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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 はみ出しもの
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第37話 出身者







 ──海だ。




 心地よい風を、全身に浴びていた。

 海から吹く風だ。感じるのは、強い潮の匂い。

 潮風は、『部屋』の中の一つである『漁場』でよく感じていたが

 やっぱり部屋の『外』と『内』では何かが違うような気がした。


「思えば、日暮が来たから後回しにしていたが

 異世界の海ってやつも、興味があったんだよなぁ……」


 目の前に広がる海は、ぱっと見は元の世界と変わらないようにみえるけど。

 釣りとかしてみたらなにか見たこともないような物が釣れるのだろうか。やっぱりここは異世界だし。


 初めてこの世界で海を見つけたときからそんな風に考え、ワクワクしていた。


「まぁとりあえずそれは、一旦後回しだな」


 目の前に広がる海から目を少し逸らし、視界の半分に今俺の立っている陸地をいれる。


 ここは『沿岸』だ。

 大陸の外の人からみれば『入り口』。

 そして俺にとっては『出口』である場所。


「さて、いくか……」


 もしかしたら思っているよりも長く続く道のりになるかもしれない。

 でもそれはすでにここ十年でなれた事だ。


 『終焉の大陸』の陸と海の境界を沿うように、俺は歩を進めはじめた。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー








 なぜ俺が大陸の沿岸部にいたのか?

 それは『捜し物』を探すためだ。




 では一体何を探すのか?

 何故それを探すのか?




 

 きっかけは、昨日のことだった。



 最近日暮と行っている『トレーニングルーム』での戦闘訓練の後。

 あまり疲れていなかったが、日暮に合わせて休憩をとっていた時に

 交わしていた会話が、始まりだった。














「ずっと不思議に思っていたんだけど……」


 軽く体を動かしている俺に、体の疲れが一息ついたらしい日暮は

 『トレーニングルーム』に満たされていた静粛を壊すようにぽつりと言葉をこぼした。


「秋は召喚されたあとどうやって『レベル』をあげたんだ?」


 そう……確か最初はこんな、他愛もない話からだった。


「さすがに召喚された時からレベルが高かったわけじゃないと思うんだ。

 秋もやっぱり私たちと同じようにレベルをあげる『最初の瞬間』があったと思う……。だけどそれが、あまりにも想像がつかないんだ。こんな化け物じみた大陸で一体秋はどうやって"最初"を克服したのかが……」


 体を動かすのをやめて俺は日暮の方に体を向ける。

 確かに日暮の言うとおり、俺にもその『最初の瞬間』とやらはあった。

 その疑問に答えるために、口を開く。


「投げたんだよ」


「投げた?」


 復唱しながら、首をかしげる日暮。


「あぁ。『部屋』の中──『玄関』から、魔物に向けて

 槍を投げて倒してレベルをあげたんだよ」


「……。秋の【部屋】の【能力】か。

 それで、どうにかな……──ったんだなぁ……」


 驚きの色を瞳に乗せながら

 「それでどうにかなったのか」と疑問の声をあげようとするも

 自分自身で答えを見つけ、言葉を変える日暮の様子に苦笑する。


 どうにかなるかならないかの答えは既に示していた。

 今俺自身が、ここにいるという時点で。


「たぶん、日暮が思っているよりも『外』──『終焉の大陸』で

 レベルをあげる事は、そう、難しいことじゃない」


 徹底的に、生きるのに厳しい『外』の環境。

 それは生まれ落ちてくる魔物にとっても例外ではない。


 変化した環境に耐えきれずに。

 より強い魔物と出会ってしまったがために。

 中には巨大な魔物に認知すらもされないままアリのように踏みつぶされてしまった

 運の悪い魔物も数え切れない程いることだろう。


 『レベル』。

 その法則に知っている事は、少ない。

 だけど確実に言えること。それは、生き物を殺せば確かにその数値は上昇する。


 だからこそ、『外』ではチャンスが多い。"厳し過ぎる"からこそ。


「だけど、反撃にあったりだとか。

 投げても魔物を殺せない事があるんじゃないのか?」


 もちろん失敗することもたくさんある。

 だけどそれ以上に、チャンスが膨大なのだ。

 

