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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第3章 続々と……テールウォッチにて

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第126話 白い街の絵

更新が長く滞っていて申し訳ないです。


またお知らせがあります。書籍化の機会をいただけて書籍化することになりました。

GCノベルズ様より、6月30日に発売されるそうです。

詳しくはXアカウントの方(@chi_6umi)を見ていたけたらと思います。





 バタバタと、地元の子供たちがテールウォッチの木の街を駆けていく。


「急げ! 急げ!」


 木の街の道は一番活気のあるメインストリートを除いて、まともに舗装されていない。人の往来によって踏み固められた土の道は少しデコボコしており、子供たちはそこを走っていた。

 白の街や石の街に比べて明確に一段劣る木の街だが活気だけは負けていない。昼時にあたる時間帯の今、多くの人が道を行き交っている。そんな大人たちの間を縫うようにして走り抜ける。


「うわっ!」


 子供たちの中で一番後ろを走っていた子が、躓いて転んだ。それに気づいた子が、足を止めて振り返って声をかける。


「あっ! ばっか! 何してんだよ、フッツ!」

「ご、ごめん。待、待ってよ!」

「とろとろするなよ! 俺達が魔族から街を救ってやるんだろっ。あの偽物勇者が裏切ってるのを伝えるんだ!」

「分かってるよ! 今起きあがるから……」

「お前が言い出したんだからな! 早くしないとギルドが混んじまうぞ!」


 躓いていた子が転んだ痛みに耐えながら起き上がる。

 その間に他の子たちも後ろの異変に気づいて戻ってきていた。躓いた子の周りに集まり、声をかける。


「大丈夫か? フッツ」

「うん。へっちゃらさ、こんなの。僕たちはやることがあるんだ。さぁ、行こう」


 そうして再び全員で走り出そうとした時だった。


「あの」


 唐突に女の人が声をかけてきた。

 自分たちに話かけてきたことに一瞬驚いたあと、知らない人物に子供たちは警戒心を高める。一人の子が、突き放すような言い方で尋ねる。


「……何ですか?」

「今──魔族という単語が聞こえましたが、どうかなさいましたか?」

「えっ!? いや……」


 まさか会話が聞かれていたとは思わず、全員が口ごもる。

 どうしたらいいかわからなくて、全員の視線が彷徨っていた。

 そんな時、優しく導くように。もしくは誘導するかのように女は子供たちに告げた。


「私は『勇者』です──『ニア・ヘイヴの勇者』。あなた方の期待にきっと応えられます。いかがでしょう。話してみて……くださいませんか?」


 その言葉に子供たちがざわつく。


「ゆ、勇者!?」

「マジかよ……本物……?」

「勇者……」


 肩書の効果は絶大だった。警戒は一瞬で薄れ、驚愕の感情が子供たちに浮かんでいる。

 そして明確にそれが功を奏して、子供たちの中の一人が意を決して話始めた。


「魔族と通じる、裏切り者が。危ないやつがいるんだ」

「おいフッツ……」

「そうなのですか? よければぜひ、もっと詳しく聞かせてください」


 女は優しく微笑んで、澄んだ声をかけた。そして子供たちとさらに距離を詰めて、体が触れそうになる。その女の様子に、制止するために声をかけた子供も顔を赤らめて、その発言を途中でやめてしまった。


「あのー……少し、よいですか勇者様。私は邪魔になると思うので、そのー……。一旦白街にある自宅に戻っていても、問題はないですかな?」


 勇者の背後から、伺うように男が声をかけた。

 少し離れたところで、さっきからずっと不安そうにしていたハウヴェスト領主が、こちらも意を決して会話に入ってきたのだった。

 勇者の女は顔だけ振り返って、同じように優しく微笑みながら対応した。


「はい、わかりました。ここまでありがとうございました、領主様。ここからは私にお任せください」

「あの……どうか街への被害は最小限に……」

「えぇ、もちろんです。さぁ子供たち。私にもっと、お話を聞かせてください」


 そうして輪を作って話し始める勇者と子供たちを、後ろ髪を引かれる思いで領主はちらちらと視線を向けた。何かが起きそうな不穏な予感。ただだとしたらそれに巻き込まれたくない思いもかなりある。だからこそ早く立ち去りたかった。


 結局諦めたようにため息を一度つき、すぐにその場を後にしたのだった。






 子供たちの密告が、これほどの事になるとは。


 最初に聞いたときは、あまり確度の高い情報ではないというのが正直な印象だった。本当に魔族がいるかどうかも、あまり信用できない。かなりの確率で悪戯の可能性もある。

 もし嘘であれば、神の下僕として子供たちをしかりつけて反省が見えれば許して抱きとめる……そんなことまで考えていたぐらいだった。


「(まさか、これほどの相手と街中で戦いあうことになるなんて──)」


 魔族と思わしき子供を追っている最中。

 突如、立ちはだかるようにして現れたために、魔族の疑いがある子供を取り逃す原因となった。


 そんな……『謎の黒髪の男』と剣戟を繰り広げている。真っ昼間の街中で。


 戦いは今のところ拮抗していた。

 つまり同等くらいの実力だと、現状は判断できる。


 だけど……妙な違和感があった。

 あまりにも攻撃がうまく凌がれすぎている。試しに攻撃の出力をあげてみると、同じように出力をあげて対応される。少しは増した力にあわせてよろけてもいいはずなのに、容易く凌がれるのが嫌な感じだ。まるでやる気のない強者が相手の実力に合わせて、戦いに付き合ってあげているようにも思えなくもないからだ。


 試しにこの男を無視して、魔族の子供を追ってしまおうか。

 そう考えて、素振りだけでも見せてみると、この男は魔力を高めて暗黙の脅しをしかけてくる。街をもろとも吹き飛ばしかねない魔法を放ってやろうかとでもいうかのように。

 本当にそんな魔法を使えるのかは分からない。ただ魔力という裏付けがある以上、万が一にも放たれてはたまらない。結果として男と戦い合うしか選択肢がなくなる。さっき魔物に攻撃を止めさせるために子供を利用したが、そのことに対しての当てつけのような状況だ。


 もはや、どちらが攻撃を仕掛けてるのかもわからなくなってきた。

 初めはこちらが魔族の子供を相手に攻撃を仕掛けていた。なのに気づけば今、この男に攻撃を仕掛けさせられてるようにも思える。子供たちを追えないよう、ここに引きつけられているということだ。


