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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 眠れる森とよっぽどのバカ
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第48話 欲望の手はどこまでも




 甲板の上には、人だかりができていた。

 船員、冒険者らがこぞって顔を出している。俺もその中の一人だった。騎士の連中も少し離れた場所で同じ方向を見つめている。


「あれが『終焉の大陸』……」


 水平線に横一線に広がる広大な大陸。それを見て誰かが呟いた。

 小さな声だ。そしてその後にごくりと唾が飲み込む音が続いた。人の多さに対して異様なほど静けさを保ったこの場でその音は、あまりにも目立った。だがここにいる全員が声に出さないだけで、きっと言葉をもらしたやつと同じ心境をしているのだろう。


 ──あれが、数多の未帰還冒険者パーティーを生んだ大地……。


「なんだ。思ったよりも普通じゃねえか」


 声のする方へ顔を向ける。コーズが嘲笑を浮かべながら大陸をみていた。側にはモーダとユリタスもいる。三人は俺の視線に気づくと舌打ちをし、俺を殺すかのようににらみつけてきた。微塵も好意を感じない視線をありがとよ……。

 コーズたちはあの一件を根にもっているのか、結局険悪の空気を纏ったままここまできてしまった。やっぱり早まりすぎたのかもしれない、と少し反省をしていた。


「なぁ〜コーズ〜。ここまで来たあとはどうするんだぁ〜?」


「うるせえ、俺に聞くんじゃねえよ!」


「俺ら冒険者は船を護衛することしか言い渡されてねぇからなぁ」


 三人組が疑問を口に出していた。それも仕方ない話だ。

 ここで一度、今回の依頼を整理しておくか。

 そもそもなぜ俺達はこんなところに来ることになったのかを。それを確認するのは悪い事じゃない。


 この船の一団には一応、名前が存在する。『ウォンテカグラ調査団』というな。

 『ウォンテカグラ』というのはズェゴが所属する国の名前で、終焉の大陸のある南に広がる海、『終向の海』に人間の国では最も近いのが特徴だ。表向きはズェゴとなっているが今回の依頼主は実質この国だといっていい。

 

 俺がウォンテカグラの冒険者ギルドで、依頼を受けたのはおよそ三週間前のことだ。

 今でもこの日の事を後悔するが、それは今置いておくとして。俺はこの依頼を受けた冒険者たちの中でランクが一番高くまとめ役になったため、一人個別に呼び出され、別の依頼を言い渡されていた。『船を護衛しろ』という元の依頼とは別の依頼をだ。


 その依頼は口頭で、ギルドで相当偉いであろう人物から告げられた。

 『この魔道具を使い、目標の安否を確認しろ』と。


 当時の事を思い出しながら愛用のカバンの中に手を入れ、渡された魔道具の形を探る。


「どけっ!どけっ! 散れ!仕事をしろグズ共めっ! 俺には重要な使命があるんだ」


 大きな足音がドタドタと聞こえ、同時に怒鳴り声が耳に入る。カバンに手を突っ込みながら、顔を音のほうへむけた。 

 人混みをかき分け現れたのは、依頼人であるズェゴだった。手には高級そうな魔道具が握られている。見覚えのある魔道具だった。ちょうど今探している魔道具も確かあんな形をしていた。

 これもまた、あらかじめ伝えられていた事だった。冒険者である俺と、貴族のズェゴ。それぞれが、それぞれの魔道具を使って確認することっていうのをな。


「(きなくせぇ……)」


 この依頼は相当、きな臭い。怪しいというか、不可解な匂いが凄い勢いで漂ってくるんだ。。

 特に『魔道具を使って目標の安否を確認』ってのと『俺とズェゴがそれぞれ確認する』ってところがだ。


 ──『終焉の大陸』で。


 誰も生きることが果たせていない。何千年と人の手が入るのを拒み続ける世界最悪の場所で。

 一体誰の、何の『安否』を確認すればいいっていうんだ? 本来なら確認するまでもない話だよな。

 終焉の大陸に行くということは、そのものが死を意味するんだ。それなのにこんな調査隊なんてのを作って、高級な魔道具を持たせ、わざわざ貴族のズェゴと冒険者の俺に任せるなんて念の入れ方。こんな事普通しねえよな。


