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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第3章 街、未知、無知……既知

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第103話 【並列空間と縮小世界】


 陸地が蹴って空けた空間の穴を、くぐって

 中に入って広がる光景を、目に入れる。

 思わず千夏とアウレンくんのように、辺りを見回してしまった。


 この場所の光景は、想像以上に奇妙なものだった。


 どこまでも続く、平坦な青い地面。

 その地面を真四角で区切るように、ネオンの線が果てしなく刻まれている。

 バカみたいに大きな方眼紙の上に立っているみたいだ。


 だけど方眼紙というには色合いに『サイバーっぽさ』が強い……。だから作り始めたばかりのゲームの世界に、迷い込んでしまったような光景、といえばあってるだろうか。何にせよ、ファンタジーの世界にあるまじき景色だ……。


 終焉の大陸が自然を凝縮した無機質だとしたら。

 ここは真逆の、人工を凝縮した無機質さを感じる場所だった。


「これはなんですか?」


 アウレンくんがこの場所にあった物に指さして尋ねた。

 おそらくそれは、俺たちが入ってくる以前から、置かれていたものだ。


「んー……魔導具だな、それは。『自動車』っていうやつだ」


「あ! 僕、知ってます! 最近大都市とかで獣車の代わりに使われているやつですよね! うわーこれがそうなんだ!」


「…………」

 

 興味深そうにアウレンくんが見ている。

 千夏も少し気になっている様子だった。


 車か……。

 あるとは聞いていたが、もう見ることになるとは思わなかった。

 詳しくないからわからないが、少し古めの外国っぽいデザインの車だ。

 古いのはこの世界の文化水準がそれくらいなのか、あるいは単に陸地の趣味なのか。


 …………たぶん陸地の趣味な気がする。


 車の周りにはバーベキューセットやテントが張って置かれていた。

 その周りに、微かにゴミが散乱している。

 無機質な空間と言ったが、それを掻き消すほど生々しい生活感が漂っていた。


「それでここはどういう場所なんですか?」


 触れるにはあまり時間に余裕のある状況じゃない。

 見ないふりをして話を進める。


「そうだな。先に、説明をしておくか。俺の能力についてな」


 言いながら陸地は、入り口の穴に移動しつつ、こちらに向き直った。


「いいか、俺のこの位置をよく覚えておけよ?」


 そして陸地はその場所から、『一歩』だけ前に進んだ。

 それから少しまっても二歩目は進まない。

 意味ありげに一歩だけ進んで立ち止まったままの場所で、陸地はしゃべり始めた。


「今ここで空間から外に出たら、俺は外の空間で『十歩』進んだことになる。今俺が進んだのは『一歩』なのにも関わらずな。大体そういう能力だ。わかるか?」


「……なるほど」


 それは簡潔でわかりやすい説明だった。


 つまりこの場所は、外の『十分の一』の空間だ。

 普通にこの空間で進んで外に出れば、結果的に十倍の速さで進んだところに出ている。

 百メートル進むと一キロの場所へ、一キロ進むと十キロの場所へ。

 十キロで百キロ進めると考えると、有益さをより強く感じる。障害物もないし。

 かなり『移動』に重点を傾けた、能力。


 それで──【縮小世界】……というわけか。


 少し、俺の【部屋創造】に似ているかもしれない。

 でも行ったことのある場所にしかいけない【部屋創造】に対し、【縮小世界】はおそらくどこにでも行ける。


 もし俺がこの能力だったならば……。

 もしかしたらすぐに『終焉の大陸』を能力で脱出していたかもしれない。


 そう考えると俺の能力よりもさらに移動の利便性へ傾けた能力だ。


「(その分、【部屋創造】は快適性に傾いているんだろうけど……)」


 生活臭漂うテントと車に視線を一瞬向けて再び逸らす。

 結局似ていると言っても【能力】はあまりに千差万別だ。

 細かいところが全然違うし、きちんと比較をすると全く違う能力だというのを強く感じた。


「すごい便利そうな能力ですね。

 ……それで、どうやって『上』に?」


 そして現状──気になっていることを尋ねた。

 陸地の能力のことはわかった。だけど『飛んでいるドラゴンがいる場所までいく』という問題について進展したことは現状まだ何もない。


「…………」


 陸地は手を組みながら、黙っていた。


「陸地さん……?」


「……どうすればいいと思う?」


「え?」


「うーん……」


「…………」


「……実は俺の能力は上下にも『効果』がある。ただ地面の移動と違って、上下の縮小は外の『半分』でしかない。一歩分が二歩分になるだけだ」


「それは……」


 ──結構、厳しい。

 

 ドラゴンのいた高度は、相当な高さだ。

 半分になったところで、人間にどうこうできる高さじゃない。

 高層ビルの高さが半分になったところで、ジャンプでそこにいけるかといったら、無理な話なのは変わらない。


 それこそ『羽でも生やす』わけでもないと……。


「さすがにあの高さまでは、無理だと思います」


「……まぁ、そうだろうな。俺も、さすがにそこまでは期待してはいない。だが出来るだけ高い地点で、もう一度空間に『穴』を開けて外にでたい。そのための、何か案はあるか?」


「……それは、どうしてですか?」


「理由はあとで説明するが、端的にいえば俺の能力はまだ続きがある。だが口頭だと話が長くなるからな。今は、とにかくできるだけ高い位置で穴をあけられる案が欲しい。何かあるか?」


 そう言われて、よくわからないまま、考える。 

 何か案はあるだろうか?


