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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第3章 兄探しと底なしの価値

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第115話 誰の所為の招かれざる客か②

2話更新注意



 まさか……もう戻ってきたのか?

 驚きだ。今日中は無理だと思っていたんだけどな。

 とりあえず落ち着いて俺たちじゃないですみたいな顔をしていよう、了解だぜ旦那、みたいな目をサイセとお互いに向け合って頷き合った。


 そう思いながら行く末を見守る。


「それは、ご苦労だった。……だが今すぐではなければならないのか?

 さすがに、今はご客人の前だぞ」


「えっとその、かなり時間がないようでして……。意識があるうちになんとか報告をいれたいと。お客様をお待たせしながら、廊下で立ち話を長くするのもどうかと思い、こちらへ連れてきたのですが……」


「……仕方がない。すまない、冒険者殿。恥を晒すようだが少々時間をこちらに割かせていただくこと、ご容赦いただきたい」


 意識があるうちに、のところでゴウィットと一緒に少し首を傾げたが笑顔で了承した。

 本当のところは顔を合わせたくなかったので、廊下で立ち話をしてくれた方がありがたかったけど……。


 そのあとすぐに報告に戻ってきた人が、入室した。

 そうして入ってきた男の様子をみて、ひとまず『意識があるうちに』と言った意味は納得できた。


 入ってきた男は、全身があまりにもズタボロだった。

 纏ってる服は破れ、ほぼ原型を保っていない。そうして見えてしまっている肌も、擦り傷や切傷、アザなど傷のオンパレードなんじゃないかと思うほど傷まみれだ。しかもよく見ると砂利が擦り込まれたり木の枝が刺さったりしている。


 なにより変な方向へ曲がってる手足があまりにも痛々しい。

 ゴウィットか、あるいはその部下の誰かが、小さく息を飲んでいたのも無理からぬことだと思った。

 

 そんな状態の男が、両脇を別の人に支えられながら入ってきた。

 逆によく意識を失っていないものだと感心する。確かに見覚えのある顔のような気がするが、ここまで痛めつけたような記憶はなかった。むしろひどい怪我をしていた人には【回復魔法】をかけていったぐらいなのに。


「会長、お話の最中に申し訳ありません」


 言葉を失っていたゴウィットがズタボロな部下の言葉に、我に帰ったように声をあげる。


「いや……むしろ良くこんな早く戻ってきてくれたが……。

 なんだ、この状態は。まさか……盗賊にやられたのか!!」


「はっ……いえ、これは、その……。

 会長が手配された『かの方』がやってこられたのですが、その際『一番頑丈な人間』を求められ、自分が立候補したところこの街まで『ぶん投げて』いただきまして、その際に負った傷です。おかげで早急な帰還が可能となり、こうして報告ができているので、会長の見事な差配に感謝を言わせてください」


「そう、か。それはよかった……」


 部下の言葉になんだか微妙な顔になっているゴウィット。


「(……投げた?)」


 獣車で飛ばして、それでも数時間かかったあの距離を?

 そうだとしたらすごい力だ。おそらく勇者の陸地や、Sランクの冒険者にも同じ真似はできないだろう。こっちの大陸にそんなことができる人がいるとは意外だった。


 ふと……そんな非現実的なことが可能で、また実際にしでかしそうな人が頭によぎった。いや、厳密にいえば『魔族』のことを。なんせついさっき出会ったばかりなのだからいやでもチラつく。


