第9話 部屋の中の日々
朝6時。自然と体が起き上がる。8時間ぴったり寝ると勝手に起きるこの体はとても便利だといつも思う。
ベッドの枕元においてあるボロボロの着替えを掴み、着替えをはじめる。
寝室の中は、本当にベッドしかないため、電気もなく真っ暗だ。暗い中着替えるのは至難の技だがそれも3ヶ月続けていれば不思議と難なくこなせるようになった。人間の適応能力を実感する瞬間だ。
それでも『RP』に余裕ができたら『カスタマイズ』で部屋に電球をつけたいという思いは今も抱き続けている。
着替えたら扉に近づき、開く。
するとそこには腕を上げた春が立っていた。春はこうして毎朝、腕を上げる変なポーズをしながら寝室の前で俺が起きるのを待ってくれている。ありがたいが毎朝そうするのも手間だろうと思い、遠回しにやらなくていいと言ったらもの凄く睨まれたため、それ以来この事には触れず春の好きなようにさせている。
『寝室』から出た俺はその足で『水場』へ向かう。
『水場』への扉をあけると、心地よい風が体の横を吹き抜ける。
毎朝起きてから『水場』へ向かい、体を清める時間は俺が楽しみにしている時間の一つだ。どうみても自然の中にある泉にしかみえない『水場』の部屋は、部屋の中に篭っていても『外』を感じられる場所。ここがあるおかげで毎日癒され、ストレスなく日々を過ごせる。
『牧場』や『農園』も自然と言えば自然だが、やはり癒しという意味では『水』のある自然というのが一番だ。
その後、春と共に朝食を頂く。
春は食事の必要もないらしいが食べられることはできるらしいので一緒に食べるようにしていた。
今日の朝食は『牧場』で取った『D2』ランクの牛と『農園』で栽培している謎の植物を炒めたものだ。
『農園』に『10RP』払って植えた謎の種は、3ヶ月経った今、蔓がうねうねと蠢き、葉に口のようなものがついている気色の悪い植物になっていた。春が試しにその植物に牛の余った骨や肉なんかを投げ与えたところ、ばきばきと音を立てて食べては育っていくので、それ以降食事を与え続けている。
俺も一度、その食事風景を見たことがあった。
見た目の気色の悪さとは裏腹に、蔓を器用に操り、食べ物を葉にある口へ持っていく姿は上品さを感じさせられ、とても奇妙な感じがしたのを覚えている。
この植物はある程度そうやって栄養を与えると葉がほんのりと赤くなり、表面の口がなくなる。そうすると収穫が可能になり食べれるようになるのだ。初めは【鑑定】しても名前が出なかったその植物だが、ためしに『食いしん草』と名付けたところ【鑑定】にその名前が表示されはじめた。
味は生だと臭みが強く、とても食べられない。しかし炒めるとその臭みが香ばしさに変わり、香辛料みたいに食欲をそそらせ肉と炒めるとなかなかうまい。『D2』ランクの、数時間噛み続けた味のないガムのような肉でなければなお良かっただろう。おいしいし生ゴミの処理もしてくれるため『部屋』の中ではとても有り難い存在になっていた。
◇
朝食を食べ終わると俺は鍛錬のため『トレーニングルーム』へ向かう。後ろで春がぴったりとついてくるがそれは既にこの3ヶ月で馴れていた。
『トレーニングルーム』に入り、春に今日の闘う環境を指定する。
最初はゴブリンとお互いに向かい合い、指定した環境の中で闘うような鍛錬の方法を選んでいた。しかし、この間初めてあの屈強なゴブリンを不意打ちの投げ槍で倒す事ができたため、今はゴブリンの数を10体と増やして『生き延びること』に重点をおいた鍛錬をしている。
そのためか、ゴブリンに見つかり近距離に迫られたときの対応力のなさが浮き彫りになってきていた。剣術を会得する事を頭に思い浮かべるが独学で身につけられるものだろうか。
そんなことを考えていると、曇天の空から厳しい夏の光が差し込む。その光は現れた大きな木の葉っぱで遮られる。気づけば、足下には絡み付くような草が生い茂っていた。
『トレーニングルーム』が密林になったのだ。そして、それと同時に四方から感じる強者の気配。
