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第25話 部屋の中の日々〜春と証明〜

途中、視点変更があります。


◆◇ 秋→春




「よしできた」


 最近、めっきり居着くようになった『裁縫室』。

 布や糸、ミシンなどが雑多に散らばった、人一人入るのが限界のこぢんまりとしたその『部屋』の中で、俺は一着の服を両手で広げながら一人呟く。


 今持っている服は、今まで時間をかけて作っていた服だった。

 作っていた、という通りちょうどこの瞬間を持って完成したわけだ。


 戦闘の時のように緊張した体から力が抜けていく。


 ……思えば、作りたい物ができあがったときの心地良い疲労感を感じるのも大分久しぶりだ。異世界へ来てからは、少し気を張りつめすぎていた所もあったため、作っている時間はとても気分転換になった。


「春は喜んでくれるだろうか」


 広げている服が着られているときの姿を想像し、そんな不安が口からこぼれる。


 作り終えた服は、女物の服だった。

 当然俺が着るわけではなく、春にプレゼントするために作ったものだ。春には日頃お世話になっているし、『裁縫室』を作った理由の一つが春に服を作ってあげるということだったというのもある。


 まあ春なら喜んでくれると思うが……。

 普段の春の態度を思い浮かべて苦笑いをする。しかしそれでも、人に手作りの物を渡すというのは緊張と不安を伴わせる。


「さてと……」


 軽く体を伸ばして、椅子から立ち上がる。

 そして春へあげる服を手に持ち、俺は『裁縫室』を後にした。










◆◇

 




 ──ガチャ




 『ドア』を開けた途端、体の脇を通り抜けていく風。

 その風に乗せられているのは、草と、太陽の匂い。


 既に嗅ぎ慣れたといってもいいそれを感じながら、私は入ってきたドアを閉めます。


 燦々と降り注ぐ太陽の光。そして、その下でのどかに草を食べる動物たち。


 今私がいるここは、【部屋創造】の能力で産み出された部屋の一つである『牧場』です。主に食料の補給を使命としていて、部屋の中の食生活を大きく支えています。

 どこからどうみても部屋とは思えないほど自然が溢れていますが、キチンと壁と天井があるので、部屋といって差し支えありません。



 私はちらりと空を見上げます。


 太陽の位置はちょうど真上。昼間時といったところでしょうか。

 『牧場』に存在する太陽は、『外』と全く同じように朝になれば登り、そして夜になれば沈んでいきます。それはこの異質な『部屋』の中にも、一応秩序といったものが存在している証です。


 ちなみに夜になると昼間活動している動物たちは草陰などへと身を潜め、昼間とはまた別の生き物が夜の牧場へと現れ始めます。



「……早くはじめましょうか」


 私が『牧場』にいるのはキチンとした理由があります。時間もあまりないため、私は『牧場』へきた目的を果たすことにしました。


 ふんわりとした草の感触を感じながら『牧場』の中を歩き始めます。

 あまりドアの遠くへいくと秋様から心配されてしまうので、できるだけドア付近を歩くように注意をしなければなりません。ドアから離れれ離れるほど、高ランクの動物たちが生息しているからです。

 

 足下をキョロキョロと見回しながら、目的の物を探します。


 ランクと言えば、最近はやっと味のある『Cランク』の肉が食卓に並ぶようになりました。中の下といった感じのお肉ですが、それでも『Dランク』のかみ切った味の無いガムのような肉に比べればかなりの進歩です。