 ……まぁ、なんであれ、それなら傷のひどさの理由も納得できる。随分後先を考えていない乱暴なやり方だけど、こんな早くに戻ってこれたことも。

 そんな危なそうな人があとからあそこに来たなら、すぐ離れて正解だったな。


「それでは報告を──」


 なんとなしにこちらを見てきたズタボロの人と目があう。

 そのとき綺麗な二度見を男がしていた。目を擦ろうとしたのか、折れている手を無理に動かそうとして表情が苦悶に歪む。


「なんだ、どうした?」


「い、いえ」


 気を取り直したように、ズタボロの男は報告をする。

 内容は、大体が俺たちがしでかしたことの、された側視点の話だった。なかなか理不尽で、ひどい話だ。だから世の中は良くならないんだろうな。


 ちなみに話している間、ズタボロな男は俺たちのことが何か気になるのか、ちらちらとこっちに視線を向けてきた。


「そうか、仔細な事の顛末、よく分かった。……ところで、だ。

 私の客人に向ける、不躾な視線はさっきからなんなんだ?」


「はっ……いえ……」


「なんだ、と聞いているんだ。言え。

 まさか、件の犯人として疑っているわけじゃあないな?」


「と、とんでもありません。ただその、最初に一瞬見間違いまして。どうも『服装』が酷似しているようで、気になってしまいました。不躾だったなら、お詫びします」


「そうか。なら、仕方がないな。俺からも謝っておく。言葉が強くなってすまなかったな。報告はもういいから、下がってこれからは体を休ませて癒す事に専念しろ」


「はい、ありがとうございます」


「ボロボロになっても報告を優先した勇気と忠誠心は見上げたものだった。あとで褒賞を持って答えることを商会長として約束しよう。期待しておけ。治療費も気にするな」


 傷だらけの男が退室していく。


「部下が失礼な真似をしてすまないな、冒険者殿」


「気にしてませんよ」


 やはり商会の会長というだけあって豪胆だと思う。

 自分が疑っているのをうまく部下に押し付けて、俺の印象を損ねないようにしてたな、今。


 それにしても──


「(やっぱりあってよかった、【ペテン神】……)」


 俺とサイセもどこかほっと一息つきながら、男のことを見送った。


「──青いな」


 そう呟きながら、再び目の前のソファにゴウィットが腰を降ろす。


「本当に眩しいくらいだ。まさか、奴隷を許せない若者が正義感でしでかしたことだとは……」


 何かに思いを馳せるように、ゴウィットは呟いた。

 少し、その様子が意外だった。


「私もかつては奴隷だった。気持ちはわからなくもない……むしろ同じように猛る時代が私にもあったものだが奴隷を扱う逆側になってみれば、いかに奴隷という立場が相応な者で溢れかえってるかがよくわかる。要求は絶えず、文句が尽きず、されど成し遂げるものは多くない。碌でもない奴ばかりだ。自分がいかにその制度に守られているかも知らずに。同情に値する者、甘んじず這い上がる者なぞ、極一部に過ぎない」


 その言葉は商会長という皮を脱ぎ去ったゴウィットという男の、本当の顔が呟いたものに聞こえた。

 俺たちをそんな面を見せてくれるまで信用した……というよりも、それだけ日暮のしたことに思うことがあったのだろう。


「……すまない。少し感傷的になってしまったようだ。冒険者殿には関係のない話だったな。つまらないごたごたに巻き込み、申し訳なかった」


「聞くことしかできませんが、それで会長さんの重責が少しでも楽になるのなら、いくらでも付き合いますよ」


「ははは。嬉しいことを言ってくれるな! 冒険者殿は。

 今日はつい、本心で物をしゃべってしまう。これも冒険者殿の人徳のなせるものかもしれないな」


 そうして、お互いにまた厚い面の皮を被って、上辺の会話をする。

 垣間見えたゴウィットの本心も、すぐに閉ざされた。

 仲いい風を装いながらも実際は『会長さん』と『冒険者殿』呼びが変わることはない。本心の距離は大分遠いここらで一致しているようだ。


「──しかし『かの方』を向かわせたのは、過剰行動だったな……少々可哀想だったか……それにこれだと奴らの処理が……上手くいきすぎだったか……」


 何かを考え込んだゴウィットが、口の中で小さくつぶやいていた。

 おそらく、聞こえないと思っているのだろうが……気にしないふりをしておく。


「冒険者殿は、なぜカイエンの依頼を受けたのかね? 金か?」


 頷く。

 当然そんな理由なんてないのだが、適当に答えた。


「ではどうだろう。私の依頼も受けてみないかね。無論、報酬は弾ませよう。少なくともカイエンのやつよりも期待していい。そうでなければ示しがつかないからね。ただほんの少しとはいえ、冒険者殿にも関係なくはなくはない話だ」


「……依頼、ですか。どういったものですか?」



「──『盗賊退治』だ」





 ◇




 依頼を受けた俺たちは、その日のうちに街を出た。

 行き先は『テールウォッチ』。ここまできて逆戻りだ

 理由は単純で、盗賊の本拠地がそこにあるからだった。 


 既に陽がだいぶ落ちかけている。今日は色々あったからな。

 正直強行軍が否めないけど、仕方がない。タイミングが今しかないからだ。

 

 というのもここから再び戻るとなると問題になるのが当然、『奴隷商』とまたすれ違うことになることだ。投げ飛ばされて帰ってきた人はただ一人。残りの人は獣車にのってこの街を目指し今も進んでいる。

 グレイスを助けられてない以上、万が一を考えてバレるのはまだ避けたほうがいい。

 

 だが冷静に状況をよく考えてみると、バレる要素は既にほぼ無くなっていた。

 【ペテン神】があれば人はやり過ごせるし、【種族変更】で『勇者』になれば魔物をやり過ごせる。既にどちらもが実証されたことだ。


 つまり今一番リスクが高いのは、街中で気を抜いたときにばったりなんていう不安要素だ。そうそう気を抜くつもりなんて無いけど、いきなり魔王にぶん殴られる街じゃ何が起きるかなんてわからない。あまり街で待ってから行くという案は良いように思えなかった。


 同じような理由で俺一人だけ『ドア』から『テールウォッチ』に帰る案もやめた。獣車の魔物を街に置いていかなければならないからだ。既に奴隷商に見られてる魔物を【ペテン神】も使わずに街においておくというのは、これもまた不安要素になりえる。魔物が通れる【門】は高いし、でかいから目立つので街中で適当に置くのは避けたい。


