第118話 螺子穴に鼻くそ突っ込んだような奴ら
サイセ・モズ
「ふぃー……これでよし……」
流れる汗を拭いながら、とりあえず大きなゴミがなくなった屋敷の一室を見回して呟く。
最初に比べれば随分見違えたろ。まだ全然細かいゴミで汚れてるが、足の踏み場もなかったからな。
しかしまともなゴミの捨て方がないのには参ったぜ。
この街……つーか、端街はどうやらごみを収集する機能がまともに働いてないらしくてな。樹海や川に垂れ流すように捨てちまう。まぁそれでも樹海の植物は気付けばゴミに群がるように生い茂るようだが、それで下水道が詰まったり、『森林化』なんて環境汚染に悩まされてるんだから世話ないと思う。道理で排水溝がやたら植物で溢れかえってるわけだよな。
さすが植物で悪名を轟かす危険地帯ってところか。すげえ生命力だ。
ただ最悪そっちはまだいい。問題は川だ。竜川にゴミを捨てるなんて正気じゃねぇよ。水竜が縄張りにしている内海へとつながる川だぞ。『水竜の調べ』の時に川を汚していると水竜の怒りを買う恐れがある。それである日街が滅ぶなんていうのは歴史じゃちょくちょくある話だ。最初聞いた時は、背筋がぞっとしたぜ。
さすがにそれが分かっていて川へゴミを捨てる度胸は俺にはなかった。
こつこつと『部屋』の【農園】と屋敷を何度も往復して、ようやく片付いたってわけだ。思ったより時間はかからなかったな。
「……はぁ……っと──あぶねぇ」
床を箒で掃いていると、ふと本音が溢れそうになり、慌てて飲み込む。
──そんで俺は、また屋敷掃除に逆戻りか。
これも立派な仕事。気持ちよく、しっかり最後までやり切るには口にしないほうがいいこともある。それがたとえ本音でもな。
「(まぁ……一番いいのは、そもそも思わないことなんだけどな……)」
午前に盗賊の本拠地へ乗り込み、旦那はエステルの依頼を完了した。
それから旦那とエステルの二人はテールウォッチの街へと向かった。なんでも次の依頼を達成するのに必要みたいだな。
最初はそれに俺もついていこうとしたが、人に会うだけのようで必要ないらしい。旦那でさえエステルの付き添いという役で、そのさらに付き添いというのは意味がないというか無駄みたいだ。旦那からも自由にしてていいと言われちまった。
驃も昨日の『あれ』で出たまま、戻っていない。
竜王サンも俺と一緒に自由を言い渡されていたが「今日はよく働いたな」と満足げにしながら、俺に酒屋のことを聞いて街のどこかへ行ってしまった。あの人俺と一緒にずっと見張りしてただけだよな……?
そして手持ち無沙汰になった俺は、前に頼まれた屋敷の掃除に逆戻りというわけだ。仕事なんで真剣にやるつもりはあるが、一方でこのままじゃまずいとも思っていた。だからか、吐いた息と一緒に本音がこぼれそうになっちまったんだ。
……しかもこういう時に限って、雑務っていうのは捗って、すぐ終わらせてしまうんだよなぁ。
完全に綺麗になってしまった部屋を数秒間呆然と眺めてしまう。
「はぁ……どうっすっかなぁ……」
ため息ばっかだな、俺。
でもこうも薄暗くて、じめじめしてると引きずられて落ち込むよな。
ふと窓に視線を向けるが、樹海の木が被さっていて全然景色が入ってこない。これじゃあ自慢の大きな窓も全く意味ないな。
「……ついでに外の木も取り除いておくか」
……うん。そりゃあいいな。
光が入ってこなくとも、青い空の一つでも見えれば、もう少し気持ちが晴れやかになるってもんだ。
時間を持て余した苦し紛れの案だが、思いの外いい考えだぜ、俺。
そんなわけで外に出る。
庭の、むきだしになった土の地面に棒状の魔道具を突き刺して命令を告げる。
「ゴーレム起動」
命令して少しすると地面が徐々に盛り上がり、ゴーレムの姿が現れ始める。
じっと起動を待つ。
「…………」
今ちょうど顔の半分が出来て、土をくり抜いただけの眼窩が土の上に見えたところだ。まるで水面から覗いてくる魔物みたいだな。
起動を待つ。
「……………………」
ようやく顔全体が地面の上に出てきた。
「…………おせぇ…………」
パタパタと地面を靴底で叩きながら、ゴーレムが出来るのを見ていた。
「(……こいつは、やっぱりこれがあるから厳しいよな。盾にでもなってくれりゃ楽になった場面も結構あったんだが)」
終焉の大陸へ上陸したあの日を思い出しながら、そう考えていた。
まぁ、仕方がない話か。戦闘用ではなく、土木作業用だもんな。即席で体を作るから持ち運びが便利で馬力が売りの昔ゴーレム国で買った安物だ。それでも庶民からすれば大分高いから、当時は大枚をはたいて買ったもんだ。土砂で道が塞がれてた時や、街での大荷物の移動。それに今みたいな時には便利なんだがな。
