第35話 『一歩』
最後の魔物が、音を立てて崩れ落ちた。
『砂漠』にちらばった魔物の死体の中心で、一人佇む秋を
私は『ドア』の近くに立って見つめていた。
秋の表情は今の戦闘に
全く感慨を感じていないかのように無表情。
事実この程度の戦闘は秋にとって、取るに足らないのだろう。
相手しているのはたぶん『終焉の大陸』の魔物のはずなのに
息すらもあがっていないのだから……。
どれだけその力の底は深いのか。
想像することすらできない。
「あ……」
歩き出した秋をみて声をかけようか迷うものの
その機会は、壮絶な『変化』によって失われてしまった。
ご、ご、ご、と低く重厚な地響き。
砂漠を構成している『砂』が、さらに下にある地面に飲まれるようにして消えていく。
強く射し込んでいた日差しは分厚い黄土色の雲によって遮られ
気がつけば辺りの景色は曇天の空とだだっ広い地面がどこまでも続く
何もない『荒野』になっていた。
魔物の死体も、綺麗さっぱり消え失せている。
だけどその事がどうでもよく感じられるのは
いい加減『この場所』の非常識さになれてきたおかげだろうか。
荒野を、秋が歩いていた。
今この瞬間。広い荒野の『世界』にいるのは秋と私の二人きり。
少しずつ、秋との距離が狭まっていくなかで
秋が踏み出すたびに私は空気が質量を持ったような重圧を感じていた。
強い魔物と戦うときに、よく感じた事のある感覚だ。
秋と正面で向かい合って息をのむ。
はっきりいって今の秋は、私の知っている秋ではなかった。
私の中の『灰羽秋』という人物の印象……
優しく、面倒見のいい、少し年上の青年。
甲斐甲斐しく、寝込んでいる私を看病してくれた姿はまさにそのイメージと重なる。
私に『兄』がいたらもしかしたら……。
一度だけ、そう考えたこともあった。
だけど今この瞬間、そう感じた秋はどこにもいない。
その瞳には、倒れていたときに向けてくれた優しさなど微塵も浮かんでおらず
それどころかあらゆる感情が一切、のっていなかった。
無機質で暖かみの欠片もない瞳に
私はどこか過酷な環境で生きる『終焉の大陸』の『魔物たち』を連想してしまっていた。
「何か、用か?」
秋から声をかけられる。
同時に、この場の空気が少し和らいだ。
やっぱり緊張をしていたらしく、肺の中の空気を無意識に大きく吐き出す。
ここに来た目的。
何か手伝うことはないか、それを聞くために私は秋を探していたのだ。
その目的を告げるために口を開いた。
「私と、戦ってくれないか?」
──はずだった。
口から出た言葉。
それが思っていたものと違う事に、数秒遅れて気づく。
秋も目を見開き驚いていたが、私自身も自分で発した言葉に驚いていた。
何を、言っているんだろう。私は。
今の戦闘を見たはずだ。
同じ代の勇者と考えるには、あまりにも離れた実力を確かに見たというのに。
後から考えると、その言葉が出たのは『反射』だった。
熱い物に手を触れて、考えるよりも先に手を引っ込めるのとか、そういうのと同じ。
体が瞬間的に、そうするべきだと判断したのだ。
これからを生きるために……。
『この先、私はどうしたらいいのだろう……』
心のなかで、呪文のように繰り返しながら
秋たちの過ごしている、『この場所』をさまよっていた。
それは暗闇の中であるかもわからない道を、手探りで探しているような感覚だった。
私の身代わりになってしまった"彼女"の存在。
ここに来てから一時たりとも、忘れたことはない。
ふとした瞬間、"彼女”の捕らわれている光景が頭をよぎり、焦燥と苦悩が私を支配する。
だから必死に探していた……。
この状況を打破できる『何か』を。
そんなときに、目にした秋の戦う姿。
きっと私の体はそのとき、頭で考えるよりも早くその『何か』を見いだしたのだ。
暗闇に射し込まれた光に気がついて。
そして──飛び込んだ。
だけどこのときは、そんな所まで頭が回るわけもなく。
軽くパニックになりながら、「なんてことを言ってしまったんだ」とか「断ってほしい」なんて事を内心で思っている始末だった。
