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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第3章 兄探しと底なしの価値

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第114話 誰の所為の招かれざる客か①

2話更新注意


 扇情的な格好をした美しい奴隷の女が、飲み物を持ってきて机の上においた。

 置かれた飲み物は、酒精が混じっていて、上品な香りを強く感じる。それが高級であることは疑うまでもないことだ。

 だが高いのは飲み物だけではなかった。ソファ、机、床、壁。奴隷の女の着けている服と首輪までもが、こだわり抜かれた高級かつ至高の逸品であることを無言で主張していた。高級なんてことは、この空間では当然かつ普遍のことであると。

 

 ──唐突に、奴隷の女の顎が片手で掴まれる。


 強引で、不躾な触り方だった。

 それでも女は笑みを崩さない。この顎に添えられた手は熟れた果実のように簡単に、自分の顎を握りつぶせる。そのことが頭によぎっていながらも、気丈に振る舞った。


 ……少なくとも女自身はそのつもりだった。

 しかし実際は笑みは引き攣っていて、体も怯えたように微かに震えている。


「……気に入りましたかな?」

 

 そう尋ねた声は、女に手を伸ばす当人のものではなかった。

 しかし尋ねた相手がその当人であり、顎をさする男は面白そうに女の表情をじろじろ眺めながら答えた。


「あぁ、いいな……。気に入った。『弁えてる』のが特にいい。見ろ、こいつ。震えながら笑ってやがる。両方、体に出てて面白いな。俺がすぐにこいつを捻り殺せることも、だから媚びへつらう必要があることも分かってるんだ。自分が『弱者』だとな。この世界にはそれすら分からない、弱者であることすら全う出来ないカスが多すぎる。こいつですら全うしてるってのによ。大したものだぜ、お前。ただもっと言えば恐怖を隠した上で媚びへつらう方がいいんだろうがな……俺はあいにく、そこまで他人に厳しくはねぇ。お前みたいにな……ゴウィット」


 まるでお辞儀みたいな大袈裟な相槌を打ちながら、立って話を聞いていた男──ゴウィット・チークテックは、唐突に話を振られながらも笑みを保ち続けた。広いソファを独り占めして、目の前で偉そうに座る二回りも小さな男に、媚びるのを惜しまず絶やす素振りも見せない。


「では、持ち帰りますかな? いつでも好きな時に、好きなものを、我々は献上する用意がありますとも」


 そういうと「いや、そこまでじゃない」と笑い、掴んでいた女から手を離す。

 ようやく解放された女は、軽く会釈をして最後まで笑みのままこの場から去った。


「『女』っつーなら、極上のがちょうど近くにいるんだよなぁ〜。くれるっていうなら、そっちのほうがいいが……ちと無理だろうなぁ、お前には……。そんな簡単なら、とっくに俺がどうにかしてるしな……」


「それは残念ですな」


 ──『ティアル・マギザムード』か。


 具体的な名前は出なかったが、情報を整理し、即座にゴウィットは見当つけた。

 出自から《終焉の申し子》、あるいは魔王になった経緯から《勇者狩り》なんて呼ばれたりもする、魔王の中でもおそらく上位に位置すると推測される悪魔族の魔王。一方で度の超えた『知識狂い』として名高い、凶悪な人物だ。

 

 レベルも固有スキルもない人間が種族として優位に立つため、何百年という単位で追い求めて辿り着いた『種族技術』とも言うべきものを流出させた『魔術流出事件』は、一夜にして世界が変わったとされている。

 人類の優位性は再び泡沫のように消え、振り戻しに戻った。人間から見たら最悪な事件。


 そんな世界単位で影響のある事件を単独で起こせるような、名の知れた強者が、平然と会話に出てくる。そうした話をしているとき、ゴウィットは違和感を感じることが多くあった。あまりにも身の丈にあっていない高次元の話をしているような気がしたからだ。


 だが一方で、目の前の人物がそんな話をすることに違和感を感じたことはない。

 当然だ。結局のところ、目の前にいる人物もまた『同類』なのだから。

 やはりこのレベルにもなってくると出てくる名前だけでも違うものだ。南大陸の辺境にある国で、少し金と地位をせしめて幅をきかせてるだけの商会の会長なんかとは根本的に違う。


「……ところで、ずっと気になってたんだけどよ。

 『もう一人』の責任者はどうしたんだ?

 なんで……俺が来てるのに姿が、ねぇんだ? ……なぁ?」


 冗談のように軽い口調で言いながら、目の前にいる男は背もたれにつけていた背中を浮かせた。

 座ったまま薄く笑みを浮かべて、握った片方の拳を愛しそうに反対の手で撫でながら言葉を続ける



「もしかしてなんだが……俺のことを『舐めてる』のか……?」


 

 殺気をちりちりと感じて、肌が舐められたように鳥肌が立つ。次に自分が発する答え次第で、簡単に自分の首が吹き飛ばされる。その光景を簡単に思い浮かべることができた。 


 同類……そう、同類だ。

 目の前にいる男は、ティアル・マギザムードと同じ。

 奇しくもなった日も、経緯までもがそうだった。


 南大陸で起きた大動乱に乗じて数多に生まれたとされる、その一人──『魔王』。


 《暴虐王》。


 それがチークテック商会を取り仕切るゴウィットの目の前にいる、その人だった。


「…………」


 慌ててはならない。この程度のことなど想定済みだ。

 かの方と付き合う時点で、こんな冗談みたいな死線なんていうのは、雨季の雨のように越えることになる。


 それは相手が魔王だから……という理由だけでない。さらに加えて『巨人族』でもあるからだ。


 『巨人族』──それは最も強大に繁栄した蛮族として名高い魔族。

 『獣人族』と『天使族』に並ぶ、人間と最も敵対的な姿勢を取る魔族の代表格だ。しかもその理由は、獣人族の『競争意識』でもなければ、天使族の『歴史的憎悪』でもなく、純粋無垢な人間という種族への『軽視』。


