表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第1章 逃亡勇者
32/134

第29話 逃亡勇者と人外勇者が出会った日

※?視点

 どれだけ、後悔を繰り返せば気が済むのだろうか。



 大きな口をゆっくりと自分に近づけてくる魔物を、見つめる。

 けれど、私の心はどこかこの光景を他人事のように考えていた。まるで、テレビの映像をみているかのように。




 後悔ばかりだった。


 他国の貴族へと斬りかかったこと。

 帝国から追われる身になったこと。


 そして、この大陸へと来てしまったこと。


 何もかもが甘かった。

 自分自身に文句を言いつけたくなる気持ちはたくさんわいてくる。


 けれど、それと同時に「やっと終われる」と無意識に感じていた。

 尊敬すべき人に出会い、そしてこの世界の美しいものをたくさん教えてもらった。

 かつて自分自身のいた世界への望郷……。


 それすらも、忘れるさせてくれるほどに。


 だが美しいものを見ていく過程でこの世界の、『陰』の部分もたくさんみてきた。


 奴隷、戦争、魔物に襲われる人々。

 納得できないことばかりだった。それは、私がまだ若いからだと年上だった人は、皆そう述べた。


 だから……

 なんとか折り合いをつけて生きていこう、そう思っていた。



 そんなときだったのだ。

 『それ』が、大切なものを奪ったいったのは。


 憎悪なんか沸かない。湧くはずも無い。

 なぜなら『それ』は、世界そのものだから。

 いっそ、皆がそうしてきたように諦めてしまえばどれだけ楽だっただろう。

 

 それでも、私は諦めなかった。

 諦めきれなかったのだ。

 

 その、成れの果てがこれだった。


 


 死を目の前にして、ようやくその諦めに身も心も包めた

 そして、そのことに安堵を感じてしまったのだ。

 


 自分自身がなぜ、必死にここまで逃げてきたのか。それも忘れて。




 そのことをまた同じように後悔するのは、この少しあとのことだった。 

 





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







 「はぁ、っ、はっ……」



 走る。


 体が空気を求めて呼吸を荒らげる。

 暗い、茂みの中を闇雲に走っていた。

 既に三日、走り続けている体は限界に近い。


 けれど、足を止めることはできない。

 少しでも早く、遠くへ逃げなければ。

 背中から感じる殺意の気配に、体を奮い立たせる。


 甘く見ていなかったといえば嘘になる。


 ベリエット帝国からの逃走。

 他国へ逃走しようとする勇者への対応は事前に聞いていた。

 同じ勇者や国の隠密たちに追われることになる、と。


 ベリエット帝国という国は勇者という存在にたいして過剰と言えるまでの配慮をしていると思う。

 

 本人のやりたいことをなるべく尊重してくれるし、ほしいものや望みも言えば基本は叶えてもらえる。もちろん、その事に大して成し遂げるべき義務もたくさんあるけれど。


 だからこそ……。


 何度も念入りに忠告されてきた。

 先輩の勇者や国を深い場所で支える重鎮の人達から。ベリエットは勇者にとって一番過ごしやすい場所、それを安易に捨てるような真似はするな、と。


 後悔する事になる……と。

 

 本気でその言葉を聞いていたと言えば、嘘になる。

 実際、ここまで苛烈に追ってくるとは思わなかった。

 なりふりかまわない追跡。逃走者を追うためなら、善良な市民の一人や二人などためらいもなく巻き込むだろうほどの意志。

 

 過去に一度、勇者がベリエット帝国から逃走した前例があり勇者逃走時の対処が強化されたとは聞いていたのに。


 小さな木の根をよけれずに軽くつまずく。

 普段ならなんてことない事。

 だが、まるでおもりを急に乗っけられたかのように体の負担が増す。もう既に限界に近かった。


 背後から感じるプレッシャーが少しずつ近くなっていく。

 このままでは捕まることは絶対に避けられない……。むしろここまで逃げられてることが奇跡に近いのかもしれない。


 ぎしりと歯を食いしばる。

 すべてを諦めてしまいたかった。捕まって、起こる出来事に身を任せばどれだけ楽なのだろう。本当の所、最初はそうするつもりだった。

 けれど、そうできない理由ができてしまった。

 自分自身だけならまだいい。けれど、私は他の人を巻き込んでしまったのだ。私のために、今どこかで苦しんでいる人が確かにいる。



 私は生き延びなければいけなかった。

 