幸いにもその心の声は口から漏れる事がなく。
意志に反した願いは、秋によって容易くかなえられる事になる。
「……。
まぁいいか」
少し考えて、発せられた了承の言葉。
秋の言葉はそれで終わることなく、さらに続けられる。
「やってみようか。
ただし一つ『条件』をつけよう。
いや条件っていうよりも、この場合は『ルール』か……?」
着実に秋によって話は進んでいく。
同時に逃げ道が、どんどんなくなっていくのを感じた。
だけど、恐怖を感じながらも
積極的に自分から断ろうという気は、不思議と起きなかった。
「『ルール』?」
私は聞き返す。
「あぁ。まぁ、本当に単純な一つだけの『ルール』だから。
難しいことじゃあない」
それを聞いて内心で納得し、安堵する
先輩勇者の人とよくやっていた訓練を思い出す。
要するに、訓練だから直接死につながる攻撃は控えようという提案なのだろう。
当たり前だ。訓練と殺し合いは違うのだから。死んでしまっては、元も子も無い。
「察しがついたか。まぁ分かって当然か……。
『単純』で、『当たり前』の、『ありふれたルール』だからな。
じゃあ──
お互い『殺す気』でやろうか」
「え……?」
瞬間。
強い殺気に空間が支配される。
秋の瞳は、再び無機質な色に染まる。
剣を取り出す秋の動きに、心の底から命の危機を感じた。
反射的に剣を構える。
剣を念のため持ってきていた事に心から安堵した。
剣を握ればまだ、この恐怖に耐えられる気力が沸いてくるから。
ただそれでも……。
カタカタカタと、
震えで細かく歯の当たってる音を止めることはできなかった。
「……な、んで」
疑問が、ギリギリの状態で何とか絞りだされる。
「……? なんで……?
もしかして……。
考えていたこと、食い違っていたのか。
でも、まぁ。別におかしい事じゃないだろ。
日暮のいたところでは『魔物』とか、『敵』とか。
そういうのと戦うときに、お互い死なないよーに
細心の注意でも払いながら戦っていたのか?」
秋の威圧の中、かろうじて私は首をふった。
でも、それとこれとは話が違う。秋は敵でも魔物でもない。
そもそも私は殺し合いがしたいと言ったわけじゃない。
私の納得していない表情を読みとったのか。
深くため息をつき、秋は言葉の続きを述べた。
「戦いの先には、必ず『実り』がある」
魔物を殺せば、肉や魔石が手に入ると。
敵を殺せば、安全やお金が手に入ると。
それがなんであれ、とにかく戦いの先には『得るもの』。
『実り』があると、秋は口にする。
「俺が日暮と戦ってみようかな、と思えたのは
『この大陸の外の人はどれくらいの強さなのだろう』という
好奇心からだ
日暮が何を求めて俺と戦いたいと思ったのかはわからない。
でも少なくても、何か『実り』を求めて戦いを願ったのだろう。
俺も同じ……。『実り』を、戦いに求めたい……。
だけど『中途半端』じゃ、やるだけ無駄だ。
その戦いの先に『実り』があるとは、とても思えないから」
『実り』……。
私はそれを、見たのだろうか。
でもそれが何なのか。まだわかっていない。
「どうする?
俺はどっちでもいい。
好きな方を選んでいい。
やるか、やらないか。
言い出したのは日暮。選ぶのも日暮だ。
ただし、やるなら『本気』で、だ。
その戦いはきっと、『本気』だからこそ『価値』がある」
再び、決断を迫られる。
さっきみたいに無意識ではなく
正真正銘、私の意志で選ばなければならない決断。
「……やる」
そう告げた、瞬間だった。
首筋にヒヤリとした、冷たい感触が走る。
さっきまで『前』に確かに立っていたはずの秋が
『背後』から私の首に剣を当ててるのだと気づくのに数秒かかった。
そして首にあてられた剣の冷たさとは別の
ぞくりとした冷たさが体に走るのだった。
「本当にやるの?
この"弱さ"で……?」
冷徹に、私の背後でそう言い放つ声。
声も出せず、動けずにいると秋が剣を離した。
はぁ……、と。深い『ため息』と共に。
カッと頭に血が上る。
バカにされていると、感じたから。
「(こんなの『不意打ち』じゃないか……!
