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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 はみ出しもの
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第38話 魔王






 ──魔王。


 この世界には魔王と言われる者が存在する。

 魔王とは、『人類』の『敵』だ。それも、強大な力を持って個で多を圧倒する敵。勇者とは対になる。


 それが"魔王"という存在だそうだ。

 

 元の世界でのイメージとそこまで変わらない。

 もし元の世界とのイメージと違いを見いだすとすれば、魔王が複数いるということだろうか。種族も力も思想も違う、魔王達。共通しているのは、人類と敵対している事と強大な力を持っていることのみ。



 そして終焉の大陸の沿岸部にある不思議な場所で出会ったのは、その魔王のうちの一人だった。確かに日暮が知っているわけだ。



 『ティアル・マギザムード』。



「(まさか、本人と出会う事になるとはな……)」



 そんな人類からしてみれば最悪ともいえる魔王は今──


 祈りを捧げていた。

 一応、勇者である俺に無警戒にも背をむけて。

 片膝をついて目を閉じ、小さな墓に胸の前で手を組んで真剣に祈りを捧げる。

 ここに来たら、まずはこれをするのだと言う『ティアル・マギザムード』に断りをいれられ、俺はその姿を背後から静かに見守っていた。



「……」


 

 『魔王』、あるいは『魔族』。

 おどろおどろしいその言葉から想像するのは、RPGに出てきそうな言葉も交わせない化け物のような生き物だ。ドロドロしているおよそ生き物とは思えないものから、無機質なまるで銅像のようなものまで。


 だがこの世界の『魔族』は、俺の想像しているのとはどうやら違うらしい。

 『魔族』というのは複数の種族をまとめた名前らしく、この魔王はそのうちの一つである『悪魔族』という種族だそうだ。だがその姿は、羽がはえていて、頭部に生えている捻れた山羊のような角を除けば、正直人と変わらないといっていい。


 少なくとも俺の想像していた『魔族』は小さな墓の前で、こんなにも真剣に祈ることはしないだろう。




「──わしは、ここで育った」


 魔王『ティアル・マギザムード』は立ち上がり、そして唐突に、背後にいる俺の方へ振り返ることなく言った。

 まるで俺がこの場にはいないかのように。もしかしたら本当に一人ごとだったのかもしれない。自身の記憶を振り返るように、辺りを見渡しながら漏らした郷愁の色がのった言葉だった。


 だがそれから続く言葉は、誰でもない。確かに俺自身に向けられた言葉。


「この生きるにはあまりにも厳しすぎるこの大陸で。

 生きるにはあまりにも狭すぎる、今は見る影もないが……この固く閉ざされた『結界』の中で。わしは『聖獣』に守られながら"ここ"で数年の時を生きてきた」


 ぽちゃり、と水たまりに水滴の落ちる音が耳に届く。

 穴だらけの結界からは、雨のようにふっていた波の欠片が止んだ後も余韻を残すようにぽたぽたと水がおちていた。


「終焉の大陸の『夜』を何度も越えて、生きてきた。

 低い重厚感のある爆音が、暗い森の奥から響きわたる夜を。

 とうに陽が沈んだのにも関わらず、昼のように明るい燃えさかる夜を。

 魔物のうなり声や、巨大な足音に恐怖した夜など数え切れない……」

 

 魔王の言葉を聞いて、思い出すのは自分自身の記憶だった。

 召喚されてから今日まで生きてきたこの大陸での過酷な日々。決して、生半可ではなかった。

 そしてそれは、目の前にいる彼女もきっと同じなのだろう……。



「……」

  

「この今はもうボロボロの、この場所がわしの唯一の『故郷』なのじゃよ。

 この世界でただ一つの……。誰とも共有することのない、たった一人のしがない悪魔のふるさと」


 言い終わった魔王は、くるりと体を反転させた。

 

 真っ正面から魔王と俺は互いに顔を見合わせる。

 魔王の見た目は、二十代前半ほどだ。年を多く重ねているようにも見えないが、かといって幼さを感じるわけでもない。

 黒い髪をかき分けて右側の頭部から生えている、太い一本の角は捻れ、捻れるように左側へむかって伸びていた。


 角と対になるようにして左側にだけ必要以上に盛られた髪は、露出の多い服からはみ出した少し焼けたような浅黒い肌と、コウモリのような羽毛のない羽に乱れるようにかかっていて、扇情的な彼女の美しさをより一層引き立てている。


