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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第3章 街、未知、無知……既知

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第101話 安全第一



 アウレン君の案内で、テールウォッチの街を進む。

 午前中にギルドの登録を済ませ、時間は昼過ぎに差し掛かっていた。

 お腹がすいただろうアウレンくんと千夏に何を食べたいか尋ね、出店で買って食べ歩く。


 正直なところ、ここの街並みは、記憶にある日本に比べれば少し汚い。

 汚いというか荒いというか。


 とはいえ日本の感覚なんてとうに無くなっている。だから気になる感じはなかった。

 終焉の大陸で魔物の血や糞尿にまみれ、大量の死体に紛れて一夜明かすこともある生活をしていれば、誰でもきっとそうなるだろう。


「この街は木で出来ているものが、本当に多いな。家とかじゃなくて、売り物にも木造品をよく見かける」


「そうですね! テールウォッチは、木材で有名な街なんです! 軽くて丈夫で、竜のチカラがこめられた木がたっくさんあるんで、それで作った物や木そのものが一番の特産品なんです! って授業で言ってました……」


 少し照れながらも、アウレンくんは色々なことに答えてくれた。

 一応依頼という形だからか、しっかりと解説に努めようと頑張っている。千夏もあまり自分からしゃべることはないが、歩きながらアウレンくんの言葉にしっかりと耳を傾けている様子だった。


「竜の力っていうのは、そんなに何か、特別なものなのかな?」


「もちろんですよ! だって魔素の量や力をなくしてくれるんですよ? この辺りの家は、生えてた木と一緒に家をたててるんですけど、それは魔物を生まれさせないように、みんなで木を残す努力したらこうなったらしいです!」


 どうやらこっちの大陸も、魔素や魔素溜まりには苦労しているらしい。

 さらにこの感じだと、この世界の社会では、魔素溜まりが生まれるかどうかというのはかなり大きな要素になっていそうだ。


「他の国では魔素がない場所や魔素を無くす方法が貴重で、それを取り合って戦いになってるところもあるって言ってました。皆、樹海の近くに住めばいいのに、どうしてそうしないんだろう?」


 そういって不思議そう首を傾げるアウレンくんに俺は「確かに、なんでだろう」と簡単に言葉を返すことしかできなかった。

 


 ちなみに俺たちはただフラフラしているわけではなく、一応、明確な目的地があって歩いている。街の面白い場所に連れていってくれるということで、どこに向かうか知らずに先導するアウレンくんについていっていた。


「わっ!」


 そんな道の途中で、アウレンくんが声を漏らす。

 それは道の端にできた人だかりを見つけたときのことだった。


「土人形屋さんだ……」


「土人形屋さん?」


「は、はい! あのちょっと見てみてもいいですか?」


「あぁ、俺も気になるから、みてみようか」


 三人で、人だかりに寄って近づいていく。

 そばにきてみると圧倒的に子供の数が多かった。

 だけど、大人も子供の後ろに立って、結構いる。


 どうやらこれは、路上でやっているパフォーマンスを見ていたためにできた人だかりみたいだ。

 

「わっ、わっ、わっ! 勇者の劇やってる!!」


 興奮したアウレンくんが人だかりに入っていく。

 俺も後ろの方に立って、何をしているのかを覗いてみる。


 パフォーマンスは大きな箱を使って行われていた。

 箱の前面がガラス張りになって中が覗けるようになっている。

 そして観客の視線は、箱の中に向けて集中していた。


 それは土で出来た人形を『魔法』で操って行う、演劇だった。

 箱の中で、人形が生きているかのように動き回る。それも一体ではなく何体もの人形が、広い箱のスペースを大きく使って動いていた。そして箱の背後でおそらく人形を操ってる人物が、ナレーションや人形のセリフを叙情的に話すことで物語が進んでいく。観客はその物語にのめり込むように見ていた。


「(──これは、すごいな……。それに面白い……)」


 確かにアウレンくんも夢中になるはずだ。魔法なんて俺はやっぱり戦闘に使ったりとかばかり考えてしまうものだが。精々あっても生活に役立てる程度だ。

 だけどこの魔法を使って劇をやる……というのは本当に魔法が日常に根ざしている異世界ならではな考えな気がする。背景が紙芝居のように変わるので臨場感が結構あるのもすごい。


