第16話 黄金の椅子
そこには、4人の男女がいた。
「彼らが44代目勇者?」
後ろに束ねられた大きな金色の髪の毛の束を軽く揺らした女が口ずさむ。
彼らの眼下には、今まさに歓迎の間へと歩いて行く、色とりどりの髪の毛をした男女がいた。
自分たちと同じように。
「そうみたいだよ?」
金の髪の毛の女の隣にいる、パッと見では男か女かわからない子供のような姿をした桃髪が、女の疑問に答える。その声もまた、性別の判断に足るに値しない中性的な声をしていた。
「11人ですか。いつもより多いですね」
端に居る、白い髪と、その白さが移ったかのような白い肌の男が、まるで毎年の行事を見ているように、呟く。
「まぁ俺たちの代は全色だけどな」
桃髪と白髪の間にいる、黄色の髪の毛をした男が白髪の言葉に反応する。その口調からは、男の負けず嫌いさが伺えた。
彼の性格をある程度知っている、周りの者達はその言葉を何喰わぬ顔で聞き流す。
桃髪の子供以外は。
「本当に、11人なのかな?」
黄髪の男の言葉を聞いて、怪訝な顔を浮かべた桃髪は自らの頭に浮かぶ疑念を口に出した。
「あ……?」
黄髪の男がまるで「何いってんだコイツ」とも言いたげな声で桃髪の言葉に反応する。
そのとき、背後に突然強烈な気配が現れ、白髪の男以外の全員が振り向いた。
しかし、振り向いた先には誰もいない。
「ほう……これが44代目か」
いつの間に、そこにいたのか。
横並びで並ぶ、4人の横。一番端にいた白髪男のさらに隣に、銀色の髪をした男が一人増えていた。
先ほどの強い気配はこの男の仕業だろう。
しかし、黄髪の男以外の者はやれやれと軽くあきれつつも、何も無かったかのように再び眼下に視線を戻す。
黄髪の男だけは「クソッ!また柳のおっさんに誑かされた!」と騒いでいた。
「ふっ……なかなか44代目は粒揃いだな。期待できそうだ」
よほど銀髪の男が人を褒めることが珍しいのだろう。白髪男以外の3人の顔に驚愕の表情が浮かぶ。
「おおっ!柳さんが褒めた!」
「珍しいわね」
桃髪と金髪の女が声をあげる。
「ッチ……。それでも俺らの代ほどじゃねぇよ」
不機嫌さを隠そうともせずに呟く黄髪の男。声には若干の悔しさが混じっていた。
「康祐君がそんなにぼくのことを誇りに思ってくれてるなんて……」
黄髪の男の言葉に、おどけるようにして反応を示す桃髪。
顔にはしっかりと朱色を浮かべており、照れの表情を作っていた。
「は!?いつ俺がお前のこと誇ってるなんて言ったんだよ!つーか顔赤く染めんじゃねぇ!男だろテメェ!」
こうした掛け合いが44代目の勇者達が歓迎の間へと吸い込まれるように消えてもなお続く。
ついには皇女に呼ばれるまで終わることが無かった。
◇
「こちらが勇者様方の為に用意された『歓迎の間』でございます」
人一人が、まるまる一枚を支えなければならないほど巨大な扉が2枚合わさった先へと進むと、その扉の大きさで抱く期待を裏切らないほどの広々とした空間が広がる。
その空間の中には、扉から真っ直ぐと貫くように伸びる、赤い踏み心地の良い高級なカーペットがあり、天井では電球ではない発光する宝石で作られたシャンデリア。そして、そんな地面と天井の間では、バスケットボールほどある蛍のような光がふよふよと浮いており、淡い光で部屋の中を明るく照らしていた。壁には子供の絵のような魚が自由自在に泳ぎ回っており、伸びるカーペットを進んで行けば細長いテーブルにあたる。
「すごい」という声がどこからか漏れる。
──ほう、さすがと言った所か。
俺もまた、同じような感想を抱く。
ただし、今まさに異世界の情景に浸っている俺以外の奴らと違い、ある程度この予想はできていた。
用意周到な相手側のことだ。
歓迎と称して、ここぞとばかりに異世界のすごさ、魅力を見せつけてくると思っていた。そして、その予想通りに『歓迎の間』の空間は見事なものだった。
やはり、油断はできないな……。
召喚されたときの光景を思い出す。
白い空間で、生意気な白い童女に送り出された俺は強い光に包まれた。
その光が止んだとき、数段設けられた段の下で、まるで信仰をするように熱いまなざしを浮かばせながらお辞儀をする高級な衣服に身を纏わせた大勢の人たちが目に入って来た。そして、その集団の先頭では我こそが代表者だと言わんばかりに存在感を放つ、美男美女の二人。
やりにくい相手だと感じたのは、まさにこの瞬間からだった
わざわざ、別の世界にまで助けを求めるような輩が、どれほどの醜態を晒しながら生きているのか楽しみにしていたのだが、その期待は早々に儚く散ったのだ。
俺たちを、一切不快にさせない言動と、行動。
