第15話 召喚
※プロローグ・12人の勇者編
──眩しい。目を閉じていてもこの眩しさ。一体どれだけの光に包まれてんだ!
部屋でラノベを読んでいるとき、気がついたら白い空間にいて真っ白な女の人に突然「サイコロを振れ」なんていわれたときは何が起こってんだと思ったが……。
しかし!
その後説明を聞けば、なんと!俺は異世界で勇者召喚されたと言うじゃないか!
いや、ついに来たかと思ったね。勇者召喚。
いつも異世界への召喚を心待ちにしていたよ。特にネットで小説を読んでるときとか!
あぁ……楽しみだ、異世界。本当に俺はこの瞬間を心待ちにしていたんだから。これでもう行っても意味があるのかわからない高校になんて行く必要も無い。
俺はもう、今までの俺じゃないんだ!
目指すはチートハーレム!
そんな決意を胸に抱くと同時に、目の瞼越しにもわかる光の白さが少しずつ和らいでいく。
「「ようこそおこしくださいました。勇者樣方!」」
透き通るような男女の声が聞こえる。
そして、その声と重なるように耳の内側からは胸の鼓動がどくんどくんと鳴っていた。
くそっ、興奮が抑えきれない!
少しずつ目をあけていく。
おおっ……!
広がっている景色は、とても広い部屋だった。白く、教会のように清潔感があって高い天井からは陽の光が差し込んでいる。
そしてその空間には中世ヨーロッパ風の服を着た人たちがいた。とても高級そうな服を来た人たちが正面に何十人と集まっている。
正面と行っても、正確には数段設けられた階段の下だ。どうやら俺は地面よりも少し高い位置にいるらしい。しかし、その少しの高さでその集団を見下ろすのがなんとも心地よく感じた。
集団の前には、代表者かな。とても育ちの良さそうな金髪の美男美女がにこやかな顔でこちらに礼をしていた。もしかしたら最初に声をかけてきたのはあの二人かもしれない。
そしてこの場にいるほぼ全員が俺たちに向けて熱っぽい目線を向けて来ているのはやっぱり勇者だからだろうか?
ってあれ。
『俺たち』?
慌てて右隣を見る。
二人の女の人がいた。
その二人は明らかに俺の常識では考えられない姿をしている。
それは髪の毛の色。
隣に居る女の人たちの髪の毛の色が、今まで見た事無い髪の色をしていた。
俺のすぐ横にいる、奇麗な年上っぽい女の人は青色の髪の毛。そしてその奥にいる俺と同い歳くらいの女の子は赤色の髪の毛だ。
そんなカラフルな色の髪の毛を頭からぶら下げているのに、意外にも不自然な感じはない。
元々この髪の毛の色だったと言われても納得してしまいそうなほど、その髪の毛の色にしっくりときている。
青髪のお姉さんは興味深そうに部屋の中を見回し、赤髪の女の子はじっと正面を見据えたまま動かないでいた。
左隣を見る。
うおっ!でかい!
180センチ以上の大柄な男がじっと体を正面に向けながら立っていた。Yシャツの上からでもわかる、筋肉質な体。顔はごつごつとして、いかにも堅苦しい真面目そうな雰囲気を纏っている。
そしてこの男もまたカラフルな髪の毛の色をしていた。
オレンジ色だ。
坊主に近い、短い髪の毛がみかんのようなオレンジ色にそまっている。
年齢はどれくらいか?わかりにくいな。ふけ顔っぽいからな。でもたぶん20代後半ぐらいかな。
しかしこの人、側にいるとすごい威圧感を感じる。さっき横を向いたときも、思わず見た瞬間唾を飲み込んでしまった。俺ちょっとこの人苦手かもしれない。
大柄な男で先が見えないので、体を前に身を乗り出してさらに先を覗きこむ。
「……」
多い。
いや本当に。想像以上に多かった。
1、2、3……俺より右に居る人も含めて全部で10人だ。
あ、俺を入れて11人か。
全員俺と同じように勇者召喚されたのか?
ここに並んでいる人に共通しているのは、全員が色取り取りの髪の色をしていることだ。誰一人として同じ髪の人はいない。緑やピンク、紫の髪までいる。
あれ、なんかピンク色の髪の毛の子と黒髪のやつの間だけ、他の人とスペースの空き方が違うな。なんだろう。
まぁなんだか知らないけど、すごいコスプレ会場みたいだな、ここ。行ったことないけど。
つーか、そもそも勇者って俺一人だけじゃなかったのか……。
「はい、宝珠の前に立っておられる皆様方、全員がそれぞれの色の宝珠に選ばれし勇者様でございます」
そうですか。わざわざどうも。
って何で返事が返ってくんだよ!もしかして思ってる事口に出してたのか?
驚きで勢いよく顔を声のした方へ向けると、最初に声をかけてきた美男美女の片割れである女の子が、天使のような笑顔をこちらへ向けていた。
ずきゅん。
かわいい。
もう本当にずきゅんってきた。彼女は天使だ。
俺のハーレム要員第一号は彼女だろうな。間違いない。
……なってほしいな。
いや、なる。させる。俺はこの世界で最強の存在になるんだから。
もう俺は前の世界の俺ではない。新しいこの世界での俺は、敵をばたばたと倒して街を救って英雄になる物語の主人公になるんだからな!