 たぶん、この案件には相当なものが絡んでいると俺の予感が告げている。はずれてくれって思ってしまうが、道中で聞いてしまったズェゴの『ベリエット』っていう単語が計らずも予感の裏付けになってしまっていた。依頼がだされる数日前にちょうど数人の『勇者様』がウォンテカグラに接する大樹海へ入ったって話が冒険者の間で噂になっていたんだ。


 いや、いけねえな……。首を振って思考を振り切る。

 こりゃ、マジでヤバそうな案件だ。考えねえほうが身のためってやつだ。


 俺はしまっている魔道具を取り出す。

 ガラス玉のようなものが、木にはまっている形の魔道具だ。 


「(そういえばこれってどう使うんだっけな……)」


 お偉いさんの説明を思い出しながら、魔道具を軽くいじっていく。

 色々きな臭くヤバそうな今回の依頼だが、唯一幸運な点は対象の『死亡』が確認できしだい依頼が終了するということだ。終焉の大陸で死亡を確認なんて、最早行って帰ってくるに等しい。ギルドの連中も何度もそう説明をしていた。


 だが……。


「あァ!?なんだと。クソ、どうなっているッ!」


 ズェゴの苛立った声が耳に聞こえる。

 慌てて魔道具の使い方を思いだし、使用した。


「(うそだろ……。なんだ、これ。おかしいだろ。どう考えてもよ)」


 俺は唖然とした気持ちを抱きながら、目の前にある大陸を呆然と見つめる。


 この魔道具は生体反応を記録したものだ。

 中央にはまったガラス玉が光っていれば、魔道具の範囲の中に記録した『対象がいる』ことになる。そしてその光に『色がついていたら』その対象は『生きており』、逆に黒や白などのように『無彩色に光る』と死んでいる。つまり光の有無で範囲内に対象の存在がいるかどうかを。色の有無で対象の生死を確認できるってこった。他にも光の強弱で対象との位置の距離が分かるらしい。



 今、魔道具は光っている。それはつまり対象が範囲内にいるということ。

 そこまではいい。いや、一体この魔道具が記録している奴はどんなのとかそういう疑問はあるけどよ。

 でもそれよりももっと重要な事がある。

 それは『色がついている』事だ。光に。ゆらめく炎のように『赤』に色付いた光がガラス玉の中で輝いている。


 光に、色がついている。という事はつまり……。


「『生きてる』だと……。バカな。これじゃあ話が違うじゃないかっ……!」


 ズェゴがつぶやく。俺もはっきりいえば似たような感情だった。

 魔道具が色付いて光った。つまりこの魔道具が記録した対象は生きているということ。だがよ。この魔道具は本当に正しく動いているのか?

 この疑問を抱くのは何もおかしいことではないはずだ。なぜってあの終焉の大陸なんだぞ?

