第116話 無情の侵入者
「いやー。すごいね、これ! 本当に御伽話みたいだ! ハハハハ!」
「やべぇ……、おち……くっ!! うぉぉぉぉ、落ちてたまるかっ!!」
「…………」
なんだかカオスな状態だった。
風が顔や体に強く当たる。真下には青い竜の体があって、目の前はパノラマのようにケルラマ山脈の光景が広がって見えた。山脈の向こう側すら、遠くまでよく見える。圧巻といえば圧巻な景色だ。
俺たちは今空を飛んでいる。ウォイクアの要望に沿ったために。
それで一つわかったことがあるが、竜の背は思っていたより乗り心地がよくない。背中だから形が反っているし、鱗も思ったよりつるつるしている。これだけでも普通なら真っ直ぐに立ち辛いのに、さらに風と揺れがひどい。
それなのに落ちたらいけない。まるで嵐の海で転覆した船の上に乗ってるみたいだな……なんて現状の乗り心地のことを考えていた。
乗る前は、なぜか乗り心地のことなんてすっかり頭から抜けていた。なぜだろう。エステルの言うとおり、竜に乗るのがどこか御伽話じみていたからだろうか?
実際サイセは背中に生えたよくわからない突起みたいな部分に体全体を使ってしがみついているが、その様子はまさに死に物狂いだ。エステルに至ってはもはや踏ん張る力もないだろうということで、俺が小脇に抱えるように支えていた。だから自分の力で耐えてるサイセより、エステルのほうが余裕を持って飛行中の景色を楽しんでいるというおかしな事態になっている。
「(──やっぱりどう考えても普通に『ドア』で行ってた方が、よさそうだったな……)」
『ドア』ならばすぐに盗賊のアジトには行ける。
なのになぜこうして空を飛んでいるのかといえば、ひとえにウォイクアに熱く説得されたからだ。
いわく『ドア』を作る金がもったいないだとか。魔物も一緒に移動できる、今なら上空から盗賊を探せる、そもそも街の移動が面倒くさい……なんて理由をつらつらと色々並べられた。
それっぽい理屈だけど、言い返すことは簡単にできた。
そもそも『ドア』は行きで既に設置してある。盗賊退治も全員で行く必要がなく、魔物も誰か……それこそウォイクアにでも留守番して見ておいてもらえばいい。【街】の移動が面倒くさいっていうのは……。確かに現状の課題だけど……。少し広すぎて行き来に数キロをいちいち歩く必要があって面倒になっているのだ。中継地点でも作るべきか?
そんな感じでツッコミ所が多数存在するものの、結局熱意に押された形で了承してしまった。
特に何か損をするわけでもないし、アジトに獣車を持って行ってもらうまでの間、どうせ暇を潰す必要があったからだ。
なので魔物も現在、竜姿のウォイクアに片手に一頭ずつ大人しく握られている。
『どうだ? 竜王の背からの景色は壮観だろう。前代未聞だぞ。竜王が足代わりになって、背中に人間を乗せてやるなんてな。だが俺は秋のことは認めてるから言うことを素直に聞く。そんな俺は、なかなか役にたつと思わないか。契約をしてよかっただろう、秋』
「…………」
言うことを聞いてやるって……言い出したのはそもそもウォイクアの方なんだけど。
しかし空を飛んでからというもの、ずっとウォイクアはこの調子だ。鼻息を荒くしながら自慢げに、しきりに自分が使えることをアピールしてくる。
……なんか企んでないか? ウォイクア。
怪しいな……。
「盗賊の姿は見えないけどね」
微妙に疑わしさを感じつつ、返事をする。
飛んで少し経つが、盗賊の追跡に対しての成果はなかった。連中の手際がいいのか、近場にアジトの入り口があったのか。すでにアジトに潜り込まれてしまったみたいだ。これについては正直俺も予想外ではあった。思ったより相手の優秀さをみくびっていたらしい。
しかしもう逃げられたのなら、上空にいるというのが裏目に出てしまうな。死角に入って洞窟の入り口なんかが見つけにくい。
「村人や行商人も、竜の姿見て驚いて騒いでいたね……。あんまりカタギの人を怯えさせるのは良くないよ」
エステルもさりげなく注意を挟んでいた。
まいったなぁ……。これじゃあ本当に空を飛んだ意味がない。
ウォイクアの面目が丸潰れだ。
『…………』
さすがに何かを感じ取ったのか、ウォイクアもだんまりで返事がない。
「ギュアァ! ギュア゛ア゛ア゛!!」
至らなさに追い討ちをかけるかのように、ケルラマ山脈の山肌から、さっきからずっと巨大な猿のような魔物に威嚇されている。
山脈の竜木に住む魔物だろうか。遠目からみても竜並に体が大きい。かなり虫の居所が悪いか、こちらが気に食わないのかしつこくあの様子だ。
ヒュンと、側で何かが風を切って通過する。
それは山肌にいる魔物から投擲された岩だった。ついに攻撃を仕掛けてくる始末らしい。
誰かのイラついたような舌打ちが聞こえる。
『……魔物如きが。存在の格も測れない雑魚が、竜王を相手に調子に乗るか』
ウォイクアの背中で「八つ当たりだよね」「八つ当たりだな」「八つ当たりだね」みたいな目配せをしながらも、流石に誰も口には出さなかった。ここには竜王のプライドに気遣える、優しい大人しかいない。
──ゴッ、と。
辺り一帯に、巨大な鈍い音が鳴り響く。
それが何の音なのか、この瞬間は誰もわからなかった。
誰かが何かをしたというわけでもない。山肌にいる魔物もウォイクアも、まだ全く動き出してはいなかった。
だからか、どちらもが警戒心から異様な音に怪訝な顔つきをしている。
すぐにまた同じような音が鳴った。さっきよりも近い。
今度はその音が土の中から聞こえてくる『地響き』だというのがわかった。理由は単純で、地面が揺れていたからだ。驚いた鳥が羽ばたき、怯える魔獣が巣穴から慌てて飛び出している。こもったような重く鈍い音は、まるで巨人の足音のように周囲一帯で響き渡った。
気づけば、全員の視線が地面に注がれている。
そんな中──。
ゴッ。
三回目も、また同じ音が鳴った。
今度の音は、腹の底が振動で揺れてるのを感じるほど、間近で巨大だ。
一回目と二回目で音が近づいてきているなら、三回目は当然そうなるだろう。だがこれほど巨大な音と振動が鳴ってそれだけで済むのか?
