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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第3章 兄探しと底なしの価値

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第107話 帰らせてもらう




 土人形屋から依頼を受けた翌日、俺は冒険者ギルドへと向かっていた。

 雰囲気の暗い、街の端っこである端街をまた歩く。長い。街の中を走ってる獣車にでも乗せてもらいたかったが、ここらへんでは走っていないようだった。中心部ではあれだけみかけたのに。貧乏臭くて近づかないのか、それとも治安が悪いからなのか。

 なんにせよ、陽が差さず、幽霊がでてもおかしくない雰囲気のこの場所に近づきたくない気持ちはよくわかるので、責める気持ちはわかなかった。


 ──……ァァ…………。


 ふと、目の前を幽霊が横切った。思わず背中(?)を目で追う。半透明だからか、景色が透けて見える。


 そういえば、終焉の大陸でも幽霊を見たことは無い。

 アンデッド……。ゾンビならあるけど……。


 この世界に幽霊型の魔物はいるのだろうか? というか、あの幽霊はそもそも魔物なのか? 魔石がないし、違うような気がする。あまりにもでたらめで、想像を超えておかしな生態をしているが、生物としての原則から外れてる魔物は未だに見たことがない。無機物に一見見える魔物も、魔石だけは絶対にあり、それが生物としての機能の代わりを果たしている。


「……まぁいいか」


 今はそれどころじゃない。進む先へ視線を戻して、歩く。

 歩いている間暇なので、依頼の手順を確認する意味もあり、昨日のエステルとの会話を思い出していた。



 ──『君には、冒険者ギルドである『依頼』を受けて欲しいんだ』



 その話をし始めたのは、ちょうど机の上に乗った皿の料理がすべて綺麗に平らげられた頃だった。

 久々に食欲を満たせたからか、どこか満足げな表情でエステルは『依頼の段取り』について話し始めた。


「……冒険者ギルド」


 一方、俺の方は──。

 エステルから出てきた単語で、あっという間に気が進まなくなっていた。


 千夏が魔族だと噂され、家を失った。その話が街全体に広まるなんてことはなかったものの、冒険者ギルドには伝わっていても不思議じゃない。そうなれば顔を出せば間違いなく何か聞かれるし、何かを言われるはず。

 それが気がかりで、面倒だった。だからあまり近づきたくはなかった。


「ギルドの受付で『運送』の依頼を尋ねれば、僕の出した依頼が見つかると思う。

 それを君に受けて欲しいんだ、アキ。

 そして依頼を完了して、ある人物に会ってほしい」


「ある人物っていうのは?」


「当然、一番最初に僕の兄を連れ去った当事者だよ」


 そんな俺の内面を知らないために、エステルは平然と話を進めていく。

 話そのものは非常に簡単だった。要するに問題の発端となった人物のところに乗り込んで、行方を調べるということらしい。動き自体は、話が早いし、シンプルでいいと思った。

 

 だけど疑問がいくつかある。

 

「その連れ去った『当事者』だという人は、他人の肉親を連れ去っておいて、まだ会うのに手順が必要なほど普通に過ごしてるのか? それにギルドを通す必要がわからないな」


 エステルは言葉を冷静に受け止めて、頷いた。

 そして疑問を投げられるのを想定していたかのように答えた。


「簡単だよ。二つの質問だけど、一つの答えでいいほどにね。暴挙が許されるのも、会うのに手順が必要なのも、共通するのが『権力者』の特徴だと思わないかい。その相手のところへ直接乗り込もうっていうのだから。冒険者ギルドくらいは通さないと相手にしてくれないよ。ギルドの影響力は馬鹿にできないからね」


 偉い人にあうためにギルドを利用する。

 そんなことをしていいのか尋ねると「規約には違反してるね」と平然と答えた。だが悪びれることもなく「バレなければね」と付け加えた。

 ギルドと揉める可能性があるのか。ますます気が進む要素がないな……。


 そんな俺の様子を察してか、エステルは言葉を続けた。


「それに依頼を介してじゃないと、街を遮っている『高い壁』を超えられないよ。テールウォッチは『牢獄』だからね。他の地域からきた人は関係なく行き来してるから感じたこともないだろうけど、テールウォッチ生まれの人間には見えない壁がある。君もこの街でギルド登録したのなら、テールウォッチ生まれとして扱われるよ」


 ……どうやら思ってるよりも厄介な街に登録してしまったようだ。

 あるいは、厄介な街だからこそ登録できたと思うべきか……。サイセは何も言っていなかったから、知らなかったんだろうな。外部の人間が調べてもわからないとなると、相当根が深い話だ。


「そんな嫌そうな顔しないでよ。アキにとってメリットだってあるかもしれないよ。例えば冒険者ギルドを通しての運送依頼だから、依頼人の保証さえあれば、『獣車』の『仮資格』が取れるって知ってたかな? しかも依頼を成功できたらそのまま本資格として持っていられるんだよ。他の国ならこんな大雑把なの許されないけど、うちは大雑把だからね」


 ……それは確かに、魅力的な話だった。

 あまりにもピンポイントに魅力的だ。それを言い出せることが相変わらず気持ち悪いが、面倒だったからそのまま話を進めた。その後依頼を受けることに決めた俺は、エステルの屋敷の一部屋を借りてドアを作り一夜があけたあと、冒険者ギルドに出発した。

 


「あ、そうだ。依頼にある『条件』は気にしなくていいからね」



 そういえば、屋敷に出る直前にエステルから言われた、意味のわからない言葉はなんだったのだろう。

 分からないまま、気がつけば冒険者ギルドに辿り着いていた。


 相変わらず、木造の銀行みたいな雰囲気だ。

 建物に入り、そんなことを考える。

 そんな場所で、鎧をつけたり武器を背負った人間がうろちょろしている光景が未だにおかしく、慣れない。周りを必要以上に見ないように気を付けながら、中を進んだ。

 気にしていた必要以上に周りから注目される、なんてことも特にない。気にしすぎだっただろうか。


 

 ──依頼は、受付とよく相談して受けろ。

 

 ──はい、わかりました。




 ──最近見かけない魔物が増えてきた。


 ──異変か?