 そこまで知っていれば、こうならないわけがないと分かる。

 倫理観も常識も、人間のそれとは大きく異なるのだ。だから、慌ててはならない。


「ティウケット=ハウヴェスト──『ハウヴェスト領主』は只今、別大陸から急遽お越しになった『勇者』への対応にあたるため、テールウォッチへ出向しております」


「あぁ〜……? 勇者ぁ……? そういえばなんか最近ムカムカした気がしてたのはそれかよ、本当うぜえ称号だな『勇者殺し』は……。

 つーか、何? 俺を放り出して、そんな雑魚を優先しにいったってのか……?」


「……必要なことと考え、私めも賛成させていただきました。人間においては未だ『勇者』の持つ影響は衰えず、計り知れません。怠ればむしろ我々の計画に綻びを生むことになりかねませぬ。逆に積極的に協力を惜しまないことで、我々のテールウォッチでの権威はより確実なものに──」


「あぁー……いい、いい。長い。分かった分かった。舐めてないんだな? なら、いい。重要なのは二つ。一つは舐め腐らずに弁えること。もう一つは『支払い』だ。それはどうなってるんだ?」


「『金』も『物』もつつがなく、ご用意しております。残りの『人』についても……現在輸送中ですが、遅くとも明日にまでは届く予定です」


「……えぇ? お前、それ、まだ揃ってないってことじゃねぇか……? おいおい、ガッカリだな。頼むぜぇ……なぁ? ちゃんとボケ共使って、要望通りの立派な『壁』を建ててやったろ……? 即行で」


「申し訳ありません」


 頭を下げる。

 やれやれ、と出来の悪い子供を相手にするかのように肩をすくめたあと、立ち上がってぽんぽんと肩を叩かれる。肩を取られてるんじゃないかと内心で一瞬血の気をひいていたが、それはおくびにも表情には出さなかった。


「支払いの期日は、まだ先だ。早めに顔を出した、俺も間が悪かったな。だから今回は気にしねぇ。……でもよかったな、ゴウィット。たんま〜りと、前払いをしておいて……さ! だからこうして俺は気分害さずに怒らず笑ってられるし、お前も命を繋ぐことができる。お前はちゃんと弱者を自覚して『弁える』ことが実行出来ているな、うん」


「……お褒めに預かり、光栄です。おかげで我々は莫大な権益を得ることができました」


「あぁ、そりゃ結構なこった……。その調子で富んでくれよ、俺たちのためにもな……。ふ〜……しかしあれだな……。やっぱりまだ、慣れないな。『農業』ってやつは」


 どかりと体をソファに投げ出しながら、どこか声に疲れを滲ませてそう言った。

 

 『農業』──種を蒔き、世話をして育て、収穫する。

 

 それは他者から奪うことを当然とする巨人族には無い概念だ。

 無くなるまで奪うか、無くなり他の場所に行って奪うか、敗れて死ぬか。

 純粋なこの世の真理として『弱肉強食』を異常なほど無垢に信奉する巨人にある可能性はそれしかない。


 そんな生態をみてベリエット帝国の勇者は巨人を『イナゴ』と呼んでいるが、それがなんなのかは分からない。何かの虫らしいが、見たことはない。ただその迷惑極まりない生態をまるで災害の一つかのように『巨害きょがい』と言う意味は理解できる。『何も持ってないこと』が最大の自衛だなんて言われているのは、さすがにたちが悪い冗談みたいな話だ。


 だけどそれが許される。

 誰かが許可を出したわけではないし、決して広い心で受け入れてるわけでもない。なのに成されてしまう。圧倒的な数と暴力によって。


 それがあらゆる種族に煙たかがられ、嫌われ、弾き出されながらも、竜に並ぶ勢力として今もなお繁栄する、魔人族に続く魔族の筆頭。巨人族という種族だ。


 だから本来なら彼らに『育む』なんてもとより『組む』という選択肢も存在しない。

 つまり信じがたいことだが、今目の前にいるこの『暴虐の王』は、巨人の中でも異端の『組みやすい』巨人だった。種族としての突然変異か、異端児なのかはわからないが、実際変わり者として知られている。


 そんな変わり者ゆえにか、本来は奪うだけのところを『農業』にも手をだしていた。

 といっても育てるのは『人間』だ。正確には育てるではなく、富ませるであり、世話は暴力で餌は恐怖。その目的も結局は肥えたところで自分が奪うためになのだが。やはり巨人族はどこまでもいっても巨人族だ。


 しかし意外にも手際は敏腕だ。果たしてこの国が大きく舵を変えた『経済国化』に、暗躍する巨人の影があることをどれだけの人が知っているだろうか。おそらく数えるのは両手の指だけですむだろう。