正々堂々ならば、私だって……!)」
私は確かに強くはない。
だけど、だけど弱くもない……!
「(そのはずだ……!)」
魔物と戦った日々。
何もできないただの日本人の、一人の学生だった私が
ここまで戦えるようになったことがその証明のはずだ。
レベルもあがった。スキルも増えた。
確かにその日々は、嘘じゃない……ッ!
だから私は、秋の剣が首筋を離れた瞬間に
強い力をこめて、背後の秋に剣を振るった。
「な……」
音もなく振るった剣が、止まる。
何故止まったのか。それは剣が途中で遮られたからだ。
秋の、『手のひら』に。
「これが日暮の『本気』か……?
それならば──」
広げた手の平で、剣を止める秋。
そこには、何の力も伴っていなかった。
ただ私の剣を振るう軌道に、手を添えただけ。
手加減したつもりはなかった。
そこに手があれば、手ごと胴体に切り込むくらいの力を私は確かに入れた。
だけど秋の手には、薄皮一つの傷すらついていない。未だに力を抜いていないというのにだ。
「『弱すぎる』」
弱い……弱すぎる……。
『ヨワスギル』。
──パキリ。
そんな音が耳に届く。
続くように地面から付近から響く、金属音。体も何故かよろめいていた。
体を支えていたものが、突然なくなったように。
「え……」
その原因に、遅れて気づく。
『剣が折れていた』。
秋の阻む力と私の斬ろうとする力を中心で支えていた剣が折れたせいで
力を入れ続けていた体がよろめいたのだ。
パキリ──と。
折れた剣と同時に私の心の中の『なにか』も
折れた音が聞こえたような気がした。
「わ、私は……弱いのか……?」
自分で出した声は、震えていた。
それでも聞かずにはいられなかった。
「あぁ、弱いよ……」
あぁ、私は……
力が自然と抜けて刀身が半分なくなった、『剣だった物』が手からすり抜ける。
カタンと音を立てながら地面に落ちた。
剣を握ることでなんとか保っていた戦う気力とともに
立っている気力すらもきえ、醜く地べたに座り込む。
──なんで私は、こんなにも弱いのだろう。
ぽつり、と手にこぼれ落ちる水滴。
いつかこぼした、弱さの結晶。
それが止まることなく、溢れてくる。
『お前じゃ弱すぎてこの世界を生き残れないから、殺してやろうか?』
手の平にこぼれ落ち続けるそれを見て
昔かけられた言葉を、ふと思い出した。
「(あぁ、私はこの世界に来たときから何も変わっていなかったんだ)」
魔物を殺して、訓練をして、いろいろな場所を巡って
強くなったつもりでいただけだった。
スキルがふえたとか、レベルがたくさんあがったとかそういうの一切関係なく。
根本的に私はどこまでも弱かったのだ。
何もかもが、どうでもよくなる。
あの時、ベリエット帝国の勇者に捕まっていれば。
あの時、『終焉の大陸』で魔物にたべられていれば。
いっそのこと……今秋に、──してもらえれば……。
「このまま、『部屋』の中にずっと置いてあげようか?」
耳元で、秋がそっと囁いた。
その声は戦う前の、秋のイメージそのもので。
優しくて、甘くて、純粋に私を思ってくれていた。
だからこそ……。
どこまでも、その言葉は蠱惑的に聞こえた。
「終焉の大陸で出会ったのも何かの『縁』だ。『見ていて気の毒』だし。
帝国や、日暮の代わりに捕まった人の事も忘れて
『ここ』にずっと居続ければいい……。
ここなら、きっとそういうものをすべて忘れて
楽しく、楽に、死ぬまでずっと生きていける……。
一人くらいの住人が増えたところで、増える負担も些細なものだ」
「この場所で、ずっと……」
その光景が浮かぶ。
世界から切り離されたように、楽しくて、健やかな日々。
「そう……。
俺や春に冬。それに他の連中もいるこの場所で……。
ずっと、生きていけばいい。
戦いの事なんか忘れて、『弱い』んだから。料理を始めてみるのもいいかもしれない。日暮は女の子だから、きっとそっちのほうが上手にできるかもね」
それも……。
それもいいかもしれない。
秋たちに混じって、日々を過ごす光景が次々に思い描かれる。
料理を作って、柔らかいベッドで寝て
冬さんと会話して、春さんの手伝いをして
時々春さんに怒られる秋を見て、笑う。
まだまだ『この場所』には馴染めていないけれど
それでも『ベリエット帝国』よりはずっと、ずっと馴染めるだろう。
それは確かに、一つの幸せだった。
私の代わりに捕まった彼女もきっと許してくれるだろう。
彼女はそういう人だから……。
「逃げてしまえばいい……。
世界は、どうしようもなく厳しいのだから……」
逃げる……?
