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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
プロローグ・12人の勇者
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第23話 エピローグ・エンカウンター

12人の勇者編、エピローグです。


 ザクザクザク。


 砂漠の砂と足を擦らせる、軽快な音をあげながら一人の男が走っていた。

 男は灰色の髪の毛をすれちがう風になびかせながら、ポケットが多くつけられた地味な色の作業服を着て、陽射しの強い砂の海を進んでいく。


 砂漠を走る音はもう一つあった。

 ズルズルズルと這い寄る巨大な影。その影が男のすぐ後方から迫って来ているのだ。


 それは、サソリと蛇を足したような魔物だった。手や足はなく、数珠を真っ直ぐにのばしたような胴体を蛇行させ、大口をあけながら男を食べようとものすごい速度で砂漠を進んでいる。


 男は、追われていることには気づいている。しかしその表情に焦りや恐怖は見えない。まるで日課のジョギングをしているかのように平然と走り続け、魔物との距離を保ち続けている。


 そんな風に男と魔物が、砂漠の道なき道を進んでいるときだった。


 砂の山のむこうに、一本の『木』が見えてきた。

 長さはおそらく20mほど。枝なんかはまったく生えておらず、つるりとした幹をまっすぐ天に向かってのばすその木は、先端の部分がぐるぐると巻いたような形をしている。フィクション小説に出てくる熟練の魔法使いが持つ杖を連想させる木。そんな木が水平線まで続く砂の海にぽつりと立っていた。


 灰色の髪をした男は、その木へ向かって真っ直ぐと走る。その迷いを感じさせない、むしろ何か目的のようなものすら感じさせる走りはみるみるうちにその木との距離を縮めていく。


 やがて男が、砂漠に生えた一本の木へたどり着いた。そして、そのままその木のすぐ横を通過していく。

 数秒後、男を後方から追っている魔物も木へと辿り着いた。そして同じように通りすぎようとする。


 このとき、魔物と男には違いがあった。


 蛇の魔物の体は見上げるほど大きかった。そんな魔物が、木をよけるように通り過ぎた灰色の男とは違って、「そんなところに生えている木が悪い」とでもいうかのように進路や速度を変えることなく押し通ろうとするのは自然の話だった。より楽な方を選ぶ。この魔物またそういう楽な選択をとったにすぎない。

 

 減速することなく木へと突き進む、蛇の魔物。 

 そして魔物と木が触れ、木がなぎ倒される。その時だった。


 直前まで空に向かってまっすぐと伸びていた『木』が、ぐにゃりと折れ曲がる。蛇の魔物があたったから・・・・・・ではなくその木自体が自発的に曲がったように見えた。

 木がなにやら妙な動きをしたと同時にピタリと止まる、蛇の魔物。昆虫のような顔をしており、表情がわかりにくいが突然のことに困惑している様子が雰囲気から伝わってくる。

  

 このとき初めて灰色の男は走るのをやめて立ち止まった。そして、魔物のいる方へ体ごと振り返る。

 つい先ほどまで追っていた凶暴な魔物が突然動きを止めたのだ。驚きや、安堵がその表情に浮かんでいてもよさそうだが、まるでこうなることを事前に知っていたかのように男の顔は無表情だった。

 

 蛇の魔物は、何度か力を入れ動こうとする。しかし、さきほど自分自身がなぎ倒そうとした木が、ぐるぐると拘束具のように巻き付いてその体を固定しているため動くことが叶わない。

 

 そして、次の瞬間だった。


 突如、爆発がおこった。蛇の魔物の真下から、空に向かって突き上げるような爆発が。

 津波のように巻き上がる砂。しかし灰色の男はその爆発に驚いた様子もなく、冷静な面持ちで視線を砂のさらに上へとずらした。

 ずらした視線の先には、さきほどまで地上で体を固定されていたはずの蛇の魔物が、浮いていた。

 