「なぁ、俺は期待してるんだぜ、ゴウィットくん」


「……はっ」


 優しく、声をかけられる。

 しかし魔族に人間へ見せる優しさなんてものがあるわけがない。そんなのはまやかしだ。

 だからか、むしろ思考が警戒に染められるが……とはいえ、それを声に滲ませるなんて愚かなことはしない。


「奴隷から商会長にまで成り上がった……偉いよな……。街でも随分、人気みたいじゃないか。よかったなぁ……。それもこれも……お前が『巨人族』の血を引いているからだ……だからお前は特別だし、俺も特別に目をかけてる。よかったなぁ、特別で……」


「……私めも今の私めに至るまでのすべてに、感謝してもしたりないと日々実感しております」


「あぁ……そうだな……。そう思っていくのが、いい。うん。

 これからもいい関係を築けていけそうだな、俺たちは」


「是非とも……」


 誰かが予言のように言っていた。

 すべてを暴力で解決するような、傷つけて生きるやり方は早死にするものだと。

 しかし実際には死ぬどころか魔王に成り果て、今もこうして同じように生き続けている。今じゃ誰かの言った偉そうな言葉が、負け惜しみに感じられるほどまでに。


 結局この世界は暴力がすべてだ。

 種族レベルが人間の七十倍もある種族を相手に、勝てるわけもない。


「……あの、報告、よろしいでしょうか」


「──なんだ。今、必要なことなのか」


 おずおずとした部下の声が、話の間に割って入る。

 今大事な話の最中であることが、わかっているのだろうか。そうした心境が、つい言葉にのって刺々しくなる。文字通り簡単に首が飛びかねない会話なのだから、神経質になるのも仕方がなかった。


「ははっ、いいさっ。言わせてやれ。分かって覚悟してきたんだよ、こいつは。なら聞いて判断してやる。本当に必要なのかどうか、な。弱者の勝負所ってやつだ。面白い。言え」


「は、はい。ご、ご、ご寛大に、心から感謝を。た、端的に告げさせていただきます……そ、その……受け渡し予定の『人』を乗せた輸送獣車から、襲撃を知らせる魔道具の緊急信号がたった今、発されてます」


「何、だと……。それは、奴隷が奪われたということか」


「……確認はまだですので断言はできませんが、その可能性が高いかと」


「盗賊、か……? ハウヴェスト方面から行くように行っていただろう」


 テールウォッチから貨幣都市へ行く道は、ハウヴェスト領とテールウォッチ領の道を通るふた通りがある。ティブーユ領の方が近いので商人はよくそちらを利用していたが、ここ最近は盗賊が盛んに出現しているため、念のため逆のハウヴェスト領を通るよう輸送班に指示をだしていた。


 部下が少し言いにくそうな表情で、躊躇うように答えた。

 

「それが……合流後の道路での、ことのようで……」


「……随分近場だな」


 ハウヴェスト経路の道と、ティブーユ経路の道は、途中で合流して一本道となってこの貨幣都市へ続いている。合流地点はこの街から獣車で半日ほどかかる場所だ。事前に二つの領地のどちらかを何日もかけて縦断することを考えれば半日でも『近場』と言えた。


 何より近場ということは、今言ったティブーユ領でもハウヴェスト領でもなく、この街の領主の管轄内で起きたということだ。治安のためにとせがまれた多額の領主への献金も、これでは意味がないと舌打ちを漏らしそうになる。


 もう一つ舌打ちを漏らす理由があったが、それは頭に微かによぎらせる程度に止める。

 今はそれよりも優先すべきことがある。


「つーまーりぃ──。俺の物が奪われちまった──ってぇことかぁ……」


 その言葉に部下がぎょっとしたように目を向く。

 最悪のタイミングに、最悪の出来事が起きたと言っていい。

 部下共々、すぐに頭を下げた。


 当然こうなるだろう。

 なんせつい先ほど、つつがなく報酬を用意していると言ったばかりに、それを覆す不手際だ。どうしようもないトラブルとは言え、責任の矛先がこちらに向いたところでおかしいことではない。

 

「稚拙な手際を見せ、大変申し訳ありませぬ。すぐさま部隊を送り、事態の確認と奪われた物の奪還を急がせましょう。引き渡しの期日には決して遅れぬことをお誓い致しますので今回の不手際はご容赦をいただければ──」


「これは、『挑戦』だな……」


「え、あ、はぁ。……?」


「こんな『弁えてない』奴は、久々だな……。なぁ、おい。舐めてるなんてもんじゃないだろ? ここまでくると、もう舐めにきてる……そういったほうがいい。はははっ。笑える。こんなにこけにされちゃあ、行くしかねぇよな……こりゃ」


 抑えきれない嗜虐の笑みを浮かべながら、『暴虐王』はゆっくりソファから立ち上がる。

 おそるおそる、尋ねた。


「……自ら動かれるので?」


「あぁ、ちょっと行ってくるわ……。よかったな、相手が想像を絶する馬鹿どもでよ……ったく。位置だけ教えてくれ、さくっと行って帰ってくっから。いや、その前に飯でも食ってからいくか……なんか腹減ったな……」


「なにかご用意を」


「いやいい。外でさくっと食っていく。面白そうな食いもんも、途中で見つけたしな」


「──かしこまりました」


 ゴウィットの脳裏には、この後街で起きるだろう騒動が思い浮かんでいた。

 それでもそれを言葉にはせず、思考から振り払って、満面の笑みで《暴虐王》を送り出した。





 『暴虐王』が去ってから少しの時間、雑務をこなしていた。

 その間ずっと落ち着かない様子で、同じく雑務にあたっていた秘書が口を開いた。どこか安堵の息を吐き出すかのような口調だった。


「……無事に、行かれましたね。ヒヤヒヤしましたよ。魔王様に『嘘』をつかれるなんて、今でも心臓のドキドキが止まりません。もう……危ない橋を渡らないでくださいよ、会長。」