『お前には、異世界に行ってもらう』
不意に、頭に聞こえてきた言葉。それと共に、当時の光景が蘇る。
それは私に降り掛かったどうすることもできない、"理不尽の言葉"。
抗うことすらも許されない。世界の法則のような力だ。
胸の内側で、小さな種火が──灯る。
『奴隷がッ、醜い口を開けるな!』
次々と蘇る光景が胸の内に灯った小さな種火を
より大きく、より熱くしていく。
『お前たち、"勇者"さえいなければッ!』
なんで……。
なんで私が、何もかもを諦めて逃げるように生きなきゃいけないのだろう。
なぜいつだって、降りかかる理不尽はさも自分は正しいという顔をして
何もかもを奪っていくのだろう。
強いから……?
ならば奪われるのは──
「弱いから……?」
ふつふつと沸いてくる『熱さ』。
それは私の髪の色と同じように、真っ赤に煮えたぎっているような気がした。
私がすべて正しいとは、思っていない。
思っていないけど……!
それならば、『世界』はすべてにおいて『正しい』の!?
「どうする……?」
語りかけてくる秋。
その姿が、今までの振りまいていた理不尽の姿とどこか重なり、胸の内の火は大きなる。
秋の強さもまた、一つの理不尽のようだから……。
ただの八つ当たりにすぎないけれど、見ているとわき上がる熱はより熱くなる。
『怒り』だ。
イライラする。
何に対して向けていいかもわからない、怒り。
ずっと感じていたものだ。この世界に来てからじゃない。
元の世界にいたときから、ずっとずっと感じていた怒り……!
燃え上がっている。私の中で。どこまでも『熱く』。
『折れた剣』を掴んで、立ち上がる。
まだ……。まだ私は戦いをやめられない!
「私は! まだ戦える!」
そうだ……。
誰も、戦いが終わったなんて言っていない。
まだ戦いは、何も終わってなんかいない……ッ!
「【ロード】──!」
ポケットの中の『メモリーカード』を『一枚』取り出して、【能力】を発動させる。
折れた剣は『時間が巻き戻ったように』
再び、剣の形を取り戻す。
秋の提案は、魅惑的だ。
歩んで、歩んで、歩み続けた先にたどり着いた所だったら……
きっと私は、なんの躊躇もなく享受していたと思う。
でも私はまだこの選択を選べない。まだ、止まれない。
だって私はまだ、『一歩』も進めていなかったのだから。
「あはは。
──それが、日暮の【能力】か」
秋の笑い声が聞こえる。
秋の笑った所を見るのはこれが初めてだったけど
熱くなった頭はそのことに気がつかない。
「ッ!!」
突如視界を埋め尽くした、大きな岩。
まるで『転移』してきたかのように突然で驚くけど、リアクションしている暇はない。
岩の死角から放たれた秋の剣を、剣で受け止めた。
だが秋の力はあまりにも強く
背後に思いっきり弾き飛ばされる。
「【セーブ】!」
地面に転がりながら着地し、すぐさま起き上がる。
同時に、『メモリーカード』を強く秋に投げつけた。
「【ロード】!」
投げていた『メモリーカード』は、私の声に反応して
空中で先ほどと同じように、『剣』を出現させる。
投げた勢いを保ち続けたままに出現した剣は、その勢いを劣らせることなく
刀身をむき出しにしながら、秋に向かって飛び続ける。
なんの苦労もなく、襲いかかる剣をはじきおとす秋。
それでいい。
『本命』は、そっちじゃない。
私の投げたメモリーカードは、『二枚』。
【セーブ】で『メモリーカードに対象を記録』させ
そして【ロード】で『メモリーカードが記録したものを出現』させる。
メモリーカードには『一枚につき一つの対象』を記録できる。
投げた一枚目のカードには剣が元々記録してあった。
そして一枚目よりも、さらに上に投げたもう一枚の『メモリーカード』には……。
秋を覆うように、影がささる。
飛びかかってくる剣を払おうとする秋。
だけどその頭上に、降り掛かるように落下する『巨大な岩』があることに気づいていない。
さっき秋が死角から襲うために利用していた岩。
それを『メモリーカード』に【セーブ】していたのだ。
「(私の力じゃ、秋を傷つけることすらできないのなら、もっと大きな力を利用する)」
岩が秋に向かう速度は落下によって加速しつづける。
もしかしたらこれですら傷つける事すら叶わないかもしれない。
それでもせめて、一矢報いる……!