当然、済むわけがなかった。
それは音と全く同時に起きた。
山肌に突如刻まれる巨大な亀裂。空から見てるとあまりにもわかりやすい。山の内側から必要以上に加えられた力によって、瞬く間に山肌が異様に盛り上がっていた。力はそれからも加わり続けたため、やがてすぐ盛り上がった部分は耐えきれず、破裂するように吹き飛んでいった。
そこら一帯にあったものがバラバラになって飛び交う。
岩も、根に土塊のついた木も。なぜかその中に『人間』も混じっている。
それとウォイクアに威嚇をしていた巨大な魔物も巻き込まれていた。ちょうど魔物がいるところで起きた出来事だったのだ。地面から突如生えてきたそれが直撃し、『ぶん殴られて』、血反吐を撒き散らしながらどこかへ飛んでいった。巻き込まれた中でも一番悲惨な末路かもしれない。
そんな出来事が、鈍い音と同時にほぼ一瞬で起きていた。
その光景を一部始終見ていた俺たちは、口をあんぐり開けながら呆然とするしかなかった。ウォイクアですら、竜の姿で目を見開いている。
「あれは──『腕』? はは……見間違い……じゃないみたいだね。デカすぎるよ」
『……あれがもし人なら、この世界に存在してる何よりも巨大だな。あの見えてる腕の部分だけでも巨人族ぐらいはあるぞ』
山肌に突如、大惨事を引き起こしたもの。それは巨大な『腕』だった。地面から生えた肘より少し先の腕と、その先端にくっついた硬く握られた拳。おそらくそれに触れられるほど側にいたら、逆にそれが何かわからなかったかもしれない。それほど巨大で、太く、そして妙に筋肉がついていた。
まるでタチの悪い巨像だ。だが、あれはれっきとした生きている人物の腕だ。
その腕を見た瞬間、何が起きたのかを悟り、ついため息が漏れた。
この惨状を作り出した人物を脳裏に浮かべ、目の前の出来事に頭を軽く抑えながら呟く。
「『蛮』……」
サイセ以外の『使用人』が使う【魔獣化】は、彼らがまだ魔物だった頃の姿。あるいは魔物だった頃の力を一部再現する【固有スキル】だ。
突如山肌に現れた見覚えのある腕。それは【魔獣化】によって魔物の頃の姿に体を戻した、使用人『蛮』のものだった。
「何してんだか……」
今回は目的は、囚われた人物の救出だ。アジトをぺしゃんこにして全員死んじゃいましたじゃ本末転倒なのに、この有様だと平気でそうなりかねない。
『話に聞いた終焉の大陸生まれの辿魔族集団か。確かに、冗談みたいな連中のようだな、色々と。だが、ふん、竜王ほどじゃないな。それよりも秋。そいつがいるってことは、あの腕の下には目的の奴らがいるんじゃないか。なんだ、どうやら結局は目的地についてしまうようだな。これが竜王の力だ。どうだ、秋』
「…………」
それでいいのか……竜王の力……。
だが一応言ってることは正しい。
『部屋』にいるはずの蛮が今ここにいるということはそういうことだ。
少し待っていると巨大な腕が萎むように姿を消して、山肌にぽっかりとあいた巨大な穴だけが残されていた。ちょうどおあつらえたように、竜が通りやすい大きさの穴だ。
なのでウォイクアに乗ったまま、その穴を降りていく。地面に着地すると、そこで予想通りの人物が待ち構えていた。
「マイロードッ! 使用人、『蛮』ッッッ!!
ただいま参上しましたでありますッ!
どうぞ、小官にご命令をッ!」
ウォイクアから降りてすぐ、敬礼した蛮に出迎えられる。いつも通り自分の名前が書かれた黒いふんどしをたなびかせながら、今日も相変わらず、声と筋肉がうるさい。あの温厚で人好きの使用人、紅にして『合わない』と言われるだけあって、灰汁の強い人物であることは間違いない。そもそもほぼ全裸なだけでも、使用人の中でも少し異様だ。蛮の特性上この格好が一番都合がよく、理にかなっているので仕方がないことはわかっているが。
「マイロードもこちらへ、ご用がおありでお越しでしょうか!」
ちょうど近くに盗られたはずの獣車が置いてあった。それとなぜかこの場所では盗賊が無造作に周囲で転がっている。石化したり、苦しげにうめいていたり、毒々しい顔で泡を吹いて居たりなどと散々な様子だ。蛮にやられたのだろう。とりあえず周りを見ただけで蛮側の経緯はなんとなく分かったから尋ねなかった。
代わりに蛮から尋ねられたため、質問に答える。
「あぁ、ちょっとここにいる奴らを壊滅させつつ、奪われたものを取り返しにいくんだ」
「なんと!! では、自分も同行してよろしいでしょうかッ!」
腰を反らせて、より大げさに敬礼をしながら蛮は言った。
うーん……。
「あんまりめちゃくちゃにされると困るんだけど。ちゃんと言うこと聞いて、手加減したりできるか?」
頭にさっきのむちゃくちゃな光景が浮かんでいた。今回は誰も彼も倒せばいいというものではない。もし咄嗟にグレイスが目の前に現れたりなんかしたら、攻撃の手を急に止めたりしてくれないと困ったことになったしまう。
ふと、蛮に目を向けるとピタリと動きが止まっていた。どうしたのだろうか。
「……申し訳ありません!! マイロード!
『手加減』、とはどういった意味の言葉でしょうか!」
……そうか。
手加減という言葉の意味から、そもそもわからなかったか……。
確かに終焉の大陸でずっと生きていたのだから仕方がない。向こうじゃ手加減なんて言葉は使わない。それは生きるなと言ってるくらいわけのわからないことだからだ。
だけど向こうとこっちじゃ、状況が違う。
何だか、ますます連れて行きたくなくなってきたな……。
「手加減っていうのは……相手を倒してしまうのを我慢して、あえて手を抜くことだよ。終焉の大陸では必要なかったけど、『生きる』以外のことを目的にする時なんかは、そういうことが必要になることもある。ある意味、全力であることよりも難しいかもね。加減の訓練にはちょうどいいかもしれないけど。
一緒についてくるなら、蛮にもそれをしてもらわないと……蛮?」
「…………ッ!?
『訓練』──あえて手を抜いて、でありますか!?
まさか、そんな方法があったとは! 脱帽であります!」
蛮が打ち拉がれたように震えている。
訓練だと聞いて感動しているみたいだ。
相変わらず、すごい『訓練好き』だな……。
訓練、戦闘技術、試合……蛮の頭にあるのは基本そんなことばかりだ。
あまりにもそれが楽しくて夢中になって仕方がない。だから他のことに気が回らない。
まぁ魔物の頃から蛮はそうだった。
おそらく根からそうなのだろう。だから妙なことに、一対一のタイマンなんかにも拘っていたりする。終焉の大陸では意味がないことなので、あまり他の使用人には相手にされてないみたいだけど。それで気が向いたときにしか試合に付き合ってもらえず、よく残念そうにしているのを見かける。ただ使用人じゃない剛なんかは面白がって結構相手をしているようだ。
「是非ともマイロードの試練に、この蛮めを! 挑戦させてはいただけないでしょうかッ!」
うーん……どうしよう。本当に大丈夫だろうか……?
「おい、やっぱり侵入者だ! 頭に知らせてこい!