 ──各国の勇者が非公式できているらしい。


 ──あぁ、知っている。さっきも……。



 念の為会話を拾ってみても、問題はなかった。

 椅子に座ってたり、壁際のカウンターに寄りかかっていたりと思い思いに過ごしている。ただ酒場があったりとかは別にないから、そんなに長居できる場所ではない。

 

 常設依頼のスペースに近づく。そこでは受付を通さなくてもできる依頼が張り出されていた。雑用程度のものが多いが、達成後に依頼を受けていいのもあるため、とりあえず見といて損はないらしい。依頼書にギルドカードを近づけると紙がカードに溶けて依頼をうけたことになる。登録してから少しだけここで依頼を受けたので知っていた。常時討伐対象の魔物や、採取対象の素材などが他にも書かれているが、目的の依頼は張り出されてはいない。やはり高度な依頼は、受付にいくしかないようだ。


 常設依頼のスペースから離れ、受付スペースの方へ歩いていく。


 受付スペースでは、今も難しそうな顔で何人も依頼の相談や交渉、審査などのやり取りをしている。ギルドも仲介している以上、依頼を達成させる責任があるのか、みんな真剣だ。さらに奥の個室でも何人かやり取りをしているようだが、中は見えない。高ランクにもなると、個室で依頼を相談できるらしいから中にいるのは高ランクの冒険者なのだろう。秘匿性が高い依頼でも受けているのだと思う。

 俺は個室どころか受付にくるの自体が冒険者に登録して以来、初めてだった。


 ちょうど空いている受付にいくと、そこに座っている職員がこちらに気づく。

 あ、と声をあげて受付の人は気まずげに目を泳がせた。

 

「えーっと……ご無沙汰してますぅ」


「……どうも」


 見覚えのある職員だった。ギルドに登録をしてもらった人だ。

 以前に比べて接し方がよそよそしくて、ぎこちがない。

 なんとなく、やはりギルドには『噂』が伝わっているようだと、すぐにわかった。


「それで、本日のご用件は──」


 当然それは俺に向けて尋ねられたものだが、実際に返答をしたのは別の人間だった。


「私が代わろう」


「あっ──はい、分かりました」


 そう言って目の前の職員が立ち上がり、代わりに席に座る、別の男。


「さて、君とは登録の試験以来か。活動の方は、順調かね?」

 

 ……ギルド長だった。

 初依頼で、いきなりラスボスか……。

 受付に座ることは相当珍しいのか、少し周りから注目を受けている。


「まぁ……。ほどほど、ですね」


 日本人らしく、曖昧に返す。

 ギルド長は手元の紙をぺらりと持ち上げて、目を通している。

 おそらく俺自身の資料か何かだろう。


「ふむ。まだ触りのような依頼しかこなしていないようだがね、君。私は身分証明証をただ発行したわけでは、ないのだよ。しっかりと依頼をこなしてもらわないと困るのだが、今日は依頼を受けにきたと思っていいのかね?」


「……そうですね。今日は依頼を受けに来ました」


「ほう、それは重畳だとも。では受ける依頼はどうするかね? 私が君に良いのをいくつか見繕って選ぶか。あるいは君自身に希望があるのであれば聞くが?」


「じゃあ、『運搬』の依頼を」


「…………」


 じっとギルド長がこちらを見てくる。それがどういう視線なのか分からないが、やがて「了解した」といって紙の束を持ってきた。渡された紙束の中からエステルが出しただろう依頼を見つけて選んで、ギルド長の前におくと、手に取って中身を読んだあとに言ってきた。


「『運搬依頼』とは、珍しいものだ。エスティアウル=ルルアシア=グランディアからカイエン商会会長への手紙の配達。我々は運搬業者ではない。わざわざ冒険者ギルドに頼む必要などなさそうなものだが……なるほど。条件に『竜の力を帯びたユクシアの花を添えて』と。これならば確かにうちの管轄だろう」


 ……初めて聞いた条件だ。

 屋敷を出る前にエステルの言っていた言葉はこれのことだろう。


「しかし受けるのはいいが、達成できそうな算段はあるのかね、君。『竜の力を帯びた花』となると、竜域の樹海で咲く花を摘むのとは訳が違う。長い時間、濃密な竜の力に触れ続ける必要がある。竜の寝床に忍びにいくようなものだと考えたまえよ。難易度も『A』に設定されているが……」


 適当に大丈夫だとうなずく。実際大丈夫なのかどうかは知らないが、エステルがそれでいいといっていたので話を進めた。ギルド長も相当、依頼ができるかを半信半疑に思っていたのでやりとりが少し長く続いてしまう。失敗したら違約金がどうのこうのといった話をいろいろ聞かされた。


「……やれやれ、頑ななものだね、君。いいだろう。本来初めての指定依頼はどれくらいの実力があるかの試験もかねているのだが、どうせ錆びていた依頼だ。受けたまえ。初回の依頼は失敗ペナルティも大目に見るのが慣わしだが、手紙の紛失さえしなければ、この依頼にも適用しよう。だから全力でやりたまえよ」


 どうやら初回の依頼はただの依頼ではなく、何かしらの風習じみたものがギルド側にあったらしい。だとしたら無視してしまって少し申し訳なかった。でも結論は変わらなかったと思うので、そこで考えを止めた。


「ちなみにこれは純粋な好奇心による疑問なのだが、君には何か、『竜の力を帯びた花』を手に入れる算段でもあるのかね? 例えば──竜と契約をしている、などの理由が。やけに依頼を選ぶのに迷いがなかったように思えてね」


 じっと探るような視線を、見返して、すぐに言葉を返す。


「秘密です」


 答えたあとも少し、疑うような視線を向けられた。

 しかしやがて「そうかね」といってギルド長は書類へ向かう。


「自分の実力を秘密にするのは優秀な証だとも」


 と、付け加えて。

 しかしなんか、疑われている気がする。

 千夏とは関係なさそうな、別の形で、だ。何でなんだろう?

 

 俺がそう考えている間も、ギルド長は軽快にペンを紙の上で走らせていた。

 依頼の手続きを進めているためだ。結構事務的な処理が多い。俺も署名をしたりすることもあった。獣車の保証がうんたらみたいな話もちらほらと出ていた。


「君は『専門』についてはもう決めたのかね?」


 書類に手を動かしながらも、ギルド長に尋ねられる。


「専門?」


「我々は冒険者に、専門分野を決めることを推奨しているのだよ。冒険者と一言で言ってもその役割は時代ごとに拡大する一方でね。冒険者の数も増え、それぞれが冒険者として何ができるか、何がやりたいかが多様化してしまったのだよ。悪いことではないが、管理をする側は大変だというものだ。冒険者同士の行き違いも多くなる。そこで『専門』が生まれた。分野に焦点を当てて、冒険者として活動や研鑽をするのだよ。大体『Bランク帯』に上がったころには専門を決めている人も多い。君も何か、興味のある分野はあるのかね?」


 そのあとギルド長は補足するように大まかに三つある主な専門分野を教えてくれた。

 

 『狩猟・採取』の分野である通称『カリトリ』。

 『探索・調査』の『サクサ』。

 『討伐・撃退』の『トウゲキ』。


「冒険者として活動するならば、決めておいても損はない。変更は自由だ。あまりひっきりなしに変えるのは意味がなくなるから、おすすめはしないがね。だが興味あるものや、できそうなものを試しにでも一度決めてみることをギルドとしてはおすすめする」


「……そうですか、わかりました」


 そう、普通に答えた。


「──あまりこの話には、興味がないかね? 君は」


 少し驚く。

 ごまかしていたつもりだったんだけどな。

 一応ちゃんと話も聞いていたし。どこで悟られてしまったのだろうか。


「その理由は、君の子供と失った住処に関係するのかね?」


「…………」


 ギルド長は書類の上で動かしていた手を止めて、両手を組みながら、射抜くように俺に視線を向けていた。その視線を受け止め少し黙ったままでいてみるものの、俺が答えを返すまでこの沈黙は続きそうだった。