 こんな実力者が、なぜこんな所にいるのだろう。

 曲がりなりにも『勇者』として世界……とまでは言わずとも、大陸レベルでは間違いなく実力者の一端を担うはずだ。そんな自分が、こんな正面から戦いあえる相手など果たして何人いるだろう。この大陸の『1000LV』以上の超人は、あらかた記憶に入れたはずなのに。


 樹海で鍛え上げられた冒険者のトップ層か。商会に雇われた凄腕の剣客か。堕ちた英雄の奴隷か。 

 あるいは偶然やってきているという高位冒険者パーティー《王背追随》なんていうのも、いるようだが顔は一致しない。そうなると全く情報にない強者ということになるが、こういう相手は不吉な結果をもたらすから不気味だ。厄災の寵児の次に関わりになりたくない相手だ。


 お互いに強い一撃を放って体を弾き飛ばしあう。男との間に間合いが大きくできたまま、睨み合うように戦闘が膠着する。


 それが傍から見れば、ダラダラと睨み合っているようにでも見えたのだろうか。

 気づけば人間が周りに集まってきてしまった。市民ではなく、街の自警団だ。


「あ、あの我々の手は……」

「いりません。下がっていてください。ここは危険です」

「魔族が、現れたのですよね? 領主様から聞きました。我々にも手伝わせてください」

「…………」


 ため息をつきたくなる。

 レベルが明らかに低い、頼りない人達。正直いるよりいない方がマシだ。

 この街にいる実力者はそれぞれ自分のテリトリー以外では全く仕事をしない。冒険者も、裏を支配するならず者も。衛兵ですら白街に留まっている始末だ。結果的に街全体の治安維持が空白になり、こうした戦えるかもわからない有志の住人が動く有様となっている。

 

 もはや無謀にも出しゃばってくる自警団の人間より、目の前の男の方が共感も理解もできる。

 魔族の子供を守るために戦う。勇者という人間の代表的立場でなければ、称賛側に回りたいほどの行いだ。ニア・へイヴの教えはシープエットとは違って魔族には寛容。あくまで人間諸国と歩調を合わせるために敵対している側面が強い。


 ただこの側面がやはり大事で、今戦闘をしているのだってそれが理由だ。

 

「(とはいえ、これはもう──)」


 目の前の男は、こちらが悠長に自警団と会話をしていても、攻撃を仕掛けてくる様子はない。

 対してこちら側の視点から見ると、今こうしてる間にも魔族の子供は獣車で離れて遠ざかっている。追いかける難易度は刻一刻と上がり、時間は相手側の味方だ。そしてその限界も近いか、あるいはすでに越えている。


 それを目の前の男も理解しているのだろう。男は剣を収めて背を向いて逃げ始めた。逃げる方向は魔族の子供が逃げた方向と、ちょうど真逆。つまり追えば魔族を逃がすことになるし、かといって今更魔族を追いかけたところで、追いつくかどうかはかなりの賭けだ。果たしてどちらを取るべきか。


「あっ! 逃げやがって、この!」

「待ってください。彼は私が追いかけます。貴方方は逃げた魔族を追ってください。『壁』のほうに向かっていましたので、そちらへ。壁までいって見つからないようであれば解散してください」

「そういうことな──」


 結局、追う事を選んだ。

 魔族を処理できないなら、せめてあの男の情報だけでも得ておかなければならない。ついでに自警団を逃げた魔族の方へ行かせることにした。おそらく見つからないだろうが、安全なところへ勝手に行ってくれるだろう。


 自警団の返事を最後まで聞かず、その場を後にする。

 男の後を追いかけると、男は街の細い脇道へと入っていった。狭くて入り組んだ路地。いかにも追跡を撒くのに使われそうな場所だ。


 そうはさせないと、速度を落とさずに走る場所を地面から建物の壁に変え、そのまま壁を走りながら建物の屋根に上る。

 

 これで形勢的な優位がどちらにあるかは一目瞭然だ。

 道沿いに走らなければならない男。対してこちらは屋根を伝って自由に道を選べる。


「【へイヴ式・土魔法】──【天槌】」


 さらに追い打ちとして魔法を放つ。

 空に向かって飛んでいく大きな石の塊。上空を飛んでいく石の塊は、空中の高い位置で一度制止した。余韻を残すようにくるくるとその場で回っていて、陽の光を浴びて地面に大きな影を落とす。

 回っていた石はすぐに狙いをつけてピタリと完全にとまった。その直後、加速して地面に落下していく。凄まじい地面の揺れと、轟音が街中に響き渡った。


 魔法は狙い通り、男が進んでいた直線の道の先に落下した。つまりこれで男は本来進めるはずだった道が突如なくなって、袋小路に追い込まれたことになる。あるいは石の下敷きになっているかもしれない。それならば捕らえるのが楽になり、話は簡単なのだが。


 ただ、そううまくはいかないだろう。

 建物の屋根を通って、男と対峙するつもりで魔法の着弾地点に着く。

 魔法が着弾した場所は、煙のような粉塵がもくもくと立ち込めていた。また道の両脇にある建物は少し端の方が破壊されているが人的被害は出ていないはずなのであとで補償をすることになるだろう。治安維持のためだと割り切るしかない。


 未だ漂っている粉塵のすぐ側まで近づいて、武器を構える。

 そのまま数秒間、何かが起きるのを待ち続けた。だが──何も起きなかった。


 そこでようやく違和感を持つ。


 すぐに魔法を発動し、粉塵をかき消す。

 ベールが剥がれるように、その場所の様子が明らかになった。


「……いない」


 瓦礫や自分が放った石も吹き飛ばしてどかすが、男の姿は全くない。

 代わりに亡骸があるわけでも、傷を負って立ち去った跡があるわけでも。


 凄まじい速度で落下する前に走り抜けたのだろうか。

 それならば地面に強く踏み込むため、めりこんだような足跡がついていなければおかしい。

 全く痕跡がないまま、姿だけが消えさってしまった。まるでこの場所に立ち込めていた粉塵のように。


 ……粉塵を消した魔法で、一緒に飛ばしてしまったのだろうか。

 そんな似つかわしくない冗談みたいな考えも浮かぶ始末だった。


 なんにせよ、理解が及ばない、想像の範疇を超えた出来事だった。

 最近はこんなことばかりのような気がした。ついこの間も、同じような事があったばかり──。

 

 ……?

