第99話 冒険者ギルドと指定災害
冒険者ギルドの二階は、関係者しか入れない場所だ。
そのために住民からは、よく秘密の場所や特別な何かを噂されがちだが、実際のところは複数の会議室や資料室など実務的な物が存在するのみの──面白味も何もない地味な場所だった。
そんな二階にある少人数用の会議室では、現在。
『冒険者』が長机を囲むようにして、椅子に座っていた。あまり空間に余裕がない部屋に、二桁近くの冒険者がいる様子は若干窮屈な印象を抱かせるが、誰もそんなこと気にも止めていなかった。
細かいことを気にする質では、無いのだろう。
テールウォッチに数多くいる冒険者の中でも、トップ層に位置する『AAランク』以上の彼らは。
そんな選りすぐられた、一線級の冒険者がひしめく部屋の雰囲気は非常に静かなものだった。
座ってる彼らの前に、一人一つずつ、紙束が置かれていく。
置かれた者からそれを手に取って、パラパラと紙をめくり、中身に目を通す。紙束の表紙には歩く野菜のキャラクターが、吹き出しをつけて『ケルラ・マ・グランデ奥地における異変報告書』と喋っていた。おそらく彼らはその表紙を目に入れているはずだが、反応を示した者は、誰一人いなかった。
「それで、何があったんだよ? …………………………おいッ」
全員が書類に目を通している最中に、一人の男が声を上げた。冒険者だった。特に大きくあげたわけじゃないのに声が大きいのは、普段からきっと声量が大きいのだろう。目の前に置かれた書類はピクリとも動かさず、他の冒険者が軽めの格好で来ている中、何故か一人だけ防具をつけていつでも戦闘出来る状態で来ていた大男だ。
「……樹海内で、魔素を発生させる『領域』が新たに生まれました」
返事が返ってこないために声を荒らげて机を叩く大男に、同室にいた『ヨクン』が仕方なく質問に答えた。答える直前に小さなため息をついたが、それはどうやら大男には伝わっていなかったみたいだった。
「あ? そんなわけないだろ。『竜王』の領域だぞ。なんでそんなことになるんだよ」
「原因は分かりません。ただ活動の痕跡をいくつか発見しているので魔物の可能性が高いと、現状では思っています」
「どんな魔物なんだよ」
「正体はまだ不明です。わかっていません」
「はぁ? 何にも分かってねぇじゃねーか。大体魔素が少しくらいあがったところでなんなんだ? 竜王の領域で魔素溜まりが生まれるわけでもねーし」
「魔素溜まりの発生も観測しています」
「んなの、ありえねーだろ」
「はぁ〜……あのですね……。あなたが今聞いたことは全部、あなたの目の前に置かれた資料に書かれてるんですよ。樹海から死に物狂いで戻ってきて、重くて怠くて辛い体に鞭を打って、家族との再会もままならないまま、急いで作り上げたこの資料にです。聞く前に少しは目を通してくれませんか?」
「ただの竜じゃなくて、『竜王』の領域だぞ? 《緑竜王》の……ハラテス……ハラミ……ハミ……。…………。《緑竜王》の領域で魔素溜まりが発生するなんて、ありえねーだろーが」
男の態度に、ヨクンの目つきは少し鋭くなる。しかし男はその様子に気づかなかった。
「やっぱ、ありえねーな。どう考えても」
「ありえないかどうかを決めるのはあなたではありません」
「あ?」
「誰がどんな意見を持っていようと、起きた出来事は起きた出来事の、それ以上でも以下でもありません。あなたの意見で何が変わるということは、ないんですよ。僕は意見や解釈を持ってきたのではなく、観測した見たままの事実を持ってきたんです。僕の言ってること、わかります? あなたの意見なんて明確な事象を前にすればどうでもいい話、ということです」
「……お前、『Bランク帯』の癖に偉そうだな。というかよく平然とここにいられるな? ここにいるのはトップランカーの奴らばっかだぞ。お前と違ってな」
「おっと〜ランクの話を持ち出すんですね。この話の流れで。わかりました」
ヨクンはにこりと笑みを浮かべる。
両肘を机の上におき、手を組み合わせながら男に告げた。
「ではこの会議のあと、僕は、あなたに傘を貸して差し上げますよ」
「は?」
「きっとあなたにとって『起きた出来事』というのはランクによって変わるのでしょうね。そういう風に世界が見えている人も、中にはいると思いますよ、世界は広いので。だから傘を貸してあげるんです。今日の天気は晴れですけどそれは『Bランク帯』の僕にとってであって、『Aランク帯』のあなたにはもしかしたら今日は雨かもしれませんから」
男は頬を引き攣らせながら、隣にいる女の冒険者に話しかける。
「なぁ……。マジでこいつ、クソ生意気すぎねえか? どうなってんだよ。いいのか、こんなんで。えぇ? ギルドの秩序はよ」
「………………」
声をかけられたはずの女冒険者は、全く反応を示さず、紙束の内容に目を通し続けた。そして返事を得ないまま、はらりと、紙がめくられるのを見て、大男は拗ねたように「ケッ」と声を漏らして頭の後ろで手をくんだ。その後声をあげることはなかった。
そこにいる全員が、女冒険者と似たような様子だった。
騒音を気にも止めず、それぞれが自分のすべきことを淡々と進める。