 息を吐き出しながら、質問に答える。


「……すると言えばしますけど。

 良い思い出じゃないので、あまり聞かれたくはないですかね」


「それはすまないと思うがね。だがみなが不安に思っているのだよ。『この街に魔族が入り込んだのではないか』──と」


「…………」


「随分噂になっているようだ。私の耳にも届いたとも。君の子供が『魔族』だという噂がね」


 ギルド長の言葉は、分かりにくいが微妙に声量が抑えられている。一応配慮しているのだろう。

 だが建物内の中には、明らかにギルド長の会話のあとに、自分たちの会話を止めてこちらの会話に神経を傾けてきた人が何人かいる。そのせいかギルドで少なからず、緊張感が生まれ始めていた。


「君はきちんと言えるかね。今この場で真っ直ぐに、はっきりと。

 自らがこの街に連れてきた子供が──『魔族では無い』と。

 そう言葉にできるかね?」


 そう尋ねるギルド長の言葉の後に、妙な感覚を抱いた。

 おそらく……何かの【能力】か『スキル』をかけられている。時々かけてくる日暮の【鑑定】の時と同じだ。感知してることがバレるので仕掛人に視線は向けられないが、方向的にギルド長と一緒に二階から降りてきて階段横で留まっていた偉い雰囲気のある女の人だろう。


 スキルの効果までは分からないが……。

 あまり『嘘』を言うのは、良くなさそうだ。


 それを踏まえて俺は──。


「千夏は魔族では無いです。これでいいですか?」

 

 そう、答えた。


 答えを受けたギルド長は、覗き込むように俺の目を見ていたが、やがて階段の方へ視線をそらす。そこで俺も、まるで今気づいたかのように同じ方向へ視線を向けるが、そこにいたのは予想通りの人物だった。今まさに首を縦に振っていたところだったが、俺がみていることに気づくとそそくさと階段を登って二階の奥へ消えてしまった。


「──どうやら本当の言葉で間違いないようだ、君」


「……当然ですね」


 そう、当然の話だ。

 千夏は『魔族』じゃない。そして──『人間』でもない。

 俺と同じだ。


「と、なると本当に勘違いで起きてしまった悲劇かね。それは災難だ。言葉にはしがたいほどにそう思うとも。同情もするというものだよ、君。しかしわかってもらいたいこともあるのだ。この街には特殊な事情から細かい法律は現状存在しない。世界最大の危険地帯を隣にしながら、人々は自分の身は自分で守るしかない。だから思っているより、人々は自分に余裕をもてないのだ。会う人一人一人を本当に安全かなどと、確かめるほどの余裕も。だからこういう極端な『行き違い』が起きてしまう──と、私は考えている」


「はぁ……」


 行き違いだからといって、家を燃やしていいとは思えないけど。


 とはいえ、魔族と言いはってる人も間違いではない。だが俺としては『千夏は魔族じゃない』と言い張ってるために、ギルド長の言葉を全面的に肯定することもできない。あくまで『理不尽に家を燃やされた一般人』になる必要があるからだ。だから多少なりとも不満に思ってないとおかしい。別に、そこまで不満には思ってはなくとも。


 なんだかややこしいし、取るべき態度が難しいな……。

 それに、あまりにも面倒だった。


「許せ、などとは言わないがね。こういう事態を引き起こしてしまうだろう想像は、必要だと、思いたまえ。全員が持っている余裕を、君に割けるはずもない。だからこそ『配慮』が必要なのだ。君も、おそらくは君の娘も。『力がある者』は特にだ」


「…………」


 配慮は──してきたつもりだ。


 終焉の大陸とは違う。それは、わかっていたつもりだ。

 朧げになってきた前の世界の記憶を引っ張り出して、前の世界のようにやっていた。実際、思っているよりも出来たつもりだし、染み付いていたものはまだ残っている。そう思っていた。

 だが……結果的には、やはり『してなかった』と言われても仕方がないのかもしれない。

 

 だから次失敗しないためにはもっと、細かな配慮が必要になるだろう。

 ……その『次』は何を得るためにやるのかは、わからないけど。

 千夏ももう、この街には連れてこられないのに。


「人は、一人では生きられないのだから」


 ギルド長の言葉が、素通りしていく。

 それは求めていた疑問の答えではなかった。


「とはいえ、だ。災難たる誤解も、今ここで解かれたことだけは喜ばしいというものだよ。我々冒険者ギルドが証人ともなれば、速やかに噂も訂正されて、徐々に消えて落ち着くはずだとも。依頼の手続きもこれで終わりだ。めげずに頑張りたまえよ」


 そういってギルド長は紙を渡してきた。

 どうも、と口にしながら依頼書を受け取ってギルドカードに紙を溶かす。

 これでもうここでの目的は済んだ。ギルド長も席を立ちあがろうとしているのをみて、俺も帰ろうと立ち上がった。


 ──そのときだった。


 ドタバタと、騒がしい音と声が聞こえる。


「ちょ、ちょっ、ちょっとお待ちくだされ! もうすぐでギルド長もお戻りになられるので──」


 声の発端である人物は、必死に制止を促すギルドの職員だった。

 縋り付くというよりも、掴みかかる勢いで止めているが、相手が無視して進み続けるためほとんど引き摺られている。

 そしてその職員を引き摺っている人物は、二階から現れたまま、構わず進み続けている。


「──『目的の人物』がすぐそこにいるのに、ギルド長も何もありはしない!

 どけ!! やつさえいれば、こんなところさっさと立ち去ってやるのだからな!!」


 しつこく止めるギルド職員を軽く投げ捨てながら、その男は階段から降りる。

 そして一階に降りても男は止まらず、そのまま歩いて、俺のちょうど目の前にきたところでぴたりと止まった。

 その時点でとっとと帰っておかなかったことを後悔した。

 

 目の前に止まった男を見る。派手な色と飾りをした、正装を纏っている男だ。高い背丈で、こちらを卑下するように見下ろしているが、たぶん背が高くなくともこちらを見下したぎらつく目は変わらないような気がした。

 男は声を発する。しかし俺にではなかった。


「失望しました、ギルド長殿ッ! まさか、我らが来訪しておきながら、目的の人物を帰すような真似をするとは! やはり冒険者ギルドは、いささか信用にかける。そう言わざるを得ないッッッ!!」


 こちらを凝視したまま、ギルド長に向けて、目の前の男は言葉を発する。


「……彼は魔族との繋がりはなかった。

 こちらとしては、彼を糾弾すべき理由は何もないのだよ」


 受付席に座ったギルド長が、難しい顔で返す。

 その言葉を、目の前の男は鼻で笑って受け止め、答えた。


「繋がりはない? 先ほどの詰問で、それを結論づけたと考えるのか……。そんなのは、あまりにも──手ぬるい!! あの程度のやり方で、何の潔白が証明されたというのか!! さっさと我らに身柄を差し出せばよかったものを!!」