 そうして考えていくと……一番安全で不安要素も少ない確実な方法は、意外にも真っ正面からしっかり構えた状態で奴隷商とすれ違うことだ。


 ということで、こんな強行軍になってしまった。

 そしてそれからあっさりと、進んでいる途中に見覚えのある奴隷商の獣車をみつけ、すれ違った。特に何かが起こるわけもなく、無事に何事もないまま、お互いに通過することができた。一番安全策としてとった案が、そのまま安全をもたらした当然の結果だった。


 ただこの方法にも、一つだけ不安要素があった。

 奴隷商とは関係のない別の不安要素──『陸地』だ。この進路は奴隷商の他に、陸地もいる可能性がある。 ベリエット勇者ともう一度会うことになることもまた、とびっきりで避けておきたいことだろう。


 でもそれも『報告』を聞いて、大丈夫であることを確認済みだ。

 不安要素はすでに取り除かれている。ニアミスがないことは最初から分かっていた。


 まぁ……何やら向こうも少し、大変なことになっているみたいだけど。

 実際その様子を通りがかる際に、獣車から遠目で少し見ることができたけども。


 しかし俺にはもう、関係のないことだ。

 気にすることも、関わることも、その必要性もありはしない。

 何もなくその場所を通り過ぎるだけだった。


 そして夜通し獣車を走らせる。夜の方が人目を気にすることなく爆走することができることに気づいて調子に乗ってしまった。魔物の強さでゴリ押しするように、来た道を駆け抜けた。


 出発した次の日にも丸一日進み続けて、さらにその次の日。

 強行軍の甲斐があってか、俺たちはテールウォッチを出て一番最初に来た村にまで戻ってきていた。行きにかかった時間が嘘のように早くついた。


 ──『盗賊を倒せばいいんですね』


 ゴウィットから依頼を出された俺は、それを迷いなく受けた。


『……驚いたな。迷いなく受けるのだな、冒険者殿は。言った通り相手は技賊。しかもそれなりの集団だ。たった二人の手勢では、さすがに厳しそうだと素人ながらに思うが……。いや、まぁいい。頼んだのは私だ。深くは聞くまい。無論倒せるなら倒してもらいたいが、厳しそうなら無理はせず、冒険者殿には折を見て目的を調査に切り替えてもらいたい。欲しい情報は、人数、地形、装備の質などだ。知り得た情報は、テールウォッチの冒険者ギルドに持っていけば後はギルドが動くだろう。無論冒険者殿で討伐が済めば報酬は弾ませるがね。これは技賊の本拠地がある場所だ』


 この時、当たり前のように本拠地の場所が出てきたことに少し驚いた。ここまで分かっているのに技賊がまだ野放しにされていたこと、それに本拠地の場所だけは頑なに秘密にして自滅すらしてきた技賊がなぜかあっさりとゴウィットにその情報を掴まれていることがだ。

 なんだか少しきな臭いものを感じたが、面倒臭そうなので踏み込むことはしなかった。


 重要な盗賊の本拠地の場所はすでに知れた。それだけ済めば他はなんでもいい。

 俺は教えられた盗賊の本拠地の情報を思い浮かべる。

 ここいらで一つ、考えなければならないことがある。

 

「んー……」


 二頭の魔物におやつをあげながら、首をひねる。

 村に着いた俺たちは、村の少し外れた場所にある空いたスペースに獣車を一時的に停めて、魔物と獣車を離して楽にさせていた。いい加減、少し魔物を休めないといけないだろうと思ったのだ。


 だが思ったよりも魔物は、まだピンピンしていた。終焉の大陸の魔物だからだろうか。いつ襲われるかもわからず、むしろ襲われるのが当然の場所なんかに比べたら、何も危険がない場所をひたすら走ることなんて遊びみたいなものなのかもしれない。


 自由になった途端に真っ直ぐ魔物が二頭ともやってきて、何かをせがむようにブルブルと口を震わせたので【アイテムボックス】から『人参』を取り出して魔物の前に差し出した。


 今はその人参の二本目をバクバクシャクシャクと忙しそうに食べているところだ。

 旅の最中いろいろあげて好みをみたけど結局これが一番反応がよかったな。『部屋』の【農園】で作ったやつだからだいぶ貴重なものだ。大森林の葉とかも試してみたが、それは怖がって近づきすらしなかった。


「いやぁ、いいねー。この村は本当に、長閑でさ。ティブーユの気風がよく現れてるよ。しってるかな? この村は酒精を含んだ苔で作った特殊な地酒が有名なんだよね」


 側にいるエステルが、体を気持ちよさそうに伸ばしながらそう言った。


 昨日から、エステルは『部屋』からこっちに出てきて同行している。

 休憩の間に『部屋』で会った際に軽く立ち話で進歩状況を伝えたところ「それなら僕がいなきゃね」と言って急遽盗賊の討伐に参加することになった。


 まぁ本当にエステルの兄のグレイスが盗賊の本拠地に捕まっているのなら、実際にどれがグレイスなのかを見て確認する必要があるので「いなきゃ」というのもあながち間違いじゃない。同行に対して、特に何かを言ったりはしなかった。