……なんでここだけ、こんな明るいんだ?」
ちょうどよく、洞窟の奥から盗賊が現れる。
洞窟のはずが頭上に大穴が空いて、ここだけ異様に光が注ぎ込んでる有様だ。そんな規模のことをしでかしてしまえば、当然ここを根城にしている盗賊たちは気づいてやってくるだろう。
応援を呼ばれてしまったが、とりあえず蛮にお試しで相手をしてもらうことを頼んだ。
「はっ! 小官にお任せをッマイロード! ……むんっ!」
元気よく返事をした蛮が、襲いかかってくる盗賊に拳を振るう。
殴られた盗賊は跡形もなく弾け飛んで、消えた。
「あっ……」
「蛮…………」
《暴虐王》ですら、顔だけだったのに……。
犯罪者相手とはいえ、似たような惨いことをする人物がまさか身内にいるとは思わなかった。
跡形もなくなって、あたりには血だけが撒き散らされて残っている。エステルだけそれを見て少し気持ち悪そうにしていた。
「こんなにも脆い生き物が存在するとは……。不覚ッ! 完全に驕り高ぶっておりました!! 小官の未熟さが、まさかこれほどまでだったとはッッ!! 『手加減』……なんとも奥深い技術ッ! このような難解な試練を授けてくださる……さすがは我らがマイロードであります!! 使用人、蛮──いただいた名前に決して恥じぬよう、この試練必ずや越えて御覧にいれましょうッ!」
そう言って蛮が「では参りましょう、マイロード!」と言って先へ進もうとする。
いや、まだ試しただけで決定したわけじゃないんだけど……。
しかも試しでこの結果なら正直……。
そう思いながら、進んでいこうとする蛮に、仕方なくついていく。
同じ失敗しないようサイセとウォイクアはその場にいてもらって獣車と魔物を見張ってもらう。
グレイスの情報のためにエステルにはついてきてもらって、三人で盗賊のアジトへと乗り出した。
◇◆◇◇◆◇
──『強奪スキル』。
それは他人のスキルを奪える強力なスキル。
その尋常じゃない効果を羨んで、憧れるバカも、中にはいるが……。
はっきり言おう。
『強奪スキル』持ちの人生は、クソだ。
こんなにも、人を弄ぶように人生を一変させるスキルなんてのは他にありゃしない。
普通の家庭に生まれた人間でも平気で奈落の底に突き落とす。なんなら少し余裕のある、裕福側の一般家庭だとしてもそうだった。
俺の人生は、『強奪スキル』の発動によって転落していった。
苦難を煮詰めて固めたような日々だった。
スキルの発動は何の脈絡も前兆もなかった。ある日、唐突のことだ。《ステータス》をたまたま調べたら、いつのまにか強奪スキルが身についていた。
それが発覚して、まず起きたこと。それは周囲から人が消えたことだった。知らない奴からはあからさまに距離を置かれ、仲がよかったはずの友達は話しかけると引き攣った笑みを浮かべながら早めに会話を切り上げて去って行く。
『強奪スキル』は違法ではない。多くの人間の国ではそうだ。
それこそ貴族や王族にスキルが芽生えて国の英雄になった英雄譚だって結構存在する。
それでも自分のスキルが盗られることを嫌って、みんな自発的に近づかない。当然の自衛だ。スキルを盗られることなんざ、ものによっては仕事を盗られるも同じ。これからの生活が立ち行かなくなる可能性も充分ある死活問題だ。
だからその時は割り切ることにした。
別に人と関わることが無くなるだけならば、と。寂しいが仕方がない。
ふと、そこで初めて、強奪スキル持ちの英雄譚が、貴族や王族といった身分が保証されている人ばかりなことに気づいた。貧民からの成り上がりだってあってもよさそうなものなのに。だが一般市民の強奪持ちがどうなるのかは、身を以て理解した。スキルの強奪を恐れられ、みんな同じように一人で燻っているのだろう。身分があるから、人々は「この人は自分のスキルを奪わない」と信頼するのだ。それがなければ当然の措置としてこうなっていく。
それから魔物を狩って生活をしていた。
仲間も集めようがないから、一人での活動だ。
殺した相手からスキルをすべてを奪うタイプの強奪スキルだったから、魔物の駆除ついでにスキルを増やして金も稼いだ。思いのほか順調だったし、この頃は結構楽しかった。魔物を倒すたびにスキルが強化され、どんどん倒せる魔物と収入が増えていったから。
それにまだ漠然と希望も持っていた。
このまま強くなり、村の役に立てば、ゆくゆくは人からスキルを奪わないことをわかってくれる。 そうすれば自然と周囲の反応も元に戻っていくだろう……なんてことを、漠然と考えていた。
全くもって、そうはならなかったが。
狩りの帰り道だった。唐突に俺は押さえられて捕まった。
乱暴に無理やり連行されて、話を聞けばどうやら人を殺してスキルを奪った罪で捕まったらしい。
──バカな。
そんなことはしていない。俺は魔物からしかスキルを奪っていない。そんなに強く断定をするなら何か証拠はあるのかと尋ねたら、村の外で死体で発見された人物と同じスキルを使っているのを見たと言われ、愕然とした。そんな軽い証拠で、こんなにも一方的に罪をきせられてるのか? 直接殺すのを見たわけでもないのに……。
同じスキルを使ったと言われても、そんなこと、別にありえるだろう。その死体で発見された村人のことについては知っていた。もともと仲が良かったが、強奪スキルの発現後に疎遠になった者の一人だ。
いつも一人で行動しているので知らなかったが、どうやらすでに村では俺が疎遠となったそいつに復讐を果たし、殺してスキルを奪ったというのが当たり前のように広まっていたらしい。馬鹿馬鹿しい。そんなことをするなら故郷にいる人のもっと多くを、殺さなければいけなくなるだろう。俺はやっていない!
必死にした弁解は聞く耳は持たれない。少し疎遠になりながらも、まだかろうじて話くらいはしてくれた家族からも、ついに見放された。まるでこの時を待っていたかのように。
そして俺はやってもいない犯罪の罰をうけて、奴隷として売られた。
『強奪スキル』持ちの奴隷が行く先は二つ。
貴族に飼われてスキルの貯蔵庫となり、手軽にスキルを取得できる装置になるか。
後ろ暗い組織に飼われて兵隊として酷使される戦闘奴隷になるか。
運が良いことに後者の道を辿ったが、そんなのは所詮、糞溜めの底の幸運だ。
人を人とも思わずに戦闘に駆り出される日々は過酷だった。
そんな生活を数年経て、二番目の転換点があった。
一番目の転換点が『強奪スキル』の取得という最悪の転換点だとしたら、二番目の転換点である【能力】の取得は最高の転換点だった。
ある日起きたら、俺は『舵輪』を抱えていた。正確にはそれが最初何なのかわからなかったが、同じ戦闘奴隷に海沿い出身のやつがいてそいつが「なぜ舵を握ってるのか」と言ってきて話を聞いて分かった。船を操作するのに使う装置と同じ形らしい。
そして徐々に自分が【能力】に目覚めた実感が湧いてきた。目覚めた直後はそういう感じのようだ。
しかし【能力】といっても、千差万別だ。【スキル】や【ユニークスキル】よりも一線を画す上位の力だとされているが、いかんせん使い辛い【能力】というのはある。終焉の大陸へ転移する能力なんて目覚めたところで使い道も何もあったものではないのだ。
だが目覚めた能力の有用性は……高かった。
【スキル付与輪】といい、この舵輪は他人にスキルを付与する力がある。舵輪にスキルを設定したあと、八個ある舵輪の持ち手部分を回して外し、スキルを付与したい相手を登録して渡せば、そいつは取っ手を持っている間は登録した舵輪のスキルを好きに使えるようになる。登録してなければ使えないし、仮に取っ手を盗られても戻したいと思えばいつでも戻せるのがよかった。
さらに取っ手には、さらなる別の効果があった。
舵輪との繋ぎ目部分が判子になっていて、登録された取っ手の持ち手は、それを使い他人に印をつけられる。この印をつけられた者は、誰でも舵輪のスキルを『一つ』だけ一時的に使うことができた。制限時間もあるし、一度使えば消える。印をつけすぎると取っ手からインクがなくなるため、舵輪につけなおしてインクを溜める必要がある。細かい制限はあるものの、この効果のおかげで付与できる相手の数は跳ね上がった。
面白いのは、舵輪の取っ手を持ってる時の付与と印をつけた時の付与は、重複することだ。
本来同じ種類のスキルは一人につき一つまで。それは当然のことで、二重に手にいれることなんて誰もできやしないし、そんな発想なんて今までになかった。おそらく二重に手に入れようとしても持っているスキルのレベルがあがるだけだろう。
この重複する効果が判明したことで【スキル付与輪】は、ただ持ってないスキルを相手に使わせてやるだけにとどまらない可能性を得た。うまく使えば強力な力になる。取っ手の無くなった禿げた舵輪部分にもスキル付与の効果があり、これも他の効果と重複できる。つまり舵輪と取っ手と判子で最大『三重』の重複ができるわけだ。取っ手を複数持ってもスキルの重複が発生すればよかったのだがそこまで都合よくはいかなかった。
とにかくこの力があれば、突出した力を生み出すことも、質の高い兵隊を揃えることも思いのままだ。
幸運とはこういうことを言うのだろう。糞溜めの底の幸運じゃない、正真正銘の幸運だ。人生が一変する確信があった。
しかし欠点らしきことも見つかった。舵輪に設定するスキルは自分のスキルからしか選べないが、設定してしまうとそれが自分では使えなくなってしまうのだ。舵輪に設定できるスキルは『十個』。全部設定できれば強力だが、自分のスキルが十個使えないことになる。常人にはきつい数だ。普通に生きてる人間なら、そもそも枠を使い切るのすら難しいだろう。
だがこの欠点も『強奪スキル』を持つ俺にはあまり関係がなかった!
