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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第3章 兄探しと底なしの価値

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第106話 土人形屋との取引

 

 振り出しに戻されてしまったような気分だった。

 家は燃え滓になってなくなり、自動的に街に置いてある『ドア』もなくなった。

 それはつまり一度『部屋』に戻ったあと、再び『テールウォッチ』へ直接行くことができないことを意味している。


 だから、『樹海』をまた歩いていた。

 数時間ほどだ。一人で飛ばしてきたから、前に比べれば大して時間はかかっていない。散歩みたいなものだが、その時間すら街に『ドア』さえあればしなくて済む。そう考えるとやっぱり『ドア』が無くなった影響は大きいし、あるに越したことはないように思えた。


 あっという間に戻ってきた『テールウォッチ』の街を歩く。

 場所によっては少しだけ見慣れてきた街並みの中で、やがて目的の人物を見つけた。


 すぐ側まで近づいて、視界にも入っているはずだが、こちらに気づく様子はない。


 俺はかけていた【ペテン神】を切り替える。自分一人にかけるものから周囲にかけるものへ。スキルの発動自体を検知されてバレる確率があがるからあまり好きなやり方じゃない。かといって少なからず騒動を起こしてしまった以上、何もしないで歩くのも面倒を呼びそうで躊躇いがあった。広い街だから街全体に噂が広まったわけじゃないだろうが。


 スキルを切り替えた途端に、目的の人物はこちらに気づいたように目を向けてきた。この場で唯一スキルをかけていない男は、痩せこけた顔に笑みを浮かべながら声をかけてきた。


「やあ」


 相変わらず客のいない人形劇を続けていた、土人形屋と向かい合う。

 周囲の人間は誰も気づいていないかのように、通り過ぎていく。


「またここにきてくれたってことは、僕の話を聞いてくれる気になったってことでいいのかな……?」


「…………」



 気は……進まなかった。


 相手への疑念は拭いきれずにいる。

 都合よく動かされているように思えるし、この状況も意図して作られたんじゃないかと勘繰りたくなる。


 それでも最早……選択肢なんてなかった。


 千夏は今、部屋から出てこない。

 今朝も寝室のベッドにしがみついて、必死で恐怖を押し殺しながら、震えていた。

 落ち込んで、塞ぎ込んで、泣いて、怖がっている。


 俺はその姿を見て可哀想と思うわけでも励ますわけでもなく──。

 これで「世界を見る」という願いを諦めてくれるんじゃないかという期待を、一瞬抱いてしまった。

 こんなに馬鹿馬鹿しい考えはないはずなのに。


 このまま『部屋』に閉じこもって、塞ぎ込んで、怯えて生きる。

 本人が願ってそうしているなら、それでもいいかもしれない。だが千夏は結果に追い詰められて、強引に願いを諦めさせられようとしているだけだ。力で屈服させていることと、違いはない。これをよしとするなら最初から「無理だから諦めろ」と剣を突きつけて、脅して、言うことを聞かせればいい。


「(──そうじゃない、はずだ…………)」


 力に屈服して願いをねじ曲げられながら生きる──そんな『死ぬのと同じくらい苦しい日々』のために、俺は……あの日、千夏の手を取ったわけじゃない。それなら最初から千夏を厳しい自然であるだけの終焉の大陸に委ねているべきだった。でも、そうじゃない。結末がそれ以外の『何か』であるべきだから、あの手を取って大陸を出てここにいる。そのはずだ……。


 たどり着くべき結末の『何か』は、分からない。

 でも少なくとも今の状況は、受け入れ難く、許せない。

 俺自身のした選択に、突き動かされてここまできた。


 それならば、なりふり構っていられる状況じゃない。

 今取れる手段を取るべきだ。

 

 千夏に今一番必要なのは『知ること』だ。

 自分の身体に何が起きているか、自分が今なっている種族はなんなのか。

 得体が知れないままに恐怖を克服することはきっとできない。だが『部屋』の中には千夏の話に共感して歩み寄れる境遇が同じ人や補って余りある知識で助言できる人物が誰もいない。唯一ティアルが頭に思い浮かんだがテールウォッチで一緒に散歩した日から姿をみかけていなかった。


「ひとまず、話を聞くだけなら」


 ひとまず前に進む。それが結論だった。

 ただ疑念がある以上、慎重なのは変わらない。


 土人形屋は笑って答えた。


「それじゃあ場所を移そうか。立ち話で済むことでもないからね。そうだな……。僕の屋敷に、ご招待してもいいかな? そこまで立派で綺麗でなくていいなら……だけどね」


 構わない、と答えると土人形屋は頷いて道具を片付けはじめた。

 そして大きな荷物を手で引きながら俺に言った。


「待たせたね、それじゃあ案内するからついておいで」


 そう言って歩き始める土人形屋の背を追って、俺も歩き始めた。



 ◇



 ──長い……。

 かなりの時間と距離を案内されてから歩かされ続けていた。

 このままだと街の端にいってしまいそうだ。端といっても縦ではなく横の端だ。下向きの『くの字型』をしているテールウォッチは、真ん中で街を縦に割るように引かれた一直線の大きな道沿いが、一番栄えて賑わっている。その中央の道から端へ離れるほど、賑わいは落ち着きを見せていくが……。