「環境に適応できずに死んでいく魔物。既に他の魔物に攻撃されて瀕死の魔物。

 そういった『放っておいても死んでいきそうな魔物』をねらって最初は『レベル』をあげていたんだよ」


 反撃に合うこともある。

 窮鼠猫を噛むという言葉もあるとおり、命には時々、理屈では証明できないような強い力が発揮されるときがある。その最後の力で放たれた攻撃によって死にかけたり、春にものすごく怒られた事も少ない数ではなかった。


「そうか……。

 秋はそうやって『レベル』をあげたのか……。

 私も同じようにすれば、『レベル』をあげることができるかな?」


 問いかける日暮。この方法を言ったときから、なんとなく日暮は自分もやると言い出すのではないのかと思っていた。


「さあ、どうだか。まぁ、できないとは言わないが……。

 全く同じやり方は無理だろうけど、工夫すれば似たようなやり方はできるんじゃないか。やりたいっていうなら、好きにすればいい。


 でも一つ、忠告しておくならレベルというものをあまり信用しないほうがいい」


「レベルを信用しない方がいい?」


 復唱するように、疑問の声をあげる日暮。

 その日暮の目を真っ直ぐと見つめながら、言葉の続きを告げた。


「レベルが高かったりだとか、スキルが多かったりだとか。

 『強さ』というものは、そういったわかりやすいもので

 推し量れるものではないということだよ」


 この世界について知っていることは、俺はまだまだ少ない。

 当然だ。未だ俺はこのおかしな大陸すらも出られていないのだから。

 だけど逆にいえば少しながらもこの世界で知っていることが確かにある。


 この化け物じみた大陸で生き抜き、学び、そして知った事が。


「秋は、そういう考え方をするんだな」


 日暮が、意味ありげに言葉をもらし今度は逆に俺が疑問の声をあげた。


「そういう考え方?」


「『レベル』という法則の捉え方の話……。

 『レベル』というものはまだまだ研究が進んでいなくて国や地域、種族ごとに様々な『捉え方』があるんだ」


 それは興味深い話だった。

 

「たとえば『レベル』が高い方が優秀だとか。

 『レベル』が高くてもスキルや能力が無くては強いとは言えないだとか。

 そういった『捉え方』が一つ違うだけで、たとえば集団のトップだったらその集団の行動方針ががらりと変わるんだ。レベルが高い事を重視すれば、単純にレベルの高い人を優遇したりとか。

 国もまた同じ。そうした考え方の違いで、小さな国が分裂したり滅びるなんて事も歴史の中ではあったらしい」


 日暮の話を聞いて、驚く。この世界には《ステータス》というものがあるわけだが、それは確かにこの世界にあるものだ。ゲームとか小説の中の話ではなく。重力とか、時間とかと同じように確かな力を持って世界に影響を与えている。それが、国や組織の成り立ちに影響しないはずがない。

 考えてみれば当たり前の話だ。だけど、今まで考えたこともなかった俺にとってその日暮の話は衝撃的で、『異世界』への好奇心が強くなる。


「『終焉の大陸』の『外』はそんな風になっているのか……」


 胸からこみ上げてくる好奇心につられ、声が思わず弾む。

 その様子を感じ取ったのか。日暮はふわりとした笑みを浮かべた。

 だけど俺たちの置かれた現状を思いだし、その笑みはすぐに引っ込み

 日暮の硬質な声が現状を確認するかのように発せられた。


「やっぱり、『終焉の大陸』を出る手段はまだ見つかっていないのか?」


「あぁ。気長に船を作るのが一番現実的かな」


 少しも間を置くことなく、即座に答えを返す。


「そうか……」


「……」


 沈黙。

 『トレーニングルーム』の曇天空に包まれた荒野は

 振り出しに戻るかのように静粛があたりを支配する。

 

 だけどやっぱりその静粛を壊したのは、俺ではなく彼女のほうだった。


「一つ、思い出したことがあるんだ」


 それは、控えめに発せられた言葉だった。


「思い出したこと?」


 うなずいて返事をする日暮はそのまま言葉を続けた。


「もしかしたら大陸を出る手がかりになるかもしれない、ある『話』を……」







 

 ──これが、すべての発端だった。










 日暮の話す、この『話』こそが。

 俺が大陸の沿岸部へと行くことになったいきさつ。経緯。

 結論から言えば、この話は『ある人物』の話だった。


 終焉の大陸に『関わっている』と言われている『ある人物』の話。

 








「世界にたった一人だけ。

 『終焉の大陸』が『出身地』だと言われている人物がいるんだ」









◇◇◇









『本当にその"人物"というのは、存在しているのか?

