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第27話 灰羽秋という人間


※?視点




 ──『灰羽秋』という人間は、どういう人間だっただろうか。


 目の前にある"それ"を見た私は、ふとそんな事を思った。そして、そのまま無意識に記憶の中にある彼の姿を思い描く。

 そうして彼を思い出そうとしているとき、気がついてしまった。


 私は、思っているよりも彼のことを知らないのだと。


 小学校と中学校は同じ公立の学校に通っていた。そうなると同じクラスになる機会があるのは当然の事で、私も彼と同じクラスになったことがあった。 いや、むしろほとんどの学年が同じだった。私と彼が別々のクラスになったのは、小学4年のときと中学2年のときの2回だけなのだ。


 割と長い期間を共にしていたはずなのに、知っていることは意外と少ない。

 その事実に私は苦笑いを漏らす。いつも見ていて、側にいたはずなのに。この様なんて。


 けれど、そんな私でも一つ知っている事がある。

 

 それは彼、灰羽秋が決して群れない人間であるということを。



 ◆


 昔の"私"はかなりやんちゃな子だった。男の子に混じって遊び、時には喧嘩をしてかってしまうような幼少時代。

 そんな私とは反対に灰羽秋はおとなしく、比較的まじめな子だった。前の席に座る彼を、ずっと見続けてきたときの印象。 


 私と彼は名字が同じ『は』で始まるので、同じクラスになると名字の順番でよく前後の席に座っていた。そのおかげで、接する機会は他の人よりも多かったと思う。

 そして、その席順の前後の関係がなければ、きっと私は彼と仲良くなろうとも思わなかっただろう。 

 私と彼は同じ教室にいながらも、その性質は真逆。活動的で昼休みは外で遊びにいく私に対して、教室で何やら一人作業に没頭する彼。

 なので灰羽秋も、嫌いではなかったが一言二言話をするくらいの仲だった。



 そんなおとなしい印象の彼が珍しく元気にはきはきとはなすときがあった。小学校高学年の時から始まりだした『料理の実習』の時間でのこと。

 グループを組んで予算をもらい、献立を立ててその材料をグループで買いにいき料理をつくる。いつも母が作っていて手伝った事もない私にとってその授業は不安でいっぱいだったのを覚えている。周りも、きっと似たり寄ったりだろう。


 しかしそんな私たちを傍らに、彼は別の班で「なに作る!?」「やっぱり栄養も気にしたやつのほうがいいのかな」と、見たこともないような生き生きとした目でしゃべっていた。


「(料理作れるのかな?すごいなぁ……)」


 私は、その姿をぼんやりと見つつそんな事を思っていたときだった。


「お前、料理つくれんの?」


 彼と同じ班の子が声に驚きの感情を含ませながら声をあげる。


「うん。

 まだ練習中だけど、結構作れるようになってきたんだ」


 嬉しそうに答える彼。いつもあんな風にはなしていればもっと友だちもできるのに……そう、思いながら眺めていた。

 でももう、その心配もなさそう。「マジかよ」「すげー」と周りの子が声をあげ、その中心に彼がいる。笑顔で人と接する彼を見たのは、この時が初めてだったかもしれない。

 そんなに仲がいいわけでもない。けれど、この光景に私はなぜか嬉しい気持ちが湧き出ていた。不思議に思いながらも、深く考えずに眺め続ける。このときはまだ、自分が自然と彼の事を眼で追っていることに気づいていなかった。


 ──これからはもう一人で休み時間に席で座っている彼の姿を見ることも減るはず。



「じゃあさ、これお前一人でやってくんね?」



 ──そのはずだったのに。



 その言葉を発したのは彼と同じ班の男の子。クラスでもリーダー的存在で、積極的に人を集めて遊ぶ子だった。

 私もその子と何度も一緒に遊んだことがある。どっちかっていうと彼よりもずっと親しい子が突然、そんな言葉を発したのだ。

 そして、楽しそうに言葉を続ける。


「ほら、俺たち料理一度も作ったこと無いしさ。一緒に作っちゃうと失敗しちゃうかもじゃん。

 だったらお前一人でやっほうが成績も良くなると思うんだよね。それにほら、放課後に材料の買い出しとか俺ら放課後忙しくて時間ないしさ」


 もっともそうな事をいう男の子。だけどその本音はただめんどくさいことを他人に押しつけて放課後遊ぶ時間を確保したいやましい考えが見え見えだった。

 いつも一緒に遊んでいたその男の子がそんな事を言い出すことに私はあっけにとおられた。そんな事を言い出す子だとは思いもしなかったから。

 