「……そう簡単に身内を売るような真似をしては、冒険者からの信用を得られなくなるというものだ。シープエット国の勇者様にご足労していただくのはありがたいがね。そちらの問題に対して、我々は組織としての体裁を投げ出してまで協力をするというわけにもいかないのだよ」


 ──シープエット国の……勇者、か……。


 周りを見てみると、軽く言い合いになった二人に戸惑っている雰囲気だ。業務の手もすべて止まっている。

 意外なのは、一方的にどちらかへ偏ってみる人がいないことだ。シープエットの勇者だという人は今唐突に現れたのに関わらず、既に冒険者ギルド長と渡り合える程度に信用や発言権を得ている。そう考えると人間の中で『勇者』がどれだけの権威のある称号なのかが、なんとなく計り知ることができた。


「身内を売るなどとは、考えが浅い!! むしろ疑わしきを徒に抱き込み、仲間を危険に晒しているとなぜ分からないのか!! 我らシープエット勇者が『疑いの目を向けている』という事実は、それだけで『証拠』となりえる! やましさがあるから、疑われるのだッ!! 清廉潔白であるならば、最初から疑いすら向けられはしないのだからな!!」


「この街の危機を今まで救ってきたのは『勇者』ではなく『冒険者』だった。そしてこれからもそうだと私は思っている。ならば私は街のためにも、この優先順位を変えることはできない、そう思いたまえ」


 そこで初めて、目の前の勇者だという男はギルド長に視線を向けて大声で言った。


「──愚かッッ!!」


 これまでで一番大きな、気迫のある声が建物内で響き渡る。

 皮膚に走る振動を寒気と勘違いしたのか、女性が無意識に両腕を抱くように触っていた。

 

 男の顔は、強い怒りの表情に歪んでいた。

 同時に、全員の不安そうな視線を一身に集める。 

 張り詰めた緊張が、ギルドを満たしていた。


 だが次の瞬間、それらの不穏な要素すべてが無くして、力を抜いたような顔と振る舞いで、言った



「だが、それを許そう」


 先ほどあげていた怒りの表情などまるでなかったかのように慈愛を含めた声で言った。


「我らシープエット勇者は『人間種族』の安寧と繁栄のために存在している。人同士で争うためにやってきたのではない。そもそも愚かさを正すのに、暴力や恫喝といった手段は有効的ではない。先に相手の愚かさを許し、受け入れることが何よりも有効だ。だから許す!! ──だが」


 目の前の男はきつく睨みつけるような眼差しを俺に向けて言った。


「我々の慈悲深さも、尽きないほど存在するわけではないとだけ覚えておけ!!

 これからは口出しは無用に願おうッ! ──来いッ!!」


 合図と共にギルドの入り口からドタドタと、鎧を着た人たちが何人も入ってくる。その人たちは瞬く間に俺を取り囲んで、あっという間に視界は鎧で埋め尽くされた。全員が威圧するように武器の切っ先を俺の方へ向けて、ギルドの中に走る緊張は緩むどころかさらに高まり続ける。


「……『レベル1の男』」


 目の前に立つ男は、一歩こちらに近づき、覗き込むように言った。

 観察対象を興味深く見るような目だ。


「私はシープエット国の『ボイニーチ=アッダーカル』という。貴君には現在、さまざまな疑惑がかけられている! そのため我々は現時刻をもって、シープエット本国への同行を貴君に要請する! 今大人しくついてくるのであれば『客』として対応することを約束しよう。我々の同胞に仇なしたという疑惑もあると考えれば、本来ならば誰がこんな者をッ!! ……と思うところをだ。寛大さに感謝があってもいい!!」


 客……。

 そう言葉では言うものの、男の睨みつける視線は、どう考えても客に向けるそれではない。


「…………」


「返事は、どうした!! 牢にもいれず、枷もつけず、食事も不自由させない。目の届く範囲なら自由にもしていいと言っているのだぞ!!」


「……遠慮します。俺は今枷をつけてないし、食事に不自由もしてないし、あなたの目の届く範囲に限らずに自由だ。わざわざそんなことをする必要も理由もあると感じない」


 前の男は、目を見開く。

 

「これは……驚いた。いい歳した『レベル1』というのは、知能までもがレベル低く発達していないのか!! だから分からないのだな、置かれている状況も、歴然とした力の差も!! もしやどうにかなるとでも思っているのか!! これでは話にならないな!!」


 フンッと鼻息を荒くして、言い放つ。


「それとも、呼んでみるか!!

 お前が契約しているという──『竜王』をッ!!」


「…………」


 ギルドの中が、ざわめく。

 これまではシープエットの勇者とギルド長とそのついで……ぐらいだった意識が、一瞬にして集まるのを感じる。憐れみや面倒を鬱陶しがるといったこれまでの視線も、法螺吹きを嘲笑するようなものや、本当だったらという恐怖の色が混じった疑惑にかわった。


「……どうした。やらないのか。 ──ふん、違う!! そうではなく、できないのだろう!! わかっているのだぞ!! 貴様の《ステータス》を見て納得がいったからな!! 竜との契約スキルはなく、代わりにあった強力な【偽装ユニークスキル】! そのスキルで我らの同胞を騙くらかしたのだろう!! 許し難いッ!! だが同じ手が我らに通じるとは、ゆめゆめ思わないことだな!! 存在の知られた偽装スキルの、たかが知れた効果などにやられる我らではない!!」


 相変わらず、熱のこもった声が、ビリビリと建物の中で響いていた。

 だが言葉を終えた直後に、ぽんと、肩に手をおかれる。そのときの表情は、直前までの様子が嘘のように穏やかで、雰囲気と口調も柔らかくなっていた。

 

「……これでわかったはずだな。大人しくついてくるべきだ。貴様のネタは、もはや完全にわれている。所在が不明の竜王を使ったのはうまくやったものだが。それとも、この期に及んでまだ言い張るというのかね。見たまえ、周りを。貴様のせいで業務が滞っている。誰もが迷惑しているのだぞ? ん?」

 

「…………」


 ……本当に、よもぎを呼び出してしまおうか。

 そんな考えが一瞬、頭をよぎる。

 でも当然だけど、そんなことはしない。


 ──配慮が必要なのだ。


 ここは終焉の大陸じゃない。

 だから前の世界のやり方を思い出して、波を荒立てないように必死に気を遣う。

 でもだからといってこのまま言う通りに、なんてわけにもいかないし、するつもりもなかった。


 ならば、少なからず敵対するのは避けられない。


 【アイテムボックス】から『大剣』を取り出して、手に握る。

 その瞬間、ぴくりと、目の前の男は顔の筋肉が動いた。

 周りで俺を囲う鎧の人たちも、微かに構えた剣が揺れている。剣先がより正確に俺に狙い定めて動いているのを感じた。


「──それが『答え』かッ!! 『レベル1』!!」


 目の前の男が、叫んだ。


「さあ……。まぁ、何が答えなのかは、自分たちで確かめてみればいいんじゃないか」


 そう答えた瞬間だった。

 怒りを滲ませた目の前の男から、凄まじい気迫と殺気が溢れだす。

 間違いなく、一触即発の空気だ。


「やめたまえよ」


 受付から、ギルド長の制止を促す声が飛ぶ。


「ギルド内での戦闘は、違反行為として禁止されている。

 冒険者が行った場合は除名も、罰則としてありえる」


 そう言われて、ため息を吐き出しながら、剣をしまった。

 除名すると言われればそうするしかない。ほとんど俺向けに言ったようなものだ。


 次の瞬間──バチッ……と静電気のような音が聞こえたあと、雷が落ちたかのような轟音が鳴り響いた。その音と全く同じ瞬間に俺へ目掛けた拳が放たれる。俺はその拳に当たって、強い衝撃と共に体を吹き飛ばされた。


 体が宙に浮かぶ感覚の中で、大声で発せられた言葉が追って聞こえてくる。


「私は冒険者などではない!!

