第14話 『終焉の大陸』 ③
森を即座に引き返し拠点へと戻る私たちの行く手を遮ったのは、ぐつぐつと煮えながら流れる、真っ赤なマグマの川だった。
「ありえない」という言葉を隣にいる仲間が漏らす。
そう。それは、まさに文字通りあり得ない光景だった。
そこは、私たちが行くときに通った森の道。
森を通り、再び同じ所を通って帰ってくるとマグマが流れているなど信じる事ができるだろうか。
呆然とする私たちに、地形を記録する神器を持った仲間がこの場所が拠点へと続く道であることを必死に訴えてくる。私たちも彼のいうことは疑っていなかった。只只、目の前の光景が信じられなかったのだ。
かつての森の景色は、どこにもない。
私たちが脅威と認識していた森に潜む高位の魔物達は皆、森を形成していた木と一緒にマグマの中で苦しみの声をあげながら、焼かれていた。
そして同時に、あたりには溶岩地帯でしか見かけないような魔物達が、続々とマグマの中から這い上がって来る。這い上がってくる魔物達に共通しているのは、どれもこれもが一体だけでも出会いたくないほどの魔物だということだろう。
そしてその中でも異常に大きな力を発する、一体の魔物に私たちは自然と目を向けさせられる。その強大な力が故に。
巨人族のように大きく、マグマを固めて作ったような人型の魔物。その魔物がマグマに足を浸からせながら佇んでいた。
マグマ巨人の周りには、私たちの常識では最高といってもいいレベルの魔物達が何体もいた。しかし、その巨人と並ぶそれらの魔物達は、まるで竜の足下に群がるゴブリンのようにその存在感を無くしていた。
『災獣』。
そんな言葉を耳にしたことがあるだろうか。
ベリエット帝国の者は、国民の日にもなっているので聞いた事はあるかも知れない。
それはかつて、『災害』と呼ばれて恐れられていた魔物だった。
力を持ちすぎるその魔物は、溢れ出る力により歩くたびに周囲の環境を変えて行くといわれている。
人々はその『災獣』が現れるとき、じっと過ぎ去るのを待つしかなかった。その強すぎる魔物に、抵抗するだけの力を人類は持っていなかったから。
『災獣』は『巨獣』、『超獣』と合わせて『三魔獣』の一つとされている。超越した魔物の一つだ。
しかし『巨獣』や『超獣』と違い、『災獣』は極端に現れる頻度が少ない。長い歴史でも数度ほどといえばその稀少さがわかるだろう。
見たことがあるという者は、冒険者のトップランカーでも少ないはずだ。私も『災獣』については、故郷のおばあさんがおばあさんから聞いたという話を又聞きしたにすぎない。その姿を目に納めたことは、これまで一度もなかった。
しかし私はその魔物を見て直感する。
そのマグマの魔物は、間違いなく『災獣』だと。
長年冒険者として活動して来た私の直感がそう告げていた。
敵がどれほど強いのか、どんな敵なのかを一瞬で判断しなければならない、私たち冒険者にとって直感とはとても重要な武器。これまで何度も救われているその武器が『災獣』だと警告をならしてくるのだ。
驚き、立ち止まっている私たちを尻目に広がって行くマグマの川は、その幅を広げどんどんと森を飲み込んで行く。マグマに触れていない木ですら、突然発火し一瞬で炭となっていた。
初めて目で直接みる、『災獣』の力。
これほど恐ろしく、そして強大なものなのかと戦慄せずにはいられなかった。
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私たちはそのマグマを迂回し拠点へと向かう。
しかし、なぜかマグマとぶつかり合うように存在する異様な湖に、またも道を遮られてしまった。
大きな湖だった。
いや、大きくなっている湖といったほうが良いだろうか。端の方を見ると、湖は周りを浸食するかのように少しずつその輪郭を広げ続けていた。
湖とマグマが接触しているところでは、大量の蒸気があがっていて所々で爆発のようなものも起きていた。
そして、私たちはその湖でまたしても『災獣』を確認する。
巨大な半透明の蟲の『災獣』。
細く長い四本の足で、湖の上に立っている。
マグマと湖に挟まれて立ち往生している私たちは、そこでマグマの災獣と湖の災獣の戦いに巻き込まれてしまった。