「さて、自己紹介をしようかの。

 知っているか知らぬかは存じぬが、わしの名前は『ティアル・マギザムード』。

 しがない悪魔族の一人じゃよ。もしそちにわしと会話する気が少しでもあるというのなら、わしの事は『ティアル』と呼んでくれ」


 魔王、ティアル・マギザムード。

 本人の要望に答えるとすればティアルは目礼をしそのまま視線を俺に向ける。その視線は、語らずとも俺が何者かを聞いていた。

 

 別に隠す理由もないので視線に答えるように、自身の名を告げる。


「俺の名前は秋。灰羽秋だ」


 ティアル・マギザムードは名前告げるぴくりと反応をしめす。


「もしかして家名が最初で、後ろが名前かの?」


「……あぁ」


 ティアルの問いかけに頷きと共に答える。


「なるほどのぅ。人間の国……それも『ベリエット帝国』あたりで、よく見る名前じゃの。もしかしたら、その辺がそちの出身かの。

 ちなみにわしは名前が最初で、後ろが家名じゃ」


「……」

 

 魔王ティアル・マギザムードは冷静に、俺の発する言葉の節々から情報を得ていく。

 対して俺は、彼女の言葉から察せられる情報はほぼない。

 それどころかそもそもこの世界について知らない事ばかりの俺にとって得られるのは疑問ばかりだった。


 『聖獣』とは一体何なのか。

 なぜ生まれも、育ちも、国も、種族も……世界も違うティアル・マギザムードと俺は互いに『言葉』が通じるのか。

 墓標にかかれていた『日本語』の文字は? 結界とはなにか?


 一番の疑問はそもそもなぜ魔王と呼ばれているティアルが、都合よく今この場所にいるのかだ。日暮から聞いたのは既に違う大陸で暮らしているという話だった。


 そんな頭の中で渦巻いていく疑問の数々を知ってか知らずか。

 魔王ティアル・マギザムードは自分のペースで話を続ける。 

 

「さて、秋……。秋と呼んでいいじゃろうか?」


 うなずいて答える。

 呼ばれ方に対して、あまりこだわりはない。


「あぁ……。好きに呼べばいいさ」


「それでは呼ばせてもらおうかの。ちなみに秋はわしのことはなんて呼ぶ事にしたのか聞いていいかの?」



 そんなの、別に決めていないんだが……。

 唐突な質問に返答に困る。特に呼びたい名前があるわけでもないため、とりあえず先ほどの彼女の要望に答えるように『ティアル』と答える。

 するとティアルは「ほう……」と相づちをうつ。口の端を挑発的にあげながら。


「それはつまりわしと対話をしあう気があるということでよいかの。

 先ほど『会話』をする気があるならとわしは言った。つまりそれは我々の中の選択肢には確かに他の手段があるということじゃ。例えば『闘う』、とかのう……。

 わしは魔族でお主は人間。違う種族の我々は、争いという宿命の中にいる。

 それでもなお、関わる手段として闘争ではなく対話を求めるのじゃな?」


 挑発的に浮かべた表情を崩さず、ゆっくりと顔を近づけてくる。


「もし闘争を求めるのなら、呼んでいいのじゃぞ?

 私のことを……──『魔王』と呼んでも」


 陽気で弾むようなティアルの声色は、わしから私へと自身を指す言葉を変えた途端に重く、威圧するかのように一変する。同時に、導火線に火がついたかのようにチリチリと緊張した空気が場を満たす。



 これが、魔王……。



 少なくともその呼び方は、伊達ではないのだろう。俺が知っているこの大陸以外の指標は今のところ日暮だけ。だがそれでも感じられる力の強さは日暮より圧倒的に上に感じられた。

 