 その言葉に、思わず出入り口を見る。聞かれてはまずい会話に、分かっていてもかの方がいないのを確認せずにはいられなかった。すでに出てから時間がたっているし建物から出たのも確認済み。だから、そんなことはありえないはずなのに。

 どうにも臆病な自分に苦笑いしながら秘書の言葉に答えた。


「かの方も言っていただろう。『弱者の勝負所』だと。文字通り勝負したのだよ。お前も、私も、商会全体も。全員が一丸となって嘘をつく一世一代の勝負だ。何度も使える手じゃない。一番勝率が見込め、効果が高い、ここぞという時に賭ける必要がある。それがたまたまさっきだっただけだ。

 まぁ見ていろ。賽は投げられた。勝つか負けるか、あとは結果をまつだけ……だが、心配せずとも、俺ほどツキに愛されてる男はいない」

 

 盗賊に襲われた救難の信号。

 それはついさっき受け取ったものではなく、数時間前にはすでに受け取っていたものだった。つまり、一芝居をうったのだ。あの当然のように人間の頭を吹き飛ばして殺せる『暴虐王』を前にして意図して嘘をつく。並大抵じゃない。

 胆力だけは魔王にも比肩する商会長を相手に、付き合わされた秘書はため息をつく。


「それに聞いたときの反応はすべて本当のものだ。演技ではない。ちゃんとあの報告を聞いたのは、実際あの場であるのだからな、私も」


「最初報告しに行ったときに『待て』と唐突に止められたときは驚きましたけど……だからって……やっぱり危険すぎます。もしかしたらこれから気づいてしまうかもしれないんですよ」


 ……だがやらないわけにもいかなかった。

 獣車が襲われたことはいずれ報告する必要がある。かの方は意外にまめなため、すべての情報の共有を常時指示されているのだ。


 だが数時間前に獣車が襲われたことの報告など、かの方が聞いたところでどう思うか。


 ──『ふーん……まぁ勝手になんとかしろよ』

 ──『まさか報酬を用意できないなんてないよなゴウィットくん』


 そう言われるのが容易に想像できる。

 虫の居所次第じゃ、すぐに報酬を用意できないと受け止められ、頭を吹き飛ばされたっておかしくはない。


 注意深くしていた、努力していた、奪った相手が悪い。

 こちらに言い分がどれだけあろうが、気にしてくれるような方じゃ当然ない。どれだけの理不尽が起きようとも、取引してるのは商会なのだから、達成されない時点で商会が悪い。そんな結果だけを重視する人物だ。


 発生した時点で、既に確定で『商会の不手際』なのだ。

 あとは機嫌を損ねても生きていられるかどうかという、相手の気分に賭けた運だけのつまらない勝負。

 そんな勝負をどうせすることになるなら、その前にちょっとした仕掛けてかかる勝負をしたとしても悪くはないだろう。失敗したところで結果は同じなのだから。


 だが勝算は十分にあった。

 重要なのは、臨場感と当事者意識だ。

 つまらない淡々とした報告ではなく、劇のように刺激的な余興である必要がある。


 そうすることで認識は変えられるだろう。『商会が報酬を用意できなかった』という事実が『用意していた報酬を誰かが強引に奪い取った』という事実に。どちらも本当のことだ。伝え方に少し演出を加えただけのことで。


 そうなると報告の頃合いが非常に重要だが、これだけは『区切りのいい時』と曖昧にしか指示を出せなかった。それが不安であったが、結果は手放しで称賛できるものだった。なりゆきにも充分満足がいっている。あとで秘書と報告に来た何も知らない部下には報奨を渡す必要があるだろう。


 得たものは、とにかく大きい。


「これでチークテック商会はかなりの『儲け』がでたな。我々が理不尽に負わされるはずの責任は、負うべき相手の元に戻った。損害費はなくなり、解決のために動員しなければならなかった時間と人件費も浮いた。万が一の場合には使用せざるをえなかった『召喚紋』も維持されている。あれを使おうものなら、得た権益の儲けが吹っ飛んでいてもおかしくはなかった」


 奴隷を手元や特定の位置に呼び寄せる『召喚紋』は、奴隷の隷属性を保証する『爆破首輪』の安全性を高めるためには必須──少なくともチークテック商会は客の安全のためにそう考えている。

 『爆破首輪』のみで済まそうとする安っぽくて雑な奴隷商も多いが、そういう場所の奴隷は、決死の覚悟で自爆し周囲を巻き込む被害があとを立たない。


 しかしケチる気持ちはわからなくもない。『召喚紋』は失われた魔法を独自に現代魔術で再現することに成功した『魔獣国』に独占された技術であり、同じような『爆破首輪』に比べると、価格が足元を見たように高い。


 しかも一度使うと消えるため、使えば再度紋を入れる必要があるが、その時点で奴隷の売買による儲けは完全になくなる。それほど高い。失われた魔法の一つである『支配魔法』の再現が出来れば、こんな面倒なことをせずとも直接人を奴隷にできるようになり、奴隷界に革命が起きるのだが。今のところその兆候はない。