そして少し時間をあけて、ぽつぽつと顔をあげるものが出始めたタイミングで、話を取り仕切るように一つの声があがった。
「これが本当ならば、ゆゆしき事態であることは間違いない。最悪『ケルラ・マ・グランデ』の危険度が一つ上がりかねない事態と思える。少なくとも私はそう思うのだがね。一方でタガタラの言葉も、乱暴だが完璧に間違っているとは言いきれまいだろう、ヨクン、これは事実なのかね?」
「事実です、ギルド長。ここに書いてある地図を見ての通り、いくつかの痕跡をたどった後に、魔素溜まりを発生させる『花畑』に辿り着きました。痕跡の規模が徐々に大きくなっていることから、おそらく力をつけながら樹海の奥へ進み、最大限に達した時点で『花畑』を出現させた。僕はそう考えています」
「ふむ。なるほど。どう思うかね? ウェイドリック、君の意見を伺いたいのだが」
「(──『ウェイドリック』……)」
ヨクンは頭の中で、ギルド長が口にした名前を繰り返した。聞いたことがない名前だったからだ。
この街で冒険者の数は万を超えると言われているが、その上位層ともなると、数は決して多くない。さらに言えば上位層同士で接触したり、周りから名前を聞く機会があったりと、互いになんとなく存在を認識しあっている。同じ分野にいるということは、そういうことだ。親しいか、関係があるかは別にしても。
だからこの場にいる全員のことも、ヨクンはなんとなく知っていた。いちゃもんをつけてきたタガタラも、知り合いの知り合いくらいには顔を合わせたことがあるし、性格上のソリが合わないことも以前からわかっている。
だがギルド長が声をかけたウェイドリックという男のことを、ヨクンは全く知らなかった。名前も聞いたことがない。
別の街からやってきた?
ならこんな重要な会議に、いきなり出席できるものだろうか。
そんな思考でヨクンは、ウェイドリックという男が座っていた場所に視線を向ける。
だがそこには誰もいなかった。
「ウェイドリック? ……何をしているのだね、君は」
呆れたようにギルド長が呟く。
「……?」
いなくなっている男を探そうと、ヨクンが首を横に動かした瞬間のことだった。
振り向いた先で、男の顔面が視界いっぱいに広がる。
とても至近距離で、笑みを浮かべながらこちらを見た男の顔が。
「うわぁっ!」
「はっは。君が、これを作ったヨクンか? この報告書は……いいな! 見やすくてわかりやすい上に、必要な情報が簡潔に揃ってまとまっていて、さらに具体的な結論の予測に繋がっている。素晴らしいな。気に入った。やはり危険地帯に接する冒険者ギルドは、人材が揃っていて心地がいいな。どうだ、ヨクン。お前さえよければ俺のところにこないか?」
驚いて飛び退くヨクンに笑みを向けながら、愉快そうにウェイドリックという男は語った。その背後には、迷惑そうな表情を浮かべた冒険者がいる。信じられない。元々その場所にいた人間を、無理やり押しのけて間に割り込んでいるんだ。一切人の迷惑を考えていない。なのに子供のような満面な笑みを浮かべている。
ヨクンは一瞬で悟った。
この男は、間違いなく変な人だと。
「……資料を褒めていただいたのは嬉しいのですが、あなたのことを僕は存じ上げないので。お誘いの方は申し訳ないですが」
丁寧に言葉を紡ぎながら、席につく。
そのあとにウェイドリックを見ると、彼は残念そうな顔を浮かべていた。
「そうか……。俺のことを知らないのか。残念だな……。だがそれだったらしょうがないな!」
言葉の最後には笑みを浮かべて言った。
「…………」
そしてウェイドリックは元の場所に戻らず、そのまま隣で、会議を続けようしていた。それを見る限り変な人という印象は間違ってはいないはずだ。
だが不思議と、話している心地は悪くなかった。
「確かにこれだけのことを、よく突き止めたさね。以前から言っていた『異変』のことだね。わざわざ『依頼』を利用してまで、ご苦労なことさ、ヨクン。それでこいつの『依頼人』は、いったいどこのどいつなんだい? ヨクン」
その声は唯一防具をつけたタガタラの横から発された。ヨクンにとって、この場で一番付き合いのある、妙齢の女冒険者のものだ。この場で唯一、以前から異変のことを伝えていた人間でもある。だからこその言葉なのだろうが、ヨクンは口調に少し棘を感じていた。それは会議だから公私は分ける……というのとはまた違う、責めるようなものだった。
「……依頼人については守秘義務もあるため、答えを控えさせていただきます。それくらい、あなたらならわかると思いますが。それに今この話題に関係があります?」
なので当然、そう答えた。
女冒険者は「フッ」と鼻で笑い、話の照準を切り替えた。
「あんた、つい最近『人助け』をしたそうさね」
「んあ……?」
変わった矛先は、隣にいる大男のタガタラだった。
「──あぁ、そういや、あったなぁ、そんなこと……。討伐依頼の最中だったか……。なんか獲物が見つからなくて樹海の中で迷っちまったんだよなぁーブハハ。依頼もコカしちまったよ」
「……呆れた。ヨクンを『Bランク帯』って馬鹿にしてるからそうなるのさね」
「うるせぇババァ!! 『トウゲキ』が活きる場所じゃねーところに依頼を出すのが悪ぃんだろ!! さっさと街の端で根城作ってるゴキブリどもを俺にやらせろよ!!」
