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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 はみ出しもの
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第44話 魔王の決断と人外の躊躇

※同日更新があります →第43話


※視点変更があります

◇◆◇

ティアル

◇◆◇



 流れの魔物が『領域』に現れ、追い払ったのはいいが《嵐》がやってきて門へ避難した。

 そして今、森林の環境が構築された【魔物園】の部屋のなかで《嵐》が過ぎ去るのを待っていた。


 『流れ』の魔物は、他の場所から居心地のいい場所を求めてやってきた魔物のことだ。虹色の玉(ティアルに教えてもらった言葉で言えば、魔素溜まり)から発生してすぐの魔物よりも、当然生きている年月は長く、強い魔物が多い。


 厄介なのは、居心地のいい場所を求めているというところだ。

 ここは俺たちにとってなるべく過ごしやすくするために構築された場所。俺たちに過ごしやすいという事は当然相手方にとっても過ごしやすいわけであり。否応なしに戦うはめになる事は多い。


 ああいう手合いの手強い魔物は、まだゴブリンらを含む『住人』にとってかなり荷が重い。しかしそのまま居座られると活動もできなくなるため、そういう時は俺がそうした魔物を追い払ったり、倒したりする必要があった。


 しかしここまでひどい状況は久しぶりだ。

 すでにこの場所を築き上げて数年たつが未だに完全ではないことを再確認する。


「秋よ」


 ティアルに声をかけられ、顔をあげる。




「わしもここに住むことにしたからの」




 にっこりと、満面の笑みでそう告げるティアル。

 あまりにも唐突の出来事に、流石に目が点になる。


「あまりにも急だな……」


「たった今決めたからの」


 くつくつと笑うティアル。

 肺から深く息を吐き出す。「はぁ」ではなく「ふぅ」にすることができたのはこうした経験をすでにいくつか重ねているからだろうか。そもそも、元々この部屋には俺と春のたった二人しかいなかったのだ。

 ちらりと横を見ると、メイド服姿の人影が目に入る。にっこりと笑みを浮かべ、手をこちらへ振っていた。


「一応。何故、と聞いておこうかな」


「ふむ、道理じゃの」


 そういうとティアルが視線をまっすぐと俺に向ける。

 ティアルの蓮色の瞳の中に、小さな俺の姿が伺えた。


「しかし理由は既に述べている。昨日、確かにわしは言ったのだ。

 わしを突き動かすのは、いつだって好奇心じゃと」


 確かにティアルがそう言っていたのを覚えている。昨日の広場でのことだ。


「この場所は異質じゃ、それも、とてつもなく……。

 具体的にいえば、歴史上、未だかつてないほどまでに」


「……」


「人間と寄り添う災獣、人語を話し暮らしを営むゴブリン、迷宮のような部屋に、終焉の大陸に築かれた『領域』。一つ一つが常識を覆すほどの異質。それをこれだけそろえられると、一体常識とはなんなのか疑いたくなってしまうの」


 冗談混じりに、肩をすくめるティアル。

 しかし次の瞬間、視線には力が宿り、声色は真剣さを帯びる。


「しかし一番の異質はやはり──」


 一瞬で体を寄せられ、ティアルの顔が近づく。

 それこそ、肌でティアルの吐息が感じられるほどまで。

 しかしそこまで近づいてなお、ティアルと俺の視線は、鎖で結ばれたように離れない。互いの瞳が鏡写しのように写り合い。瞳の奥に、いくつもの瞳を覗かせた。


「──灰羽秋。『やはり』。

 『やはり』お主なのであろう。尋常じゃない異質と異質をつなぐ、最も異質な根元は。お主でしかない。灰羽秋。──『灰色の勇者』」


「……」


「驚かないのかの?

 くくく、やはり面白いの、秋。この世界でもっとも未知なのは、人じゃ。その者自身の事もそうだが、その者がこれからどうなるのか、何を見つけて何を思い、そして何を成すのか。それもまた、立派な未知であり、謎。十分に好奇を抱けるもの。

 世界を覆う壮大な未知も良いが、それらは分かってしまえばもう終わりじゃ。しかし人がおればそれだけで未知には事かかない。人は最大の未知を産み出す。分かるじゃろう、秋?」


 ゆっくりと腕を首に回してくるティアル。

 そして、耳元でささやくように、こういった。




「わしは、お主の事が知りたい」






◆◇◆






『別に、好きにすればいい。ここにいることに、この世界に、ルールなんてものはない。自由だ。魔物もゴブリンたちも、皆好きにした結果こうしてこの場所で生きているにすぎない。その結果"外"で死ぬのもいるが、それも含めての自由だ』


