第13話 『終焉の大陸』 ②
静かな森の中を、より奥へと私たちは進んでいた。
進みはじめた当初は、豊かな森という印象だった。
珍しい植物がたくさん生えており、中には幻と名高い欠損部位を生やす薬に使われる『ケシカ草』まで見つけた。しかも、それが群生しているのだ。『千金大陸』という呼び名もあながち嘘ではないのかもしれない。
しかし、少しずつ。奥へと進んで行くにつれて、『終焉の大陸』の『異常』はその姿を現して行く。
初めに目にしたのは氷の像だった。
その氷の像は人を包み込むほど大きく、かなりの数が存在していた。
森の中で大量の氷の像などそれだけでも異様なのだが、その氷の中には悪名高い魔物や見た事も無い高LVの魔物がどれも苦悶の表情を浮かべて凍りついていた。
もしこの魔物達が氷付けされずにこの場にいたならば、私たちでも痛手を負う事は免れなかっただろう。
その点は幸運だった。しかし、私たちの緊張が緩む事は無い。むしろさらに増していた。
それは、高LVの魔物をこれほど大量に凍らせるという離れ業をやってのける、『何か』がこの森の中にはいるからだ。
私たちは警戒を強めながら、氷の像が乱立する森の墓場を後にした。
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ある程度調査を進めた私たちは、『終焉の大陸』のあるおかしな点に気づく。
それは森の中で見かける魔物が、どれもAランクやSランクの魔物しかいないという事だ。Bランクや、Cランクといった下位の魔物は全くいない。まるで弱肉強食の上位の魔物達を取って集めたような、異様な生態系をしているのだ。
今回6人という少数精鋭のパーティーとして行動していたため、幸いにも魔物との戦闘を回避することに専念できたのだが、そうでなかった場合を考えると冷や汗がでる。高位の魔物を数十体も相手に戦うなど、諸手をあげて死ににいくようなものだからだ。
もしかしたら前任者たちはこの点で何か失敗をしたのかもしれない。大勢で大陸に乗り込んでこの魔物達と戦うことになり、命を落とした可能性だ。
ある一定の強さを越えた魔物がなると言われる『辿魔』や『超獣』といった魔物が、まるで生息している普通の魔物のように平然と歩いている大陸。冒険者ギルドが定めている最高の危険度『Sランク危険地帯』でも収まることは無いのだ。十分現実味のある推測だろう。
そして、そのおかしな点で導かれるように私はある考えを抱いた。
それはあの沿岸部で魚を食べて暮らしていたグラミーのことだ。彼らを見た時、私は『魚が好きという変わった習性を持つグラミー』と納得していた。
だが、事実はそうではないのかもしれない。
最低でもAランクの魔物が闊歩する、この異常な大陸でグラミーは『魔物の肉が食べたくても食べられないのではないのか』という疑念だ。彼らはこの大陸の、生存競争の敗北者としてあの沿岸部で魚を取り暮らしているのではないのか。
突拍子もない推論だがあり得ないことはない。
しかし、私たちの生きる大陸では街が一つ丸々被害を受けることだって珍しくない、Bランクの魔物が、易々と生存競争に敗北し、あまつさえ生態まで変えられて大陸の端で生きているなんて信じたくはなかった。
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森の中を、気配を消して先へと進んでいるときだった。
私たちはその光景を目の当たりにしたとき、自然と全員が足を止めていた。
ごくりと仲間が唾を飲み込む音が聞こえたのを覚えている。それは今思えば私が発していた音だったのかもしれない。
私たちの目に入って来たのは、驚きの光景だった。いや、脅威の光景と言っても良い。
うっすらと虹色に輝く美しい光の玉。
それが何十、いや何百という数が空中に浮いていた。その光景の意味がわからなければ、こんなにも幻想的な景色はないだろう。
だがそのときの私たちには、その幻想さを感じる余裕など欠片もない。心の中を支配していたのは、恐怖や焦りといった感情だけ。
それは辺り一面を埋め尽くすほどの、大量の『魔素溜まり』だった。
既に常識ではあるが、『魔素溜まり』とは魔物が産まれる魔力の塊が現れる現象だ。
その球のような光の内部では、変異した魔力が強く渦巻き、可視化された魔力がうっすらと虹色の光を発している。産まれてくる魔物は『魔素溜まり』が大きい程脅威であり、ゴブリンなどのEクラスの魔物からAやSランクの『辿魔』や『三魔獣』など、子供でも勝てる魔物から人類の脅威となる魔物まで多岐に渡る。
私は長年冒険者として活動しているため、『魔素溜まり』を見る機会は多かった。中でもSランクの魔物が出現し、魔物を率いて街に襲いかかって来たときの防衛戦の記憶は、厳しい戦いとして鮮烈に頭に残っている。
特有の虹色の光をうっすらと発しながら、いたるところに発生している『魔素溜まり』。
本来なら、その数だけでも十分脅威足り得る。
しかし、目に映る全ての『魔素溜まり』はどれもこれもがAランクやSランクの『超獣』や『辿魔』の発生の恐れまで在る、『高ランク魔素溜まり』だった。
私たちはSランクの冒険者パーティーだが、この光景には恐怖を感じずにはいられなかった。
そして本当に信じがたいことに、Sランク以上の『魔素溜まり』までも存在していた。見上げるほど大きな『魔素溜まり』を見た経験は、短くない人生でもこのときが初めてだった。できれば一度も経験したくはなかったが。
この『魔素溜まり』から一体何が産まれてくるのか。それを考えるだけで私は足が竦みそうになった。
もし、この光景が他の大陸で起こったのであれば一瞬にして非常事態だ。いくつもの国が魔物によって消え、世界は大混乱に陥るだろう。大国であっても痛手は免れない。
そんな光景が平然と広がっている。それが『終焉の大陸』だった。
私たちは即座に撤退を開始した。なりふり構わず、全力での撤退だ。
それは魔物に気づかれたところで、もはや何の意味も持たないほど辺りには魔物が溢れ返るからだった。