「(次ゴーレム国にいくときがあれば、戦闘用の高い奴でも買ってみるか……?)」
まぁそれでも俺の現状は、あんまりかわらなさそうだな……。
悩ましいよな。あまり小技に頼らず地力を磨くべきか。なりふりかまわず色々やってみるべきか。ただどうにもこうにもやれることがないよな、俺ってやつは。唯一わかってるのは、俺のような凡人にこういう時手っ取り早く上手くいく方法なんか、ありゃしないということだけだ。
ったく。不相応なことに頭突っ込んでる自覚があるとはいえ、いつまでも役立たずでいるつもりはないんだがな。
『つもり』だけはな……。
……一度死んだ身だし、とにかく死ぬ気で色々試してみるか。
高いゴーレムはすぐには試せないけどな。手を出す金が無いし。
世界でも希少な代償型の神器は、代償だけでなく使用料ですら馬鹿みたいに高い。
「ここらへんの木を抜いて、この辺に横たわらせて積むように置いてくれ」
ようやく起動したゴーレムに指示を出す。
ゴーレムは指示にしたがって、ゆっくりと土を固めてできた巨体を動かしはじめ、作業に取り掛かる。こうなればあとは任せておいても大丈夫だ。
…………。
「──って、おいッ!」
ちょっと目を離して、庭の掃除していたらゴーレムが魔物に攻撃されていた。
樹海の魔物だ。四足の獣の魔物で、角が特徴的だった。そのご自慢の角をがつがつと頭突くようにしてゴーレムの体を削っている。
木の下に巣穴でも作ってて掘り出されたか? それなら御冠なのも当然か。だがこんな民家のすぐ側に巣なんか作るんじゃねぇ!
「つーか、ゴーレム壊すのはやめろ! もう一度は怠すぎる!」
剣を抜きながら魔物に走り寄る。同時に、空いた手でジャケットからナイフを取り出して【投擲】を発動しながら投げつけた。それは熱心にゴーレムを削っていた魔物の首に突き刺さるが、浅く致命傷とまではいかなかった。
大人しく臆病そうな魔物だったから、切り付けるまで不意は保てないだろうと、とりあえず攻撃を入れちまったが、これで驚いて逃げたりしてくんねーかな。
「フシュュ……フュゥゥゥ!」
魔物は興奮するように鳴きながら、迎え撃つ姿勢をこちらに向けてとる。
意外だな。逃げないのか。だが戦うなら別にいいぜ。ひとまずゴーレムへの攻撃も止まったしな。
相手の戦意を向けられて、自然に思考が戦闘へのそれへと切り替わるのを自分でも感じる。だからか、魔物がこの後にしようとしている攻撃にも勘付いた。
ご自慢の角に、集中するように力がうずまいている──魔力だ。
「(……魔法か)」
魔物の魔法は特殊だ。
そもそも詠唱なり、形象なりを必要とする人と、それを全くする様子のない魔物の魔法が同じはずがない。それでも同じように魔法が使えてる理由が何故かといえば、魔物には魔法を使うのに特化した器官が人と違ってあるからだ。
だから魔物が使う魔法は、その魔物にとって文字通り手足みたいなものだといっていい。
人間よりも発動が早いし、威力も強い傾向がある。場合によっちゃ真似できないくらいに緻密で繊細なこともやってのける。同じ魔法なら人が使う魔法よりも上位互換だとさえ言われている。
だが対抗する手段がないわけじゃないんだぜ。
「──【水球】」
魔物が魔法を放つと同時か、一瞬あとに俺も魔法を撃った。
魔法の中でも一番単純で簡単だと言われるやつだ。水の球を作って飛ばす。子供が初めての魔法に試しで選ぶくらいの初心者向けだな。
俺が持ってる唯一の魔法スキル、【水魔法】は他の属性と違い相手に影響を与えられるようになるまで長い時間と高い実力がいるとされてる。ま、見ての通りこんなのが当たっても濡れるだけだ。対人じゃこれでも嫌がらせくらいにはなるだろうが、それだけだ。本職となると大量の水で押し流したり、勢いよく吹き出す水で致命傷を与えたりと他の属性にも並ぶくらい強いと言われるんだがな。
残念ながら俺にそこまでの魔法センスと魔力と時間はなかった。だから日々練習して咄嗟に使える魔法はこれだけだ。そのおかげでこうして魔物の魔法にも咄嗟で間に合うのだから、馬鹿にしたもんじゃないだろう。
相手の魔物が放った魔法は、雷の魔法だ。破裂するような音の直後、俺に向かって雷撃が凄まじい速度で襲いかかってくる。
「(……悪いな)」
雷撃は俺とぶつかるよりも先に【水球】とかちあって弾け飛んだ。驚いた魔物から短い鳴き声があがる。おいおい、いいのか意識を逸らして。事態は今も進み続けてるんだぜ。弾け飛んだっつっても魔法が消滅したわけじゃないんだからな。
というのも空気中には、【水球】だった水が飛び散っていた。ただの水じゃなくて、雷撃を吸収して帯電した水だ。
元々飛んでいた推力が若干残っていたのか、水の大部分が魔物へと降り注ぐ。
