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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 はみ出しもの
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第39話 ティアル・マギザムード①

※ティアル・マギザムード視点


 思えば、最初からなにかがおかしかったのかもしれん。




「グルルル……」



 強大な魔物(それは見た目も、そして力も)

 『災獣』を前にしてわしはふとそんな事を考えた。

 それはもしかしたら一種の現実逃避だったのかもしれぬ。魔王と言われるわしでも災獣と一対一で正面から戦い勝てる気はしない。雪よりも白い毛並みをした『災獣』を前にわしはただ体を硬直させていた。


 ではその最初とは一体どの時点だろうか。

 何かがおかしいと考え真っ先に思い浮かぶのは隣にいる灰色の髪の、一人の人間だった。


「(このどことも関わりを持たない孤立した地

  終焉の大陸で得体も知れぬ男と出会った瞬間だろうか……?)」


 その本人をちらりと見ると、『災獣』を目の前にしているというのになんて事もないかのように飄々とした顔をしていた。剛胆なのか阿呆なのか、表情に出ないため感情や内心はわかり辛い。ただ、目の前の脅威をきちんと認識しているのだろうかと。その様子を眺めてあきれる。しかしその答えはこのすぐに思い知らされる事になる。



 ──いや、そうではない。



 そう……。この男に会ったのは言ってみれば『結果』だ。

 少なくともこの男、『灰羽秋』と出会ったのは『最初』ではなかった。

 もっとずっと後。言うなればおかしな事のなれの果てに、わしはこの男と出会った。

 


 では『おかしかった』のはそこに至るまでの『経過』であるはずだ。

 そして『原点』こそがなによりもおかしいはずであるとわしは考える。



 そもそもわしは何故この大陸に来る事になった?

 本来なら、ここに帰ってくる予定などさらさらなかったのにも関わらず。



 そう、そうじゃ。

 そこからがそもそも、『おかしかった』──……








ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








 ……──ティア




『ティア、もう寝るんじゃ』 


『マギー……魔物が結界に張り付いている……のじゃ』


『心配せずとも、わしの結界はこんなちんけな魔物じゃびくともせん。

 いいからさっさと眠るんじゃ』


『わしを見ている……怖い………のじゃ』


『見ているだけじゃ。何もできやせん。

 それよりもティア。自分の事を呼ぶときは"わし"ではなく"私"じゃ。何度も言っておるじゃろう』


『嫌だ……のじゃ』


『……口調の事は、もう言わん。だがそこだけはしっかりせい。ティアは女の子じゃろ。この大陸を出たとき女の子なのに自分の事をわしと言っていたら笑われてしまうぞ?』


『知らない……のじゃ』


『やれやれじゃのぉ……』


『……この大陸を出るときはマギーも一緒だよね?』


 わしがそう問いかけるとマギーは一瞬だけなにかをためらうように間をあけた。

 

『……そうじゃの。一緒じゃよ』



 少し遠い目をしながら、マギーはそう答えた。

 だがそのときのわしはその目に気づかず、受け取った言葉にただ安堵をしていた。

 どんなに怖い場所でも、恐ろしい場所でも。ずっとマギーがそばにいてくれると思っていた。今こうして一緒にいるように、と。


『良かった……のじゃ』


『わかったらもう眠るんじゃ』


『眠れない……のじゃ。マギー、またお話をしてほしい……のじゃ』


 はぁ……と一回ため息をつく。

 それはマギーがなんだかんだでわしのお願いを聞いてくれる合図だった。

 マギーの大きな尻尾の中で埋もれているわしは、無理矢理恐怖からマギーの話への興味へと意識をそらした。


『仕方ないのぅ。

 一回だけじゃからの。終わったらちゃんと眠るんじゃぞ』


『わかった……じゃ』


『昔々あるところに、桃から産まれた勇者がおったそうな──……






 ──……






「退屈じゃのぅ……」





 見惚れるような、水平線まで続く海と空。

 しかし何十時間と眺め続ければ、それはもうただの代わり映えのしない退屈な景色……。

 毎回この空を飛ぶたびにつぶやく言葉を、例に漏れず呟く。この時間をわしはよく持て余していた。


 退屈な時間は自然と内側へと思考を向ける。

 思い出していたのは子供のころの、たわいもない出来事。


 普段なら自分自身の欲望の赴くままに、世界の不思議なことや知的好奇心をくすぐるものの事についてあれこれ思考を巡らせていたじゃろう。世界にはわしの知らぬ事がまだまだたくさんある。その事を考えるだけで、いつでもどこでも退屈する事はない。