 そんな場所で生きてる反応がでるなら。それは魔道具の方を疑うのが常識ってやつだ。


 まぁ今はそんな事よりも、今後の事を決めておく必要がある。


「ズェゴ様、俺の魔道具では『生存』の反応がでました」


「チッ、お前のもか」


「今後の予定はどうしますか。死亡を確認次第、帰還と言われていますが、『生存』の場合の待機予定までは聞いていません」


「……生存の場合は一週間はここで待機して魔道具の光の色が消えるのを待つ。その期間内に死亡の反応がでなければ帰って報告だ」


 一週間……。そんなに長くか……。


「ふんっ。どうせ明日にでもなれば記録されたやつも死んで、魔道具の色も消えているだろう。そうなればとっとと帰ってやる。こんな場所からな」


 どうだかな……。俺はあまり信じていないがすでに俺たちが航海に乗り出してから二週間たっている。二週間で消えてなかった色が一日や二日で消えるとは思えないが……。

 でもま、やっぱ故障だよな。三週間も大陸をいきるなんてよ。あの『マードリックパーソン』ですらできてねえんだ。


「おい、あれみてみろよ」


 甲板にいる一人の男が言った。同時に、男と同じ方向を見た者たちがざわめく。その方向は終焉の大陸がある方向だった。そちらに何かがあるようだ。

 沿岸の方へ視線を向ける。すると視線の先。終焉の大陸の沿岸部にあたる場所ではニ体の魔物が戦っていた。俺はそれを見た瞬間に背筋が凍る。


 あれはマジでヤバい魔物だ……。

 培った危機感が警報をならしていた。ごくりと唾を飲み込む。終焉の大陸の恐ろしさを初めてこの目にいれてしまったと、そう思った。


 それは、『Sランク』にあたる魔物同士の戦いだった。死闘といっていい。甲板の上には人が集まっており、全員がその魔物同士の戦いを固唾をのみ、食い入るようにみていた。


『──!!』


『──ッ!!』


 遠く離れたこの場所にまで聞こえてきそうな咆哮。そして熾烈な攻撃。俺にしてみれば悪夢ような戦いは長く続き、やがて誰かが「あ……」とつぶやくのと同時に、魔物はニ体同時に倒れた。苛烈な攻防の果て。戦いの勝者はなく、ニ体の魔物がほぼ同時に沿岸部で倒れ伏した。


「(想像以上にヤバいな……終焉の大陸は……)」


 絶対近づいちゃならねえ。終焉の大陸のヤバさは本物だ。俺は今の戦いをみて、そう感じたんだ。

 だが周りの奴らの見方は、そうではなかった。

 沈黙する甲板。その沈黙をあまりにも衝撃的な言葉で破ったのは、ズェゴだった。


「あの魔物を回収しに行くぞっ!」


 ──は?

 突然の言葉に唖然とする。周囲もあまりの唐突さに言葉を飲み込めずに呆然としている。


「急げ! 前進だ! 他に魔物がいない今がチャンスなんだ!」


 だがそんな周囲を気にする事なくズェゴは言葉を続けていく。


「お、お待ちください。ズェゴ様。終焉の大陸の魔素領域に入るにはあまりにも危険すぎます」


 側近の騎士があわてたようにズェゴを止める。何も間違っていない判断だ。

 周りを見渡すズェゴ。周囲があまり乗り気でないのを察してたのか、付け加えるように言葉を放った。


「ふんっ、いいかっ。よく聞けよっお前達。──あれは金だ!!あれほど強力な魔物の魔石と素材。その価値は、はかりしれないっ。あの魔物を回収するだけで一体金貨何百枚、いやもしかしたら何千枚かもしれないなっ。それが、手に入る。しかも、それが二体だぞっ。何百人と犠牲を必要する魔物が、倒す手間もなくニ体分も回収できるんだっ。さらに終焉の大陸の魔物を持ち帰った前例は未だかつてない。達成できれば、偉業だぞ!! これがチャンスといわずになんというっ!」


 それは急激に蝕む毒のような言葉だった。

 ズェゴは周囲を魅了させるように、言葉を告げる。

 欲望の波は、瞬く間に伝播していく。


「達成できたあかつきには、全員の報酬額を金貨十枚分上乗せしてやるっ! だからはやくいけっ!」


 腐っても貴族なのか。やたらと口だけはまわる。だが何も、今その特技を発揮しなくてもいいだろうがよ……。

 あまりにも厄介な状況になり、頭を抱えこみたくなる。周囲からは、欲望に魅了された奴らの声がぽつり、ぽつりとあがっていた。


「金貨十枚……!」


「偉業……」


 ズェゴはこの船にいる奴らの、欲望の心に火をつけた。あまり高くはない賃金で働く船乗りは金の大きさに、英雄願望溢れる冒険者は偉業という言葉に、それぞれ魅了された。気がつけばあっという間に、終焉の大陸にいくべきでないと思うやつは少数派になっていく。


「おいおい、ちょっと待ってくれよズェゴ様」


 さすがにまずい流れになってきたのを感じた俺は、口を挟む。


「あんたの言葉には、抜け落ちているものがあるだろう。具体的に言えば『リスク』ってやつがあんたの話にはすっぱり抜け落ちている。あの魔物を回収するのによ。どれくらいの危険があるのかを同時に説明しなきゃいけないだろう」


「なんだ、怖じ気ついたのか冒険者のクセして」


 ふんっ、と鼻をならしながらちらりと俺の方へ顔を向けるズェゴ。

 違う。怖じ気ついた、ついてない。そういった話しじゃあないんだよ……。俺がどっちの心境をしていようとも、その作業は必要な事のはずだろう。


「重要なのは、あそこにニ体の強い魔物がいたってことだ。今死んでいること、それ自体が重要なんじゃない。あそこにニ体のあれほどヤバい魔物がいたってことはまだ他にもいる可能性がある。それに終焉の大陸に対して俺らはあまりにも情報を持っていない。『何が起きるのか分からない』。この事実には大きなリスクを孕んでいる。行くのは危険だ」


