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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 はみ出しもの
46/134

第43話 築き上げられたもの

※視点変更があります。

◇◆◇

ティアル

 午後。外へとやってきていた。

 空は生憎の曇り空だった。めまぐるしく変わる環境と密接な関わりをもつのか。この大陸の空もまた、旅人のように気まぐれだ。次の瞬間にはどんな天気なのか予測も想像すらもつかない。時には魔物が大量に空から降ってくる、なんてときもある。


 そういう意味では、この曇り空というのはあまり悲観するべき事ではない。


 むしろ問題はこちらだろう。


 視線を空から、ぐぐっと下に下げる。

 氷雪の環境だった昨日の広場とは違い、ここは森の景色が広がる。

 ……はずなんだが。


「……ここも昨日と同じ類の場所なのかの。

 大分無惨な状況のように思えるが」


 ティアルの言うとおり。外に出てみると、状況は酷くあれていた。

 森を形成していた木々の多くが折れたり、また根元から重なり合うように倒れている。


「魔物が生まれたんだろう」


 そういって、指をさすとティアルもその場所を目で追う。

 刺した指の先では倒れた巨木に負けないほど大きな魔物が、力なく横たわっていた。 

 その周りには、ゴブリンたちが忙しそうに魔物の体に大きな包丁を突き刺している。


「なるほどのぉ」


 魔物の死体を確認し終え、周囲をきょろきょろと見渡すティアルは口をあける。


「昨日から考えておったのじゃが。

 ここはようするに、この大陸で生きていくための『拠点』のような場所になるのかの?」


「大体、そんな感じだな」


 ドアという小さな点を作り、次の点へと向かう。俺は、そうして活動領域を広げてきた。

 その小さな点を、拡大し、大きな一つの拠点を作るという試みでできたのがこの『領域』だった。


 メリットは活動のし易さと、魔物の素材の手に入れやすさだろうか?

 部屋の中でも食材が手に入るので分かりづらいが、日暮が倒れたときには、そのメリットの面が顕著に出ていたと思う。もしこの領域がなければ、あんなふらりといってふらりと帰ってくるような事はできなかっただろう。


 そしてそれはこの『領域』で生きるものにとっても同じだ。


 俺の【部屋想像】という能力では、すべてを賄うことはできない。

 ゴブリンや、雹や彗含む魔物たちの食料とかの事だ。それは【部屋想像】という能力では消費だけを続けるのはほぼ不可能であり、牧場などで賄うにしても、限度があるということ。食べ続ければ、一定の頻度で沸く牧場の動物もいつかいなくなる。


 仮に出来たとしても、俺はそこまで手をさしのべる気はなかった。

 だからこの『領域』は、俺のためというよりはむしろゴブリンや魔物たちを大きく支えるためにあるといっていい場所だ。


「昨日の場所と違い、門と扉の数が少し多いの」


 顎に手を当てながら、頭の中を整理するように呟くティアル。辺りを見渡す目は真剣で、どんな情報も見逃さないという気迫を感じた。


 やがて何かに思い当たるように、勢い良く顔をあげる。だがあまりに突拍子もない考えだったのか、いやまさか……。こんな事考えても実際にやろうとは普通思わぬ……。しかし常識で考えては……。と何かと葛藤するように独り言をもらしていた。


 やがて思考をまとめたのか、こちらへと向き言葉をかけられる。


「もしや、『災獣』を利用しておるのか?」


「災獣?」


「昨日お主のそばにおったじゃろう」


 もしかして、雹のことだろうか。

 近くで腰を下ろし、草の上であくびをする雹をへと視線を向けると

 こちらに気づいた雹は大きな体で立ち上がって近づいてくる。


 毛むくじゃらで昔にくらべ随分と大きくなった頭をなでろとばかりに押しつけられ、仕方なくあごをさわる。目を細める雹を指さしてティアルに視線を向けると、顔をしかめたティアルが頷いた。