 相当端へと来てしまったのだろうか。もはや落ち着くどころじゃなかった。

 周囲の景色は汚れが目立つ、活気のない寂れたものへと変わっている。

 街の形も横の端へいくほど、細く削れた形をしているため、川向こうに見えていた石の町もいつからか途切れ、本来なら石の町のさらに向こうにいかないと見えないはずの『高い壁』が川向こうでそびえている。壁と寂れた町が視界を占めるようになっていた。


「(あれが『テールウォッチ』と向こうの『境界』か……)」


 向こう──つまり『テールウォッチ』の所属する『ウォンテカグラ』という国との境界。その場所は長い仕切りのような壁で区切られている。話には聞いていたが、以前ティアルと散歩したときは見えるところまで行けなかった。だから見るのは初めてだが、想像よりも高くて無骨で威圧的だ。

 あの壁が何のためにあるのか。一番想像するのが簡単な理由として、『ケルラ・マ・グランデ』への防御か。だとしたら相当怖がっているんだなという印象を持った。


 この場所の、陰鬱で寂れた雰囲気はあの壁のせいでもあるかもしれない。

 片側には高い壁。そして反対は大樹海の高い木が並んで生え揃っている。街自体が狭まっているためまるで両側の壁に押しつぶされて擦り切れそうな印象を受ける。さらに高い壁のせいで日差しが入らないから雰囲気も陰鬱だ。


「『端街』に来たのは、初めてかな?」


 話しかけてきた土人形屋に答える。


「まぁ、そうだな。一応話には聞いていたけど」


「こっち側の端街は貧しいだけで、見た目ほど治安は悪くないけどね。僕の住んでいる場所はこの端街の端の端だから、もうすぐつくよ。ちなみに反対側の端っこには何があるか知っているかい?」


「……いや」


「『盗賊の根城』さ」


「…………」


 土人形屋の言った通り、寂れた街の果てでその屋敷はようやく見えてきた。

 広い空き地で大きさだけは立派な古い屋敷が、放り投げられたようにぽつりと建っている。それが最初見た印象だった。周りには建物がなく、すぐ側にある川と樹海に挟まれている。というか屋敷の一部分が微かに危険地帯である大樹海に少し食い込んでいた。それに近くの川からあがる霧に覆われて、これまで歩いて見てきた端街の建物でも群を抜いて不気味な建物だった。錆びた門や塀が一応ついてはいるが、わざわざここまできて侵入する人なんか誰もいないだろうな、と。見ていて思った。


 まるで、あれだな……。


「あ、そうだ。この辺ってなんか『幽霊』が出るって住人の間で噂されてるんだよね……。だから気をつけてね、一応。竜王の作った樹海だから『アンデッド』は出ないはずなんだけど。はぁ、やだなぁ。うちの家が夜中よく軋んでるのも幽霊の仕業なのかな……?」


 ……冗談で言ってるのか、本気で言ってるのか、付き合いが浅すぎてよくわからなかった。

 目に見える範囲で幽霊がでそうな場所なんて目の前にある幽霊屋敷以外にないと思う……とはさすがに言えなかった。


「どうぞ、遠慮なく入ってよ。……戻ったよ」


 門を通り、屋敷の両扉をあけて中へと入っていくので、それに続く。

 入ってすぐの場所は、広い空間の部屋だった。おそらく『エントランス』にあたる部屋だろうか。


 最初に目に付くのが、部屋の左右から二階の同じ場所へ延びている二つの階段だった。実用性よりも見た目を優先しているのは明らかで、両腕で抱くような形の二つの階段はわざわざエントランスを半周あるかせるように外側に延びてから内側に戻り、二階へ続いている。他にも建物の細かいところが凝っていて、いかにも屋敷っぽい屋敷の印象が持てた。外からみた幽霊屋敷の印象よりかは大分ましだ。



 しかしそんな印象も──『エントランス』部分に凝縮された生活感の前には無いに等しかった。


「…………」


 入ってすぐの部屋の角では作業台の上に土や人形、道具類が散乱しており、反対側の角では武具類や砥石などの道具が丁寧に置かれている。部屋の中央に置かれた大きなテーブルは、半分以上の面積が積まれた荷物で埋められていて大半が使い物になっていない。この部屋で一番目立つ二階へ続く階段も、一段ごとに様々な人形が敷き詰められて置かれており、足の踏み場がないために二階へは行けそうにない。一階に繋がる部屋もほとんどが荷物で塞がれているし、少し見回しただけでこのエントランス一部屋で生活のすべてをしているのは簡単に想像できた。特にひどいと思うのは両側にある印象的な階段の下のスペースにベッドが置かれて寝室っぽくなっているところだ。


「あの人形は、ほら、僕は『土人形屋』だからね。精巧な人形を作るために実物を持っておきたいんだよ。大事なのは『リアリティ』だからね。ああしていろんな種類の人形を集めて参考にしているんだ。決して人形遊びが好きなわけじゃないよ? いや好きだけど、でも一人で人形遊びしてるイタイやつではないことだけはわかっておいて欲しいんだ」


「……別に何も言ってないけど」


 階段下のベッドへの視線を勘違いしたのか、土人形屋が早口で取り繕うように何か言っていた。

 気にしていないが、確かに言い訳をしてもいいくらいには、大量の人形が置かれている。もう一度見てみても感じるほど圧巻する量だ。それに人形の一つ一つもバラエティに富んでいて全部バラバラなのがすごい。剣を掲げる天使の男の人形、車椅子にのった老人の人形、頭に獣耳を生やして今にも爪を刺してきそうな妊婦の人形など。どれも個性が強い。