 ただ同行していたのは昨日からで、律儀にも獣車の爆走にも付き合っているので、今日は体の節々をずっと痛そうにしていた。そして今ようやく解放されたからか、エステルの言葉は想像以上に清々しさと隠しきれない嬉しさが滲み出ている。


「そんなのがあるのか。それはいいな。是非、手に入れたいところだ。いい加減、酒を手に入れたいぞ俺は。街を慌てて通過しすぎだ。何をそんな急いでいるのか知らないが」


 酒と聞いて、腕を組んで立っていたウォイルークワイアが急に饒舌に喋り出した。

 この竜王は俺とサイセの二人だとやっぱり少し大変なときがあったから人手として召喚した。呼ばなかった間、【街】でダラダラしてたそうだからもっと働かせないとダメかも知れない。


「それで、サイセはどっちがいいと思う?」


「んー……微妙、なんだよなぁ」


 俺とサイセが今悩んでいるのは、これからの動きのことだ。

 というのも例の盗賊の本拠地なのだが、なんと今いるこの村からの方が近いのだ。テールウォッチへ行かなくとも。


 盗賊のアジトは、この村から南西へ行った場所にある。

 さらにそのアジトからさらに南西へいくとテールウォッチの東端へ行ける。

 つまりアジトはちょうど今いるこの村とテールウォッチの東端で挟んでいる場所にあることになる。


 ならなぜ俺たちはテールウォッチを目的地にしていたのかと言えば、ゴウィットからそう言われていたからだ。


 でもわざわざテールウォッチから行こうとすればこれがまた相当時間がかかる。直線距離でどれだけ距離が近くとも、結局入り口が一箇所しかない。あの壁の穴を目指して大回りしていかなきゃいけないのだ。こんなにも東端が近いのに。まるで時計の三時の位置から六時へ移動するのに、わざわざ十二時を通るぐらいの遠回りだ。

 

 だったらこの村から行けばいい。それがシンプルな話だ。

 しかしそれも少し難しい。アジトの『位置』は分かっているものの、『行き方』が分からないのだ。


 そもそもこんなに近いテールウォッチの右端と、この村には直接的な人の行き来がない。この村の人がテールウォッチにいく場合は、さっきも行ったような遠回りをしている。

 それはルールとしてあの関所を通らなければならないと決められてるというのもあるが、それだけなら破る人が出たっておかしくはない。無法者なんかはこういう狡いルートがあれば、ルールなんて関係なく使うはずだ。


 だが無法者すらルールを破らず、誰もが壁の関所を通って遠回りを選ぶ。


 それはテールウォッチの東端と今いる村の間には、『ケルラマ山脈』という天然の壁が立ちはだかっているからだ。


 最初の試練か、最後の関門か。そこは世界一広大な危険地帯、『ケルラ・マ・グランデ』との境界部分にもあたる山脈だ。

 連なる山々も危険地帯の特徴通り、異質な植物がこれでもかと生い茂っているが、さらに山頂部分ではやけくそのように連なる山と同じ数だけ竜木が『立ち並んで』生えている。そこは強靭な魔物が大量に居着く、樹海の奥地と同等の危険地帯としてギルドから注意勧告が出ている場所だ。


 テールウォッチの北東に立ち並ぶ『ケルラマ山脈』。

 街の中央を横切ったあと北西に向かって伸びている『竜川』。

 その二つを結ぶかのようにあるのがテールウォッチの『壁』だ。


 『壁』は巨大で長いが、形は横一直線なので決して回りこめない形ではない。

 なのに誰もがそれをしないのは、西では竜川が邪魔になり、東ではケルラマ山脈が壁となって立ちはだかっているからだ。


 だからしないのではなく、そもそもできない。


 『壁』はあまりにも効率的にテールウォッチを塞いで住民を閉じ込め、検問所や関所としての効果をあまりにも高く発揮しすぎている。

 結果としてテールウォッチの住民は、無法者ですら検問所を無視して外部へ出ることが叶わない構造になっていた。


 と……事前にゴウィットからもらった情報に補足するかのようにエステルから聞いていた。


 ここで不思議なのはゴウィットから示された盗賊のアジトの位置、それとケルラマ山脈の位置が被っていることだ。


 そう……被っているのだ。

 盗賊のアジトは、ケルラマ山脈にある。


 といっても樹海の異質な植物と竜木に居着く魔物を克服して、危険な山肌に住み着いたわけじゃない。

 山の中だ。地中に、盗賊はアジトを作っている。樹海がある前にあったらしい旧ダンジョンをおそらく利用して、山の中に張り巡らされた穴を移動し、生活の拠点としているだろうとのことだった。


 そこで現在の悩んでる状況に繋がる。


 ここまでアジトの情報があっても、『出入り口』がわからないからだ。

 ゴウィットの情報にもさすがにアジトに侵入できる、出入り口の場所まではなかった。だから「テールウォッチから行け」という指示は、住人なんかから情報を集めて割り出せということなのだろう。

