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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 逃亡勇者
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第34話 部屋の中の日々 〜迷い込んだ世界〜

※日暮視点

「壁がある……」


 目の前にある『透明の壁』を軽く手で叩く。

 コンコン、と軽快ながらも確かな硬質さを感じる音が耳に届いた。

 壁の先ではこの場所に吹く、爽やかな風にあたってゆらゆらと草花が揺れていた。なのに手を伸ばしてみればその手は届くことなく"透明な壁"によって遮られる。


 私は透明の壁の先に、手をのばすのを諦めて立ち上がった。


 『リビング』の大きな窓から、出られる『泉』。

 泉といっても、たどり着くまでには少し距離があり。

 その間のスペースには、低い草が広がっている。


 草の上は裸足で歩いても痛くなく、邪魔にもならない。

 むしろ足の裏に感じる感触が心地いい。

 

 心地よいのは、それだけにとどまらない。

 壁があるものの、見た目はまさしく雄大な自然だ。

 ゆったりと流れる泉は美しく、眺めているとその清涼さに心が洗われたような気分になる。


「ここもまた、『落ち着く場所』だ……」


 妙に生活感を漂わす、洗濯が今もほされている

 物干し竿から目を背けつつ私は呟いた。



 だが同時に、常識はずれの場所でもある。

 勇者として色々な能力を見てきた。

 でも能力で作られているとわかっていながらも

 どんな能力なのかを想像できないのは初めてのことだ。


 『リビング』にある様々な便利な物。

 ソファー、キッチン、フライパン。

 何もない状態で、『終焉の大陸』に召喚されたはずなのにある道具。【能力】が関係しているとしか思えない。


 それに加えて、この『空間』だ。


 【能力】は一人につき、一つ。

 でもこの場所にあるすべてを、一つの能力で作りだせるなんて。

 一体どんな能力なら可能なのだろうか。

  


 秋の能力は、一体何なのだろう。

 その疑問が私の中で深まり続けていた。









 ようやく体が回復して動けるようになってから、二日。

 ずっと寝続けていたせいで、筋力が少し落ちているのだろう。

 体は動かすとどこか違和感を感じる。


 本当は、一昨日から動けるはずだったんだけれど……。

 ベッドのある秋の部屋から外に出してくれなかった秋たちを脳裏にうかべて

 うらみごとめいた言葉を頭の中でもらす。


 けどその原因も、実際の所私が最初のころに

 遠慮して時々嘘をついてしまっていたのが原因だ。

 その遠慮のせいで、様態が悪化したら元も子もないというのに……。


 そんな私を看病してくれた秋たちに

 実際のところ恨みなんて沸くはずもなく。

 感謝の気持ちと、迷惑をかけてしまったという

 申し訳なさが私の心を満たしていた。

 


「(本当に、長い間占領してしまった……)」


 長らく居着いていたその部屋へと続くドアに

 自然と目を向けてしまったのは心に残る名残惜しさのせいだった。

 私は、知っていた。

 この扉が、一度出ると取っ手が透明になってつかめなくなることを。


 だからもう入れることはない……。


 その事実を確かめるように

 無意識に取っ手へと手を延ばす。


「あれ……?」


 けれど私の予想に反して、ドアの取っ手は

 確かな質量を持って握りしめた私の手の内側にあった。

 軽くひねると、拒むような硬質さが抜けて今すぐにでも開くのが可能な状態になる。


 一瞬、秋の部屋の隣に作られた(作った……?)

 私に割り振られた部屋へと顔を向ける。

 でもドアの配置的に見て、この部屋が『秋の部屋』なのは間違いなかった。


「なぜだろう……?」


 首をひねって考えるが、答えはでない。

 そもそもこの場所がどういった場所なのかも定かじゃないのに、答えをだすことなどそもそも無理な話だった。


 とはいえ、入れないよりは入れるほうがいい。

 とても、暖かくて安心する部屋。

 その部屋に自分が受け入れられた事に、安堵や喜びに似た感情が心の中に浮かんだ。



 その後、『泉』へ一旦出たあとその空間に疑問を持ちながらも

 再び『リビング』へと戻り、ソファにぽつりと一人で座っていた。

 

 ようやく秋たちに治ったと太鼓判を押され、自由になった。

 なので秋の部屋の外へと、久しぶりに踏み出したわけだけど。


「やることがない……」


 誰もいない『リビング』に、空しく声が響く。 

 

 私の目的は、この恐るべき『終焉の大陸』を出ること。

 けれどその方法は今の所無い。

 さらに言えば、その方法を探すためにどうすればいいかすらわからない。


 探すにしても、『終焉の大陸』は私が満足に歩ける場所ですらない……。

 