 秋様がトレーニングルームでぼろぼろになるまで積んだ鍛錬が身を結んだようで、私はそのことを自分のことのように喜びを感じています。



 そんなことを思い浮かべ、牧場の中をあっちへこっちへウロついているとお目当ての物を発見しました。


 ずっしりと草の上に置かれた『黒ずんだ物体』。

 私は視界の端に入ったその『黒ずんだ物体』へと近づきます。


 『糞』。


 『牧場』で飼育……いや、生息している『動物の糞』です。

 出したばかりなのか、湿っているその糞こそ私のお目当てのものでした。


 私は持っていたトングをそのまま大きくしたような道具でそれを掴み、袋へと入れます。


 元々は素手で掴んでフンを回収していましたのですが……秋様がその事を知って、作っていただいたこの道具。

 実はこの道具をいただく前に糞を回収するためにと一度『手袋』を作ってもらったのです。

 しかし、秋様に作っていただいたものを家畜のフンで汚すなどありえない行い。手袋は使って洗っても多少汚れが残ってしまいます。私の手ならば、そんなことはありません。

 ですので、いただいた軍手は『厳重に保管』してまたいつものように素手で取っていると、なぜか呆れた秋様からこの道具を作っていただいたのでした。



 この道具もできるなら『厳重に保管』したい。けれど、秋様から道具をわざわざ作っていただいておいてそれを使わないと言うのもまた逆にありえない行い。私はそんな矛盾した思考に板挟みになり、苦しみながらも意を決してこの道具を使うことにしたのでした。



「大分集まりましたか」


 手に持っていた袋もずっしりと重量を感じてきました。

 今日はそろそろ引き上げることにしましょう。



 『牧場』のドアをでた私は、『ドアがたくさん置かれた部屋』へと出ます。そして、すぐさま隣に置かれたドアを開けて中へと入りました。 


 先ほどの牧場のときとは違う濃厚な土のにおい。

 牧場の草のにおいとはまた違うこの匂いも、既に嗅ぎ慣れたにおいです。


 ここは『農園』の『部屋』。


 『牧場』と同じように食料を供給するために作られた農園。

 ただ、牧場と違いこの部屋は少々人の手を必要とします。それは『部屋』の中でも珍しいこと。しかし、逆に行えばそれは『部屋の管理人』としての腕の見せ所ということです。


 私はこの部屋にはいるたびにほんの少しの気合いが入ります。


 『農園』に入って少し歩くとそこにはうねうねと蠢く葉に口のついた『食いしん草』が、ごはんをほしそうに茎をくねくねとしていました。しかし彼らの食事は今朝既に済ませているためあげることはありません。


 私の目的は、そのさらに奥。


 雑草のように一面生い茂った、群生する植物。秋様がある日お植えになられた『50RP』の謎の種が育った植物たちです。


 名前は『ピラーラ草』。

 食べるとレタスのようなパリッとした食感がするのとすさまじい繁殖力が特徴で、毎日3食欠かすことなく食べても全く尽きることなく、この通り絨毯のように生い茂っています。

 ただ、その成長力の反動といいますか。欠点がこの植物にはありました。

 それは強烈な繁殖力のあまり、周りの植物の栄養を根こそぎ持って行ってしまうというものです。


 この植物を植えた当初は『食いしん草』がその被害に会い数を激減させました。


 私と秋様にはあまり農業の知識がありません。秋様も野菜などは育てていましたがそれは農業というよりもガーデニングに近いものでした。


 そんな私たちが色々試し、そしてなんとかたどり着いた苦肉の策が『牧場』にいる動物たちの糞を集めてそれを栄養に与えることで、『食いしん草』から奪う栄養の代わりにさせるというものでした。


 持ってきた動物の糞をスコップでまんべんなく上から乗せるように蒔いていきます。

 