そして魔物は水を被ると同時に、跳ねるように地面へ倒れこんだ。起き上がることなく体をビクビクさせている。自分で発した雷に感電してやられるなんて、間抜けみたいな話だが、低レベルの魔物はまぁそんなものだな。
「……ふぅー。こんなもんか」
魔物の魔法には弱点がある。
使える魔法が限定的であることだ。人は使う魔法を変えられるが、魔物はそうはいかない。まさか体の器官の形を変えるわけにはいかないだろ? 『雷を放出する魔法』のための器官なら、その器官はそれしかできないんだ。だから融通が効かない。
しかもその器官も、生物の一部である以上あんま無茶苦茶すぎるってことはないわけだ。骨、皮、筋肉、内臓、翼。だいたいそういうのが器官を兼ねている。まぁ、たまーに変なのもいるけどな。
だから魔法は、体の役割にも逆らうことはないと考えていい。翼で水魔法を発動しようもんなら、濡れて重くなっちまう。飛ぶのに支障がでるだろう? 飛ぶための器官で、飛ぶのに邪魔なことをやってちゃ本末転倒だ。そういう魔物はすぐに淘汰されちまう。
こう考えると、魔物の魔法っていうのは使われる前からある程度情報を得て推察することができる。例えば角が器官だったなら「あぁ、放出する魔法なんだろうな」とか「土とか氷みたいな固形は出てこなさそうだな」とか「自分から離れた所で魔法を使いたいなら魔物自身は使う魔法の耐性を持ってなさそうだな」なんて風にな。内臓が器官で口から魔法を吐いてくるなんてやつは、耐性をもってて効かない奴が多いんだが。
とまあ案外知識と経験があれば、対策が練りやすいんだよな。魔物の魔法ってのは。
人間が発動する魔法の前提である『想像』なんてのに比べたら、よっぽどわかりやすいもんだ。
「へっ……っと」
とどめをさした魔物を解体して、魔法の器官である角を手に取る。魔力を少し流すと、バチバチと音を立てて小さな雷が起きた。
……金になるんだよなぁ、これ。魔道具の素材に使えるからな。質もレベルの割には結構よさそうだ。
思わず得意気になって眺めていたが、ふと我に返り、ため息が漏れる。
「こんな低レベルの魔物に得意気になってたら、そりゃあ強くなれねぇよなぁ。ったく……」
恥ずかしくなって、急いで解体した魔物を片付けていく。
……こいつらみたいにわかりやすい攻略方法でもあればいいんだけどな、あの大陸の魔物も……。傾向と対策でも練られたら、また話が少し変わってくるもんなんだが……。
残念なことにそううまくいく話ではないことは、既に嫌というほど体感している。本当にどれだけ分かったつもりになっても想像を超えてくるからな、あそこは……。
「……っぱり……異常は……いわね……」
戦利品を片付け、外で【水球】を浮かせて手の血を洗っていると、ふと樹海の奥から会話が聞こえてきた。
珍しいな。こっち側から樹海に出る奴なんて。
街の人はあまり端街から樹海には行かないと聞いてたんだけどな。
何気なく声が聞こえてくる方向へ視線を向けていた。会話をしているのか、続けて聞こえてきた声は別人のものだった。一人だけじゃないみたいだな。
「だね。やっぱ異常は沿岸方向の奥地からなんだよ。こっち方向は切り上げていいかも──え?」
「ん?」
樹海の草をガサガサとかき分ける音と同時に聞こえてきた声。その元となる人物が、木々の隙間をぬうように姿を現した。こちらが視線を向けていたからか、ふとこちらに視線を寄越してきて、目があった。
──あってしまった。
「え……えっ? あーッ!!!?」
「げ……」
森から現れた人物が、大きく声をあげる。
その声が、そういえば聞いたことあるな──なんて気づけた時には……もう手遅れだった。
「え……え!? うぇぇえッ!? サイセくん!? なんで!? どうして!? 生きてるじゃん!!」
「(やべぇ……。まじか……)」
……やっちまった。最悪だ。
どうしてこう俺は、毎回やらかしちまうんだ……ちくしょう。
「ちょ、シヴィ姉!! なんかサイセくんいたんだけど!! 早くきてこっち!」
「うそ、本当に? あら、思ったより元気そうね」
会話の相手だっただろう人物も続けて姿を現すが、それもまぁ予想通りの人物だった。
そう、俺はこいつらを知っている。
随分古い、顔馴染みだ。
「うん! てか今げってゆった!? ひどい! せっかくサイセくんのためにパーティー全員でここまで来たのに!! そんならしくもない服きて、お洒落なんかしちゃってさ!! も〜う!! えーい、れんこーだ、連行〜!」
「あっ!? お、おい、ちょっと待てよ!! 今は仕事中だっつーの、仕事中! やめろって、離せ──」
腕を掴まれ、そのままほとんど無理やり歩かされる。