剣を弾いた直後の秋に、加速した巨大な岩が落ちる。
「──この戦いを、『本気』でやれてよかった。
互いに『実り』があって、何よりだ」
ピタリ。
落下していたはずの大岩は、一瞬でその速度を失い、空中で止まる。
いや、止まったんじゃない。止められたのだ。
秋があげた片手に……。いともたやすく。
「そう思わないか?」
大岩をそのまま片手に持ちながら、振りかぶる様子を見せる秋。
秋が何をしようとしているのかを一瞬で悟り、冷や汗を流す。
なんとか逃れようと思うものの、秋のじっとこちらを狙いつけられる視線から避けられる気がしない。
何か活路はないか。
もはやがむしゃらにできる事を探した。
そして私は意味がないというのに、最早困ったときの癖と言ってもいい行動
【鑑定】を秋に使おうとした
──ところで視界が急激にぶれた。
強い衝撃に体が弾き飛ばされ転がる。
だけど視界は白一色にそまっていて、私の意識はそこでとぎれた。
◇
──『結局の所……』
青く長い髪を、かきあげながら"彼女"が口にする。
私をいつも助けてくれた"彼女"が……いつか話してくれた言葉。
その記憶。
『私たちに与えられた選択肢っていうのは
"強くなる"ことだけしかない。
別にこの世界は争いが多いからとか、そういう上辺の話じゃないの。
なんだったら元の……前の世界でだって、それは同じだった』
これを聞いた当時は、あまり納得できなかったのを覚えている。
そんな私の様子に、彼女は苦笑いをしながらも
続きの言葉を話し始めたのだ。
『何かを望んだりとか、手に入れたかったり、変えたりしたいのならば……。
"幸せ"になるためにはね、日暮ちゃん。
私も、本当イヤになるし、うんざりするけど、でも結局のところ
"強くなる"、それしか選べる選択肢はない……』
今この言葉を思い出したのは、その言葉の意味を
嫌と言うほどに、実感したからだろうか。
帝国からの逃走、それに終焉の大陸で……。
でも……私には……どうしたら。
「わかりません……。
私にはどうしたら強くなれるのか。それがわかりません。
教えて、ほしい……」
暗闇の中で、言葉を漏らした。
それは"彼女"に問いかけたい言葉だった。
だけど、答えはない。
暗闇に飲まれるように私の言葉は消えてしまった。
当然だ……。そう思いながら自嘲めいた笑みをもらした。
なぜなら"彼女"──
『幅音澪』は、ここにはいないのだから。
彼女は私の弱さの犠牲者の一人だ。
他国の貴族を斬りつけた私を捕らえようとする勇者に、立ち向かってしまったのだ。
自分で起こした騒動を、自分自身の命で責任を果たす事すらもできない私。
本当に、どこまでも弱い。
暗闇の中で、一人。
私はどうすることもできずに佇んでいた。
『──』
誰かが私を呼ぶ、声がきこえて俯いていた顔をあげる。
顔を上げて、気づく。
暗闇の中に一筋の光が、射し込んでいる事に。
その光はあまりにも強烈で、じっと見ていると焼けるような目の痛みを覚えた。
でも微かに、そんな光の先で誰かが立っているのが見えた。
それが誰なのかは、強い光に目が眩まれよく見えない。
この道を進めばいいのか、迷う。
こんな光の中を進んでしまったら、体が焼かれてしまいそうだ。
私は強い人間じゃないから。だからいつだって、不安で心がいっぱいで。
前に進むのに、常に恐怖が傍を寄り添っている。
立ち止まっていると、ふと背中に手のひらの感触を感じた。
『立ち上がれないのならば、手をさしのべてあげるよ。
悩んでいたら、話を聞いてあげるし
迷っているのならば、背中を押してあげる。
でも、"歩んでいく"のは自分自身なんだよ! 日暮!』
「かなでさん……」
今はもう、この世界のどこにもいない先輩勇者の名前を口にだす。
必死に忘れようとしていた彼女の存在を思い出して泣きそうになる。
それと同時に振り返りたいという強い衝動にかられた。
そう思っていたら背中に添えられた手の力が、どこか増したような気がした。
振り返るな……。そう言っているかのように。
「ありがとう……。
私はこの『道』を歩むよ……」
目の前に記された、か細い光の道。
その先では、人を焼いてしまうほどに強烈な光を発する誰かがたっていた。
この道を歩めば……。
いつか──
『──』を『────』だろうか…………?