 ティアルの威圧された場の中で思考を巡らす。  


 確かに戦うという方法もあるのだろうが……。

 ちらりとティアルの目をみる。口は挑発するように笑っているが目はまるで笑っていない。ぎらぎらとした殺気だった獣のような目が俺を射抜いたまま離さない。


 そもそも俺は終焉の大陸の出身者、ティアルに世界の地理の手がかりを求めて探していた。そのためにはたぶん、戦うよりも、会話をするほうがずっと効率的だろう。

 それに、違う種族だから争うというのはこの世界の人間の問題であって俺自身には何の関係もないことだ。戦う理由は、常に自分で決める。


 そして今戦う理由は、俺にはない。


「ティアルと呼ばせてもらうよ」


 平然とそう告げると場の空気はやわらぎ、満足げに「そうかそうか」とうなずくティアルの声が耳に届く。


「つまるところわしたちは、互いに戦いではなく対話を望んでおるわけじゃの。

 それは上々じゃ」


 ティアルは口に手を添えながら、カラカラと笑う。

 一息つき、ティアルは真剣なまなざしを向けながら吐息をはくようにそっと言葉を発しはじめた。


「秋よ。わしは先ほど、わし自身について話をしたつもりじゃ。少し、短かったじゃがの。もし、より詳しく聞きたいというのなら話してもよいと思っておる。

 お主もまた、わしに興味があるはずじゃ。そうでなければ、対話を望むはずがない」


「……」


「そう……思っておるのじゃ。しかし、わしはそこまで安くはない。

 少なくとも、興味もない見ず知らずの人間にいきなり自分自身の半生を語るような安い生き方はしておらぬ」


 ティアルの言葉に、黙って耳を傾け続ける。


「それでもわしがそれを口にしたのはの……。

 安っぽくないわし自身の話。それをいくら払ってでもわしは秋……そなたの事を知りたいのじゃ。お主がわしを知りたいのと同じように……いやそれ以上にわしはお主が何者かを知りたくてたまらない。そのためならわしごときの事などいくらでも支払う事が出来る」


 言葉を重ねていくごとに、ティアルの瞳や仕草に少しずつ、隠しきれない好奇心や探求心のような色が現れていく。獲物を見つけ、這い寄っている蛇のようなティアルの言葉は続く。


「そなたはここがどこか、わかっておるかの?」


「……『終焉の大陸』」

 

 つい最近まで知らなかった単語を、口にだす。

 俺とティアルはボロボロの結界の中で顔を見合わせ、互いにその視線をそらすことなく会話を続ける。

 

「そう……。そうじゃ……。ここは『終焉の大陸』」


 ティアルは目を伏せ、声を落とし色々な感情を含ませながら言った。


「幾多の種族が生まれ、消えようと。国が栄え、滅びようと。争いが生まれ、終わろうと。

 世界で何があろうと、誰もがこの大陸には手をださなかった。否、出せなかった。想像もできないくらいに遙かな長い時の間を、この大陸は世界から孤立しつづけ、そして完結しつづける。

 

 それが──『終焉の大陸』。

 本来ならこのようにわしとお主が顔をつきあわせて会話をしている事自体、世界から見れば尋常じゃないほどに異常な事なのじゃよ……」


 ティアルにそう言われるが、それは俺にとってあまりイメージできない想像のしづらい話だった。この世界において俺の中にある常識はこの大陸で培ったものだ。その常識以外の価値観で推し量れと言われても、なかなか難しいものがあった。


「お主はわかっておるかの? 客観的に見て今この場所にいるわしとお主。どちらがより異端な存在なのかを。

 世界で唯一の『終焉の大陸』の出身者と言われ、魔王と呼ばれるわしか? 今この場で異端なのは私のほう? いや、それはありえない。私なんかとは比べものにならない……! 聖獣に育てられ、そして聖獣の死後。この地獄よりも恐ろしい大陸から逃げるように出ていつのまにか『終焉の大陸の出身者』……『魔王』と呼ばれるようになった私などとは明らかに桁が違う。格が違う……ッ!

 この場所に平然とした顔でいるお主とはの……」


「……」

 

「そんなお主に興味を抱かないはずがない。そんな事が、許されるはずがあるまい。とても奇妙で、あまりにも怪奇で、あきらかに異常。

 そなたは一体、何者じゃ? なぜここにおる? どうやってここにきた? どこで暮らしている? いつからここにいた? どのように日々を生きている? そもそも本当に種族は人間なのかの? 