今日も鍛錬が始まる。
◇
午前11時になった。
トレーニングルームの鍛錬でゴブリンに3回ほどボコボコにされた俺は、上がった息を整えながらリビングに戻る。昼ご飯を食べるためだ。最初の頃は鍛錬のすぐ後にご飯を食べることが辛くてできなかったのだが、最近は馴れてきたのか特に問題なく食べられるようになった。
春と食卓につきながら『RP』の使い道について春と相談する。
毎日コツコツと貯まり続けた『10RP』は3ヶ月たった今『620RP』貯まっている。日数的に言えば『900RP』だが一ヶ月に一度、『リビング』の電気や水道のエネルギーを補充するのに『100RP』近いポイントを使用する必要があったためこの数字になっていた。
そしてこの間ゴブリンを初めて倒したとき、なぜか【部屋創造】のレベルが2つあがっていたため現在【部屋創造】のレベルは7となり『4000RP』が増えていた。
なので現在のポイントは占めて『4620RP』。その使い道を春と話し合っていたのだ。
まず確定しているのが一つ。それは『キッチン』だ。俺の強い要望で確定させた。元々作るという話を春としていたため春も異存はないようだ。
問題は残りの『RP』の使い道だ。
春が言うには『キッチン』には使いようにもよるが月に『200RP』分のエネルギーの補充が必要になるらしい。リビングと合わせると1日『10RP』、月の『300RP』の収入ではギリギリだ。
『RP』の収入経路が不安定な現状では、これ以上エネルギーを必要とする部屋は作れない。
そうなると、『牧場』や『農園』なんかの『環境』の部屋になるが、あれは最初に払うポイントの量が多いため今作るのは難しいだろう。何より現在、絶対に必要となる部屋が浮かばない。
そんな風に悩んでいるとき、春がこんな提案をしてきた。
「『裁縫室』なんてどうでしょうか」
『裁縫室』。名前の通り、裁縫のための『部屋』だろう。確かに俺の来ている服は訓練中も着ているためボロボロだ。それも仕方なかった。なんせ異世界に持って来ている服は、当時着ていたこの服しかなかったのだから。
春はたぶん、そんな俺を見て『裁縫室』を提案したのだろう。俺も服が増えるのはとても嬉しいため異存はない。服も何度か作ったことがあるので作る事自体にも問題は無いだろう。春にも新しい服を作ってあげられるしな。
こうして作る部屋は『キッチン』と『裁縫室』に決まった。
『キッチン』と『裁縫室』は両方『2000RP』。合計で『4000RP』となる。
残りのポイントは、このまま貯め続けることにした。『キッチン』のエネルギーが予想より多かったときにも対応できるようにするためだ。
本音を言えば『農園』と『牧場』のほうを少しカスタマイズして、食材の種類を増やしたかったが。今回は『50RP』で『農園』に謎の種を植えるだけにとどまった。『麦』や『野菜』などの定番なものは『RP』の消費が高いため今は手がだせない。
◇
正午。
昼ご飯を食べ終えた後は玄関座って少し休むのが日課だ。
あまり根を詰めすぎても怪我が増えるだけだというのはこの3ヶ月で既に学んでいた。
なので俺はこの時間、玄関に座り玄関の外を眺めると決めている。娯楽のない今の生活において『外』を見る時間は、刺激が溢れていてとても楽しく貴重な時間だった。
いつものように、『玄関』のドアを開ける。
今日の『外』は『砂漠』が広がっていた。昨日はぐつぐつとマグマが煮えていた景色が広がっていたのに本当に異世界は不思議だ。まるで開けるたびに違う世界に繋がっているのではないかと疑うほどだ。
俺は玄関の段差に座り、外をぼうっと眺める。
外にはたくさんの魔物がいた。しかし珍しくはない。ドアをあけて魔物が視界に映らない日などそうそうないからな。
そんなたくさん視界に入る魔物だが、今日は面白いのがいる。
サソリの尻尾のような赤黒い蛇だ。