 とりあえず住んでいる家のスケールと生活感が絶妙に合っていなかった。


「さてと……。君は丁重に扱うべき『お客さん』だからね。歓迎するから、先に好きな席に座っててくれていいよ。僕は飲み物でも持ってくるからね」


「座る……」


 好きな席に、ね。

 そう言われても……。


「…………」


「…………」


「あ、彼のことは気にしないでいいよ。僕の祖父なんだ」


 そう言い残されて、唯一出入りできそうな部屋の奥へと土人形屋は歩いて行った。


 残された『二人』はなんだか微妙な空気だ。

 とりあえず机の上に物が置かれていないところに座った。

 そうしたことで自然と向き合う形になる。エントランスに入ったときからこの場にいた『もう一人の男』と。

 

 初老あたりに見えるその男は、俺の正面の席で目を瞑って腕を組みながらじっとしている。瞑想でもしているのだろうか。気配も呼吸も静かだ。しかし腰につけた剣や戦いに慣れた体つき、そして雰囲気の奥底から微かに剣呑なものを感じる。そしてこの人も土人形屋と同じように身体が痩せこけていた。


 とりあえず屋敷に入ったときから、この男はずっとこの調子だった。

 話す気は無さそうだったので座って黙ったまま待っていると、程なくして、土人形屋が戻ってきた。


「粗末なもので悪いけど、どうぞ」


 コトリと目の前にコップと皿が置かれる。皿には色が薄いスープのようなものが入っている。食事なのだろうか。濁った水のようで食欲がそそられる見た目ではなかった。コップには水が注がれていて意味もなく中をふと覗くと薄いゴミがいくつか浮いているのが目についてしまった。見なければよかったな……。


「ただの水じゃなくて表に流れてる『竜川』の水なんだ。水竜の管理下に置かれた水は力が湧くって知ってたかい? 僕たちもこの水のおかげで飢えを凌いでいるといっても過言ではないだろうね!」


 竜川……。この街に流れる川のことか?

 いまいちよく分からないが、一つわかったことがある。


 ──これ、川の水か……。


 水の入ったコップを見つめながら、思った。


 いや……終焉の大陸では魔物の死体が浮いた湖からだろうが必要さえあれば水をとって飲んでいた。それに比べれば大分上等なものだし、今更気にすることなんてない。しかし最近はあまり『外』に出突っ張りな機会も無く、不自由のない生活が続いていたために、飲むのに妙な躊躇いがあった。


「ほら、おもてなしってわけじゃないけど先に食事をいただこうよ。知っているかい。交渉ごとの前には腹を先に膨らませて置くと、お互い穏やかな気持ちで交渉がしやすいそうだよ。長い時間歩いて小腹がすいてしまったし、君も遠慮せずにいただくといいよ」


 席に着いた土人形屋はそう言うと、黒い何かをスープにつけはじめた。

 相当硬いのか皿に当たってカツカツ音が上がっている。おそらく保存食にあたる何かなのだろう。


「……もしかして君も欲しいのかい? そう、か……。硬くて味もよくないし、あまりこれが好きだという話も聞かないから、てっきりいらないと思ってしまっていたんだけど、すまないね、これは残り二人分しか残ってなくて、祖父と僕の分だけで新しいのはないんだ。だけどお客さんに渡さないのも失礼か。ちょっとまってね」

 

 俺が物欲しそうに見ていると勘違いしたのか、土人形屋はスープに直前までつけていたものをどこからか取り出したトンカチで叩き始めた。ガンガンと音が上がる。おそらく半分に割ろうとしているのだろうが、数分たっても形が変わってすらいなかった。


「……食事なら俺も持っているから、良ければ手持ちのを出そうか」


「えっ!? 本当かい!? いいの!?」


「…………!」


 そういうと、驚き、立ち上がった土人形屋の勢いで椅子が床に倒れる。

 さらにずっと目を瞑っていた祖父だという男も、俺の言葉にクワッとどこからか聞こえてきそうな勢いで目を開いていた。


「ありあわせだけど……」


 【アイテムボックス】から溜めていた料理を出していく。

 二人の視線は出していく料理に釘付けだった。飢えた獣が獲物を前に待てと命令されているみたいだ。一品出すごとに雰囲気の真剣味が増して、目も血走っている。


「……も……食べたい」


「…………?」


 ふと呟かれたか細い声に、顔をあげる。 


 それは明らかに土人形屋の声ではなかったため、咄嗟に土人形屋の祖父へ目を向けた。

 しかし土人形屋の祖父が喋った様子はない。

 そもそも声が聞こえてきた場所は、全く違う方向だ。


 ……もう一人誰かいる? 