 呆然とする私をよそに、「確かに」「それいいね〜」と彼の班で話がすすんでいく。


「(何かいってやらないと・・・・・・)」


 そう思ったときだった。


「ちょっとみーちゃんもちゃんと参加してよ!」


 横からかけられた大声によってその怒りは中断させられる。そしてその女の子の気迫に負けしぶしぶ彼の班から意識をそらし、自身の班の話し合いへと参加した。


 やがてチャイムが鳴り授業が終わる。教室をでていくクラスメイト達。

 いつもなら私もその流れに続いていただろうが、私は気になっていた彼の姿を見に行った。


「(えっ・・・・・・)」


 一人うつむく、灰羽秋。瞳には授業で料理の事をはなしていたときに見せていたきらきらとした瞳ではない。今思うとそれは、絶望や、失望に塗りつぶされた色をしていた。


 私はこのときからずっと後悔をしていた。

 もしあのとき、彼と同じ班の男の子に注意をしていればと。そうすれば彼はもしかしたら孤独とはまた違う道を歩んだのかもしれない。そんなことを今この瞬間まで思い続けていた。




 結局料理の実習は彼がすべてを行っていた。


 一人でこんだてをたて、一人で材料を買い、一人で料理を作る。本来ならグループでやるはずの行程を、彼は淡々とこなしていった。その作業は、素人の私の目からみても洗練されていて、完璧としかいいようがなかった。


 結果その実習の彼の班の成績は満点。なにもやっていないその班の男の子たちがハシャいでいる姿を見るのは苦痛でしかたなかった。そして、無表情で評価をきく彼の姿を見るのは私の胸にチクチクとした痛みを与えた。


 それからというものたびたびその光景は見られるようになった。


 一緒のグループになればなにもしなくとも最高の評価が得られるという味を覚えてしまったのだ。都合良くクラスメイトに酷使されてる姿を見て私は今まで一緒に遊んでいた友だちが急に遠くなっていったような気がした。

 そして、ある事情でクラスから浮くようになった私は同じように浮いてしまった彼へ積極的にはなすようになった。

 はみ出した者同士。気づけば私たちの席の周りには誰も近づかない二人だけの空間になっていた。




 そして、ちょうどこの時期から彼の口調が悪くなった。



 ◆



 中学も半ばまですぎた頃だった。

 

 この頃には、灰羽秋という人間が"クラスで浮いている"という表面的なものでなくもっと存在の本質から孤独なのだという事に気づきかけていた。


 一人で何でもこなせるというのは、どこまでも強く、魅力的で、孤独だ。


 しかし何でもできるといっても万能とか天才とか、彼はそういうタイプではない。ただ自らの『幸福』を自らの手で『満たせる』人間だということ。ほしいものがあれば自分自身の手で産み出し、そして堪能する。彼の幸福の中には他人というものは存在していないのかもしれない。



「(その幸福の中にはやっぱり、私もいないのだろうなぁ・・・・・・)」


 部活が終わり、器具を倉庫へしまう。空には夕暮れの陽に当てられ赤と紫にそまっている雲が浮かんでいる時間帯でのことだった。


「お前、今度金持ってこなかったらどうなるのかいってなかったけかぁ?」


 校舎の陰から聞こえてくる声に。ピタリと足をとめる。

 私たちのいる学校は公立学校にしては広く、生徒数も多い。となれば色々な性格な人がいるわけでこういう人も一定の人数がいるのは仕方のないことだった。

 私はその声に吸い寄せられるかのように近づく。誰が言い寄られているのかだけでも確認するために。


「(私と親しい人なら容赦はしない・・・・・・)」


 こっそりと校舎の陰から首をだす。すると、声をだして脅している男の背中が見えた。そして、その男達と向かい合う人の姿を見て息をのむ。


 ──どうして彼が。


 灰羽秋。決して脅されて引けをとるような人間ではない彼がこうして男達になすがまま言い寄られている姿はとても似つかない。


 どうして、と最初にそう思うのは自然のことだった。


 そして、その答えはすぐに解消する。


「この間の話、お前理解できてなかったのか?

 お前の親父、俺の親父に首きられて会社やめさせられるぞ?俺の言うことには、従ったほうがお前の『家庭』のためになるってわかるよなぁ」


 その男は所々におかしくてたまらないと笑いを漏らしながら言葉を発する。

 彼・・・・・・灰羽秋は男の言葉の、『家庭』のところで少しだけピクリと体を動かしていた。

 

 ──そう。

 そういえば、彼の中に唯一彼以外の人間が介入できる幸福があった。


 それは・・・・・・。


「(家族・・・・・・)」


 彼はとても家族というものを大切に思っている。私たちの年頃の子の中ではとても珍しい。


「くっ・・・・・・くははははは」


 沈黙する彼をみて、男は大声をあげて笑う。

 ギシリ。

 私は気がつけば強く歯を食いしばっていた。

 怒りがフツフツとわいてくる。それは、その男にたいしての怒りではなかった。その男の幼稚で、馬鹿げた言葉がまかりとおってしまう漠然とした大きなものに対しての怒りだった。