そんな願いに似た疑問と共に、私は『一歩目』を踏み出した。
◇
「お。起きたか」
目を覚ますと、秋が私の顔を覗いていた。
「悪いな。なんか『変な感覚』を感じちゃって思っているより少し力を入れちゃった。
大丈夫か?」
「大丈夫……」
秋の言葉に、反射的にそう返して
体を起きあがらせるが体の節々が結構痛い……。
「とりあえず戦闘はもう、終わりでいいかな」
首を強くうなずかせる。
秋はそんな私の様子をみて苦笑しながら、軽めに体を動かしていた。
その側で私は痛みが引くまで動かずに地面に座る。
「……秋は、いつか『終焉の大陸』を出るのか?」
自分ばっかり優先させていて、確かめていなかったけれど。
そういえば秋はこれからどうするのか気になった。
『終焉の大陸』の外の人が、どれくらいなのかを知りたがったのは、
大陸の外に出る意志があるという事なのかなと思って尋ねてみる。
「出たいとは思っているよ」
「出たら……。
その、何をするのか……聞いてみても……」
聞いていいのかどうか迷い、それでも聞きたくて言葉にする。
「どうするかなぁ……」
そう、秋は言う。
「でも、とりあえずは色々と見てみたい……かな。
景色とか、文化とか、魔物とか。
とにかく『世界』を見て回ろうかと思ってる」
「──私も。
私もそれに、ついていきたい」
その言葉を聞いて、秋は驚く。
「捕まった人を、助けたいんじゃなかったのか?」
「それは……」
『私のこと、別に助けなくていい……って言っても日暮ちゃんは来ちゃうのよね。
だから、一つだけ約束して。
もし来るならのなら"強くなって"来るのよ。
何年、何十年かかっても。
もし私の所に来るのならば、絶対に"強くなって"から来なさい。
次会ったとき弱かったならば、そのときはもう、私が"殺しちゃう"から。
そのつもりでね』
勇者に立ち向かう前に、かけられた澪さんの言葉。
最後の言い回しがなんとも彼女らしい……。ちょっと怖かった。
でも今ならそれが私のためだとわかる。弱いまま澪さんを助けにいけば、彼女の行動は何の意味もない徒労に変わってしまう。それだけは、絶対に避けなければならない。
「助けるのに、条件があるから……」
「なんだそりゃ……」
あきれたように声をだす。
確かに私が秋だったら同じ反応したかもと思いながらも、さらに言葉を重ねた。
「私も一緒じゃだめ……か?」
「……」
じっと、ぶれることなく私に突き刺さる秋の視線。
瞳には探るような色がのっていた。
そんな目が向けられている理由は、分かる。
それは秋と帝国が『潜在的な敵対関係』だからだ。
秋を『ベリエット帝国44代目勇者』にしたい帝国。
勇者は基本的にベリエット帝国から離れる事ができないから
その目的を私から聞いている秋にとって、彼らは目的の妨げ以外の何者でもないだろう。
秋と帝国。
お互いの目的は相反している。『潜在的な敵対関係』
一方で私も、帝国と『敵対関係』だ。
貴族殺し、そして帝国からの逃亡。
帝国に捕まれば、私の未来はどんな形にせよ悪い方向にいくのは免れない。
だから私と秋は同じ状況。
……というわけじゃ『ない』。
秋が向ける疑念は、たぶん『そこ』だ。
微妙な状況の違いがあるからこそ秋は私を『疑っている』。
私と秋には問題が表面化しているかどうかという違いがある。
すでに名実共に敵対関係な私と違い、秋はまだ存在すらも確認されていない。
それはつまりどういう事か。
結論から言えば、秋が疑念を持っているのは
『44代目灰色の勇者』、『灰羽秋』の存在をベリエット帝国にこっそりと私がばらし
秋と帝国を明確に敵対させたところで、同じ敵を持つ仲間として私が秋に与する。
その行動を私がやるかどうかだと思う。