 シープエット国勇者──『雷鳴の勇者』だッ!!」


 勝手に入ってくる怒声を耳にしながら、飛んでいく先を視界で確かめる。

 予想通りギルドの出入り口が、近づいてくる。壁を突き抜けて吹き飛んでしまいそうな衝撃も適度に抑えた。

 唯一の想定外は、着地先、物がごちゃごちゃおいてあるのだけだ。

 

 そのまま物を巻き込むようにして、俺は、その場所に突っ込んでしまった。




◇◆◇◇◆◇



 埃が舞う。

 ひっくり返ったソファや倒れた植木鉢が重なり合い、そこに埋もれてしまったのか、飛んでいった男の姿は隠れたように見えない。ヒラヒラと壁に貼り付けてあった紙が落ちていた。


 ──さすがは、冒険者ギルドといったところか。 


 唐突に始まった戦闘にも関わらず、建物の中にいる者に動揺はあまり見られない。いたずらに悲鳴をあげるなんてこともなく、念の為に武器をすぐ取れるようにしながら、冷静に成り行きを見ている人が多い。見事な胆力だ。危険地帯の側ということもあるからか。ただ依頼をしにきただけの一般客なんかは、顔を青褪めさせながら悲鳴をもらしている。彼らには手厚い詫びを後ほどいれなければならないだろう。たまたま居合わせてしまった哀れな被害者だからだ。


「(……強くやりすぎてしまったか)」


 もっと手加減するつもりだったが、想像よりも、かなり力を出してしまった。

 本来なら殺さずに連れていくのが任務だが、肉親の敵ということもあり、心のどこかで死んでもいいと思いながら攻撃をしてしまった。相手が『レベル1』なことを考えると、本当に死んだとておかしくはない。


 そう思って見ていたのだが、レベル1の男は何も無かったかのように平然とすぐに起き上がってきていた。まだ舞っていた埃が収まってもいないうちにだった。演技でもなんでもなく、何もなかったかのように男は動いて、倒れた植木鉢を立ててひっくり返ったソファを元の形で元の場所に収める。


「…………ッ!」


 頭が沸騰しそうなほど熱くなる。

 動きに見える余裕が、こちらを煽ってるように見えてならない。


 だがわずかに残されていた、冷静な思考の部分が抱いていた疑問が解消された。

 本当に『レベル1』を『レベル1000』を超える勇者が、いかづちと同じ速度で殴りかかっていたとしたら『こんな状況で済むはずがない』と。建物の壁なんて容易く突き破り、表の通りを渡った向かい側の民家にまで、飛んで辿り着いてもおかしくない。


 それなのに、実際にそうはなっていない。ということは──。


 ぎしり、と食い縛った歯から音が漏れる。

 簡単に『いなされてしまった』という、目の前の事実が殺したくなるほど許せない。

 『レベル1』に『レベル1000』がいなされる……?

 それはプライドへの侮辱もそうだが、なによりもレベル主義に反する事実だ。絶対に認められない。『レベルが高い者』こそが、この世界の強者なのだ。


 それに偶然なのか。ちょうど出口へ近づくように男を飛ばしてしまったのも、分が悪かった。逃げやすい形になっているからだ。


 実際『レベル1の男』は、受付用紙と台座を最後に元の場所に戻したところで、出口へと歩いて行った。床に散らばった植木鉢の土までは片付けていかなかったようだが、歩きながら気になるようにちらちら視線を向けている。


 その余裕が、また苛立ちで体を熱くさせる。


「貴様!! 逃げられると思っているのか!!」


 足を一歩、踏み出す。

 感情に任せて、男を追うために体が動く。

 レベル1の男はこちらを見て、答えた。


「……そうは言っても、もうここでの用事はないし。

 それに戦ったら、処罰を食らうみたいだから。……俺だけ。

 だから、悪いけど帰らせてもらうよ」


「…………?」


 ぴたりと、感情に任せて動かしていた体が、不自然に止まる。


 なんだ……?

 足が……止まった……。

 動かない。なぜだ?


 疑問に思って足元を見る。

 特に異変はない。何かのスキル?

 それに全く足が動かないわけではない。

 前ではなく後ろにいこうとすれば。

 あの男から遠ざかろうとすれば、足は嘘のように動ける。


「逃してはならない!! やつを追え!!」


 自分ができないのであれば、と部下に命令を出す。

 だが少し待っても、視界の端に映る部下たちが動き出す様子はない。どうしたのだと、声をかけながら視線を向けると「あっ……」「うぅ……」とうめき声を発しながら、その場に留まり続けていた。まるで自分と同じ状態になっているかのように。


 一体なんだというのだ。

 ギルドで見た男の《ステータス》には、こんな効果のスキルはなかったはずだ。

 このままでは、平然とあの男を行かせてしまう。


「なんだ……!? シープエットの騎士たるお前達が、怖気づいたかのように──」


 はっ、と。自身の言葉で気づいた。単純明快な、今起きている事実に。

 まさか怖気付いているというのか?

 スキルの効果や神器の力でもなんでもなく?


 前に進もうとしない自らの足元へ一度視線を向けたあと、レベル1の男が出て行ったギルドの出入り口へ視線を向けた。


「うっ」


 目に入った光景に思わず、声が漏れてしまった。

 唇を噛みながら、その光景を睨みつけるものの、滲み出た冷たい汗が顔を伝ってしまい緊張が嫌でも反応にでてしまう。


 男がギルドを出てからほんの少しだけ、時間が経っている。

 その時間は、逃げ切るとまではいかないまでも、ギルドから出て逃走のために走り始めるくらいはしてもよさそうな時間だ。もし今からそれを追って建物から出たとしても、後ろ姿が離れたところから見えるぐらいの距離を取られてもおかしくはない。

 つまり一つ確実に言えることとして、相手は少しでもこの建物から離れたいはずだ。ましてや中から見える位置なんかは真っ先に避けていたいはずで、だからもう男の姿はとっくに見えない。


