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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
プロローグ・終焉の大陸
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第10話 『外』の洗礼




 「じゃあいってくるよ」


 「本当に行くのですか?」


 半年前に作って上げた、白いワンピースを着た春がいつものように淡白な声をかけてくる。しかし、その声には微かな不安の色が混じっているように感じた。


 「春は、本当に心配性だな。今日は『試し』だから何かあったらすぐ帰ってくる。何も無くても、陽がくれるまでには戻るよ」


 「秋様が帰ってこなかったら、私、自害致しますので」


 いつものように品性を感じる佇まいのまま、春は冷静にそう告げて来る。


 エールの重さに苦笑いを漏らす。普通に「頑張れ」とか「生きて帰って来て」でいいのに、「自害」という言葉を使うのが春らしかった。


 しかしまあ、それでも気を使ってくれているのは確かなので俺は気合いを入れ直すことにした。今回の目的の一つは『生き残ること』。春を自害させないためにも生きて帰ってこなきゃな。



 「ああ、わかった。心に刻んどくよ。それじゃ、行ってくるから」



 「お気をつけて。部屋の中は私におまかせください」



 丁寧に両手を体の前で重ねて、おじぎをする春。それを横目に入れながら、俺はこの日のために作っておいた小さなカバンを斜めに背負った。このカバンは、この日のために『D4』ランクの牛の皮で作ったとっておきのカバンだ。大きい荷物はスキルの【アイテムボックス】の中に入れているため、小さめだがこれで十分だ。



 春に背中を向け、俺は『玄関』のドアを開ける。

 

 少しずつ開いていくドアの隙間から見えてきたのは、しとしとと雨が降った『湿原』の景色だった。草は低く、ちらほらと大きな木が生えてはいるものの、視界は意外にも良好で随分遠くの景色まで見渡せる。


 ──幸先のいい『環境』だ。



 視界の隅で魔物同士が殺し合いをしていたり、水たまりの上に浮かぶ大きな葉っぱの影からこちらを伺うようないくつもの目がなければな……。





 

 異世界に来て、約一年。

 あの日、ゴブリンに追われながらくぐった『ドア』。



 その『ドア』から今日、再び俺は足を踏み出した。






 「ようやく『スタート地点』だ」






 ◇


 


 主へ向けたお辞儀から顔をあげると、既に秋様のお姿はありませんでした。



 「行ってしまいました…」


 思わず漏れてしまった、その声は、想像よりも大きく空間に響き渡ります。




 いえ、大きいのは私の声ではないのでしょう。

 






 『静粛』です。






 秋様と一緒に部屋の中にいたときには感じなかった『静粛』。それが私の出した声を、いつもより大きく感じさせたのです。


 まるで、私が今この部屋の中でひとりぼっちなのだと知らしめるかのように……。




 孤独を理解した途端、私の中に蜘蛛の腹を食い破って湧いてくる子蜘蛛のような、ぞわぞわとした不安が心の中にうまれていきます。

 それは秋様が死んでしまうのではないかという不安。

 それは秋様が外でより居心地のいい場所を見つけて、もう帰ってこないのではという不安。








 そんな湧いてくる不安を、私は首を振って強引にかき消します。

 

「私は主様の従者です。それは聖職者が神を妄信するのと同じこと。神を妄信するように、私は主を妄信し仕えるのが仕事であり生きる意味。ここで揺らぐようでは、従者としての名折れです」



 本当は、秋様についていきたいという気持ちもあります。ですが、私はただの部屋の管理人でしかありません。闘う能力が部屋の中でしか発揮されない私にとって『外』はあまりにも荷が重い。何より、部屋の管理を放り出していくなど、本末転倒もいいところです。