 山のように巨大な、カエルの魔物の口にくわえられながら・・・・・・。


 さきほど砂漠にはえていた木。蛇の魔物を現在拘束している、あの木のようなものをたどっていくと根本がそのカエルの口の中へと続いていく。

 『舌』だ。

 山のように巨大な、カエルの魔物の『舌』。

 地中に体を潜ませ、地面に向かってのばした『舌』は獲物が引っかかるのをずっと待っていたのだ。そしてついに獲物がかかった今、砂漠の砂と同じ色の巨大なカエルがその姿を現した。ロケットのように、爆発的に砂漠の地面の中から飛び出し、体は地面から垂直に。顔は空に向け、手や足は、だらんとまっすぐ地面にむかって伸びている。


 蛇の魔物は、既に完全に補食される側になっていた。カエルの口の中で為すすべなく体を勢いのまま湾曲させている姿がそれを物語っている。


 「よし」


 その光景を少し遠くから眺めていた灰色の男が、一言そうつぶやく。その表情には、先ほどの無表情とは違いほんの少しの笑みが浮かんでいた。まるでいたずらを企む悪ガキのような、そんな笑みが。


 男はつぶやく。カエルが飛び出した勢いで産まれた風に、灰色の髪をなびかせながら。


点火ファイア


 ただの独り言のようなその言葉。

 しかし、その言葉が次の瞬間にとてつもない光景を作り出した。


 起きたのは、尋常じゃない爆発音。それに、強烈な光。


 男の言葉と共に起こった、爆発音が静かな砂漠へ響きわたる。先ほどカエルが飛び出した際に起きた爆発、それがあくまで偽物であるとはっきりとしらしめるほどの正真正銘の爆発だ。放たれる衝撃によって、巻き上がっていた砂漠の波は一瞬にして消し飛んだ。

 

 同じようにして吹き飛ぶ、カエルの肉片。爆発が起きたのは、今まさに飛び上がっていたカエルの頭部からだった。突如起こったその爆発は、カエルの頭の一部を強い光で包みこんでその部分をそっくりそのまま無くしてしまった。そのとき、カエルがくわえていた蛇とサソリを足したような魔物も悲惨なことに爆発に巻き込まれ、体の中央部分がごっそりとなくしていた。


 勢いを失速させて魔物がだらりと地面に落ちていく。

 跳びあがったときは獲物を取ったと意気揚々だったに違いないカエルの魔物。しかし空中で頭部の一部をなくして、まるで物のように地面に着地するとはそのカエル自身も予想だにしていなかっただろう……。


 カエルの死体が落ちてから数秒後、同じように体の真ん中部分を失った蛇の魔物が砂を巻き上げながら地面におちてくる。


「上々、かな」


 砂漠にできた、魔物の血でできた赤いカーペット。その凄惨な光景をおそらく作り出したのであろう、灰色の男は満足げに数度うなずいた後、赤いカーペットの上を歩いて魔物の死体へ近づていく。

 そして男がその死体に触れた瞬間、一瞬にして魔物の死体がなくなった。

 

「今日はいい感じだな」


 同じことをもう一度繰り返し、辺りに転がっていた死体をなくしおえると灰色の男が誰にむけるわけでもなくつぶやいた。いつもやっている習慣が、今日はたまたま調子がいいなぐらいの気安さが言葉に含まれていた。


「そろそろ帰るか」


 そして男は踵を返す。『部屋』の中へ帰るために……。






 ──ここは、『終焉の大陸』。勇者も、魔王も、竜王も近づかないと言われる人外魔境の地。


 そして、男はベリエット帝国に召還された行方不明の『44代目灰色の勇者』、『灰羽秋』。


 この世界に召還されてからすでに幾年の時がたち、完全に終焉の大陸に馴染んだ灰羽秋は、今日も『いつもの』狩りを終え帰路につく。 

 