 すると、湿り気を帯びていた動物の糞は少しずつ乾燥し始めました。

 1時間もすれば乾燥した糞はボロボロと崩れ、土と見分けがつかなくなります。


 果たしてこれが正しい方法なのかどうか……。不安はありますがいまのところ『食いしん草』への被害もこれで収まったので良しとしていうことにしておきましょう。




 ◆




 『農園』での管理を終えた私は『農園』のドアから出て『ドア』がたくさん存在する部屋、『ラウンジ』へと出ます。


 ビルがすっぽりと収まりそうなほど、高い天井。もちろん横の広さもかなりのものですが、天井の高さはそれをしのぐほど圧倒的な高さです。

 天井から降り注ぐオレンジ色の落ち着いた雰囲気の光。星空のように『ラウンジ』を照らしているシャンデリア。

 地面には、ふかふかの紅色の上品な絨毯が敷かれており、椅子やテーブルがいくつも存在する姿はまるで高級ホテルのような雰囲気です。



「しかしそれは、ある『一点』を除けばの話ですが」



 この部屋、『ラウンジ』は秋様が『外』に出て『ドア』を設置するようになり、ある問題が起きるようになって作られた部屋です。


 その問題とは、『ドアの数が異常に増えた』こと。


 秋様が『外』に出られるたびにドアと玄関の数は増えます。それは、『外』に『ドア』を設置するのが目的である以上、必然といえる結果です。


 しかしそうやって大量に増えた『ドア』。それを『リビング』へそのまま設置するわけにもいきません。一般的なマンションよりは少し広い『リビング』ですが、何十と増えてしまったドアと玄関をすべて設置するにはさすがに力不足でした。


 そうした問題を解決するために作られたのがここ、『ラウンジ』です。


 『ラウンジ』は普通に【部屋創造一覧】で作り出せます。ですがこの『ラウンジ』は【部屋創造一覧】で作るものとは違い、何十とできた『玄関』を【カスタマイズ】で一つに『合成』して作りだした部屋です。使用『RP』は合成の分お得。


 ですのでここは『玄関』の役割を果たしています。このラウンジ内であれば、『外』から『ドア』を作って外と内を繋げることができるのです。一々『ドア』を一つ設置するたびに『玄関』を作っていたときと比べればとてつもない進歩といえるでしょう。


 ただ、そのための弊害と言いますか……。


 この部屋の中には異常な数の『ドア』が存在します。『一つの部屋でドアの設置する場所が済む』ということは、その分この『部屋』の中にドア密集することを意味しているのです。

 『ラウンジ』の『一階部分』に置かれている部屋は全部で『7つ』。『農園』や『牧場』など【部屋創造】で産み出された『靴を履く必要のある部屋』のすべてこの部屋の一階部分にまとめられています。

 このおかげで一々リビングで靴を脱ぐことなく部屋を移動できるようになりました。 

 そして、他に一階部分にあるのは階段の入り口です。その階段は壁を添うように、ゆるやかな角度で天井までぐるぐると螺旋状に続いています。

 その螺旋状に続く階段に合わせて、一定の間隔で置かれているドア。そのドアこそ『外』につながった『ドア』です。開ければ生きるのも危ういあの『外』へと続いています。


 天井が高いのはより多くの壁のスペースをドアの設置に使う為なのでしょう。


「【浄化】」


 一言、そう呟くと青白い光が部屋の中に波紋のように広がっていきます。部屋管理人が行える【部屋魔法】で私が『農園』や『牧場』から持ってきてしまった土や溜まってしまう埃などをすべて掃除致しました。


 私は姿勢を正し、ラウンジの一階部分のあるドアへと近づきます。


 ──ガチャ。


 私が近づいてから数秒もしないうちに独りでに開くドア。そのドアは外へではなく、内へと続く『玄関』のドアです。先へと進むと。私と秋様が生活をするリビングに続いています。

 なぜ今そのドアがあくのか。

 それは考える必要すらありません。


「秋様、『トレーニングルーム』でございますか?」


 開かれたドアから出てこられた我が主に声をかけます。


「あぁ、午後もよろしくたのむ」


 昼食を終え、『最初に設置した玄関』から『外』を眺めていた秋様が鍛錬を再開するために『トレーニングルーム』へと移動するのはもはやお馴染みです。しかし、私にとってこの一瞬の時間は緊張の時間でもあります。