疫病神でしかなかったはずの強奪スキルを十分に活かせる能力に芽生えるなんて!
このことに気づいたときは思わず泣いた。クソみたいなスキルが目覚めて、これまで散々ながらも生きてきた俺の人生はこのためだったんだ。
能力が出現してからすぐに同じ戦闘奴隷の、強奪スキル持ち連中を仲間に引き入れた。そして念入りに準備と計画をして、全員にスキルの付与を済ませると組織へ叛逆を起こした。当然、首には『爆破首輪』が嵌っている。爆発が起きるまでの数十秒間にすべてを済ませて首輪を外す必要があったものの、召喚紋をケチって入れられていないのが運がよかった。
やってみれば思っていたよりもすんなり事は済んだ。
やはりスキルの『二重化』は強力だ。ただスキルのレベルを倍にするとは違う強さがある。『三重化』に至っては勇者や魔王に並ぶ可能性があると感じるほどだった。
「せっかく自由になれたのに、また盗賊を?」
奴隷から自分を解放した俺たちは組織を乗っ取った。何人かすっとろくて、首輪を爆発させて死んでいたが死ぬ前にとどめをさしてスキルをいただいた。これからの組織に愚図はいらない。元の組織の構成員もほぼ殺したが、唯一、奴隷だった俺たちに親切にしてくれた奴らだけは生かしていた。
そいつらにこれからどうするのかを尋ねると、代表する一人からそんな返事が返ってきたのだ。
──自由になれたのに盗賊を……だって?
当然だ。どれだけ俺たちが理不尽に世の中から取り立てられたと思っていやがる。ただ強奪スキル持ちというだけで、何の謂れもなく物すらない俺の人生から無理やり取り上げられてきたんだ。その分を取り立てなければ割に合わないだろうが。
「気持ちはわかる。だが堪えるべきだ」
……は?
何を急に言い始めたんだ、こいつは。
「君に起きたことは確かに理不尽で不幸なものだった。だがそれは、きちんと因果があってのことだ。災害のような唐突なものではなく。君に理不尽があったように、逆に理不尽にスキルを狙われ殺められた者もまたこの世界には存在している。それは反対側にいる君だ。君がまた他の誰かを理不尽に合わせてしまえば、また別のどこかで君を作ることになってしまうのだ。君が君自身を作る、負の連鎖を食い止めるには今君が堪えるしかない」
……つまり今俺がこうなってるのは、別の場所にいた俺がそうさせたってのか?
頷かれる。
……だから我慢をしろと?
頷かれる。
……バカが。
別の俺が俺を理不尽な目にあわせたって?
違う。俺をここまで陥れたのは故郷の村の連中だ。原因とか、因果とか。理屈をこねくりまわして、言葉を巧みに使って、事実を捻じ曲げて逃れるんじゃねえよ。
それにこういう自分で我慢を請け負わないバカに限って、他人に我慢をしろと言ってくる。なぁ、今までの俺の人生を見てみろ。これまで問答無用に背負わされた理不尽こそ、まさにお前の言う『我慢』だろうが。自分で好きにやってると思ってるのか? ずっとずっと我慢の連続だった。さらにこれからも我慢をしろだって? 冗談でも殺意が湧く。
俺の人生は、誰かの負債を背負うためにあるとでも思ってるのか。負債のすべてを俺に背負って死んでくれと?
馬鹿馬鹿しい。誰かの負債で俺がそうなったっていうのなら、俺だって誰かに負債を負わせてやる。当然だ。そうでないと俺の人生の意味も、辻褄も! 収支も!! 全くあわないだろうが、クソッたれがッ!
そんなことを言うなら、お前らが俺からの取り立てを我慢しろよ。
そう言うと、口をもごもごして小さな声で何かを言い返している。聞こえねえよ、愚図。
お前らみたいなやつは綺麗事並べてそれっぽい理屈を言ってるが、結局自分よりも相手に我慢を押し付けたいだけのただのカスだ。魂で人を見下してやがる。この真の奴隷主義者めが。
話をすればするほど噛み合わなくなり、一度は救ってやったやつらも最終的には結局全員殺した。
こんなにも醜い偽善者だったなんて。せっかく助けてやろうとしたのに残念だった。
そうして盗賊稼業に身を投じて数年経つが、その後の生活は悪くはなかった。
南大陸で好き放題やって、金にも女にも酒にも困らず適度に遊びながら、儲けの増加と組織の増強を計った。そしてついに貴族からの仕事も請け負って、地下人への伝手も確立できた。
アジトも穴蔵だが立派と言えば立派だ。名前も最近は結構売れてきて悪くはない。悩みも多少増えてきたが、これだけの手札があるんだ。これからもぼちぼちうまくやっていけるだろうさ。
──グラグラグラ。
「……あ?」
ケルラマ山脈内部。
旧ダンジョン跡地を利用して作った穴蔵のアジトが揺れる。
なんだ……? 山頂の魔物でも暴れてるのか?
こんなこと今まで一度もなかったが……。
部下に見回りに行かせる。ほどなくして侵入者だの、冒険者ギルドが攻めてきたのだの、情報が錯綜しだした。同時に武器を運ぶ部下が、慌ただしく目の前で行き交う。
見回りに向かわせたやつは帰ってこない。ただこの様子だと何かしらはおきたのだろう。何があったのかまでは知らないが。
「お前ら慌てるんじゃねぇ!! ひとまずバラけて出るな!! まとまって対応するぞ!! そうすれば俺たちに負けはねぇんだ!!」
【冷静沈着】のスキルで落ち着きを取り戻し、【問題処理力】で的確な解決案を導きだしたあと、【指示向上】と【指揮】スキルで誤解されないわかりやすい指示を出す。あっという間に慌ただしさがなくなり、冷静になった部下の視線がこちらに向けられる。
それでいい。俺の能力の性質上、強みは個の力じゃなく集団の力だ。慌てたり、錯綜することはその強みを失わせる。それは一番最悪なことだ。
「マイロードッ! ご指示をッ! どんなものでも必ず聞き入れてみせますッ!」
「うーん……。本当にどんな指示でもか?」
「はっ! 小官への不安を払拭できるのであれば惜しい物など何もありはしません! ご自由にどうぞ、マイロード! サー!」
通路の奥から侵入者だと思われる、見なれない『三人』の男が現れる。
どうやらご丁寧に、問題の種が向こうから来てくれたわけだ。こそこそするわけでもなく、むしろ存在を誇示するかのように大声で会話をしながら。
妙な風貌の三人だった。ほぼ裸の男と、小汚い労働者用と思わしき服を纏った下男と、逆に状況に似つかわしくないほど高級な服を纏った男。
総じて戦うための服装をしてる奴は誰一人いない。全体的にどうみてもふざけているようにしか見えなかった。遊びにでもきたつもりだろうか。
「あーっと。俺たちは『グレイス』を取り戻しにきたんだが、どこにいるか教えてくれるなら見逃しても──」
「へへっ、誰か愛しの子でも攫われちまったかい? それでそんな少数で乗り込んでくるなんざ泣けるねぇ」
三人の中で、下男が代表して告げた言葉に、相対してる部下がすぐさま言葉を返す。
「残念だが、つい昨日奴隷は卸したばかりで誰もいねえのよ。へへ。それとも誰かが飼ってることでも期待してみるかい。飼ってるペットまでは、知ったこっちゃねえからなぁ。まぁそれでいたところで、あんたらの知ってる状態を保ってるかは分からんがね」
何も知らない部下が答え、薄く相手を馬鹿にする笑いが起きる。
できればその笑いの輪に加わりたかったが、それはできなかった。
あまりにも予想外のことが起きたからだ。
──『グレイス』だと……。
くそ……。なんで知ってやがる、あいつら。
その名前を追って、よくここに辿り着けたものだ。
あれを俺から奪いにきたってのか?