 どうやら『災獣』は『環境魔獣』の事をさした言葉のようだ。

 災害の魔物……。見るからにやばそうな字面にもやっとした黒い感情が沸く。いやティアルの表情から見て、実際に相当危険な魔物なのだろう。


 どれだけ危険な場所に放り込まれたのかと、笑いすらこぼれてしまいそうだが

 もう考えても仕方ないことなので、無理矢理意識をずらしてティアルの質問に答えた。


「正解だよ」


 広場から少し遠くに置かれた『門』。

 その門の先は、【魔物園】という部屋へと繋がっている。 


 【魔物園】は魔物が生息できるような『環境』が整っている部屋だ。

 たとえば森林だったり、砂漠だったり、氷雪などもそう。

 一つの部屋に、一つの環境が割り当てられていて。門の先ではその環境で生きる魔物たちが過ごしている。


 まるで環境を構築する環境魔獣の、災獣の力のような部屋だ。

 ティアルは神妙な顔を浮かべ、溜め息をついた。


「やはりかの。

 最早、なんと言えばいいのか言葉すら思いつかぬわ。つまりお主とともにいる災獣はそこの雹とやらだけではないということじゃぞ」


 【魔物園】は『一つの部屋』に『一体』の環境魔獣がいる。そしてこの広場から見える『門』の数は『七つ』だから、そういう事になるだろう。

 俺は指を森へと向けながらティアルに答えた。


「ああ、そうだよ。ほら」


 見るも無惨に倒れていた木は真下からの、力強い力によって押し上げられる。

 環境魔獣、『緑』の力によって、生えてくる木々は、押し上げた木々を飲み込みながら加速的に成長していく。うねるような。太く、歪な形になった巨木は、たった今はえたとは思えないほど、貫禄のある佇まいで広場を見下ろしていた。


 そうした樹があちらこちらに生え揃う姿は何度みても圧巻だと思う。

 さらに木々の表面には苔や草花。別の種類の木なんかも生え、森に深さがうまれる。


 環境魔獣ですら驚いていたティアルだ。この光景にもきっと驚くだろうと、そう思いながら顔を向ける。

 

 その瞬間、殺気に包まれた。


 ゴブリンたちは全員が手を止め、武器を構える。ギィ、と殺気を放つものに威嚇の声をあげているのもいた。

 

 この大陸の魔物が放つ殺気は、無感情だ。

 感情なんて、そんな余裕のあるものを抱いてられないから。だからこの大陸の魔物が放つ殺気は、生きたいというむき出しの。無色透明かつ、純粋無垢な本能そのもの。


 この殺気は『そうではなかった』。


 『真逆』だった。

 強い感情がこもっていた。人の意志、感情が作り出した殺気。

 俺はゆっくりと歩いて、殺気を放つ者の前に立つ。


 そして剣を取り出しながら、名前を呼びかけた。


「ティアル」


 飄々と立っているように見えるが、いつでも攻撃できるような立ち振る舞いで、強く目の前をにらみつけるティアル。

 その瞳には憎しみ、悲しみ、怒り、苦しみ。様々な感情が伺えた。

 とても人らしい瞳だ。今更ながらこの大陸の魔物と、人の殺気に違いがある事にも内心おどろいていた。


「……」

 

 ティアルは、動かない。


 ──しかし今はそんなものを考える余裕はない。


 ティアルの目の前に立つことで俺は、ティアルの目線と殺気を一身に浴びることになった。

 つまり本当に殺気が向けられていた相手は、俺の背後にいるということ。

 【アイテムボックス】から剣を取り出し、片手で握りながら、ティアルに声をかけた。


「『みどり』は申し訳ないけど、俺たちと一緒に暮らしている魔物なんだ」


 一つの『門』から環境を構築するために出てきた緑は、その後俺のいる方へと近づいてきていた。そしてティアルも何かが近づいてくるのに気づいておりそちらを伺っていた。そして草むらから緑が姿を表した瞬間、この場は殺気に満ちた。


 理由は分からないが緑を攻撃させるわけにはいかない。環境魔獣といっても、緑はまだ子供だ。ティアルが本気で攻撃すれば確実に殺されてしまう。

 