 ついこの間も……同じような……。


 不意に蘇る既視感。

 いたはずの人間が、消えた。

 確かに、声が聞こえたはずなのに、そこにいなかった。

 あの……火事起きた家で。あの時は確か……。


「──『扉』があった」


 考え込みながら小さく呟いた言葉も、粉塵のように誰にも届かずに消え去った。




◇◆◇◇◆◇



 テールウォッチのメインストリートを獣車が進んでいく。

 現れた秋のおかげで、なんとか間一髪で獣車を発進させて、ニア・へイヴの勇者から逃れることできた。最初は無理して距離をあけようと飛ばしていた獣車も、今は随分と緩やかな揺れになって一般的な速度で道を進んでいる。


 ……そろそろ、大丈夫そうかな?


 獣車の荷台部分で、外から見えないように姿勢を低くしているアウレンは、心の中で呟いた。同じような姿勢で荷台に乗っている千夏とテルルに視線を向ける。二人ともまだ少し不安そうにしつつ、同じように身を縮めていた。


「おじさん! もう起き上がっていいかな!?」

「おう、レン坊。特に問題はねぇから、好きにしときな」

「ありがとう! 千夏ちゃんたち、もう大丈夫だって!」


 そう言うと二人は顔を見合わせてから、横になって縮まる姿勢から普通の座る姿勢に体を変えていった。


「そんでこのまま白街まで行っていいんだな? レン坊。まぁもう貴族通りに入ってるからな。頼まれたところで降ろせやしねぇが」

「うん。そのまま行って大丈夫だよ、おじさん」

「おう、わかったぜ。しかし本当に楽だな、こっちの道は。毎日でも乗って欲しいくらいだ」

「毎日は無理だよー!」

「はーっはっは! 分かってる、分かってるって!」


 御者の男とアウレンがしている会話を耳にしたテルルが、きょろきょろと周囲を見回す。荷台から外側の景色を目に入れて、今どこにいるのかを理解した途端、困惑したように尋ねた。


「こっちの道って、通って大丈夫……なのかな? 確か偉い人だけが通って良いって、空いてる道だよね? そうじゃない人が通ったら、怒られて捕まっちゃうんじゃ……」


 段々と怯えたように言うテルルの言葉を聞いて、アウレンはすぐに答えた。


「心配しないで! 大丈夫、何度も通ってるから!」


 笑って心配させないように言葉を返すと、少し安心した様子で「そうなんだ、すごいね」とテルルは千夏に言った。言われた千夏は何の話か分からずにきょとんとしていたが、とりあえず頷いた。


 それからも大人しく、獣車の荷台に乗り続ける。

 もう大丈夫とはいえ、一応は追われる立場。身を乗り出したり、外を覗き込んだり、人目につくことは避けたほうが良い。三人で話あってそう決めた。

 

 とはいえ──。


「おう。壁についたぞ。こっからは関所だからな」


 御者の男にそう言われたときはつい三人とも外を覗きこんだ。

 テルルは奴隷だった頃にこの道を通った時を思い出し、その時よりも随分早く着いたことに驚いた。アウレンは普段よりも周囲の人がざわついてることが少し気になった。千夏は特に何も考えないまま周囲の光景を目に入れた。


 そうして三人を乗せた獣車は、壁を通れる唯一の通行路であるトンネルへと入っていく。

 それからすぐ、進行を塞ぐように出てきた険しい表情の衛兵に獣車を止められた。


「おい、ここは特別な許可がなければ通行は認められない道だ。間違いで入ったとて罰せられる。その事を理解していてここまで来ているのか」

「へーへ。知ってますぜ。おーい」


 御者の男は荷台の方に振り返って、投げやりに声をかける。

 するとアウレンがひょこりと荷台から顔を出した。その姿を見た途端に衛兵の表情から険しさが消えて、張り詰めた空気が弛緩する。


「関所のおじさん!」

「なんだ、君が乗ってる獣車だったのか」

「通っていいですか!?」


 アウレンの言葉に、衛兵は軽く笑みを浮かべて頷いた。


「もちろんだとも。常時通行許可が出ている君は、好きにここを通って良い。いつも通りね」

「ありがとうございます!」

「本来は荷の検分をしなければならない所だが……。今は少しきな臭いことになっている。君なら大丈夫だろうから、急いで通り抜けるといい」

「きな臭い? なんか起きてるってのか?」


 御者の男が会話に割り込んで尋ねる。商人として聞いておくべきという勘が働いた。

 衛兵は疲れたように一度ため息をはき出して答えた。


「先程どこからか、今いるこのテールウォッチの壁に対して、魔法による攻撃が行われた。目に見えるぐらいの大きな穴が空いている。それでかなり慌ただしくなって、兵も対応に追われているのだ。待機列も騒然としていて、収めるのが大変だった。あなたも彼がいなければ巻き込まれていつもよりひどい渋滞に巻き込まれただろう。幸運だな」

「マジか……そうだったのか……」

「あ……はは。教えてくれて、ありがとう。関所のおじさん」


 アウレンは引きつった笑みを浮かべてお礼を言った。思い当たる節があることが全く隠せていなかったが、幸いにも目の前の子供と壁への攻撃を結びつける発想が衛兵の頭には無かったようだった。