 なぜならこの瞬間に秋様と合流をしなければ、秋様は一人で鍛錬を初めてしまうのです。

 

 確かに鍛錬に本来ならば私は必要ありません。トレーニングルームの操作もやろうと思えば一人で行えますし、戦い自体にも私が参加をするというわけではありません。


 けれど……。


 戦うということは、生きること。

 神のように愛し、仕える主君が傷だらけになって戦う。その生きるための行いに、携わることができないのは従者としてとても寂しくて悲しいことです。

 初めて秋様が『外出』をなされた日から、それはずっと感じていたことでした。


 『外』で私ができることは、何もありません。だからせめて『部屋』の中だけでも主の命の活動に、ほんの少しでもいいから自らが携わりたいと考えるのは、傲慢なのでしょうか……。

 

 

 

 誰も答えてはくれない疑問を抱きながら、私たちは『トレーニングルーム』へと移ります。


「いつものでよろしいですか?」


「あぁ、頼む」


 『頼む』。その言葉に一瞬体が硬直します。

 すぐに我に返った私は秋様に悟られぬよう『トレーニングルーム』の操作を実行しました。


 『トレーニングルーム』の空気が変わります。


 現れるのは『環境魔獣』と呼ばれる環境を変える魔物。『トレーニングルーム』が構築した『環境』をも塗りつぶして自らの環境を構築するその魔物のエネルギーには脱帽を感じます。


 現在秋様が行っているトレーニングの内容は、『環境の適応』。


 環境の適応といっても、砂漠の暑さや氷雪の寒さになれるということではありません。

 『適応』するのは『変化』そのもの。

 環境魔獣が現れ環境が変わり、さらにまた環境魔獣が現れて変わる環境。

 その移ろいゆく『環境の変化』そのものになれるのが現在、秋様が課題としていることでした。


 

 そんなことを思っているうちに、新たな環境魔獣が出現します。

 

 せめぎ合う環境。『トレーニング』の始まりです。






 我が主、秋様は『一人で物事を成す』という習性があります。

 それはつまり、人に対して『頼みごと』というのを一切することがないという事です。

 秋様が『トレーニングルーム』へと行くときに私がそこに合流しなければ一人で鍛錬を始めるのもそれが理由でした。


 それは、要するに『他人を信用する』という事が無いということです。秋様は他人に対して何かを求めることを避ける。自分の望むことはすべて自分自身で成し遂げ、そしてそれ以外の事は決して望まない。もし人に頼むことがあったとしたらそれはどちらに転んでもかまわないということ。たとえばトレーニングルームの操作。もし私がその物事をキチンとこなせなくても、秋様にとってそれは些細なことだからこそ任された事柄。


 

 きっと秋様は、もしこの部屋の中に私がいなくてもそのときはそのときでなんとか部屋の中を管理していたのでしょう……。


 そう考えた瞬間、胸がざわつきます。



 ──私は本当に、秋様に必要な存在なのでしょうか。


 

「フゥ……」


 夜、すでに夕ご飯も済ましてもうすぐ一日を終えるという時間帯。私は『水場』から明日使うであろう水汲みを終え一息尽きます。

 そして私は、ちらりとリビングに置いてある一つのドアに目を配りました。


 それは、『裁縫室』へと続くドア。


 最近の秋様は、夕ご飯を食べ終えるとせっせと『裁縫室』の中にこもります。たぶん新しい『服』を作っているということだけはわかります。

 『裁縫室』はあまり広くないため、様子をのぞきにいくということは致しません。主人の集中を妨げるのは私の望むことではないから。


 そうは思いつつも、やはり気になって視線をそのドアへと配っていると、カチャリと軽快な音をたて『ドア』が開きました。



「春、ちょうどよかった」

 