「うるさい、黙れ! だから早く行ってかえってくるといっているのだ! そもそも貴様にこの船を指揮する権限は与えていない。調子にのって口を出すなよっ。冒険者!」


 怒鳴るように告げるズェゴ。船の上は瞬く間に険悪な空気に包まれる。


 魔物は『恵み』だ。俺達は普段、魔物の恩恵を得て生きている。だが『恵み』にはやはり『脅威』があるんだ。自然は豊富な恵みを与えてくれるが、一方で脅威によって人を脅かす災害が起こりえるということを、少なくとも俺達冒険者は決して忘れてはならない。

 そのはずだ……。


「──いいんじゃねえのか」


 その空気に割って入ったのは、コーズだった。


「俺はズェゴ様に賛成です。こいつは臆病ものです。この大陸に来る途中の船路でもため息ばかりついてやがった。終焉の大陸が怖くて怖くて仕方ないんだ。だが俺はこんな臆病者じゃねえ! ズェゴ様、勘違いしないでくだせえ。こいつの言葉は冒険者の代表する言葉ではなく、ただの臆病者としての言葉ですぜ。なぁ、お前ら!」


「そうだ〜」


「間違いねぇ!!」


 モーダとユリタスがコーズの言葉に同意する。

 そして……。


「た、確かに行って帰ってくるだけなら。できなくはないよな……」


「ここでむざむざと見過ごすのも、もったいないわよね……」


「大丈夫なんじゃないのか?」


 コーズのパーティー以外のやつらからも、同意の声があがっていく。


「それにあいつは『ランク詐欺野郎』だしな……」


「落ちぶれだから、臆病でも仕方ないか」


「ばか、あいつは落ちぶれじゃねえ。寄生でランクとレベルをあげただけで妥当だ。むしろ今でもランクが高すぎるぐらいだぜ。俺らが負けてるはずない」


 声量を抑えながらも聞こえる声。だがその中から「お前の臆病に俺たちを付き合わせるんじゃねえ!」と大声があがった。ズェゴは周囲を見渡し、蔑みをこめてニヤリと笑った。


「ふんっ。どうやらお前のような小物で臆病風に吹かれた者の言葉を聞いたのがそもそも俺のミスだったようだ。おい、船を出せっ」


「はっ!」


 俺の抵抗も空しく、ズェゴの号令によって船は終焉の大陸へ向かう事になる。


 くそ……。

 俺は惨めな気持ちを噛みしめながら、その場を離れる。そしてやけくそ気味に積み荷の上に腰をかけた。

 最近の俺は、自分を疑ってばかりだ。だからこうも周囲から突き放されてばかりいると、思ってしまうんだ。


「(俺の方がもしかしたら間違っているのか……?)」


 そうした問いかけに、答えはやはり、帰ってこなかった。





 終焉の大陸へ進むことになった船は元々見える所まで近づいていたから、あっという間に大陸へ辿り着いた。

 ちょうどいい場所に船を近づけ、小舟にのって船乗りを残した全員が上陸する。


「おい、俺たち終焉の大陸に上陸したぜ……」


「歴史に残るかなぁ〜?」


「当たり前だろ! ……案外普通だけどよ」


 そんな興奮した冒険者たちの言葉を耳にいれながら、俺は一人魔導具を手に取ってガラス玉をのぞきこむ。上陸したら魔道具の結果も何か変わるかと思ったが、やはり結果は同じ。色付いた光が魔道具に灯る。

 しかし──


「(なんかおかしいな……。この反応……)」


 魔導具は光の量の多さで対象との近さもわかるようになっている。光の量が多ければ多いほど近い。それをふまえてガラス玉を見やると、俺にはどうも光の量が『多い』ような気がした。


「(やっぱ故障してやがるな、これ……)」


 そう思いながら魔道具をしまい、周囲に気を配って魔物がいないかを探りながら歩いていた。近くに魔物がいる感じはどうやらない。だがなんか不気味だ。空気も緊張感を感じるんだ。落ち着かない。さっさと済ませてとっとと出てしまおう。