とにかくひどい乱戦だった。
突然降り出した、目が開けていられないほどの豪雨。そしてその中を特有の熱の光を帯びたまま飛び交う溶岩。
いつの間にか現れた、他の魔物たちの攻撃もあたり一帯に飛び交い始める。
必死に、その戦場を抜け出そうと走っていた。
目の前に立ちふさがる魔物は切り、飛んでくる攻撃は魔術で撃ち落としながら。とにかく走った。
なんとか乱戦を抜け切り、私は仲間の安否を確認するため振り返った。
仲間の数が半分に減っていた。
私以外に5人いるはずの仲間が、2人しかいなかった。
一瞬、頭が真っ白になるがリーダーとしての責務がすぐに意識を現実へと戻す。そして、私は今にも泣きそうな仲間に残りの仲間がどうなったのかを訪ねた。
返って来た言葉は、とても過酷な言葉だった。
一人は地下から突然噴き上がってきたマグマに焼かれた。
一人はどこからか飛んで来た魔物に押しつぶされた。
一人は走っているとき突然口から大量の水を吐き出し溺れ死んだそうだ。
生き残った仲間から、仲間が死んだときの状況を聞く。耳を塞ぎたい気持ちを抑えるのは、あの苛烈な乱戦を潜り抜けるときよりも過酷に感じた。
喋り終わった仲間は、耐えきれずに涙をこぼした。ここが危険な場所だというのにだ。
しかし、私はそれを止めることができなかった。
何も言葉を発することができなかった。
私たち6人は、20年も連れ添った同じ冒険者パーティーの仲間達だったから。
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今にも崩れ落ちそうな体に鞭を打ちながら、なんとか森を進み拠点へと辿り着いた私たちを迎えたのはさらに過酷な『終焉の大陸』の洗礼だった。
原型を保てていない、拠点の姿。
そしてその周囲にはたくさんの魔物の死骸と血が森を覆い尽くす勢いでぶちまけられている。
ひどい光景だった。魔物の集団が街を襲ったときだってここまでひどくはならない。
魔物の死体の種類はまるで統一性がなかった。とにかく雑多なその光景は、まるで魔物図鑑から種類ごとに一匹ずつ飛び出して来たようだった。
魔物の死体の中に混じって、人の死体が所々にあるのを私たちは確認する。何十人といた拠点組は、どうやら壊滅したようだった。
私たちは生き残りはいないと判断し、即座に大陸からの撤退に移る。
そして仲間の一人が、外洋にいる待機組へ能力で声を届けている、そのときだった。
森の奥から、何かが近づいてくるのを感じて私は剣を構える。
少しずつ近づいてくる何か。それがふらふらとした足付きで近づいてくる拠点組の生き残りだと気づいたとき、私は即座に警戒をといて彼の元へかけよった。
彼は私たちの姿を見た瞬間、崩れるように地面へと倒れた。近づくと、涙を漏らしながら何度も「ごめんなさい」という言葉をあげる。
その青年はボロボロだった。体には魔物の血がこびりついており、上質な魔物の素材を利用して作った鎧はものの見事に砕けている。とても激しい戦闘があったことを感じさせた。
泣きながら謝る彼を落ち着かせ、話を聞き出す。
最初の異変は、地響きだった。
細かい震動。そしてその直後爆発するように地面に穴が開き、中から大量の魔物が流れ出てきたのだと彼は話す。
拠点組はその大量の魔物と交戦。しかしあまりに数が多く、一体一体がとても強いため拠点組は早々に壊滅した。
彼はそのとき、仲間が死んで行くのを横目に能力を使って小さく堅い水晶の中に閉じこもって一人身を隠していたそうだ。
話を聞いた私は、『ダンジョン』の発生に近いものだと感じた。地下に『魔素溜まり』ができたときに発生する『ダンジョン』は空中で発生するよりも多くの魔物を内部で発生させる。
しかし、外に溢れ出るのは普通、何年もかけて『ダンジョン』の中が魔物で一杯になったときだけだ。『ダンジョン』ができた瞬間に魔物が溢れ出てくるのなど、聞いたことがない。
私たちはとにかく場所を沿岸へと移し、『終焉の大陸』の恐怖と戦いながら船が来るのを待つ。
そして、船はやってきた。
船に乗り込んだ私たちは、緊張が解けて体が一気に崩れ落ちる。