 だがそうなると、屋敷で感じられる人の気配が二人だけなのが不思議だった。

 でも可能性は、それしか考えられない。


 土人形屋に視線を向けると、おかしそうに笑いながら言った。


「……そうだった。『彼』を紹介しておかないと。

 『魔族に精通した医者』──君にも関係のある人物なのだからね」


 そう言って、土人形屋は誘うように俺を見たあと、声のした方へ視線を向ける。

 その場所は──屋敷の階段部分。

 大量の人形が置かれたその場所から、さっき声が聞こえた。


 ──キコ、キコ、キコ。


 じっとその場所を見ていると、ふと、たくさんある人形の中の一つが動きはじめた。

 同時に聞こえてくる使い古した金属が擦れた音。しかし違和感のある音ではない。

 動いた人形がどれなのかを見ていたから、納得できた。


 『車椅子に乗った老いた人の人形』が動けば──そんな音が聞こえてくるだろう、と。

 自らの手で、錆びれた車椅子をキイキイと音をたてて動かしながら、こちらを向く人形──いや。


「彼は『トット』。魔族にも精通した腕のいい『医者』でね。

 見ての通り──『小人族』だ」


 ……『小人族』。

 いると話に聞いたことはあったがこんな場所とタイミングで会うことになるとは思いもしなかった。


「ひどいですぞぉ……若ちゃま……。儂をほったらかして、馳走にありつくなんて、あんまりじゃあ。あと少しで、豪奢な食事風景をすきっ腹で眺める拷問を受けるところじゃったわい」


「人形に紛れてどんな人間か確かめてやるって息巻いていたのはトットじゃないか」


「おぉ……。なんとお辛いお言葉を容赦なく浴びせおられるのじゃ……。も少しご老体を労らせてもらえたらのぉ……」


 そんな会話をしつつ、土人形屋は『小人族のトット』を車椅子ごと持ってきて机の上に置いた。小人の大きさはテディベアぐらいか、人間の赤ん坊ほど。それに合わせて車椅子も小さく作られているため、小人は土人形屋に飄々と持ち上げられていた。思わずまじまじとその様子を眺めてしまう。


 小人……その名前の通り、人間の老人をそのまま小さくした感じだな。

 しかし正直な感想としては、小人といっても意外に大きい。個人的にはもっと指人形みたいな大きさを想像していた。


「(……【鑑定】)」


※ステータス※


トット LV36


【種族】

小人族


【職業】

医者


【スキル】

診察 LV23

縫合 LV24

応急処置 LV18

緻密作業 LV9

腕力強化 LV4

治癒魔法 LV19

生命感知 LV21

水魔法 LV11

氷魔法 LV9

飢餓食補助 LV7

浄化 LV7


【固有スキル】

集団擬態



「…………」


 トットという小人の《ステータス》を勝手に見ている間、端では小人と土人形屋が軽く言い合いをしていた。


「若ちゃま……儂も食事を一緒にいただけないかのぉ?」


「そうは言われてもね、トット。これは彼が差し出してくれた食事だ。僕の一存じゃあ、決められないよ。彼に聞いてみないと」


「むぅ……。おい、若いの。

 ようわからんが、儂に何か用があるようじゃの。

 ならば儂の機嫌は取っておいた方が、いいのではないか。えぇっ!? どうなんじゃ!」


 机の上を車椅子で移動しながら俺の前にやってきた小人は、凄むように言ってきた。

 だが大きさも相まってか全く怖くは見えない。


「……まだ量ならあるから、食べたいならお好きにどうぞ」


「うひょぉ〜! 最近の若いのは、話がわかるのぉ! 気前いいわい!」


 土人形屋と一緒になって小さく歓声をあげている。

 どんだけまともな食事を取れずにいたんだろう?


「それじゃあさっそく食べようよ。待ちきれないからね。あ、でもトットのコップがないから持ってこないと。先に食べてくれていいからね」


「悪いですのぉ〜若ちゃま。ではお言葉に甘えて。…………うぅ……うまい……うまいのぉ……久々のまともな食事じゃあ……。もう貧民魚のスープと川の水は嫌じゃぁ……」


 小人のトットが泣きながら食べていた。

 戻ってきた土人形屋がコップをトットの元に置き、それから食事をはじめる。彼の祖父もその後に続いて食べ始めた。


「…………」


 その様子を、少し気になりながら、眺めていた。


 三人とも、食べる勢いがすごいな。

 でも品がいいのか食べ方が綺麗だ。特に土人形屋は飛び抜けて仕草が板についている。

 だが空腹が続いたあとにあまり食べすぎるのはあまり体に良くなさそうだが大丈夫なのだろうか。


「僕たち三人とも【飢餓食補助】のスキル持ってるからね。気にしなくていいよ」


 なんとなくつぶやいた言葉に土人形屋が答えた。

 屋敷には金目の物があったり、土人形屋が身に付けてるものも煌びやかだったりと、売れば金になりそうなものがあるのに、スキルを手に入れるほど飢えているのが少し不思議だ。


「…………」


 そんなことを考えながら黙々と男三人の食事風景を眺めていたがさすがに飽きてきた。

 そもそも交渉をするという話だったのにどうしてこんな状況なのか。

 さすがに進展が無さすぎるので、無理やり話しかけて名前だけでも聞き出す。土人形屋の祖父は『ギーニアス』。そして土人形屋自身の名前は、何やら長い名前をつらつら言っていていたが、最終的に『エステル』と呼んでくれればいいと言っていた。