 もし独自に事件を解決できず奴隷が期日にいないなんてことになれば、奴隷を召喚して集めることになっただろう。その場合の入れ直す紋の費用は、考えるだけでぞっとする。しかも召喚するためにハウヴェスト領主の手も借りなければならなかったところだ。テールウォッチ産の奴隷なため、教育と保管を彼に任せていたためにだ。

 

 やはり紋の温存は、大きい。考えれば考えるほど勝負の結果に得られた成果は最高だ。


「時間をごまかしたことも、大した問題じゃない。数時間といっても、せいぜい合流地点から街まで獣車で半分も進めればいい程度だ。しかも緊急信号の知らせがあった瞬間に出発する最速での仮定であって、実際ありえる輸送班の抵抗や、奴隷という商品の扱い難さを考慮に入れると、今もまだ荷物を移し替えていてもおかしくない。獣車ごと奪うにしても、暴れる魔獣に手を焼かせているだろう。そう躾けているからな」


 そこまでいってもまだ不安が拭えていなさそうな秘書に、残りは何が不安なのかと尋ねたところ、かの方より強い敵がいたらと不安になっていた。

 それには流石に呆れる。実力を心配するには千年早い相手だ。本人に聞かれていたら間違いなく殺されているだろう。

 

 しかしどうも巨人族だというのに、見た目が小さいのが不安を抱かせる要因のようだった。巨人族を知らず、戦いも経験したことなければ、見た目の情報に頼ってしまうのは仕方がないかと納得し、口に出しそうになった苦言を飲み込む。


 巨人族の【固有スキル】の一つは【縮小化】だ。

 多くの巨人族はスキルを使用して普段は体を小さくして過ごしている。それでも一般的な巨人族は、名前負けしない程度には大きく、とてもじゃないが人間に紛れこめるほどではない。

 だが実力が高ければその分【縮小化】も強力になり、人間に紛れ込めるようにもなる。つまり巨人族にとって、小ささは実力の証だ。小さければ小さいほど強い。


 かの方が人間に紛れ込めるほど小さいのは、それだけ実力が突出してる証だ。


「な、なるほど……。そうなんですね。……なんだかようやく、安心してきました」


 胸を撫で下ろすように、一息つく秘書に頷く。

 

「言っただろう。勝率は高いと。奴隷の方はなりゆきに任せても損はしないだろう」


「……『奴隷の方は』ということは、それ以外に何か、なりゆきに任せてはまずいものが?」


「…………。目聡いな……。いや、この場合は耳聡いか。どちらでもいいな。

 不安要素は……『ティブーユ』だ」


 あまり部下とはいえ内面を悟らせる言動はよろしくない。相手に合わせて自分を完璧に偽れるのがここまで辿り着いた大きな要因の一つだとゴウィットは自分を評価しているからだ。


 山場をこえて少し浮かれていたか。

 とはいえ悟られてしまったものは仕方がないので、目的を情報の共有にして。話を続ける。

 言葉を聞いた秘書は、不思議そうな顔をしていた。


「今更ティブーユ領ですか……? 計画は順調ですが」


「それが問題だ──『上手く行きすぎてる』ことが」


「もともと追い詰める手筈だったのでは?」


「『壁』を建てるためにな。だがもう目的は達してる。

 完全に息の根を止める予定ではなかった、ということだ」


 手のつけられない盗賊による治安の悪化などでティブーユ領内に混乱を起こすこと。

 『壁』の建設に手をつけられなくしたところでハウヴェスト領が単独で建設すること。

 そうして権益を奪取して、ティブーユを追い詰める。


 それが本来計画していた形だ。

 それらは面白いほど予定通りの形でうまくいっていた。


「あの『長雨』が……余計だったな」

 

 ちょうど時を同じくして原因不明の雨が、ティブーユ領を長期間襲った。一瞬たりとも止むのことのなかった異様な雨は、端から見ているだけでも致命的な一撃だった。必要のない、いらない一撃だ。あれのせいで必要以上にティブーユを追い込むはめになってしまった。


 最近急に雨が止んだらしいが……原因が何だったのかはわからずだそうだ。一体なんだったのか。


「ティブーユがどうなろうと、得るべき利益は得た以上、どうなろうと関係ないのでは?」


 今得た利益だけを見るのなら、その通りだった。

 だが物事は長い目で見れば見るだけ複雑になる。つまりそんな簡単な話ではない。


「ティブーユ領では嫌気のさした民が他領に移っている。おそらくこのままいけばティブーユは没落し、領主が別の者にとって代わるだろう。そうなると面倒だ。代わりの席につくのがどの派閥の、どれほど有能な誰だかは知らんがな」


「なるほど──競争相手は弱ければ弱いだけありがたい。そういうことですね」


 話の早い秘書の言葉に頷きながら答える。

 それにしても考えれば考えるほど、もっと上手くやれたと後悔があった。結果論なのは分かっていても。より楽に、多くを手に入れられた道があっただろう。


 高く見積もりすぎていたのだ。『ティブーユ』という貴族を。

 壮絶な時代の転換点を大恩あるバハーラ氏族すらも時には切り捨て、冷酷かつ強かに立ち回り生き抜いてきた歴史を持つ、あの『裏切りのカイエン』を重用してみせる感覚を持った貴族を。

 やらなければ、やられる。そんな圧力を錯覚して臨みすぎていた。こんなにも呆気のない相手だと分かっていれば……。


 ゴウィットは表立った敵対をせずに抱え込んだ未来を想像し、得たはずの利益に思いを馳せた。


「例の盗賊はどうしましょうか。すでに計画への必要は無くなっています。それにほぼ制御が効いていません。こちらの連絡も届いてるか怪しく、向こうの連絡も途絶えて久しいです」