 走りながら、懐に手を入れる。

 中から取り出したのは、紫色の丸い水晶。

 できれば、この手段は取りたくなかった。

 最後の手段にと、念のためのつもりだったのに。


 『転移の神器』。


 神器というだけで魔導具とは一線を引く。その貴重な神器の中でも、転移の神器は国が求めてしまうくらいに貴重だ。

 本来なら、私なんかが持つことはありえない。

 けれどこの世界で唯一、貴重な転移の神器の中でも稀に出回るというくらいにまでランクのさがるものがあった。






 それは『終焉の大陸』へと繋がる『転移の神器』。






 "孤高大陸"、"災厄の大陸"、"禁断の地"。

 呼び方は数あるけれど、そのどれもが聞いただけで近づくことをためらわせる。


 好き好んで行く者など、まずいない。それほど恐ろしい災厄の吹き荒れる大陸らしい。


 だからこそ、終焉の大陸へと繋がる転移の神器は他の転移の神器と比べて価値が低く、ときおり目にすることができる。

 それでも、一般の魔導具に比べれれば天と地の差はあるけれど。

 

 この神器は、そうした理由で出回ったのを見かけたときにこっそりと能力で複製しておいたものだった。

 まさか、使うことになるとはそのときの自分も思っていなかったはず。


 神器である水晶を強く握って、転移と小さく言葉に出した。


 目映い光に包まれる。


 そういえば、初めてこの世界へと召喚された時もこんな風に光に包まれていた……。

 あれから、もう十年……。

 ちくりと心に棘が刺さったような感覚を覚えるが、なるべく理由を考えないように光に身を任す。 


 背後から感じる気配が驚きに変わったのを感じる。


 


 こうして、私はベリエット帝国からの逃走を果たしたのだった。





 ◇





 少しずつ光が和らいでいくのを、瞼の裏から感じて目をあける。

 感じる空気が全く違う。帝国から逃げられた事を心から実感して安堵する。


 ここまでなら、さすがの帝国も追ってはこれない……。 


 周囲をぐるりと見渡す。

 鬱蒼とした森だった。

 見渡す限りの緑と茶色。


 ──魔素が尋常じゃなく濃い……。


 今まで感じたことのないほど尋常じゃなく濃い魔素を肌から感じて、少し戸惑う。それに、空気もピリピリとしてどこか重い。

 だがそれ以外は特に目立った様子はない。


 ここがあの、『終焉の大陸』なのだろうか……?


 私は終焉の大陸について知ってる事は少ない。それこそ先輩勇者に昔、話を少し聞いたくらいだ。

 本来なら、もっと色々と事前に調べておくのだけれど。今回ここに来たのはイレギュラーだったので調べている時間はなかった。こんな事ならもっと話をきいとけばよかったと内心後悔する。


 警戒しながらも少し歩き出してみる。


 これから、どうしよう。

 あまり手荷物は持っていない。揃えている暇もなかったし、持ちながら逃げる余裕もなかったのだ。

 そうなるとやっぱり頭に浮かぶのは水と食料の問題。ただ、この世界にきてそれなりに野営やサバイバルの経験をしていたためどうにかなるだろう、と余り深く考えずにいた。




 ──……ゥン

 ──……ズゥン


 どこか遠くから、爆発音のようなものが聞こえ立ち止まる。 

 何の音だろうか。

 最初は好奇心によって探っていた音。


 その音が少しずつ近づいてきていることに気づき、頭を切り替える。

 剣を抜き、あたりを警戒する。

 何だ? 一体何が?

 自分の中で、少しずつ大きくなっていく焦燥。同じようにして、聞こえてくる音も地面から伝わってくる振動も大きくなる。

 

 ──ズゥゥゥン!