 ……本来なら。

 しかしこのときは少々、事情が異なっていた。


 今飛んで向かっている行き先は、わしの育った故郷だった。

 となればそれにつながった昔の記憶が掘り起こされてしまうのも仕方のない話。沸いてくる記憶に、集中を乱され物事を考えることができずにいた。

 そうこうしているうちに、自然とこの空の旅路は郷愁に身も心も染まってしまうのだ。


「やれやれ……どうなっているかのぅ……」


 自分自身の育った、あの結界を思い出してぼやく。子供の頃は広く感じた結界も帰郷するたびにせまく、廃れていくような気がしてならない。その光景にわしは少しずつ故郷が寂れていくような憂鬱感を感じずにはいられなかった。


 結界は今どうなっているだろうか。

 魔物に、中を踏み荒らされているのか。

 それともすでに終焉の大陸の猛威の前に跡形もなく無くなってしまっているだろうか。


 本来なら、聖獣という主がいなくなってなお、今までよく形を保っていたと感心しなければならんのだろう。

 主のいなくなった結界は馬のいない馬車と同じ。ただ止まって朽ちていくのみ。


 だがわしにとってそこは唯一無二の『故郷』。

 生まれ落ちた場所は悪魔族の国じゃが、子供のわしをどうしようもない父とはいえ共に終焉の大陸に島流しにした国は、掟とはいえ愛し難いものがある。怨んではおらぬが、かといって積極的に好きになるほどではない。今でも時々国へ戻ってきたらどうかと声をかけられるがその気は全く沸かなかった。


 そう……そこは生まれおちた場所でもない。


 そこを故郷とするのは、世界でたったわし一人。

 同族もおらず。誰とも郷愁を共にすることもなく。培った常識を分かつこともない。

 だがそれも仕方のない話。なぜならそこは、故郷と呼ぶにはあまりにも異質な場所。




 『終焉の大陸』。 

 尋常じゃないほどに、魔物が生まれては死に。

 そして環境が瞬く間に変わっていく世界最大最悪の危険地帯。


 だが……。


 誰がどう言おうと、どう捉えていようと。わしにとってそこは確かに『故郷』だった。かけがえのない思い出が確かにしみこんでいた。恐怖や不安だけでない、マギーと過ごした日々が。世界から孤立し強大な魔物はびこる人外の地の片隅に、ひっそりと……。



「何か補強するための魔道具でも、作ってくればよかったのじゃがの……」



 なんせ急に決めた帰郷。

 まだ当分は行く予定もないもないと何も用意をしていなかった。そもそも『終焉の大陸』は昔に比べ強くなった今のわしとて、油断すれば一瞬で飲まれる場所。そうでなければ、未だに世界から孤立するはずがない。

 結界があるのは大陸の沿岸部じゃが、沿岸というまだ終焉の大陸の入り口でしかない立地でさえその条件の場所に、故郷とはいえそうほいほいと行って帰ってを繰り返してはいられなかった。


 しかしそれでもわしは今確かにこうして、帰郷を決めて故郷へ向かい空路を辿っておる。



「ッチ……」


 思わず舌打ちが漏れる。

 それは帰郷を決める事となった元凶の存在が頭によぎったからだった。


「忌々しい、勇者共めが……」


 口から漏れる恨み言。今わし自身の顔はきっと苦渋に歪んでいるに違いない。

 別に故郷へ戻るのはかまわぬ。だがそのきっかけとなった元凶があまりにも気にくわなかった。


 大陸の南に広がる巨大な森。そこに一人で研究や探索をしながら暮らしているわしの住処があった。

 その場所に突如『ベリエット帝国』の『勇者』の存在が見え隠れするようになったのだ。思えばその少し前から、人間の国の兵士が殺気立ちながら、何かを探すかのようにうろついているとは思っておったが。邪魔なら消せばいいと気にもとめずにいた。今思うとそれが一番最初の『前兆』だったのかも知れぬ。