タガタラの言葉が熱くなる。
すかさず、ギルド長が口を挟んだ。
「奴らは、『技賊』。おいそれと手出しをしては、かえって相手を強化することになるのだよ。そしてこの話は今の議題とは関係がない。関係がない話はよしたまえよ、タガタラ。ちなみに勘違いをただしておくが、君が依頼を失敗したのは単純な実力不足だ。特定の魔物を狙って倒すのも、『討伐・撃退』の専門範囲内なのだから。さてアカネカイネ女史、続けてくれたまえ」
うっ、と押し黙るタガタラをちらりと見ながら再び女冒険者は話を始める。
「…………それで、ハナタレ小僧。あんたが助けたのは『ベリエット帝国の勇者』だって言うじゃないかい」
「……さぁな。しらねーよ。わざわざ素性なんか聞いてねーし。まぁ腹にド穴空いてたから魔法薬渡してやったら、えらい感謝されたことは覚えてるけどよ。それとついでに帰り道を教えてもらったのもな」
「北大陸の勇者サマ。それにヨクンのところの依頼主もそうだよ。なんだってこんなきな臭い奴らが、寄ってたかって同じ時期に、こんな辺鄙なところにいるんだい。それに皆して樹海の奥へ行って、戻ってきたら樹海の奥地で異変? ハッ、本当に『魔物』の仕業と言い切れるんだろうね? あたしが危惧してるのは、そこさね」
平然と依頼主の素性について知っている様子なのは、掘り下げると互いに傷つきそうなので流しておくが、女冒険者の意見は言われてみれば尤もなものだ。
「『元』はその可能性もあると考えています」
少し考え、ヨクンはそう答えた。
「あ? なんだよ、元って」
「書類にもかいてあるな、ここに。『魔族』の活動の形跡と、『風残花』。ろくでもないのが、揃ってるな、はは。確かにいろいろときな臭い」
隣にいるウェイドリックが、同調するように言った。
「そうです。そこまでは『人災』の可能性があることは否定しません。実際僕が感じていた異変もそのことだったはずなんです。ですが『異変』は『塗り替えられた』。僕が知覚できない、樹海と結びつかない全く別の『異質な何か』に。もはや人がどうとか、そういう次元の出来事とは思えません。起きた出来事の『規模』が違いすぎます。巨大な魔素溜まりに、ドラゴンですよ? 国や魔族が陰謀でどうこうできることなんて、ありえますか?」
「ヨクン……君は間違いなく優秀だが、少し頭が固い時が、どうやらあるようだな? この世界は突拍子なく、想像だにしていないことが、割とよくおきるぞ。思っているよりもずっとな」
ウェイドリックの言葉に、抑えたような笑い声が、会議室内でいくつか起きる。
そしてその中心が、防具を着た大男とその周囲であることは、もはや説明するまでもないことだった。
「くく……だから息子に嫌われるんさね」
「……私的な話は慎んでください。会議中ですよ」
ヨクンが不機嫌に返す。ウェイドリックは横で、言葉を続けた。
「例えばこの地図のこともそうだ。魔物が『力を強めながら奥へ進んでいる』と、結論をほぼ断定しているが、可能性はそれだけではないはずだ」
「『力を弱めながら手前に進んでいる』という可能性も、あるさね」
「そうだ。あなたは発想が柔らかいな。そしてそれが事実だった場合、『時系列』は想定とは全くの逆になるだろう。そうするだけで考え方も、視点も、発想も真逆に変わる。わかるな、ヨクン。今はまだ思考を柔軟にしていい場面だ。ひとまず魔物だと仮定して進めるのは必要だが、それのみに絞って進めるのはまだはやい」
「はぁ……。わかりました。さまざまな可能性を検討して、それぞれの方向で調査を進めていきますよ」
「それでいい。戦って強いだけしか取り柄のなかった冒険者の時代は、もう古い。お前みたいに考える冒険者もこれからの時代は重宝されていくだろう。励めよ、ヨクン」
そう言ってニコリと笑みを浮かべたウェイドリックが、ヨクンの肩をバシバシと叩く。
このときヨクンはこの男が未だに何者なのか知らないことを思い出していた。なのに自分より上の人間だと自然と理解して、言うことを聞いている。釈然としないのは、それを自覚しているにも関わらず、逆らう気はおきずに受け入れていることだ。子供みたいなところがあると思えば、誰よりも説得力ある言葉を紡ぐ、不思議な男だった。
「それにしても何箇所か、薬草の生息地が潰れちまったのが痛いさね。こっそり独占してたあたしだけしか知らない金の湧く秘所だったのにねぇ。また見つけなきゃいけないよ」
「フンッ。その化け物が薬草集めて薬でも作ってるっつーのかよ」
それからも少し議論が続いた。
これまで黙っていた冒険者も口を開いて意見を述べている。
だがそれも加熱しすぎる前にギルド長が流れを一度止めた。
「これ以上は推論を重ねるだけになるだろう。確認が必要な大きな問題は、二点。異変によって引き起こされる『樹海の変化』と『異変の原因』だ。これから『Bランク帯』以上の主要ギルド員が集まってくる。大部屋で事態のさらなる共有と、今後の対応を本格化させる。続きはそのときにしたまえよ諸君。
それと、これよりこの案件を本ギルドにおいて『指定災害』に認定する。これが隣町や南大陸、果ては全人間国家にすら認定されぬよう我々が食い止めなければならない。それがひいては街を守ることにつながる」