くそ……なんて馬鹿力だ。俺より華奢な体をした後衛になんでこんな力が出せるんだよ……。必死の抵抗を駄々をこねる子供のようにいなされるなんて、分かってても地味にへこむんだよな……。本当に『Sランク』ってのは、相変わらずだな……。
そうして俺は突如会ってしまった『マルベリーク・パーソン』に、ほとんど引きずられるようにして連れて行かれることとなってしまった。
行き先は当然、決まっている。考えるまでもないことだ。
彼らの所属する冒険者パーティー……《王背追随》。
その活動の拠点へとついたのは、それから少し歩いた後でのことだった。
◇
幸いなことに、なのかどうか。彼らの拠点は、そんなに歩くことなくたどり着いた。辿り着いてしまった、といいたいところだが、人前で女に手を引かれながら歩かされるのは男として恥ずかしいものがあったので、ついてよかったってのが本音として優った。
拠点が近かったのは、彼らが端街のスラムに拠点を持っていたからではなく、川向こうの石街に拠点を構えていたからだ。それでも橋を渡れば遠回りして倍以上の時間はかかるだろうに、魔法で川の表面を凍らせて渡ってしまうもんだから、ほぼ直線距離でついてしまった。端から見ていて「あぁ、だから面倒な端街側の依頼をこいつらが振られて会ってしまったんだな」と勝手に納得いっていた。
それにしても石街ならどれだけ街の端でも汚れてるなんてことはなく、広い道が敷かれていて、綺麗なもんだな。そこに定期便の町内獣車まで通っているのだから、便利ですらある。さすが『Sランク』。いいところに拠点を築いてるぜ。宿も結構ないいところを丸々一つ、パーティーで貸し切りしていた。
「ようよう、よーう。サイ坊。よく顔出せたな、おめぇは〜。今どんな気持ちだ〜? 見ての通りよ〜こうしてわざわざ探しにきてやったんだぜ、俺たちは。えぇ? 優しいだろ? それなのによぉ〜。散々人に心配かけて、顔馴染みを不安にさせておいて、何事もなく平然と元気に生きてる気持ちっていうのは、どんなもんなのか俺に教えてくれよ〜なぁ?」
「…………」
さっきから嫌なことを言ってくるこの男は、俺に肩を組んで、ニヤニヤとした表情で、からかうように脇腹を小突いてくる。
「……サイセ、ヒリッヂのバカは気にしなくていい。こんなのでも、かなり心配してた。私も心配した。だけど、元気そうでよかった。生きてること。それが何より」
真正面にいる女が、俺の代わりに答える。真正面といっても、本来の正面の席を乗り越えて机の上で両肘をつきながら手の上に顔を乗せて見上げながらのため、めちゃくちゃ近い。正面以上の場所だ。相変わらず必要以上に小柄で、年齢不詳の少女然とした見た目と声をしている。
「しかし、よく見つけたものだねぇシヴィラ」
「そうよね。これがちょうどバッタリ会ったのよ。端街に戻ってきた時にちょうどね」
「西の樹海調査だっけ? 今日は君たちだけが出てたね」
「えぇ、そうよ。そこでマルちゃんが──」
「うっ……うぅ……ひぐっ──」
「この服……サイセ、少し見ない間に随分男前になった。どうしたの。終焉の大陸でお洒落にでも目覚めた? カッコいい。ちょっと好きになっちゃうかも。ちらちら」
「ひゃはははは! そりゃ、傑作だな! おい、聞いたかおめぇら! 終焉の大陸にいけばお洒落に目覚めるってよ!! こりゃ俺らもさっさといくべきだぜ! なんせうちの女共は、色気ってもんが──うごっ! て、てめぇユキハラ……俺の逸物を思い切り……」
「サイセ、ご飯は食べたの。昼時だけど、ここは何か頼めばいつでも食べさせてくれる」
「無視すんじゃねぇ!!」
拠点へ通され、食堂スペースの真ん中に座らされた俺は一瞬にして所在がなくなっていた。
ついた側から五人に囲まれ、同時に別々のところで話が進むもんだからまともに返事すらできやしない。
「頼むから、話を一つずつ処理させてくれよ……。それにゼイトも、いい加減泣き止んでいいんじゃないか?」
「ぐすっ……サイセ。よくぞ……生きていたッ!! お前に紹介してもらって俺はこのパーティーに入れたんだ……それなのに、この俺より先にお前がぁぁッ、終焉の大陸へ行って死んでしまったらぁ……! 本当にこのパーティーに入りたかったのは、サイセ、お前だったんじゃないかと……俺はこれから先の人生で悩み続けるところだった! うぉぉぉ! よかったぁぁ!」
相変わらず暑苦しいな。でも、それは無いから安心しろよ、ゼイト。
このパーティーとの付き合いは長いが、入りたいなんて思ったことは一度もない。なんせ俺はこのパーティーがある前から目的を知っているんだ。終焉の大陸の踏破。そんな目標を掲げるパーティーなんてな、悪いがイカれてるんだよ。それが一般的な評価だし、俺もずっとそう思っていた。なんなら今でも同じだ。行った俺に言われたくはないだろうが、だからこそ鮮明にそう思ってるぜ。口には出さないがな。