 つまり私は今完全に手持ちぶさたになっていた。

 日々の生活も、秋たちに頼り切り……。

 なんとも、情けない話だった。


「(まずは……。そう……。

  そこから変えてみよう)」


 ここで、じっとしてても現状が変えられるとは思えない。

 ならば今は自分がやれることをやろう。

 関係ないことでも、やっていれば何か思いつくものがあるのかもしれない。


 まず、何か手伝えることはないか。

 それを秋たちに聞いてみる事にした。

 居候の身なのに、食べては寝るばかりの生活は心苦しい。


 とりあえずの行動方針を決め、行動に移る。


 春さんと、冬さん。それに秋が、一番よく使っている『ドア』をあけて

 『リビング』から綺麗に整頓された『玄関』に移る。


 靴を履き、さらに目の前に存在する『ドア』の前で立ち止まる。

 ここから先は、私の行ったことない場所だ。

 緊張気味に、深呼吸を一回した。


 金色に装飾の施されたドアの取っ手に手を伸ばす。

 透明になってつかめない……。

 なんてこともなく、ヒンヤリとした金属の感触が手から感じられた。


 ──よしっ……っ!


 意を決して、『ドア』を開ける。







「こ……こは……?」


 開けた先に広がる光景。

 あまりの想像との違いに、思考も、体も、動きを止める。

 数秒後、声をなんとか絞り出し思考を取り戻す。


 ドアがすべて開ききったとき、最初に感じたのは──"赤"。


 私の髪の色のように、明るい感じの赤じゃない。どこか落ち着いた雰囲気のある暗い赤色。

 それが視界いっぱいに広がり、所々に配置された装飾と、頭上から降り注ぐ光があわさり

 広い部屋全体から上品さが漂う。


「ホテルの、『ラウンジ』……?」


 修学旅行で泊まった高そうなホテルの、ラウンジを思い出す。

 小さめの机の周りを囲うように、置かれている座り心地のよさそうな椅子。

 そのまとまりが何セットとこの『部屋』の中におかれている。


 この部屋が『ラウンジ』かどうかはわからないが

 少なくともこの部屋が『ラウンジ』として在ろうという意志は、部屋全体から窺えた。


 辺りを見渡しながら、『ラウンジ』へ一歩を踏み出す。

 足の裏に感じるカーペットの柔らかさに若干の驚きを感じながらも、さらなる異様なものに意識を持っていかれる。


「(すごい『ドア』の量だ……)」


 壁一面を埋め尽くす、大量のドア。

 一定の間隔で、一階から二階、三階……。それよりも、さらに上へ、上へと。

 とぐろを巻きながら天へと登ろうとする、昇り龍のように見えた。


 気がつけば、私は真上に顔を向いていた。

 どこまでその『ドア』が続いているのか。それを目で追っていたのだ。

 空ほどに高く、遠い天井でキラキラと光るシャンデリア。 

 

 ぞくり、と体に走る寒気。

 これは前にも感じたことのある、『感情』だった。

 その『感情』が何なのか。それを考えようとしたところで、声に遮られる。


「そんな所で、何をしているんでしょうか?」


 いつの間にか、すぐ側にメイド姿の春さんが立っていた。

 彼女の姿を見て私はここにきた本来の意味を思い出し

 思考を中断して質問に答える。


「何か、手伝えることはないかと思って……

 探していた……の、です」

 