「一応これならあるが……」


 そういって陸地は『スコップ』と『脚立』を車のところから持ってきた。

 うーん……? 脚立はわかるけど……。


「……スコップ……は、それ、どうやって使うんですか?」


「もちろん『掘る』ためだな。ちなみにこれが今の最有力案だ。

 四人もいるから、いつもより早くほれるぞ?」


 そういって陸地は地面にスコップを突き刺し、ざくざくと土を掘り起こして盛っていく。

 

 まさか……。

 陸地はこの調子で土を積み上げて高さを稼ぐつもりなのだろうか……。

 というか、ここの地面が掘れること自体が意外だった。でも確かにさっき陸地は『上下の移動』って言っていた。ならば上はともかく、下なんて地面を掘らなきゃいきようがないから、当然といえば当然か。


「(掘るのは嫌だな……)」


 しれっと千夏とアウレン君も頭数にいれられてる。

 山盛りになっていく青色とネオンの線が入り混じった変な土。

 だけどどう見ても重労働な割にペースが遅すぎる。


 なんかないだろうか、そう思って辺りを見回す。

 そして入り口の穴の外にあるものを目に入れて、一つ、閃いた。


「ひとまず、これなら……」


「なんだ? 何か思いついたのか?」


 陸地が手を止めてこちらを見てくる。

 気にせずに、空間の穴に近寄って歩いた。


 そして外のあるものに向かって、狙いをつける。

 狙いはあちこちでドラゴンが生やした……『木』。

 入り口のすぐそばにあるものに魔力を通すと、俺の魔力が木全体を覆ってすぐさま操れるようになった。


 その木を『成長』させて、にょきにょきと【縮小世界】の中に入れるように伸ばしていく。


「……【植物魔法】か。随分珍しいことができるもんだな。亜人や魔族の専売特許だと思ってたが。『人間』がやってるところをみたのは初めてだ。それにしても、随分うまくやるな」


 ……確かに俺も、ここまで簡単にできるとは思わなかった。

 やったのは二回目だけど以前やった『竜木』はこんな簡単にはいかなかった。色々と条件が違うのは分かっているが、それにしたって操作が簡単すぎる。

 あくまで一つの生き物に干渉して合わせてる感じが、竜木のときはあったのに。一切の抵抗が何もなく、木自体が自分で選択して動いていると錯覚してるんじゃないか。そう思うほど、自分の手足のように操れる。


 何か相性でもあるのだろうか?


 疑問に思いながらも同じように他の木を何本か操って、できるだけ高い場所まで伸ばした。

 歩きやすいように螺旋の形を描く。

 陸地はやがて出来上がった木の螺旋階段のようなものをみてつぶやいた。


「……大体十メートルくらいか。上出来だぞ、アキ」


 そういって、脚立とスコップを持った陸地が、身軽に木の頂上にまで登っていく。

 そこで何をするのか見ていると、上向きに殴って空間に穴を開けていた。

 穴ができると陸地の姿はその中に消える。


「……俺たちも登ったほうがいいのか?」


 疑問に思って呟くと、頂上の穴から「アキたちも登ってこい!」と陸地の声が聞こてきたため、アウレンくんと千夏を連れて木を登った。頂上までくると陸地の空けた穴の様子が見れるようになったため、覗いてみると、一度は外に繋がっているものの、またすぐに【縮小世界】への入り口が開けられていて、実質二重の穴になっていた。


 その先で陸地がこちらを見下ろしている。


「ガキたちを渡せ」


 上にいる陸地に、アウレンくんと千夏を持ち上げて渡していく。

 そして最後に俺がジャンプで穴に入って、他の三人がいる場所にまでくると、あたりを見回した。

 

 どうやらここは、さっきみた【縮小世界】と全く同じの場所みたいだ。

 少なくとも見た目は何も変わらない。同じ景色が広がっている。


 ただほんのすこし違うのは陸地の生活感漂う私物や、伸ばしたドラゴンの木がきれいサッパリ無くなっている。まるでリセットされたかのように一新された空間。そんなふうにみえた。


「高さごとに別の【縮小世界】につながるって言ったら、分かるか?」


 不思議そうに見回していたのに気づかれたのか、尋ねる前に陸地は喋り始めた。


「例えば、そうだな。さっきの場所が【縮小世界】『1』だとしたら、ここはよく似た別の【縮小世界】『2』という場所だ。【縮小世界】はいくつかあり、どこにつながるのかは『空けた穴の位置の高さ』によって決まる。大体人間一人と半分くらいか、二人分ほどの高さくらいで、切り替わるわけだが。

 要するにさっきアキに頼んだのは、できるだけ高い位置の【縮小世界】に移るためのものだ。何度も空間を移るのはメンドウだしな。おかげで実際の位置でいうと【縮小世界】『7』ぐらいまではこれた」


「別の場所……。だからさっきの『自動車』がなくなってるんですか?」


 アウレンくんが陸地を見上げて尋ねた。頭を撫でながら陸地は答える。


「ま、そういうことだ坊主。景色は同じだが、全く違う場所だからな」


 ──逆に言えば。


 同じ空間なら物を置いて使えるということだ。

 だからああして車が以前から置かれていたのだろう。


「地面の高さも変わるんですね」


 そういうと、陸地は頷いた。


「そうだな。【縮小世界】はつながる穴を基準に地面が広がっている。見ての通りな」


 陸地の能力──【並列空間の縮小世界】。


 進む距離が十倍増になる【縮小世界】。

 そしてそれが上下に並列していくつも存在するのが【並列空間】。


 つまり今みたいに次の段への移動を繰り返せば、少しずつ上に登っていくことはできるわけだ。


 ただ問題なのは──。


「それで『次』はどうする、アキ?