 その森は世界的には『魔族の領域』。

 『魔族領』として認知されている。

 元々人間が栄えていた大きな国があったとはいえ、国が森に飲まれて以降は事実上魔族の領域となっていた。



「(とはいえ……所詮は未開の地……。

  誰のものかなどどうでもいいのう。わしがそれを認める義理もない……)」



 だがそれでも時折素材を求めてうろつく冒険者はいるものの、基本的に人間などは見ないはずの場所であるのは確か。そんな場所で、突如として国の兵士と、さらには森からかなり離れている所にあるはずの『勇者の国』、『ベリエット帝国』の勇者まで現れるのならばそれは明らかに異常事態だった。何かが起こっていないはずがない。


「うぅ……やはり気になるのぅ……」


 むずがゆさのような感覚を感じて、空中で身をよじらせる。

 やはり、気になる。気にならぬわけがない!


 なぜ勇者があそこにいたのか。森で一体何が起きていたのか。

 すくなくとも、ただ事でない事だけはわかるが……。それが分かるからこそよけいもどかしい。

 だがそれでも……。


「相手が悪いの……」


 ため息混じりに言葉をもらす。

 勇者と事を構えるということは、『ベリエット帝国』そのものと構えるという事。それはつまり際限なく勇者に追われる事になる。まぁ『魔王』として既に手配されているわしがどの口で言ってるのじゃ、という話なのだが。



 『勇者』。


 個々の力ではそうそう負ける事はないとはいえ、ベリエット帝国の『勇者』には強者がごまんといる。現在いる43代目までの勇者……いや、数年前に1代増えて44代目じゃったかの? 森に篭りすぎるとどうも世情に疎くなっていけぬ。


 43代目だろうが44代目だろうがどちらでもいい。

 重要なのは代が古ければ古いほど、4代目《最古の勇者》の『ヤナギ』を筆頭に、『化け物じみた勇者』が何人も顔を覗かせてくることじゃ。そんな奴らにまた喧嘩を売るのは、終焉の大陸を出て『魔王』と呼ばれるようになった時でこりごりだった。わしは今の生活をわりと気に入っておるからそれをわざわざ壊すようなことをしようとも思わぬ。


 自分からは手が出せない。だが向こうはわしの存在を知れば嬉々としてわしをおそってくる。やれやれ、世の中はいつだって不条理じゃの……。 


 つまりわしは今の生活を守るために、一時的な避難の意味もこめてこうして故郷への帰路を辿っていた。なぜわしが逃げるように、とも思わなくもない。しかしこうして苛立っておっても仕方が無いのも事実。故郷の様子が気になってもおったのだから、一石二鳥だと前向きに捉えるかの……。


「ついでにあやつの顔を見にいくかのぅ……」


 故郷に戻るときは必ず見に行く懐かしい顔を脳裏に思い浮かべる。


 そんな風に空の退屈な旅を過ごしていると、前方に少しずつ鳥の魔物の群が見え始めた。

 わしのほうが飛んでいる速度が早いため、その姿は距離が縮まるにつれて浮き彫りになる。


 やがて魔物に追いつくと少し魔物を観察したい気持ちに狩られ、追い越さぬように速度を落とした。


「『白虹鳥』……珍しいのう」


 脳内の魔物図鑑のページをめくって名前を出す。

 珍しい魔物じゃ。北から南へとこの時期、長距離を長く旅する渡り鳥。

 

 この魔物は普段は茶色で地味な鳥だが、自身の適した魔素濃度よりも高いければ高いほど見た目が虹色に。逆に低ければ低いほど白色になるという珍しい特徴を持っておる。一説には自分の過ごしやすい魔素濃度の場所を求めて移動すると言われているが本来のところは謎に包まれていた。