 所詮噂話なんだから、眉唾物なんてこともありそうだが』




『その人物が世界に確かに存在しているのは、間違いない。

 ただその人が本当に"終焉の大陸の出身"かどうかまでは正直いってわからない……。終焉の大陸がここまで恐ろしい場所とは私も思っていなかったから……。

 でも一つこの話について言える事があるとすれば

 この話は、"噂話"なんて規模の小さい話ではないということ』






 大陸の沿岸部を、『ドア』を設置しながら進み続けて数日。

 潮の匂いが混じった風にも、過ぎ去ってしまった日々のおかげで既に馴れた。


 沿岸部という限られた領域とはいえ、大陸は大陸だ。

 その手がかりとやらを探すのは想定していたとはいえ、やはり簡単なことではない。

 それでもその人物の手がかりを求め、大陸の沿岸部を歩き続ける。


 俺がその人物の手がかりを探すのを決めた理由。

 それは日暮のために少しでも早く大陸を出たいから──ではない。

 日暮には申し訳ないが俺の中の心持ちは、ほぼ決まっていた。


 長い制作期間をかけ、『船』を作ってこの大陸をでたいという結論が。

 

「だがそれをやるにも一つ、足りない物がある……」


 いや実際は、船の作り方すらまともに知らない俺にとって、一つどころの騒ぎじゃないが。

 ただ『どんな手段』でこの大陸をでるにせよ、大陸をでるにあたって致命的とも言える欠けてるものが一つあるのだ。



 それは、『方角がわからない』という事。


 

「これだけは……どうにもならないな……」

 

 俺は一度立ち止まり、【アイテムボックス】からある物を取り出す。


 それは──『方位磁針』。部屋を作った際に部屋の備品として調達したもの。


 方角を知る。それは今回の事に限らず昔からの課題だった。

 『外』を先へと進んでいくにしても、一つの方向へと真っ直ぐ進んでいくほうがより的確に『前』へと進める。だがそれは、環境が瞬く間に変わり目印等がつけられないこの大陸においてとても難易度の高い事だった。

 

 だからこそこうしてわざわざ『備品』のために『部屋』を作った。

 だけどその課題はあまり、達せられているとは言い難かった。

 こうして方位磁針をその手に持っているにも関わらずだ。


 それは方位磁針をみてみればすぐにわかる。

 そこでは方角を示すはずの方位磁針の針が、残像となっていくつも針が見えるほど、ものすごい早さで回転していた。

 なぜこうなってしまうのかまでは分からない。ただこの場所でこの方位磁針はまるっきり役に立たない。


 その事実を再確認し、【アイテムボックス】へ方位磁針をしまこんで再び歩き出す。


 つまるところ、俺が今こうして大陸の沿岸部へと出向き

 『終焉の大陸』の『出身者』といわれる存在の手がかりを探しているのは

 その『方角』を知る術が何か見つけられないか、という魂胆があった。


 終焉の大陸を出航したが方角を知らないがために、ぐるぐると同じ場所を回り続けてずっと海の上をさまよい続ける。なんてことを回避したいのだ。

 方角を知る手段が無くても、何か地理を知る手段。例えば世界地図なんかのようなものが、都合よくあればいいと思っている。方角は知らなくても、『真っ直ぐ』進む事なら昔はともかく今の俺ならばできる。ただそれでも真っ直ぐ進み続けて一周して帰って来ちゃいました、なんて事になりたくはなかった。