「──私は知っているのです。あなたが『勇者』であることを。『灰色の勇者』であることを!」


 語り手は物語に沿ったセリフを、叙情的に言う。


「………………」


 感心していた思考が、すべて止まる。

 思わず窺う視線を、語り手の男へ一瞬、向けてしまった。


 語り手の姿はローブに覆われ、フードも深く被っているため顔も体型も、あまりよく見えない。

 それは人形劇の裏方として目立たないためというプロ意識なのか、それとも正体をバラさないためなのか。


 視線に気づかれたのか、語り手の男は話を途切らせてこちらに顔を向けてきた。

 劇が一瞬とまる。短い時間だが、劇の途中に挟むには長すぎる沈黙だった。だが語り手の男は何もなかったかのように、むしろ、それすらも演出の一環とでもいうかのように劇を再開した。その手際自体は見事だった。


「ん……?」


 ちょんちょんと、服が引っ張られる。見てみると千夏だった。

 どうやら周りが大人で背が高く、かといって人垣も進めずで、見られずにいたようだ。千夏ならば相当見てみたいだろうに、気づかずに放置していたことを少し反省しながら、抱えて持ち上げれば見られるかと思って、持ち上げようとしたときだった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」


 戻ってきたアウレンくんに、持ち上げられるのを止められる。

 そして人だかりから離れたところに千夏ごと連れていかれて、言われた。


「これ、もう途中だから、また今度に最初から見た方がいいと思います!! 絶対そっちの方がいいです!! 千夏ちゃんも、これ絶対好きだから、もっとちゃんとしたときに見た方がいいよ!! ね!? もう今日は行こっ!!」


 アウレンくんに手を握られながら、興奮気味に詰め寄られる千夏。

 目をぱちぱちと見開いたあと、困惑したように視線を泳がせていた。


「確かに今日はまだ案内をしてもらわなきゃいけないし、今から見ても中途半端だ。また今度しっかり時間をとって、最初から見にこよう、千夏」


 助け舟を出す形で、そういった。


「……今日はちょっとアレンジされてたけど、それでもやっぱ最初からが絶対面白いよ。それに、あの人はよくやってる人だから、また頼めばきっと見せてくれるよ!! 」


 その補足の言葉を聞いて、千夏はゆっくりと頷いた。

 そしてその場を離れ、再び目的地に向かって歩き始める。

 アウレンくんはまた来る時は自分も誘ってと千夏と約束をしていた。


「それにしても、アウレンくんは本当に勇者が好きなんだな」


 歩きながら、軽く世間話のつもりで話しかけた。


「はい!! いつか勇者になるのが、僕の夢なんです!」


 笑顔で真っ直ぐに、そう答えるアウレンくん。

 それを聞いて直感的に浮かぶ疑問があった。


「……勇者って、なれるものなのか?」


 『勇者』は『種族』だ。

 つまり勇者になる、というと種族を変えることになる。


 果たしてそんなことができるのだろうか?

 俺がそれを言うのは筋違いだとしても、つい疑問に思ってしまう。


 だから思わず、つぶやいてしまった言葉だった。

 しかしふと視線を感じて、アウレンくんをみると、すごく悲しそうな顔でこちらを見ていた。

 それは悲痛にも近い表情だった。


「アキさんも……僕が勇者になれないって、思うの……?」 

 

 そう言って、アウレンくんは段々歩くのが遅くなり、ついにその場に立ち止まって項垂れてしまった。やってしまったようだ……。アウレンくんのコンプレックスを無自覚に刺激してしまった。


「アウレンくん」


 姿勢を低くして、アウレンくんと視線の高さを合わせる。


「俺は、あまり勇者について知識がない。一応いることは知ってるけど、どうなれるかとか、そもそもなれる方法があるのかすら分からない。だから不思議に思ったんだ。傷つけるつもりはなかったけど。でも俺のせいでアウレンくんに誤解をあたえて傷つけてしまったのなら、それは謝らせて欲しい。すまない、アウレンくん」