「秋様と同じように接していただいて構いません」


 言葉が詰まった矢先にそういわれ、内心で羞恥を感じながらもうなずく。


「わかった……。

 何か、私にもできることは何かないだろうか」


「あぁ……。

 つまり、暇なんですね」


「う……」


 ぴったりと私の状況を言い当てられ、思わず顔を背ける。


「そうですね。

 今から丁度成すべき作業があります。

 そちらを少し、手伝ってもらってもよろしいでしょうか?」


 その言葉に、内心ほっとする。

 春さんからは、もしかしたらまともな返事はもらえないかもしれないと思っていたから。


「わかった」



 こうして、私は春さんの作業を手伝うことになった。













 おかしい。




 いくらなんでも、これはおかしい。




「どうしましたか。愚かしそうな顔をして」


 呆けて立ち止まってしまった私のために

 少し先で春さんが進むのをやめ振り返って声をかけてくる。


「いや、ここは……」


「『牧場』です」


「……」


「『牧場』です」


「(二回、言われた……)」


 春さんについていき、ラウンジの一階部分にあるドアの一つをくぐりぬけると、そこは『平原』だった。

 太陽の下にいる、たくさんの『動物』たち。


 なんでドアの先に平原が広がっているのだとか

 なんでこの世界にはいないはずの『動物』がいるのだとか。


 驚愕すべきことが多すぎて、頭がうまくまわらない。


「("これ"も『牧場』にいる生き物なのか……?)」


 ドアをくぐり抜けた先の、『牧場』も十分驚嘆だったけど……。

 そのさらに先で待っていたのは、ひっくり返った姿勢のままぴくりとも動かない、二体の大きな『蜘蛛』だった。


 『蜘蛛』は有益な生き物だ。

 食用として食べることもできるし、毒液や、糸なんかもとれる。『蜘蛛型の魔物』は実りが豊富だと、冒険者の間では認識されている。危険度を無視した場合の話だけれど。

 

「(でも、これはどうなんだろうか……)」


 蜘蛛の足を片手に一本ずつ持って、人並に大きいニ体の蜘蛛を引きずり持って歩いてくる、メイド姿の春さんを私は何ともいいがたい心境と共に見つめていた。


「それではこれを持って、巻いてください」


 渡されたのは一本の棒。

 一見何の変哲もない棒に見えたが、よくみると棒の先には今にもちぎれてしまいそうな、か細い一本の糸がついていた。

 仰向けで動かない蜘蛛に向かってのびている糸が……。


「蜘蛛の糸……」


「そうです。

 棒を巻いて、なるべく多く集めてください」


 隣をみると、既に春さんが私に渡したような一本の棒を持って巻きはじめていた。

 一周、二周とまわすごとに棒に糸が巻き付いていくのをみて、納得する。

 手伝うと言ったのは私なので、春さんにならい棒を巻く事にした。





「……」




「……」




「モォ〜〜」

 


 ……気まずい。 

 無言が続く中で、ひたすら棒を巻く。

 耳に届く音は、風が草を揺する音と、動物の鳴き声だけ。


 正しい姿勢で黙々と作業をしている、隣の春さんをちらりとみる。


 『この場所』に来てから二週間。春さんと交わした会話は、実はあまり多くはない。

 寝込んでいる間に看病をしてくれたのは、基本的には秋だった。


 時々代わりに春さんがきてくれるときもあるにはあった。


 だけどそのときは、どこか不機嫌そうな雰囲気をひしひし感じて

 話しかける事ができなかった。

 別に様子は今と全く変わらなかったんだけれど……。


 私のことが嫌いなのかとも思ったが

 今こうして一緒にいる感じからすると、嫌いというわけではなさそうだ。

 その事に、少しほっとする。


「こ、この蜘蛛はここに生息しているのか?」


 このまま無言の空間が続くのもつらいと思い

 意を決して私は春さんに声をかけてみることにした。


「そうです」


「それにしては、周りにはいないけれど……」


 手元でくるくると棒を巻きながら、辺りを見渡してみるが

 蜘蛛みたいなおかしな生き物がいる様子はない。

 

「『蜘蛛』は『夜』になると牧場に現れるので今は探しても見つからないでしょう。

 『牧場』は昼と夜とでは現れる生き物が変わります。この蜘蛛は昨日の夜に狩っておいたやつです」


「それは『牧場』なのだろうか……」


 話の内容に、いろいろと疑問を感じながらも

 私は春さんと会話を交わしていく。

 

 思えば春さんもまた、冬さんに並んで不思議な存在だ。

 灰色の髪の毛。それに秋にそっくりの見た目もそう。

 まさか二人同時に『44代目灰色の勇者』として召喚されたわけではない……はず。


 一色で二人召喚されるのは、どこか別のところに召喚されるなんてかわいく見えるほどありえない事だから。そんな事がそう簡単に起こるとは思えない。


 ──いっそのこと、【鑑定】をしたら。


 悪魔の声のような考えが、よぎる。


 その声を、私は首を振ってかきけした。

 今日まで世話をしてくれた秋たちに対して、それはあまりにも信頼を欠いた行いだったから。

 恩を仇で返すようなことは、したくない。 


「そろそろいいでしょう」


 どれだけの時間がたっただろうか。

 棒についた糸が祭りの露天で売っている綿飴のようになってきたところで

 私たちは作業を終えた。


「この蜘蛛の糸は、この後どうするんだ?」


「加工して、服します。

 あなたもいつまでも一着しかない服のままで過ごすわけにはいかないでしょう」

 

「……確かに」


 本当に何から何まで世話になっていると、痛感する。

 今着ている服は、私がここに来た当時の服。

 寝込んでいる間は違う服を着ていたけど、回復した私は久しぶりにこの服に袖を通していた。


「それでは……。

 ここからの作業は、一人でも大丈夫ですので。

 もし時間が余ってるようであれば、秋様に伺ってみてはいかがでしょうか。

 