 見ての通り『木』はここでは難しいぞ。

 もうここからは掘るか? ん?」


 そう、さっき上がった方法はもう使えない。

 そうなると陸地の言う通り別の方法を考えなければならないわけだけど……。

 どうしてそんなに地面を掘りたがるのだろう。しかも、ちょっと嬉しそうに。


 結局そのあと【アイテムボックス】にあった『馬車』をとりだしてその上に脚立を置き、その上で陸地に穴を開けてもらう方法で陸地を説得し、それで移動した。


 何度目かの空間の穴をくぐった後に、陸地は言った。


「──そろそろいいか」


 そういうと馬車や脚立の上ではなく、地面の上で陸地は空間を殴りつけた。

 そして横向きに穴をあけると、途端に穴から冷たい風が強く吹き込む。

 

「わぁ〜……すごいですね……」


「…………」


 穴から見える景色は絶景だった。

 世界が丸みを帯びて見えるほど高い位置だからか、沈みかけた夕陽がまだ遠くに覗けて、頭上では夕焼け模様と星空がグラデーションのように空を染めていた。幻想的でとても見栄えがいい。

 真下には小さくなったテールウォッチの街が見えて、地平線の方へ視線を変えると他にもぽつぽつとある他の街が目に入った。


「さーて。ドラゴンのやつは……」


 言葉を失って眺めるアウレンくんと千夏の横で、冷静な陸地が視線を動かしながらつぶやく。

 ドラゴンの気配は、かなり下にある。どうやら大分通り過ぎてしまったらしい。


 それにしても、結構な時間を登るのに費やしてしまった。

 果たして街の様子は大丈夫だろうか。

 そう思ってドラゴンに視線を向けると、そこには意外な光景が広がっていた。


 ──空中で、誰かがドラゴンと戦っている。


 しかも戦っているのは、見覚えのある人物だった。

 あの、有名人の冒険者だ。


「ほーう。やるな、アイツ。『魔法剣士』か……羨ましいな。

 確かさっき『パーソン』とか言われていたか?

 『パーソン』……フッ、《冒険王》の系譜の、『英雄』か」


 冒険者の男は空中にいるが、飛んでいるわけではない。

 足元にだけ薄くある『地面』に立って、剣を構えて戦っている。


 さらには地上からの援護射撃もあった。さっき一緒にいた冒険者仲間のだろうか。巨大な石が一定のペースで砲弾のように飛んでいる。巨石が燃えながら高速で回転し、重力を逆らって空を登る強烈なものだ。それを避けようとするドラゴンだが、空中の冒険者の男が先回りして叩き、身動きできなくして無理やりぶつけていた。かなりレベルの高い連携攻撃だ。


 巨石があたったドラゴンは、ぐらりと空中でよろけている。

 だがそれでもやられたり、落ちたりする様子はない。


「……あれで落ちないのか?」


 陸地が唖然とした様子で呟く。


「あの人、どうやって空中で立ってるんだろう? あれも、クーガーさんみたいなのと同じ、能力なんですか?」


「あれは『能力』とかじゃなく、立派な『技術』だな。発動した魔法の上に立ってる。しかしあれはいいな。俺も乗せてもらおう」


 そう言って陸地は穴の縁に片足をつけて、外側に半分身を乗り出した。


「アキはここから、援護を頼む。ガキンチョ共を落とさないようにしろよ。それと穴は塞がりそうになったら、バリバリして取れ。そうすれば少しは長持ちするからな」


「わかりました………………援護?」


 咄嗟に返事をしてしまい、尋ね返したときにはもう陸地は大空に飛び出していた。

 穴から顔を出して陸地の姿を追うとどんどんと小さくなり、あっという間に豆粒のように小さくなる。アウレンくんと千夏も穴の縁に手をかけて顔を半分だして覗き込んでいた。


 ……確かに陸地の言う通り、落ちないように気をつけないとな。


 陸地は空中を蹴って方向を調整しながら、今まさに行われている戦いに文字通り飛び込んでいく。

 そして、そのままドラゴンの体に直接飛び乗っていた。



「──GYAAAAAAAAOOOOO」



 唐突に飛び乗ってきたことに驚き、抵抗するようにドラゴンが暴れている。だが陸地は気にせず大きなドラゴンの体に跨って何度も殴り続けていた。一発殴られるたびに、浮かんでいるドラゴンの体が、ガクリと高度が下がる。


「おいッ! 俺も足場に乗せてくれ!」


 陸地が叫ぶ。

 唐突に現れた存在に目を丸くしていた冒険者の男が我に帰ったように言葉を返した。


「わかったッ! 今、広げるッ!」


 空中に作られた薄い地面が広がっていく。

 それを見届けた陸地はドラゴンの顔付近のどこかを掴むと、雄叫びをあげた。


「うおぉぉぉぉおおおオオオオオオッッッッ!!!!」


 そして──ドラゴンを思い切り投げ。その巨体を空中の地面に叩きつけた。

 唐突な衝撃に、冒険者の男の顔が一瞬、苦渋に歪む。


「…………。ドラゴンが降りるとは聞いていないが……。まぁいいか……」


 すぐそばに叩きつけられたドラゴンを見て冒険者の男が呟く。


「ぬおぉぉぉぉらぁぁぁあああアアアア!!!!」


 息つく間もなく、地面に降りた陸地は、ドラゴンの大きなしっぽを掴みまるでバットのように巨体を振り回す。


 直後、ドラゴンの体は空中を進む途中で、何かに叩きつけられた。

 障害物なんか微塵もありはしない上空で。『何もない空間』に思い切り当たった。


 ガラスが割れるような音が周囲に響く。

 同時に空気中には、今まで見た中で一番大きな『空間のひび』が入っていた。


 ドラゴンが苦しげな鳴き声を口から漏らす。

 陸地は一切気にせずもう一度同じ場所に叩きつけた。

 そしてさらに三度目を陸地が振りかぶったとき。ドラゴンの様子が変わった。


「GLAAAAAAAAAAAA────!!」


 抵抗するように身を捩らせて、翼をはためかせる。

 

「ぐっ……」


 顔を歪めて、苦しげに声をだす陸地。

 どうやらドラゴンが翼をはためかせるせいで、振り回している途中で勢いを殺されているようだった。そのせいか振り回しても、さっきまで当たっていたはずの空間を通り抜けてしまっている。結構な勢いが空間に叩きつけるには必要なのかもしれない。


 俺は石を取り出し、空間の穴から思い切り、ドラゴンに向けて投げつける。

 