「ティアル」


 もう一度呼びかける。

 これで駄目なら、戦う覚悟もしなければならないと

 そう思った次の瞬間。殺気は霧散した。




◇◆◇



 心を鎮め、殺気を解く。 

 目の前には剣を構えた秋。そしてその先には、森林の『環境魔獣』が黒い瞳でこちらを伺っていた。

 その瞳を見ていると、また殺気を出してしまいそうになり、目をすぐにそらす。


 周りではゴブリンたちが威嚇するようにこちらを見ていた。

 負ける気はしないが、この数だと少々厄介だろう。それに場所も最悪じゃ。勝ったところでわしが大陸に飲まれるのは想像に難くない。


 殺気を解くと、すぐさま秋は剣を下ろした。

 その迷いの無さは、元々わしに戦う気がなかった事に気づいていたのだろう。それと雹と呼ばれる災獣と、黒い紋様を左腕にいれたゴブリンもか。


 抑えられなかった、無意識にあふれ出した殺気だった。


 ──マギザムードを喰らった魔物……。


 森林が再生し、不気味に顔を覗かせる門の一つが置かれた方向から、草をかき分け姿を表したのは

 背中に苔を生やした蛇の『災獣』だった。

 目の前にいる災獣が、マギザムードを喰らったかたきの姿と重なる。


『目の前の光景を。わしを、よく見るのじゃ』


 脳裏に焼き付かせた光景は、強烈な閃光のように一瞬でよみがえる。

 いやよみがえったのは光景だけじゃない。マギザムードを喰らった魔物の姿形。抱いた憎しみから、親が喰われていく悲しみ、そして自分の無力さの苛立ちまでも。再生された時間にたいして、蘇ったものの量はあまりにも膨大だった。


 そして殺気を向けたのは、他ならぬ自分自身だった。


 秋に呼びかけられて、ようやく考えを巡らせる冷静さが戻る。そのときにはもう、目の前にいる災獣が、親の敵の姿をしただけの別の魔物だというのに気づいていた。あまりにも小さすぎる。

 そう頭ではわかっていても感情が追いつかない。結局秋にもう一度声をかけられて、ようやく感情を抑え殺気をといた。


 たとえ目の前の魔物が親の敵だとしても。

 マギーが帰ってくるわけでもない……。


 わしの中ではすでに終わった、『清算された過去』なのだと。

 そう自分に言い聞かせて。


「……すまぬな。親の敵に似ていたものでの」


 かたさが抜けきらない声で、謝罪する。

 納得したようにうなずいた秋は、「構わない」と声をだし謝罪を受け入れてくれた。

 ゴブリンらも威嚇をとき作業へと戻っていく。緑と呼ばれた魔物も、少し様子を伺いながらも秋に近づいていた。

 

 一つ、大きく息を吐き。気分を入れ替える。


 なんとか気持ちを戻すと、秋に巻き付いていく緑といった災獣に興味がわき、手をのばしてみる。

 だがかみつかれそうになったのですぐに手を引いた。


「やれやれ、嫌われてしもうたの」


「そりゃあ、仕方ないさ」


 様子を見ていた秋が苦笑しながら言う。

 この場所に来てからというもの、よく心が揺さぶられる。かつて命を救われたゴブリンらと出会えた事や、今の出来事もそう。


 最初はわしの常識の通じないところだと思っていた。しかし過ごしているうちに、共通するところ。見えてなかった『繋がり』が見えてくる。


 特に一番感じたのは、わしが過去を話の流れで告げたときだった。


 『よくある話』。そう言われたのは初めてのことじゃ。過去を嘆いてくれたものもいたが、話を盛るな、嘘をつくなという反応が大半。嘆いてくれた者も、親を亡くしたという点を悲しんでくれていただけで、大陸についてはいまいち理解できていないようだった。


 つまり、秋は知っているという事。

 この大陸が、『どういう大陸』なのか。知識だけではなく、経験として。秋は深く、この場所を理解している事に気づいた。それも、わしなんぞよりもずっと深く。でなければ『よくある』などと断ずることはできない。