「だから早く行って抜けたほうがいい。ここだといつ何に巻き込まれるかわからない」


 衛兵の気遣いもあって獣車は関所を難なく越え、残りのトンネル部分を進む。


「しかしまさかそんな物騒なことになっていたなんてな。ことさらお前にゃあ頭が上がらねぇなレン坊。ありがとよ!」

「ううん、気にしないで! おじさんこそこそ乗せてくれてありがとう!」





 そうして壁のトンネルを抜けると、見えてくる純白の街並み。

 勇者から逃げて、とうとう白い街にまでやってきた。


「それでレン坊はどこまで行くんだ? 街から出るわけじゃないんだろ? とりあえずいつものところに向かっとくでいいか?」

「えっ、あ……うーん……」


 そういえば、考えていなかった。どうしよう。

 少しの間悩んでいると、側にいるテルルから声をかけられた。


「あの、ね……。ずっと気になってることがあったんだけど、私。聞いてみていいかなぁ……?」

「あっ、うん。もちろん! どうしたの?」

「その……そこに置かれてるのって、売り物として乗せているものなのかな、って……。あれ……」


 テルルが指差す方向に視線を向ける。

 今いる荷台にはたくさんの荷物が積まれているが、そんな荷物の奥に立てかけるようにして『ドア』が置いてあるのが見えた。


「おじさん、荷台に置いてるドアって何ですか?」

「あん? ドア……? そんなの積んだ覚えはないぞ。荷台にあんのか?」


 御者の答えを聞いたテルルは、その場で飛び上がりそうな勢いで興奮したように声をあげる。


「やっぱり!! じゃああれって、秋さんの『ドア』なんじゃないかな!? ねぇ千夏ちゃん。そうだよね?」

「……たぶん」

「これで帰っておきなさいって、置いていってくれたんだよ! さっき会ったとき」


 荷物を少しずらして、テルルはドアを開けられるようにした。

 そしてあまりよく分かっていない様子の千夏を手招きして呼んだあと、ドアを開く。

 中は見覚えのある景色が広がっていた。


「ほら、【ラウンジ】だよ! これで帰れるね、千夏ちゃん! 良かったぁ」

「うん」

「あのっ、私たちこれで帰れるので、帰ってもいいですか?」

「あっ、えっと……」


 唐突に思ってもいない方向に話が進んで狼狽える。

 焦った思考で咄嗟に頭に浮かんだ言葉を、思わず口にしてしまった。


「……僕と一緒に、来てほしい所があるんだ」

「えっ……?」

「…………」


 気まずい雰囲気が流れる。やってしまった。

 どう考えても、帰りたがっているような雰囲気だったのに。特にテルルの方は。

 でもあんな危ないことが起きれば当然だ。実際に狙われて、必死に全員で逃げたのだから。守ってもらえたおかげで逃げきれたけど、それでも怖く感じて早く帰りたくなるのは全然おかしいことじゃない。


 だから帰られるのであれば帰してあげればいい。

 それなのに、引き止める言葉を口にしてしまった。どうしてだろう。

 その理由を考えてみて、ゆっくり考えを言葉にする。


「来てくれたら……僕は千夏ちゃんが謝ってくれたことの返事をちゃんと見つけて、応えられる気が、する……」


 そうだ。まだ謝罪への返事をしていない。

 できないまま色々なことが起きてしまったのもあるけど、一言ただ「僕は許すよ」と言うだけの時間はあった。それなのにその一言すら言えなかったのは、返事に詰まってしまったからだ。


 心のどこかに恐怖の棘が刺さっているから。

 その棘が「許す」と口にしようとするとき、チクリと痛んで、言葉を飲み込ませる。

 だから必要なんだ。この棘を無くすためにも『あの場所』に行くことが。


 真っ直ぐと千夏に視線を向ける。視線でも気持ちを伝えられるように。

 千夏もまた視線をしっかり受け止めてくれていた。

 そして少しの時間千夏は考えて──


「……行く。行きたい」


 そう、答えた。

 黙って様子を見守っていたテルルは、開いたままの『ドア』と千夏を悩んだ表情で交互に見る。

 そしてカチャリと音を立てて『ドア』を閉めた。


「な、なら私も……私もついて行きます! いいよね、千夏ちゃん。約束、忘れてないよね?」

「うん」

「わかった。じゃあ一緒に行こう。大丈夫、変な所じゃないから」


 そうして獣車は進んでいく。行き先を言う必要はない。これまでも色んな人に獣車を乗せてもらってきた。御者の男だってその内の一人。

 だから案内もなく、慣れたように目的地に向かって獣車を進めてくれる。


 白い街を進み続け、やがて獣車が止まった。見慣れた周囲の景色。目的地についたのだ。

 御者の男の合図を待たずに荷台から飛び降りる。

 二人の女の子が降りるのを手助けして、御者の男に向かって声を上げた。


「おじさん、ここまで乗せてくれてありがとう! 少しここで待っててもらっていい!?」

「あぁ。行ってきな。レン坊のおかげで大分時間が浮いたからな。おれぁここでゆっくりしているからよ」


 いつもならここで別れるところだけど、千夏とテルルの帰り道である『ドア』が獣車の荷台にある。だから御者の男には残っていてもらわないといけない。

 その確約を取り付けたあと、目的地を目指してここから移動する。


「どこにいくの?」

「こっちだよ。ついてきて!」


 獣車が停止したこの場所は、白い街の表通りに当たる場所だ。幅の広い道で、途切れることなく人が歩き、獣車も行き交っている。

 そんな道の端で止まった獣車から降りたため、すぐ側には白い建物が建っていた。その建物と隣の建物の間に細い道があり、その道へと躊躇なく入った。背後から戸惑うように「こ、こっち……?」と不安そうな声が聞こえる。振り返って頷くと二人はおずおずと歩きだした。それを確認して、細い路地の奥へ向かって進み出す。


 路地は薄暗かった。両脇にある建物のせいで、あまり道に陽がささない。

 子供目線だと少し余裕があるとはいえ、狭くて建物の圧迫感もあった。

 そして奥に進めば進むほど、表通りの喧騒も聞こえなくなっていく。


 あまりにも不安を煽るような道に、しびれを切らしたテルルが声をあげた。


「私たちだけで、この道をこんな奥までいって本当に大丈夫なのかな……?」

「大丈夫! 白街はお金持ちの人が多くて、治安はすごい良いんだよ」


 そんな風にテルルを励ます。それからも路地を進んでいると、ようやく視界の開けた場所へと出た。建物に囲まれた中庭のような、小さな広場だ。


 そこで一度立ち止まる。ついてきた二人も立ち止まった。

 そして興味津々に広場へ視線を向けているので、そんな二人に少し説明をしてあげる。


「白街はこんな風に建物に囲まれた、小さな広場がいっぱいあるんだ。表通りからは分からないし、入り組んだ路地の先にあるから、住んでる人以外にはあまり知られてないんだけどね! でも誰でも広場を使っていいし自由に通っていいんだよ」