「ふぅー。ふむ! 悪くない馳走じゃった。久々に満足したの」


 誰よりも先に食事を始めて、体も小さい小人のトットが一足先に食事を終えた。

 川の水を啜るように飲んでいる。


 ……ちょうどいいかもしれない。

 一番の目的にあたる人物だ。

 人となりや、どれほどの見識を持った人なのかを知るためにも、一先ず交流しておくことは悪くないだろう。

 そう思って話しかけることにした。


「トットさん……でいいのかな」


「む、なんじゃい、若いの」


「小人族に会ったのは初めてだけど、気配が全くしないんだな。失礼かもしれないが、正直今も草花とでも対面しているみたいだ。小人というのはみんなそんな感じなのか?」


「ほう……。なかなか鋭い感覚を、持っているようじゃな、お前さん。儂に『気配』の話をするのは決まって戦闘能力や生存能力に秀でた、その道で生きているものじゃ。のう、ギーニアス」


「…………」


 土人形屋……エステルの祖父だというギーニアスは返事をしなかった。静かに淡々と食事を続けている。

 トットはあらかじめ答えがわかっていたのか、自分が声をかけた相手に視線を向けず、俺のほうへ向き続けていた。興味深さを剥き出しにした視線と表情でにやにやと、あごをこすりながら言った。


「若いのはそういう意味ではとても優秀そうじゃの。しかも『草花』とまで言いのけてみせたのはお前さんが初めてじゃわい。やるのぉ〜。しかもその話ならば『気配を感じない』といっても正確には『感じられるが無意識に無視している』ということじゃろ。まぁ当然の話じゃの。そこらに生えてる枝葉の気配まで感じていて何になるのか。効率が悪く、余計な負担ばかり増えて神経が持たん。何より感じたところで意味もなかろうからの。慎ましく生きる儂や野花が誰にどんな危害を加えるのか。そんなの、ありえんわい!」


「気配を消してよく会話を盗み聞きされるから、ほんとに困ったものだよ」


「おぉ……。若ちゃま……。老骨をあまりいじめんでくだされぇ……」


「…………」


 おおよそ、トットの言う通りだった。

 感じられはするが、意識せずに瞬間的に察知するのには少し厄介だった。昔テレビでやっていた脳力テストみたいな感じで分かるとしても、どうしても一瞬考える必要がある。なまじ殺意や害意が無いおかげで背景に馴染みすぎるのだ。

 ただ魔力感知など方法を少し変えれば特に問題なく察知できそうだった。おそらくトット自身も、そんなに気配を悟らせないように、なんて意識は持っていないのだろう。


「儂の気配は小人族の特徴かどうか、か。いいや、違うのぉ。これは小人族の性質では無い。儂自身の個人的なことじゃ。正確にいえば儂の『病』の、じゃがの」


「病?」


「ほれ、見ぃ」


 そう言ってトットは、長ズボンの裾をめくった。

 素足が晒される。しかし実際に見えたのは木だった。

 形は足だ。しかし全体が樹皮に覆われていて、よくみるとささくれのような短い枝も生えている。そこに小指の爪みたいな小さな葉がちょこんと一枚だけついていた。


 あるべきはずなのは足。なのに実際に見えたのは木。

 でも矛盾する話じゃないのだろう。足であり、木でもある。

 車椅子に乗っている理由も……。一人で勝手に納得していた。


「『樹化病』と言っての。体の一部が樹になる奇病じゃ。見ての通り足を患ったせいでの。歩くこともままならんわい。全く動かせんわけではないが立つだけでも半日近くかかるからの」


「それは大変そうだな」


「はっ……若造が……。同情のつもりかの?」


「…………」


 いや……ただ軽く相槌を打っただけなんだが……。

 思いとは裏腹にすれ違いを起こした会話がヒートアップしていく。

 腕を組み顎をあげながら、嘲笑を混じえつつ、捲し立てるように言葉を返される。


「こちとらお前さんが生まれる前からこの足で生きておる。今更若造に同情も心配もされたくないわい。それにのぉ〜。悪いことばかりに目が向くだろうが、良いことも実はあるなんてお前さんには想像がつくかの〜? んん〜? 例えば!! 足が千切れても水をふりかけて押さえてればいずれくっつく!! 木じゃからの」


 ……それは確かにすごい。接木みたいなことなんだろうか?


「それに儂は小人で体が小さい。じゃから介護をするのも楽で、おまけに人の身体を手術する際は細かい処置を丁寧に施せる。気配が植物みたいになっておるのも症状の一種じゃの。これは実際のところ役にたったことなどないが。しかしどうじゃ、こうしてあげてみるといいこともたくさんあるじゃろう。やれやれ、困ったもんじゃ。儂より儂の状況を活かせる人に出会ってみたいもんだわい」


「……あくまで全部『人といる前提』の話で、同族からはヤブ医者扱いされて集落の移動に置いて行かれちゃったみたいだけどね」


「なっ……若ちゃま……!?」


「それにトット。彼は別に同情や心配をしていたわけじゃなくて、単純に相槌をうっただけだと思うよ」


「おぉ、若ちゃまはトットの味方をしてくれませぬのか……。今日の若ちゃまは辛辣ですなぁ……。ご勘弁くだされ……ひ弱な種族に加えて、足も患い、レベルもまともにあげてない。ゴブリンや人の子供にも踏み潰されてしまうような我が身ですじゃあ……手心いただきたいものだがのぉ……おいおいおい……」