「い、意外に大きいな」


 俺たち一行は魔物の死体へ辿り着く。外洋にいたときには小さく見えていた魔物も近づいて見るとかなり大きく騎士や冒険者達は少し気圧されていた。死体だというのに、すごい圧迫感だな。


「ふんっ、さっさとしまって戻るぞ! 神器があるから一瞬でしまえる。やれ!」


 号令を受けて騎士が魔物の死体へと小走りで近寄る。魔物をしまうその間、俺たちは警備と警戒のため、散らばりつつも連携がとれる位置で待機をする。だが魔物の一体を一瞬で収納するのをみた冒険者から、気が抜けたのか笑い声がきこえてきた。


「どうやら余裕っぽいな」


「ああ、やっぱ正解だったな」


 悠長におしゃべりをしやがって。俺たちは今、世界最悪と言われる場所にいるんだぞ。

 だが結局は……。俺の心配のしすぎだったのかもしれない。空気は少し重いが、周囲に別段異常はみられない。このままのペースで魔物をしまえるのなら、すぐに船に戻り外洋へ脱出することができるだろう。

 

「なに?」


 背後でズェゴの声が聞こえ、少しだけ後ろを振り返る。そこでは側近の騎士がズェゴに何かを告げようとしていた。


「もう一体の魔物が、さすがに許容を越えていてしまう事ができないようです。ズェゴ様、どういたしますか?」


「ふんっ。くそ……。もったいないな。どうにか回収することはできないのか」


「厳しいと思います。帰りの分の物資が含まれているので……」


「チッ。なら魔石だけでも回収しろ」


「それだと、少々時間がかかりますが。大きさも大きさですので……」


「さっさとやれ!」


「はっ」


 そういって魔物の死体へ駆けていく側近。ズェゴの会話に耳を傾けていた俺は、この大陸にいる時間が延びたことに憂鬱な気持ちを募らせた。くそ、一体回収したんだからそれで満足しておけよ。どれだけ欲張りなんだ。


「ククク……。これで奴隷が奮発できるぞ……。魔族共に奪われた奴隷を補える……」


 ズェゴがぽつりと独り言を漏らす。その欲望の詰まった言葉に俺は辟易とした気持ちを感じた。南の国は奴隷が盛んでズェゴもその例に漏れず愛好していることは噂でよく聞いていた。ここまできたのもその資金が目当てだというのが簡単に推測できる。つい最近ズェゴの領地は魔族に襲撃をうけたと小耳にはさんだ記憶がある。魔族は使役された魔族の奴隷をつれてかえる。ズェゴもそうして魔族に奴隷を連れ去られたのだろう。


 俺は今、そんな欲望のためにここにいるのか……。空しい気持ちがわく。

 こんな事やるために冒険者になったんだっけな、俺……。

 それから警備を続ける。まだ魔石は取り出せないのか。そうイラだつ気持ちを抑え、周囲を警戒する。


 まだか。

 まだか……。


「魔石取り出せました!」


 そしてついに待ち望んでいた報告を聞いた。


「よし、戻るぞ!」


 号令を受け、全員で船に戻る。何事もなく済んでよかったと、胸をなで下ろしていた。そして船へと向かって少し急ぎ目に移動しているとき、ぽつりと誰かが、独り言のように。ほんと何気ない言葉を口にだした。


「なんか船がおかしいような……」


 一瞬で船に視線を向ける。ぱっと見は別段、異常はない。


「何言ってるんだ、お前。別に普通じゃねえか。終焉の大陸だからって脅かしてんのか?」


「──いや、おかしい」


 俺は答えるように言った。確かに何かがおかしい。だが何がおかしいのかはわからない。

 視線に力をいれ、目を凝らす。


「何か、傾いているような……」


 最初にいった冒険者の一人が、違和感を口にする。

 そうだ。傾いている。微妙に。だが傾いたまま動かない。普通は波にあたって揺れるはずなのに。


「お、おい。おかしいぞ!」


 やがて全員が船に起きた異常に気がついていく。異常が少しずつはっきりと目に見えるようになってきたからだ。船の傾きがより激しく増していくのを目に入れながら、俺達は少しずつ船に近づく速度をあげる。そして船にある程度近づいた俺達は、ようやく起きている『異常』の一端を把握した。


