の方が勝っていた。すでに身体にはいくつもの傷がついている。


 次、見つけたときが止めの時だろう。

 戦い続ける群炎豹たちを見渡していると、不自然に戦場に背中を向けた、一匹の群炎豹を見つける。


 ここに来ての、逃走……。

 正しい判断だ。その行動に賞賛を少なからず送りながらも、だけどその背にねらいをつけて走った。


 走るたびに火の粉が視界の隅をよぎる。

 このまま気づかなければ、止めをさすことができる。


 だけどもう少しというところで、群炎豹は振り向いた。

 一瞬で視界から消え、意表をつくように真横から攻撃してくる。


「ガウッ!」


 キンッ、と甲高い音が響く。

 大剣で攻撃を受け止めた。

 そのまま互いに力を込め合い、拮抗する。


 ──?


 何かが、おかしい。

 群炎豹の攻撃を受け止めながら感じる。

 念のため鑑定をして確かめてみるが名前は変わらない。


 いや違う。

 そういった表面的なものではない。


 群炎豹・皇を弾き飛ばす。

 身軽に着地した群炎豹・皇はその場で歯をむき出しにして再び迎撃態勢に入る。


 何が違うのか。強いて言えばその瞳が違うのだ。

 無機質ではない。何か強い、感情がある。


「ガウッ!」


 群炎豹・皇が、吠える。

 これまで何度も浴びせられてきた殺意や闘志をむき出した声ではない。

 そもそも俺に向けられたものではなかった。


 群炎豹・皇の背後。

 その高くあがる炎の中に潜んでいた、一匹の群炎豹がゆらりと立ち上がって現れた。 

 いつから潜んでいたのか。そんなことはどうでもよかった。


 息をのむ音が聞こえる。

 奇しくもそれは自分自身が出してしまった音だった。

 戦いの最中だというのに。


 立ち上がった群炎豹は、口に小さな群炎豹をくわえていた。

 まだほんの小さな、子供の群炎豹を。


 群炎豹・皇はとても強い意志を浮かべながら、子供をくわえた群炎豹を守るように間に立ちふさがった。


 子供をくわえた群炎豹はこの場に背を向けて離れて行く。

 炎を超えた先に広がる、森の中へ向かって。


 だけど途中で一度だけ、名残惜しげに立ち止まり振り返っていた。


 気配でそれを察した群炎豹・皇は俺から視線を離すことなく、怒鳴るように吠える。

 子供をくわえた群炎豹は、再び背を向け、段々速度を上げてはるか後方の森へ消え去っていく。






 ──ことは、できなかった。






 何の前触れも、何の脈絡も、何の意味もなく。

 森の奥に消えようとする二匹の群炎豹の真上から、突如魔物が振って来た。

 振動音と、衝撃の風で地面の炎が揺れる。


 『群炎豹・皇』が必死の形相で、戦いの最中にも関わらず振り向いた。


 そして、見てしまっただろう。

 四足歩行の大きな魔物の足。

 それに比べたらあまりにも小さい、群炎豹の体の一部が。


 ぴくりとも動かず、降ってきた魔物と地面の間からはみ出しているのを。


 降ってきた魔物は、足下に群炎豹がいたことにすら気づいてないかのように、その場から一歩も動く事無く、咆哮をあげる。 


 その咆哮にまぎれて血しぶきが舞った。

 あがった血は『群炎豹・皇』のものだった。

 手に持っている大剣に、ついた群炎豹・皇の血がしたたり落ちる。

 

 ──パチ、パチ。


 ……!

 足下から炎が高く舞い上がり、一度後ろへ後退する。

 地面で燃えている炎が、ごうごうと音を立てて熱が増していく。


「……」


 群炎豹・皇は傷から血を滴らせながら、背後に向けていた顔を、静かに正面へと戻した。

 『群炎豹・皇』と視線が交差する。


 その瞳は、染まっていた。

 出会ったころよりもずっと静かに。

 強く、美しく。

 

 ──『無機質』に。  



 甘さは抉られる。

 逆に言えば、抉られればそれは甘さだ。

 パートナーと子供を失った、群炎豹・皇はたった今学んだはずだ。


 この大陸で、自分以外の何かを守るなんてことが、いかにおこがましい考えなのかを。

 そして学んだと同時に、すぐさま自分を研ぎすました。不必要な感情や感傷をすてて瞳を無機質に染め上げた。

 


 俺もまた、同じ瞳をしているだろうか?