しかし残念だぜ、本当……。
俺はあんたらの信頼だけは、裏切りたくなかったんだ。信じられないかもしれないが、ずっとそう思ってたんだぜ。
だから……まさか、こんな日がくるなんてな……。
「……だったらなおさら泣きやむべきだな、ゼイト。なんせ『泣き損』だからな」
「……泣き損?」
「あぁ……だがとりあえずあれだな。あんたら全員にまず礼を言わせてくれ。正直、こんな心配してもらえるなんて思ってなかったから、かなり嬉しく思ってるんだ。当然心配をかけたことを申し訳ない上でな。まさかこの街にまできてもらえるなんて思ってもみなかった。本当に、恩にきる」
言葉の途中で立ち上がり、終わると同時に頭を下げた。
流石なのが、あれだけ騒がしかったのに俺の言葉で部屋全体がピタリと会話が止んだことだ。とはいえ反応が面白がるような視線と、ニヤニヤとした表情なのが見なくてもわかったけどな。人が真剣に言ってるってのに……。まぁ心配かけたんだからそれくらいはいいか。
それにこの人たちは、本当に再会を喜んでくれているのは、伝わってくる。それくらいこの部屋では、ずっと暖かい雰囲気が漂っているんだ。
「そっちのあんた達もな」
そう言って俺は少し奥で溜まっている奴らにも同じようにした。彼らもここのパーティーのメンバーで、数は五人。俺の周りにいるのと合わせれば、ここには十人の面子が揃っている。
正直宿に入ってこの面子を目に入れた瞬間は、かなり愕然とした。なんせ残り三人のメンバーを含めれば、《王背追随》のパーティー全員がここにいることになるんだからな。
……まさか、本当に全員で来たのか。俺のために?
真っ先にそう思った。この南大陸の辺境中の辺境である『テールウォッチ』にまで……。
俺はただ運良く《王背追随》を創立した中核メンバーと知り合って付き合いが長いというだけだ。前にいたパーティーとここの連中で、パーティーごとの付き合いがあったというわけでもない。本当に個人的な縁だ。
だから《王背追随》の全員と、飛び抜けて仲がいいわけじゃあない。だから内心では冒険者活動を優先したいメンバーがいたっておかしくはないんだ。実際来るとしても、俺と馴染みのあるメンバーと、冒険者活動するメンバー。二つに集団を分けて来るだろう。この規模のパーティーなら、普段の活動だってそんな感じだろうしな。ていうか冷静に考えれば、そうするべきだろ。やばいよな。本当に、怒ってないか?
まぁそんな事情があっても、この人らは全員でわざわざきてくれたわけだ。
それがどれだけの労力なのかは考えるまでもない。告げたお礼は、今抱く偽りのない心の底から思っている俺の気持ちだ。それは間違いない。
だからしっかりとしたお礼を全員につげたいから、奥の面子にも声をかけた。顔見知りだけできゃいきゃいやってるのは筋が通らないからな。
顔を上げて奥にいる人らの方へ視線を向けると、全員が少し微笑むような表情で手を振ってくれていた。それだけですごくほっとする自分がいる。いや、ありがたいな……本当によ。仲がいいわけじゃないといっても付き合いが薄いだけで、悪いわけじゃあない。あの様子だと反対もなく、気持ちは全員同じだったのかもしれない。今距離があるのも、馴染みの面子に先を譲ってのことなのだろう。そう思うと後でまたしっかりと声をかけにいきたい気持ちになった。
本当にいい人たちだな……この人たちは。
俺にはもったいないくらいに。
「だけどな、散々心配かけさせといて悪いんだが……。なんつーか、あれだ。その……情けないことを白状することになるが──実は俺、『終焉の大陸』には行ってないんだよな」
……そんな奴らの気持ちを、俺はこれから裏切ることになるわけか……。
本当に、こういうのは気分がいいものじゃないぜ、全く……。
だが仕方がないよな。真実はどう考えても口にできない。それは俺なんかが気安くしていい話ではないし、そもそも言って信じるかも怪しいしな。
何よりそれが今の俺の『役目』なんだ。
端くれとはいえ、なったからには全うするぜ、当然。
果たしてこれから軽蔑されるのか、失望されるのか、関係をきられるのか。何にせよ、すべて覚悟の上でのことだ。
「直前で怖気ついて、な。船が出航する時に抜け出して降りたんだわ。そのまま依頼から逃げ出して、依頼放棄。ギルドに戻るにも戻れなくて、フラフラして……ま、そっからは順調に冒険者からは脱落って感じだ。落ちぶれここに極まれりってな。だから悪かったな、無駄足踏ませてよ──」
…………?