 少なくとも、見た目は人間族のように見えるが……。しかしこんな……こんな目の前に確かにいるのに、まるで存在の見当がつかぬとはの!」


 最後に一言、付け加えるようにティアルは言う。


「一体"世界で"何が起きている……?」


 そしてなめ回すように観察する目つきを向けてくるティアル。

 なんとなく彼女、ティアルがどういった人間なのか。いや、どういった魔族なのかが少しわかってきた。

 最初俺はこの会話を一種の駆け引き。腹のさぐり合いのようなものだと思って交わしていたがそれはどうやら勘違いだったらしい。これはただの、ティアルから俺への一方的な探りだったのだ。腹のさぐり合いとは互いに守るべき物がその上での攻防のはずだが、彼女にはそれがない。


 新しいおもちゃを見せつけられた子供のような目には押さえきれない好奇心がその瞳のすべてを塗りつぶしていた。その様子を冷ややかに観察し続けながら、彼女の言葉を耳に入れる。



「まさか時折いる、取り返しのつかないバカで、救いようのないアホである武人の修行者、未知を求める冒険者じゃあるまい? いや、そんなことはありえない。だが、ここにいる者なんぞその程度の無知で愚かな輩しか想像できないのもまた事実──

 知りたい……。なんとしてでも、そなたの事が知りたい」


 ひたり、と。

 ティアルの細い手が、添えられるように俺の頬をそっと撫でる。


「のう、教えてくれないかの?」


 そしてティアルの耳元で囁くような問いかけに





「俺は、そろそろ帰る」




 ティアルの手をどけ、俺はそう答えた。



 空を見ると既に太陽は真上を越えて傾き始めていた。今日は夜まで『外』にいる予定も準備もない。これ以上ここに居続けると日が沈んでからの移動かドアの設置という手段を取らなければいけなくなってしまう。ドアの設置がそもそも俺の目的なのだが、あまりにも近い間隔で置きすぎるのは、無尽蔵にあるわけでない『RP』を無駄に使う事になる。この場所は、そういういみではドアを置くのに微妙な場所だった。


「帰るじゃと……?」


 怪訝な顔つきで、何をいっているんだと責め立てるような声。


「一つ忠告しておくがの。この場所からは、あまり離れぬほうがよいぞ。穴だらけとはいえ、それでも結界は結界じゃ。お主には見つかってしもうたが、【隠蔽】の『魔道具』も使っておる。安全というには程遠いがそれでも何もないところに比べればずっとましじゃよ。お主は得体が知れぬがそれでもここは終焉の大陸。見殺しにするのも夢見が悪い」


「ご忠告どうも。

 だが俺には、きちんと帰る場所があるからな。帰らせてもらうよ」


「……!?」


 顔色を変えるティアルに背を向け、入って来た場所である結界の穴へと向かう。


「待て、待つのじゃ! 帰る場所じゃと。それは一体……。

 それにどうやってここから移動する。いやそもそもわしがさっきあれほど興味があると言ったのに、無視して帰るとは殺生すぎるじゃろう!

 こら! 待てと言っておるじゃろう!」


 無視して歩き続けていると慌てた雰囲気のティアルに肩を掴まれ、ため息をつきながら仕方なく立ち止まる。そしてティアルの方へ振り返りながら言葉を告げる。


「気になるのなら、自分の目で確かめてみればいいだろう……」


 そう言い残し、結界をでる。

 そして海のある方向とは反対の、終焉の大陸の内側へと続く方向へ歩き出した。



◇◇◇




 終焉の大陸の道なき道を歩いていく。

 ちらりと後ろを見ると、少し後ろでついてくるティアルの姿。


 彼女は結局ついてくる事を選択したようだ。

 一体どこへいくのか、本当に向かうあてはあるのかと最初の頃は文句のような言葉をぶつくさ言っていたが、沿岸部から離れ内陸へ進んでいくにつれ口数は減っていき、今はもう完全に無くなっていた。気配を消して進んでいる最中にぺちゃくちゃしゃべられるよりはずっといい。


 ティアルの表情をこっそりと伺うと、かなり緊張したように顔を強ばらせていた。それもそのはずだ。よくついてくる気になったな、と俺自身内心感心していたのだから。

 ティアルからしてみれば人一人いない化け物じみたこの大陸で、突如出会った得体も知れない男にどこへいくのかも知らされずについていっているわけで。しかもなまじこの大陸の恐ろしさを知っている分、その選択を取るのに必要な勇気は計り知れない。


 一体どんな気持ちでついてくる事を選んだのだろうか。

 単純に自分の力に自信があるのか。

 それとも己の命の危険度を知ってなお、俺の事が知りたかっただろうか。


「(俺ならそんな選択はしないだろうな……)」


 幸せや理想、そういったものを生きている人は皆形は違えど求めていると思う。

 だが俺にとってそういったものは『他人』には決して求めるものではない。自分の幸福や理想を叶えられるのはやっぱり自分だけだ。なぜならこの世界で唯一心の底からすべてを投げ出して自分のためだけに生きてくれるのは、自分だけだからだ……。