 ──そう思っていた。


 だからまだ、レベル1の男が『そこにいる』なんて思っていなかった。

 建物の外、出入り口のところで、レベル1の男は静かに突っ立っていた。

 なぜ、まだそこにいる? 何のために? どう考えても不可解だ。


 男は通行の邪魔にならないためにか、出入り口を塞がず、少し脇にそれたところで体を横に向きにして立っている。まるで上客の出迎えをする高級宿屋の従業員のようだった。害なんてまるでないかのように、それどころかもてなしてさえくれそうなほどの佇まい。


 しかし実際に、男がそこにいる理由は『真逆』だ。

 片手に握っている、仕舞ったはずの無骨な『大剣』がそれを示している。

 まるで断頭台のようだ。ギルドの建物から一歩でも出た瞬間、その無骨な大剣は横から躊躇なく振り下ろされるだろう。無機質なほど自動的に、ギルドから出たという理由で殺される。そんな映像が、男を見ているだけでありありと浮かんでくる。


 異様さを感じ取っているのか、ギルドの外から用事があって中に入りたい人々も、中に入らず遠巻きから眺めているほどだった。


「(何が──『帰らせてもらう』だ……)」


 この男にそんな気は、さらさらなかったのだ。

 

 ──『ギルド内での戦闘は禁止』。


 男はただギルドの建物から『出た』だけだった。

 ルールに違反するから、違反しない外にでた。追って出てくる我々を殺すために。それならば確かに、待っているだろう。逃げ出さず、ギルドの出入り口でまるで『追ってこい』とでもいうかのように突っ立っているだろう。馬鹿馬鹿しい。この男の印象や前情報のせいで勘違いをしていた。


 『レベル1の男』なんて腑抜けた字面からは考えられないほど、この『生物』は凶暴で獰猛だ。


 そしてどうでもよかった『ギルドのルール』がいまや自分自身の命を守る『砦』になっている。


 だから、前へ進むことができない。

 レベル主義の否定、肉親の敵、勇者の侮辱、魔族の加担。感情だけなら八つ裂きにできそうなほど条件は揃っている。それでも前に進むことはできないのは積み重ねた戦いの経験が、感情を超えて警鐘を鳴らし、静かに佇む男に濃厚な死の気配を感じさせる死神の幻想を映し出すからだ。


「(たかがレベル1が、なぜここまで──)」


 何かが──確実に『異様』だ。確信をもって、そう思える。

 だがなぜこうにも自分達が動揺しているのかわからない。

 『威圧系スキル』……それは当然あるだろう。だがそこらのチンピラですらそのスキルを使っているのに、こうはならない。実際に実が伴わなければ本来なら威圧など感じもしないはずだ。

 まるで……地面に空く小さな穴を軽い気持ちで覗き込んだときに見つけてしまった、地底を蠢きながら流れる大河のような。暗い闇に覆われて見えないはずなのに、手に負えない巨大な質量が蠢いているのを知ってしまった恐怖に似ていた。

 

 ピキリ、と鋭い痛みが走る。

 痛んだ場所は、先ほど男を殴りつけた拳だった。

 内側からズキズキと湧き出すように痛む。まるで「進むな」と忠告でもするかのように。


「いいのか……? このままで──本当に、帰るけど……」


 あまりにも、硬直状態が終わらないからか、男が声をかけてきた。どこか心配するような口調だが、実際の意味は安い挑発だ。


「…………」


 そんな腹立たしい男を睨む。

 しかしこちらに向けられていた『無機質な瞳』にそんな感情も霧散する。

 何かの感情を向けるという行為が、その瞳を見て、何の意味も持たないことを感じさせられてしまったからだった。


 男はそれから、何も言わず、背を向けて立ち去っていく。


「──まだ、『足りない』な……」


 最後にこちらを一瞬だけ振り返り、何かを言っていたような気がした。

 ゆっくりと歩いて去っていく背中を睨みつけながら強襲して連れ去るべきだと、見えなくなるまで考え続けた。しかし部下や周囲の状況を見て、戦える状態ではないと判断して、結局そのまま行かせてしまう。シープエットとしての恥だ。


「……戦力が、足りないかもしれん」


 用がなくなったギルドを去り、部下たちを連れて街を歩きながら、呟く。

 部下の何人かはまだ調子を悪そうにしている。特に魔力を感じられる者は顕著にひどい。ギルドを去る際にも、少なからずギルド側と揉めたりもして、あの男の悪い余韻が未だ大量に残っているが、思考は前に向いていた。


 そもそもあの男が何者なのかが、結局掴みきれていないのが最大の問題だった。


 『決死騎士』から上がってきた報告では、『レベル1』で『緑竜王と契約』をした『勇者』という話だ。種族感知がある決死騎士がそういうなら『種族勇者』で間違いないだろう。ベリエットから逃走している勇者という点でも辻褄が合う。

 しかし実際にギルドの登録を見てみると『人間』として登録されていた。


 なぜ? 種族を偽った? そんなことが可能なのか?


 情報がない……というよりも錯綜している。こういう場合は、隠蔽よりも故意に偽物の情報を流していると考えた方がいい。そうなると、ギルドでみた《ステータス》もあまり当てにできないだろう。どうやってギルドの看破系能力をすり抜けたのかは疑問だが。


 とはいえ一つ明確になった。やつは確実に肉親の死に関わっている。

 元々『レベル1』なんかに、誉れあるシープエットの騎士がやられるはずがない。そう思っていたところで、あの異様さ。姿を消した緑竜王が現れたことより、こちらのほうが断然怪しい。

 本国はベリエットの逃亡勇者として確保して手札にしたいのだろうが、そんなのはどうでもいい。真実を明らかにして、奴に必ずケジメをつけなければならない。



  ──ミシッ、ミシミシッ……パリンッ。



 そんなことを考えて街を進んでいると、ガラスの割れるような音が聞こえる。

 少し先の小道からだ。こんな陽の高い時間から、強盗か。

 そう思い細い道に入り、袋小路を覗き込むと、強盗よりも見たくなかった姿がそこにあった。

 その特徴的な格好は、既に何度も見たことがあるものだ。


「よーう、こんなところで会うとは、奇遇だな」


 その男は、ひび割れた空間を跨いで地面に足をつけながらそう言った。


「──ベリエット帝国……勇者ッ!!」


 背後を歩いていた部下たちが指示をせずとも、隊列を整え、武器に手を添えるのが分かる。ベリエット帝国は敵ではないが、味方でもない。さらに南大陸という勇者を輩出する国家が無い場所では、主導権を争う必要があるため関係は微妙だ。個人的にも好きではなく、油断できないこともあってか、態度は必然的にささくれ立つ。


「おいおい、物騒だな。何かあったのか?」


 そう言って、煙草に火をつけ始める。鼻につく余裕さと小癪さ。まるでさっきの男のようだ。腹が立つが感情的にならないよう冷静でいなければ。目の前にいるのはレベル1の個人ではなく、超大国の尖兵なのだから。