 好きにしていい、しかしあらゆる責任は自分で負うことになる。そういう意味でこの言葉を受け取った。


 秋の言葉にうなずいたわしは、これで正式にこの場所に住むことになった。

 思えばこうしてしっかりと他人と共同の生活をするのは、マギザムード以来の事のような気がした。

 

 やれやれ、親への顔見せに、少し帰省したつもりがとんでもない事になったものだ。わしにとってはとても幸運な出来事なのは間違いないが。


 この場所と秋の価値は、凄まじい。

 この世界で価値をつけられるものはいない。終焉の大陸から目を背けていた世界の者では、とてもじゃないがつけられない。


 その中で、わしだけが知っている。

 わしだけが味わえる、未知の果実。幸運でないはずがない。

 これから先が楽しみでしかたない。昨日から踊りっぱなしの心が、さらに踊り狂っているのを感じる。


 門の外。扉の置かれた広場では、すでに災獣、緑によって環境の再生が行われていた。


 もはや粉といってもいいくらいに、細切れになった魔物の血肉と木々の木片。さらに白い骨粉のような場所がまかれているところは、死生化した魔物が死した場所なのだろう。

 《嵐》という魔物が通ったらしき場所でそうした光景はずっと続いており、彼の魔物の恐ろしさの断片が分かる。


 しかしその《嵐》の後もみるみるうちに、生えてくる草に覆われ、土に埋もれていく。


「やれやれ、本当に。とてつもない場所じゃ」


 何度環境を変えられようと、再び森林の環境になるこの場所も、今のわしにはまたとても美しい場所に思えてならなかった。


「虹だ。珍しいな」


 秋がふと空を見上げながら呟く。

 何事かと思い、わしもまた、同じように空を見上げた。ゴブリンらも気になるのか同じようにしている。


「なんと……」


 いつの間にか曇天だった空は、青く澄み渡っており、そこには『虹』がかかっていた。

 普通の虹ではない。もっと巨大な。

 普通の虹を『橋』と表現してみれば、目の前のそれは『大橋』といっていいほどまでに、空に真っ直ぐと巨大な虹が伸びていた。


「ティアルは運がいいな。

 時々かかるんだ。一年と……半年くらいかな?

 実はあの虹、よく見ると『鳥』でできているんだよ」

 

 秋の言葉が耳に届く。わしは言葉を失っていた。


「『白虹鳥』……」


 空にかかった巨大な虹の橋。それは、わしが来るときにすれ違った、白虹鳥の群だった。

 一年に一回。世界を大きく縦断する渡り鳥は、終焉の大陸の尋常じゃない魔素濃度に影響されて、見たこともないほど濃く、鮮やかな虹色になりながら空を飛んでいた。

  

 そういえば、いつかこんな話を聞いた気がする。

 『白虹鳥』が渡る前の地域と、渡った後の地域では白虹鳥の捉え方が違うと。

 渡った後での場所では、『白虹鳥』は強く厄介。それに羽もきらびやかで美しいと。しかし逆に『数が少ない』とも言われている。


 そういった話から、終焉の大陸を白虹鳥は渡っているのでは、と若い学者が述べていたのを思い出す。それを聞いたわしは、鼻で笑っていた。そんな事があるはずないと。あの大陸は、上空ですら魔物が蔓延っていると。


 事実、今でも空には魔物の影がいくつもちらついている。食料がやってきたと喜んで白虹鳥を補食している魔物もざらにいる。


 しかしそれでも、白虹鳥は飛んでいた。終焉の大陸の上空を、確かに。

 魔物にやられ、数を減らしながらも。攻撃があたり、飛べなくなって落ちる白虹鳥が、虹色に輝いたまま地面へと落ちる。何十羽とそうして落ちていく姿は、虹色の雨を想起し、とても幻想的だった。


 恐ろしいだけだと思っていた終焉の大陸で、かような光景が見られるとはの……。

 

「親父! 肉ガキタ!」

「ニクダ!」

「ヤキトリ イタダクシカナイ」


「がっはっは! おう、こりゃついてるぜ。お前等、鳥狩りだ! 拾いに行くぞッ!」


 ゴブリンらががやがやと騒ぎ立て、そしていつの間にか現れていた村の長。剛が号令をかけたことによって足並みを揃え、慌ただしく走っていく。


「……。

 風情のかけらもないの。のう、秋」


 ゴブリンの方から秋の方へ顔をむけ、話を振る。

 片手に大量の白虹鳥の亡骸を持ち、そして空いているもう片方の手で今まさに白虹鳥を一羽拾っている秋と目があい、互いに硬直する。


「……」


「……」


「いや、この魔物。料理するとうまいし、羽が綺麗なんだ」


「……それは。そうであろうな」


 実際『白虹鳥』はそうした需要から高値で取引されていると聞く。これほどまで色鮮やかな虹色なら相当の値がつくであろう。


「ティアルも集めた方がいいんじゃないか?