「あ……」


 少しだけ目を拭う動作をしたあと、アウレンくんは顔をあげる。


「そうだったんですね……。すいません、僕、勘違いしちゃって……」


「別にいいよ、気にしなくて。でも、本当に申し訳ないな。俺が知ってる『勇者』は『ベリエット帝国』のやつだけだから。……アウレンくんはベリエットの勇者になりたいのか?」


 そう言うと、アウレンくんは首を横に振った。


「ベリエット帝国の勇者は僕にはなれません……。だから『シープエット』とか『ニア・ヘイヴ』の勇者になれたらな、って思ってます」


「そうか。他にも勇者っているんだな、それは知らなかった」


 そうして話をしながら再び歩き出す。

 勇者のことを色々話しているうちに、アウレン君の元気も戻ってきた。

 そのことに内心でほっとした。

 

 ──それにしても、『勇者』って『ベリエット』だけじゃないのか……。


 勝手に勇者はベリエットだけだと思い込んでいた。

 それに疑問すら感じず、誰かに尋ねすらしなかったが。

 確かにベリエット以外にいても不思議じゃない


 他の国も同じように異世界から人を呼んでいるのだろうか?

 それだとアウレンくんが『勇者はなれるもの』と思ってるのに違和感を覚えるが……。


「(……そもそも俺と関係のある話なのかすらわからないな)」


 確か『シープエット』と『ニア・ヘイヴ』って言っていただろうか。

 一応、この名前を覚えておくべき……なのだろうか?


「──つきました! 」


 アウレンくんの声で、思考を止める。

 視界に意識を集中させると、広がる景色は憩いの広場という印象の景色だった。


 円形の広い広場で地元の人が思い思いに、落ち着いて過ごしている。出店も多くあり、中央にある装飾の施された水場では上空から降り注いでいる水を労働者が被ったり、子供が溜まった水で遊んでる光景が目についた。


「ここが『神器広場』です!」


 自慢げにアウレンくんは言った。


「……神器?」


「はい! そうです! あそこで水を出してるやつが『神器』なんですよ!」


 そういってアウレンくんは水場の方を指差す。


 ──確かに……。


 気にも止めていなかったが、中央にある水場の湧き方は、明らかに普通じゃなかった。

 まるで何もない空中から、バケツをひっくり返したような勢いで水が湧き出ている。


 最初は噴水でもあるのかと思ったが。


 しかし激しく湧く水が、しぶきになっていて見えにくいが、よくみると水の湧きでる根本には小さな何か……物がついてる。それは水同様、空中に浮いて固定されていた。


「あそこにある『コップ』が神器なんです! 『コップ一杯の無限水』という名前のやつで、一杯のコップに水を張る効果の神器なんですけど、ああやって逆さにすることで、ずーっと水が止まらずに出続けているんです!」

 

 ……なるほど。

 つまり本来机の上とかに置いておけば水がコップに一杯分湧き出て効果が停止する神器を、あえて逆さにしてこぼすことで、一杯を満たせない状態にしているのだろう。そうすることで『一杯の水をはる』という条件を満たすために、水がずっと止まることなく湧き出るわけだ。