とりあえずわざわざ質問に答えてくれたことは確かなので俺は天使ちゃんにお礼を言う。
「ありゅ、ありがとうございます」
くそ……噛んだ……最悪だ……。
大量の視線が集まっている感じがする。あぁ、もう嫌だ……帰りたい。
「クスリ……いえ、勇者様たちを招いたのは我々ですから。他にも何か質問があれば遠慮なくおっしゃってください」
おぉ、笑ってくれた。
曇天のような心が一瞬にして晴れ渡る。
本当に可愛らしい天使のような笑顔だ。しかも、さっきの笑顔はビジネス感があったが今の笑顔は彼女の素を感じた。もしかしたら、俺の事が好きとはいわないまでも気になっているのかも!
「フッ……」
耳に人を小馬鹿にするような笑い声が入り込む。
あ……?もしかして俺、今鼻で笑われた?
俺はその笑い声がしたほうへ顔を向ける。
あいつか……!
俺を鼻で笑ったやつは、正面にいる貴族のような人たちの中……ではなく俺よりも左端にいた。
俺と同じ召喚された勇者の一人だ。
そいつは、金色の髪の毛を逆立てているイケメンだった。長身で自分の思う通りに物事が進むと思っていそうな顔をしている。俺が苦手なヤンキータイプだ。表情には明らかに俺をバカにしていますよという意志が浮かんでおり、目は俺のことを全力で見下していた。
くそっ……むかつく!でもあいつなんか強そうだから文句言うのはやめておこう。それにここ、公共の場っぽいし。あいつと初対面だし。
でも俺が最強になったら一番にあいつをボコボコにしてやる。
絶対に、あの自信に満ちた顔を涙で歪ませてやるからな。
「私たちは、いつまでここで突っ立ってればいいの?」
右隣の青髪のお姉さんがしびれをきらしたのか口を開く。
そうだ。確かに俺たちはこれからどうすればいいんだ?
「申しわけありません、勇者様。歓迎の席を用意しております。よければそちらへと場所を移しましょう。積もる話も、そこで腰を落ち着かせてから話す事に致しましょう」
天使ちゃんの横にいる、最初に声をかけてきた男のほうが青髪さんの質問に答えた。
イケメンの男のほうが爽やかな笑みを浮かべながら答えると青髪のお姉さんは「そう、わかったわ」と言って引き下がる。
はぁ、イケメンは得でいいよな、ホント。
「では、勇者様方どうぞこちらへ。歓迎の席までご案内いたします」
天使ちゃんが笑みを浮かべながら告げると横にいる勇者達がぞろぞろと天使ちゃんに続いて動きはじめた。俺もその流れに逆らう事なく動き出そうとしたところで、ふと今まで勇者達の陰にかくれて見えなかったあるものが目に入り足を止める。
──宝石?
さっきまで横一列に並んでいた俺たちのすぐ後ろには、同じような形で横一列に並ぶ、専用の台座の上に一つずつ置かれた美しい色取り取りの宝石があった。
そういえば天使ちゃんが「宝珠に選ばれた」とかいってたな。もしかしてこれがその宝珠か?
1、2、3、4……全部で12個ある。俺たちの人数よりも一つ多いな。
というか、よく見てみると色の並びがさっきの勇者のカラフルな髪の配置と全く同じだ。俺の右には青と赤の宝石。左にはオレンジがあり、その先には緑、紫、ピンク、灰色、黒、白、金、銀と続いている。
灰色……灰色?灰色の髪のやつなんてさっきいたか?
いや、今はそれよりもだ。それよりも重要な疑問が頭におもいついた。
髪の毛の色と宝石の色が同じってことは、もしかしてあのカラフルな髪の毛をした人たちは自分で染めたのではなくて、召喚されたときにあの色になったのか?
もしそうだとしたら、俺の真後ろにある宝石は?
少しずつ顔を真後ろへと向ける。
後ろを振り向いて入って来た宝石の色。
その色は…………黄色だった。
え、嘘。
もしかして、今俺の髪の毛って黄色なのォ!?