 今まで誰にも理解されなかったもの、それがこの場所では『当たり前だった』のだ。

 簡単に理解された。浮かべていた瞳は、深く吸い込まれるように儚さを帯びたものだった。秋もまたわしと同じような経験をしていることだけが、わかった。


 不思議な気持ちだった。言葉にしようがなかった。今まで感じたことがなかったそれを、表現する言葉を知らずに一体どう言い表せばいい。だから、秋と大陸について話が弾んだときに、流れた涙の正体は今もなお分からなかった。

 

 ただその時に感じていた、胸の暖かさだけが今も残っていた。


「話を戻すかの。遮ってしまってすまぬ」


「これくらい大したことじゃあない。気にするな」


 これでも魔王と言われているわしが戦闘態勢に入ろうとした事実を、大したことないと断言する秋が面白くて、笑う。

 不思議そうに見つめてくる秋に何でもないと返す。


 思考を切り替えるため、先ほどまでしていた話を思い出す。

 確かこの場所に災獣の力が関わるという話だったかの。

 そこからこの場所の仕組みに当たりをつけて、話を飛躍させる。


「それで、この場所は災獣を核にして作られておるんじゃな?」


「そう。今見た通り、緑の力を使って環境を安定させているのがこの『領域』だ」


 発想は、理解できた。

 過剰なまでに生まれる災獣。その力によりめまぐるしく変わる環境。それを同じように災獣の力を使い一定の環境に止める。


 しかしその発想の規模に驚く。

 災獣はもはや一つの災害。雨や雪を利用するのはわかるが、竜巻や雷を利用しようなどとは普通、思わぬ。それほどせねば、この大陸で生きる事はかなわないのかもしれないの。


 とりあえず目の前に築かれている以上、現実は受け入れるしかない。

 しかしそうなると一つの疑問が浮かぶ。


「理屈はわかるが、それだと核となる災獣が倒されて終いなのではないのかの?

 環境の変化がめまぐるしいのは、災獣が『生まれ』、そして『死ぬ』からじゃ。つまり災獣にとってもこの大陸は生きぬくのは難しい」


「ああ、もちろんそうだ。だから──」


「いや、まてまて。待つのじゃ」


 秋の言葉を遮り、口元に人差し指をあて、秋の口を仕草で止める。

 答えだけを教えてもらってはつまらぬ。未知とは、そこにいかにたどり着くかが大事なのじゃ。『過程』があっての未知じゃ。


「わしが考え、当ててみせる」


 秋があきれたような目をするがなにもいわない。

 思考をあらかた整理し、情報をまとめる。

 次に考えたのは、わしが秋ならば、ということ。常識で考えてはならぬ。


 わしが秋ならどうやってこの大陸で生き抜く……?



「あの門の先。あれはもしや『魔物』が住んでいるのか?」


「当たりだよ。どうして分かったんだ?」


「この場所ですでに拠点が築き上げられているのじゃ。

 ならばあとは築くために必要な要素を逆算しただけじゃ」


「へぇ。すごいな」


「それを言うのはお主のほうではないの……」


 どう考えても、すごいのは既にものを築き上げている秋の方じゃ。

 わしなら思いついてもやろうとすら思わぬ。

 周囲に目を配り、門の数を数える。


 一つ、二つ、三つ……全部で七つ。

 全く末恐ろしいの……。

 答えを導き出し、秋につげる。


「つまりお主等は共生の──

 む?」


 推測を述べながら秋のいる方へ顔をむけると、その本人が消えていた。

 視界から消えた秋を探すため、周囲を見渡そうとした瞬間。何かが衝突したような音と、衝撃で生まれた強い風に襲われる。音と風の発生したと思われる方を見ると、秋が一体の魔物を抑えつけていた。


「Guuuuuuu!!!」


 見たこともない魔物だった。どれくらい強いのかも判断がつかない。わしですらいたことに気づかなかった中、この場で秋だけが気づき一瞬で移動して押さえつけていた。

 しかし魔物は、秋を強い力で弾き飛ばす。秋を敵と認識したのか、絶叫とも思える咆哮をあげて秋と対峙する。

 

 ゆらりと、体に寒気を感じて振り返る。


「グルルゥ……」


 雹と呼ばれていた獣の災獣が闘志をむき出しにし、冷気を漂わせる。

 足下の草が、凍り付き、パキリと音をたてて折れた。


「『流れ』だ」

 

 魔物の殺気を一身で受ける秋は、静かに言った。


 流れ?