 少しずさんな指示だが理解はできる。盗品の処理や生活必需品の調達を考えるとテールウォッチ方面とアジトは確実につながっているだろうし、利便性と使用頻度を考えればこっち側よりはずっと使いやすい出入り口にしてるはずだ。情報の得やすさがおそらく全然違う。


 だが既に言っている通り、ここからテールウォッチは無駄に遠い。特にあの長い行列をもう一度と考えるとげんなりする。『ドア』を通っていくにしても『ドア』が置いてあるエステルの館は西端で真逆だ。こっちも遠い。


 なんとか楽にいけないか……そう思ってサイセとずっと相談していた。


 とりあえず山脈に足を運んで気配で探りあてる、なんてことができればいいんだけど。

 終焉の大陸で強い魔物の気配を探ることはあっても、弱い特定の魔物を探りあてるなんてしたことがなかったから、正直できる自信がなかった。


「聞き込みも、軽くしてみた感じあんま手応えがないんだよな……。そんな数こなしたわけじゃあないから、もう少しやれば意見をはっきりできそうだとは思うんだがなぁ〜」


 サイセが悩みながらそう言った。

 うーん。


「お、あんたぁ……この前の。なんだ、戻ってきていたのか?」

 


 ふと、通りがかったおじさんに話しかけられる。

 ……誰だ? 一瞬人違いかと思ったが、真っ直ぐにこっちを見て話しかけてきている。


「この間は、助かった。ちゃんと残さずに食材はいただいたぞ。うまかった。ありがとなあんちゃん。あの後すぐに雨は止んじまったが、ひもじい時の恩はいつもよりも身に染みた」


 あ……思い出した。

 まだ雨が降ってたこの村に立ち寄った時、この領地について教えてくれたご飯屋の店主だ。

 ちょっと忘れていたが、気を取り直して愛想よく対応する。店主も思い出したのをみて嬉しそうにしてくれた。


「この間連れてた奥さんと娘は、今連れてきていないのか」


「…………まぁ、今は」


 笑顔がひきつりそうになるが何とか堪えた。

 端でウォイルークワイアがニヤつき、エステルが「奥さん? いたんだ」と首を傾げ、サイセがすごく微妙そうな顔を浮かべていた。三者三様の反応だった。


「そうだ! お前さんら、まだこの街の食材と飯を味わってなかったろう。食わせてやるからうちに食べにこい。ようやく最近また元に戻ってきたからな。今なら振る舞ってやれる。もちろん金はとらんぞ。礼になるかはわからんがな」


「ん〜……」


 でも盗賊退治の方が……。


「受け取ったらいいんじゃない? そんなに急いでないよ、僕はね。それに恩を返されるのも付き合いってものだ。返せない恩っていうのも存外しんどいからね」


「なんだ……急いでるのか? そうか、わかった。なら時間内に作れるだけ料理を作ってやる。確かお前さん、【アイテムボックス】を持っていただろ。できたのを片っ端からそれに入れてけ。あとでそれを食ってくれればそれでいい」


 それはすごい嬉しいけど……。

 いいのだろうか?

 

「俺ももう少し聞き取りしに行きたいと思ってたところだし、ちょうどいいんじゃないか旦那」


「……確かに、それもそうか」


 ちょうど方針に迷って立ち止まっていたんだ。

 サイセの言う通り、案外ちょうどいいのかもしれない。

 店主に了承を伝えると、やる気と嬉しさを滲ませながら頷いていた。


「よし、ならそこのアンタは買い物にいっとくれ」


「え、僕……?」


 店主がエステルに紙と箱を渡しながらそう言った。

 エステルは紙と箱を持ちながら呆然としている。


「俺はすぐに戻って仕込みをはじめにゃいかん。だが買出しの途中だったから、まだ残りがあるんだ。急ぎなのだろう。手分けした方が早く済む。遠くのやつは済ませてあるからあとはあそこと、あそことあそこで、それを買えばいいだけだ」


 店主の迫力に負けて「仕方がないね」と笑ってエステルが買出しに歩いて行く。

 店主も足早に自分の店へ向かっていった。


「んじゃ、俺も行ってくるわ」


 サイセもそう言って、聞き取りに行った。

 俺も料理を【アイテムボックス】に入れるので店主を追いかけて、店にいく必要がある。

 なのでそうしようとした時だった。


「待て、俺はどうすればいい?」


 残っていたウォイルークワイアに聞かれた。

 当然、そんなのは決まっている。


「留守番で」


 誰かに獣車と魔物を見ておいてもらう必要があるのだ。

 ウォイルークワイアにはいてもらわないと困る。


「俺も酒を買いに行きたいのだが」


「えー……」


「見ろ、すぐそこだぞ。酒屋なんて」


 そうして指差す方向をみると目に付く店の中で一番近いところに酒屋があった。少し距離があるが間に遮る物は何もなく、見通しがいい。


「まぁ、少しだけならいいか。魔物がいるし」


 ちゃんと言うことも聞くし、むやみやたらと人を襲わないし、自衛もちゃんとできる。

 最近の旅で魔物への信頼度は大分上がっていた。

 そこまで神経質に心配しなくてもいいか。


 そんなわけで、ウォイルークワイアにできるだけ手短に済ませるように伝えて、その場は解散をした。



 