「けっ、何が街だよ。どうせ、ただの体のいい『防波堤』だろ、ここは」
「……危険と平和の境目とは、どこにでもあるものだ。そして必ず誰かがそこにいる。それが我々なだけだ。いなくなれば代わりに誰かがそれをやるだろう、境目をより手前に移して、な」
「へーへー。分かってるっつーの」
今まで黙っていた、女冒険者とは反対側の席に座る男の言葉に、タガタラは両手を頭の後ろに回しながら答えた。
「ではヨクン、今会議が開けているのも元はといえばすべて、君の功績だ。本件について命名する資格がある。もし案があるなら、君が決めたまえ」
「では、《混域》でお願いします」
「ふむ。了解した。では指定災害《混域》の対処を、引き続き決めていくため本格的な会議に移る。少し時間があるため、それぞれ資料の読み込みと休憩を──なにかね、この音は……」
ギルド長は、言葉を途中で切り上げ、耳を澄ませる。
その音は障害によって、くぐもって聞こえた。
それなのに耳に入ってくる相当大きく聞こえるのだから、本来の音はかなりの音量で、どこかであがっているに違いない。
──ビョエエエエエエエエエエエエエエ………………。
ギルド長は音の聞こえる方……窓からギルドの外を見る。
そこでは人だかりができていた。
「……この音よぉ、ヤークテの連れてるビョン・エーだろ? 今日はいつにもまして喧しすぎんだろ。なんか警戒してんのか? って……あぁ、そういうことか……。なぁ、これもしかしてアンタのことを警戒してるんじゃねーのか?」
タガタラに言葉をかけられたのは、『ウェイドリック』だった。
ウェイドリックは、窓の外を一瞥して立ち上がった。
「なんだ、そうなのか? それじゃあ、俺はそろそろ行くか。元々部外者だし、これ以上ここに俺は必要ないだろう」
そう言って部屋を出て行こうとするウェイドリックに、ギルド長が声をかけた。
ウェイドリックは足を止めて、振り返る。
「もう行ってしまうのかね。残念だ。君にはもう少し居て欲しかったが……。また声をかけていいかね? 君の意見は相変わらず、的確で説得力があり、重宝する」
「この街にいる間なら構わない。その代わり俺の頼みも頼んだぞ」
「君の探している『冒険者』とやらの話かね。以前言った通り、私は『望み薄』だと思うが、それを承知でということなのであろう。であるならば、私ができる限りの全力を尽くそうとも」
「あぁ、頼む。代わりに外の様子は俺に任せておけ。うまく収めてきてやるさ」
そう言って部屋から出ていくウェイドリックの背中姿をヨクンは見送っていた。
「なんだか、頼もしい方ですね。ウェイドリックさん。どういった素性の方なんですか?」
そう馴染みの女冒険者に尋ねると、目を剥いてこちらをみてきた。
「はぁ……。ヨクン。アンタ……ってやつは。本当に言ってたんだね、『知らない』って。樹海一筋も大概にしときなよ」
「そんな有名なんです?」
「なぁ、ババア──」
会話を遮って、タガタラが女冒険者に声をかける。
またこの男は……。そう思ってヨクンはタガタラに鋭い視線を向けた。
すでに皮肉の一つや二つも、喉元まで出かかっている。会話を遮って、さらに相手を奪おうとするなんて快く思うはずがない。
「勉強ってどうやるんだ……?」
そう思って開けた口から、皮肉が出ることはなかった。だからといって閉じもしない。
そのまま言葉を紡ぐことなく、唖然とするためだけに開き続けた。
女冒険者も同様の様子だった。
「……驚いたね。なんの風の吹き回しだい? ガキの頃から暴れ者で手のつけられなかったアンタが。どれだけ諭されても耳を貸さず、匙を投げつけられたというのに。バカのまま図体だけデカくなって今更、突然そんなことを言い出すなんて」
「……だってのあの人が言ってたじゃねえか。『戦って強いだけの冒険者はもう古い』って……。俺、戦って強いことしか取り柄がねえぞ……。これからどうすりゃいいんだよ……」
普段からは想像のできないほど、項垂れ落ち込んだ姿に、この場の誰もが言葉を失う。
ギルド長すらも驚いて目を見開いていた。
「はぁ……今初めて実感したさね……。『Sランク』の影響力ってやつを……。想像よりも、随分と凄まじいものさね」
女冒険者がつぶやいた。
ヨクンと周囲の冒険者は沈黙を貫きながらも、心の中で同意した。
会議室から出た『ウェイドリック』は、長くない廊下を歩いていた。
本来なら街のギルドごとに変わる雰囲気や、木造にしては綺麗で居心地のいい建物に、ゆっくり思いを馳せて歩いていたところだったが、外でやかましく鳴く鳥の声がそれを許さない。急足で二階から、一階へ降りる。ちらりと手すりの先へ視線を向けると、一階で一般客が受付を行き来している様子が見渡せた。なんてことないギルド本部の平常な光景だ。
「すごい鳴いてますね……。ビョン・エーちゃん。どうしたんだろうなぁ〜。普段はちょっとブサイクで、でもとても可愛い鳥なのに……」
降りている最中に、一番階段に近いだろう一般客の会話が耳に届く。
なんてことない会話だった。本来なら意識すらせずに聞き流している。
ただ聞いたことのある単語が出てきたせいか、反射で会話を拾ってしまった。