 どんな意味を持った言葉かはわからない。しかし周りにいる魔物やゴブリンが、あわてて『門』や『ドア』の中へ入っているのを見ると、あまりいい予感はしなかった。


「ヴァウッ!」

 

「雹、撤退」


「グルルルルル……!」


 秋の言葉に反抗するように、雹は一歩踏み出す。足下の青々しかった草がみるみるうちに凍り付いていく。


「雹。お前じゃあいつには『足りない』。分かるだろう。

 二回、言わせるな」


 強めにそう言われると、「クゥン」と尻尾と耳をうなだれさせる。

 そしてゆっくりと歩き、わしの方へと近づいてきた。


「む? ぬぉおおおお!?」


 大きな顔が近づき、口を開けてくわえられる。

 そして尋常じゃない早さでくわえられ、七つあるうちの一つの門へと災獣と共に入った。


 災獣からの拘束がとかれ、地面におちる。

 周囲の森の景色は変わっていないが、これでも『門』の『内側』らしい。すぐそばにはわしが入って来たらしき門が佇んでいる。


 いや、そんな事は今はどうでもいい。慌てて開かれたままの門の傍に寄る。

 そして、外で行われていた秋と魔物との戦いに視線をむけ、ごくりと唾を飲み込んだ。


 わしの横で同じように戦いを見つめる、雹と呼ばれる魔物もおそらくわしと同じレベル帯。そんな魔物が力が足りないと言われるレベルの戦いが繰り広げられている。


 様々な力を使い応戦する秋。一方で魔物もただの魔物ではなく、秋に切りつけられた傷口は固まった血ですぐさま塞がり、飛び散ったはずの血液は落ちる事なく空中で浮いている。そしてその血がその存在を忘れた頃に、尖った釘のような形に固まって死角から秋を襲っていた。


 戦いは時間が過ぎるごとに、苛烈さを増していく。地下から吹き出すように現れた大量の魔物や、周囲から現れた魔物がさらに加わって。しかし秋と対面する魔物の戦いに近づくと、途端に肉片となりはじけ飛ぶ。


「尋常じゃない……」


 自分があの場所にいる事を想像してみるが、生きられる想像が沸かない。

 雑魚のように弾け飛んでいる魔物たちですら、わしと同レベルの強さ。



 ──ピクリ。


「む……」


 視界の端に違和感を感じ、一度視線を戦闘から目を離し。違和感を感じた場所に目を配る。

 その先にあったのは、『死体』だった。秋たちの周囲で戦う有象無象の死体ではなく、もっと巨大で恐ろしい力を感じさせる死体。


『魔物が生まれたんだろう』


 それは一番最初に、この広場で倒されていた魔物だった。


 その魔物に、なぜ今更違和感を感じる?

 少し考え、すぐにその原因に思い当たあたった。


「『死生化』……!」

 

 魔素溜まりが、死んだばかりの生物に偶然重なったときに起こる現象。新しい命が宿り、別の生き物として。死した魔物として生まれ変わる『死生化』という現象。一部では『アンデッド化』とも言われている。