「そうなんだ……。初めて知った! すごいね、千夏ちゃん」

「うん。……なんか、描いてる」


 千夏はテルルの言葉に頷きつつ別の場所を指す。その先には、絵が描かれていた。

 大きな絵だ。広場の周りを囲む建物は当然全て白い。必然的に白い壁に囲まれた広場ということになるけど、そんな白い壁いっぱいに絵が書かれていた。一軒だけじゃなく、広場に面するほとんどすべての壁に。


「この街の白い建物に住んでるお金持ちの人たちは、家の白さを自慢するために、大通りに面した所では壁をピカピカの真っ白にしているんだけど。でもこんな風に表通りからは見えない広場とかになると、遊び心で白い自分の家の壁に絵を描いたりするんだ。誰かが遊びでやり始めたらしいよ。壁が真っ白で絵を描く紙みたい見えたのかな?」

「確かに紙みたい! なんかそういうのいいなぁー。素敵だよね、千夏ちゃん」

「…………」


 コクリと千夏は頷いてテルルに答えた。

 

「目的の場所はまだもう少し進まないといけないから、僕についてきて!」


 そう言ってまた細い路地を通って、奥へと進んでいく。

 その道中、似たような小さな広場を何度か通った。広場は毎回趣向が大きく変わっている。置かれているのが噴水だったり、花壇だったり、子供の遊べる遊具だったり。そして当然、描かれた絵も場所ごとに全く違う。だからそれを見ながらいくのが面白くて、気づけばテルルも、路地に踏み入れたときに見せていた不安を見せなくなっていた。千夏と一緒に楽しみながら路地を進んでいる。


 やがて辿り着いた目的地の場所も──そんな広場の一つだった。


 細くて薄暗い路地を抜けて開ける視界。目に入ってきた広場は、これまでの広場よりも一回り広く、また芝生が綺麗に生え揃っていた。本当に豪邸の中庭に迷い込んでしまったような雰囲気だ。実際、周りを取り囲む白い建物も、これまで見てきた中で一番高くて大きい。


「やっとついた。ここだよ、二人とも!」


 そう言って二人に視線を向けるが、返事はなかった。

 そもそも聞こえてすらいなかったのかもしれない。

 二人とも広場に入ってすぐ唖然と口を開けて、目に入るものを見るのに夢中になっていたから。


「わぁ……すごい」

「…………」


 二人が感傷に浸るように視線を向けているのは、建物の壁に描かれた『絵』だった。

 この場所でも絵が描かれていた。他の広場と同じように。


 実際、広場を通り抜けるたびに色んな絵を見ることができた。

 楽しそうに遊んでる子供たちの絵や、森の中にいると思えるほどたくさんの木の絵。今にも飛びかかってきそうなリアルな魔物の絵、なんていうのもあった。


 すべての絵が、魅力的で目を引かれた。

 立ち止まってもっと見ていたい気持ちと、早く次の広場に行ってどんな絵があるのか見てみたい気持ちで揺れ動いた。それくらい建物に描かれた絵を見て回ることを楽しんでいたはずだった。


 それなのに……そんなこれまで見た絵を一瞬忘れてしまいそうになるほど、この広場の絵は凄かった。上手くて、迫力があって、没入感がある。言葉にできない力というものを感じて、目が離せない。見ているだけで、絵の中の世界に吸い込まれそうになる。


 例えば、空にかかる大きくて綺麗な川の絵。

 その川を、水に住む巨大な魔物が列をなすようにしてたくさん泳いでいる。まるで魔物が空を飛んでいるかのように。その川の周りでは、たくさんの水の精霊が楽しそうに飛んでいた。


 他にも飛び出した崖の裏にある逆さの街に、光が灯って活気づいている絵。

 山よりも大きな剣が地面に刺さり、その後ろに同じくらいの大きさの椅子が鎮座する絵。

 薄暗い森で青白い波線状の光が奥へ向かうようにして、たくさん灯る絵。


 そんな景色を切り取ったような絵が壁の一面ずつに描かれている。

 白の街の中でも一番大きな建物の壁に。

 ただでさえすごい絵なのに、見上げるほど大きな壁に描かれてるため、絵の大きさ自体も常識を超えて大きい。だからか、迫力や臨場感が一際強く感じられた。


「これ……知ってる。『精霊の大陸渡し』だよね? あとあれは、たぶん……『ニーブルームの逆さの街』」


 テルルが川の絵と、崖の裏の街の絵を指さしてそう言った。


「そうだよ。すごい、よく知ってるね?」

「うん。あの二つは知ってる。すごく有名だから……」


 千夏は首をかしげながら、やり取りを聞いていた。

 その様子に気づいたテルルが、くすりと笑って言った。


「この絵はね、世界でも有名な綺麗な景色を描いてるんだと思う。たぶんね?」

「……本当にあるの?」

「本当にあるよ! 知らないのもあるから全部そうかは分からないけど……。でも精霊の大陸渡し、これは絶対にあるよ! だってすっごい有名だもん!」


 興奮したように詰め寄るテルルに千夏が少し驚いている。

 その様子が、なんだか可笑しかった。 


「あはは。うん、本当に全部、実際にある景色なんだよ。この絵はね、僕の父さんが世界を旅して、実際に見て感動した景色を描いたものなんだ」

「え……すごいっ! この場所の絵、全部お父さんが描いた絵なんだ……! ほら、千夏ちゃん! 全部、本当にあるんだよ。世界のどこかに! いつか本当の景色を、一緒に見られたらいいね、千夏ちゃん」


 二人の視線が、千夏に向けられる。

 千夏はとても真剣な表情で、視線が向けられてることにも気付かずに壁の絵と向き合っていた。のめり込むように集中している。

 あまりの迫真さに二人は少し驚きつつも、黙ってその様子を見守るかのように視線を向け続けた。


「……うん」


 やがて、会話にしてはあまりにも長過ぎる間を空けて、千夏は頷いた。


「……見たい。見て……みたい、世界を」


 はっきりとそう、千夏は答えた。

 とても短くて、決して滑らかな会話とは言えなかった。

 なのにどうしてか、断言するかのように力強さの籠る言葉だった。


 ふと、テルルの瞳にじわりと涙が浮かんだ。

 なぜなのだろう。理由までは自分でも分からなかった。


 ただ今聞かせてくれた千夏の言葉は、きっと心の奥底にある願いのようなものだと分かった。それを聞かせて見せてくれた。まだ出会ったばかりの自分自身に。それが、なんだかとても嬉しかったのかもしれない。