 だから俺は、本当の事を言えばティアルと出会ってしまった事に内心期待はずれだったような気持ちを感じていた。


 方角を知る。地理を知る。そうした手がかりを求めて歩き始めた。

 そして、求めたものには出会うことができたであろうにだ。


 たぶんティアルは方角を知りたいと言えば喜んで教えてくれるだろう。仮にも大陸の外にいたといわれる人物が今この場所にきているのだから。何かしらの情報を知っているはずだ。俺の情報を引き換えにするとすれば、諸手をあげて教えてくれるだろう。


「(だがそれは、人に頼るということ……)」


 世の中……世界で生きていくにはやっぱり人と人が支え合っていかなければ生きていけないという事ぐらいはわかる。俺も子供ではないのだし、意固地になり続けるよりも頼ったほうが効率がいいのならそうする。


 だからたぶん、俺はティアルを頼るのだろう……。

 結局のところ、人は一人では生きていけないのだ。今までだってそうだった。きっとこれからもそうだ。


 ティアルと会話し、最後の方に求めていた方角を知る手がかりを掴んだというのにつっけんどんな態度になったのは今おもうと『頼る』という事に対しての、子供のような、最後の抵抗だったのかもしれない。



「……」 

 

「……」



 互いに何も言葉を交わすことなく、気配をできるかぎり消しながら進んでいく。

 

 どれだけ歩いたことだっただろうか。

 そろそろ陽の光が消える時間帯にしびれを切らしたティアルが声をひそませながら、不満の声をもらす。


「あとどれくらいじゃ」


「もうすぐだ」


「本当に向かっておるのじゃな?」


「あぁ」


「なら、よい」


「これ、着とけよ」


 そういって【アイテムボックス】から魔物の毛皮で作ったコートを取り出す。

 内陸に進み続け、空の青さに大分暗い色が混じり始めた頃。辺りには青々と茂る木々に混ざって白い雪がぽつぽつと見え始め寒さを感じていた。


「おぉ、すまぬの」


 コートを受け取り、着ようとするティアルがピタリとその動きを止める。


「GOAAAAAA!!!!」


 ティアルの背後から、突如わき出てきたかのように何の兆候もなく襲いかかってきた魔物。おそらく擬態かなにかで姿を隠していたのだろう。

 ティアルはあせることなく右手を掲げてその魔物に向ける。その手にはじわじわと虹色の光を帯び始めた。

 手に集まる虹色に、あまりいい事が起こらなさそうだな……と悪寒のようなものを感じながらその様子を眺めていた。


 次の瞬間、虹色の光が強いエネルギーとして解き放たれる。たぶん、何かしらの魔法。

 かなり強い攻撃だ。たぶん日暮だったら一瞬で消し炭だろうな……。

 襲いかかって来た魔物と虹色の光がぶつかる。


 だが……。


「GLULU……」


 耐える魔物。未だ放たれつづけるティアルの攻撃を真っ正面から受け止める。


「チッ」


 苛立たしげに、舌打ちをするティアル。

 魔物もさすがに何十秒と攻撃を受け続けるのは辛くなってきている様子だった。だがそれでもティアルと魔物、互いに引く事は無い。


「しつこいのぅ……!」


 ティアルの攻撃が、さらに強くなる。頭上の葉っぱがジジッと音を立て、半分焼きこげながら舞い落ちた。

 やがて魔物は虹色に包まれるように、消えていく。ティアルが攻撃をやめた頃には、その場所には何も残っていなかった。

「ふぅ」と息を漏らしながら、着かけていたコートを着るティアル。


「やれやれ……、これだからこの大陸の魔物は……。いちいち強力でいやになるの……」


「それでも手を貸す必要は、なさそうだったな」


「舐めるでない。これでも『魔王』と呼ばれる者。好きでよばれているわけではないがそれでも世界の強者として名を連ねている。終焉の大陸とて魔物の一匹に遅れを取るようなことはせぬ──ただ」


 ガサリ、ガサリと響く足音。


「あれは無理じゃがの」

 

 その音が大きくなっていくごとに、感じる空気の強さも一層強くなっていく。

 ティアルの顔に余裕の色が抜け、表情には緊張が現れる。


「『災獣』」


 重苦しく漏れ出たティアルの言葉に



「グルル──」



 と現れた雹は、二本ある尾をブンブンと振り回しながらじゃれるような鳴き声をあげた。



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