 中から出てきたのは我が部屋の主、秋様。いつもよりなんとなく上機嫌に見えるのは、手には畳まれた黒い布の塊が原因でしょうか。


「よかったら、これを着てみてくれないか。春のために作ってみたんだ」


 どうやら秋様が持っているのは、布の塊ではなく服のようです。

 それも、私のために作っていただいたもの。


「それは……ありがとうございます」


 裁縫室ができて以降、こうして服を作っていただくことが時々あります。正直、やることが主従逆なのではないのかという思いを抱きますが、秋様の方が作るのが上手く、なによりとても楽しそうにしていらっしゃるので口に出すことはしていません。


 それに秋様からお召し物をいただくのは、それはそれで至福です……。


 秋様畳まれた服を手渡されます。肌を通して伝わってくる、柔らかな肌触りの生地の感触。柄にもなく、心に期待が浮かんできてしまいます。


「広げてみてもいいですか?」


「あぁ、ぜひ見てみてほしい」

 

 畳まれた洋服を両手に持って広げます。

 私が持っている場所を支点に、スルスルと重力に逆らうことなく地面へと延びていきます。

 そして床へとつく直前でぴったりと止まりました。


 完全にその全貌を露わにした服。

 私はその服を目にいれた瞬間、思わず息を呑みました。

 

「こ、れは……」


「どうかな。春はこういうの苦手?

 結構似合うかと思って作ってみたんだけど」


 

 私は今まで数度ほど、秋様から服を作っていただくことがありました。

 そのどれもが、私にとって比べることのできない宝物です。

 

 ですが……。

 ですが、今の私にとってこの服は……。


「もしかして、この服気に入らなかった?