 エステルの言葉にトットは素早く反論しながら、言葉の最後には上手く無い泣き真似をしていた。しかし数秒で飽きたのか。何もなかったように顔を上げて、勝ち誇ったようないやらしい笑みをうかべながら、話しかけてきた。


「のお、若いの。お前さん、『怖いものしらず』がどう生まれるか、知っているか!」


「……さあ、わからないな」


「それはのぉ〜『すべてが等しく恐ろしくて仕方ない』ことじゃ。儂をみてみぃ。あまりにも簡単に儂なぞ捻り潰せる存在が多すぎる! 考えるのも馬鹿らしくなるわい! だから儂は考えるのをやめた! つまりそれが、怖いもの知らずという無敵のなり方じゃ! まさか弱すぎるとかえって強くなるとはの! かーかっかっかっ!」


「まぁ、話は分からなくもないけど……」


 机の上で車椅子に乗りながらトットはケラケラ笑っていた。

 なんか小さいだけで普通のひょうきんな爺さんだな、この人……。


「まぁこんな感じだけどね、『人』を診る医者としてならば腕は確かだよ。たぶん、これ以上はこの街じゃ探しても見つからないんじゃないかな。まだこの場所が『別の国』で『魔族が住んでいた』頃から医者だったから魔族も診られるしね」


 食事を終えてナプキンで口元を拭いたエステルがフォローするように言った。


「何か尋ねてみたいことがあるなら、尋ねてみるといいんじゃないかな、今。きっと力になってくれるはずだよ」


「…………」


 ニコニコしながらそう言うエステルに一瞬視線を向ける。

 エステルは「ん……?」と不思議そうに首を傾げて、すぐに「ああ」と納得したように頷いた。


「もしかして僕のこと気にしてる? あはは、心配しないでよ。口は堅いから。ちなみにおじいちゃんもね。そうだよね? おじいちゃん」


「…………」


「ほら」


「……はぁ」


 自信満々に言うエステルだが、呼びかけたおじいちゃんやらは静かにスープを口にするだけで何の反応もしていない。なのにさも当然のように話を進めようとするエステルに思わずため息が出てしまった。


 どこまで信用していいのか。

 どこまで当てにしていいのか。

 塩梅がよくわからない。


 終焉の大陸で生き延びるにも方法があるのと同様、人を頼ることにも色々と方法があるらしいことが最近分かってきた。だが俺は人を頼るやり方はいまいちよくわからない。今もだ。終焉の大陸で生き延びることは十年やってたから分かるが、人に頼ることはあまりやってこなかった。そのツケが今ここになって効いてきている。


 だが目的が目の前にあり、少なからず手が届きそうなこの時点で、立ち止まっても仕方がない話だ。トットの爺さんに俺は、部分的に濁しながらも『千夏』のことと起きた出来事を説明した。

 

「ふむ……」


 話を終えた頃には、トットの顔つきはまるで変わっていた。

 真剣な眼差しのプロの医者としての表情だった。


「典型的な《ステータス》への過信が招いた事故じゃの。特に戦いを生業にする者にありがちなことなことじゃ。戦闘中に少しでも得られる情報を使って、瞬間的に判断し、動く必要があるからだろうの。それは『戦う』なら正しいかもしれん。しかし『育む』にはより『長い目』で見なければならん」


 冷静に言葉を連ねるトットの言葉に、耳を傾ける。


「悪魔族の角は、魔力の貯蓄と吸収の機能にすぐれた器官じゃ。巨人族の筋肉は繊維の一本一本にまで魔力を通せるほど浸透率が高く、魔人族の皮膚は個人ごとにあるといわれる魔力の特徴すら見抜くほど繊細に魔力を感じ取れるという。どれもが強力な特徴ながらも、《ステータス》の【固有スキル】には書かれておらん。つまり種族ごとに山ほどある『ささいな違い』の一つにすぎないということじゃ」


 トットの言ったことは、どれも初めて聞いた情報だ。

 こんなにも大きな違いが種族ごとにあるとは思ってもみなかった。

 しかし同時に、ここまで違いがあると、すべてを把握できるかといえばそれができる気もしない。

 

「《ステータス》が『すべて』ではない……。言わんでも分かっとるだろうが感覚でそれを理解し行動するとなると案外難しいものじゃ。仕方ない話でもあるがな。なまじ生死に関わる部分で習慣化されておると、なおさら染み付いとるし、命に関わるからこそ変え難い。のう、若いの」


「……そういう人がもう一度同じ状況にあわないためには、どうすればいい」


「ふん、簡単な話じゃ」


 ため息のように尋ねると、吐き捨てるようにトットは答えた。


「きちんと子と『向き合い続ける』こと。そして『人を頼る』ことじゃ。『種族差』ですら先に述べたほど違いがあるというのに、さらに『個人差』もあるとなれば一人じゃどうにもならんわ。球体の全貌を一人で見ようとするのも、ユクシアの芽が育った形を定めようとするのも、人の身にはおこがましい。そうは思わんか。究極的に、全てを網羅する『これ』なんてやり方は存在せん。その童の育ち方はその童の育ち方として見つけるしかなかろうよ。儂らは降りかかる目の前の特有の問題に、力をあわせて懸命に対処しようとするしかないのじゃ。そういう意味では童というのもある意味で『災害』みたいよの。かかか」


 トットの言うことは、真っ当だ。それでいてとても正しかった。

 深く納得もできる。


 同時に疑問も残る答えだった。

 実際にそれが正しいと思っていても、俺には途方もない道のりに見えた。

 正しいと分かっていても、実際にできる人は果たしてどれくらいいるのだろう?