 ずっと不安と焦りがあった。千夏と仲良くなれなければ、あの『ドア』の場所から追い出されてしまうんじゃないかって。だから千夏との会話に、媚びて気を使うような魂胆が、自分の言葉に混じるのを自分自身で感じていた。それがすごく嫌だった。自分のことなのに。もっと本当の自分と、本当の千夏。本当同士で仲良くなりたかった。


 でも今この瞬間からは、もう心配しなくていい。そう思えた。

 この素敵な子と一緒にいたいと自分自身が、心の底から思えたこと。

 そして千夏もそれを認めてくれたように秘めた胸の内を見せてくれたことで。

 

 これからはもう、自分の意思で関わって仲良くなっていける。そう、確信が持てた。


「わ、私も。一緒、だよね? 千夏ちゃん」

「……? うん、一緒」

「うん。一緒。良かった……。良かったよぉ……」


 そうして、二人で固く手を握りあう。

 千夏はテルルが泣いてる理由が分からなかったが、励ますように頭を撫でた。


「(別に変わらないんだ……)」


 そんな二人を傍目で見ていて、そんな風に思う。

 大好きだった父親が描いた、大好きな絵を見て感動してくれている。

 それどころか、目には見えない大切な何かにも影響を与えている。


 それが、同じだった。父親に初めてここへつれられて絵を見た時の自分と。

 忌むべき魔族のはずなのに。同じ人間だって、別の反応をする人はたくさんいるのに。


「どうして……さっきは、助けてくれたの……?」


 千夏が、こっちを向いてそう尋ねてきた。

 さっき……つまり木の街で千夏を狙うニア・へイヴの勇者から一緒に逃げた時の事を言っているのだと思う。確かに言われてみれば、一緒に逃げる理由はなかった。魔族なのは千夏だけなんだから、差し出せば終わりだし、そこまではしなかったとしても、無関係を装ってその場に一人だけ残れば安全にやりすごすことはできた。それは今思うと、行動の選択としてあってもおかしくはないものだ。


 それなのにどうして一緒に逃げたのかと尋ねられると……どうしてだろう?


 咄嗟に体が動いてしまったと言えば、その通りだった。答えとしては、一番簡単だ。 

 でももっとしっかりとした理由があるような気がする。

 

 そもそも勇者に狙われそうになった千夏と、無関係でいるなんて選択肢は、その時の自分に本当にあったのかを考えてみると……そんな選択は無かった。あるかないかというよりも、その時に思い浮かばなかったんだ。思い浮かべられないことを選択をするなんて、できない。


 ……そうだ。浮かばなかったんだ。

 その時に千夏のことが魔族かなんて。種族がどうとかそんなことを、咄嗟に思いつかなければ、判断にだって使っていなかった。


 それは……反対の時だって同じだ。

 人間と接するとき、同じ人間だから誰でも仲良くなれて親しめるなんて……思ったことなんてない。


 ──『この絵? ふーん、微妙じゃね? 俺はさっきの絵のほうが好きだわ。お前等は?』

 ──『俺も俺も』

 ──『そんなことよりどうやって樹海に行ってるんだよ。俺達も樹海に連れてってくれよ』

 

 この子たちは人間の子だった。だけど種族以上に途方もない距離を感じた。

 それを言うのであれば、なんなら魔族の千夏の方がずっと近く感じる。


 違う種族の魔族の子でも……同じ絵を見て感動してくれる同じ感性の子がいて。

 逆に同じ種族の子でも、致命的な距離を感じる子だって当たり前のようにいる。


 関係ないんだ。最初から、種族がどうとかなんて。

 それならば前提がそもそも最初から違うことになる。助ける事の方が当たり前で、理由なんて必要ないんだ。逆にそうしないときに、理由が必要で、どうしてなのって尋ねるべきなんだ。


 それに師匠のヨクンは言っていた。

 問題は良いか悪いかじゃなくて、強いか弱いかだって。でもその言葉の通りならば、人間にも強い人がいて、その人達は魔族と仲良く出来るはずなんだ。だけど、実際は魔族と仲良くしようとしてる人なんていない。


 そんなことで仲良くなんてなりようがないし、敵対だってずっとしたままだ。

 解決する気が皆、そんなに無いんだと思う。そうじゃなければ、ずっと仲良くしようとする人がいないなんておかしい。


「(それなら……僕が。最初にそう思う人になるんだ)」


 良い人であることに賭けるのは危険で無謀な賭けだって、それも師匠のヨクンが言っていたけど。

 千夏になら賭けていいはずだ。その価値があるから。どれだけ危険でも、無謀でも。

 ううん、だからこそ自分がやるべきなんだ。心配してくれる家族もいない自分こそが。


 きっとそうすることこそ──。


「なんで助けたのかって、それは」

「…………」

「『勇者』になるなら、そんなのやって当然の事だから!」

「……? 勇者に、なる……」


 これが望んでた、勇者になるってことなんだ。

 仲良くなるために、危険で無謀な賭けをするなんて、まさに物語で見た勇者だ。

 そんな勇者になるためになら、こんなこと迷っていられない。


 千夏を助けた事も。今仲直りしようとすることも。

 そしてこれからもっと仲良くしていくも……何も間違ってなんかいない!


「千夏ちゃんは謝ってくれたけど、僕も謝りたいんだ。逃げ出して、ごめん。千夏ちゃんは僕には何もしてなかった。なのに僕が勝手に怖くなって逃げだして……傷つけたと思う。僕だけはあの場に残って、向き合って話し合えたはずだった。それなのに、他の子と一緒になって怖がって……。あれからずっと後悔していたんだ」


 冷静になって思い返せばあの時、千夏は自分から傷つけようと思って攻撃したわけじゃなかった。男の子の殴りかかるフリを、本当にされると思って自衛した。それでも攻撃をされてしまった子たちは逃げて当然だけど。