なんか、妙な雰囲気だな。
もっと罵詈雑言が飛び交うのかと思いきや、思いの外しっかり耳を傾けている。
いや……むしろ真剣すぎるくらいだ。迫真とも言えるくらいに。だから空気がとてもピリピリとしている。
まるで難しい依頼に出る直前のような雰囲気だ。獰猛な笑み、集中した眼差し、話しかけづらい雰囲気。賑やかで楽しい連中だが、真剣な冒険者としての側面を当然この人らも持っている。そうした姿は何度か見たことがあるが、なぜか今、その時の様子と重なって見えた。
「……? なんだ……?」
だが、その理由がわからない。何で今だ……?
思わず戸惑いそうになっていると、肩を組んでいたヒリッヂが囁くように言った。
「ま、焦んなよ。サイ坊ちゃん。その話は、あとでじっくりやるからよ。
それよりも先に今は、やるべきことがあるだろう? ほら、来たぞ」
そう言って突き放すように、組んでいた肩が解かれる。
思わずよろけるが、別の奴に肩を組まれてすぐに体は安定した。
さっきよりもがっしりとした体つきだ。誰だ?
「── 人は、孤独の中で強くなる」
はっとする。
それはこのパーティーの中でも一番馴染みのある人物のものだった。
「……あの時以来か、サイセ。『サイセ・モズ』。よく……生きていた。やっと再会できたな。……なんだ? 久しぶりに面を突き合わせたが、随分憑き物が取れた顔をしているな。自分探しの旅は、無事に終えられたか?」
「……よう。『ウェイドリック』。あんたも、相変わらずそうだな。あん時は……いや、あん時もか。随分世話になったな。俺も久しぶりに会えて嬉しいぜ」
「リダーとサブリー連れてきたー」
「ちょっとマルちゃん、今感動的な場面なんだから、邪魔をしちゃだめよ?」
「え……? あ、ごめん。 ……いやでもサイセくん、私と会った時『げっ』って言ってたんだけど。私とも感動的な再会したってよくない!? なのにげって!」
「……それは悪かったな」
拗ねたら長い、意外と根に持つ女マルベリーク。
よく考えたらあの対応は確かにまずったな……。咄嗟なんでついやっちまったんだよ。
軽く謝ると「……じゃあいいよ」と許される。でもこの返事の感じだと、あと何回かあとで謝ることになりそうだな……。
「ウェイドリックの言う通りじゃあ!! サイセッ! 前会ったときよりも男らしい顔つきをしておるわ!! 一回り大きくなって帰ってきたかぁ、がはは!! 生き残ること、それが冒険者の本質よ。お前さんは無事生きて帰ってきた、優秀な冒険者じゃあて!! 誰が何と言おうとものぅ!!」
「ちょ、いてっ……いてえっ! ビスケンさん、分かった! 分かったから! あんたも相変わらずだな!」
「がーはっはっは!!」
《王背追随》随一の巨漢にして、サブリーダーも務めるビスケンが笑いながらガシガシと背中を叩く。ウェイドリックに肩を組まれて動けないものだから、避けられないし普通に痛えんだよ。見た目通りの力の強さだしな。
とはいえマルベリークがこのパーティーのリーダーとサブリーダーを連れてやってきたことで、《王背追随》のメンバーが文字通りここに全員揃った。
「でも、確かにな。前に俺らが全員いるときに顔出したときなんかにゃあ、もっとビクビクしてなかったか? んだよ、サイ坊。俺たちは終焉の大陸の魔物よりは怖くなかったかよ、えぇ?」
「(──いや、そりゃあそうだろ……)」
俺は『1000レベル』にも行かない、たかが『Aランク』の冒険者だぞ。
そんな奴が平均『1000レベル』を超える、『Sランク冒険者』が三人いて、残りのメンバーも殆どが『AAAランク』なんていう世界でも有数のパーティーと親しげにしてれば、当然のように嫉妬の嵐だ。やっかみ、陰口、恐喝なんて日常だったぜ。
ウェイドリック達と知り合ったのは『Sランク』になるよりもずっと前のことだったなんて、周りは知りっこないからな。しかもウェイドリックの方から声をかけてきたんだぜ。「かつて終焉の大陸に挑んだ英雄の末裔とお見受けする」とか言ってきてな。懐かしい。パーソンの名前を後から聞いた時は、自分のほうがよっぽど英雄の末裔だろってちょっと不貞腐れてしまったんだよな。若かったからな。
……とはいえ、言われてみれば確かに変に畏まったり、周りの目を窺って自分の振る舞いを気にする意識はかなり薄れていた。それに終焉の大陸へ行ったことが大きく影響しているのは、言うまでもないことだろう。
あのしょうもない依頼も、そう考えると随分意味のあったことなのかもな。
そうじゃなければ今の立場もあり得なかったわけだし。