 それから少し会話を続けた後、今度は秘書の方から懸念事項が口に出された。

 ゴウィットは苦虫を噛み潰したように顔を顰め、吐き捨てるようにいった。


「あのゴミ共か……。一度目だけでなく、二度目も雇い主に手を出すなど、想像を絶する知能の足りないカス共だ。だから盗賊行為に、気持ちよく及べてる理由を忘れてしまうのか? ついにはティブーユ領を超えて犯行に及んできている始末だ……いよいよ潮時だな」


「しかしこちらの了承もなしに『地下人』と接触している情報が入ってきています。処理するとなると、『技賊』ですので冒険者ギルドでも真正面からでは躊躇うかもしれません」


「だから、言っただろう──俺ほどツキに愛された男はいない、とな。

 その厄介な盗賊をかの方が始末をしに行ってくださったのだからな」


「あ……えあぁ!? まさか、そこまでお考えになって……!?

 だとしたら確かに、あそこまで危険な橋を渡る価値がありましたね。さすが会長です。尊敬しなおしました」


 秘書の言葉に、少しだけ気持ちよくなりながら頷いた。


 獣車を襲った何者かが、ティブーユにいる盗賊とは全く別の勢力だった場合、この話は成り立たない。だがそんなのは頭の片隅にも思い浮かばなかった。


 南大陸で影響力の強い、チークテック商会とわかって襲ってくる輩などそうそういない。無論、単発の突如思い立った想定外の輩というのもいつでもどこでもありえるが、そういうのはほぼ単独犯か追い込まれた生活困窮者であり、そんな相手にみすみす商品を明け渡すほど柔な人材を揃えたつもりはなかった。

 だから十中八九、ティブーユにいる盗賊の犯行だと決めつけて、それを疑うことをしなかった。


「会長、お客様です」


 ノックと共に、秘書とは別の部下が扉の外から声をかけてくる。

 客……そんな予定は無かったはずだが。

 そう疑問に思った直後に、扉の外から言葉が続く。


「カイエン商会の代表からの使いのようです。代表直々の書状と、冒険者ギルドを通しての依頼を確認しました」


 カイエンが? 奴からというのは、珍しいな。使いに冒険者を選ぶのもだ。


「分かった。書斎に通しておけ。用意したらすぐいく」




◇◆◇◇◆◇




 《暴虐王》とかいうめちゃくちゃな奴にぶん殴られた後。

 俺たちは貨幣都市内を移動して、目的地のチークテック商会の本社にやってきていた。


「ここって……結構すごいんじゃないか? サイセ」


 カイエンから受け取った書状を渡して、どっかにいった受付を待ってる間、隣にいるサイセに話かける。別に盗聴されてるとかそんなわけないのに、なぜか少し小声にしてしまった。


「間違いなく、すごいぜ旦那。こんな内装、そうそう見かけたもんじゃないからな。どっかの宮殿にでも来たみたいだ」


「階数ももうなんか普通のビルっぽかったけど」


 本社は例の貨幣ダンジョンの近くに建っていた。かなり巨大な建物だが、さらに全く同じのがもう一つ建っていて、それがかなり派手で目立つ。近くに馬鹿でかい巨大建造物さえなければ代わりにランドマークになってもおかしくはなさそうだ。片方は客も入れる本店で、俺たちの今いるのは経営や運営を行う会社としてのものらしい。


「上階の三階か四階はすべて防衛設備だろうな。高い建物っていうのは飛ぶ種族に街が襲撃されると恰好の的だからってんで、大概の国は敵を迎え撃てるように上階を接収されて要塞化させられちまうんだよ」


 きょろきょろ建物の中を見回しながらそんな会話をサイセとしていると、受付の人がやってきて「こちらへ」と奥へ案内される。満点の星空を閉じ込めたかのような、大理石にも似た質の黒い床をサイセと一緒に歩きにくくしながら先へと進んだ。


 やがて案内の人にエレベーターに乗せられ、上階に移動する。


「(……急に当たり前のように出てきたな……文明の利器)」


 ちょっと驚いて周りを見回したが誰も特に何の反応もしていなかった。

 なんだかこれじゃあ俺が初めて機械を見た野生人みたいだな……。

 特に表情に出したつもりはなかったが、すぐに澄ました表情に切り替えて取り繕った。


 エレベーターは高い階で止まり、俺たちは一つの部屋に通された。広くて清潔な部屋だ。

 中に人は誰もいなかったが、案内の人に言われてふかふかのソファに座りながら少し待つと、目的の人物がやがて現れた。

 

「やぁ、待たせてすまないな! よくぞ、来てくれた! 冒険者殿よ! 私がこのチークテック商会を取り仕切る、会長のゴウィットだ。よろしくたのむ」

 

 ドアを開けて部屋に入ってきた色黒の大男が、開口一番に満面の笑みを浮かべてそう言った。

 覇気を感じる張りのある声だった。顔には年齢を感じさせる皺がいくつかついているが、全体で見るとそれが気にならないほどエネルギッシュで若々しい。体つきも巨躯に見合ったいかつさがある。