「なんで船が地面に打ち上げられているんだよ……」

 

 誰もが驚愕していた。俺達がさっきまで乗っていた船が、なぜか陸上の上に打ち上げられていた。水に浮かべていたミニチュアの船を、誰かがいたずらで手にとって地面の上においたかのように。それくらい、当たり前のように地面の上に船が置かれていた。


 だがこれは、そうじゃない。船が地面の上に移動したんじゃない。これは……。


「地面が新しくできているのか……?」


 その初めてみる光景に俺達全員が唖然とする。ズェゴのヤツですら口をパクパクさせて呆然としていた。なぜこうなったのか。その理由をだれもが理解していなかった。未だに地面が『出来続けている』この光景をみて、漠然と魔物の脅威のことを頭に思い浮かべていたんだ。


『お前、知っているか?』


『何をですか?』


 それは俺の尊敬する先輩冒険者がかなり昔に話してくれたことだった。冒険者の例にもれないように、俺たちはその日終焉の大陸について話をしていた。


『終焉の大陸は今も大陸の形が変わり続けているって話だ。地面ができたり、逆に地面がなくなったりするらしい。だから地図にのっている終焉の大陸の形は実は正確じゃないのだそうだ。もしかしたら少しずつ終焉の大陸が近づいているかもしれないぞ。いつか俺らの大陸のすぐそばまで終焉の大陸がやってくるかもな』


『やめてくれ。縁起でもない。あんな化け物大陸に近づかれたら夜も眠れねえ』


 近くを歩いていた子供が俺達の話をきいていたのか、ねえ、終焉の大陸が来るの、と不安そうに母親へ声をかける。先輩はその様子を見ておかしそうに笑いながら俺の言葉に「お前は冒険心が足りないな」と返した。


『大体そんなの、一体どうやって確かめたんだ。どうせ、その話もどこかの空想学者が言った妄想だろう。この世界で終焉の大陸についてかかれていて信用できる本はマードリック・パーソンのやつだけだ』


『いや、他にもある。これだ』


 そういって先輩は本を投げるようにして渡す。本を受け取り、表紙の方を表にして著者の名前を目にいれた。そして書いてあった名前をみて顔をしかめる。


『……魔王の本じゃねえか。アンタ冒険者なのに敵の書いた本を読んでいるのか?』


『魔王、ティアル・マギザムード。なんせ終焉の大陸の出身者が言っている話だからな。信憑性も高い。まぁなぜそうなるのかまでは、さすがに書いてはいないが』


『……俺はそもそもその話自体を信じちゃいない』


『強情だな、お前は』



「ズ、ズェゴ様……!」


 船に残っていた船員たちが慌ててかけよってくる。未知の現象に、俺らと同じく困惑と恐怖を表情を浮かべながら。縋るように。


「と、とにかく全員で船を押して海に浮かべろっ!」


 ズェゴが叫ぶように指示を出す。この現象がなんだかはわからないが、まぁそれしかねえよな……。

 全員がその指示に従い、船に向かおうとしていた。そんな中、ふと足を止める。体の神経に集中して、一筋の汗が伝うのを感じながら振り返る。そして、大声で叫んだ。


 あぁ、もう。本当に最悪だ。


「──魔物の群が来たぞっ!」


 少し遠くから見える土煙。微妙に感じる地響きと地鳴りを感じ、振り返った先にいたのは魔物の群だった。

 すぐさま戦闘態勢をとる。俺の声を聞いて船の方へいこうとしていた他のパーティーのヤツも戦闘体制をとっていた。しかし一方であわてて武器を取り出したのか落としている奴らもいた。

 

「ま、魔物だと!?」


「ズェゴ様。俺ら冒険者は魔物をくい止めます。そのうちに船を海までなんとか移動させてください。急がないとさらにこの地面は広がります!」


「わ、わかった」


 緊迫した状況だからか、ズェゴは素直に頷く。

 やがて俺達は迫って来た魔物との交戦に入る。走ってくる勢いのまま群れで突撃してきたのに陣形を少し崩され手こずったが、終焉の大陸の話でよく聞くような化け物じみた魔物ではなく、大体Bランク程度の魔物でAランクの俺にとっては幸いスムーズに倒すことのできる相手だった。