 部屋の中では自分の食べるものは自分で取って作るんだぞ。作ってもらうにしても食材がないとダメだしな」


「なにっ。それを早くいわぬか!」


 周囲では既に白虹鳥が取られつくされており、一羽も見当たらない。

 ゴブリンらはどうしているのかと、視線を向けると、地面におちたのを拾いつくしたのか、頭上にかかる群れにむけて石や槍を凄まじい力で投げていた。ぼとぼと落ちる白虹鳥を拾い、大量だと騒いでいる。


 ……終焉の大陸で白虹鳥をおそう脅威は上空の魔物だけではなかったか。

 しかし泣き言は言ってられない。これも、自然界のありのままの姿。

 やるしかあるまい。


 魔力を片手に集め、上空に向けて解き放つ。

 虹の大橋の一部が欠けて、大量の白虹鳥が落ちる。


「エグいな……」


 秋の言葉が届くが、知らぬふりをする。

 わしもまた白虹鳥の脅威になってる事に気づき面白くて笑い声をもらした。

 その直後、わしは気を抜いていたことがわかりぞっとする。この場所は、終焉の大陸なのに。


 しかしゴブリンらがはしゃぎまわる姿を見て、そんな緊張も霧散する。

 そしてふと、こんなことを思った。もしかしたらこの場所は、このために作られたのかもしれぬと。


 厳しいだけでしかない『終焉の大陸』において。

 少しでも『幸福』を享受できるように。余裕をもてるように。


 この光景こそが、この領域の本当の意味だと思えた。それくらいここは終焉の大陸の他の場所に比べ、緊張した空気もあるが、大きく強い何かに抱かれているような安心感も同時に感じられた。

 


 壊れてばかりの常識がまた一つ、こわれていく。

 大陸を渡らないと思っていた白虹鳥はこうしてかずを減らされてもなお、大陸を渡りきろうと空をとんでいた。


 予感がする。これからもまだまだ常識が壊れていくだろうという、予感じゃ。

 恐怖もあるが、それ以上にあまりある期待と興奮が胸にあふれていた。

 それをもたらすのは、他でもない。灰羽秋という人物なのだろう。 

 



 この日。わしは灰羽秋という世界で一番大きな未知を見届けることを決意した。







◇◆◇








「秋よ」


 【アイテムボックス】の整理を『倉庫』で終え、ラウンジに出るとティアルに声をかけられる。


「なんだ?」


「お主はこれから、何をするんじゃ?」


「そろそろ夕飯作ろうかと思っているけど」


 そういうとティアルは微妙な表情を浮かべる。

 何か答えが間違っていただろうか。


「そうかの……。

 いや、そうではないのじゃ。わしが聞いたのは、お主の『未来』じゃ。『これから』どうするのか。この場所をさらに発展させるのか、強くするのか、勢力を拡大させるのか」


 言いたいことがわかり、「なるほど」とうなずいた。

 そういえば話していなかったな、と今後の方針をティアルに話した。


「大陸を出たいと思ってるよ」


「ほう……」


 ティアルの瞳が、まっすぐと俺の瞳を覗く。

 今日何度あっただろうか。ティアルと目を合わせると、ティアルの瞳の中におぼれそうな錯覚を抱く。あまり気を抜くと、何もかもを見透かされてしまいそうなので無意識に気がひきしまった。


 どれだけ見つめ合っただろうか。

 ティアルは視線をそらさず、長い間をあけて、こういった。


「お主は、出ようと思えば、いつでも大陸を出られるのでは?」


 質問するように聞かれるが、ティアルの瞳からはほぼ断定しているように、問われた。

 ……。やはり日暮のときとは大分勝手が違う。


「いや、それが無理なんだ」


「本当かの?」


 さらに念を押してくるティアルに、押し黙る。

 ティアルがこの会話の果てに、何を言いたいのかがわからなかった。

 

「お主は──」


 重なっていた視線を一度そらし、そして意を決したようなティアルの視線を再び重ねる。

 この先に続く言葉に、俺は少なからず内心で動揺するとは知らずに、ティアルの言葉を待ち続けた。



 ティアルは再び口をあける。



「本当に、この大陸を、出たいと思っているのかの?」



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