 実際にはどうなのだろうか。そう考えるだけで不思議と胸が躍った。

 

「そういえば色の変わった白虹鳥は高い値段で取引されると聞いたことがあるのう」


 今併走するようにすぐ側で飛んでいる白虹鳥の群を凝視する。全体的にみると茶色だが、ぽつぽつと虹色の個体を見かけた。


 まだまだ距離があるが、世界で一番魔素濃度の高いと言われている『終焉の大陸』へと近づいている証拠じゃろう。これからさらに、その体の色を虹色に変えていくに違いない。


「だがそれも終焉の大陸手前じゃがのう」


 なんせ、終焉の大陸は空は飛ぶ事ができぬのだから……。


 白虹鳥をひとしきり観察し満足したわしは、群を追い越し再び代わり映えのしない景色に身を投じる。

 それから数時間飛び続けると、またおかしなものを見つけてわしは首をひねっていた。


「今回はやけに色々なものと出会いよる……」 


 海の上でぽつりと浮かぶもの。遥か下方ゆえ豆粒のようにもみえる船をみつけたのだ。


「やれやれ……。

 いつの時代も、『バカ』はいつだって同じ事をする……」


 わしと同じ方向へと進むその船に、思わずあきれた声が漏れ出る。どの時代もこの手の『バカ』は消えぬらしい。この方向へと進み、たどり着く場所はたった一つだけだというのに。

 少し飛行の速度を落として遠目から伺う。どうやら海賊や商船といった類ではなく、人間の国の船だった。設備がよく、帆にはでかでかと主張をするように国章が乗っている。


 バカの考えることは、理解し難い。

 さらにいえば理解したところで何の価値にもならない。


 興味を引くものはないと、早々に判断を下して先へ進む。

 しかしわしはこのあとこの船をもっと見ておけばよかったと、後悔することになる。



 その船の帆に描かれた国章。それはわしの住んでいた森に訪れていた人間の兵士たちのつけていたものと全く同じだったのじゃから──……。





◇◇◇




 それから2度の夜を越えた。

 昔の事をぼんやりと頭で思い浮かべながら空を進み続け陽が真上へと到達する時間帯に、ようやく視界に見えてきた。



「相変わらずじゃの……」



 むせ返るような、尋常じゃないほど濃い魔素を感じながら呟いた。

 

 その言葉は、郷愁からか恐怖からか。それとももっと別の何かなのか。

 感情がいくつも沸いて胸のうちは混じり合い、とても言葉にしがたい。ただこの感情が沸くたびに、確かにここがわしの故郷なのだと再び認識する。



 目の前に広がるのは、広大な大陸。

 世界で一番小さな大陸だとはいえ、人一人の視点でみればこんなのも広く雄大に見える。

 いやもしかしたら空を飛び、上空から眺めていることもそう感じる事の一端かもしれぬが。


 『終焉の大陸』。


 世界でどれだけの人が、この大陸を知っているだろうか。

 きっと名前だけなら、誰もが知っているに違いない。もしかしたら、どのような大陸なのかも、かの冒険王『マードリック・パーソン』の名著で知っておるのかもしれん。


 しかし本当の意味で。

 経験と実感を伴って、どれだけの人がこの大陸を知っている?

 そういう意味では、冒険王もまだ『知っている』とは言い難い。


 冒険王は知っているだろうか。


 地表から離れた高度数百メートル。本来は地表付近にしか発生しないはずの魔素溜まりがわしの今飛んでいるこの空にまで発生し、魔物が生まれおちることを。来る途中で見た『白虹鳥』という渡り鳥をみて、それも終焉の大陸の手前までだと呟いたのは、終焉の大陸は空でさえ生易しくはないからだった。


 さらにその大陸の奥の、奥。もはや空の色と同化してしまうほど遠くで尋常じゃないほどに巨大な巨木がこちらを伺っているのも、かの冒険王は知らないだろう。あれがなんなのか。そのことをここに訪れるたびに疑問におもっていた。