 俺は試しに尋ねてみた。


「それならトットさんは、頼めば俺に協力をしてくれるのかな?」


 トットは涼しげな顔で水を啜るように飲みながら──


「お前さんが若ちゃまの願いを叶えてくれれば……いくらでもの」


 直前に人を頼れと言った、同じ人物とは思えない答えだった。

 冷たく突き放すように、視線すらもよこさずに言った。

 その態度にまぁ、そうだろうなと思う。一方的に何かを得ようなんていうのは、ただ相手を舐めている都合がいいだけの考えだ。こちらが助けてほしいように相手だって助けてほしい何かがある。それが現実だ。


 だから、難しい。

 さっき感じた『途方もない道のり』をまさに感じる瞬間だった。

 こういう時に思わず終焉の大陸の過酷で徹底したシンプルさを、故郷のように思い出してしまう。


 でもきっと、それはあまりよくないんだろうな……。

 

 そして話は結局──最初に戻る。

 見計らうように土人形屋のエステルは口を開く。


「僕としては『前払い』でも全然構わないんだけどね? 本人がそういうなら、仕方がないね。それじゃあ『取引』の話をしようか。あ、その前に食事どうもありがとう。久々に至福の一時だったよ」


「……お粗末様」


 妙なところで律儀な男だった。


「取引といっても正確には『依頼』なんだけどね。

 君に、お願いしたい依頼が『最大で二つ』あるんだ」


「……随分と、言い方が曖昧だな……」


「これに関しては、申し訳ないね。僕のわがままだ。どうしても一つ目の依頼の結果をみてから、二つ目の依頼をどうするか決めたくてね。もしかしたら二つ目を依頼するかもしれないし、しないかもしれない。ただ『二つ目の依頼をしなくとも報酬は変わらないこと』と『依頼が三つ以上にはならないこと』の二つは約束するよ。だからあわよくば依頼が一つだったら幸運ぐらいに思ってもらえるといいかな?」


「……それで、依頼の内容は?」


 まだ依頼を受けるかどうか決めたわけじゃない。

 話を強引に進ませる。エステルは頷いて続けた。


「二つ目の依頼は置いといて、ひとまず確実にこなしてもらいたい一つ目の依頼のことから話すね。端的にいうと僕の行方がわからない『兄』を一緒に探してもらいたいんだ」


 行方不明の兄をさがす……。

 

「いなくなった、というのはどういう風に?」


「『奪われた』んだ。力づくでね……。強引で、傲慢で、強欲なやつだ」


 奪われた……つまり、『誘拐』ということだろうか。

 このときずっと笑みを浮かべていたエステルの表情に初めて、陰りが帯びていた。

 だが気にせずに話を続けた。


「相手が誰かが分かっているのに『行方不明』?」


「奪った人物からまた別の人物に移ってる可能性があるんだよ」


「……なるほど」

 

 それなら行方がわからないというのは納得できる。

 ただ疑問なのは──なぜ俺なのだろう?

 この依頼のためにここまで回りくどくアプローチするほど、俺に固執する理由がわからない。


 確かに感知には自信があるが、それは自分の身の安全を確保するためのもので、いなくなった人を警察犬のように探りあてるようなものじゃない。同じことをやってみるとしても、やったことがないんだから、できるかどうかはわからない。


 そんな力をあてにして俺に近づいてきたのだろうか。


「これは君が失敗するか成功するか──そういう話じゃない。君が引き受けてくれるかどうかなんだ。君が引き受ける時点でやがてすべて達成される。そういう風に『なってる』からね。手順だって、抜かりなく揃えてある。だから君も深く考えないでいいよ。君も僕たちのことに、余計な思考を割いて考える労力を払いたくはないでしょ?」


「……手順というのは?」


「……本当はそういうのは引き受けてくれたあとに教えるものだけどね。まぁ、いいや」


 そうして依頼の段取りの説明を受ける。

 正直、あまり気の進むやり方ではなかった。

 でもその方法をとるべき理由も丁寧に説明されて、さらに俺自身のメリットも用意させられていた。抜かりがない。気付けば無理やり話に納得させられている。


 周到だった。嫌味なほどに。

 もはや、なぜ俺へのメリットを用意できるのかといちいち尋ねるのもやめていた。

 ただこれだけは尋ねた。


「……それで結局あなたたちがどういう人たちなのか、俺はまだ聞かされてないけど」


 そう尋ねると。


「一度、『取引』を整理しようか」

 

 エステルは質問には答えず、微笑んで言った。


「僕は君に『二つの依頼』をお願いする。

 君が依頼を引き受けて達成したときに僕から渡す報酬は『医者のトット』と──そして『君を知っている人物の情報』だ。他にも欲しいものがあればその時に言ってくれれば、『依頼で手に入れた物以外』は何だって差し出すよ。まぁ要相談だね」


 そういえばあの勇者の像を仕込んだだろう俺を知ってる何者か。元はといえばその話が発端だったか。今まで頭から離れていて若干忘れていたが、教えてもらえるのなら教えてもらおうと口には出さなかった。