「何かに警戒したり、怖がっているのかもしれないな。そんな鳴き声だ」
「確かに、そんな感じですね! 千夏ちゃんは、大丈夫?」
「…………」
「……千夏。……はぁ、悪いね、アウレンくん。まだあんまり人と話すのに、馴れていないみたいだ。だけど嫌っているわけじゃないと思うから、もしよければ地道に話しかけてもらえると嬉しいな」
「はい! 大丈夫ですよ! 初めての冒険者ギルドなんですよね? 僕も初めてのときは、すごく緊張しましたから! しょうがないと思います!」
「ありがとう、アウレンくんは優しいな。助かるよ、そういってくれると」
聞こえていた会話をしていた人物は、階段から降りた途端に目に入った。
探っていたわけではなく、正面の待合席で三人並んで座っていたために、降りてすぐ目についた形だった。水色の髪の中性的な男の子と、黒い髪の大人の男、深い帽子を被った女の子の三人が長椅子に並んで座っている。
「(──なにか……)」
不思議な気配だな……。
ふとそんなことが、思い浮かぶ。
三人のうちの一人──黒髪の男を一瞬見て、直感で浮かんだ思考だ。
思わず足を止めて、集中してしっかりと気配を感じ取ろうとしていた。しかしそのときにはもう、何も感じなくなっていた。不思議に感じた気配は何もなく、むしろとてもひ弱な一般人に見え、なぜ自分がそんなに疑り深く足を止めてしまったのか疑問に思うほどだった。
「…………?」
完全な、気のせいだろうか。
少し違和感を感じるが鳥の鳴き声が思考を現実に戻す。距離が縮まったからか、最初よりもずっとやかましく感じる。正面にある待合席のさらに奥にある出口へ向かって、歩みを進めていく。そのとき、ちょうど順番がきたのか、黒髪の男も立ち上がっていた。受付は逆にこちら側にあるため、必然的にお互い近づくように歩いていく。
そして……すれ違う。当然何もあるわけがない。
意識はすでに、建物の外の人だかりに向けていた。
だが次の瞬間、背後から呼びかけられる
「──あの!」
ウェイドリックは足をとめて、振り返った。
◇◆◇◇◆◇
前日決めた通り、朝早くから『冒険者ギルド』に来ていた。
今日はサイセの案内は無しだ。
そもそも冒険者ギルドにはもう顔を出せないと、サイセは言っていた。一団は全滅したが自分一人だけ生きて終焉の大陸から戻った……そんな話は「めでたしめでたし」で簡単に済むことじゃない。相当な面倒が起きることは目に見えている。しかも依頼の性質上『国』が動きかねない。
その話を聞いて、少し気の毒に思った。だがサイセは「落ち目だし、ちょうどいい機会だったんだ」と、爽やかに笑っていた。その笑みをみて強がりとか気を使ってとかではないことはとりあえずわかったから、俺は、本人が気にしていないならそれでいいかと思った。
近い理由で日暮も来ていない。
冒険者ギルドは『ベリエット帝国』とも関わりが深い組織らしく、どこでどう繋がっているか分からない以上、関わるのは避けた方がいいらしい。昨日のうちに『ラウンジ』と『花人族の村』を【ドア】で繋げたことを伝えると「今日はそっちに顔を出してみる」と言っていた。
というわけで、冒険者ギルドにきたのは俺と千夏の二人だけ。
……一応。外見上は。
冒険者ギルドは綺麗で立派な建物だった。
前の世界のビルやマンションに比べるとさすがに小さいが、それでも周囲の建物からは、大きさも質も頭ひとつ飛び抜けている。中に入ってもそんな印象は崩れることもなく、酒場が中にあるとか、乱暴者に絡まれるとかもない。もしそうだったら、引き返して千夏を【部屋】においてくることも考えてたけど、全くの杞憂だったみたいだ。むしろ質のいい公共施設に近い印象だった。
やはり創作物の冒険者ギルドみたいに、自由奔放とはなかなかいかないのだろう。そう言葉にすると不思議と何か、残念な気持ちになった。乱暴な人間に絡まれたいわけじゃないが、前の世界の社会人のように至極現実的に働いてる冒険者を見るのは、それはそれで微妙な気持ちだ。少し歩けば酒場が腐るほどあるから、全く違うというわけでもないのだろうけど。
冒険者ギルドでは、一般人もよく出入りしているがそれに混じって武装した人や、堅気に見えない厳つい人間もちょくちょく出入りしていた。
そんな風に出入り口で立ち止まって、観察をしていたせいだろうか。
困っていると思われて、声をかけられた。水色の髪をした、千夏と同じか少し大きいくらいの、まだ声の高い男の子だった。『アウレン』というらしい。彼は、俺たちが初めて来たことを知ると、ギルドの案内や最初の手続きのやり方を教えてくれた。おかげで手早く済ませることができた。
そして受付が空くまでの待つ時間、少し余裕があるらしいアウレンくんと、一緒に待合席に座りながら話をして過ごした。どうやら彼はギルドが開設している学校に通う見習いなのだそうだ。アウレン君は同じ年頃にみえる千夏が気になったのか、よく話しかけてくれたけど、千夏が恥ずかしがっているのか、人見知りなのか、あまり話を返せなかった。そんな千夏を、アウレンくんは悪い顔一つもせず接してくれて、改めて本当にいい子だと痛感した。
もう少し話をしていたかったが、受付の順番が回ってきた。