「(日暮にその辺りの事を聞ければよかったんだけどな……)」


 一応、日暮にも聞いてみたのだが。

 魔物の強さや生態、人々の暮らしぶりや生活を脅かす脅威、勇者の強さや帝国の動きなんかには割と答えが返ってきたものの

 歴史や、魔法や魔術について(魔法以外にも魔術というのが世界にはあるらしい)。ほかにも地理といった知識関連にはめっぽう弱かった。


「(知識が偏りすぎなんだよなぁ……。

  いったいどんな生活を帝国でしていたんだか……)」


 ただこうした理由があるにせよ、この探索は雲を掴むような、現実味のないものだ。


 話をした日暮自身ですら、あまり役に立つ情報ではないかもしれないと懐疑的だった。大陸をでる取っ掛かりがないのでとりあえず話してみようという程度のものだったんだろう。


 それでもこうして俺が探索を続けているのは生活範囲の拡大という目的が六割。

 さらに先ほど述べた理由が二割で、残った二割が単純な好奇心といったところだろうか。


「(そもそも、この場所に『住んでいた』と言っていたが──)」


 最初にわいた疑問は、それだった。

 数日歩いて沿岸部の様子もある程度把握してきた。環境の変化や魔物の発生の頻度は内陸に比べれば、比較的少ない。それに生息している魔物のレベルも、少し低めのような気がする。

 だが『外』は、やはり『外』なわけで……。




 ゴ、ゴ、ゴ、ゴ……。

 うごめくような音を聞いて立ち止まる。




 海の方へと目をやる。本来ならそこには、空の青と海の青色が霞んでしまうほどずっと遠くで、地平線となって混じり合う。そんな光景が広がっているはず。


 だけどその光景は『遮られて』いて見えなかった。

 まるでカーテンをかけられたように、その景色の一切を覆い尽くしていた。

 そびえるような、高い海の波によって。

 

 津波と呼ぶべきなのか。それとも高波と呼ぶべきなのか。

 どちらにせよ、それは少しずつ大陸へと近づいてきている、『脅威』だった。


「(──本当に、こんな場所で『住む』ということが可能なのだろうか)」


 視界を埋め尽くす海の壁に、ぽつりぽつりと虹色の光が灯っては消える。

 どうやら、波の中で魔物が発生しているようだった。

 だがその魔物たちが蠢く波の中で、もがいて、そしておぼれていた。


 波は少しずつその迫力を増していく。さらに距離が縮まっていくにつれて、轟く音もまた増していた。

 大陸にその爪痕を全力でのこそうと今にも襲いかかってきそうだった。

   

 息を少し深く吸い、腕を掲げて『スキル』を使用する。


 『脅威』を目の前にしても、心が高鳴ることはない。

 だからといって静まることもなく。

 まるで『日常』の中にいるかのように。いつもと同じ平坦なリズムを刻み続ける。


 『日常』。そう、『日常』だ。目の前の『脅威』は。

 学校に行くとか、朝八時に起きるとか、友人に挨拶をするだとか。

 そういった『日常』に過ぎない。



 ──『終焉の大陸』にとって。


点火ファイア


 巨大な波に向けて【爆破魔法】の呪文を唱え、発動させる。


 轟音を発しながら迫り来る波は次の瞬間。

 内側から膨らむように大きく弾け飛び、その全体図を大きく歪ませる。

 響き渡る爆発音は凄まじく。波のうごめくような轟音は、一瞬で飲まれように掻き消えた。



 水滴混じりの爆風がここまで届く。


 襲いかかろうとしていた波の巨大さに勝るとも劣らないきのこ雲の下では、爆発の衝撃が波を伝わっていた。そして気がつけば波の勢いは衰え、少しずつ消えていく。





「(やはり、こんな場所に『住む』なんてありえない)」




 『沿岸部』とはいえ、まがりなりにもここは『外』。『終焉の大陸』だ。

 普通の──例えば、住んでいると聞いて真っ先に想像する、家を建ててそこに暮らしているような。そういうのは、やはりここではありえないだろう。


「(ということは、その『出身者』は普通じゃない方法で『この場所』で暮らしていたという事か?)」

 