だったら許せねぇ。絶対に生かしちゃおけねぇ。
──【分体】。
部下たちが体につけた印から、スキルを発動していく。
それだけでこの場所にいる人の数は、三倍にまで膨れ上がる。
「……まぁ、当然、そうなるか。
じゃあ蛮、ちゃんと言う事聞いて戦ってね」
「はッ! お任せを!」
自分の分身を二体出現させるスキル、【分体】。
逆に言えば兵隊の維持費が三分の一で済むということでもある。
一番多数に付与できる、印で付与するスキルにはぴったりだ。
「待て」
……? なんだ?
下男が唐突に呟く。この人数に今更怖気付いたっていうのか?
バカが、もう遅い、どう考えても。
増えた部下たちが雪崩れ込むように攻めかかる。数の暴力。それが俺たちのやり方だ。
「待て」
いや、待てよ。この下男……。俺たちに向けて言ってない。
一番前線にいる、裸の男に向けて言ってる。獣車の魔物でもしつけているかのように。
たぶんだがこいつらは本当に俺たちのことをなめている。ムカつく話だが怒る必要はもうない。すでに鉄槌の拳は振り下ろしている真っ最中なのだから。洞窟の通路が少し狭く、囲えないのが気になるがこの人数で三人程度ならどうとでもなるだろう。
部下が一斉に一番手前にいる裸の男に斬りかかる。
一番早く振られた剣は、もうその胴体を切り裂く寸前だ。
そんな頃合いで言い放たれた言葉に、少し驚いた。
「待て」
は……?
待つも何も、もう部下の放った攻撃は裸男に当たる。つまりそれは攻撃に当たって死ねと言ってるような指示だということだ。
最低だな、あの下男は。
何様なのだろう。豪華な服を着てるやつならともかく、あんな小汚いやつに指示を出されるなんてたまったものではない。あの裸男は弱みを握られて、言うことを聞かされてるのだろうか。気の毒だ。俺たち盗賊でも仲間にあんなことはしない。
あの裸男だけは生きてたら拾って迎えてやってもいいな。体つきは立派だ。
これで生き残るなら見どころだってあるだろう。
──キンッ。
「…………あ?」
しかし直後に響き渡る音は、想像とは違うものだった。
なぜそんな甲高い音があがる? 一体どこから聞こえてきた。生身の体に剣を当てたというのに。
実は武装していた? 早着替えのスキルで鎧にでも着替えたか?
だが群がる部下の隙間から遠目に見える裸男の姿は、肌の露出が多いままだ。
それどころか下男の指示を聞いてなのか、その場から何一つ動いちゃいない。姿勢すらも変わらず同じだった。
一方、攻撃を仕掛けたはずの部下たちの方が、なぜか体を大きく仰け反らせている。
──まるで体に当てた剣が、弾かれたかのように。
「よし」
「むんっ!!」
下男の合図と共に、裸男が動きだして、拳を振るう。
次の瞬間、拳に当たった複数の部下が、弾けて消えた。
…………。
時間が止まったかのように唖然とする一瞬があった。
部下たちもそうだったのか、その一瞬は誰の攻撃の手も止まっていた。
【分体】が、やられた……だけじゃ、ない……。
スキルの発動元がやられれば【分体】も消える。明らかに今の一瞬で消えた部下の数は、裸男の拳に当たった数よりも多かった。本体がやられたことで、いくつかの【分体】がまとめて消えちまったんだ。
慈悲もなく、すぐにまた拳が振るわれる。起きた出来事はさっきと全く同じだ。呆然としていた部下たちが再起し、恐慌に陥ったかのように裸男へ攻めかかっていた。
「……ちっ!」
その場所での戦いを後にし、アジトの奥へ向かう。
侮っていいような雑魚じゃないことは理解した。
ただ何かが異様に思えたが、それは頭から振り払った。重要なのはこれからの具体的な対応だからだ。
まずこの場所での撃退は、無理だと踏んで諦めた。一心不乱に攻撃を仕掛けている部下には、気づかれちゃいないだろう。見捨てるのは申し訳ないが、奥での迎撃体制を整えるのに時間を稼ぐ必要がある。わざわざ人柱となって死んでくれと、戦闘中に改めて伝える必要はない。既に言わずとも機能としては全力で全うされており、あえて見捨てられるなんて自覚を植え付けることは、しないほうがマシに決まっているからだ。
「グレイス……渡すかよ……」
ひとまず奴らの狙いはわかった。何が何でも、狙いを挫いてやる。
さっきのは『前哨戦』だ。情報は掴んだ。これから俺たちの本気を見せて、奴らを撃退してやろう。
アジトの奥まで戻ると、すでに異常を察知して残りの部下たちが揃っていた。結構な人数がやられてしまったが、まだまだ人数はいる。全員が【分体】を発動すれば、小さな国の軍隊にものぼる規模だ。
しかもさっきのような狭くて囲えない通路ではない。普段溜まり場になっている倉庫前の広場は、臨戦に備え、すでに砦のように変えられている。事前に決めていた緊急事態への備えがここにきて生きていた。
これだけの広さがあれば量で囲って、雪崩れ込んで、すり潰せるだろう。二階からの援護射撃も含めれば全方位からの攻撃だ。さすがの侵入者もひとたまりもないはず。
少しグレイスが気になり、軽く様子を見に一度奥の倉庫へ行く。
しかし倉庫の扉は固く閉ざされていた。
……何だ? 何でしまってるんだ?