 ──私は私のやるべきことをやりましょう




 リビングに戻り、気を引き締めて私は仕事に戻ります。







♦︎



灰羽秋はいばね あき LV432


種族 勇者


職業 部屋の主


称号 灰色の勇者 誤転移 



スキル

鑑定 LV極

魔力操作 LV11

魔法 LV12

魔力量増大 LV10

危機察知 LV20

気配察知 LV18

魔獣使い LV1

身体強化 LV30

魔力感知 LV11

投擲術 LV33

治癒魔法 LV8

錬金術 LV1

万能耐性 LV18

逃走 LV19

武闘術 LV6

家事 LV18

狩猟 LV12

武器整備 LV16

水分貯蓄 LV16

裁縫 LV16

料理 LV15

環境適応 LV10

隠密 LV28

気配遮断 LV15

爆破魔法 LV20

召喚魔法 LV1

支配魔法 LV1

魔剣術 LV8

空脚 LV2

加速 LV6

アイスブレス LV6

雪隠れ LV3

毛繕い LV1

炎操作 LV2

炎化 LV4

炎魔法 LV3

軟化 LV2





ユニークスキル

暗黒召喚(封印状態)

ペテン神(偽装+認識阻害+固定観念強化+幻惑)

物質転移

吸収

アイテムボックス


固有スキル

勇者のカリスマ

勇者の加護

ポテンシャルアップ



能力

【部屋創造】LV8


魂の回路

灰羽 春




♦︎









 ぴしゃり、ぴしゃりと地面に貯まった水を跳ね上げながら、歩く。

 肌から感じる空気は、水分を多量に含んでいてとても生温い。

 『外』では、命に関わるような『環境』がいくつもある。その中でもこの『湿原』の環境は比較的命に関わらない環境だ。しかし、だからといって過ごしやすい環境だとは口が滑ってもいえないが。



 汗か雨でぬれているのか既にわからない服を一度掴み、服の中に空気を通す。通った空気は生温かったがそれでもぴしゃりと張り付く服の気持ち悪さを幾分かましにしてくれた。

 

 

 歩を進めながら周りを見渡す。 

 『外』では相変わらず多くの魔物が存在していた。



 空を見上げればどうやって飛んでいるのかわからない魔物が曇天の空を背景に空を駆けていて、視線を下げて目を凝らせば、景色と同化したウマのような魔物が草を食べている。脇に視線を移してみれば、今まさに互いの肉片をまき散らしながら死闘を繰り広げている魔物達までいた。



 そんな中を、俺は今襲われることなく平然と歩いている。やはり『鍛錬』の賜物だろう。


 最近の鍛錬では『外』と同じように、雑多な魔物をとにかく多く配置し、環境を変えながらその中で数日間過ごすという鍛錬をしていた。そして、その鍛錬では力量に大きな差のある魔物が平然と出てくる。そうすると必然と真っ正面から殺し合う能力ではなく、いかに気づかれないか、存在を悟られないかが重要になってくるのだ。


 しかし、それでもやはり『トレーニングルーム』と『外』との違いは『命の危険』があるということだ。体や精神は常に緊張していて、踏み出す足一歩一歩に命の重さを感じた。

 



 

 巨大なダンゴムシのような魔物の群れがごろごろと水しぶきをあげながら、視界の端から転がって来たため、俺はその場で足を止める。そのダンゴムシの群れは、俺のすぐ目の前をキレイに一列に並びながら通過していく。踏切のように、彼らが通過するのを待ちながら今日の『外出』の目的を再確認する。



 今回の『外出』の目的は全部で3つ。


 一つ目は既に述べた通り、『生き残ること』。


 そのため、今回は戦闘を極力避けてすすんでいる。体には葉を巻き付かせ、【ペテン神】の『偽装』と『固定概念強化』を自らに使用していた。隠密や気配遮断のスキルをくぐり抜けて俺に気づいたとしても、巻き付けている草に認識が引っ張られ俺の事は草にしか見えないだろう。【ペテン神】の残りの効果は逆に違和感を与える要因になるため今回は使っていない。




 そして二つ目。




 それは『外』の調査だ。


 

 この『場所』は『どういった場所』なのか。それを知る事が二つ目の目的。

 ドアの中から眺めるだけでは、『外』のことを知るにも限界がある。例えばあまり期待はしていないがもしかしたら人里が近くにあるかもしれない。人里がなくても生えている植物や魔物の生態、地形や『外』特有の現象など得られる情報は選りすぐりせずに、どん欲に集めていく。これは俺が『外』で生きられる確率を少しでもあげるためだ。