 真っ先に頭に思い浮かべるのは、俺自身の能力である【部屋創造】だった。

 今こうして俺が、『部屋』という普通ではない手段で暮らしているように、その出身者もまた特殊な手段でこの場所で暮らしていたのだろうか。



「……ん?」


 ぽつり。


 体に水の当たる感触を感じて、空を見上げる。


 ぽつ、ぽつぽつぽつ。


 水の降ってくる量が少しずつ増えていく。一瞬、雨でも降ってきたのかと思ったが

 さっき吹き飛ばした波が、破片となって雨のように空から降ってきていたのだ。

 口の中に入った水がしょっぱく、異世界の海もしょっぱいのかとそんなどうでもいい事を思った。そのときだった。


「……あれは?」


 その光景を目に入れ、思わず強ばった声が漏れ出る。

 巨大な波を前にしたときにだって漏れなかった声だ。


 それは、少し遠くで起きていた事だった。

 俺がこれから進むであろう、沿岸の前方での事。


 今もなお、雨のように降り続ける海水。

 その海水は重力に逆らうことなく、空から地面へと一直線に落ちている。


 当たり前のことだ。わざわざ説明するほどの事でもない。

 異世界だからといって、雨が下から上に降るなんて事は無い。いや、もしかしたら俺が知らないだけどそういう現象もあるのかもしれないが。だが基本は、前の世界に重力があったようにこの世界にも重力があって、雨は空から地面に降り注ぐ。



 だけど『そこ』では、違かった。


 落ちている水の粒が地面にあたったわけでもないのに、まるで硬質の何かに当たったように空中でぴちゃりと一度跳ねあがる。

 そして本来辿る、空から地面への垂直の道から大きく逸れ、まるでそこにある『何か』を伝っていくかのように、カーブを描いて地面へと流れ落ちる。


 それはたった一粒の雨粒の話ではなく、今俺のいる場所から前方付近。

 沿岸のとある一帯の部分に限りで、落ちてくる雨粒がすべてそうなっていた。


「ドーム……か?」


 水が絶え間なくその『見えない何か』に降り続けることで

 コーティングされたかのようにその『見えない何か』の形が浮き上がる。


 それは丁度、半球の形をしていた。

 急いで近くに寄るとその透明の何かは割と大きく

 小さな家ならすっぽりと覆ってしまうほどの大きさだった。

 

 今も水が流れ続けている、透明の何かにゆっくりと手を伸ばしていく。


「硬い」


 のばした手は、雨粒が伝っているところで止まる。

 やはりその場所には、硬い何かがあった。透明で固い、見えない何か。

 

「(まるで『水場』の壁だな)」


 例えるなら【部屋創造】で作り出した『水場』の壁みたいだった。

 その先の景色が広がっているのに、透明の壁によって遮られる感じはかなり似ていた。

 手を透明のドームから離すことなく、ゆっくりとそのドームを伝っていくかのように歩き出す。


「よくみると、穴だらけだな……」


 遠くから見た様子は、綺麗な半球の形をしているように見えていた。

 だが近くまで来て見てみると、落ちている雨が半球の形に伝うのを途中であきらめたように中途半端な場所で垂直に落ちていく。

 その場所に手を伸ばしてみると、手は『透明のドーム』の内側らしき場所にのまれていった。


「これは……」


 手を透明の何かの内側にいれると、途端に手が『見えなくなる』。

 このドームはどうみても透明に見える。しかしそれならドームの内側に手をいれたらその手がドーム越しに見えてもよさそうなはずなのに。まるでぷっつりと切り落とされたかのように見えなくなるのだ。感触がなければ、本当にそう思ってしまったかもしれない。


「(透明じゃないのか……?)」

 

 不思議に思いながら、ドームに沿ってあるいていくと人一人が入れそうな穴をみつける。

 水でコーティングされた半球の形は、こちらから見ると大きく欠けていて、もし最初見たのがこちら側だったら綺麗な半球とは思わなかっただろう。


「(やはり、入ってみるしかないな……)」


 外側からの観察を終えた俺は見つけた穴から、躊躇うことなく

 透明なドームの内側へと足を踏み入れる。

 そして、ひろがっている景色に驚きの声をあげた。 


「これは……?」


 透明のドームの内側は、やはり外から伺った様子とは違っていた。

 ここらへん一帯の沿岸にはえている低い草が、一切はえていない土の地面。そこにはぽつぽつと雨漏りしたかのように、水たまりができている。


 そんな場所に、『花畑』があった。


 ドームのちょうど中心に当たる場所だ。ドームの内側の広さに比べれば本当に小さな場所に色とりどりの『花』が生えていた。


 その花畑のさらに中心には、木の棒らしきものがそびえ立つように刺さっている。

 木の棒は一本の木を螺旋状に細工した形をしていて、大きな青色の宝石が木の頂上。螺旋の終わりの場所にはめこまれていた。

 明らかに、『人』のいた形跡。花畑も、生え揃い方が少し整えられすぎている。

 