これまで一度も、ここを閉めたことなんてなかっただろう。
「頭、そこは地下人から派遣されてやってきた奴が今朝から引き篭もってやがって開きませんぜ。奴さんばかみたいに固く閉めて引きこもってるものだから、内側からしか開けられなくて、困りまさぁ」
そうだ。
そういえば地下人と連絡をとって支援者を送るとかいって人が来ていたのだった。
閉ざされた倉庫の扉を叩いて、声をかける。
「おい!! 聞いてるか? 緊急事態だ! 今ここは敵に攻められている!! 助太刀を頼みたい! 開けて出てきてくれ! あんたもここが陥落したら困るだろう!? おい! 聞こえてるのか!?」
……ダメだ。返事がない。
くそ、何しに来たんだ。
地下人だから戦えないはずは、ねぇはずなのに。
「うぉぉぉぉ!!」
「ぎゃあああ!!」
「頭、侵入者がきてますぜ!!」
背後の広場が騒がしくなる。
……まぁ、いい。
戦力はすでに十分だ。スキル付与した兵隊も、こちらの能力を十全にいかせる場所も、さらに『取っ手持ち』の幹部も勢揃いしているのだ。レベルが少し高くて、無双ぶってイキがってるガキどもを懲らしめるだけならば、布陣はすでに完璧だ。
ああいう化け物もどきに限って、歴史を知らないんだよな。どれだけ強い魔王も辿魔も、調子に乗りすぎた奴っていうのはきちんと始末されてきたものだ。人間様の手でな。突出した戦闘能力も数と連携があれば克服できる。それが事実であることも、それが人間の武器であることも、歴史がすでに証明しているんだよ。
広場では死体に集る虫のように、侵入者を取り囲んで、大量の部下が襲いかかっている。
ものすごい数だ。もはや侵入者の姿が見えない。
そんな中さらに取っ手持ちの幹部が戦線に加わろうとしている。
それを傍目に捉え、笑みが思わず浮かんだ。
見ていろ……。きっと奴ら、顔色を変える……。
『スキルの重ねがけ』の効果を見てな……。
…………。
…………………………。
あぁ……おい……うそだろ……。
一瞬でやられちまったあいつは、本当に取っ手を渡した、組織を支える優秀な幹部の一人なはずだよな……。
それなのに普通の戦闘員の一人だと疑ってしまうほど、同じように突っ込んで一瞬でやられちまった。奴らにとって違いなんてまるで無いかのように、全部が、全く同じだった。
それでも部下たちは勢いを落とすことなく、【分体】と一緒に侵入者に襲いかかる。
そして突っ込んだ側から死んでいく。まるで流れ作業で風船を割っているみたいだ。
ある日【能力】のレベルがあがって増えた、印によって発動できるスキル付与の枠。仲間には告げず、密かに追加していた【忠誠心向上】のスキル付与がなければ、今頃恐怖で突っ込む勢いが止まっていただろう。
しかし逆に言えば、だからこそこんなにも無闇に突っ込んで犠牲を増やしているのかもしれない。死ぬしかないとわかりきっているはずなのに。
幹部も埒があかないと思ったのか全員で一斉に攻めかかる準備をしている。
正直なことを言えば、それでも何かをどうにかできるとも思えなかった。
この状況で何もできない。それはつまり……。
ふと、『結末』が脳裏をよぎる──。
「っおかしいだろうが!!」
「……?」
衝動的に叫んだ。侵入者たちの視線がこちらに向けられているのを感じるが戦闘は継続したままだ。
「俺は何もやってなかったんだッ! 全うに生きてきた!
それなのに濡れ衣で奴隷に落とされて酷使される……強奪スキルが発生しただけで!! それが当たり前だってのかッ! 可哀想じゃないっていうのかよッ!」
「……確かに可哀想だな」
「可哀想であります」
侵入者はそう言った。返事が返ってくるとは思わなかった。
しかも思いの外歩み寄りを感じる返事だ。
とはいえ、戦闘する手は止まっていない。
「こいつらだってなりたくて盗賊になったわけじゃない!
環境でそうならざるをえなかったんだ! 選べる選択肢なんて与えられてなかったんだよ!
そんな奴らに同情する心はないのか!?」
「……いや、同情するよ」
「同情するであります」
侵入者はそう言った。同情をする、と。
今も戦闘を継続したまま……。仲間を殺す手を一切止めないまま!
白々しさに怒りを抱いて体が震える。どれだけ人を舐め腐ってる奴らなんだ。
「言葉じゃなくて、行動でそれを示せよッ!」
「…………」
「…………」
「おいッ!!」
そう言うと、何も返事は返ってこなかった。
ただ淡々と戦闘が継続していく。
「なんとか、言えよぉぉぉぉぉ!!!!!」
くそぉ、バカみたいに仲間が死んでいく……。
こんなに人数が減ったら、この場をしのいでも盗賊稼業を続けていられない。
なんでそんなに仲間をばかすか殺すんだ! この人殺しが!
そもそもなんでこんなところに、こんな化け物がいる?
テールウォッチに勇者が集まってることは、チークテック商会からよせられた情報で知っていた。
だがこんなやつがいるなんてことは、聞いていなかった! 魔王やベリエット勇者だって技賊を風雨戦のように端から殺して行ったりなんてできないはずなのに!
目の前で行われている殺戮から目を離し、広場の奥へ走る。そして固く閉ざされた倉庫へ続く扉の前に立った。やはり扉は固く閉ざされていて開かない。壊す勢いでこじ開けようとするもびくともしなかった。
仕方がなく扉を叩く。何度も、強く。
「おい、いるんだろう!! 開けてくれ!! 開けろ!! 開けろよッ!! 敵が来てるんだぞッ!! 無茶苦茶強い敵だ、あんたも殺される!! どうするつもりなんだ!! 今なら出てきて一緒に戦える! おい、戦えよ!! 聞こえてんのかよ、オイッ!」
──シン。
思い切り叫んで息が上がる。
しかしそれほど強く言ったのにも関わらず返事はなく、辺りは静まり返っていた。
そう……静かだった。
いつの間にか背後から聞こえてきたはずの戦闘の音も、既に止んでいた。
コツ、コツと近づく足音が聞こえてくる。
まるで終わりへの秒針を刻むように、音の間隔は速く確かだった。
……終わりなのか?
……くそ!!
「開けろって、言ってるだろうがぁぁぁ!! くそったれがぁ!
どいつもこいつも……どいつもこいつもよぉぉぉおお!!!!」
◇◆◇◇◆◇
最後の技賊の始末が終わり、手の中にある戦利品に意識が向いて、軽くいじくっていた。
というのも襲ってくる技賊の中に時々、見覚えのある物を持ってるのが何人かいたのだ。以前技賊に襲われたときに見かけた、分身スキルを使うために使用していたスタンプらしきものだ。
あれは確かに回収したはずなのだが、いつの間にか煙のように手元からなくなっていた。
それを少し残念に思っていたので、また回収できたのはよかった。しかも今回はかなりの本数が手に入った。さらに似たような効果があるだろう『輪』も回収している。スタンプを持っている連中の一人が持っていたもので、これを持ってる奴だけ他よりも突出して強く、分身の数も多かった。戦っているときにやたらと大事そうに持っている輪が目について、戦闘がおわったあとスタンプと一緒に回収しといた。
輪を観察していると、ふと外周の側面に窪みを見つける。その穴は一定の間隔で一周分空いていて、何かを回しながらはめると、ぴったりくっつく形状をしていた。
ふとスタンプを見ると、スタンプをつける方の端部分にちょうど同じような細工がしてある。どうやらこのスタンプを輪にはめられるみたいだ。
くるくる回してスタンプを輪にはめていっていた。とりあえず持っている分は全部はめた。それでもまだ半分空いてる穴が残ってる。似たようなものを見たという蛮が今それを探してきてくれているので、それがあれば全部はまるだろうか。
とりあえず半分近く輪にスタンプをはめこんで、分かったことがある。それはこの輪とスタンプの形だ。
……なんで舵輪?