 目の前の男には見覚えがあり、その名前を思い出す。


「お前……。確か──『クガチ』と言ったか。よく使節について回っている勇者の一人だな!」


「おっと……。お見知りおきしてるのか。そりゃ光栄だ」


「はっきり告げておくが──貴様らベリエット帝国はこの『南シープエット大陸』の地を踏む資格はない!! 苦情の申し立ても国を通してすでに行っている! 当然……我らも会った以上は許す道理なんてない。だが!! 現在の我らの任務は、もはやベリエットなぞ関係ないものだ!! 今すぐに我らの前から消え、南大陸を去ることを進言する!! そうすれば今日ばかりは見なかったことにしてもいいだろう!」


 そう告げる。しかしクガチは、煙草を口から離して煙を深く吐き出しながら首を振った。

 期待していた返事ではないことにキレそうになる。


「いいや……残念ながら、そうはいかないな。なんのためにわざわざあんたらの前に現れたと思っている。当然、用があるからにきまっているだろ」


「……用だと? 何だ、それは!! ベリエットが我らシープエットに、何の用が──」

 

「お前らがちょっかいかけてる男がいるだろ。……ったく、騒々しくしやがって。部下が俺のところまで報告しにきたぞ、わざわざな。様子を見にきたら、まさかあいつがいるとはな……。いいか、お前ら、あいつのことは放っておけ。手を引け……な? どうせ元々俺らベリエットが目的で来たんだろ? 今目の前に俺がいるんだから、こっちに集中していればいい」


 訝しげに、ベリエットの勇者へ視線を向ける。

 そして、気づく。目の前にいる男の魂胆に。


「やはり、な。お前らも奴を追っているのか……。

 だから手を引かせたい。そうなんだろう!!」


「……あ?」


 眉間に皺を寄せ、陸地は視線を向けてくる。

 それから「はぁ……」と息を吐き出した後、言った。


「何の話だよ。あいつは普通の、関係のない堅気の人間だ。たまたま少し前に知り合って、気があって仲良くなった俺の友達だ。心配して気になっていた、なんか放っておけないやつでしかない」


「そんなの……知ったことか!!

 もはやこれは貴国とは無関係の我が国の方針だ!

 口を出される筋合いはない!!」


「……大方、お前らが言いがかりをつけたのか、勘違いしていたずらに巻き込んだんだろう?」


 呆れたように言うクガチに、腹をたたせながら言葉を返す。


「黙れ!! こちらには、既に死人が出ている!! ここまできて関係ないですむ話ではもうないのだ!! それに奴は『竜王』との契約を交わした疑いもあるのだ!! 人間社会の安全を揺るがしかねない問題として放っておくことなどできるわけがない!!」


「それは、ギルドでお前自身が否定してただろう」


 ギシリ、と歯を軋ませる。

 果たしてどこからどこまで聞いていたのか。どうやって様子をみていたのか。

 一人一人が能力者のベリエット勇者は、相変わらず全貌が見えず不気味で、油断ならない。


「……奴は何かがおかしい。考えは既に改めた。

 捨てきれない可能性として『緑竜王』との契約はありえるだろう!!!」


 その言葉にピクリと、クガチが反応した。


「何……緑竜王……。ハラトゥザルティとだと……?」


 これまで飄々としていたクガチに初めて、驚きの感情が口調から滲み出た。少し考え込み、やがて口を開く。


「……彼女はプライドが高い竜族の中でも、突き抜けて気高く気難しい。ただでさえ人を見下している彼女が、人間と契約をするとは思えないがな。──それにそれが事実だったところで、だ。だったらなおさら、手を出すべきじゃあないな。さっきの言い合いで召喚されたら、どうするつもりだったんだ? この間出た『ドラゴン』なんかとはわけが違う。『竜王』なんてこの街だけで手に負える相手じゃない」


 クガチに詰め寄り、語気を強めてはっきりと告げた。


「ならば我らの命をもって、今度こそ世界に奴を人類の主敵である『魔王』と認めさせてやろう!! 『今度こそ』、だ!!」


「…………本気で言ってるのか、お前」


「貴様は見たのか、ベリエット帝国勇者!! あの『大樹海』とこの街の有様を!! かつて栄華を極めた国の姿は跡形もなく消えた──『緑竜王』によってだ!! やつがどれだけの人を害し、殺めたと思っている! 他の魔王と比べても遜色がない所業だ!! ならば『魔王』になって然るべきだ、当然!! 人類への敵対心も疑いようもない!! これだけのことをして『魔王』にならないなどありえないのだ!! ……本来ならば」


 そこで言葉は一度止まる。

 それから続ける言葉は語気が抑えられているものの、迫真さは以前よりも増していた。


「なぜこれだけのことをしておきながら『緑竜王』が『魔王』にならなかったのか。それは貴国……『ベリエット帝国』の働きかけによるものだ。そもそもベリエット帝国こそが、この大陸の惨状に対して、責任を負うべきではないのか。謝罪をし、賠償をし、償いをするべきではないのか。なにせ元はといえば──『緑竜王』は『ベリエット帝国』の勇者と契約を交わしていた『護国竜』なのだからな!!」


「…………」


 クガチに詰め寄りすぎたのか、吸っていた煙草の煙を顔にかけられて舌打ちをしながら離れる。

 煙草を足元に捨てて、踏み潰したあとにクガチは落ち着いた声で喋り始めた。


「あんたらシープエットが、そこまで南大陸の動乱を気にしていたとは思わなかったな。むしろ喜んでいたとすら、俺は考えていたが。誤解だったみたいだ。悪かったな。かつてこの地にあった『魔族と人間の国』をあんたらはよく糾弾していたのを知っていて、犬猿の仲だと思っていたから勘違いしていた」

 

「……構わないとも」


 言葉を詰まらせながらも、答える。

 これまでの勢いは、ここにきて失速していた。


「だがそんなに魔王に認定させたかったのならば、樹海ができた当時にすればよかったな。なぜ今になってほじくり返してそんなことを言い出すんだ? 当時は何も関心を持たず、国としての声明もなく、被害にあった人々の支援も最小限で助力すらも寄越さなかっただろう」


「…………」


 そしてついに、黙らされる。

 お互い後ろめたい事実で相手を刺しあう会話は、年季の違いによりクガチに分があった。 

 だがこんな会話がしたいわけではない、とでもいうかのようにクガチは、はぁ……と息を吐き出した。


「俺達の情報をお前にやる」


「……何だと?」


 唐突な言葉に、訝しみながらクガチを睨みつける。しかし気にせずにクガチは言葉を続けた。


「もともとそれが目的だったんだろう? 一応機密っちゃ機密だ。十分手柄になる。いいか、俺達はある『一人の勇者』を追っていた。そいつは国から逃げてこの樹海まで辿り着いた。最初は大規模な追跡だったが、やがて対象を見失い、それから長時間捜索は難航したままだった。それから捜索は縮小して最小限の体制になり、最後の望みをかけて残った奴らが樹海に手がかりを求めて行った。それが確か、お前達の騎士とも接触している『二人』だな」


 おおよそ知っている情報だった。

 だから改めて聞いたところで価値なんてない……というわけではなかった。自分達のもっている情報が、当人から正しいと確証が得られたのは大きい。わざわざその部分を疑う必要がなくなる。