 ──それと、忠告ですが『ラウンジ』の二階より上の『ドア』は開けない事をおすすめします。

 まぁ、開けられないとは思いますが……一応ですね」


 忠告らしき言葉の後にぼそりと言った言葉が聞き取れず

 聞き返そうとするが、ペコリと頭を下げて足早にどこかへ行ってしまう。

 

 『ラウンジ』で一人取り残された私は

 再び元の……春さん風に言えば時間が余っている状態になった。


 まだ時間も、体力も残っている。

 春さんの言葉に従い、私は秋に会って何かすることはないか

 聞こうと思っている。


 だけど……


「秋がどこにいるかわからない……」


 周りにある大量の『ドア』を見て、愕然とする。

 二階より上は、開けない方がいいと言われたものの

 それでも『ドア』の数は、多い。


 この中から秋を探すのか……。

 

「やるだけ、やってみよう」


 『ラウンジ』の『一階』にあるドア。

 その中の一つを開けて覗いてみる事にした。

 目に付いたドアの前に立ち、開けてみる。









 ──ザザァ……



「……」


 目の前の光景に、言葉を失う。

 『ドア』を開けるたびに同じ反応をしているなと

 思う余裕すらなかった。


 吹き抜ける風に乗った、潮の香り。

 聞こえてくる波の音。

 それが確かに、この光景が現実なのだと語りかけてくる。

 

 『海』だった。


 空と海という二つの青が混じりあった『世界』。

 その視界を支配する青の、下半分の青……海には

 木でできた長く太い、一本の道が地平線にまで伸びていた。


 まるで、海を二つに分かつように。


 見た目は『橋』のような道。

 でも『橋』とは、どこかとどこかをかけ渡すためのものであって……。

 この道がどこかに続いているとは、私は到底思えなかった。


「『牧場』の次は、『海』か……」


 『ドア』から一歩踏み出してみると、木の軋む音が微かに耳に届く。

 その橋の少し下では、ちゃぷちゃぷと海が橋にあたる水音が聞こえる。

 確かにそこには海があり、波打っている証拠だ。


 辺りを見渡す。


 網や釣り竿なんかが乱雑に置いてはあるものの、秋がいる気配はない。

 この道の先にも秋がいる気があんましなかった私は、引き返してドアをしめた。



「(秋の能力は一体……)」



 『牧場』の時には、春さんがいて放棄してしまった疑問。

 それが一人になった途端に、再び頭を浸食していく。


 そこから私は、その疑問の答えを知りたいがため

 何かに駆られるかのように、『ラウンジの一階部分』の『ドア』を一つずつ順番に開けていった。



 ──土の匂いが強く、得体の知れない植物がたくさんはえた場所。


 ──たくさんの本が置かれている『図書室』らしき場所。


 ──風が身が凍えるほど冷たく、吹き荒れる雪で先の見えない場所。



 めちゃくちゃだ。

 まるで統一感がなく、今いる『ここ』が『外』なのか。

 それとも『中』なのかすら曖昧になりそうだった。

 


 ──屈強のゴブリンが何人か生活をしている草原。

 

 ──『終焉の大陸』で生息しているであろう魔物の、素材や武器が置かれた『倉庫』らしき空間。



 頭によぎる考え。

 いや、ありえない。

 だけどその思考を否定しながらも、『ドア』を開けるたびにその答えが正しいのではという考えが強くなっていく。


 秋の能力。

 それはもしかして。


「『世界を作る能力』……?」


 

 『GOAAAAAAAAAAAAA!!!』




 突如鳴り響く、咆哮。

 思考に没頭しながら、半ば作業のように『ドア』を開けた瞬間。

 鳴り響いたそれに、私は反射的に『ドア』をしめた。


 じっと閉じたドアを見つめる。

 数秒たって何も反応がないのを確認し、緊張を吐き出すように一息ついた。


 一瞬だけ開いたドアの先にいたのは、巨大な熊の姿をした魔物だった。

 今の咆哮はその魔物のもの。

 きっと私が逆立ちしても勝てないような、強力な魔物なのだろう。


 だけど本当に恐るべきはその魔物の周りにも

 異常なまでに力を感じる魔物がうようよといた事だ。

 『終焉の大陸』につながる扉だったのだろうか?