アウレンくんに別れをつげて、席から立って千夏の手をひきながら受付へ進む。横で少し強そうな男の人とすれ違ったが、意識を向けないように気をつけた。さっき相手から意識を向けられていたが、たぶん潜んでいる『驃』に一瞬気づきかけていた。【ペテン神】を咄嗟にかけてごまかしたが、あまり油断するとバレるかもしれない。
そんなことを考えて歩いていると、目の前に人が飛び出してくる。
ちょうどいこうとしていた受付に座っていた制服をきた女の職員だった。
「あの──!」
高い声で、切羽詰まったように呼びかける。
その視線は真っ直ぐとこちらに向けられていた。下手すれば、俺に言っているのかと勘違いしそうになる。だが違う。視線は微妙にズレて、直前にすれ違った男に向けられている。
「……? 俺か?」
背後から、男が振り返った気配とともに、声が聞こえる。
女の人はそんな男にかけよって、少しだけ乱れた息と共に「はい……!」と肯定した。
「あの……私、昔からファンなんです! いつも応援してます!」
横で熱っぽい表情を浮かべながら、女の人は言った。
言われた男は、その言葉に一瞬で爽やかな笑みを浮かべ、言葉を返した。
「そうか──ありがとうッ! 喜ばしいな、君みたいな子の応援は。俺や仲間たちが目的へ進む大きな励みになる。少し急いでいるため今はもう行くが、落ち着いたときまた声をかけてほしい。俺や、無論仲間たちにも。きっと喜んでくれるはずだ。すまないが今はこれで失礼させてもらうよ、また」
「はいッ! がんばってください──パーソンさん!」
そうして、男の気配が遠ざかっていく。建物の外にいったのだろう。
横にいる女の人は熱っぽい視線は、立ち去った男の背中が消えたと思われるタイミングまで、続いていた。
どうやらさっきの人は強そうなだけでなく、それ以上に有名人のようだ。
周囲にいる一般客の多くが、名前に反応して振り向いていたし、さらにそのうちの何人かが横にいる女の人と同類の視線を向けていた。
「………………」
「…………はっ」
ぱっと。
我に帰った女の人が、こちらをむく。
そして顔を赤らめながら、気まずげに言った。
「あの……申し訳ないですぅ……。どうぞ〜……こちらのお席へ」
「はい」
気まずい空気の中、ぎこちない笑顔で受付に案内された。
席につき、ギルドに登録するための説明を申し出ると、慣れたようにパンフレットらしきものが出てきた。表紙にはマスコットキャラクターのイラストが書かれていて、吹き出しで「冒険者ギルドへようこそ!」と喋っている。街を歩いているときに、看板とかに【鑑定】して書いてる文字が表示されるときとされないときがあったが、本や冊子は安定して大丈夫みたいだ。冊子を開くと次のページには「冒険者とは何者か!」とキャラクターが喋っていた。
「えーと……まず、『冒険者』とは本来、人間の生活のすべての土台を作る職業です。なので『零次産業』とも呼ばれています」
調子が戻ったのか。
本来の受付としての振る舞いを、完全に取り戻した様子で、女の人は言った。
「私たち人間が街を作り、暮らしていくにあたって、障害は数多く存在します。そして世界でも脆弱な人間は、自分を守るので精一杯で生活圏を広げるなんて、夢のまた夢です。ですがそれを国と国の垣根を超えて、人間という種族がまとまって協力することで、発足したのが冒険者ギルドなんです!」
そういう受付の人は、どこか少し誇らしげだった。
「『新しき人間の地を探し求め』、『新しき人間の地を整え』、『新しき人間の地を支え』。その三つが冒険者という職業の柱となる役割だと、今も全ギルドの共通理念として言われ続けています。ですが現代では世界の全貌は昔よりずっと明らかになって、人間の生活圏も大きく広がったので、実際のところ少し違っていますけどね。もちろん昔ながらの方針でやってるところも場所によってはありますけど……最近は全体的に専門性を重視する方向に変わっているのが現状ですね〜。なのでもし何か、秀でた知識や能力なんかがあれば当ギルドでの待遇は、優遇させていただきますよ!! もちろん『ランク』の方も!! あ、ランクっていうのは〜」
ランクの説明はすでにサイセから聞いているので知っている。
一番下である『Gランク』から四段階上の『Dランク』までは、冒険者ギルドで『見習い・学生』として扱われるランク帯だ。おそらくアウレンくんもここに当てはまっている。
そして『Cランク』からが、『主要ギルド員』といって本格的なメンバーとして扱われるみたいだ。
『Cランク』の中に『C』、『CC』、『CCC』と三段階あって、実力が上がるごとに文字が追加される。それが『Bランク』と『Aランク』も続くので、合計で九段階のランクがある。大体『AAランク』くらいから早ければ『1000LV』の壁を超える人が現れるらしいが、『AAAランク』でも『1000LV』に達していない人も、中にはいるらしい。レベルだけを絶対的な基準として見ている組織では、少なくともないようだ。
そして『主要ギルド員』の上に、最後『最高戦力』の『Sランク』を加えれば、冒険者ギルドのランクはそれですべてだった。
「それで……どうしましょうか?