「ここ、中から何か声が聞こえるね」
エステルから声をかけれて視線を向ける。
俺が余計なことをしている間に、広場の奥へ続く扉に耳を当てて調べていたらしい。確かに今はそっちを優先すべきかと、意識をそちらへ向けてエステルの元へ向かう。
「マイロードッ!! ただいま回収してきました!」
「ありがとう」
途中、蛮から回収したスタンプを受け取る。
ちょうど残りの穴の数と一致していたので、今すぐはめたい衝動に駆られるが流石に我慢した。蛮と一緒にエステルの元へ急いだ。
「ほら、何か聞こえない? くぐもって何言ってるのかまでは分からないけどさ」
そう言われ、扉に耳を当てる。
──助けてくれぇ……うぅ……。
「何か助けを求めてるみたいだな」
「すごい聴力だね」
助けを求めてる……か。捕まっているグレイスだろうか?
下っ端はグレイスはいないといっていたが、俺はここに囚われてる可能性が結構ありそうだと感じていた。というのも最初の戦闘でグレイスの名前を出した時、顔色を変えた男が一人だけいたからだ。
その男は戦闘の旗色が悪くなると真っ先に一人アジトの奥へ向かい、広場で大勢が待ち受けていた時も一番安全な奥に陣とっていた。
そんな行動が許されるということは、おそらく盗賊のボスなのだろう。
だとすると最初のグレイスへの反応がとても意味を持ってくる。
全く成果がない……ということは無い気がした。
扉を普通に開けてみようとするが、固く閉ざされていて開かない。
「小官にお任せをッ! ふん!」
何も言ってないのに張り切った蛮が、張った胸から扉へ倒れ込むように全身で突っ込んで、粉々に扉を砕いた。別に殴ったり蹴ったりすればいいのに。扉の破片と共に地面へ倒れる蛮をよそに、部屋の中の様子を伺う。
閉ざされていた部屋の中には一人の男がいた。
さっき聞こえてきた、声の主だろう。
「はぁ……はぁ……助けてくれ……助けてくれぇ……!」
その男はぶつぶつと呟きながら、机に向かい、一心不乱にすごい勢いでペンを動かしていた。
「部屋の空気が薄い……早く書ききらないと、酸素が無くなる……! 急げ、俺。書き切るか、死ぬか。その瀬戸際だ……。ギリギリのせめぎ合い……。これが生きてるってことだよなぁ……! 俺の命が、作品に変換されてるよぉ……!」
…………。
グレイス……のようには見えないな……。
部屋にいた男は、みるからに変な男だった。被っているハンチング帽子には、なぜか側面に小さな穴がいくつも空いていて、その穴から長い灰色の髪の毛が帽子の外に出ている。眼鏡も見たことのない変な形だ。着ているのは白衣なのだろうが、本当に白衣か疑問をつけたくなるくらい、あちこちにらくがきや手書きの文字が書かれている。
「はぁはぁ……。……? スー、ハー……。って、オイィッ! 執筆中に出入り口を勝手に開けるんじゃねぇよッ!! 入ってくるときはノックしろっていってるだろババア!! 俺は執筆の時は密閉した空間で……え、つーか誰?」
「…………」
「…………」
その場にいる全員が、一瞬黙って時間が止まる。
誰というのは、こちらのセリフだ。技賊なのか? グレイスなのか? どちらにしても異様だ。助けを求めていたが、技賊に捕まって助け出されたい人物には、少なくとも見えなかった。
「……お前が執筆に夢中になってる間、ずっとどんぱちが外で起きてたぞ。ついさっきまでな。
おそらくそれで技賊の全員がやられちまったんじゃないか」
沈黙を破ったのは、ぬいぐるみみたいなうさぎだった。
シルクハットとジャケットをつけた紳士風白うさぎが、部屋にいた男の足元から現れてそう言った。
喋るうさぎ……。なんだろう……亜人か?
「あ……? じゃあ、なに? こいつらが、あの技賊をやっちまったってわけ?
あらら、残念。せっかくリアルの盗賊を取材できたってのにな。とはいえひとまず一本はこうして仕上げられたから、まぁいいか。
あぁーっと……ちなみにだけども。俺は技賊でも盗賊でもなんでもないし、盗賊行為に手を貸してもいないから。殺さないでちょ」
ふと、何かに気づいた男はこちらに向けて茶目っぽい仕草をしながらそう言った。
ちらちらと俺の持っている武器に目を向けている。
「その証拠にいいことを教えてやんよ。ここは技賊連中が得た戦利品を集めてそれぞれの倉庫に振り分けてしまうための部屋だ。だから扉がいっぱいあるだろ? この中に廃棄物用のガラクタ倉庫があるんだが入ってすぐの右にある荷物をどけると隠し扉がある。そこは技賊の親分専用の部屋だから、何かお宝の一つや二つぐらいはあるかもな。オタクらもそれを当てにしてきたクチだろ?」
確かにありがたい情報だが、言ってることが本当かどうかは別の話だ。
何一つ裏付けはないし、信憑性もない。結局男の言ってることが本当かどうかなんてわかりはしない。
そもそもの話として──
「……盗賊じゃないなら、なんでこんなところにいたんだ?」
「んん……取材だよ、取材。実際普段どんなことをしてるのかとか、雑談に何を喋るのかとか、辛いことはないかとか……ほら意外と知らないだらけだろ? 盗賊って言っても」
「記者か何か、ってことか?」
「いやぁ? 違うね。俺は『小説家』さ。俺は小説家──『髑髏西京』。日本の熊本生まれで片田舎が出の、しがないクリエイターよ」
唐突に覚えのある地名が出てきて、内心で驚く。
それでも顔には出さないようにはしていたつもりだった。しかしこちらの挙動を注視していた男は思いの外鋭く、捕まってしまった。
「んん〜なんか……あんた、今反応したな。ほんの少し、あまりにも分かりにくいぐらい少しだが、確かに表情が動いてた。他の二人は意味わからなさそうにしていたから、余計に確信が持てるぜ。知ってるのか? 『日本』と『熊本』」
「…………」
髑髏西京は、ニヤニヤと笑みを浮かべながら、俺の方に向けてそういった。
完全にロックオンされている。そういう感じだ。
「もしかしたらオタクにはこう言ったほうが分かりやすいかもな。
ベリエット帝国──元『37代目灰色の勇者』の『脱國者』って言えば……なぁ?」
「いや俺は知ら──」
知らない、と言葉を続けようとするがすぐに遮られる。
「おっと、また嘘かぁ〜? 人間は反射まではコントロールができない。案外嘘っていうのは体に反応として出る。心拍のようにな。あんたも同じね、これ。意図してか体質だかは知らんが、随分変化が分かりにくいようだが、実際のところ内心の変化自体は人よりも多く体に出る方みたいだね? 案外かわいいところあるネ!」
「…………」
「おっと〜? 今度は【偽装スキル】か? ダメェ〜! 残念! 作家だって言ったろ。舐めてもらっちゃあこまるな。洞察力と観察力はある方なんだ。知ってるか? 【偽装スキル】や【幻覚スキル】は視覚に『本物』が映ってるなら記憶にある『本物』と重ねて、今見てる『本物』を伝うように見ていくことでスキルがかかっていても本物を認識できるんだ。それに俺は一時期デッサンをやってたからな。【偽装スキル】は俺には効かない」
……すごいな。
こんなにも初見で色々と見破られたのは初めてだ。
これまではのらりくらりと、色々騙したり誤魔化したりしてやり過ごしてきたが、ここにきてそれが全く通用しない。
思わず【鑑定】をしてみるが《ステータス》は平凡だし、目ぼしいスキルがあるわけでもない。【能力】ですら平凡な方だ。というかあのうさぎ、【能力】だったんだな。
それなのにこんなにも見破られるのは……本人が言うように本当に観察力がすごいからなのだろうか?