私には帝国に捕らわれている人を救いたいという『動機』があるから
実際にその行動のメリットはたくさんある。
秋の疑念は、至極真っ当なものだ。
「……強くなりたいんだ」
秋の瞳に、私は臆することなく『真っ直ぐ』に視線を返してそう告げた。
「これを預かっていてほしい」
専用のポケットからある物を取り出して、秋に渡す。
私は強くなる……。そう決めた。
でも私はそのためにはどうしたらいいかわからない。
だから秋の事をもっとよく知りたいと、近くにいたいとそう思った。
秋は強い。
私の知っている人たちの中で、一番に。
そんな秋についていく事が、今の私の進むべき『道』だと。
そう私自身が感じていた。
だから私は証明しなければならない。
『一歩目』を、踏み出すためにも。
「その指輪は、私の父が死んだ母に送った指輪で
母が亡くなったあと、父からもらった『大事な指輪』なんだ……」
その指輪は、私と前の世界をつなぐ『最後の繋がり』……。
元の世界を忘れようと何度も捨てようと思いながらも、捨てきれなかった。
この世界で、『たった一つ』の大切なもの。
それを秋に渡すことで、『覚悟』を証明したかった。
「……わかった。この『指輪』は預かっておく。
ついてくるかこないかは、好きにすればいい。
離れるとき、言ってくれればこれは返すから」
そういって、私の指輪をしまう姿を見て少し不安な気持ちが沸くも
自分で決めた事だと……その不安を振り払った。
「さて、じゃあそろそろご飯の準備をしようかな……」
この場所の、唯一あるドアにむかって歩いていく秋を見送る。
少し時間がたち、大分楽になった所で私も一旦戻ろうと立ち上がったとき
コトリとなにかが落ちた。
「ん……?」
キーホルダーのようなものがそこに落ちていた。
拾おうとしたときにそれが、見たことのある物であることに気づく。
「これは……なんで私のポケットに?」
鷹の形をした、アクセサリーがそこに落ちていた。
一見、鉄で出来ているようにみえるけど。
でも持ってみると意外に柔らかくて軽いことを私は知っている。
誰かの手作りで作られたという事までも。
これは澪さんが大切にしていたものだ。
私にとって『指輪』がそうならば、これは澪さんにとっての『最後の繋がり』。
本当に、何故私のポケットにあるのだろうという疑問。
自分で洗濯をしたときには気がつかなかった。
その鷹のキーホルダーをみていると、ふとある言葉を思い出す。
『私は、"青い菊の花"と"灰色の鷹"が好き……。
またね、日暮ちゃん』
私と澪さんの交わした、一番最後の言葉。
当時は動転と混乱で切羽詰まっていたので、考えてもいなかったのだけど
なぜ澪さんはあんなときに、そんな事を言ったのだろう。
不思議に思いながらも、私はアクセサリーを拾う。
「私は強くなる……。
だから、待っててください……」
誰に告げるわけでもない。
だけど口にせずにはいられなかった言葉と共に
アクセサリーを再びポケットにしまいこんで
その場を、あとにした。
【新着topic(new!)】
パラメーター
S……ほんとにやばすぎる
A……やばい
B……すごい
C……なかなかできる
D……頑張ってる
E……普通
F……うーん
G……赤子
坂棟日暮 強さ:C+
44代目、赤色の勇者。帝国に追われる身となり、逃げ込んだ終焉の大陸で秋と出会う。強くなり、捕われた青の勇者を救うために秋についていこうと思っている。泣き虫で好きな秋の料理は蜜を練り込んだチョロフ。
【セーブ&ロード】(能力者:坂棟日暮)
・対象をセーブ、そしてロードすることができる
・ロードをするためには、一度セーブをしなければならない
・セーブとロードを行うのは、『メモリーカード』。
・ただし一枚につき、一つだけ。
・?