 投げた石は一瞬でドラゴンに近づき、そして通り過ぎた。

 間にドラゴンの体があったことも感じさせないほど滑らかに。


 だが投げた石は体をすり抜けたわけじゃない。

 その証拠にドラゴンの翼の付け根部分には石と同じ大きさの穴が空いていた。


 片手で握れるほどの石だからさすがに翼が取れるほどの傷ではなかった。

 それでもドラゴンから苦悶の声が漏れて、動きが鈍るくらいには効果があった。


 その隙を、陸地が見逃さなかった。


「ドラァッ!!」


 ドラゴンが空間に叩きつけられ、巨大な穴が空間に出来上がる。

 これまでで一番大きかった。割れるときの音も、開いた空間の穴の大きさも。

 ガラス片のように舞い散る空間に彩られながら、ドラゴンの姿が穴の中へ消えていく。


「……大詰めだな」


 陸地が地面から空間の穴に飛び移る。


「そこの御仁 ! 俺もついてっていいか!?」


「あぁ、いいぞ。こい」


 そんなやりとりのあと、陸地と冒険者の男の姿は【縮小世界】の中に入り見えなくなった。角度的にこれ以上ここで眺めていても見えることはなさそうだ。


「いなくなっちゃいましたね……。クーガーさん……。大丈夫かなぁ……」


「たぶん、大丈夫なんじゃないかな?」


「そうですよね!」


 アウレンくんがほっとしたように笑みを浮かべる。

 手持ち無沙汰な時間だった。

 千夏の様子が気になってみてみると、穴の縁をなにやらじっと見ている。


「…………? どうかしたのか? 千夏」


「……何か、できてる」


 大きな目でこちらを見上げながら、穴の縁を指差していった。


「わっ……。本当だ!! アキさん、穴が段々塞がっていってます!! このままだと……閉じ込められちゃう!!」


 確かに穴の縁には、透明度の低い曇ったガラスのような膜がじわじわとできていた。しかもだんだん範囲が広がっている。少しだけ観察していると、徐々に膜は完全な透明になったあと外の景色がみえなくなり、完全に【縮小世界】の空間と同化するようだ。そうなるともう触れなくなっていた。


「そういえばバリバリやればいいって、陸地が言ってたな。……バリバリってなんだ……?」


「あっ、これ触って取れます! アキさん!!」


 半透明の生えてくる空間の破片は、能力者本人でないはずの俺たちでも触れるみたいだ。半透明のうちにその部分を触って取ろうとすると、せんべいを割るみたいに折って取れた。バリっと音をたてて。要するにこれをバリバリと取って長引かせておけということなのだろう。


 千夏とアウレンくんと一緒にバリバリとっていく。

 でも二回目に生える空間が一回目よりも硬かった。生える空間は徐々に硬くなっていくらしい。

 こうなると陸地の帰りが遅ければいよいよ閉じ込められることになりそうだ。


「よーう。悪い、待たせたな」


 陸地が現れたのは、生える空間が硬すぎてアウレンくんと千夏のやることがなく、俺が叩き割っている状態のときだった。冒険者の魔法に乗ってやってきていた。


「ドラゴンはどうしたんですか!?」


「とりあえずタコ殴りにして空間に閉じ込めてきたからもう大丈夫だ。心配ないな」


「まだ生きてるんですか?」


 アウレンくんに答えた陸地の言葉が気になり、尋ねた。

 するとばつが悪そうに、陸地と冒険者の男が顔を逸らした。

 ……結局決定力不足はどうにも補えなかったみたいだ。


「……俺たちが弱いんじゃない。アイツが丈夫すぎる。それだけは言っておくからな。……ま、いいんだよ。別に生きてるなら生きてるでな。あとで『魔獣国』にでも、高く売っぱらえばいい」


「そうですか」


 『魔獣国』が初めて聞いた単語なのでわからなかったが尋ねている余裕はなかった。

 完全に空間の穴が塞がる前に、全員で【縮小世界】から外にでる。

 そして冒険者の男が魔法で作った土の階段を降って、地面にまでスムーズに戻ってこれた。


 ……これ、陸地はあの能力でどうやって下まで戻るつもりだったのだろう。

 考えてみればあの能力、上もそうだが下へいくのも相当大変だ。

 今度こそ本当に地面を掘る可能性もあったかもしれない。


 ……冒険者の人がいてくれてよかった、本当に。


 地上まで降りると、歓声で迎えられた。

 陸地と冒険者の男が目を合わせる。そして陸地は首を振ったあと顎で観衆の方をさしてクイクイっと動かした。それをみて、冒険者の男は少し迷いを見せながらも頷き、観衆の中へ入っていく。


「──ドラゴンは、俺たちが倒した!! もう心配はいらないッ! 全員、よく食い止めたな!!」


 観衆の中で大々的にあげられた声に、歓声がいっそう大きくなる。

 

 さっきの視線のやりとりは、どちらが矢面に立つのかを決めるためのものだったのだろう。

 単純に考えるなら、どうにかドラゴンを抑え込めた功績は、陸地の能力によるものがやっぱり大きい。もし陸地がいなければ、根本的な解決はもっと難しかった。それは明確な事実だ。


 一方地上に降りてきて気づいたのは、重傷な人の姿が見当たらないことだ。それにいる人の表情が明るい。もし俺たちが空間を登っている間に、もっと壊滅的な被害を街や住人たちが受けていたら、今頃は怪我人の搬送や救助などで俺たちどころじゃないはずだ。

 つまり冒険者の人たちはかなりしっかりとドラゴンの攻撃を食い止めていた。そのおかげで重傷者はすでに移動を済ませていて、今ここにいる人たちは歓声をあげる余裕がある。もしまだ生々しく死体や怪我人が転がっているとしたら、さすがにこんな明るい雰囲気にはなれないだろう。