 果たしてそれはどれくらいの時間、効果があるものなのだろう。

 名前のとおり、文字通り無限なのだろうか。


 そうだとしたら結構、その効果は凄まじい。

 正直むちゃくちゃだと思う。たかがコップ一杯と侮るには、起きていることがでたらめで常識はずれだ。


 ……まるで【能力】みたいだな。

 これほどの効果があるなら、【能力】がなくても『神器』をいくつか持って使いこなすだけで能力保持者と対等に戦えてしまえそうだ。


 そもそも神器って、なんなのかを俺は知らない。

 ……もう少し神器のことを知っておきたいな。


「アウレンくん、神器は──」


「我々はこの『神の塔広場』に黄金を迎え、黄金を聳えさせ、黄金を生み出さなければならない!!」


 唐突に広場にあがった大きな声に、遮られて言葉を止める。

 声の方を見てみると、何やら妙な集団が広場に現れていた。

 その集団は結構剣呑な空気を放っていて、賑やかで和やかだった、ついさっきまでの雰囲気にあまり似つかわしくなかった。


「それこそがこの危険な地に無理やり押し込められ、閉じ込められた!! 国を奪われた我々ができる唯一の支配への抵抗、悲願!! バハーラの民よ、悲願を共に!!」


 話を聞いていると、なんとなく政治的な集団であることが見えてきた。

 どこにでもいるんだな、ああいうの。それこそ異世界にでも。

 広場にいた人たちの反応はまちまちだった。近寄って輪に加わる人、遠くから耳を傾ける人、この場から去ろうとする人。思っているより人が残っている印象だった。


「あっ、あ……、よ、ようやく来て案内できたのに」


 完全にガラリと変わってしまった雰囲気にアウレンくんが落ち込む。

 見せたかったのは景色だけではなく、きっと雰囲気もそうだったのだろう。だがそれが一瞬で崩れてしまったのだから、少しくらい落ち込みたくもなる。


「アウレンくん、このまま樹海の外縁部の方へいって少し見て回らないかな。樹海の中にまで入る気はないけど、冒険者とかが働いてるのを見ながら色々聞きたいんだ。なんせ俺はまだ登録ほやほやの新人だから。アウレンくんが先輩として色々教えてほしい。ちょうどここから近いし。どうかな?」


 そういうとアウレンくんは目をキラキラさせながら、答えた。


「えっ、えっ!? 僕が……先輩!? でも……確かに……! わかりました、行きましょう! 僕に任せてください!! あ、でも樹海には入れません……師匠にすごく怒られちゃうので……」


「あぁ、そうだな。俺も千夏がいるから無理をするつもりは無いよ。少しだけ歩いて、陽が沈む前に帰ろうか」


「はい、わかりました!!」


 元気のいい返事を聞いたあと、俺たちは樹海手前の外縁部に向けて歩き始める。千夏は迷子にならないよう手を握って歩いた。その際千夏は、最初来た時と同じように周囲の人が気になって色々と目移りしていた。そのためか歩くペースは遅めだったが、そこまで時間がかからずに外縁部の道に俺たちは入っていた。


「──だから樹海に接することもいいことばかりじゃないって、師匠は言ってました。『森林化』は街の大きな問題の一つだって」


「なるほど、そうなんだな」


 アウレンくんと会話をしながらゆっくりと歩く。

 この街は、結構樹海が近くにあることで恩恵を多く受けているのかと思っていた。だがそうではなく、『緑竜王』の力を帯びた植物があまりの速度で生い茂るために処理しても追いつかず、年々街を樹海がゆっくりと侵食する『森林化』という現象に悩まされているそうだ。


 よもぎ…………。

 思わず天を仰いで、心の中で呟く。

 こちらの大陸における、竜王の存在は想像よりも凄まじく、影響力も果てしなく大きい。それがようやく、実感でわかってきた。

 

 ──ざわざわ。


 唐突だった。

 歩いている最中に、道の奥から波が伝わってくるように行き交う人々がざわつきはじめる。


「なんでしょうね?」


 アウレンくんが呟く。

 それと同時にざわついていた人たちが、今度は道の端へ避けるように移動した。誰かに道を譲るかのように。そのために自然と、道の真ん中には広いスペースが出来上がる。


 なんだろう、そう思ってみていると道の先から人間の腰よりも太く、背丈よりも倍は長い木を十本以上も束ね、まとめて肩に担いで歩く男がゆっくりと現れた。それをみて俺たちも自然と道の端へよっていた。迫力を感じたアウレンくんが「うわぁっ!?」と驚いて声をあげ、千夏も手を握る力を若干強くした気がした。


 そんな集まる周りの目を男は一切気にすることなく先へ進んで、道の真ん中に立つ目的だろう人物に話しかけていた。


「ここに降ろせばいいのか?」


「あ、あぁ。この荷車に乗せてくれ。それにしても、あ、あんた。本当に持ってきてくれたんだな。それも全部まとめてなんて。別に何回かに分けてもよかったのに……」


「持って来れるしな。何度も行き来するのは面倒だ」


「そ、そうか。一度に運べるなら、そうなんだろうな。でもあんたのおかげで怪我した仲間をすぐに病院に行かせられて、荷物も失わずに帰ることができた。これがなきゃ食い扶持がなくなってたところだ。だから本当に助かった。ありがとう」