だが俺は、誤魔化すように答えた。
「どうだかな。自分じゃよくわからないな。単にやけくそになって全部どうでもよくなっただけだろ。そもそも蒸し返すようで悪いがな、俺は終焉の大陸へ行っていないんだよ。さっきからいってるだろう?」
「……ほう? 初耳だな。行ってないのか?」
「……あぁ、そうだ。なんせ、あの終焉の大陸だぞ? 怖気付くにきまってるだろ。だから降りたんだよ。船からも依頼からもな。あんたにも謝っておかないとな、ウェイドリック。無駄足踏ませて悪かったよ」
そういうと、ウェイドリックは組んでいる肩を外した。
さぞ怒ってるだろうと思い顔に視線を向ける。
だが予想とは裏腹に、表情には笑みが浮かんでいた。まるでさっきの他のメンバーと同じだ。
「まぁ、落ち着け。とりあえず現状の言い分はそれでいいんだな、サイセ。──ユキハラ」
さっきまで楽しく(?)会話をしていたユキハラが頷く。
立ち上がって虚空から紙束を取り出すと、真面目な顔……かはいつも無表情なのでわからないが、淡々とした声で話し始めた。
「まず冒険者ギルドは、私たち《王背追随》の要請に応えて冒険者サイセ・モズと彼が受けた依頼の情報を提示した。その情報によれば今から三ヶ月前。リル・ココリス(夏の四月)にウォンテカグラ調査団はテールウォッチを出航している。その時ギルドがした出発の点呼の記録には、サイセの名前は載っていた。つまりギルドから見ればサイセはその場にいたことになる」
さらっとギルドから情報を絞り上げていることを告げるユキハラ。
まぁ当然だろう。それくらいはやってのける影響力はある。これくらいで動じちゃいられない。
「……何年冒険者をやってると思ってるんだよ。点呼があることなんて百も承知だ。同時にいくらでもごまかしが効くこともな。点呼したあとに逃げ出すくらいの工夫はするさ。ただでさえ悪い俺の印象が、底抜けに悪くなっちまうからな。今となっちゃ意味がないことだったと思うが」
「その時にギルドは、調査団の冒険者側の代表として、サイセに魔道具を渡している。魔道具は中途報告として定期的に、ギルドにある別の魔道具に信号を飛ばす仕組みが組み込まれていて、それも通常通り行われていた」
そんな仕組みがあったのかよ。知らなかったわ。
「あぁ、そんなのもあったなぁー。ま、そいつは他のやつにおしつけたんだ。他のやつらは全員俺よりランクが下だったからな。押し付けるのも難しくはなかったぜ」
「そう」
「…………」
抑揚のない端的な返事。
別にいつもそうなんだが、今日に限ってはなんだかそれが不気味だ。
「ギルドの情報では、あなたが終焉の大陸へ行ったことは間違いなかった──ほぼ。でも私たちはさらに裏を取るため、ギルドではなく『ウォンテカグラ国』からも情報を引き出した。かなり渋られて、中々答えてくれなかったけど、ついこの間ようやく折れて私たちは情報を得られることができた」
「(げ……マジかよ……)」
それは、まずい。
「ウォンテカグラは調査団の代表として送り込んだ貴族ズェゴ=ブーグリゴから、出発の数週間後に通信の魔道具で船上から報告を受けているの。その報告は依頼の形式上、冒険者の代表と連名で行わなければならないものだった。貴族側の代表は当然ズェゴ。そして冒険者側の代表として出ている名前がサイセ。あなたの名前がここにしっかりと出ていて、残っている」
「そ、れは……だな」
……くそっ。口篭ってしまった。ズェゴの野郎……死んでからも俺を苦しめるのか……。
つーか、ウォンテカグラもよく答えたな……。バカみたいに失敗した他国からの依頼だぞ。自国の汚点なんて誰だって隠したいだろ。渋って当然なのによ。
これがSランクの特権だってのか。凄まじい影響力だな。相手にしてはじめてわかる末恐ろしさだ……。
「先に言っておくがズェゴがお前を庇って名前を使ったという線では俺たちは納得しないぞ、サイセ。すでにズェゴのことも調べている。こいつはかなりの悪徳貴族で評判が悪いやつだ。性格も直情的で差別的。冒険者嫌いの気もあるみたいだな。こいつは冒険者が逃げ出そうものなら、真っ先に吊し上げて晒しあげるようなやつだ。そんなやつがサイセ、お前のためにそこまでするなんて理屈が通ってないだろう?」
……その通りだよ。よくまあ、調査だけで奴の実態をそこまで見抜けるな。聞いてるだけで奴のめちゃくちゃな言動が走馬灯のように駆け抜けていったぜ、ちくしょう。
ウォンテカグラからの情報が提供された時点で、《王背追随》はほぼ俺の生存を絶望的として調査を切り上げようとしていたらしい。ならなんでまだテールウォッチにいたんだ……。噛み合いが悪いぜ、全く……。