 かなり近くで起こった凄まじい音だった。

 音の数秒後。木々の間から尋常じゃない風に、顔を腕で覆う。腕にはかなりの量の木の破片や土の塊があたる感触がした。


 衝撃が起きる瞬間、一瞬だけとらえた光景。それは空から隕石のように落ちてくる『黒い何か』だった。頭上を覆う葉がなければもう少しちゃんと見れたのに。

 

 とにかく、ここから早く離れなければ。

 問題なのは、近くにその『黒い物体』が『落ちた事』ではない。『再び上空へと上がっていったこと』。まるで、バウンドするボールのように。それがどうしようもなく、今この瞬間の『問題』だった


 『黒いなにか』が落ちてきたであろう場所を遠めに見やる。

 木が弾け飛び、地面が半球の形に抉れている。衝撃の凄さを物語っていた。

 そこに、薄暗い赤色が巻き散っているのは魔物の血だろうか。わざわざ確認する必要もないけれど、巻き込まれたのだとしたらひとたまりもなさそうだ。


 ある程度推測を出した私はこの場から動こうとする。

 しかしどこにいったらいいのかが分からずに再び立ち止まった。


 逃げた先にたまたまアレが落ちてきたら……。 

 しかしここでじっとしているのも危ない。どうする……。

 ふと上空を見上げる。情報がほしくて、無意識にやったその行動だった。


 目の前に、黒い粒があった。黒子のような黒い粒。

 しかし、その粒の輪郭は急激に大きくなっていく。

 この場所、私の立っている所に向かって落ちてきているのは一目瞭然だった。


 咄嗟に、脇へと飛ぶ。

 思いっきり飛んだ結果、受け身を取ることなくずさり地面へと転がった。

 しかし一切気にすることなく、素早く顔を上げ黒い物体を確認する。


 ──クイッ。


 まるで私をあざ笑うかのように、落ちてきている黒い物体はその進路をずらした。

 『私の方へ』。

 

 飛ぶ前と同じ光景。同じ状況。無意味にあがいていたのだと、嘆く余裕はない。それほどまで、黒い物体は近づいて来ていた。


 ──あれは魔物だ。

 そう、直感した。私の方へと、進路をずらしたのを見た瞬間に。


 さっきの落下地点で見た魔物の血は、『狩り』によってまき散らされた血だったのだ。

 この黒い魔物によって行われた『狩り』。

 恐ろしいことだけれど、そうして自らの食料を確保しているのだ。


 異世界へ来てから、魔物と対峙する機会は多かった。

 勇者だからというのもあるし、私自身がそれを望んだというのもある。

 確かにこの世界には元の世界とは比べ物にならないほど様々な、中には変わった生き物があふれている。


 でも……。

 ここまでおかしい魔物はみたことがなかった。

 ありえない生態。

 ありえない力。

 

 急激に近づいてくる黒い物体を見つめる。


 まずい……!


 黒い物体は突然加速してくるように急激に近づく。

 私は、不意を突かれ動けずにいた。

 さっきみた、えぐれた地面が脳裏に浮かぶ。


 鮮血の雨が降る。


 一つの命が確実に散った瞬間だった。

 走馬燈すらみる暇もなく急激に近づいてきていた魔物。

 鮮血を降らせながら死んでいったのは、その『黒い魔物』だった。



 「え?」



 と小さく言葉を漏らしてしまう。

 体は未だ襲いかかってくる衝撃に備え身構えたままだった。

 

 ブンブン、とまるでバットを素振りしているかのように空気を切り裂く音。

 少し上空に灰色の霧のようなものが現れていた。


 霧? 

 霧にしては何かがおかしい。

 なんか、すごい蠢いている。


 だが、私は確かに目撃していた。


 その灰色の蠢く霧のようなものが、この場所に落ちようとしていた魔物を補食していたのを。肉が裂かれ、骨が砕ける音ともに。

 ありえない力の魔物は、ありえない力の魔物によって、補食された。

 そしてその魔物は、鮮血だけをあたりにまき散らし、灰色をうねらせながら上空を去っていく。


 ◆


 千羽兎 LV???


 種族 兎


 ◆

 


 霧が去っていく瞬間、【鑑定】を使う。

 頬を一筋の汗がつたっていくのを感じた。


 この森のジャングルのような高い気温のせいなのか。

 たった今、死ぬかもしれない出来事にあったからなのか。

 それとも私が【鑑定】によって観測できる『LV999』を越えた魔物が、当たり前のように生息している『この場所』に対してなのか。



 それを考える余裕はなかった。





 

 なぜなら、私は再び『脅威』を眼の前に控えていたから。





 