 でもその前から関わりがあった自分だけは、一緒にいた時の千夏の印象をもう少し信じて、怖くても立ち止まってあげられたはずだ。そのことがずっと頭によぎり続けていた。


「僕のことも許してほしいんだ。僕も千夏ちゃんを許す。そうしてまた……友達としてやり直せたらなって。いいかな」

「……うん。いい」


 二人で向かい合ったまま頷きあう。

 それを見ていたテルルが興奮しながら言った。


「わぁ……。良かったね、二人とも! あのね、こういう時はね、握手だよ握手! ほら!」

「握手……?」

「あはは……」


 テルルが千夏の腕を掴んで伸ばされた手を握って握手をした。

 少し戸惑ったけど確かにやってよかったかもしれない。これでしっかりと仲直りできた。その区切りになった。


「(──ありがとう、父さん……)」


 握手のあと、壁に描かれた絵に再び視線を向けた。

 やっぱりここに来たのは、間違いじゃなかった。父親の絵が、仲を繋ぎ止めてくれた。

 そして勇者になりたい自分の背中をも押してくれたんだ。


「おや……? 君は」


 ふと、誰かから声をかけられる。聞き覚えのある声だ。

 振り向いて見えた人物の姿に、思わず嬉しくなって笑みが浮かぶ。その一方で、側にいたテルルが表情を曇らせ、隠れるように背中側に移動した。そのことに気づかず、その人物に声をかける。


「こんにちは! ご無沙汰しています──ご領主様!」


 その言葉に『ハウヴェスト領』の領主は、機嫌が良く頷いた。

 領主の背後にはいつも連れている屈強な奴隷の男の他に、部下と思わしき人間を何人か連れていた。いつもより大所帯に感じるが、とはいえ違和感はなかった。大勢を連れていても、おかしくない──この場所でなら。


「やぁやぁ、これは。『我が邸宅』を彩る、素晴らしき絵を描いてくれた絵描きの息子じゃないか。今日も素晴らしい父君の絵を見に、私の家までやってきたのかね?」

「はい、領主様! 今日は友達に絵を見せにきました! 父の絵はいつ見ても、とても素晴らしいです!」

「はーはっは。そうかね。相変わらず、元気にやっているようだ。子供の活力というのは、いつものことながら驚かされる。我々も元気を注がれるというものだ。そうだな?」


 連れている部下が声を揃えて「はいッ!」と返事をする。その返事に領主は満足げに頷いた。


「ご領主様のおかげで、好きな時に父の絵を見ることができてます! いつもありがとうございます!」

「うむうむ。君の父君は、素晴らしい絵描きの才能を持っていた。亡くなられたのは残念だが、最後の遺作がここにあることは、君や私にとっての僥倖だ。図らずも最後の作品として絵の価値がさらに高まり私は領主として自慢できるものを得られた。ならばこの得られた価値の対価を、私は君に還元しよう。どうかね? 関所の『永続通行許可証』の使い心地は。私は価値を生み出して貢献する者には、大いに報いることを厭わない人間だ」

「はい! とても便利で助かっています! 使うたびに、父を誇りに思います!」

「そうかねそうかね!! それなら嬉しいものだ。この絵には父君の面影が宿っている。素晴らしい父君と、素晴らしい息子……こんな美しい親子の再会を隔てるものなどあってはならないのだ。これからも、貴賓用通行路を通っていつでもここを訪れるといい」


 領主はニコニコと機嫌が良さそうに言った。

 これまでに何度もしたことのあるお約束ともいえるような会話だったが、喜んでもらえたようだった。お約束と言っても、嘘をついてるわけではないので、言うことは苦ではない。むしろありあまるお礼の気持ちを、こうして少しずつ繰り返し伝えられるのはとてもありがたいと思っていた。


「領主様がこの街に来ていたなんて、驚きました! 今回はどんな用事で来られたんですか!?」

「うむ、そうだな……。今回は、まぁ、視察のようなものだ」

「そうなんですね! 街の様子はどうでしたか!? 壁の向こうには行かれましたか!?」

「あぁ……街の様子か、ね。まぁ……相変わらずであったな。壁の向こうも行ったが……うむ。用事があって、たった今戻ってきた所なのだよ」

「そうなんですか!? お疲れ様です!」


 少し言葉の歯切れが悪くなってしまうのを自覚する領主だったが、無邪気な子供の返事にほっとする。変に擦れていないのも、子供の素晴らしいところだ。


「──領主殿」


 そんな会話の最中。さらに別の人物の声が会話に加わる。

 その人物に視線を向けた領主は、驚いた様子で声をあげた。


「む……? お、おぉぉ〜〜!? これはこれは《雷鳴の勇者》殿! 一体どうなされたのですかな? まさか私の邸宅まで、足を運ばれるとは」

「(えぇ!? 勇者!?)」


 憧れの勇者が目の前にいる。そう思うと胸が高揚しそうになる。

 だけどどうして今なんだろう。今だけは、出会いたくなかった。その証拠に、気持ちは高揚より緊張感の方が勝った。千夏の存在を、勇者にバレないようにしないといけない。


 背中側でテルルが千夏を引き寄せて、そのまま抱きかかえるようにして気配を消す。その動きに今度は気がついた。賢明で、助かる動きだった。

 とても慎重になる必要がある。なぜなら勇者以外にも、バレたらまずい人がこの場にいるからだ。


「(どうしてあの人がいるんだろう……)」


 幸いなことに現状はあまり注意を引かず、大人たちだけの会話が続いていた。


「少し戦力が心許ないように感じたため、増援の人員を呼んできた。その報告を、ハウヴェスト領主殿にしにきた次第だ。留守だったようで、少し待たせてもらっていた」

「なんとなんとなんと……! わざわざそんな手間を払ってもらわずともよかったものを、ご丁寧に!」

「我々はベリエットの無法な勇者共とは違う。人類を第一にする我らにとって、魔族と同じくらい人類同士の不和も大敵だ。領主殿の領域内で活動させてもらう以上は、領主殿の意向を最優先に伺うのはシープエットにとって当然のこと」

「な、なるほど……。深い配慮に感謝致しますぞ」


 現れた勇者は、ついさっき追ってきたニア・へイヴの勇者とはまた違うようだ。

 シープエットの勇者……聞き覚えがあった。ベリエットの勇者である陸地の話に出てきた。もし勇者になるならシープエットの勇者がいいと。

 だけどそのシープエットの勇者はどうも、ベリエットの勇者のことが嫌いみたいだ。いいのかな……。


「こちらが我が国から連れてきた勇者の《瞳の勇者》だ」

「どーもどーも」


 少しだけ歳上そうに見える、同年代の若い男の人が、気軽そうに手をあげて挨拶した。背もどちらかと言えば小さめで、華奢そうな見た目なのに、勇者になれているなんてすごい。