 それにしては、"敵意"を感じなかったけど……。


 『ドア』の取っ手につけていた手を離す。

 べっとりと汗で濡れている自分の手がいつの間にか

 震えているのに気づいた。


 「『似ている』……」


 震え続ける手を見つめながら、"ある日"の事を思い出していた。


 "その日"の事は、簡単に思い出すことができる。


 忘れることなんて、ありえない。

 視覚とか聴覚じゃない。

 もっと私自身の、魂ともいうべき、根幹の部分でそれを感じた。



 

 『ここは似ている』、と──。

 



 





 『終焉の大陸に』。








 震える手から、周囲にずらりと並ぶドアへと視線を移して、思う。

 『異様さ』だ。

 あえて、似ていると。そう感じた部分をあげるとすれば。


 強い魔物がいたこの『ドア』の事だけを言っているのではない。

 ここにある『ドア』から通じているであろう、ありとあらゆる場所に感じる。



 召喚されてから、必死になって培った常識。

 常識というのは、とても大切なものだ。

 人はいつだって常識によりそって生きている。


 だけど『この場所』は違う。

 開けるたびに広がる、常識から外れた光景。


 何かを想像するとき、まず最初に想像するのは常識だ。

 それは、生きるための機能だと私は思う。

 想像し、その想像にあわせて"備える"ため。


 だけどこの場所は、それが通用しない。

 生きる場所が違うと、そう言わんばかりに私の培った常識を切り捨てる。


 この手はきっとその事に対して震えているのだ。

 来てはいけない場所に、来てしまったような

 実力では釣り合わない場所に、迷い込んでしまったような感覚に。

 

「(そうだ……思い出した……)」


 『ラウンジ』を最初にみたときに感じた『感情』。

 それが何かをたった今、思い出した。


 『恐怖』だ。

 それも、初めて『終焉の大陸』に来た時に感じた、それによく似た。

 


 気がつけば少しずつ後ずさりしようとしている体。

 逃げたいと、そう悲鳴をあげている。

 あの優しくて暖かい、秋の部屋に戻りたいと。

 

 私はその体の意志に反するために心を奮い立たせる。

 それは大きく口を開けた、私を食べようとした獣の魔物の姿が一瞬目の前に見えたからだ。


「今度は、逃げない」

 

 意を決して、次の『ドア』を開ける。

 その先は、やっぱり想像とは違う景色が広がっていた。

 『砂漠』だ。

 

「(でも何か、今までと様子が違う)」


 直感めいた思考だった。明確に理由があったわけではない。

 でも今まで見て来た、雪が吹き荒れる部屋とか、草原の広がってる部屋とかとは何か違いがある予感じみたものを感じた。


 その思考が正しいことは、数秒後に明確に答えとなって現れる。

 ──尋常じゃない爆発音によって。


 細かい砂粒とともに流れてくる爆風。

 口に入った砂に不快感を感じながらも、腕で顔を守る。


「……戦闘音?」


 爆音の後に微かに聞こえる音。

 それは、既に聞き慣れたといっていい戦闘音で間違いなかった。


 音のする方に目を配る。

 そこでは今まさに秋が戦っていた。


 ごくり、と固唾を飲みこむ。


 私はその光景を食い入るように見つめた。

 『終焉の大陸』を生き抜いた、秋の戦闘を実際に見るのは初めてだ。。

 

「──強い」


 ぶるりと体に寒気が走る。

 ふと自分の腕に目を見やると、鳥肌がたっていた。だけど同時に、胸からこみ上げる熱さも感じているのはなぜだろう。


 当たり前の話だけれど。本当に、当たり前の。

 『終焉の大陸』を生き抜いてきたその男は、『常識から外れた』ように強かった。

 これまで見てきた誰よりも、何よりも……。


 その体、その技、その心でひたすら『強さ』を体現したような戦闘。

 本当なら、同じ44代目の勇者として嫉妬等の感情が沸いてもいいはずなのに、それすらも感じる事を許さない。

 それほどまでに圧倒的な戦闘に私はこのとき、ただただ魅入っていた。


 魔物が吹き飛ぶ。

 秋の周りにはとてつもなくデカい砂嵐がいくつも巻き起こっている。

 そんな中で、黙々と続けられる戦闘。


「(まるで魔物に加え、この場所の『環境』とも同時に戦っているようだ……)」








 後でわかった事。

 この場所は、『トレーニングルーム』と呼ばれる『部屋』だ。

 戦うために……生きるための『力』を培うためにここは存在していた。


 私はここで、再び自分自身の『弱さ』を突きつけられる事になる。


 だけどもう、逃げることはもう許されない。

 泣くことも、そして倒れることも。


 私はせまられることになる。


 許された、たった一つの選択肢。

 もはや必然とも言うべき、選択をとる決断を。




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