「つまりだ、サイセ」
肩に手を置かれ、握られる。
決して強くはないが、逃がさないと感じる熱がその手にはこもっていた。
「俺たちが今生きて再会し、向かい合っている。この現実に辻褄のあう答えがあるとすれば、それはな。ウォンテカグラ調査団として終焉の大陸へ向かったお前が何かしらの理由で生き残り、この大陸へ戻ってきた。それだけが唯一の『答え』なんだ。それ以外はありえない」
「(──あぁ、ようやく合点がいったぜ)」
この人らにとって、俺が死んだってことはかなり確信的なことだったんだろうな。
ここまで知ってるなら、ウォンテカグラ調査団が壊滅したことも当然掴んでいるはず。あまりにも生存があり得ないことが確定的な状況。それでも俺が生きてるもんだから、逆に唯一ありえる『正解』を即行で導き出しちまったんだな。それだけ生きてる可能性を考慮してくれたってんだから、俺にそれを責めることはできないわな。
そんでもって俺との再会に喜びながらも、その『先』が気になって気になって仕方がなかったって感じか。だからピリピリしてたんだな。まぁ当然か。あんたらがどれだけの熱量で『あの大陸』を目指しているのかは、俺もよく分かってる。
だから薄情だとは言わないぜ。俺も冒険者だったからな。気持ちはわかる。
テールウォッチに残ってた理由も納得がいったぜ。ここは唯一、終向海へ旅立てる南大陸の港だから、そりゃ大事にしたいよな。
ったく……。敵わねぇな、こりゃ……。
「……わかった。降参だよ。あんたらには話す」
「そうか……! それで、どうだったんだ……!? 終焉の大陸は!! 何があった……!」
むわりと一瞬で熱気が立ち、ほぼ全員が一歩詰め寄ってくる。どいつもこいつも迫真すぎて目がこえぇよ。
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ。話すけどよ。随分込み入った長い話になるんだ。一度俺を戻らせてくれないか? 見ての通り仕事中に連れてこられてるんだぜ、俺は。仕事を放り捨てていなくなってるのがバレたら、雇い主の心象が悪くなっちまう」
「なん、だと……。いや、確かに。そっちの都合も考える必要がある、か。わかった。感動の再会は、今回のところはこれくらいにしておこう。──だが、サイセ。せっかくだ。その雇い主とやらに俺を一度あわせてほしい」
「……なんだって?」
「どこで何をして働いているのか、お前の働きぶり、色々知っておきたい。随分心配して、ここまできたんだ。安心しきって帰りたい気持ちもわかるだろう。どうあれギルドにはもう戻るつもりがないんだろう?」
「まぁー確かに……。それを言われると弱いな……」
別にこの人らは俺をギルドに突き出すなんてことしやしない。それは分かってる。
だが黙っておくにも相応の危険性ってのがあるもんだ。ましてやSランクともなれば影響力の分それも跳ね上がるだろう。万が一のためにも知っておきたいというのは、パーティーのリーダーとしても当然の責務だ。
「……わかった。ひとまず聞いてみるだけ聞いてみる」
しかしそこまで分かっていてなお、曖昧にしか答えられなかった。
なんせ俺をギルドに突き出すなんてことよりも、よっぽど重いからな。最悪そうしろと言われればそうしていいと思っているし。
幸い文句は言われなかった。
ただ早く返事をよこさなければ、こちらから出向くと軽く脅された。あの様子だと本当に来そうだな……。
「(やっぱ俺……旦那と違ってこういうの向いてねぇ……)」
なんとかぼやかして逃げ出すので精一杯だった……。
敗北感を胸に、俺は慌てて『部屋』へ戻る。慌てすぎてマルベ達がいないと渡れないのに、来た時に渡った川へ来てしまった。だが来た時の氷の橋がまだギリギリ溶けずに残っていたんで、それを渡って早く戻ることができた。
『部屋』のラウンジには、運よく錦と春の姉御がいた。ちょうどいい面子だ。
俺は二人に、起きた事の顛末を話した。意外なことに、思いの外二人はウェイドリックたちに会うのに前向きだった。自分で勧めといてなんだが、驚きだ。この『部屋』の能力や終焉の大陸へ繋がっていることは、たぶん凄まじい価値を持っている。むやみやたらと情報を拡散すると危険度が跳ね上がる可能性も俺なりに分かる範囲で伝えはしたが、それを加味しても意見は変わらなかった。
そんなわけでSランクパーティー《王背追随》がこの『部屋』にやってくることが決まったのだが──それは予想以上にこのあとすぐのことだった。
 