 「【鑑定】」




 ダンゴムシが過ぎ去り、再び歩き出す。その際、目に付くものすべてに【鑑定】をかけていく。ドアの中では魔物にしかかけていなかったが今回は魔物以外にもかける。




 ♦︎


 『ケシカ草』

 魔力を多分に含んだ魔力草。強い再生力があり引きちぎってもすぐにまた生えてくる。再生薬の原料として使われる。


 『ペネシカ草』

 水分の多い地帯で生息している一般的な草。一定以上の長さまで伸びると小さな白い花をつける。



 『魔力土』

 魔力を多分に含んだ土。



 『魔水』

 魔力を多く含んだ水。



 『魔力血色土』

 生き物の血が多く含まれた魔力土。



 『魔骨』

 魔物の骨。



 『アリョーシャ』

 おいしい実を一つだけつけることにより周辺で生き物を争わせる樹。争いに負けた生き物を養分にして吸収し成長する。


 ♦︎



 ふと足を止める。視界の端になんとなく入って来たものが気になって、一旦【鑑定】を中断した。


 それは、かなり遠くにあるもののようだった。


 何だろう。竜巻か?

 竜巻にしては動いている感じがない気もするけれど。


 何か光りの線のようなもの。それが空から生えている木々に隠れるまでスーっとのびている。


 【鑑定】を使ってみるものの、さすがに遠過ぎて発動されなかった。


 空気でぼやけて見にくくなるほど遠くだけれど、それでもこうして認識できるくらいだから近くだと相当大きいだろう。



「異世界はまだまだ不思議だらけだな」


 生と死が渦巻く外で、常に命が危険に晒されている緊張を感じながらも、湧き出てしまう好奇心や高揚感。


 これが、多分冒険ってやつなんだろうな……。



 俺は一度思考をとめ、再び湿地を歩み始めた。







 ◇









 そんな風に、【鑑定】をかけては【アイテムボックス】に色々としまいこみながら湿原を進んでいるときだった。 



 「ん?」



 ふと目の端に何かが映り、そちらに顔を向ける。



 「光…?」



 突然光の玉が現れた。



 空中で、何の脈略もなく突然現れたその光の玉はキレイな球の形をしていた。両手いっぱいほどの大きさで、よく見るとうっすらと虹色に輝いている。玉の中では光が猛烈に渦巻いていて、初めて見る光景だがとても神秘さを感じた。写真があれば、迷わずにとっていただろう。



 「なんだ…?」



 驚く時間も許さず、その空中の光の玉は、急激に大きくなっていく。

 やがてある大きさまで達すると、今度は少しずつ球の形から崩れていくように形が変化していく。そしてどこかで見た事あるような形を取ると、光は弾けるように消えた。

 


 消えた光の中から現れたのは、白い角を空へと伸ばす一匹の馬だった。 



 「ユニコーン……?」



 俺はそのユニコーンらしき生き物に【鑑定】をかける。




 ♦︎


 モノケロス  LV1232



 種族 一角馬



 スキル

 猪突猛進 LV30

 空脚 LV45

 雷魔法 LV34

 電光石火 LV45


 

 ♦︎



 「魔物…なのか…?」



 角の先から尾の先まで真っ白の、光の中から現れた『モノケロス』は俺のことに気づいていないのか、興味がないのか、足下にある草を食べ始める。とても絵になる光景であり、本来ならこの光景に浸りたいところだが、残念ながら今の俺にその余裕はなかった。



 「魔物が、産まれたということか?あの光の玉から……それともこの白い馬が特別なのか?」



 そんな疑問を小さな声であげているとき、また光の玉が一つ空中で現れた。



 いや、違う。



 『一つ』じゃない。



 現れた光の玉に合わせるように視線を少し動かすと、既にいくつもの光の玉が空中に浮かんでいる様子が目に入る。その中でも、俺の割と近くで浮かんでいる光の玉は、他と比べて異常なほどでかい。猛烈に光が渦巻いている玉の内部からは巨大なエネルギーが感じられ、同時に押しつぶされるような存在の圧力も感じた。