 この大陸は『死生化』もまた尋常じゃないほどに、発生する。死体と魔素溜まり。その二つの材料に事欠かないからだ。


 秋は背後で死生化した魔物に気づいていないように思えた。

 ただでさえ秋は圧倒的に強い魔物と対峙している。さらに似たような魔物がもう一体ともなれば、流石の秋も……。


 脳裏に嫌な想像が働く。

 マギザムードが喰われたときとひどく状況が似ていて、嫌な汗をかいた。

 今のわしは昔のわしとは違い、『力』がある。


 気づいたわしがなんとかせねば……。

 意を決し門をくぐろうとしたとき、肩に手を置かれ止められる。


「チッ、誰じゃ!」


 時間が惜しいという時に止められ、怒鳴りながら振り向く。

 そこには、メイド服を着た見慣れない女が一人、立っていた。

 昨日会った『春』や『冬』とも違う。白い髪を二つに頭の両脇に束ね、微笑みを浮かべながらわしを見ている。


 本当に何者じゃ此奴は。

 いや、今はそれどころではない。今にも死生化した魔物は、秋を背後からねらい付けていた。最早なりふり構っていられないと体に力を入れ強引に進もうとする。


「……!?」


 しかしふりほどけない。

 尋常じゃない力で止められていた。

 

「お主、事態がわからぬのか……。主等のあるじじゃろう。」


 この女を、春や冬と同じ、この部屋の中に住む秋に『仕える者』だと当たりをつけ、脅すように声をだす。 

 自分でも信じられないほど、低く殺気のこもった声だった。


 しかし女は動じない。ただ微笑みを浮かべつづける。

 だが薄く開いた瞳の奥には尋常じゃない殺気をこめていた。


「弱い者が、秋様の横に並んで戦ってはならない。

 それが、この場所の『ルール』。あなたのような『雑魚』でも。死なれると、優しい優しい秋様は、悲しみを心にひっそりと……抱えこむことになる」


 それだけいうと、もう用はないというように、手を放される。


 雑魚だと……。この女。

 苛立ちを抑え、再び外へ目を向ける。隣にはメイド姿の女も同じように外へ目をむけていた。どうやらここを去る気はないらしい。


 秋の背後にいる死生化した魔物は、体をふるわせて立ち上がる。

 そして秋が対峙する魔物に攻撃しようとした瞬間。死生化した魔物は走り、あごを大きくあけて、秋にとがった牙をつきたてた。


 次の瞬間、息を呑む。

 魔物の牙に比べれば、あまりにも小さな秋の体を牙が貫いていた。そして追い打ちをかけるように、最初に対峙していた魔物が、秋を攻撃する。


 果実が内側から弾け飛ぶように、鮮血が宙を舞い散った。


 歯を強く食いしばり、思わず使用人の女の服を強引に掴む。


 ──こやつがいなければ、秋の元に駆け出せていたのだ……!


 マギザムードが死んだ時とは違い、今のわしは力がある。

 なのに、なのに。また繰り返したのか、わしは!


 自責の念に刈られそうになったとき、痛みによって我にかえる。

 服を掴んだわしの手が、女の手で握られていた。凄まじい力に手から痛みが走る。


「『せん』の、この服に。

 それ以上しわをつければ、殺しますよっ」


 にこやかな顔でそう告げられる。ぞくりとした這い寄るような不気味な気配を感じ、女の手を強引にふりほどいて距離を取る。

 わしの様子にくすくすと笑う女。そしてその後、一触即発の空気を気にも止めない様子で、門の外にむけてゆっくりと指をさした。

 その指を追うように、門の外へ視線をうつす。


「よくみなさい、刮目して。

 目を凝らして、目を据えて。一瞬も気を抜かずに。

 我らが、秋様のお姿を──」



 門の外に目を向けた瞬間。驚きに、目を見開く。


 大剣が生えていた。

 一番最初に秋と対峙していた、恐ろしい魔物の胴体から。


 なぜ? 一体だれがやったのか?

 女が言うように、目を凝らす。ありとあらゆるものを見逃さず、全神経を注いで。

 秋の体は、死生化した魔物と最初の魔物に同時に攻撃され、見るも無惨な姿になっている。


 しかし、無惨な姿になっているはずの、秋は今。

 最初の魔物の背後から『剣を貫いていた』。


 秋が二人いるのか、そんな疑問を感じた後に視界に違和感を感じて注視すると、死んでいると思った秋の死体が、瞬きをした次の瞬間、周囲を取り囲む魔物の一体に変わった。

 まるで、『夢から覚めたかのように』。

 