「そしてさっきも言ったけど『二つ目の依頼』を頼まなかった場合でも、報酬の条件は同じだ。ただ依頼することになったら報酬は二つ目の依頼の後回しになるだろうね。それだと寂しいから、こうしようか。一つ目の依頼を達成した時点で、君から僕たちへの質問があれば『何でも答える』こと──それを報酬として加えるのはどうかな。これは『二つ目の依頼』がどうあれ達成した時点で報酬として支払うよ」


 回りくどさに少し呆れる内心が、口調に出てしまうのを自分でも感じながら、尋ねた。


「今教えてはくれないのか?」


 エステルはフッと笑って言った。


「アキ。今君にとって僕は、先回りで君の事を知っておきながら自分の情報は出し渋って人を操る、いけ好かないやつにきっと見えているんだろうね。実際そうだから仕方ないんだけどね。でも僕たちが君に対して知っていることは……意外と多くないんだ。何ができるのか? どんな立場で誰と繋がりがあるのか? どんな……人となりなのか。こうみえて実は結構手探りなんだ。だから全く不安や恐怖がないわけじゃない。それでも衆目に晒したくない姿を見せたり、活動の拠点につれてきたり。割と頑張って、先に差し出してきたつもりではあるんだ」


「…………」


「まぁ、それすら、僕たちの勝手な都合で君に関係ないことは承知の上だけどね」


「そうだな」


 そう答えるとエステルは少しおかしそうに笑って言った。


「すごくはっきり言うんだね。まぁ、思ってること隠されるよりはいいけどね。それで一応話は概ね出揃ったけれど君の答えを聞かせてもらえないかな? 『取引』をするか、しないか。今ここではっきりとした答えを、君の口から聞かせてほしいんだ」


「…………」


 一度大きく息を吐き出す。

 答える前に、きちんと考えるための間を無理やり作った形だった。

 だがその必要はなかった。もう一度考えても『答え』は変わらなかったから。


「──受ける」


 そう答えると、小さな歓声のような声が上がった。

 

「……ッ!! 本当かいッ! そうか……良かった!

 じゃあこれでひとまず僕たちは『仲間』だね! よろしく頼むよ、アキ」


「よろしくのぉ〜、若いの!」


「…………」


「そうだ。報酬の前払いってほどでもないけど、もし必要があるのならこの『屋敷』なら自由に使っていいからね。掃除するのが面倒でここしか使ってないけど、他にも部屋は余っているから。ちょっと掃除が必要だけどね」


「あぁ……。それなら言葉に甘えて、使わせてもらうことになるかもしれない」


 あとでその部屋に【部屋創造】で『ドア』を作ろう。

 樹海にある『ドア』から街までやってきて家を買い、『ドア』を作ったもののすぐに無くなって、今度は樹海ギリギリの古い屋敷に『ドア』を作る。二歩進んで一歩戻るみたいな感じか。


 この人らにも、能力がバレるかもしれないが、すでに何をどこまでバレているかもわからない相手にそれを考えても仕方がない。現状に対して取れる手段がほぼない以上、罠だろうが先行きが見えなかろうが、進むしかない。


 だから気にしすぎるのはやめた。

 取引をすると決めたのも同様の考えだ。


 そして……一番の決め手になった理由は『罠が』とか『信用が』とか、そういう小難しい理由じゃない。

 ただ屋敷を一目見たときから思っていた、一つのシンプルな考えが俺の背中を押した。


 机に肘をつきながら、屋敷の壁についた大きな窓へ視線を向ける。

 汚れたガラスは見通しが悪い。それでもあまりにも近いせいか、窓の外にある、見下すようにそびえた『大樹海』の木々が目に入った。


「(ここならば……。ある日突然、樹海に飲み込まれて家が一つ無くなったところで、誰も気づかないし気にしないだろうな……)」


 それがこの日得た中で、一番信用できる『事実』だった。

 


 そして次の日。

 俺はエステルの計画通りにするため、『冒険者ギルド』を訪れた。

 

【新着topic】


【地名】


『テールウォッチ』 


ウォンテカグラに所属する危険地帯に面した街。街全体が下を向いたくの字型で危険地帯『ケルラ・マ・グランデ』に大きく食い込む形をしており、街そのものが防壁の役割をしている。そのため国と街の境目には巨大な壁が建っている。街を縦に中央でわけた場所には栄えたメインストリートがあり、街を横にわけた場所には水竜によって水が管理された竜川が流れている(緑竜王とは無関係)。ストリートと河川が交差する場所には巨大な橋があり、国内側の『石の街』と危険地帯側の『木の街』の二つを繋いでいる。街自体の特殊性から政治的にも色々思惑が絡んでいてややこしく不安定だと噂されながらも、世界最大の危険地帯へのアクセスと終焉の大陸へ唯一船を出航できるため冒険者人気は高い。特産品は木材とその加工品、きのこ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ドアて大陸の魔物の攻撃や環境変化にもびくともしないんじゃなかったっけ? ただの火事で燃えてるのに違和感。
[気になる点] 魔族の名前がそろってきたけど数が合わないな……? 魔人族、天使族、悪魔族、獣人族、森人族、花人族、鉱人族、巨人族、小人族、辿魔族 自分が把握してるだけで十種族いるけど、魔族は九種族…
[一言] せめて自動ではなく故意であればまだ納得もいくが。
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