 さらに近づき、木の棒を観察して気づく。木の棒に嵌められた宝石が、自分の見慣れた物だった事に思い当たったのだ。



「(魔石……)」


 魔物の心臓付近で取れる魔石。それもこの輝きと大きさは相当な力を持った魔物だ。

 なぜそんな魔石が、この棒にはめられているのだろうか。


 増えていく疑問を頭の脇に寄せながら、魔石の嵌められた木の棒の螺旋を辿るようにみていくとさらに驚きのものを目にする。

 『文字』が刻まれていたのだ。

 しかも、『日本語』だ。俺のよくしっている日本の文字が。

 螺旋の木に添えられた文字を内心で読み上げていく。











『   しんあいのわが ちち そして はは



         マギザムード



        どうか やすらかに          』






 

 その文字は子供が書いたように、あまり上手とはいえない稚拙な日本語だった。

 なのに必死に書いたことが、なぜか伝わってくる。



 文字を読み、そして改めて辺りを見渡す。

 埋められた魔石に、書かれた文字。

 そびえ立つ螺旋状の木。さらにそれを飾りたてるようにして咲く花々。


 まるでこれは……。



「墓……」



 辿り着いた答えに、ぽつりと独り言を漏らした。

 


「そうじゃ……。

 この場所でわしを守り、そして育ててくれた『聖獣』の眠る場所」



 あるはずのない返事。それが突如聞こえてくる。

 口調はおかしいが、その声は女性の声をしていた。

 

 元々気配を感じていたため、驚く事無くゆっくりと背後へ振り返る。


 だがそこには誰もいない。

 当然だ。声の聞こえてきた場所は、そこではないのだから。



 振り返った俺は、さらに顔を『上』へと向ける。



「力ある『聖獣』の張った結界ももう、こんなにボロボロじゃ。

 魔物の一匹や二匹、入ってしまっても仕方ないと思っていたのじゃが」



 視線の先……。"上空"には聞こえてきた声を発する、一人の女がいた。

 バサリ、バサリと今も羽ばたき続ける二枚の黒い羽。頭の右からは一本の捻れた角が生えている。

 日暮から聞いた終焉の大陸の出身者と彼女は、似た容姿をしていた。 




「(彼女が、『終焉の大陸の出身者』)」






 そして……。






『なぜ私が、その終焉の大陸の出身者と言われる存在を知っていたと思う?』


『なぜ……?

 その人物が有名だったからとかじゃないのか?』


『"有名"。

 ……確かに有名だ。だけど、さらに深くその"なぜ"を考える必要がある。


 有名だからといって、すべての人が知っているわけではない。やっぱり世の中には、知っている人と、知らない人がいて。

 その間には必ず境界線がある。


 読書家が、作家のことを知っているように。

 騎士が犯罪者のことを知っているように。

 知っている人の、傾向というのがやっぱりあると思うんだ。


 そういうのを考えたうえで"私"が"知っている"という事にどんな意味があると思う?

 ベリエット帝国の、"44代目赤色の勇者"と言われていたこの私が。

 知っているという事に、どんな意味が……』


『……』


『気をつけてほしい、秋。

 もし、その存在に手がかりを求めるというのであれば……。

 なぜならその人物は──』











 魔王。 










「まさか『人』がおるとはのぅ。この場所、この大陸にいて出会うとは。

 奇妙な出会いもあったものじゃと、そう思わぬかの?」







 彼女はゆっくりと地面に降り立ちながら、言葉を告げる。







『ティアル・マギザムード。

 彼女は魔族の中の一つ、"悪魔族"であり、終焉の大陸の出身者と言われるその存在は

 "魔王"その人なのだから』





 



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― 新着の感想 ―
[良い点] レベル上げの方法が明示された点 [気になる点] 方角を知るには太陽の位置や星の位置が有るかと思いますが、刻々と環境が変わる終焉の大陸では常に空が見えないor見ても意味がない気象状況なのでし…
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