 突然何の脈絡もなく現れた"それ"を見た衝撃に、巡っていた思考がすべて掻き消える。

 さっきの謎の衝撃音と違い、今度ははっきりと自分自身にとって『脅威』になると確信していた。


 『魔素溜まり』だ。

 虹色に輝く宙に浮かぶ玉。

 この世界に来てから何度もみた魔物を発生させる現象。


 ごくりと唾を飲み込む。


 魔物が発生する前に魔素溜まりに攻撃を仕掛けたい気持ちを必死で押さえる。その行動は、生まれてくる災厄はただ大きくなるだけにすぎない。

 問題なのはサイズだった。

 両手いっぱい広げたとしても抱えきれないほどの球体。魔素溜まりだけの危険度でいってもAやBなどは優に越える。


 それはつまり、『ランクS』の魔素溜まりだということ。

 『ランクS』が出れば複数の町、あるいは国中から騎士、あるいは冒険者。戦える者が出来る限り集められる。場合によってはランクSの冒険者が出張ってくる可能性もあるのだ。


 一体。

 ただ、それだけで国中に騒動を起こす。

 それが最強を冠する、『ランクS』というランクを与えられた魔物。

 


 ──それが





 これだけ……。




 そこには何十、いや何百という魔素溜まりが空中に浮いていた。

 



 体が、細かく震えているのに自覚する。

 怖い。

 心で必死にその感情を押さえこもうと、体が叫んでしまう。



 この世界で召喚されて、力をつけたつもりだった。

 魔物だって数え切れないぐらい倒した。魔素溜まりをみたことだって何度もある。

 何十、何百という強大な魔素溜まりに囲まれ、竦む足。


 私という存在が、この世界でどれだけちっぽけな存在なのかをまざまざと見せつけられたような気がした。

 勇者としてあがめられ、特異な能力に恵まれようと。


 この大陸では私はEランクのゴブリンのような存在にすぎないのだ、と。


 なけなしの勇気を振り絞り、地面をかけ走り出した。







 どれだけ走っただろうか。

 途中、何回か魔物の攻撃を喰らったが走りながら能力で治し、文字通りなりふりかまわずの逃走だった。

 そして、逃げて、逃げて、疲れ切った体で私はようやく気づいた。


 ──私は、どこに逃げればいい?


 この場所は孤立した大陸。

 陸続きの国などはないし、一番近い大陸でも相当な距離がある。

 走っても走っても、視界から魔素溜まりが消えることはない。異常という言葉が安っぽく見えるほど、魔素溜まりは次々に発生する。


 気づけば、森が深くなっていた。

 葉の隙間からもれていた日差しも空を覆うような葉に遮られ、暗闇が濃くなっている。


 私は既に走るのをやめて、木の根本に腰をおろした。酸素がうまく体を巡っていないのか、体が醜く酸素を求める。ただでさえ帝国から逃げるために走り続けていた体。とっくの昔い限界を越えていた。


 ここならばと、そんな根拠もない希望が頭によぎる。


 だが息をつく間もなく、私は光に照らされる。葉によって陽の遮られたこの深い森で照らされる光。そんな所で射される光なんて、いい出来事のはずがなく……。

 木の根本に腰をおろした瞬間、それは私をあざ笑うかのように現れた。

 煌々と虹色の光。暗いこの場所で、どこか眩く感じた。




 これが、『終焉の大陸』か……。



 

 選んだ道のりは私の想像以上に険しかった。

 その道のりを選ぶための、力がなかったのに選んでしまったのだ。

 

 目の前の魔素溜まりは、私のそんな思考を見透し、肯定するかのように弾ける。

 弾けた光の中にいるのは魔物。

 

 大きな獣の魔物だ。どれほど強いのかはわからないけれど、それでも私が手も足も出ないことだけは分かる。

 ランクSの魔物は、一人で戦う魔物では決してない。


 それでも、やけくそとばかりに不意をうち魔術や能力を使って攻撃した。実際にやけくそだった。

 魔物には何も効果を示さない。

 まるでそよ風がふいたとでもいうかのように、魔物は平然とたたずむ。


 少しずつ距離をつめてくる魔物

 私の姿がその瞳に映っているのがみえたとき


 ──あぁ、死ぬ

 

 そう本気で覚悟した。

 だらりと、木を背に倒れ込む。なぜか突然、体の力が抜けてしまった。

 体が動かない。まるで、私が死を望んでいるかのように体が動くのを拒んでいた。

 