なるべく仕立てに出る態度に、用意された歓迎の席。
できすぎている。
まるでこうして異世界から人間を連れてくるのが初めてではないかのような、段取りの良さ。
おそらく、そうなのであろう。
俺たち以外にも、この世界には異世界人がいるのだ。果たしてそれが俺たちと同じ世界、国なのかは分からないが、間違いないはずだ。
蓄積されているのだ。その何度も行ったであろう勇者の召喚とやらで、経験が。俺たちを取り込むノウハウが。
だからこそ、俺たちに始めに接触したのは、見てくれのいいあの美男美女だった。
人間は初めて話しかけられたとき、その者の見た目が良いと警戒心をさげる。さらに男には女、女には男と異性になるよう返事がなされているのもまた警戒心を解かせるための策の一つであろう。
そんな相手側の意志など全く想像もしないのであろう。女に話しかけられ、だらしない笑みを浮かべていたあの頭が悪そうな黄色頭を見た時は、思わず笑いが溢れてしまった。
「「それでは、料理のほうをご用意させていただきますので、席に座ってお待ちになっていてください」」
カーペットの上を歩き、大きな長方形の机に辿り着く。
すると、ここまで案内をかっていた美男美女の二人が丁寧な礼をし一言残して部屋を退出していった。
残ったのは、異世界からきた俺たち11人のみ。
俺だったら、今この場を監視し俺たちの人間性を観察しようとするだろう。異世界から来た勇者様が一体どんなヤツなのか。情報は、いくら持っていても損はないからな。
しかし監視されているからといって、できることは何もないのが現状なので大人しく席に座ることにした。
大きい長方形の机には、長い方の面に6つずつの椅子が、それぞれ添えられている。
その椅子は、基本の形や色は同じだが細かな装飾がそれぞれの椅子ごとに違う色をしていた。
椅子の、装飾の色は全部で12色。
赤、青、黄、橙、緑、紫
銀、金、白、黒、灰、桃
丁度最初の部屋にあった宝石の色と同じ配色だった。
俺は先ほど確認した髪の色と同じ色の椅子に近づく。
──あの男……。
ふと、ある男の顔を思い浮かべる。
それは、厄介である相手の中でも、最も油断できないであろう男の顔。
その男は、段の下で礼をする人々の中にまぎれるようにして観察するようにこちらを見ていた。
隠れていたつもりだったのだろうか?
馬鹿馬鹿しい。石の中にダイヤモンドを隠すようなものだ。
見た目は、普通といってもいいほど捉えどころのない男だ。
顔は真面目そうで、締まっているが適度に男らしい無骨さがあり、肌は黒く、体型は服で分かりづらい。背は中背といったところか。異様に瞳に宿っている光が強かったがそれ意外は特に目立ったところはない。今思えば、あの美男美女の面影が微妙にあるのも気のせいではないだろう。
しかし、問題は見た目ではない。
男の、その体に纏う雰囲気だ。
俺は、その雰囲気をいつも間近で見て来た。
常に多くの人間の上、頂点に立っておられた父上の背中。
そして、その背中から感じられる息が詰まり、押しつぶされそうになるほどの圧力。
──『絶対者』。
王と言い換えても差し支えの無い、圧倒的強者の雰囲気をその男が放っていたのを俺は見逃さなかった。
ふっ。
面白い。
俺がなぜ、男が『絶対者』だと気づいたのか。
父上と同じ雰囲気だったからか?
いや、違う。
俺もまた、やつらと同じ『絶対者』だからだ。
支配する側の人間だからこそ、同族として気づくことができたのだ。
俺の目指すもの。それは偉大なる父上を超え、世界を手に入れることだ。
世界を手に入れることが父上を越えることであり、父を越えることこそが世界を手に入れるということだと俺は信じている。
──『権力は美しい』
偉大なる父上が最期に放った一言。
それは、一生寄り添った母と、愛すべき息子たちが側にいたのにも関わらず放たれたものだった。
本来ならその言葉に嘆くべきなのであろう。
だが俺はその一言が、美しいクラシック音楽のように心地よく、それでいてとても強い印象を抱いた。
死に際に、側にいる愛する者たちを差し置いてしまうほど、それは美しいのだろうか……?
思わず口元が歪んでしまうのを感じる。
傍から見れば、俺は気持ち悪い人間なのだろう。さらに傲慢で、強情といったところか。
しかし、気にする必要はない。これから目指すものに比べればカスのようなものだ。
元より目指すものは世界。ならば、世界が変わったとて問題はあるまい。
手に入れてみせよう。
"世界"を。
俺が、俺こそが絶対者の中の絶対者。
世界の王者だ。
俺は、自らの髪の色と同じ色の椅子を引き、腰をかける。
その椅子は、まるで俺の行く末を祝福するかのように金色の輝きを放っていた。