 ただ──それは言っていることが本当ならばの話だった。

 沸々と湧き出す苛立ちを必死に抑えながら、耳を傾ける。

 感情はまだ爆発させるべきではない。話はまだ、最後まで聞いていないのだから。聞けるものは聞くべきだ。


「樹海へ向かった二人は、やがて行方不明だった勇者を発見し、捕縛に乗り出した。だがそれは失敗に終わった。なぜなら、そこには強力な『辿魔族』が一緒にいたからだ。おそらくはまだ誰にも認知されていない新種で、個人ではなく組織の疑いもある」


 ぴくりと、体が反応する。

 それは、知らなかった事実だった。

 しかも緊急を要するものだ。早急に本国に報告をいれなければならないほどまでに。


 ……それが事実だとするならば、だが。


「事態の重さが分かったみたいだな。人間社会を脅かす大事態に繋がりかねない、と。本当は言いたくなかったがな。俺達の失態を明かす情報だ。だがこの際だから仕方がない。大事だからな、情報の共有は。俺たちは一丸となってこの問題にあたる必要がある。

 だから、だ。これで分かっただろう。優先すべきなのが何か。ベリエットを糾弾するのも、辿魔族と一緒にいる勇者を追うのも、国へ戻り報告をするなり対策をねるなりするのも好きにしたらいい。だが関係のない一般人のあいつに、つまらないちょっかいをかけることじゃないことだけは確かだ。そうだろ?」


 ──ぷつん、と。

 そこで溢れ出そうだった感情を、止めていた堰が切れる。


「たわけめッ!!」


「……あ?」


 驚いたように口を開けているクガチ。

 そのとぼけた様子が、さらに煮えたぎる感情に油を注ぐ。

 もはや気にせず言葉を続けた。


「それで騙くらかしているつもりか!? 今の話に出た勇者は『三人』──ならば、『残りの勇者』はどう説明をつける!! いくら待っても話に少しも出しはしないッ!! 舐めているからだろう!! 我々をその程度も知らない奴らだと!! 」


 南大陸へ遠征をした、ウォールグルトを含む騎士達から受けた報告では、勇者の数は──『四人』だった。


 ウォールグルトの持つ【種族感知】で得た情報なために、樹海にいる勇者は『種族勇者』で間違いない。つまり、他の国の勇者なんて言い訳は通じず、ベリエット帝国に関連した勇者であることが決定づけられている。


 この事実をベリエット帝国の勇者は、さも知っていないかのように、話を進めている。それは屈辱以外の何物でもないことだった。未だに我々を情報の価値が分からない野蛮人とでも思っているのか。南大陸にベリエット帝国の飛地を作られ、煮湯を飲まされたときと今もまだ変わらないと思っている。だからこんな誤魔化しを効くと思ってしてくるのだ。


 我慢のならないことだった。

 情報の価値を一番に理解し、超大国になったベリエット帝国が、まさか知らないなんてことはあるはずがないのだから。


 しかし同時に分かったことがある。ここまで必死にベリエット帝国がひた隠しにする、あの男こそが、やはり重要な意味と価値を持っているのだと。予想外にもこの会話でそれを裏付けることができた。目指すべきものは、間違っていない。これからやるべきことにも、疑いはもう必要ない。


「待て、俺は騙してなんか──」


「もういい!! この期に及んで情報を誤魔化す貴様らの情報など、何も信用ならん!! 話は終わりだ。今回の我々の任務にこそ、貴様らベリエットは無関係!! 口出しは無用、引っ込んでいるがいい!!」


 取り付く隙もなく、会話を切り上げ、部下を連れてその場を立ち去る。

 








 残された陸地は煙草を咥えて、火をつけた。

 去っていくシープエットの勇者と騎士の後ろ姿を見ながら、ため息をつく。


「やれやれだな……。なんなんだ、ったく……」


 結果的に見れば、散々だった。

 好き放題に言葉を吐き出されたあげく、身を切るように情報を差し出したというのに成果は何もない。かなり馬鹿をみた形だ。独断でやってしまったものだから、ベリエットの他の連中にバレれば懲罰ものだろう。


 煙草を吸って、吐く。そうしていくうちに自然と思考は澄んでいく。

 その状態になってようやく、先ほどの会話の整理ができるようになってきた。

 そこでふと気になることがあった。


「──『残りの勇者』……」


 一歩ずつ、歩みを進めるように、思考を進める。


「ベリエットの把握してない『勇者』が、樹海にいた……?」


 気付けば、煙草に口をつけるのも忘れていた。

 本来の役割を果たさないまま、煙草は燃え進み、短くなる。

 パラパラと落ちる燃え滓が、地面についたときだった。


「そういえば、幌のやつが誰かの記憶をなくしたとか言っていたな」


 急激に何かの『答え』に近づいている。

 陸地の直感は、そう訴えていた。

 そもそも疑問なんて、何も持っていなかったはずにも関わらずだ。

 


 ──なんなんだ? そもそも考えるべき『疑問』は一体……。



 その『答え』ばかりは、この日に得られることは無かった。



【新着topic】


【世界・組織】


『冒険者の主な専門』


-『狩猟・採取』

主に日々消費する素材や食材の採取を専門とする分野。通称『カリトリ』。近場にある素材の安定した大量採取、指定場所からの希少素材の採取などが含まれる。指標のない冒険者が安易に選択しがちだが、しっかり収入を得ようとすると効率や素材の取り扱いといった面でかなりのシビアさが求められるため、大体そういう冒険者は近場のおいしいエリアを縄張りにした大規模クランに吸収される。生き物から採取するかしないかでまた細かい専門の違いがある。


-『探索・調査』

主に未踏地域や古代遺跡、新しいダンジョンなどの探索。または魔物の生態や地域の魔素濃度といった様々なデータ採取などを専門とする分野。通称『サクサ』。一番専門感がある分野で、研究機関や国家からの依頼も多い。サクサの中でもそれぞれ別の特化している分野を持っていることも多く、そのため変態だったり癖が強い人物が多いとも言われている。

例1:ウェイドリック・パーソン

例2:ヨクン・シーベル


-『討伐・撃退』

主に頭角を現した特定の魔物(辿魔)や魔族や盗賊などの討伐、または街の襲撃への対処や一般人の護衛などを専門とする分野。通称『トウゲキ』。ほぼ純粋な戦闘分野なため腕自慢や血の気の多いやつが大体専門としている。ただし街の防衛へ意見を求められたり、要人の護衛をする場合もあるためランクを上げるには腕っ節だけとはいかない。しかしそれでも腕っ節が凄すぎて脳筋のまま上がっていく人も一定数いるとか。

例1:サイセ・モズ



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― 新着の感想 ―
[一言] まさかチンピラ冒険者ではなく勇者に絡まれるとは思わなかった。しかも殺し合いになるとは…想像のできない作品
[一言] いつのまにか、喜劇になったのか?
[良い点] 今回も面白かったです 最高! [一言] 続きも楽しみに待ちます
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