 魔物の口が大きく開くのを黙って見つめる。

 私は、魔物に食べられて死ぬのか……。

 せめて、自分の死に際だけは強くありたい。そんな願いから眼を閉じずにいた。


 ヒュン。

 そんな風を裂く音が耳に届く。


 同時に、眼の前の魔物が音を立てて崩れ落ちた。私の免れ得ない死の運命も、また同じように。

 体にあいた致命傷と思わしき"穴"から地面に血がこぼれゆっくりと広がっていく。

 どんな力を使おうとまるで効いている様子のなかった魔物が、一瞬にしてその命を枯らして地に伏せた。


 ごくりと唾をのみこむ。

 

 正直に言えば何が起きたのかはわからない。けれど、私は死を免れたことに諸手をあげて喜ぶ余裕はなかった。


 それは、魔物の死体の上に、いつの間にか小さな魔物がいたからだ。

 見た目ではどうかんがえても死んだ魔物より強そうには見えない。

 けれど私の直感が、この魔物が獣の魔物を倒したのだと訴えかけてくる。


 私が歯が立たなかった魔物よりも、さらに強い魔物。それが、今目の前に。

 

「ピヨピヨ」

 

 大きな死骸の上にちょこんと乗った、鳥の魔物は高い音でさえずる。

 小さな美しい水色の小鳥だった。せわしなく首を動かしながら、羽を休めている。


 私は獣の魔物が近づいてくるときと同じような気持ちで鳥の魔物を見ていた。

 このまま動いて逃げてもよさそうなのか、それを計り兼ねていたからだ。

 不意に、黒い美しい宝石のような二つの眼がこちらを向く。鳥の魔物と私の視線が交差した。


 どれだけに時間がたっただろうか。

 実際には短い時間だったのかもしれない。

 それでも格上の魔物に見つめられている時間はとても長い時間に感じていた。

 死刑宣告をもつ罪人のように。


 鳥の魔物はピヨピヨと鳴きながら羽ばたく。

 そしてくるくるとその場を回ると、どこかへ飛んでいった。


 ほっと息を吐く。

 命があることへの安堵。

 一度も戦っていないのに、今までで一番大きく感じた。

 

 鳥の魔物が飛んでいった方向へと視線を向け、本当に危機が去ったのかを思わず確認する。

 すると、水色の鳥は木の枝に止まり再びこちらをみつめていた。


「ピヨピヨ」


 再び羽ばたいてくるくるとまわる。

 そしてまた木の枝へと止まりこちらを見つめてきた。


 ……もしかして、呼んでいるのだろうか。


 普段なら、そんな考えは浮かばなかった。

 何をバカな事をと、考えを一蹴するほどだ。

 魔物と意志の疎通をはかれるという選択枝など常に頭から省いて当然だ。


 けれど、このときの私ははっきりいえば疲れていた。

 この先どうなるのかという見えない不安をかき消したいためだけに、そんな安易な考えに縋ってしまったのかもしれない。





 そして、その選択が私の命運をはっきりとわけることになった。 

 





 



 小さな小鳥の後についていくように歩いていた。

 森はどんどん、その深さを増していく。

 まるで木が支配する世界に迷い込んでしまったんじゃないか。

 そんなことすら思うほど、木々の存在感を感じていた。


 暗闇が深くなるごとに不安は増していく。

 思えば、あの鳥の魔物が私を呼んでいたなんて保証、どこにもないのに。




 それでも私は鳥の魔物を追っていく。




 どれだけ歩いただろうか。

 何も考えずにただひたすら歩いていると、森のなかに違和感を感じはじめた。


 光。


 いままで散々みてきた、虹色の光じゃない。正真正銘の、太陽の光。

 それが遠くに見えているのだ。

 疲れすぎて、幻覚でもみているのだろうか。

 