 さすがに『メイド服』はやりすぎたか……」


 『メイド服』。

 足下までのびる長い、黒のワンピース。そしてその上から重なっている飾り気の無い白いエプロン。


 それは、紛れもなくメイド服でした。


「いえ……。気に入らないわけがありません……。

 ただ、なぜこの服を私に?」


 メイド。それは主に仕えお世話をする存在。

 確かに一見すればはまり役のように思えます。けれど実際の私は、主に必要とされているのかどうかもわからない。


 そんな私に……。


「春に似合うと思ってね。それに、なんとなく春にこの服を着てほしくなったんだ

 春がメイドっぽいからか?」


 その秋様の言葉を聞いて、私は『決意』を抱きました。

 それは、私が今感じている『不安』の決着への決意。


「……メイドとは、誰かに『仕えて』初めてそういう存在になると思います」


「うん?」


 突然話し出す私の言葉に、よくわからなさそうに首をかしげる秋様。


「仕えるというのは、つまり『必要とされる必要』があると思います。

 地面を駆け抜けられる人に、人の体を支える杖があった所で主人の走る速度を妨げる重荷にしかなりません」


「……」


 駆ける抜けることができる秋様に、私という杖はもしかしたら重荷だけなのかもしれない。

 じっと私の話を聞く秋様と視線を合わせます。


「私は……。率直な秋様の心が知りたいです。

 私という存在は秋様にとって必要とされているでしょうか」


 こぼれ落ちる言葉。

 それは一度漏れると濁流のように口から溢れていく。今までずっと感じていた事が、言葉となって。


「私は秋様の重荷になっていることなどはありませんでしょうか。秋様なら、私がいなくても部屋の管理を完璧にこなせることでしょう。

 私に……このメイド服を着る資格があるのか。それが知りたいのです」


 すべてを言い終えたリビングの部屋に静粛が訪れる。

 私の心は、まるで裁判の判決を待つ被告人のように恐怖、不安が心の中を支配しています。

 それでも……。それでも必要とされていないといわれれば私は喜んで存在を消せる。秋様の為なら私は。


 そこまで考えたとき、ふと暖かさを感じました。

 それは、私の手から伝わってきます。


「暖かいな」


 秋様が私の平をとりながら、ぽつりといいました。

 手のひらから伝わってくる秋様の体温と私の体温が解け合い、心まで染みていくような気がします。


「春は、やっぱり生きているんだな。

 初めての時は能力で産まれたなんて言われて戸惑ったけど、この手は確かに暖かく、悩んで、前に進もうとしている」


 「別に疑ってたわけじゃないんだけどな」と繋がった手を眺めながら秋様は言葉をつけたします。

 そして、少し間を開けてから再び口を開きました。


「必要か必要じゃないかなんて。そんなの、どうでもいいことだ」


 返ってきた答えに私は少しだけ気持ちが暗くなるのを感じます。

 ──あぁ、私は主を困らせている。

 そう、感じました。

 気を使ってこんな答えを言わせて、本当に私は従者失格になってしまった。

 

「だって春は『家族』だから」 

 

 ──?

 

「か、ぞく?」



「俺はずっと春のことをそう思ってきたけれど、もしかして春は嫌だったか?」


「いえ……そんなことは」


「ほら、俺のステータスにはさ。【魂の回路】の所に春の名前があるけど、そこにはちゃんと『灰羽春』って書いてあるだろ?」


 言われて、はっとします。

 確かに言われてみれば、私の名前にはずっと『灰羽』の名字がついていました。


「春は、俺の『たった一人の家族』だ。

 遠く離れた世界には父と母がいるけど、会うことはもうたぶん叶わないから」


 少しだけ、遠い目をする秋様。

 家族。それは秋様にとって、唯一の人の繋がり。人との絆が薄い秋様にとってその繋がりはとてもかけがえのないもの。

 けれど、今はもう、手の届かない。


「まぁ俺にとってはそれだけで充分なんだ。春は家族っていうだけで。

 でも、春の気持ちもよくわかる」


 握っている手の力がほんの少しだけ強くなります。

 そして少しだけ態度を改め、真っ直ぐな瞳をこちらへ向けてきます。


「今まで、感謝の言葉が遅れていて、すまなかった。

 春は違うっていうかもしれないけれど、俺一人だったら、きっと生きることすら叶わなかったと思う。生き残れていたとしても、その孤独な生活に俺は心をすり減らしていた。おいしい野菜も春のおかげでたべられている。本当に助かっているよ、春」


 言葉を受けていくにつれ、曇天のようだった心が春の青空のように晴れ渡ります。

 ──あぁ、幸福とはこのことをいうのでしょう。

 それを心の底から感じました。


「だから、どうかその服を着てほしい。

 そしてこれからも俺の事を支えてほしい。頼むよ、春」



「……はい」


 私はこの日、秋様の本物の従者になり、そして家族になりました。










「秋様、お茶です」


「ありがとう、春」



 午前の訓練を終えた秋様に、私の手で入れたお茶を差し出します。

 動物の肉や骨ではなく、草を食べさせた『食いしん草』の葉っぱで秋様にお茶を作ってあげるのが『あの日』以降、私に増えた仕事でした。


 秋様から丁寧にお茶の入れ方を教えてもらう日々。

 あの日より以前の私だったら、きっと従者が主よりも劣り役に立たないことに焦っていたでしょう。


 ……いえ、正直に言えば今もほんの少し焦りはあります。

 もっとおいしいお茶を入れたいという焦りが、少々。

 

 ですが、不安や恐怖はありません。

 なぜなら今の私は秋様からの信頼が身を包んでいるから。


 私は午後の部屋の管理をするため、踵を返します。

 その瞬間、ふわりと浮かぶ『メイド服』。

 



 部屋の中の日々は、今日も変わりなく続いていきます。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公の性格がプロローグ時と変わった気がする。こっちの方が良い印象だけど。
[良い点] 良いエピソードです!
[気になる点] ラウンジ設置の件で、増え過ぎたドアに対し、リビングでは役不足との記述、役不足の完全な誤用です。このままでは、この程度のドアの数はリビングにとっては余裕だぜ!という意味になってしまいます…
感想一覧
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