「あぁ、いいさ。気にするな。気をつけていけよ、まだ仕事は続いてるんだからな」


 そういってその場から去る荷車を、木を持っていた男は見送った。

 そのあと男の周りに、人がわらわらと集まり始める。


「いつもながら、すごい働きだねえ」


「また人助けかい、最近街にきたばかりだってのに、すっかりアンタも有名人だ」


「めちゃくちゃ力持ちだな! どうやったらそんな強くなれんだよ!」


 和気藹々と声をかけられ、空気があっという間に賑やかになる。

 かなり慕われた男のようだ。冒険者といい、今日は有名人らしい人とよく出会う。

 アウレンくんも「あっ、あっ!」と何かに気づいたように声を出していた。


「お前ら、俺がすごくて優しい、いいやつだって広めておいてくれよ? 特に麗しいお嬢さん方にはな」


 そういうと笑い声が起きる。それに混じって「自分でいうのかよ」「あんまこの街の女を落としすぎないでくれよ」といった野次が飛んでいた。


「ほら、お前ら通行の邪魔になってるから、ぼちぼち散っときな。俺のことがそんなに好き過ぎるなら別だが……」


 そういうと「誰が」と笑いながら、集まっていた人たちが散っていく。

 話ぶりは雑だが、かなり慣れている様子だと見ていて思った。


 一人になった男は、道の端によって歩くわけでもなく立ち止まっていた。

 そして深く息を吐き出しながら、独り言を呟く。


「ふぅー……やはりいいな、現場の肉体労働ってやつは。昔を思い出す」


 そう言いながら何かを取り出して、口に咥える。

 さらに指の先から出した炎を咥えたのに近づけた。それをみてそれが何かわかった。

 男の口から、ぷかぷかと煙が漏れでている。


「(タバコだ……)」


 男は自身の持ち物である大きなスコップを地面に刺し、それにもたれかかりながら美味しそうに一服していた。


「ハラトゥザルティ……ここはお前の力を強く感じる……。またお前を感じられるなんて……。懐かしい……。お前は、美しく、いい女だったな……」


 どこか思い馳せるような視線を、真っ直ぐに樹海に注ぎなら男は言った。


「(──ハラトゥザルティ……)」


 それは、知っている名前だった。


「クーガーさーん!!」


 アウレンくんが手を振りながらかけだしていく。

 その先にいるのはタバコを吸って黄昏ている男がいた。

 

「ん? ……よーう。勇者マニア坊主。今日も冒険者見習いよろしく、元気に駆けずり回ってるようで、偉いもんだな」


「もうー! 坊主じゃなくてアウレンです!! そんなこというなら僕もいっちゃいますからね!! クーガーさんがゆう──」


「おい、こら」


 何かを言いかけたアウレンくんを男が止める。

 アウレンくんはチョップされた頭を抑えて男の方へ視線を向けた。


「あんまほいほいそのことを口にするなっていったろ? 悪い大人に、くわれちまうぞ」


「ご、ごめんなさい、クーガーさん……」


 しゅんとするアウレンくんに男は一度だけタバコを吸って煙を吐き出すと頭をわしわしと雑に撫でていった。


「そうしょげるな、坊主。本当は俺だって言いふらして回りたいさ。俺がヒーロー、ってな。正直黙ってなきゃいけないなんて、意味がわからない。だが世の中ってやつは殊更、面倒だ。だからそうしなきゃならない。全く世の中ってやつはどうしようもなくダメなやつだ。大体全部世の中が悪い。だからお前は気にしなくていい、坊主。わかったか」