 灰羽秋は、まだ知らない。自身が住んでいるところがどんなに異常な場所であるかを。

 そして、そこに完全に染まりきった自分自身がどれほど異常なのかも・・・・・・。







 ◆






 砂漠の『環境』を抜けたのか、辺りには草や木などの青々とした景色が広がりはじめる。

 足下に絡みついてくる草を力まかせに振り払い、腕に噛みついてくる口の生えた木の実を力まかせにはたき落としながら前へと進む。


 そういえば……異世界へ来てから、どれだけの時間がたっただろうか。

 危険なはずの『外』で、ふとそんなことを思う。すでにほぼ完璧に『外』に順応して、歩きながら別のことを考えるくらいには余裕ができていた。もちろん気は1ミリたりとも抜いてはいないが。


 召還されてから、『5年』までは数えていた。無人島に漂着した人が木に印をつけるあれを真似するように。『部屋』の中には、時計はあるがカレンダーはない。だからこそ、そのようにして年月を数えていたのだけれど……。

 しかし、召還されてから5年のときに『ある出来事』が起きた。数ヶ月ほど動けなくなるような出来事だったため、俺は毎日かかさずにつけていた印を空けてしまった。それからは一週分買いそびれた週刊雑誌を買わなくなるかのように、印をつけていない。

 

 あれからどれくらいの年月がたったのだろうか?


 随分と経過したような気もするし、あっという間だったような気もする。

 ただ、長いこと『外』に出られるようになって、俺にもわかった事がある。


 それは、この『外』には『人』がいないということだ。

 召還したと思わしき人影は、全く見られない。いるという痕跡もまた同じように見つからない。『外』の隅々を探索したわけではないので断言はできないが、それでもやはりいないのだろうなと、俺は自分自身の中で結論付けていた。

 

「もしかしたら『誤転移』というのは、世界レベルの話なのかもしれないな……」


 最近抱くようになった、ある考え。

 それは、そもそも召還される世界そのものをミスしたのではということ。

 称号についた、『誤転移』には『何を誤ったのか』が記されていない。つまり俺は召還されるべき世界そのものが誤っていて、人間なんてどこにもいない世界に一人召還されたのではないのか。最近はそんな事も考えるようになった。


 それが当たりならひどい話だとおもう。

 でも同時に「どうしようもないな」という気持ちもある。あの白いジジイには仕返しをしてしまったし、その賠償もいただいてしまった。なにより今はもう仕返しの手段を全く持ってないのだ。


「【暗黒召還】も封印されちゃったし、【物質転移】の座標登録もじじいの口からはずしてしまったからな……」


 だが俺は別につまらない日々を送っているというわけではない。『アイツら』と過ごす日々には、召還される前に一人で過ごしていたときとはまた違う楽しさが存在していた。


「……そうだ」


 この間、『外』で初めて『海』を見つけたんだ。こちらに来てから初めて見る海だ。

 久々の光景になんだか感慨深さを感じたのを今でも覚えている。


「船でも作って、大航海なんていうのもいいかもしれない。船の作り方なんかまるで知らないけれど」


 そんな風に、ちょっとした今後の楽しみを考えていたときだった。

 見覚えのある景色が視界に入ってきた。帰るべき環境の景色。


 背丈が異常に高い木々が無数に生え、葉っぱが空を覆い尽くして陽射しすらも遮る薄暗い『森』。

 そんな森の中に、不自然なくらいにぽっかりと空いた木の生えていない空間があった。薄暗い森の中で、唯一陽の光が射し込んでいるその空間は、まるで絵本から切り抜いて貼ったかのように穏やかな空気を成していた。


 そして、その空間にある『ドア』。一つや二つじゃない。大きい物から小さい物、色や置かれている方向もバラバラ。そんな奇妙な『ドア』の群がその空間の中に存在していた。


「いつ見ても奇妙な光景だな……」


 昔行った、美術館を思い起こさせる空間だ。どこかアーティスティックさを感じる。

 本当は、適当に『ドア』を増やしていたらこうなってしまっただけなんだが……。


 しかしそんな奇妙な空間でも故郷に帰ってきたかのように心の落ち着きを感じるのはここが既に俺の帰るべき場所となっているからだろうか。







「……なんだ?」

 