「(いつかわかる日はくるのだろうかの)」


 すぐに終焉の大陸に入ることはせず、少し迂回をする。

 わしの故郷である結界までは少し迂回が必要で、それまでは『終焉の大陸』の外側を飛んで移動することにしていた。


 久々の故郷、末恐ろしい場所だとはいえ、それでも胸にはどこか高揚感があった。

 だがそんなわしをこの大陸は『いつものように』。

 決してその姿勢をぶらすことなく、迎えいれた。


 突如、陰に覆われる。陰に覆われたというのは何かに陽が遮られたという事。

 しかしここは上空。一体なにが遮るというのか。

 真っ先に雲を思い浮かべたが、あいにく今日は雲一つない快晴だった。


 伺うように背後へと首を向けると、そこには巨大な海の壁がそびえ立っていた。


 一瞬、驚きに体が硬直する。だがすぐに我を取り戻し、高度をあげて回避した。

 だがよけても胸にわく焦燥感は消えない。

 少しずつ大陸へと近づく巨大な波。このままいけば波は結界のある大陸の沿岸部をおそってしまうからだ。


「やはり補修は早めにするべきじゃった」


 今更後悔をしても、もうおそい。

 せめてマギーの魔石だけは、と。そう心で祈ったときだった。


 目にまるで閃光のように強い光が差し込む。その直後に波を覆うほど尋常じゃない巨大な爆発がおきた。

 大きくそびえるような高い波の壁は、その形を歪ませ水滴混じりの激しい爆風が今飛んでいる上空にまで届く。爆風にさらされるが、体勢を崩さぬようになんとかこらえた。


「魔法か……?」


 尋常じゃない威力の攻撃魔法に目をむく。しかもこの魔法は失われた……。


 自然と大陸の沿岸部へと視線を向ける。この魔法を発動した元凶が必ずどこかにいるはずだと。

 だがぱっと見ただけではみつからない。かなり上空からゆえ、小型の魔物などは目に入りにくいがこれほど強力な魔法。きっと災獣や超獣に並ぶ魔物に違いない。


 そう思い探すものの、元凶は結局見つからなかった。胸のもやもやとした疑問を残しながらも、脅威がいないならと大陸の沿岸へと近づく。『結界』の無事を確認するほうが優先させようとした。


 

 そして体が既に覚えている場所に降り立とうとしたその時。

 その光景に、思わず目を見開く。



『これは……?』


 

 ──声。わしの、ではない。

 つまりそれは、わし以外のという事。

 その声を発した『人間』は、不思議そうに結界の周りを歩いていた。

 


「人間……?」



 わしがそう声をもらしてしまったのも仕方ない。

 なんせここは、何百年。何千年と孤立してきた大陸。

 そこに人がいるなんぞ、まず思わん。絶対にありえない。先日見た船のような『バカ』ならいくらでもおるのじゃろうが。


 そこまで考えたとき、ふとあの男もその『バカ』の一人なのかもしれないしれないと心に冷静さが戻る。運よく生き残った上陸し立ての男が、また運よくこの場所に気づいてしまったと。


 だがなぜか心のどこかにそれを否定する気持ちもあった。何かの違和感を感じるのだ。だがその違和感が何なのかすらわからぬだからもどかしい。


 わからぬ。ならばと、とりあえず男を遠目から観察することにした。


 不思議そうに結界を見て回りを歩く男。

 結界には隠蔽の魔道具がかかっている。大陸の魔物や人などには簡単に見つからないようになっているが。どうやら先ほど起きた爆発によってはじきとんだ波が、雨のように降り注いだ事で結界の存在が明らかになってしまったようだった。



「(やれやれ……運のいい男じゃ。

  たまたま爆発が波を──……)



 そこで思考が、止まる。ヒヤリ、と。背筋に冷気が走った。

 先ほど起きた爆発。そして人のいるはずのないところにいる不振な男。

 何の関連性もないことじゃ。だが、異常と異常。その共通点をわしの思考は無意識につないでしまった。


 先ほどの爆発をあの男が……?