「GYAAAAAA────ッ!!!」


 苦悶の声をあげる魔物。しかしすぐに怒りのままに、秋に攻撃をする。

 避ける秋。しかし周囲の魔物たちが、秋を放っておかず、意気揚々と襲いかかる。


 なぎ倒される。体が吹き飛ばされる。

 秋ではなく、魔物たちのほうが。


 死生化した生気のない瞳の魔物が、秋を襲う魔物をなぎ倒していた。

 まるで秋を守るように。そして秋もまたそんな死生化した魔物の行動に、戸惑う様子がない。


『殺し尽くせ』


 秋がぽつりと呟く。


『────────ッ!』


 声にならない声で叫び震える死生化した魔物は、狂ったように暴れ、魔物たちをなぎ倒す。そうして動くたびに、腐った肉が湿った泥のように醜くこぼれおちるが、落ちた肉は魔物たちの死体に埋もれ、見分けがつかなかった。



『────────!!』


『GAAAAAAAAA──!!』


『……』



 『三体』の化け物が、暴れ狂っていた。

 飛び散った血液を宙に舞わせる魔物。死生化した命無き魔物。

 そして灰羽秋。


「これほど。これほど、なのか……」


 秋はなおも血液を舞わせる魔物と対峙し続ける。死生化した魔物は、有象無象の魔物を相手取っているが、今もなお地面の下から吹き出るように魔物が現れていた。その魔物たちも、死ぬ気で死生化した魔物を攻撃している。必死だった。彼らもまた生きようとしているのがわかる。死生化した魔物の肉をえぐり、骨をくだき、体は最初みたときよりも随分と削れていた。


 そして、こんな状況の中ですら、容赦なく現れる魔素溜まり。先ほど再生したばかりの森は見るも無惨な姿に荒らされている。いや、よく見ると魔物たちの死体の下では少しずつ『砂』が現れていた。砂漠の災獣が、どこかで現れつつあるのであろう。



「どれだけ、厳しい……」


 この大陸は。

 終焉の大陸の出身者という言葉があまりにも矮小に感じられた。

 それほどわしはまだ、この大陸を全く理解できていなかった。


 あまりにも厳しく、そして──。


「美しいです……」


 曇天だった空に切れ間ができ、生きようと戦う者たちを光で照らした。

 頬に手を当て、うっとりとした表情の女が呟く。


 先ほど苛立っていたのも忘れ、思わず頷きそうになった。

 しかし頷く手間すらも惜しんで、目の前の光景に魅入っていた。


 美しかった。


 戦う秋の姿。それだけでない。

 この門の先で、生きる者。今目の前で行われている光景のそのすべてに、洗練された一枚の絵画のような『美しさ』を感じた。


 力強く、そして儚く。


 尋常じゃないほど厳しいこの大陸で。あまりにも理不尽で、容赦のない、残酷で苛烈な環境の中で。それでもなお、命を燃やして生きようとする『彼ら』の姿が。

 あまりにも、美しかった。


 ──『生きてる』。


 不意に秋の言葉がよみがえる。

 その言葉を、理解した気でいた。ただ昔、安全圏から様子を眺めていただけで。

 それは間違いだった。わしはまだ理解していなかった。そして今もなお、それがどれだけの事なのかを、理解しきれていない。


 理解しきれていないことだけを唯一、今。理解できたのだ。


 不意に、緑と呼ばれた魔物の事を思いだし、辺りを見渡すと彼の魔物もまた、同じように門の外へ視線を向けていた。

 今ならわかる。あの親の敵である大蛇の魔物もまた。目の前の奴らと同じように、生きようとしていたのだと。マギザムードも、わしも同じように。その結果として、マギザムードを喰らわれたにすぎない。


 災獣、緑。秋はこの魔物を子供だと言っていたが、間違いなくあの大蛇の魔物の子供なのだろう。

 命がめぐっている。こんな大陸で、なおも。

 体が震える。とても当たり前の、だけど巨大で力強い、とてつもない流れを全身で感じた気がした。



「──あぁ……。あぁ、秋様っ!