 ようやく視界の先に見えてきた、『ドアの群れ』へと歩いているときだった。


 感じたのは、小さな違和感。

 この場所は、いつも使ってる場所だ。それこそ景色が見えれば落ち着きを感じるくらいには。だからこそ、その小さな違和感が大きく、強烈に感じられた。


「『ドア』の前に……」


 何かが転がっている……。


 無数にあるドアの一つ。俺が一番メインに使っている『ドア』の前に丸い、何かが転がっているのだ。

 まだ距離があって、それが何かは定かではない。

 だが『それ』がいつも通りではない、異質な何かである事は想像に容易かった。

 

 警戒のため、気配を消して普通に歩いていた速度をゆっくりと慎重な足取りに変える。

 ときおり様子を伺いながら、少しずつ『ドア』との距離をつめていく。

手に持つのは、作業服のポケットに入っている投石用の石だ。何かあれば、とりあえずはこれを投げることにした。

 









 ──この時俺は、何があっても冷静でいるつもりでいた。


 『外』で『数年』にも渡って生き抜いてきたのだ。死の淵にたったことも、何度もあった。その経験は、しっかりと俺の中で生きている。だからこそ何があっても冷静に対処できるはず、そう思っていた……。


 しかし、『ドア』の前にある『それ』が視認できるまで近づいたとき、その自信は物の見事に砕け散る事になる。



 ありえない……。ありえないはずだ……。



 そう、それはとてつもなく『ありえないもの』だったからだ。今の俺にとって……。


 『ドア』の前に転がっている物体との距離を詰めていく。

 


 既に『それ』が何かは把握していた。既に5歩ほど歩けば触れる距離まで近づいているのだ。

 だが、それでも頭が納得しない。『それ』が『それ』であると受け入れることができない。

 なぜならそれは……


「人……間……?」


 気配を消していることも忘れ、思わずそう口にだしてしまう。

 そのせいか、扉の前に転がった物体は俺の存在に気づいてとっさに立ち上がり、そして身構えた。膝をかかえ、丸まるようにして『ドア』にもたれかかっていた『人』が……。


 俺は目の前にいる『人』を疑うように観察する。


その『人』の表情には、驚きと恐怖、それに闘争心が浮かんでいた。そしてそれは、表情を窺うまでもなく俺に向けているプルプルと細かく震えた剣先をみれば察する事ができる。残念ながら危機感はあまり感じない。


 しかし間違いない、『人』だ。幻や、化けた魔物ではない。本物の……。

この豊かな感情表現は、まさしく『人』のそれであるはずだ。


 つい先ほどまでこの世界には人がいないのではと、そう思っていたのに……。


 驚きのあまり、扉の前にいる人間をまじまじと眺めてしまう。そのせいで、その人間のかけてくる声がいまいち耳に入ってこない。

 

 そうだ、鑑定。

 思い出したかのように、鑑定のスキルを発動する。本物だと思うが、鑑定での裏付けがあったほうが自分自身を納得させることができるはずだ。


 浮かび上がる、鑑定の情報。

 

 

「え……?」


 鑑定で出た情報、その『人』のステータスに俺は見覚えのある『称号』と『種族』を見つけ、再び頭の中が驚愕にそまる。


 既に剣先を向けられていることも頭に無い。



 そして無意識のうちに呟く。そのステータスに乗っている『言葉』を……。

 


「『勇者』?」



 目の前にいる『人』。それは俺と同じ『勇者』だった。





12人の勇者編は、秋以外の勇者の誰かが月日のたった秋の所へやって来るよというお話でした。失敗や反省すべき所も多くありましたが今後いかしていけるように努めたいと思います。読んでくださってありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[一言] 秋よ、日暮れに会う前は故郷に帰ってきたかのように心の落ち着きを感じる帰るべき場所があると自覚できたのに、大陸を出て行った程度でそれを忘れてしまうとは情けない。
[一言] 暗黒召喚は封印されていたのか
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