 いや、ありえぬと簡単にその思考を切り捨てる。わしはあの直後、どんな魔物と思い辺りを見回した?

 超獣や災獣に並び立つほど、強大な魔法と膨大な魔力があのちっぽけな人一人なんかに詰まっているとは到底思いがたかった。




 このときのわしはまだ、『好奇心』よりも『警戒』のほうへと心は傾いていた。


 それはわしが世界で唯一大切にするもの。場所を知られてしまったからじゃ。

 つまり言いようによっては弱点ともいえる場所を男に知られてしまったということなる。

 しかし興味があったのも変えようのない事実だった。好奇心にわしは弱い。


 だから、少しでもあの結界を荒らすような事をすれば本当に一瞬のうちに消し炭にしよう。そう思いながら男をみていた。


 男が意を決したように大きく空いた穴をくぐって中へと入っていく。

 その光景に、胸には嫌悪感が沸いていた。

 自分自身のプライベート空間に、他人に土足で入り込まれたような感覚。



 こんなにも、不快な気持ちになるとは……。今まで人を招いたことなんぞなかったから知らなかった。

 鋭い視線を結界の内側にいる男へと向ける。

 隠蔽の魔道具の効果はわしには効かぬようになっており、内側の様子がはっきりと見えていた。 


 不思議そうに結界の内部を見渡す男。

 添えられた花々に目を向け、次にその中心にある木彫りの墓標へと視線を移す。

 その墓標を作ったのはずいぶんと昔。マギーが死に、そしてこの大陸を出るときにまだまだ青臭いわし自身が作ったもの。拙いそれをじっとみられるのは、先ほど感じた嫌悪感とはまた別の、羞恥を伴う嫌悪がわく。


 やがて男は墓標を辿るように、マギーの魔石を視界にいれる。同時にわしのなかでの警戒は頂点へと達した。魔石は人や魔族にとっても価値のあるものじゃ。それもあのような一級品となれば取っていくことなんて誰にだって予想できる。




 しかしわしの予想の裏腹に次の男の行動から、少しずつわしの心は『警戒』よりも『好奇心』のほうに心が傾いていく。




 男は魔石を視界に一度いれると、すぐに視線をそらした。

 その様子に驚く。魔石を取らない理由が、今あの男には一切ないというのに。

 さらに驚いたのは、男が漏らした小さな言葉だった。


 人間の男は、魔石から視線をそらすと墓標を下っていくように視線を移し

 注意深く見つめ、そして何かを見つけたのか驚いたように目を見開く。

 男が何を見つけたのか。わしには心あたりがあった。

 


『しんあいなるわがちちそしてははマギザムード どうかやすらかに……』



「しんあいなるわがちちそしてははマギザムード どうかやすらかに……」



 小さく、本当に小さくかすかな言葉を男は漏らした。もしかした無自覚に呟いたのかもしれぬ。

 その言葉にわしも思い出して呟いた言葉が重なる。その事に少し驚いた。男が言葉を読めるとは思わなかったからじゃ。


 読み終わってから辺りを、どこか儚いものを見るかのように見渡す男。

 しかしその瞳にはこの空間への尊びのような感情が垣間見えた。


 この瞳をみたとき、心の中にある嫌悪感は消え

 心の天秤は『警戒』よりも『好奇心』へと大きく傾いていた。



 その場所が何の場所なのかを既に把握した様子の男。

 そうだと知っても荒らすこともなく。魔石に触れることもない。

 ただぽつりと、しずかに言葉をもらした。



「墓……」



「そうじゃ……。

 この場所でわしを守り、そして育ててくれた『聖獣』の眠る場所」



 この男と会話してみたい。そんな衝動に狩られたわしは気がつけば男の漏らした言葉に返事をしていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 神様作者様どうかこの先の展開でマギザムートの魔石からマギザムートを蘇生させる描写を書いてくださいお願いします。
[良い点] これから先の物語が楽しみです。
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