 それらを考えると、冒険者の男が矢面に立つ資格は充分なように思えた。

 ……むしろ偉そうに評価を下している俺自身が、一番資格がなさそうだ。


 冒険者の男は、観衆に囲まれ、声をかけられている、

 律儀にも、男は一人一人に答えを返していた。


「本当に助かりました」


「あなたこそ、よく頑張った」


「さすが『Sランク』だな!」


「そっちもさすがだ。世界最大の危険地帯と共に生きる冒険者の実力も見せてもらったぞ」


「おじさん、ありがと〜」


「どういたしまして、お嬢ちゃん。でもまだ俺はおじさんじゃない、わかったかな?」


 それから徐々に、かけられる声の内容が変わっていく。

 だがその内容は……俺にはよくわからなかった。

 男の個人的な事情についてだったからだ。

 『有名人』って話だから、みんな冒険者の男の事情をよくしっているのだろう。


「ウェイドリックさん、あんたの夢も叶えられるといいな!」


「応援できることがあれば言ってくれ、頑張れよ!」


「あんたのロマンを馬鹿にしてるやついたら俺が代わりに殴っておくぜ!」


 そんな応援の声が。

 あまりにもかけられる声が多く、冒険者の男は一つ一つ答えを返しきれていない。


 どうするのかと見ていると、唐突に、冒険者の男は片手を大きく上へ掲げる。

 その瞬間から、声が少しずつ、自然に止んでいった。

 そして一番静まったタイミングで、冒険者の男は声を張りながら観衆に告げた。


「諸君、応援の言葉をありがとう。それは嬉しく、励みになるものだ。感謝するぞ! そしてどうか、期待していてほしい。俺はいつか必ず、果たしてみせる。我が祖先、未だ色褪せることのなく人間の英雄であり続ける《冒険王》の意思を継いで、我々が──『終焉の大陸』の完全踏破をしてみせる!」


 その瞬間、わっと、歓声と拍手で辺りが沸き立った。


「(──終焉の大陸……)」


 思いがけず出てきた言葉に、冒険者の男の顔を見た。

 だけどだからといって何がどうというわけでもない。

 そこに感慨が特にあるわけでもなかった。


 ふと、肩に体重が乗ってそちらをみてみると陸地が肘を乗せていた。

 今日一日でだいぶ陸地のことがわかってきたが、この人は距離感が相当近い人だ。


「フッ……眩しいな、『ヒーロー』ってやつは」


 まるで俺の気持ちが分かってるとでもいうかのように陸地が言った。

 そして陸地自身、どこか思うところありげに、冒険者の男に視線を向けている。


 ……別に俺はそういうつもりで見ていたわけじゃないんだけどな。


「譲らずに、一緒に倒したことにすればよかったんじゃないですか?」


 陸地は首を横にふった。


「柄じゃあないな、俺には。『ヒーロー』は似合わない。

 憧れはするけどな。そういうもんだろう? 

 ──『現実』ってやつは」


「そうですかね」


 無難に言葉を返す。

 ふと、こちらに駆け寄ってくる人がいた。


「アウレンッ!」


「あっ、師匠〜!」


 アウレンくんの師匠だった。そういえば、一応俺はまだ依頼の最中ということになるのだろうか。


 少しだけその師匠とアウレンくんを交えて会話をして、今日の依頼は完了したということで話をつけて、アウレンくんは師匠と共に帰っていった。


 そろそろ、結構薄暗くなってきた時間だ。街灯もぽつぽつとあかりを放ち始めている。

 色々あったがこれ以上ここにいてもやれることはなく、俺たちも帰るには頃合いかもしれない。冒険者や街の人たちは何やら盛り上がっていてこれから宴会する気まんまんのような雰囲気だけど。


「アキ、少し話をしたい。ここでしたい話じゃあないから場所を移す。もう少し時間をとってついてきてくれ」


 そんなときに、陸地に声をかけられた。

 なんだかこれまでと違う、ぎこちない雰囲気が、少しきになった。


「…………? 千夏も一緒でいいんだったら」


「あぁ、構わん」


 そういって喧騒から少し離れた、建物と建物の間にある細く薄暗い路地の中へと連れていかれた。寂しそうに一本だけ光の灯った街灯の下で片手に千夏の手を握りながら、正面から陸地と向き合う。


「それで、話というのは?」


 尋ねると、陸地は、表情が引き締めて言った。


「お前……俺に何か、『隠していること』があるだろう。アキ」


「…………」


 ──これは……。


 果たして……『どれ』、なのだろうか。

 わからないが、確実にこれまでとは違う、張り詰めた空気だった。

 さっきまで、あるいは今もすぐ側で、陽気にドラゴンに勝ったことを祝ってるとはとてもじゃないが思えない。


「……俺たちは今日会ったばかりなんだし、秘密も何も、無いんじゃないですか?」


 はぐらかすように言うとすぐに「違う」と返事が帰ってきた。強めの語調に千夏の体がビクリとゆれる。


「俺が言っているのは、そういうことじゃない。

 だってお前、『今この瞬間も』、そうなんだろ?」


「……………。

 陸地さんは、俺が何を隠していると思っているんですか?」


 はっきりしないので、真っ直ぐに尋ねた。

 最悪千夏を連れて、逃走をする必要がある。

 そう思って、千夏の手を確かめるように握った。


 陸地の視線がそんな手に一瞬移動するが、すぐにはずれた。


「……いいのか、アキ? 俺が示して。構わないんだな、お前は」


「いいですよ」


 そう答えると、陸地はゆっくりとこちらに詰め寄ってきた。

 緊張感のある時間だった。


 あと一歩進めばお互いに体があたるだろう地点で陸地は止まる。距離を詰めている間、陸地の視線は真っ直ぐ俺を捉えて離さなかった。嘘や誤魔化しなんか、容易く見透かしてしまう。そう信じてしまってもおかしくない強い視線だった。


 それを真っ直ぐに受けて、陸地の言葉を待った。


 そして次の瞬間──陸地の姿が視界から消えた。


「…………?」


 消えた陸地の姿を追って、視線を移す……下に。


 そこにはしゃがんで千夏と視線を合わせた陸地の姿があった。

 陸地は千夏の頭に向かって手を伸ばし、被っている帽子を掴んで……取った。


 ──ピョコピョコ。


 伸ばされる手を怖がって後退りした千夏の行動も虚しく、帽子で隠していた耳が空気に触れる。

 飛び出した獣耳は、緊張しているのか落ち着かず動いていた。


「……『魔族』。それも……『獣人族』か」


「…………」


「はぁー……俺は悲しいぜ……。アキ」


 陸地は帽子を千夏の頭に戻して、立ち上がる。

 そして俺へ視線を戻して、ニヤリと笑みを浮かべながら言った。

 