 ──で。


「なんで、こうなるかなぁ……」


 一時間と少し過ぎた頃、同じ場所に戻ってくると『獣車』が無くなっていた。

 ちなみに魔物はいる。ドラゴアドはそっぽ向くようにお尻をこっちに向けていて、蛇目馬は地面にゴロゴロ転がっていた。


「ウォイルークワイア」


「秋、思い出してみろ。何かあっても魔物が何とかしてくれる。そう言ったのはお前だったはずだ。そうだろう」


「でも酒屋どころか冒険者ギルドにまでいくなんて聞いてなかったけど」


「……金が無かったんだ。仕方がないだろう。お前とそこの人間も、俺が呼びにいかなければいつまでたってもあの店で飯を摘まんでいたぞ。それにこいつらを見てみろ。獣車の盗人は無視しておきながら自分達に手を出してきたやつらだけは懲らしめている、ちゃっかりな」


「…………(シャーシャー)」


「パキ……ポキ……」


 地面に転がる蛇目馬のそばには、人間の男の銅像が丸々一体立っていた。

 それと嫌な予感がして、変な音が鳴っているドラゴアドの前に回ってみると、千切れた人間の腕をもぐもぐと食べていた。取りあげようとするとすごい威嚇をしてきて、ため息がでる。


「調教がなっていないんじゃないか?」


 その様子を見ていたウォイルークワイアが、少しドヤ顔感を出して言った。


「──いや、それはありえないな」


 こと『調教』に限って、あの『部屋』で失敗はありえない。

 それこそ、こんな低レベルな魔物でなんて、余計にだ。

 唐突な断言にウォイルークワイアが少し面食らっていたが、すぐに持ち直して言葉を続けた。


「……なら、おかしな命令でもしたんじゃないのか」


「そんなことは……」



 ──『人をむやみに攻撃しちゃダメだ。めっ』



「あっ……」


 あった。

 その結果、獣車だけが盗まれるなんて変な事がおきたのか?

 いや、だとしたら忠実すぎて逆に融通が効かなすぎるな……。


「心当たりがあるみたいだな」


 にやりと、ウォイルークワイアが笑う。

 いや、心当たりがあっても冒険者ギルドまで行ってたことが無罪になるわけじゃないから。

 もう罰としてこれからウォイルークワイアじゃなくてウォイクアって呼ぼう。長いし。


「まぁまぁ、今は言い争いよりもさ。これからのことを考えたほうが建設的じゃない?」


「……それもそうだな」


「これから、ね……」


 まぁ……そこまで深刻な事態というわけでは、別になかった。

 なんせ盗られたのは獣車だ。獣車には当然、『ドア』が設置してある。壊されたりするわけじゃなければ、こっちからいつだって行きたい放題だ。一回寝て明日に行く余裕するあるだろう。


 おそらく世界で一番、奪ってもどうにもならない獣車に盗人は手をだした。

 なんとも気の毒なことだった。

 

「おっと……少し待たせすぎちまったか? 悪かったな、遅れて。

 でも結構有益な情報を掴んできたぜ。どうやらここいらにも技賊が現れているらしいな。ギルドの手配書に書かれたやつがうろついてたそうだ。嘘か本当か、さっきも獣車を手で引いていたのを見たって噂になってたんだが……ハハッ、さすがにそいつはガセか見間違いだろうがな」


「サイセ……」


「ん? どうしたんだ、旦那」


 一人遅れてやってきて、意気揚々と報告をするサイセに現状を説明するとがっくりと肩を落としていた。

 可哀想なサイセだ。一番真面目にやっていたのに、一番徒労に終わってしまうなんて。


「とりあえず少し待ってから『ドア』を通って盗まれた獣車にでも行こうか」


 そう言うと、サイセとエステルの二人は頷いた。

 だが、ウォイクアが否を唱えた。




「……今回は俺にも多少の責任が、少しは、無くもない。

 しょうがないから俺が飛んで乗せてやる。そっちの方が早いだろう」




◇◆◇◇◆◇



 

「急げ!! 急げ!!」


 道から外れ、その脇に広がっていた野原を凄まじい速度で進む獣車の姿があった。

 獣車の窓から身を乗り出した男は、御者台で魔物を操る男に怒鳴り声で指示を出す。それから時折、背後に視線を向けて追手がないかを確認するがその姿は、未だ見えない。


 ……まだ油断はできない。

 そう思いながらも、計画がほぼ成功に近いことを経験から感じてしまい、堪えきれず表情がニヤついた。そして獣車の中にいる仲間に盛り上がった気分のまま声をかけた。ここにいるのは計画に乗った仲間たちだ。


「どうだ! 言ったとおりだろ! 監視中にピンと来たんだよ!