 けれど歩みを進めるごとにその光は大きくなっていく。

 そして、光が森の中にぽっかりと空いた木々のない空間に溢れていると分かるころには、幻覚なんてバカな考えも消えていた。



 楽園だろうか。

 この恐ろしい終焉の大陸に、ひっそりと築かれた楽園。


 雲の切れ間から日差しが差し込む景色のように、森を照らす光。

 その光は、暗い森の中にまでしみ込むんでいた。神々しさすら感じる、日溜まり。


 一体あの場所は何だろう。今までみてきた、自然とはちょっと違う感じがした。

 それに、遠目からみると"何か"が置かれているような気がする。



 さらに歩みを続けた私は、その場所に辿り着いた。

 そして、言葉を失っていた。



 小さな水色の鳥を追って森を進み、たどり着いたのは森の空白地帯とも思える木々のない空間。


 ここが『終焉の大陸』だということを忘れてしまいそうなほど、漂うのは穏やかな空気。

 疲れも相まってか、日差しに包まれながら草の上に横になってしまいたい気持ちもわく。


 けれどそんな気持ちはすべてかき消されていた。

 あらゆる思考をかきけして私の思考を支配するのは、やっぱり驚愕だった。

 仕方のない話だ。なぜならそれは、どうあがいたって『終焉の大陸』にあるはずのないものだったから。あらゆる人間が存在しない、『終焉の大陸』にはあるはずのない……。





 ドア。





 むき出しになった『ドア』が置かれていた。

 一つや二つではなく、いくつも置かれた『ドア』。

 大きさも、色も、置いている角度も違う。


 異様な光景だった。


 実は人の手が終焉の大陸まで及んでいたとしてもこんな、こんな異様な光景にはならない。

 まるで卵の黄身だけが置いてあるかのような、電話の本体ではなく受話器だけが置いてあるかのような光景。それも絶対に人が近寄らないと言われる大陸にだ。


 

 警戒をしながら、近づいてみる。

 普通の、ドアだった。少し品のいい、前の世界ではよくみかけた木製のドア。

 取っ手はキラキラと金色に輝いている。


 意を決して、取っ手に手をのばす。

 

 ──するり。


 まるで空気のように手が通りぬける。

 取っ手の周りの部分に触ってみようとすると触れるのに、取っ手に触ろうとするとまるで蜃気楼のように実体を感じなくなる。意味が分からない。


 いくつかの『ドア』も、同じように警戒をかかさず試してみる。

 けどどれも同じだった。



 一体なんなんだ……。


 怪訝な気持ちを感じながら座り込む。

 この空間の落ち着くような雰囲気が自然とそうさせてしまったのかもしれない。疲れ果てて、最早考える余裕はなかった。

 

 そういえば、さっきもこんな風に座り込んでしまった……。

 追いつめられた状況とはいえ、一度すべてを諦めたという事に後悔と自分の弱さに対する苛立ちがわく。

 そうだ。私は生きなければならない……。私は……。


 ひざを強く抱え、自分自身に思いこませるように何度も繰り返し頭の中で言葉にした。まるで、何かに怯えるかのように。


 けれどそんな頭の中に響く自分自身の声も、徐々に遠くなっていく。

 その事に自覚する余裕もないまま、私は意識を手放した。






 

 ──……げん……?


 急速に覚醒する意識。

 耳に入ってくる微かな音と、人の気配に異世界へきてから随分と荒っぽくなった体が、条件反射のように戦う為の体勢をとる。

 

 いつの間にか眠ってしまったらしい。失態だ。


 

 少し落ち着きを取り戻した私は、現状の把握に努める。

 そして、再び混乱が脳を支配した。

 それは目の前に映るもの。それが、この場所では絶対にみることはありえないものだから。 




 なぜ、こんなところに……!


 人が……!


 

 ここは魔族も、国も、勇者も、竜すらも近づかない。それは生き残る事が叶わないから。

 それが『終焉の大陸』という大陸なのだ。


 絶対に、人と出会うなんてことが起こりえない。起こってはならない場所。

 だから私は逃亡先の一つとして選んでいた。


 そんな場所で、目の前にいたのは一人の男だった。


 灰色の髪の毛を風になびかせ、纏ってる服は前の世界では工事現場などでよく見ていたであろう作業着。

 表情はよくみると私以上に驚愕に染められている。

 声をかけてみるものの、軽く放心しているのか聞こえている様子はない。



 私は警戒を解くことなく、剣を向けたまま男と対峙し続ける。


 





 ◆






 これが、出会いだった。






 人がいるはずのない『終焉の大陸』の、奥地で。






 目の前にいる男、『44代目灰色の勇者』、『灰羽秋はいばねあき』と






 『44代目赤色の勇者』である私、『坂棟日暮さかとうひぐれ』は






 確かに、出会った。




 

 

 

 

 

 


 


赤色の勇者、坂棟日暮は


第17話 赤い望郷

第18話 11人の立ち位置


の視点にもなっています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 具体的にどんなことができるかまだ明確にわかっていませんが、回復や神器のコピーできるって、地味にセーブ&ロードも相当なチートですよね。
[気になる点] 同じ場所へ繋がる玄関を何故幾つもRPを使って作ったのか?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