「俺が魔族の子供を、お前が連れていることを知って、態度を変える奴だなんて思われたことがな。そんなに隠さなくてもいいだろう? 固く、手まで握りやがって……このやろう」


「…………」


「フッ……冗談だ。隠す気持ちはわかるし、判断は正しい。お前の考えは充分理解できるものだ」



 ──そっちのことか。


 そんなふうに、内心でほっとしていた。


 本当にバレてはならないことは、まだ気づかれていなかった。

 さすがにバレようがないはず。そう思っていても『ありえない』とは言い切れない世界だ。やっぱり緊張感は拭いきれなかった。

 とはいえ、やっぱり俺は隠し事が多すぎるな……。特にベリエット勇者が相手になるとそれが顕著になる。仕方がないとはいえ。


 やはり早く別れて、会わなくなるほうがベリエット帝国勇者相手には賢明だ。

  

「アキ……お前は、イイヤツだな」


「…………?」


「放っておけなかった。そうなんだろう? どんな事情かはわからんが、その子のことが」


「……まぁ……。そんな感じです」


「それは凄いことだぜ、お前。種族が違う子供の面倒を見る……まるで物語みたいな美談だがな。でも実際にやる人もやれる人も多くない。そんなに世の中、都合よくいかないからだ。物語のように簡単で綺麗事ばかりではいられない。『現実』っていう『世界』はな」


 チッ、と舌打ちをする陸地。何かに苛立っている様子だった。それが何かはわからないが俺ではないことだけはわかった。あるいは最初から対象なんていなくて漠然とした苛立ちなのかもしれない。


「俺だってそうだぜ、アキ。ガキの面倒なんか御免だ……どれだけ子供がかわいくても心の奥底ではそう思っている。帝国が禁止しているなんて関係なしにな。だから俺はお前を尊敬する。誰にでもできることじゃない。お前がしているのはみんなが理想だと分かっていながらも、現実を知ると躊躇してしまうことだ。…………いや、そうか」


 そう言って陸地は何かを考えこんだ。


「そういえばお前……。まだ樹海の奥地からやってきたばかりで『常識』を知らないんだったか……。なら…………これから。…………よし」


 陸地は何かに一人で納得して、決心したように頷く。

 そしてこちらを真っ直ぐに見ながら、俺の肩にポンと手を置いて言った。


「何か困ったら、俺に声をかけろ、アキ。俺はベリエット帝国の勇者だからな。できることできないことがあるが、選択肢は間違いなく多くなる。俺は自分でいうのもあれだが、便利だぞ〜?」


「え……? いや、会ったばかりの人にそんな迷惑かけられません。ましてや勇者の方に──」


 ……なんだろう。

 最初とはまた別の思わぬ方向へ話が進んでいる気がする。

 それもどちらかといえば都合が悪い方へ。


「なーんだ? アキ。遠慮がちな奴だな、お前は。ふーむ、俺にはわかる。お前みたいなやつは『理由』が必要なタイプだ。そうなんだろう? ……よし、わかった。俺とお前は、今日から『友達』だ。俺はお前が気に入ったから、ちょうどいいな。友達なら、困った時に助けるのは当たり前のことだ。そうだな? アキ」


「と、友達?」

 

 そういって陸地に肩を組まれる。

 抵抗することもできずに、体が左右にゆらされていた。


 ……どうすればいいんだろう。

 すごい真っ直ぐに向けられた、純粋な笑みと好意にこんなにも戸惑うなんて思いもしなかった。


 もはや今ここで「いえ、遠慮します」なんて完全に言える雰囲気ではない。

 じっとこっちを見ている千夏の視線も、少なからず気になった。


「そ、それじゃあ。お言葉に甘えて……。お願いします。……陸地、さん」


「あぁ、それでいい、アキ。仲良くしような!」


 そう言って、嬉しそうに笑う陸地に……つられて。

 顔に笑みを浮かべる感覚があった。

 果たしてそれが苦笑いなのか、それとも心の底から出たものなのか。

 それは自分でも、よくわからなかった。


「アキ、頑張れよ。お前……」


 別れ際、陸地は表情を真剣なものに戻していった。


「想像以上に、過酷だぞ。種族の違う、子供を連れて育てて生きるというのは……」


 その言葉は今後の人生でも、耳の奥で刻まれたように、残り続けることになる。

 聞いたあとにそんな予感を抱いた。




「──未だに隔絶している人間と魔族。その理由の一つ一つと戦って生きることになるんだからな」








 陸地と別れ、宿に戻った頃にはもう夜になっていた。

 長い一日だったな……。

 部屋に入った途端に、隠れていた『驃』が現れる。


「悪い、驃。あまり出せるタイミングがなくて。今日は一日、入りっぱなしだったけれど、大丈夫か?」


「全然、大丈夫です、これくらい。はっきりいってまだまだいけます。慣れてるからね」


「そうか? ご飯食べる余裕すらなかったけど……」


「それこそ、慣れていますよ」


「そう……。ご飯はできるだけ食べた方がいいと思うけどね……。そういえば今日の夜ご飯、あの騒ぎであんま食べられなかったな。もう遅いから今日は『部屋』で食べようか」


 疲れて眠ってしまっていた千夏を背負ったまま『部屋』の中に入る。

 そして驃がご飯を作ってくれたタイミングで起こして、みんなで食べた。


 拠点を手に入れる資金は手に入れた。

 冒険者の資格ももう少し何かあるみたいだが一応手に入れ、残りは獣車の資格だけ。


 ハプニングの方が多く思えたが、こうして振り返ってみると進み具合は意外にも順調だ。

 このままなら世界を巡る動きも、そう遠くないうちにできるようになってくるはずだ。


 この調子で頑張ろう。

 