「んでオタクはどちら様? 勇者なんだろ?
黒髪……最近脱國した奴は『赤色』って聞いてたけどな。染めてる?
そんな怖い顔しないでサ。同じ『脱國仲間』として仲良くしよ? 聞いてる?」
これは……誤魔化しきれないな。
言葉の端から、行動の根っこから見破られる。
手は尽くされて、もはややりようがなかった。
……しょうがないな。
──ポトリ、と何かが落ちる。
「え……? んぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!」
情報戦では勝てない。そう判断して思考を切り替える。
不利な場所では戦うべきではない。より有利なことで、有利に戦うべきだ。
俺にとって有利なこと──それは当然『武力』だ。
すぐ側で髑髏西京の悲鳴があがる。
軽く払うように剣を振っただけで、なくなってしまった手首を髑髏西京は必死に抑えていた。
「なーんちゃって!」
しかしすぐに悲鳴はおちゃらけた言葉に変わる。
同時に地面に落ちていた手首がボン、と音を立てて軽く爆発した。
急激に部屋に煙が広がり、視覚が機能しなくなる。
煙幕……最初から仕込んでたのか? すごい古典的だな……。
「西京、そのままだと首を切り取られてしまうぞ」
煙の中で髑髏西京に向かって剣を振るう直前、うさぎの声が聞こえてきた。
そのせいか直後に振るった剣の、あたる場所がすこしズレた。それに浅い手応えしか感じない。顔を切ったようだが致命傷は与えてないだろう。
もう一度、突き刺すように剣を伸ばす。
「とろとろするな、西京。はやく潜れ。死にたいのか」
「うっ……」
今度は強く手応えがあった。
しかしすぐ剣から感じていた手応えが、煙のようになくなる。同時に部屋の中から髑髏西京の気配が全くもって消えてしまった。
首を傾げながら、仕方なく煙が晴れるまで立ち尽くす。
視覚が戻り部屋を見回すと、髑髏西京の姿はやはり部屋からなくなっていた。そして代わりに見覚えのない『穴』が地面にできていた。獣の巣穴みたいな穴だ。さっきまでこんなのはなかったはず。
とりあえず少し調べてみるがおかしなところはなく、途中で穴は塞がっていた。
「……逃げられたな」
色々情報を与えてしまっただけに逃したくはなかったけど。
振り回しにくいと思って普通の剣にしていたが、いつもの大剣でよかったかもしれない。
ひとまず逃した損失を考える。髑髏西京。脱國者だって確か言っていたな。
それが本当ならば、すぐにベリエットに情報が漏れるとは思えない。仮に漏れたとしても確信的な情報は与えてなかったはずだ。色々と危ぶまれそうな情報は渡してしまったが。
まぁ……大丈夫と言えば大丈夫か……?
半ば諦めるように思考を前向きにする。逃してしまったものは仕方がないので、髑髏西京の言っていた技賊のボスの部屋を探すことにした。
その間に蛮がしきりに何もしなかったことを謝ってきたが、あの時は何も指示を出していなかったので、何もしなかったのが指示通りで正解だ。
そう言って蛮を落ち着かせていると廃棄物用の部屋を見つけたので、言われた通り入って右の大きな荷物をどかす。その先には確かに不自然な扉があった。髑髏西京の話通りだった。ならこの先がボスの部屋だろう。手下がグレイスを知らなかった以上、いるとしたらこの部屋しかない。
「いよいよだね」
エステルが笑みを浮かべながらも少し緊張を滲ませながら言った。
そして扉を開ける。
これでようやく依頼にひとまずの、一区切りができるだろうか。
思考の中にそんな期待が、少なからずあった。
だがボスの部屋は、ただの埃臭い倉庫だった。
一見では何か大した物があるように見えない。
そして結論から言えば、部屋の中には誰の姿もありはしなかった。
◇◆◇◇◆◇
「いてぇ〜……いてぇよぉ〜……容赦なかったな、アイツ……」
暗い、洞窟の中を進む。
傷跡を押さえているが、一歩踏みだすたびに疼くように痛む。
ついさっき出来たばかりの左目と腹の傷が。
喋っても痛みは感じたが、気を紛らわすように無駄口を叩かずにはいられなかった。
「マジで殺戮マシーンだったな……。あの一瞬で、どれだけ傷つけりゃ気が済むんだ……。しかもマジで殺しに来てたわ……まじ日本人か? アイツ……。ヴァイスの助言がなければ死んでたな、ハハハ……ヤバすぎ。こっちは戦う力もないインドア作者でしかないっつーの」
「さっさと傷を治せばいい。それだけの話だろう、西京。回復薬なんて、地下人の王からいくらでも渡されてきた。その左手も、また義手をつけるのか? いい加減、さっさと生やしてもらえ」
「だからぁ〜、何度も言ってるだろうヴァイス。もうやったんだって。両手で生きるのも、五体満足で生きるのも。俺は今、初めての、新しい体験の中にいるの。最高だね。これが俺の豊かさなわけ。作家は心を殺しちゃあ、お終いよ。今回の作品だって、リアリティたっぷりにかけただろ? 片手の主人公。意外と多いからな、そういうキャラ。ハンデを背負って戦う所が、かっこいいんだよ。おいおい……次からは隻眼もかけるぞ! 早速次が楽しみになってきた。なぁ、ヴァイス! 次は何をかくのがいいと思う?」
「はぁ……ったく」
ヴァイスと呼ばれた白ウサギは、ため息をつく。
執筆のために平気で自分の体を投げ捨て、躊躇いもなくリスクに飛び込む主人に、吐いたため息は既に数え切れない。世の中では天才と囃し立てられているが、近くで見ればただの『イカれ』か『執筆狂い』だ。
とてもじゃないがまともじゃない。
ふと、もぞり……と首に感覚を感じる。
「…………西京。俺の首に──」
「そうだ! 俺一度、書いてみたいジャンルがあったんだよ。ちょうどいいから手をだしてみるか……? ついでにさっきのアイツ……やり返すがてらにモチーフにしちゃうか! 『主人公最強物』とかどうだ!? ヴァイス、面白そうだろ!?」
「──あぁ。そりゃいいな。ミリオンヒット間違いなしだ」
「ん……? ヴァイス、首輪なんてつけてたのか? 黒か……。飾る目的のアクセサリで黒ってのは、あんま俺の好みじゃないが、ヴァイスは毛並みが白だから映えてちょうどイイね! 後でリボンつけて蝶ネクタイみたいにでもするか?」
「ありがとよ。ちょうど蝶ネクタイをつけたい気分だったんだ」
もぞもぞと、位置を変えるかのように首についた黒い首輪が微かに動く。
こいつは──『生きてる』。
俺たちは文字通り、首輪をつけられた……そうヴァイスは思考で一人呟く。あの短い時間に殺害が無理だった場合の次点の策も打たれていたというのは驚愕すべき事実だ。
このことを主人の髑髏西京に言うべきかどうかは悩み所ではあった。
とりあえず試しに告げてみようとするも、タイミングは言うべきではないと判断したらしい。
……ならそれもいいだろう。言わないでおくのも。なんでもかんでも、知ればいいとは限らない。少なくとも知らなかったころにはもう戻れなくなるという損失はあるのだから。知らないからこそ利益があることもある。
「(──それに俺は【助言者】だ)」
するのはあくまでも『アドバイス』。
『答え』を見つけるのは、出過ぎた真似だ。それは自分の存在意義ではない。
それに、するべきなのはいつだって『自分』であるべきだ。
それが世の中の鉄則なのだから、な。