 ただ服装が派手で、ゴツゴツしたアクセサリーなんかをつけているので、ヤンチャな成金社長感が滲み出ていた。笑った時の歯もやたら白い。


 そんなゴウィットは席に着く前に俺たちの元へやってきて、固い握手を順番に交わした。手が倍くらい大きい。

 それからようやく正面に腰を降ろしたゴウィットにあわせて俺たちも席につき、カイエンから頼まれた依頼の品を渡した。


 カイエンの書状に目を通しているゴウィットの前に【アイテムボックス】から取り出した『竜気の花』を差し出すと、その目が驚きに見開かれる。ゴウィットの後ろに立って待機をしていた部下らしき人ですら体を前のめりにして、金色に輝く紋様を浮かべた花に釘付けになっている。


「こ……れは……。素晴らしい竜気の花だな。直接竜の体に生えたものを採取してきたと言われても信じてしまいそうだ。

 あまりの美しさに寒気すら抱きかねんぞ。よくぞ、これほどの逸品を……カイエン。やはり奴は素晴らしい。それに感性が合う。標本……いや、水晶に閉じ込めて永遠の美に? それとも、まだ死んでない以上植えて飾るべきか……」


「会長」


「おっと……すまないな、冒険者殿! あまりの素晴らしさに釘付けになってしまったよ。なんでも冒険者殿が、カイエンの依頼に答えて調達してきてくれたようだ。手紙にも書かれていた。礼を言おう。ちなみにどのように調達したのかは、尋ねててもいいものかね?」


 首を振りながら「申し訳ないですが」と言って謝る。ゴウィットは少し残念そうにしながらも、冒険者も情報は生命線だろうから当然だろうと理解を示してくれた。

 

「会長さんは、やはりこういうのが好みなんですか?

 なんでも大陸一の蒐集家だと、耳にしましたが」


 話題を変えるため、話を振ってみる。

 ちょうどいいのでカイエンのアドバイス通りに趣味の話を振ってみたのだ。

 

「ほう……。その通りだ。カイエンにでも聞いたのかね?」


 話を振った途端に、目が鋭くなり、隠しきれない笑みに口元が歪む。

 食いつきが思ったよりすごい。大丈夫なのだろうか、これ。

 

「冒険者殿には悪いが、俺に趣味の話を聞くと……大変だぞ?

 貧血で部下を何人か倒したことがあるくらいだ。そこまでの覚悟がおありになるかね」


「正直興味はありますけど、お手柔らかに……」


 あまりの圧に、苦笑いしながらそういうしかなかった。


「……そうだな。冒険者殿にも素晴らしい物を調達していただいた礼が必要か。ましてや、今あのあたりは少し大変だとはいえ、子供の使いまがいなことをさせてしまったわけだしな。ねぎらいの意味も込めて、特別に冒険者殿には私の至高の蒐集品をお見せしよう! ……おい、壁を開け!!」


 ゴウィットの号令に慌ただしく部下が動き始める。

 少ししてゴゴゴと重い地響きのような音と共に、右手側の壁が動いて無くなっていく。ただでさえ広かった部屋が、気づけばさらに広くなって軽く体育館ぐらいになっていた。


 横を見ると、さすがの光景にサイセが驚いている。またその様子を横目に見ていたゴウィットが満足そうに笑って頷いていた。


 そして少し浮かれた様子のゴウィットは言った。


「さて、では冒険者殿たちを私の自慢の部屋へご案内しよう」


 先導する巨大な背中についていき、無くなった壁の先へと向かう。

 壁の先は展示場みたいになっていて、自慢のコレクションらしき様々な品物がガラス張りのケースの中に入っていたり、棚に置かれていたり、壁にかけられていたり、天井からぶら下がっていたりして丁寧に置かれている。


 そんな一つ一つを丁寧に端から、ゴウィットの説明と共に見て歩く。


「これは遠い昔に魔王と戦い、戦いの余波で湖を作ったとされる『天の勇者』が使ってたとされる剣だ」


「あぁ、それは触らない方がいい。呪われた本だ、注意をするんだな。中には何も書かれてないが、うっかり開くと四六時中唸り声が耳に聞こえてきて三日ほど悪夢にうなされることになる」


「驚いたかね。そう、生きた魔物もいる。見ての通り、小さな鳥だが、くちばしが魔石なのだ。硬い餌を渡すとそれが取れたり削れたりしてね、しかし驚いたことに時間が経てばまた生えてくるのだよ。そう、世界でも類まれな『再生する魔石』だ」


「かつて『風残花』という無差別に生き物を石化させる禁断の花によって滅んだ村があった。これはその村で石化された人の一人なのだが、彼だけが唯一【鑑定】をした際に《ステータス》が表示されるのだ。…………今も生きているのか? ふっふっふ、冒険者殿はどう思うかね?」


「それは獣人族の魔王の剥製だ。《尾獣王》という凶悪で名高い魔王を討ち取ったシープエットが売りに出していてね。なんでも数万人の兵士がいる街に単身で忍び込み、幻覚で街の兵士を殺しあわせて一夜にして数百人にまで数を減らしたそうだ」