 ──後日の余談。


 街の復興は、思ったよりも早く、あっという間に終わった。

 魔法やらなんやらある世界だ。想像よりも立ち直りが早い。

 すっかり元の姿になった街を歩いていると、賑わっている料理屋さんがあった。


 そこではなんでも、嘘か本当か、『ドラゴンも食べにきた!』と大々的に広告をしていて、新調したと思われる店内では新しい魔物肉が壁にいくつもかざられている。


「(本当に、なんていうか、逞しいな……)」


 そんなことを考えながら千夏と一緒に、店に入り、途中までしか食べられなかった食事の続きを味わって今度は最後まで食べることができて満足したのだった。






◇◆◇◇◆◇





 去っていく男と小さな子供の姿が、少しずつ小さくなり、暗さに溶けるように消えていく。


 ──『アキ』。


 それが今日出会った『人間』の男の名前だった。


 その男は、子供を連れていた。それも魔族の子供を。

 はっきり言おう。彼らは最初から親子にはみえなかった。

 どこかぎこちなく、お互いに気を遣っている。 

 どんなに親密でも、遠くの親戚を預かっている程度の関係性が関の山だ。


 第一印象として、二人をそう思った。


 だが今は……。わからない、まだ戸惑いが大きい。

 複雑な気持ちに陸地は、まだ自分が整理をつけられていないことを自覚していた。


 応援したい気持ちは、本当だった。

 だが正直なところ……それ以上に。

 何度も「やめておけ」と、そう口を滑らせそうになった。


「ふぅー……」


 狭くて薄暗い路地の端。

 そこにあるどこに繋がってるのかもわからない階段に座って、ぽつりと。

 一つだけ灯った街灯を頼りにタバコに火をつけた。


 静かに、一人で。その場で一服する。


 いつもの仕事のあとにする一服にしては、爽快感がない。

 だが夜の静けさと路地裏の薄暗さが心地いい。

 一つだけある街灯がなぜか心に沁みる一服だった。

 



「あっ! クガッチこんなところにいたぁ〜!

 おーい! やっほーーー!」




「………………チッ」


 雰囲気を壊す、黄色い女の声に思わず舌打ちが漏れる。

 聞こえてきた方に目を向けると、手をふってこちらに駆けてくる人物がいた。当然ながら知っている人物だ。むしろとてもよく知っている。ここ『十年』ほどは、会う頻度が一番高いのだから。


 かなりアレンジされたヒラヒラの多い『勇者の服』は、みるたびに気が抜ける。そこまで手間をかけて改造しているというのに、着ているところは全然見かけやしない。『勇者』のくせに。勇者の服を着ている姿を見るのも随分久しぶりのことだった。


 だからか、肩章だってどこか錆び付いて見える。『桃色』に縁取られた『肆四』という文字も。顔へ目を移すと、『桃色の髪の毛』が走って乱れたからか顔に少しかかっていた。桃色という色は、いろいろな雰囲気をぶち壊す色だと陸地は常々、心の中で思っている。



「……あのなぁ、お前は俺の言うことを、聞いてなかったのか? 言ったよな、俺は。『勝手にほっつき歩いてくれるな』って。それなのに、どうしてこんなところで姿を現すんだ。えぇ? なぁ──『白崎』」



 44代目桃色の勇者、『白崎しらさき留美るみ』にため息混じりに尋ねた。

 白崎はいかにも怒っています、というような仕草と共に答えた。


「えーだって〜。すっごい音が宿まで聞こえてきたんですよ! 様子みにくるよー。明らかに何か面白……じゃなくて何か起きてそうだったしっ!!」


「そんなの関係ない。お前はそもそも、この街にいちゃいけない人間なのを自覚しろ。ベリエットが出国許可出してないのに、俺の【能力】に勝手にもぐりこみやがって。後で怒られるのは、俺なんだぞ……。くそ……。お前はもうこの街では大人しくしてろ。宿の中でな」


「せっかく初めてきたのに、もったいないなー。大丈夫だと思いますよー? だってちゃんと説明してきましたから! それに『幌』さんも来てたそうだしー」


「……あいつは正式に許可を取ってんだよ。ったく、誰だよ、こいつを送り出したやつは。余計な荷物までくっつけてきやがって」


「むっ……。クガッチが私の『先達勇者』なのに、上にかけあってくれなかったんじゃーん。行きたいっていったのになー」


「お前にはまだ、外国は早い」


「お前っていうの、やめてくださーい。ダメ。いけないんですよー? 人のこと、そういうふうに呼んじゃ。私には『白崎』って名前があるんです! それか、『し・る・み・ん』でもいいよ♪」


 パチリ、とウインクをする白崎に陸地は険しい表情で黙り込む。

 そもそも『アイドル活動』とやらにかまけてばかりで、ろくな戦闘経験も訓練もつんでいないからこそ、今の状況に繋がっている。そこに文句を言われるのは陸地からしてみれば『お門違い』だった。能力の性質上、陸地自身の任務も戦闘でないことが多く、連れ出してやれなかったのは悪いと思っているが、しかし本人もその状況にかまけすぎていた。【能力】だけは一丁前に育ってるとはいえ、ろくに戦えない勇者が外国になんていくべきじゃない。


 そもそもなんで唐突に白崎は、外国にいきたいなんて言い始めたのか。

 気が迷ってるとしか思えなかった。


「それにほら、クガッチまた一人で探索してるじゃないですかー。任務は『坂棟日暮ちゃんの捜索と調査』なのに、たった一人での任務の遂行なんて、よくないですよー? 知ってますか? 結構広いんですよ、この街! そんなんじゃ効率悪いって、私でもわかっちゃいます! せっかくベリエットから『人員』も連れてきたんだから、使ってほしいなー? ね?」


「……それがよけいなんだよ、ったく。俺はフィーリングで動く。それが俺であることを最大限に生かした、俺のやり方だからだ」


「クガッチの【ユニークスキル】の【直感強化】でしょ? ……でもそれって、外からみたら成果とか進歩状況とか、すごく分かりづらいよね……。今日はそれで何か、成果があったんですか?」