「なるほど。よろしくお願いします、勇者殿。ところで増員とのことですが……もしや何か手荒なことを……?」

「それは相手の出方次第だ」

「あのぉ……どうか、街への被害は最小限に……」

「心得ている」


 ぎこちない笑顔で領主が頷く。あまり安心できる返答ではなかったのかもしれない。


 話を逸らすように、領主は別の人物に視線を向けた。

 勇者たちと並んで立っていながらも、ずっと会話に入らずにいた人物だ。


「それと……どうしてヤフェーム殿が?」


 その名前が出た途端に、内心の緊張感が高まる。とてもよく知ってる名前だ。

 『ヤフェーム』。それはつまり──テールウォッチの『冒険者ギルド長』の名前だ。勇者の人が最初声をかけてきたとき、しっかりと目が合ってしまっているため、こっちを認識していないなんて淡い希望は抱けそうにない。


「ごきげんいかがかね、ハウヴェスト領主殿」

「……どうも、ヤフェーム殿」

「彼は私が呼びつけた。約束を結び、それを果たしてもらうために、な。街への支障はない。いやむしろ、本来やるべきギルドの役割を率先してやるだけの話だ。街にとって有益ですらある。彼が加わることで、街へもらたされる危機は一層減ることになるだろう」

「だそうだ。そうなるといいがね」


 肩を竦めながらギルド長は言った。


「……まぁ、ほどほどにお願いしますよ」


 半ば諦め気味に、領主も返した。

 どう見ても被害を減らすよりも、増やす方に貢献しそうな武力にしか見えない。

 ただ……できるのは最初から予感が外れるよう祈るだけだ。


「ティウケット様、お話中申し訳ありません。少々よろしいでしょうか」

「なんだ?」

「あの壁の惨状はご覧に?」


 ぎくり、と内心でまた別の緊張が走る。

 部下に尋ねられた領主は、苦々しい顔で応えた。


「ここに戻るまでの道中で見た。間違いなくニア・へイヴの勇者様による戦闘の余波だろう。みっともない姿だが、復旧にはかの国が支援してくださるはずだ」

「原因も把握済みでしたか。さすがはティウケット様です。ですが避難の方はよろしいので? テールウォッチからも出立し、領都にある本邸の方に戻られてはいかがでしょうか」

「む……確かに……いや、それはあまりに及び腰すぎる。ニア・へイヴの勇者様が既に動いておられるのだ。その上、別の勇者様方を前にして一体何が危険だ。この状況で一人逃げ帰ったとすれば、笑いものになるだろう。それに戦力的にいえばここがどこよりも安全だ。そうだろう?」

「そう、でありますか」


 あまり大事にならなさそうで、ほっとする。

 あのニア・へイヴの勇者から逃げ切った以上は、問題も、危険も、何もないのだから。そのままそっと、穏便に話が進んでくれればいいと思う。

 

 ──ガァァァァン、ガァァァァン、ガァァァァァァン。


 突如として街に大きな鐘の音が鳴り響く。

 ついさっきの話に出ていた、巨大な壁の上からあがった音だ。街中に響き渡るほど大きい。

 ギルドの学校で習った記憶がある。確か……危険を知らせる『警鐘』だ。

 まさか、この音って……。もしかして……。


「くっ……! やかましいな! 壁への攻撃を今になって大げさに知らせてるつもりかっ! 大丈夫だと言っているだろうにっ……おい! 人を送って壁への攻撃は問題ないことをさっさと告げて止めさせてこい!!」 

「はっ! 直ちに!」


 領主が怒鳴るように部下にそういうと、駆け足で部下の一人が向かった。

 聞こえてきた話の内容は、残念だけど懸念した通りのものだった。当たってほしくはなかった。


「(うぅ……。領主様の言う通り、問題はもうないのに……。どんどん大事になってる気がする……。ごめんなさい領主様……)」


 そうして大きな警鐘が鳴り止まない中、頭上からまた別の人の声が聞こえてきた。


「領主様! 大変ですッ!」


 見上げると、高い領主の館の屋上に物見台を乗っけたような形をした場所から、衛兵が身を乗り出すようにして必死に叫んでいた。その必死の形相を見ただけで、なんだかすごく申し訳ない気持ちになる。


「領主様──」

「だからッ! 大丈夫だと、言っているだろう! あの壁の穴は何も問題がないのだッ!! 分かったか!?」


 領主様が声を張り上げて叫ぶように頭上の衛兵に言い返す。衛兵は何やら困惑しつつ言葉を返した。


「壁……!? 違いますッ!! この警鐘は壁に起きたことじゃありませんッ!! 『街の外』です!! 敵襲です!!」


「「えっ!?」


 思わず領主と同時に声を漏らした。

 この警報は、全く穴とは関係ないもの。衛兵の言葉を冷静の飲み込むとそういうことになる。勝手に思い違いをしてしまっていた。

 だとしたら何で急に!? どうして!? 敵襲って、何が攻めてきたの!?

 

「『巨人族』です!! 巨大化した巨人族の群れが、テールウォッチを攻め込もうと大量に向かってきています!! また先頭には率いていると見られる人間が……あっ……あぁ!! あれは──『裏切りのカイエン』だ!! 裏切りのカイエンが巨人族を率いて攻め込んできましたッ!!!」


「はっ……はぁぁぁぁぁ!?!?」

「えぇぇぇぇぇぇ……!?」


 やがてこの場所でも分かるくらい、重く体が揺れるような地響きにも似た大量の足音が伝わってくるまでに、そう時間はかからなかった。



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書籍化おめでとうございますって気持ちと仮にも書籍化されたのだから最長でも3ヶ月に一度は更新された方が良いのではという2つの気持ちがございます。
勝手に代理告知 電子書籍も6月30日に発売します 店舗特典もあります 詳しくはGCノベルズサイトへ
書籍化は大変喜ばしいことではあるけども、遅筆なのがなぁ… 書籍化したらweb版はどうされるんでしょうか? 書籍とWEB両立できるんですかね? もちろん書籍は買いますし、そっちに専念するなら専念するで…
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