「……はい」


 アウレンくんがうなずくのをみると、男はこちらに視線を向けてきた。


「よーし。──ところでなぁ、坊主。もしかして、依頼の最中なんじゃないのか」


「え、あっ! そうでした! ご、ごめんなさいアキさん!」


 かけよってこようとするアウレンくんを手で止めて、千夏と一緒にアウレンくんたちに向かって歩く。


「フッ、依頼なんて一丁前のことをして、もう立派な仕事人だな。っと、ならば仕事の邪魔をしたか? ……まぁ、いいか。人間ほどよく仕事をサボるくらいが健康的で丁度いい。とはいえ、依頼の邪魔をしたのは悪かった、依頼主サンよ」


 側に近づいてきた俺に、男はそういって話しかけてきた。


「大丈夫です。これくらい、気にするほどのことじゃないので」


 無難に言葉を返したつもりだった。


「ほーう。話が分かるな。フッ、よぉーし! 気に入った。服装も、なかなかイケてて、イイじゃないか」


 そう言って肩を叩いてくる男に、苦笑いして答えた。


「……どうも」


 確かに男の服は俺のいつも着ているツナギの服装ににている。

 ただ男は俺と違って、上半身の上着は脱いで腰に巻いている。

 そして首に巻いたタオルと持っているヘルメットの姿を合わせると、完全にどこかで見たことがある姿だった。


「依頼主サン。あんた、名前は?」


「アキです」


「ほーう、じゃあ俺たちは『名前アキ仲間』だな」


 そう言って男は手を差し出してきた。

 不思議に眺めていると、男が念押しするように言った。


「握手だ、握手。なんだ、シャイボーイか? 日本人みたいなやつだな」


「……日本人?」


「おっとっと。いけない、忘れてくれ。つい、な。でも分からないだろうし、問題ないか。それよりも、ほら」


 そういって男と握手をする。

 まだ見た目は若めに見える男だが手はゴツゴツとしていて、硬かった。


 ──男の『どこか』で見たことある格好。


 その『どこか』は、この世界での話じゃない。

 アウレンくんが何の言葉を言いかけたのか。

 もうすべてわかっている。いい加減に、もう、明確だ。


 男は持っているヘルメットを頭に被った。

 特徴的な『オレンジ色の髪』は、入り切らずに少しはみ出ている。

 そしてヘルメットの前面には、漢字で『安全第一』という文字が書かれていた。


「俺は『陸地くがち明拓あきひろ』だ。苗字と名前は北大陸の順番だが……でも、ほら。な? 言った通りだろ? 俺たちは同じ『名前アキ仲間』、だ」


 そういって男は笑った。

 俺と同じ日本人で──そして『ベリエット帝国』の『勇者』が。

 



【新着topic】


【世界・組織】


『冒険者ギルド』


人間社会で国を跨いで存在する大規模組織。自らを第零次産業と定め、未踏の地に踏み込むこと、未踏の地で社会を築けるようにすること、築いた社会を支えることを使命としている。人間種族の生息領域の拡大に大きな貢献をしてきた。ベリエット帝国も業績や創始に大きく関わってるらしいが詳細は不明。荒くれ者同然に扱われていた時代もかつてはあったが、現代では社会的地位もかなり高まっている(地域によって諸説あり)。日々の糧をえる狩猟や、新しい技術の研究といった仕事も派生して行うなど現代では役割が大規模かつ多様化している。そのため冒険者ごとに専門を決めて特化することが推奨されるようになった。


『冒険者のランク』


-『最高ランク』

Sランク。最高戦力。人類トップクラス。魔王、勇者や竜を相手にしても渡り合える可能性がある。


-『主要メンバーランク』

A帯B帯C帯とランクがあり、それぞれシングルから始まりダブルを経てトリプルになってから次の段階へいくため合計9段階のランクがある。


-『見習いランク』

DEFGの合計4段階あり、EFランクは強制的に学校へ入れられるため貧しい家庭は学校に通うことを目的に子供を冒険者ギルドへ入れることも多々ある。Gランクは仮登録か冒険者剥奪一歩手前。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 陸地明拓が前に言及されていたハラトゥザルティ(現よもぎ)の前の契約者だったのでしょうか? 気になります
[良い点] これまで丁寧に書き込まれてまれてきた主人公サイドの異常さの積み上げが、普通の異世界に踏み込んだことでどのよう衝突が生じていくのか楽しみすぎてヤバいです。
[一言] 続きが楽しみな作品
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