 どうやら古今東西の逸話のあるレア物が蒐集の対象らしく、名品、珍品、奇品、怪品。とにかくゴウィットのコレクションは多岐にわたっていた。


 だからか、思っているよりも興味深いコレクションだった。

 特にくちばしが魔石の魔物は終焉の大陸でもみたことがないし、女の魔王の剥製なんかは今にも動き出しそうなほどリアルで生々しい。


 ……しかし趣味がいいとは口が滑っても言えないな。周りながら心の中でそう呟く。

 そして足取りは、最も自慢なものが置かれてる最奥へと向かっていた。


「さて、これはどうかね。冒険者殿! 私のもっている中でも、これこそが至上だと思っているのだ」


 案内された途端にそう言われ──見上げる。

 といってもずっと視界の端に薄ら入ってきていたので、なんとなく分かっていた。なんせそれほど、それは『巨大』なものだったから。


「これも『剥製』ですか」


「そうだ。──『竜の剥製』だ。どこかの国みたいに『竜王』のとはいかなかったが、しかしそれでも立派なものだろう」


 大きな顎をあけて今にも襲いかかってきそうな巨大な竜が姿がそこにあった。


「これは、すごいですね……。こんな間近に竜を見る機会があるとは思いませんでした。竜気の花を取りにいったときに竜から隠れてた怖さが蘇ってきますよ」


「おぉ……!! やはり、そうなのかね!? そうか……それならちょうどいいな。もらった竜気の花はこの竜と一緒に飾らせてもらおうか。それこそが、相応しい」


「嬉しいです。とても光栄ですね」


 笑顔ででっち上げ話と社交辞令を返していると、会長は機嫌を良さそうにしていた。

 よかった。やはり、この剥製の竜のほうがあの時死にかけてたウォイルークワイアより猛々しくて立派だ──なんて素直すぎる感想は言わなくて。正解だった。当然か。



「──『グレイス』をご存知ですか?」


 

 軽い口調で尋ねると、元の場所に戻るために歩いていたゴウィットが、ピタリと立ち止まる。そして少しだけ何かをその場で思案している様子だった。

 それからこちらに向けてゆっくりと、振り向く。これまで見た中で最も真剣な眼差しが、どこか疑念を浮かべながら、俺の方へ向けられた。


「(……不味かったか?)」


 あからさまだっただろうか。

 やっぱりこんな直接な聞き方、よくないよな。


 一応カイエンに言われた通り、趣味の話をして機嫌がよくなったときに聞いたつもりだったんだけど。とはいえ他にどう尋ねたらいいのかもわからなかったし。

 

「なるほど──冒険者殿は、そっち派だったのだな」


「…………はい」


 ……そっち派って、どっち派?

 急に言われて、驚きを表情に出さずに答えを口に出すので精一杯だった。


「そうか……『目的』は、そうだったのか。

 冒険者殿はテールウォッチの広場に行ったのだな」


「はい、いきました」


 それは確かに行った。


「ならそこで噂を聞いて、わざわざカイエンの伝手を使って訪ねにきてくれたのだな。そうか……なるほど……そうか……。私もよく同じことをする。だからその気持ちはよくわかる」


「?」


 なぜか気持ちを分かられる。

 めちゃくちゃ話が噛み合ってない。それだけが現状で唯一分かることだった。


 しかし最早頭にはてなを浮かべながらも、突っ走るしかない。誘拐されたグレイスを取り戻しにきたことがバレたら即敵対だ。そもそもが、敵対するために来たみたいなものだ。だからこそ意図がバレないよう穏便にいきたい。


「そうか……。非常に残念だ。冒険者殿」


「はい」


「実はあれは──『グレアタイス=ルルアシア=グランディア』は今、私の手元から離れているのだ」


「…………」


 またいないのか……?

 グレイスも俺も、随分たらい回しにされているな……。


「別のどこかに、ということですか?」


「そうだ。最近ティブーユ領で好き放題している盗賊がいるだろう。奪われてしまったのだよ、奴らにな。冒険者殿は奴らのことは存じているかね?」


 頷く。


「恥ずかしい話、カイエンに献上されたその日のうちに奪われてしまってな……。奴が届けにいくという提案を断り、こちらから受け取りに行った手前、面目なくてカイエンにこの事は言っていなかったのだ。だから格好がつかないが冒険者殿も奴には黙っておいてはくれまいか。カイエンの奴にはあまり失望されたく無い。奴は私のお気に入りなのだ。すべてをかなぐりすててでも金に妄執する気質は、もしも手に持てる物であれば収集してあの部屋に飾っていただろう」


 頷いて話を聞くふりをしながら、現状のことを考えていた。

 そしてよくよく考えて、意外と僥倖なのかもしれないと思い直した。


 もしここに檻に入れられたグレイスがいたなら、俺は今夜にでも忍び込んで、奪って救出しなければならなかった。


 しかし南大陸で影響力のある豪商を相手に、そんな盗みまがいのことをしてバレたなら、南大陸にはおそらくいられなくなる。そうじゃなくても結構な騒ぎにはなるだろう。

 そう考えると悪人相手から奪い取る方が気が楽だし、グレイスを返さずに連れ去ったところで盗賊のせいにすれば問題にはならなそうな現状の方が断然マシだ。




「会長、失礼します。例の奴隷の移送班がただいま戻りました。

 取り急ぎ、報告を入れたいとのことです」



 

 サイセと顔を見合わせる。



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― 新着の感想 ―
[一言] ゴウィットくん 暴虐王に殺されるフラグが立ったか?
[良い点] 更新お疲れ様です 今回も情報量多いなー 読みごたえたっぷりですわ [気になる点] チークテック商会が技賊と繫がってたのは予想通り、 でもまさか暴虐さんとも繫がっていたとはこのリハクの目を…
[良い点] うっむ、この〝目的の為に取り組む最中で気づかぬ内に知らない何かに抜け出せない位どっぷり嵌った〟感を醸し出す描写、いい!すっごく良い!!
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