説明ってことでしたけど、登録は……。
身分証があればすぐにできるんですけど……」
覗き込むように、尋ねられる。
「えーっと……身分証がない場合は?」
「えっ……ないんですか……?」
笑顔で、できるだけ愛想良く答えてみたけど、ダメだった。
完全にヤバそうなものをみる目で顔色を変えて、言葉を返された。
「ないですね」
取り繕ってもしかたなさそうなので、はっきりと言った。
すると少し躊躇いがちに、尋ねられる。
「失礼ですけど、どちらから『テールウォッチ』に?」
「それは……実は樹海の奥地に村があって──」
樹海の奥地には、以前あった魔族と人間の戦いで、逃げ遅れた人間たちの村がある。そこで樹海の脅威に日々怯えながら暮らしていたのだが、最近樹海の様子に異変が起きて、村が壊滅してしまい、村を捨て生き残った少女と二人で死に物狂いで街までやってきた。
……というのが昨晩サイセと一緒に考えて作ったシナリオだった。
割と良くできてる気がする。ほとんど花人族の境遇だけど……。
「そうですか……。樹海が発生した時代も大分昔になってきたので、もう無いかと思ったのですが、まだあったんですね……。逃げ遅れの民の村は……。それでしたら、無碍にはできませんね」
『テールウォッチ』という街は樹海に飲み込まれた国の人々が、遅れて逃げてきたり、取り残されて仕方なく樹海の中で生活していた、なんて人々を保護して受け入れる役割もかつてあった街だった。
だからそう言われると決して邪険にできないというのがサイセの目論見だったが、実際その通りに話が進んだようだ。深刻そうな受付の人を見て、嘘で同情を引く罪悪感を感じるべきか、単純な手応えを感じるべきか。いや今はそんなの邪魔で無駄な考えだ。頭を振って、思考を振り払う。
「ただそうなると、登録には《ステータス》の開示と、多少の面談が必要になるのですがよろしいですか? 先に街の身分証を取りに行くって方法もありますけど……」
それだとサイセから教えてもらった冒険者ギルドの《ステータス》表記が使えない。統一した基準をもってる冒険者ギルドと違い、独自の基準をもつ街や国の《ステータス》表記となると何が表示されるか分かったものじゃない。地雷が多い《ステータス》はできる限り慎重にやる必要がある以上、情報が得られる冒険者ギルド以外に選択肢はなかった。
「大丈夫です。お願いします」
「分かりました。では、少し席を移動しましょう」
少し隅の、周りから見えにくいところに案内される。
席に座っている間、受付の人は何やら道具を色々取り出して準備をしていた。
やっぱりこれまでどこにもいなかった人間が、ぱっと唐突に現れるというのは、どちら側にとっても手間がかかって面倒な物だと思う。
当然怪しまれもするし、《ステータス》を見せることも要求される。それでも恩恵を得たいと思ったのは俺の方だ。もちろん『利益』を望んでのことだけど。でも社会だって当然利益を求めるし警戒もする。その相手が、社会を築くのに一切何も関わってもいない人間ともなれば、それはなおさらそうだ。
ならこれくらい、当たり前のことだ。
そう心の中で、つぶやいた。
「それでは腕を出してくださいね〜」
「腕?」
「は〜い。腕で〜す」
「…………」
腕を出すと袖をめくられ、何か薄い紙のようなものを腕に巻かれる。手首から肘まで、皮膚の上を直接覆うように包まれ、なんだか前の世界での血圧計みたいだった。なんで冒険者ギルドにきて、血圧計を思い出すことがあるんだろう。
「えっと、少し時間がかかるので、面談を先に済ませておきますね。ここからの会話は記録されるのでご注意くださいー。あっ、それと『偽装スキル』とか使っちゃダメですよ? 記録装置や、いま測定してる《ステータス》に詐称スキルの使用が発覚した場合、ギルドへの加入は即刻取り下げられて、場合によっては犯罪で捕まっちゃいますからね〜」
……結構厳重だ。
事前に話を聞いてなければ、【ペテン神】とか使って誤魔化していたかもしれない。
サイセがいなかったら、いきなり犯罪者、なんていうのもありえた未来だった。
「結構特殊な《ステータス》なんですけど、大丈夫ですか?」
「あははは!! 自信満々ですね〜。そうやって最初に期待値をあげちゃう方、結構いますけど実際にそれを超えてくる人はそんないませんから、大丈夫ですよ〜。それにこう見えて職業柄かなりの人数の《ステータス》を見てますから〜。ではまず最初にお名前を教えてください」
「アキです」
「苗字は?」
「ありません」
「……生まれはどちらですか?」
探るように見つめられる。
その瞳を見つめ返しながら、できるだけ平坦に努めて答えた。