  ──なんか、とてもヤバい予感がする。



 それがスキルの【危険察知】のおかげなのか、単純に俺の勘なのかは分からないがとにかくこの場から逃げることにした。前には巨大な光の玉があり、横では『モノケロス』が草を食べているため、必然と俺は後方へ進む事を選択する。


 そう決めた途端、即座に体を反転させた。





 しかし、目に入って来た光景に再び体を硬直させる。




 「……」



 体を反転させて目に入って来たのは、またしても見上げるほど大きい光の玉だった。



 その光の玉は、既に球の形を変化させていた。もし先ほどと同じようにして魔物が産まれるのであれば、既に産まれる寸前だと予想できる。だが目の前の光の玉は、『モノケロス』が産まれたときの光の玉とは桁違いの大きさだ。まだこの光の玉について知っていることは少ない俺でも、嫌な未来が簡単に予想できる。



 俺は脇目も振らずに全力で前へ足を踏み出す。今大事なのはこの二つの巨大な光の玉から即刻離れることだ。



 しかし、踏み出そうとした足は、地面から離れない。



 ──何故




 パッと地面見る。



 「え……?」



 パキパキと音をあげながら、足下にある水たまりが俺の足を巻き込みながら凍り付いていた。いや、足下だけじゃない。巨大な一つの光の玉を中心に、湿原が浸食されるかのように氷ついている。冷気が辺りに漂い、降っていた雨はいつのまにか冷たい雪に変わっていた。



 ──『環境』の『変化』。


 

 今置かれている状況の答えを即座に導きだす。

 


 『外』の特徴の一つ。急激な環境の変化。それが今、最悪といってもいいタイミングで起きたのだ。しかも元の環境が湿原だっただけに、目の前の景色は地獄絵図になっていた。水たまりの中で潜んでいた魔物は、水たまりごと氷ついており、中には俺と同じように足を氷漬けされ身動きがとれない魔物もいた。



 「ふんっ!」


 足に思いっきり力をいれ、持ち上げる。氷ごと足を引っこ抜いた。

 そして、まだ足の周りに水たまりの形を保ちながら引っ付いている氷を手で触り、【物質転移】を発動する。 

 足についていた氷が一瞬で消える。

 そして視界の隅でごとりと氷が落ちたのを確認した俺は顔を上げる。

 











 顔が三つある巨大なシロクマがこちらをじっと見下ろしていた。






 

♦︎

 

 三津頭白熊みつずしろくま LV1998


 種族 三ツ首・環境魔獣(氷)





 スキル

 剛力 LV66

 咆哮 LV89

 威圧 LV55

 武闘術・氷化 LV59


 ユニークスキル

 氷雪化


 固有スキル

 多重思考


 ♦︎





 目の前で立っている巨大な体躯を持つ3つの頭がついたシロクマ、『三津頭白熊』を俺は見上げる。

 感じるプレッシャーが尋常じゃない。口と鼻を塞がれているわけではないのに、窒息しそうなほどの息苦しさを感じる。


 俺は今、【隠密】や【気配遮断】、さらに【ペテン神】などを使っている。そうそう、俺の存在は気づかれないはず。

 そう思いたかった。

 だが『三津頭白熊』の視線は、蠅でも振り払うかのようにそんなちっぽけな希望を崩れさせる。間違いない。『三津頭白熊』は俺を間違いなく認識している。



 しかし、『三津頭白熊』の視線は俺を捕らえてはいなかった。俺の方向へ目を向けているのは確かだ。しかし俺ではない別の何かを見るために向けている。






 それは、強者の余裕としての振る舞いなのか。







 ──それとも、俺(弱者)に構っていられないほどの危機故の振る舞いなのか。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] あれ?3つ目の目的書いてます?
[気になる点] 魂の回路の意味と結果 再生薬の生産がが成功したかどか 暗黒召喚が封印状態になるあったりの物語 秋よ一年も外を眺めてるのに光の玉から魔物が産まれるところを見逃してきたのか?本気で言って…
[気になる点] 9話でトレーニングルームではスキルレベルしか上がらない旨の記述がありました。 10話でレベルが上がっているのは何かしらの部屋の効果でしょうか?
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