数珠をまっすぐに伸ばしたような、玉がいくつも繋がっている体をしていて、尾はサソリの尾のように尖っている。顔は蛇のような動物の顔ではなく無機質さを感じる昆虫の顔だ。まさにサソリと蛇を足した生き物そのものだろう。
遠くから見てもわかるその巨体、存在感は抜群だった。
【鑑定】をかけてみると名前は『ア・ラーラ』というらしい。LVは『1626LV』で外では平均的な強さと言ったところか。
『ア・ラーラ』を目で追う。『ア・ラーラ』は体を螺旋のようにくねらせながら、魚のように砂漠の砂の中を泳いでいた。
『ドア』の外にはこんな奇妙な形、生態をしたおかしな生き物がたくさんいる。それを眺めるだけでもこの時間はとても楽しい。そしてそんな感情とともに、『外』に出たいという気持ちも強くなっていく。
やがて『ア・ラーラ』は一気に飛び上がったと思ったらそのまま一直線に地中の中へ消えていった。
それを玄関に座りながら見送った俺は、扉を閉め、昼の休憩を終える。あっという間に感じた休憩だったが1時間以上休んでいたようだ。午後の鍛錬を始めよう。
◇
夕方になった
部屋の増築は明日行うことにして今日はいつも通り鍛錬をすることにした。増築は一瞬で済むのだが、春がどうせなら明日一日休めというのでそうすることにした。たまにはいいだろう。
昼過ぎから長く続けていた鍛錬を終え、荒野の景色に戻った『トレーニングルーム』の地面に倒れ込む。そんな俺に春は汲んで来た『水場』の水を差し出して来た。俺は春に礼を言いながら浴びるようにその水を体の中へ注いでいく。冷やさなくても冷たい『水場』の水が、鍛錬後の体に深く染み渡った。
水を飲み終え、一息つくといつも習慣にしている『ステータス』の確認を行う。『トレーニングルーム』の敵は倒してもレベルは上がらないが『スキル』のレベルはあがるためこうして確認するのが鍛錬後の日課となっている。
いつものように、空中に現れる半透明の画面。【身体能力】や【投擲術】なんかは割と一定のペースであがりつづけているが最近は鍛錬の方法を変えたからか【気配察知】や【危機察知】、【逃走】なんかがみるみると上がっていく。
表示されたステータスを読み込んでいく。
「ん?」
そんなステータスに、今日はおかしなものをみつけた。
◇
灰羽秋LV1
種族 勇者
職業 部屋の主
称号 灰色の勇者 誤転移
スキル
鑑定 LV極
魔力操作 LV1
魔法 LV5
魔力量増大 LV1
危機察知 LV10
気配察知 LV7
魔獣使い LV1
身体強化 LV23
魔力感知 LV1
投擲術 LV19
治癒魔法 LV20
錬金術 LV1
万能耐性 LV2
逃走 LV19
武闘術 LV1
家事 LV1
水分貯蓄LV1
ユニークスキル
暗黒召喚
ペテン神(偽装+認識阻害+固定概念強化+幻惑)
物質転移
吸収
アイテムボックス
固有スキル
勇者のカリスマ
勇者の加護
ポテンシャルアップ
能力
【部屋創造】LV7
魂の回路
灰羽 春
◇
『水分貯蓄』というスキルが手に入っていた。あの日【逃走】を手に入れてから4つ目の新しいスキルだ。
【家事】は何時の間にか手に入れていたスキルだ。たぶん、春を手伝うために部屋を掃除しているから手に入ったのだろう。【武闘術】は今日手に入った【水分貯蓄】のように、初日の鍛錬を終えてステータスをみたら増えていた。実はこれには全く覚えがない。ゴブリンに槍を適当に振り回していたから手に入ったのだろうか。
「どうかなされましたか秋様」
そんな風にステータスの欄を見ていると、俺が不思議そうにステータスを見ていたのに気づいた春が声をかけてくる。
春にスキルの取得について説明をする。するとそれを聞いた春は、顔に少し驚きの顔を浮かべながら小さく「失態です…」と呟き、俺に「牧場へいきましょう」と誘ってきた。突然のことで頭に疑問が浮かぶが、鍛錬で上がった息も収まってきたし牧場へ行くと言っても歩いて数分だ。断る理由もないため言われるがまま春と牧場へと向かうことにした。
◇