◇
召喚された44代目勇者達が、歓迎の席へと移り、それに続いて貴族連中がいなくなった勇者の間は静かだった。
私はその静けさに身を任せ、12個存在する神聖なる勇者召喚の神器を前に深い思考へと没頭していた。
「どうなされましたか。渋い顔をなさって。歓迎の席へは行かなくてよろしいのですか」
「ディウスか」
心の内側を悟らせない、仮面のような笑顔をいつものように浮かべて声をかけてきたのは私の腹心、ディウス・シュトラリアスだった。
私はあまり、感情が表情に出るタイプの人間ではないのだが、この男は敏感に私の内面を表情から察してくる。本来なら嫌悪すべきところだが、それも数十年という付き合いのうちに馴れてしまった。
「勇者については、カーダとリリアにすべて任せている」
「皇子様も皇女様も大変ですね」
「この国と勇者との関係は、もはや切っても切れない関係だ。やつらもいずれ関わり合わなければいけないのなら、早めにやらせたほうがよい」
「やれやれ、スパルタですね」
肩を竦めて、両手をあげながら演技のように首を左右に振るディウス。相変わらず顔に浮かんでいる表情は取って付けた仮面のようだった。
「それで、渋い顔をしていた理由を伺っても?」
わざとらしい演技をやめたディウスは再び笑みの仮面を纏い、私に問いかける。
「召喚された勇者のことを、考えていた」
「なるほど。確かに今代の勇者も面白そうな者達でしたね」
確かに面白そうではあった。
召喚された勇者達の反応。
周りを観察する者、眠たそうにあくびをする者、退屈そうに髪をいじる者、周囲へ笑顔を振りまく者。
中でも特に面白そうなのは金と橙と赤の勇者だ。まるで刺すような攻撃的な目を浮かべる金の勇者に巌のような大柄の橙の勇者。そしてまだ少女と言っても過言ではない赤の勇者。
彼らは、様々な反応をする勇者達の中でも特に際立っていた。傍から見ればただ正面を見てじっと見据えているだけに見えただろう。
しかし、私からみた光景はそうでなかった。
なぜなら、彼らの視線は一点もぶれずにこの私を刺していたからだ。
現ベリエット帝国の皇帝である、この私を。
だが私が考えていたのはさきほど召喚された勇者達のことではなかった。
「確かに、44代目も悪くはないだろう。しかし、今考えていたのはさきほどまであの場にいた勇者のことではない」
「あの場にいた勇者ではない……?失礼ながら、あの場にいた勇者達で今代は全員なのでは?すべての色の勇者が揃って召喚されることは稀です。色が欠けて召喚される方が普通。むしろ今代の11人はいつもよりも多いくらいでしょう」
そうだ。確かに12色ある宝珠、すべてから勇者が召喚されるなど滅多に無い。何色かの勇者が欠けていたからといって、特別な事を考える必要は感じないだろう。
しかし……。それでも私の中には懸念が渦巻いていた。
「光っていたのだ」
「光って……?」
「ディウスは勇者召喚の義を見たのは今回が初めてか?」
「そうですね……。前回の勇者召喚のとき、まだ私は国にすら仕えていませんでしたから」
前回の勇者召喚は何しろ51年も前の話だ。見た事ないのも、無理は無い。
「私は前回の召喚の儀のときに父に連れられてその場に居合わせた。知っていると思うが勇者を召喚するとき『宝珠』は自らの色を乗せた強い光を放つ」
「ええ、話に聞いてはいましたがこれほど強く光るとは思いませんでした。12個すべての光が合わさると圧巻の一言につきます」
「それだ」
「え……?」
「今回、勇者が召喚されたとき12個すべての宝珠が光輝いた」
「ええ……。それが勇者召喚の儀なのでは?」
まるで何を言っているのかわからないとディウスは戸惑いを声に浮かべる。この国の頭脳を担うやつにしては珍しく察しが悪かった。
「前回の勇者召喚の儀を、私はおぼろげながら覚えているのだが……。前回の召喚の際、欠色は3色だった」
51年前の代43代目勇者は9人が異世界から召喚された。召喚されなかった色は金と紫と黒の三色。
「勇者召喚のときに召喚をしなかったその3色の宝珠は……光らなかったのだ」
「ッ!!」
ディウスはいつも浮かべている笑顔の仮面を崩し、目を見開く。
しかし、それも仕方ない。なぜならこの話はそれほどとてつもなく大きな話なのだから。
「今までの記録を読んでみても、勇者が召喚されなかった色の宝珠は光を放たなかったそうだ。しかし、今回はすべての宝珠が光を放っていた。ここまで言えば、後はわかるな……?」
「今代は、欠色が無い。つまり12色すべての勇者が召喚されていると……?」
初めに考えていた疑念を、一筋の汗を顔から流すディウスが口に出す。
私は、ゆっくりと首を縦にうなずき肯定の言葉を述べた。
「そうだ。可能性は限りなく高いと思っている」
「だとしたら、召喚されなかった勇者は一体どこへ……?」
「わからぬ。このような事態は過去を振り返っても初めてのことだ。しかし、召喚されているのは間違いないだろう。ただ、この場にいないとなると全く別のどこかへ召喚された可能性もある」
ごくりと唾を飲み込む音が静かな召喚の間に響く。その音の元が私かディウスかは私でも分からなかった。
「すぐに捜索の手配を致しましょう。いくら勇者といえど召喚されたばかりでは赤子も同然です」
「ああ、そうしてくれ。勇者殺しなんて産まれては事だ」
ディウスは駆け足気味になって召喚の間を後にする。その足取りからは、いつも纏っている余裕の雰囲気は感じられなかった。
私は再び勇者召喚の宝珠へと向き直る。
見つめる宝珠は、さきほどの召喚に現れなかった勇者の色。
「灰色の勇者……」
私の声は誰に届くこともなく、広い召喚の間に響き渡った。