 だが数が多く、また他のパーティーはBランク、あるいはCランク代の冒険者ばかり。彼らにとってこの魔物は同等かそれ以上。倒すよりも、攻撃をいなすことに精一杯の戦い方だ。


 一瞬だけ船のほうに視線を向けると、必死に船を移動させようとする騎士と船乗りたち。だがまだ船を海に浮かべる事まではできていなかった。地面が未だに広がり続けているせいだ。


 俺達は戦う。押し寄せてくる魔物の群と。俺はソロという身の軽さとリーダーという責務から数を多く相手にしすぎている冒険者のカバーに入りながら戦っていた。だが一向に減らない数に、いたずらに時間と体力だけを消費していく。


 ──やがて、その時は訪れた。

 まずい。そう思って手助けしていた冒険者から離れてかけだそうとした時には、すでにおそかった……。


「ぎゃあああぁぁぁああ!!助け、助けてくれぇえええぇぇぇぇぇぇ──ッッッ!!!」


「ヨダ!ヨダぁぁぁああああっ!」


 絶叫だった。

 魔物の群が一人の男の冒険者を多い被さっていく。もはや隙間もなく、男の姿が見えなくなるほどまでに。そして耳をふさぎたくなるようなあまりにも生々しい断末魔が響き渡り、そして消える。その数秒後に魔物と魔物の間からゆっくりと赤い液体が染み出てくるのを俺達は戦いながらも視界の隅にいれて見ていた。


「……ッ! おいっ、後列! 前列がきつそうなら援護に入るか交代をしろっ!」


 こうした戦いの時には、前列と後列にわかれ体力を見て前後入れ替わるのが基本だ。だが後列の判断が遅いと前列は休みなく戦い、無理を強いられる。俺は魔物を斬り殺しながら後列に怒鳴る。魔物と戦いながら周囲をカバーするだけでも平凡な俺にはいっぱいいっぱいなのにさらに後列への注意とか勘弁してくれよ……!


「で、でもよ……。こいつら意外と強くてよぉ……」


 後列にいるCランクのパーティーたちを代表してコーズが答える。船の上で感じられた威勢のよさが、今のコイツからは微塵も感じられなかった。


「一人でキツイなら二人でやれッ! テメエら前列が崩れたら総崩れだぞ、わかってんのかっ。しっかり支えろっ!」


「チッ……。クソッ、どうして俺がこんな目に……。おい、ユリタス。やるぞ」


「マ、マジでやるのかよ。俺こんな敵相手にしたことねぇぜ」


 そんな背後からの会話を耳にいれながら、魔物を殺す。そういえば残りのモーダはどこいったんだ、と魔物を殺すのに集中していた俺は疑問にも思わなかったんだ。


「もうだめだ……」


「キリがないわ……」


「まだ降ろしきれないのか、船は」


 そんな声がぽつり、ぽつりと聞こえ始める。そして死者や、けが人がじわじわと現れはじめ、段々と限界に近づきはじめていた。


 もっと俺が頑張らねぇと……。

 俺は落ちぶれだ。だがそれでもAランクなんだ。さらにいえば俺はこいつらのまとめ役。こいつらの死は、紛れもなく俺の責任だ。きつくて嫌な役回りだけどよ、まかされたからにはきっちりとやりこなさないとよ……。


「うぉぉぉおおお──っ」



 全力を出してたたかっていたが、さらに全力を出すことを信じて自分自身に渇をいれた。だがそれは、唐突に遮られた。


 俺は突如感じた衝撃に、体をよろめかせる。


 パリン、と。


 瓶のようなものが割れる音。衝撃と同時に聞こえた音だった。

 飛びそうになる思考を必死で呼び戻す。そして状況の把握に努める。


 体がよろめいたのは突然横から飛んできた飛来物が当たったせいだ。その何かが俺に当たって、そして割れたんだ。鼻にツンと香る匂い、よくみると俺の服と体が濡れている。


 ──いてえ。


 鈍痛が遅れてやってくる。

 手を止めて、考えこみそうになる。だが体が押し寄せる魔物に反応し、剣をふるった。だけど押し寄せ方が、異様だった。さっきまでと段違いの勢いで魔物が押し寄せてくる。まるで『俺だけ』に魔物が集中しているかのように……。


「ま、魔物好きのじいちゃんが、言っていたぞ〜。こいつは。この魔物はっ、酒が大好きなんだ〜!!」


 魔物が……酒好き……?