「ここでステータスを開いてみてください」
牧場へつくと春が開口一番にそう告げてきた。
言われた通り、ステータスを開く。するとなんとなく春の言おうとすることが予想できた。
♦︎
灰羽秋LV1
種族 勇者
職業 部屋の主
称号 灰色の勇者 誤転移
スキル
鑑定 LV極
魔力操作 LV2
魔法 LV5
魔力量増大 LV1
危機察知 LV10
気配察知 LV7
魔獣使い LV1
身体強化 LV23
魔力感知 LV1
投擲術 LV19
治癒魔法 LV20
錬金術 LV1
万能耐性 LV2
逃走 LV19
武闘術 LV1
家事 LV1
水分貯蓄 LV1
狩猟 LV1※
ユニークスキル
暗黒召喚
ペテン神(偽装+認識阻害+固定概念強化+幻惑)
物質転移
吸収
アイテムボックス
固有スキル
勇者のカリスマ
勇者の加護
ポテンシャルアップ
能力
【部屋創造】LV7
魂の回路
灰羽 春
♦︎
スキルに【狩猟】が追加されている。ただしその横には『※』のマークがついていた。
『※』のマークに疑問を抱いた途端、横から春の説明が入る。
要約すると、こういうことだ。
『作られた部屋ではその部屋の使用用途に適したスキルが手に入る』
説明を聞いているうちに、少しずついろいろなことに納得していく。【武闘術】や【家事】もそれが理由で手に入ったのだそうだ。【家事】は『リビング』で手に入ったスキルであり、【武闘術】は『トレーニングルーム』で手に入ったスキルだ。とすれば【水分貯蓄】は『水場』で手に入ったスキルだろう。
なぜその部屋のスキルが手に入るのか。俺は気になり春に聞いてみた。もしかしたらそういう法則なだけなのかもしれなかったため、答えは期待していなかったが春から返って来た答えはキチンとした答えだった。
春はある日俺にこういった。
「スキルが『体』や『頭』や『精神』の力だとしたら、能力とは『魂』の力」と。
能力は魂そのものではない。だが、魂と密接な関わりを持つ力。つまり『水場』や『リビング』といった『作られた部屋』もまた俺の魂と密接な関わりを持つ。だからそういった現象が起こるのだという。
『※マーク』は一時的なものという意味らしい。つまり牧場にいる間はそのスキルが手に入っているが他の部屋に行くとなくなってしまう。ある程度数をこなせば、初めて手に入れたスキル【逃走】のように普通の手段として手に入れたことになるため、【家事】や【闘争術】では気づかなかったのだろうと春は言った。
ちなみに春は既に俺が気づいているものだと思って話していなかったらしい。ときどき思うが春は、少し俺を過信している節があるな。どこかで矯正しておかなければ。
◇
夜9時。夜ご飯を既に済ました俺は、眠気が既に猛烈な勢いで襲ってきている中、『武器庫』で武器の整備をしていた。
今まで適当にやっていた武器の整備だったが『武器庫』に入るとスキルの『武器整備』が『※』つきで手に入っていたため『武器庫』でスキルを発動しながら整備をすることにしたのだ。
ちなみに他の部屋、『農園』では『農作業』のスキルが手に入り、寝室では『睡眠貯蓄』が手に入ることを確認した。『玄関』はとくになにもなかった。
武器の整備を終え、立ち上がると体からガクンと力が一瞬抜けた。相当疲れが貯まっているようだ。
俺は『水場』でさっと体の汗を流し、そのまま寝室へ向かう。そして、その際農園で『食いしん草』にえさを与えていた春におやすみの挨拶を告げた。
真っ暗な寝室に入り、そのまま一直線にベッドへ向かう。ベッドはキレイにベッドメイクされていた。春が毎日かかさずやってくれているのだ。
俺は春に心の中で感謝の言葉を送りながら、ベッドに倒れこみ、布団に体を包ませた。
今日も長い一日が終わる。
──明日は念願のキッチンだ。もっと部屋の中を充実させられるように頑張ろう
眠りの衝動は一瞬で訪れた。それに逆らうことなく身を委ね、深い眠りにつく。
文章のおかしなところ、誤字脱字などがあればご指摘よろしくお願い致します