船長と船員達は、崩れ落ちる私たちを見ながら、何十人とで大陸へと乗り込んだはずがわずか4人しか帰ってこなかったという事実に戦慄の顔を浮かべていた。
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これを読んでいる者たちには、感じ取ってもらえただろうか。
『終焉の大陸』の恐ろしさを。
しかし実は、まだ私は『終焉の大陸』の真に恐ろしいと感じていることを述べていない。
『終焉の大陸』の『急激に変化する世界最悪の環境』や『産まれてくる世界最高ランクの魔物』よりもさらに恐ろしいもの。
それは、あの厳しさの中でなおも『生き残る者』だ。
『終焉の大陸』にいる災獣や、それに並ぶ高位の魔物達。私が終焉の大陸で感じたのは、彼らですら『終焉の大陸』の異常性についていけていないということだ。
次々と出現する異常な『魔素溜まり』、めまぐるしく移り変わる生態系に魔物達ですら翻弄されている。『魔素溜まり』から生まれて、そのまま環境に適応できずに死んで行くなんてことも珍しくないのではないか。
あの魔物達ですら過酷な環境で、『生き残る者』。
『終焉の大陸』行き、帰って来た私だからこそ断言するがそれは『ありえない』。
そう、ありえないはずなのだ。しかし帰り際にみた、あの光景が本当にありえないのだろうかという疑問を私の中で沸き起こす。
それは『終焉の大陸』から船に乗って帰航するときだった。私は遠くからこちらを伺うような気配を感じ、その方向へ視線を向けた。そして、『終焉の大陸』に生息する『ゴブリン』たちが木の上でこちらの様子をじっと窺う姿を目撃したのだ。
私は、そのゴブリンたちの姿が今でも忘れることができない。
ゴブリンはEランクの魔物として知られている。
時々辿魔族になり厄介になるなんてこともあるが、頭が悪いため基本はなったばかりの冒険者の相手として収まるほど、弱い。
そんな弱い種族のゴブリンを私は目撃したのだが、そのゴブリンたちを見て認識を根本から改めさせられる。彼らは私の常識の範疇に収まるゴブリンではなかった。
みすぼらしい姿に薄暗い緑色の肌、猫背の姿勢などはまさにEランクのゴブリンそのものだった。しかし、筋肉ははちきれんばかりに隆起しており、目は鋭く、そのゴブリンの群れからは錬磨されつくした歴戦の軍のような力強さが感じられた。
『錬磨』とは鍛錬の歴史だ。
どれだけ強い魔物であろうと『魔力溜まり』から産まれたばかりの魔物にその臭いを感じることはありえない。
だがあのゴブリンからは錬磨されつくした者から感じられる独特の『歴史』の臭いを感じたのだ。長く冒険者をしていれば、それを感じる事が時々あるのだが、魔物、しかもゴブリンからその臭いを感じたのはあれがはじめての事だった。
彼らはもしかしたら『生き残っている者達』なのではないか、そう思わずにはいられない。
とある戦士の街には、古の言葉として語り継がれている言葉がある。
それは『試練を超えし者に祝福を』という言葉だ。
その街の多くの人は、この言葉を『伝統』として語り継いでいるが私は初めて聞いたときからこの言葉にある種の真理のようなものを感じていた。
『終焉の大陸』はまさに『試練』の巣窟だ。
世界の『試練』を凝縮したような環境。
『終焉の大陸』を生き残るような者。それが魔物なのか、それとも魔族なのか、あるいは人間なのか、それともそれとは全く別の何かなのか。それはわからない。
しかし、その生き残る者が他の大陸に現れたとき、その者は必然と世界すべてを巻き込む試練となるのではないのか。
私は、そう感じてならない。
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あとがき
最後となるが、『終焉の大陸』で命を散らした亡き同士たちへ。
この本は、諸君らの命なくして産み出されることはなかっただろう。私は諸君らに深い感謝の念と共に、安らかな休息を心の底から祈っている。
いずれ私もそちらへ行く事だろう。
そのときは、この本を持って会いに行く事を約束する。
帝国歴2210年 著者:マードリック・パーソン