 あんな大人数が出入りするなんて、貴族用の高級獣車だってなぁ!」


 獣車の中にいる仲間たちの様子もまた、似たようなものだった。

 容易い仕事の達成に悦に浸ってるもの、儲けを考えてにやつくもの、もっと手応えが欲しかったなんて声をあげる者まで。おおむね調子が浮ついてるものばかりだ。


 だが全員が全員、そうかといえば、そうでもなかった。


「ぐすっ、ぐすっ……はぁ、はぁ」


 獣車の端でベソをかきながら、息を荒らげている男が一人、恨めしそうな目でこちらを見てきていた。


「いてぇ、いてぇよ……獣車の速度もっと落とせないのかよぉ……震動が傷に響くんだよぉ!」


 その男に視線を向けると、まだポタポタと血が垂れている無くなった片腕の部分をまだある片手で握り締めながら、癇癪のように声を上げ出した。

 ため息をつきながら、対応をする。


「ぴーぴー、うるせぇな。回復薬は渡しただろ。

 拠点まで戻れば、頭がなんとかしてくれる。それまで我慢してろよ」


「ぐすっ……ぐぞぉ……。アイツらには手を出すなって、言われてただろォ……!? それにモサクのやつだって石化したまま……どうすんだよッ、アイツはァ! 置いてきちまったんだぞ!?」


「重くて動かせなかったんだから仕方がないだろ。それにアイツらに手をだしちゃいねえよ。俺たちはただ獣車に手をだしたんだ。いつも通りな。それがたまたまアイツらのだっただけだ」


 その発言で周りの仲間から、笑い声があがる。

 ウケたことに気分を良くしながら、ベソをかいた男に吐き捨てるように言った。


「いいから戻るまで黙っとけ。空間拡張された獣車だぞ。これを捌くだけでお前の役に立たない細い腕なんて何本でも生やせるんだからよ」


 

 それから少し入り口が分かりづらくなっている山脈の麓の洞窟へと獣車は入っていく。最初はただの洞窟を装って暗くなっているが、進むにつれて徐々に洞窟は広くなり、魔道具による明かりも見え始めた。

 ケルラマ山脈の内部にある旧ダンジョン跡を利用した、本拠地へついた証だ。


「よし、一度『検品』をするぞ」


 本拠地の中心部はまだこの先だ。だがそこに行く前に獣車は止まり、声をかけると中からだるそうに盗人たちが出てくる。


 確かに面倒な工程だ。だが仕方がない。多少は名が知られた盗賊団になってしまった。それ自体は気持ちがいいが、最近は盗品に罠を仕掛けられるようになっている。


 それをそのまま頭の所に持っていこうものなら、拠点や頭を危険に晒す恐れがあるし、何より評価が下がる。だからこうした地味な作業をわざわざする必要があるのだ。


「しかし何にもねぇな……。何か置いてるだろ、普通は。くそ、しけすぎだっ……何してんだ? お前」


 獣車の中の収納を片っ端から開き、隅から隅まで見ていた男は、苛立ちながら呟く。中の荷物も当てにしていたのに、その当てが外れた。

 舌打ちをしながら獣車の中を見回すと、仲間の一人が壁際で何かをぺたぺた執拗に触っている様子が目に入って気になった。


「いや……なんか、おかしいんだよ。このドア」


 そう返され、男がいじっていたそれが、よくみると壁ではなくドアだったことに気づく。

 だが、それがなんなんだ。すぐに興味が消え、ただのドアか、と。思考から弾き出す。


「御者台につながる普通のドアだろ」


 確かに少し変わった位置にあるが無いことはないだろ。

 それにただでさえ貴族用の獣車だ。見栄や謎めいたこだわりで変な改造を施されているなどよくあることだ。


「いや、でもよぉ。御者台の方には、ドアが無いんだよ」


「……は? そんなわけないだろ」


 獣車から身を乗り出し、御者台の方にいる仲間にドアがあるかを尋ねると、無いと答えが返ってきた。そんなはずはないので自分で確かめにいくと、確かに外の御者台にはドアがなかった。


 意味がわからない。ドアっていうのはそこにある時点で、自動的に二箇所にドアがある。そういうもんだろ。


「不思議だろ? それにほら、開けてみようにもドアの取手が掴めねえんだ」


 男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべてそう言った。

 それを聞く自分の顔もまた同じ表情になっていくのを感じる。


 この獣車ではおかしなことが起きている。何か秘密が隠されている。


 なぜ隠すか。それは価値があるからだ。

 しかもドアの秘密なんて、こんなにも何かがありそうなものはない。開いてない宝箱みたいなものだ。この先に何かが絶対にある。価値のあるものが。それが簡単に確信できて胸が躍る。

 荷物がしけててがっかりしていたところに、とんだ事実が舞い降りてきた。期待するなという方が無理だった。


 取手に手を伸ばすが、そこにあるはずの取手がなぜか透けていて自分では掴めない。

 まずはこの取手を掴んで開けなければ、話が始まらない。


「おめぇら、ちょっと集まれ!!」


 仲間たちを集めて、事情を説明し、片っ端からドアの取手を掴ませていく。だが誰も取手をつかめず、最後の一人が終わった時点で「くそっ!」と声を荒らげた。

 