 どこかで、まだ、感傷があったのだ。

 子供を咥えた群炎豹を見て、殺して良いかどうか迷った。

 迷ったから、目の前の『群炎豹・皇』が死んでいない。


 止めをさすべき場面で、とどめをさせていない。


 『群炎豹・皇』と向き合う。

 敵はさっきよりも手負いで、加勢する仲間もおらずこちらが有利なはずなのに。 

 まるで隙を感じられなかった。 



 再び、地面が揺れる。

 さっき起こった、魔物が噴き出す揺れとは違う揺れ。



 異変はすぐに起こった。あちこちで土が、不自然に盛り上がる。

 盛り上がった土は、少しずつ押し上げる何かの力に負けてひび割れて行く。

 その隙間から、溢れるように我れ先にと何本の木が生える。


 そんな光景が、いくつも周囲でみられた。

 とてつもない早さで、あちこちに大きな木が突如何本も生えそろう。


 地面が燃えていることなんか気にもとめずに。



 この現象は、この森で最も強い魔物によって引き起こされている。




 魔物たちは、いったいどこへいくのだろう。

 この厳しい大陸を生き抜いて、不必要なものを捨て去って。

 瞳を無機質に染めて、やがて何に成るのだろう。


 答えは最初から、ずっと目の前にあった。

 

 その果てにまで辿り着いたであろう魔物を、群炎豹・皇と共に目に入れる。



 ──《大森林だいしんりん




 ──《あらし




 ──《輪廻りんね》、《暴君ぼうくん》、《洞穴ほらあな》、《津波つなみ》、《濃霧のうむ




 この大陸で、生きぬき無機質の果てにいる魔物たち。

 無機質の成れの果て。

 その猛威が、この場所を襲っていた。



 一本、また一本と木が生える。




 同じ『炎』の環境魔獣の力によって燃え盛る炎を押しのけ、草や花が咲く。

 そうして咲いた花も、燃やされている。なのにさらにまた下から押しのけて、無理矢理、炎の中で花開く。

 花びらに炎を纏いながら、あまりにも堂々と咲き誇る。

 


 他の環境魔獣の構築している環境をものともせず、環境そのものすら内包してしまう森を、俺はほかに知らない。




 あまりにも圧倒的な、力。

 これがこの大陸の、魔物たちの行き着く到達点の力だ。




 俺も、群炎豹・皇も。

 目の前の敵を倒したときまた一歩、この力に近づくことができるだろう。

 炎と植物が入り乱れる森の中で群炎豹・皇は咆哮を上げる。



「Gaaaaaaaaa──!!」

 

 同じように、大剣を握り、一歩前へ進んでスキルを使いながら【咆哮】した。


「AAAaaaaaaa──!!」



 『無機質の果て』へ向かって、戦う。










 人は必ず、選択を迫られる。

 選択をしないということですら、一つの選択であるのなら、選択から逃げることはきっとできない。





 ──目の前に二つの道がある。



 最初海を見たとき俺は、この大陸を出ることを望んでいた。

 それから、もう三ヶ月。

 出ることを望みながらも、俺はこの大陸に居続けている。


 出ようと思えば、出る手段なんていくらでもあるのに。

 何か理由を作っては、自分に気づかない振りをして居続けている。

 つまり俺の中には確かに、出たくないと思っている自分がいるということだ。

 

 


 大陸を出るか。



 大陸を出ないか。




 選択とはきっと、どちらが『幸せ』なのかを基準にして選ばれる。

 いつかはわからないが、俺にも選択しなければならない時がくるのかもしれない。


 

 どちらが自分にとって、幸せなのかを。



 ぽつぽつと雨が降る。


 片手で首もとの出血を押さえながら、もう片方の手で群炎豹・皇の死体を【アイテムボックス】の中へ入れる。


 降り始めた雨が炎を鎮火していき、周囲は少し煙があがっていた。でももう、炎の姿はどこにも見られなかった。


 勝利の余韻に浸る間もなく、森の奥から魔物が現れる。


 大剣を取り出し、懲りずに魔物に向かって走り出した。





 『選択の時』は自分が思っているよりもずっと、すぐそばまで迫って来ていることも知らずに。


 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 群炎豹・皇に環境魔獣と付いていないけど、環境魔獣じゃないのかな?
[一言] さっさと青の勇者助けに行けよ
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