 『千』も、『千』も。いつか、秋様のおそばで。戦いとう、ございます。

 今はまだ力が足らずともっ、いつか。いつかっ!」



 隣で門の外に熱い視線を送る、言葉から察するに、千という名の女は独り言のように呟いた。

 その熱い視線は、千という女だけではない。あらゆる場所から飛んでいた。


 視線を脇へとずらすと、そこでは先ほどまでしまっていたはずの『門』が、開いていた。


 その門の先は、赤く燃えている炎の光景が広がっている。

 そんな恐ろしい環境に住んでいるであろう、魔物たちが雁首そろえて門の先の戦いを見守っている。溶岩を体から垂らしている、尋常じゃない力を感じさせる、『騎士の姿』をした魔物を先頭に。

 

 そしてそれは、すべての『門』で見られた光景だった。すべての扉が開いており、そこに住んでいるであろう魔物たちが、決して門から足を踏み出すことなく、しかし限界まで足を踏み揃え、視線をぶらすことなく秋へと注いでいたのだ。



 これが、終焉の大陸。

 これが、秋の築き上げたもの。


 気づけば部外者であるわしも。

 無自覚に感動や憧憬を胸に抱いて、秋を見つめていた。周囲の者と同じように。




 戦いは既に終幕へとうつる。

 最初に対峙していた魔物はすでに虫の息に達している。対して秋は未だ余裕が伺えた。

 そろそろ魔物が倒れる、そう思ったときだった。


 くるりと、虫の息の魔物は体を反転させる。

 そしてものすごい勢いで走りだした。


 どうやら逃げ出したらしい。逃げることもまた、一つの生きる手段。英断だとは思うが、すでに瀕死の状態にまで追い込まれ、秋から逃げられるとは思いがたい。

 むしろこれで、外の戦いは終りを告げたとそう思っていた。


 しかし秋を見ると、秋もまた魔物の逃げた方向とは反対の方向へ走っていた。

 ちょうどわしのいるこの『門』に向かって。かなり必死な様子だった。


『──!』


 何かを秋が叫ぶ。死生化した魔物と、有象無象の魔物の戦闘はまだ続いており、喧噪に掻き消えなにを叫んだかは聞こえない。しかしばたり、ばたりと音を立てて門が次々と閉まっていく様子が目に入った。それと同時に、視界の端で細切れになっていく魔物と木々の姿も。


「なんじゃ?」


「《嵐》が来た。門を閉める」


 いつの間にか門の中へと入っている秋が答える。


「《嵐》?」


「あぁ」


 門がゆっくりとしまっていく。そうして閉じようとする門の隙間から、とてつもない風を纏った『柱』が最後に一瞬だけ見えた。

 後でそのことを秋に言うと、わしが見たものは《嵐》の『足』だという。


 少し疲れているのか、地べたに座り込む秋。

 しかし息を切らした様子が無く、未だ力の底が見えないのに内心驚嘆する。


「『嵐』の環境を構築する、環境魔獣だ。

 大陸を徘徊している魔物なんだが、近づくと不味い」


 環境魔獣。災獣の古い呼び方じゃ。

 それよりも秋の話が気になり、好奇で尋ねる。


「どうなるんじゃ?」


「後で外に出てみれば分かる。だけど当分は外に出ない方がいいな」


「これほど強いお主でも、歯が立たぬのか?」


「《嵐》は大陸を生き残り続けてる魔物だ。さっき戦っていたやつもそうだが、外の魔物は生き残っている月日が長いほど、強かで手強い。《嵐》はかなりヤバい方に入る魔物だ。だから、戦うのはできるだけ避けたい」


 秋はこれでも十分、歴史に残るくらいに終焉の大陸を克服しているのに、終焉の大陸はまださらにその上の厳しさがあると秋は言う。

 今まさに終焉の大陸の恐ろしさについて再認識したばかりだというのに、そのさらに上。どれだけ別次元の世界なのであろう。


 


 

 本当に、恐ろしい世界だ。


 どくん、どくん。

 胸の鼓動が聞こえる。


 恐ろしい世界。なのに、それでも高揚を感じるのはなぜだろう。

 わからない。わからないからこそ、その強い高揚はわしに。ある一つの決断を下させた。


 


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