 いや……だが、待て。まだ一人、あいつが来ていない。

 びーびーうるさいから、検品作業を免除させてやったあいつだ。

 獣車の外へ出ると、硬い地面の上で具合が悪そうに横になってる男を見つけて無理やり獣車へと連れてきた。


 まだ『片腕が残ってる』んだから、ドアの取手ぐらいはこいつでも握れるだろ。


「なんだよぉ〜〜〜!! また俺に、危ねぇこと、やらせるのかよぉ〜〜! 勘弁してくれよぉ〜〜やりたくねぇよぉぉぉ〜〜〜!!」


「あーあー。うるせぇな。ドアの取手を掴むぐれぇで騒ぐんじゃねぇよ。試すだけだ、ほら、いいからやれっての。終わったらもう頭のところに先行ってていいから」


「ぐそぉ……」


 片腕がちぎれた男は、顔をぐしゃぐしゃにしながら仕方がなく取手へ手を伸ばす。


「おっ……!」


 そして透明の取手を掴んだ。

 周りがざわめく。速く開けろと周りに急かされ、正直嫌だったが、逃げられそうにないことを悟って鼻水を一回すすったあとにドアを開いた。


 ──キィ……。


 音を立ててドアが開いていく。

 誰もが固唾を飲んで見守った。

 その『ドア』のつながる先を。



「……むっ!?」



「え……?」



 あまりにも情報量が多い光景に言葉がでなかった。

 想像していたよりずっと広い圧倒的に広がる空間だとか。たくさん見えるドアとか。高級そうな大量の家具だとか。それらが一瞬で目に入ったのは確かだ。

 

 だがそれよりもまず、触れなければいけないことがあった。

 それは『ドア』を開けてすぐの場所に、知らない男が立っていたことだった。


「(なんで……裸……?)」


 誰もがそう感じながらも、口には出せなかった。

 情報の許容量を超えた状況にただ圧倒されることしかできなかった。

 

「はて! これはどこへと続く『ドア』でありましたかッ!!」


 小麦色の肌、新緑のような明るい緑の短い髪、中背より少し小柄な体、張りのある大きな声。

 それらは目の前にいる男の中では、些細な情報だった。


 そんなことよりも目に付くのは、むきだしになった圧倒的な『筋肉』だ。

 鋼のようなその筋肉は、みちみちと今も凝縮する音が聞こえてきそうなほど高い密度を感じる。さらにたくさんついている傷跡が、鍛錬なんて生やさしいものではなく、文字通り『実戦』で育んだ筋肉であることを容易に想像させた。


「はて? さて。ふむ、ふむ……」


 何かを考えるようにあごに手をあてながら、こちらを向いている。

 だが肝心の目が、巻いている布に覆われていた。一体その状態で、何が見えての「はて」と「さて」なのか。


 男が纏っているのは、その瞳を覆うために巻かれた布。

 それと腰に巻いて、局部を覆い、その前でひらひらとはためく黒地の布。


 その二つだけだった。


 それ以外の体のあらゆる所が外気に晒されている。

 ちなみに黒地の布には白い文字が大きく一文字だけかかれているが、何かは読めなかった。


「はっ!! なるほど!! これがもしや話に聞いていた『獣車のドア』で、ありますか!! ──ということは」


 何かに気づいたのか、凄まじい速度で男は姿勢を変えていた。

 手を額に当てている。おそらく貴族への敬意の仕草なのだろうが、学がないためわからなかった。


 しかしそのことよりも自分が動きに気づかなかったことが……。さらにようやく今頃になって、気づいていなかったことに気づいていることが驚きで、盗賊たちの体がかなり遅れてびくりと揺れる。


 そんなことを気にしない相手の男は言葉を続ける。


「『マイロード』のお客さまに、失礼を働き、失礼いたしましたッ!!!!」


「だ……誰ですか」


 ごまかすようにして、一言だけ絞り出した。

 ただ敵意の向けられたくなさだけで声を発していたが、その自覚はなかった。


「これは……重ね重ね失礼をッ!!

 自分は使用人──『蛮』ッッッ!!!!」


 尋常じゃ無い大声。

 一瞬高所から落下してるんじゃないかと思うほどの衝撃を感じた。

 頭に鳴り響く尋常じゃ無い警鐘に、もはや続く言葉なんてどうでもよかった


 

「と、申すものであります! 以後お見知り置きを!!」

 

 

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― 新着の感想 ―
[一言] > 『人参』を取り出して魔物の前に差し出した。 最近知ったんですけど、馬が人参好きなのって貰える餌の中では人参が甘いかららしいですね。 だから、もっと甘いおやつを貰ってる馬は人参を食べないこ…
[良い点] 典型的な俺ツエー作品で一回最強したらインフレして終わりかと思いきや、パワーパランスをうまく調節していて長続きしている所。 [気になる点] ①日暮が全く成長しない点②ストーリーの中盤あたりで…
[良い点] いつもグイグイと世界観に引き込まれる。好
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