「(おせっかいかもしれない。けれど私が彼を守らないと)」


 そう、心に決め足を前へふみだそうとしたとき。

 うつむいていた彼が、顔をあげる。

 ──ゾクリ。

 それは、私の背中に走った悪寒だった。その顔を上げた、灰羽秋を見て走った悪寒。

 どこまでも澄んだ、真っ直ぐな狂気の瞳。そう、表現するしかない。

 その評定を見ていると、彼はこの出来事を解消するために何かとてつもないことをしてしまうのではないかと恐怖を抱いてしまう。


 そう、例えば・・・・・。

 頭に浮かぶ最悪の答え。

 

 ──彼にこの男を対処させてはダメ。


 私は瞬間的にそう思っていた。

 そして気がつけば、私は彼を守るためではなく彼に手をださせないために前へと足を踏み出していた。

 不意打ちで近付き、一撃をいれる。そして正常な思考を取り戻す前に私は男を殴り、そして今度は股間に蹴りを入れた。

 「テメェ!こんなことして・・・・・・」「やめっ」「話を」と漏れ出る男の言葉を無視してしゃべれなくなるまで容赦なく徹底的に蹴りあげる。そして、携帯を見せて「さっきの一部始終撮影してあるからね」と伝えると男は青い顔をしながらヨロヨロとたちあがって逃げるように去っていった。撮影なんてもちろんハッタリだけれど、これで行動は起こしにくいはずだ。少なくとも私という第三者の介入があるのだから。


「はぁ・・・・・・」


 事が済み、私は深い息を吐き出す。まだ今後の不安はあるけれど、この場を乗り切ったことに安堵していた。


「ありがとう、助かった」


 そんな私の背後から声がかかる。さきほどの私が恐怖を感じたあの雰囲気は既に面影もなく、いつもの私が知っている彼の姿だった。

 言葉を受け取り、私は照れくさい気持ちになる。思えば、お礼を言う機会はあってもいわれることはほとんどなかったような気がする。


「そうよ、感謝しなさいよ」


 私は、お礼を言われて舞い上がった心のままに言葉を発する。普段ならこんな事はいわないのに。

 そんな私の言葉を聞き、驚いた顔をする彼。予想とは違った答えだったのだろうか。

 その表情はすぐさま柔らかな笑みになる。私が好きな彼の表情の一つだ。


「でっかい貸しが一つだな。幅音」


 そして、彼はそう言った。




 12個横一列に並ぶ『宝珠』と呼ばれる水晶のような宝石。

 一つ一つが違う色の輝きを放っていて、そのどれもが息をするのも忘れるほど美しい。


 『勇者の間』と呼ばれるこの空間で、その12色に輝く宝珠を前に立つ私はそのことを全身で感じていた。


 確かにどれもが等しく美しい……。けれど……。


 私は12個もある宝珠のその中の一つを眺め続けていた。

 "灰色の宝珠"。

 黒でも、白でもない。しかし、黒と白を併せ持つ洗礼された色。それは私の中にある彼の古い記憶を呼び覚まさせる。


 先日、私と同じ時に召喚されたらしい勇者のうちの『灰色の勇者』が行方不明だという話をきかされた。右も左もわからないこの世界に突然放り出されるなんて、とても厳しい境遇を味わっているだろう。

 けれど私には、祈ることすらできない。私は知らない人のために祈るほど優しくはないから。


「ここにいらしたのですか」


 背後から女性の声がかかる。最近ではよく聞く声だった。

 振り返った先にいるのは一人の女性。彼女は『勇者管理部』というこの国の組織の一員で勇者のマネージャーのような存在らしく、勇者一人一人に勇者管理部の人間が振り当てられている。


「そろそろ、式典でございます。今代・・・・・・『44代目』の『青の勇者』様であられる幅音様に欠席されてしまっては主役が欠けてしまいます」


 異世界で"青の勇者"として召喚されて2週間。今日、正式に勇者として認定する式典が開かれる。


「分かってるわ。すぐ戻るつもりだったの」


 見つめていた灰色の宝珠から目をそらす。

 そして、心の中にわいていた"別の世界"にいるもう二度と会うことはない"彼"の記憶も深い意識の底へ沈めこませた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] なぜ、勇者は日本人だけなのだろうか? 今のところ想像するしかないが、おそらく、召喚できる対象エリアが限られているからではないか。 次に疑問に思うのが、この異世界と地球との時間的な関係だ…
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