「………………」


 可愛らしい仕草とは裏腹に、核心をつく言葉に、思わず黙り込んでしまう。


 ──確かに今日、気になる青年はいた。


 見ていて何かを隠しているだろうことはすぐにわかった。だからそれが気になって、探った結果、思っているものとは違うものだった。ベリエットとは何の関係もない。ただ一人の男が選んだ過酷で優しい選択を目の当たりにしただけのことだった。


 個人的に、いいものを見たと思った。

 だから今日という日を振り返って何も得たものがなかったわけではない。


 だがベリエット帝国として何か得たものがあるかといえば、何も答えることができなかった。

 

「……大体、なぜ『人員』なんて連れてきた。何かあったときに無駄な犠牲を減らすため、生き残れる俺が一人で来た。それは、逆にいえばそうなりえる状況と、任務なわけだな。なのに、わざわざ人を連れてきたら意味ないだろうが」


 都合が悪い話題を逸らすために言った言葉だったが、最後には熱が帯びて吐き捨てるように言ってしまった。それほど常々、実際に思っていたことだったからだ。


 言われた白崎は「んー」と可愛らしく考えこんで見せたあと、口を開いた。


「でも、それって換えがきかない『勇者』の話ですよね? 今回連れてきたのは、ベリエット帝国の、私でも動かせるような『普通の人たち』ですよー? 気にしないで、大丈夫だと思うケドなぁ〜」 


「………お前」


 本気でそれを言ってるのかと、白崎に視線を向ける。

 だが不思議そうに首を傾げるだけだった。

 自分で言っている意味がわかっているのだろうか。それはいざとなれば『切り捨てていい』と言っていることと同じだと。『普通の人たち』を。


 ……クソが。

 反吐がでる嫌いな考え方だ。

 

 ──『ガキの面倒なんか御免だ』。


 だが一方で自分も必要にかられれば同じ思考をするだろう……。

 それが分かってるから余計に苛つく。現実に屈服してる自分を目の当たりするかのようで。

 でもそんな理由で白崎の考えに当たってしまえばそれはただの八つ当たりだ。

 だから舌打ちを一度するだけに止めて、話題を次に移した。


「とりあえずテールウォッチの真ん中に、街を真っ二つに分ける『川』がある。そこにある『橋』のすべてに監視をつけろ。対象を目撃したときだけ報告させて、あとは余計なことをさせるな」


「えーそれだけですかー? 一般人に混じって働くなんてことするくらいなら、もっと色々できると思うのにー」


「うるさいっ。……いいか、人っていうのはな、どこかで『繋がって』生きてるもんなんだよ。何か変なことがあれば繋がりを通って必ず『痕跡』がにじみ出る。糸を雫がどこまでも伝っていくようにな。だからこそ、自分自身も人と『繋がって』、一部になって探す。繊細な作業だ。それなのに余計な奴らにうろちょろされるとそいつらの余計な痕跡に紛れて本来の追うべきものを見失うだろ。だから余計なことをされたくない。わかったな」


「……はーい。わかったよ、クガッチー」


「……ったく」


 言い包めるのも、一苦労だった。

 長く喋っていたからか、タバコが短くなっていることに気づいて、慌てて口をつけて吸った。

 そして煙を深く吐き出していると、頭が落ち着いてきて、そんなときにふと思い出すことがあった。


「そういえばお前、坂棟日暮のことが気に入っているってよく言っていたな……。それで気になって無理やりここに来たのか?」


「もーまたお前って……。日暮ちゃん? んー、うんっ、好きだよー」


「……なら」


「だけど来た理由は……その、えっと、息抜き? みたいな……」


「…………。

 お前そんな理由で……」


「あー怒らないでークガッチー! アイドルにも休息は必要なんですー!」


「チッ……」


 もはや会話する価値がないと、短くなったタバコに意識を集中させることにした。

 そんなとき、白崎がつぶやいた。何の答えにもなっていない独り言だった。



「でも日暮ちゃんさすがだよねっ。『脱國』したって聞いたとき、驚いたけど、でももっと好きになったなー。今何してるのかな? 元気してるかな。久々に会いたいなぁー」



 堪えきれなくなり、体をるんるんと跳ねさせる。

 ついには歌を口ずさみながら、踊りまで始めた。

 陸地はそんな様子の白崎を気にせず、街灯に向かって煙をため息のように一度吐き出したのだった。

 

【新着topic】


【能力】


『並列空間の縮小世界』 能力者:陸地明拓


十分の一に縮小された世界。中を進んで出れば、大体十倍の速さで進んだ場所にでる。出入り口は能力者の陸地が空間を三発叩いて割る必要があるが、一定以上の勢いがないと空振りする。また叩く強さによって出入り口の穴の大きさも変わる。穴は徐々に塞がり何もしなければ五分ほどで閉じる。穴の縁をバリバリすると力しだいでもう少し伸ばすこともできる。開けた穴と穴は繋げられない。開ける穴の高さでつながる【縮小世界】が切り替わるが一番よく使う【縮小世界】は備品が多少蓄えられている。





【おさらいtopic】


【キャラクター】


白崎しらさき留美るみ』 


秋や日暮と同じ44代目ベリエット帝国桃色の勇者。元の世界ではアイドルをやっていてSHF200という大規模グループに所属しており、人気があるトップメンバーの一人だった。先達勇者の陸地を地方ライブの移動車代わりだと思っている節があるとかないとか。見た目と内面で違う信用のできない女だと思っている同世代の勇者もいる(※第19話 自己紹介しませんか より)。絶叫系アトラクションが好き。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 白崎、すぐ死にそうでイイネ!
[気になる点] 『並列空間の縮小世界』ですけど、標高の差は全部無視してあくまで「地表からの高さ」に依存するのかな、と そうでもないと、街から街に移動するのにいちいち標高合わせないといけないことになるか…
[気になる点] この能力、崖の手前とかで使って一歩崖に近づいて外に出たらどうなるんだろ? 普通なら崖の前か崖の上かに出そうだけどあの神だから*いしの なかに いる*になってもおかしくないよな もう一…
2021/10/17 13:11 ふぶき だいもんじ かみなり
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