 そうだ。俺にかかっているこいつの匂いは酒だ。


「モーダ、でかしたぞっお前!」


「よし、あの野郎に魔物を押しつけて俺らは少し下がるぞっ! あいつ思ったよりもつええからよ、案外粘ってくれるぜっ!」


「盗んだ酒の量も残りすくないからな〜。そこらへんにブチまけるよりも〜、一人の人間にかけたほうが長く持つんだよなぁ〜。馬の魔物の前に餌をぶらさげるための、釣り棒の役割のようにねぇ〜」


 そうか……。俺は押しつけられたのか、この魔物たち全部を……。

 ようやくすべての状況を理解する。自分がどういう状況に置かれているのかをな。


 背後から押し寄せてきた魔物を振り返って斬る。そのとき他のパーティーの奴ら。俺を馬鹿にしていたやつはもちろんそうだが、まともだと思っていた冒険者も皆、少しずつ後退しているのが目に入った。俺を一人置いて……。きっとまともだからこそ、そのまま戦い続けるよりも俺に押しつけたほうが生存確率があがると判断したのだろう。


「(間違ってねえよ。間違ってねえ……)」


 そうさ。生き残るためには正しい判断だ。俺が逆の立場だったら、選ぶかどうかはともかく頭には確かにその選択肢は浮かぶ。


 元々俺が周りを守るつもりで戦おうと意気込んでいたんだ。手間がはぶけてよかったじゃねえか、とさっきまでの俺が声をかけてきたような気がした。きっと俺はそう思いたかったんだ。


 だが俺は違うことを思ってしまったんだ。


「(こんなの、あんまりじゃねえか……)」


 全方位を魔物に囲まれながら、それでも戦う。無性に孤独を感じる。だけど魔物を斬って、斬って斬りまくる。だがそれでも限界があった。少しずつ攻撃をさばききれなくなり、浅い攻撃を受けていく。


 俺は、平凡で落ちぶれだからな……。

 元仲間達なら、こんな状況でも華々しく、敵を一人でなぎ倒していくのだろうけどよ。


 そこでふと思う。俺はもしかしたら仲間達にこんな負担を強いていたのだろうか。俺自身はそんなつもりなかったが、もしかしたらかけていたのかもしれない。ならもう、追い出されてもしょうがないよな。


「(やっぱり挫折したやつっていうのは朽ち果ててしんでいくんだな……)」


 魔物の攻撃が、わき腹をえぐるように当たる。寸前の所で深く当たるのを避けたが、服が破れ、そしてポケットの中身が飛び散った。俺はポケットには多くの物を入れるタイプの人間だから、色々なものがよくとぶ。その中の一つに、依頼で借りたあの魔道具もまた飛んでいた。そういえば調査で来たんだったな、俺。戦いの最中だというのに、吹き飛んだその魔道具はちょうど俺の視界を覆うように被さった。


 視界が覆われる。それは戦いに置いて致命的だ。例に漏れず、体に鋭い痛みが走っていた。きっとどこかで攻撃をくらったのだろう。

 だが俺はそんなことよりも強い疑問を抱いていた。眼前に偶然飛んできた、視界を被った魔道具にたいして。


 ──なんでこんなに強く『光輝いている』んだ、ってな。


 それはやけにゆっくりと感じたが実際は数秒の間だった。

 やがて視界を被う魔道具が地面に向かって落下していく。視界を塞いでいた魔道具が消え、目の前の魔物を斬り殺したとき、俺はありえない物を目にしたんだ。


 襲い来る魔物。

 そのさらに先に広がる、終焉の大陸の森。その森の奥から、そう。一人の『人間』が『走ってきていた』。あまりに危機的状況すぎてよ、幻覚でもみてるのか、俺は。そう思った。



 その幻覚はそれから、さらにありえない言葉を口にしたんだ。


「助太刀に来たッ!!」


 そう、こんな風にな。


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― 新着の感想 ―
[一言] 高尚な文にしようとしてるのか、まどろこしすぎる。読むに耐えない
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