「……ここから樹海の奥の、さらに奥にある……場所です。みんなで協力して生きる、村みたいなとこですかね」
「その場所に名前とかは無かったんですか?」
「特にありませんね」
「では──」
そうして、質問に答えていく。
少しの時間だけだったが、結構長く感じた。
そういえば役所の手続きとかは、思い返してみると苦手だったな……。
それにこの調子だと千夏に身分証は、まだ無理そうだ。
あまり考えていなかったが。それにまずは『人間』に【種族変更】できるようにならないと話にならない。
「面談は以上ですね。お疲れ様です〜。
《ステータス》の方も測れたと思うので取りますねー」
ペリペリと腕に巻き付いていた紙が、はがされる。
その時ちらりと一瞬、腕に接していた方の面に文字がびっしり書き込まれているのが見えた。
受付の人はその面を表にして、内容を読み込んでいく。
そして段々と顔色が変わっていき、同時に無意識からか変な声が漏れ出していた。
「ふーん……。は……? えっ……え? えっ!? えーッ!? でえーーーッ!?」
「(……でえ?)」
「あ、あの。ここに書かれてる《ステータス》は本当にあっているものですか!? ちょっと、早急にご確認を!!」
そういって、はらりと正面に紙が置かれる。
【鑑定】で文字を読み込んでいく。
※ステータス※
名前:アキ
レベル:1
種族:人間
出身国履歴:なし
所属組織履歴:なし
犯罪履歴:なし
スキル
1:投擲 LV53
2:身体能力強化 LV48
3:魔力量増大 LV47
4:気配遮断 LV44
5:察知・探知能力強化 LV44
6:環境適応 LV39
7:爆破魔法 LV35
(※)
ユニークスキル
1:暗黒召喚
2:物質転移
3:ペテン神
4:吸収
5:アイテムボックス
6:災獣使い
能力:部屋創造 LV19
※
「問題ないですね」
一通り確認して、そう答えた。
表示されてる内容自体に問題もない。事前に『調整』した通りになってる。
【種族変更】で種族を変えた場合、『レベル』はその種族固有の基準になる。
じゃあ『スキル』はどうなるかというと、自由に表示を変えることができる……みたいだった。つい昨日、試して気づいた。本来のスキルレベルから、引き出して表示している感じだ。たぶんスキル自体をどうこうしているんじゃなくて、ただ《ステータス》に書かれていない。これはそれだけのものだ。だから数字や表示を変えたところで違いをまるで感じないし、【種族変更】をやめて元に戻った状態で試してもスキルの表示は変えられなかった。
とりあえず俺はいい加減、終焉の大陸との強さの違いを理解してきた。
だからこの《ステータス》のスキルレベルも元のレベルから半分ほど落としている。
「え……本当に、本当にですか!? 【能力】があるのも!! 【ユニークスキル】の数が異常に多いのも!! 『スキル』のレベルが異常に高いのも!! って、何これ……でえーッ!? さ、災獣ッ!?!?」
しかしそれでも受付の人の反応をみると、相当高いレベルのようだ。
「それは一回も使ったことないスキルですね。なぜか生まれたときからずっと持ってます」
【部屋】の中に住む環境魔獣が増えていくうちに、勝手に追加されてた【ユニークスキル】はなんとか力づくで押し通す。『スキル』は自由に表示を変えられるのに【ユニークスキル】は変えられないあたりいまいち基準がよくわからない。
「こんなすごい《ステータス》なのに一転して……その──」
続きの言葉を受付の人は、少し言いづらそうにしながらも、はっきりと言った。
「レベルが、『1』なのは……」
「それも事実です。何故か生まれつき、レベルが上がらないんですよ。困ったことに」
とにかく、押し切る。
それしかない。
この世界は、何が起きてもおかしくなさすぎる。
だから俺がそうだと言い切ってしまえば、誰も否定できない。こんなにもさまざまなことが起こりうる世界で、誰が『ありえない』なんて断言ができるのだろう。大陸を出たのは初めてでも、異世界にきたのはもう長年たっている。そしてこの世界がどれだけ想像を超えてくるかは終焉の大陸で散々、死に物狂いで、感じてきた。
だから理由をでっちあげたとしても、堂々としていれば意外と押し切れるんじゃないかと考えていた。すべてを誤魔化そうとすると時間が経ってもし付き合いなんかができてしまうと、誤魔化すのが大変になる。それなら先に曝け出して強引に受け入れさせたほうが、案外うまくいくこともあると思う。
「まさか……『呪い』ですか……?」
だがここで神妙な顔で、そう言われてしまう。
まさかこの期に及んで、新しいものが提示されるとは思わなかった。
もしかしてまだ『ありえない』と思ってたのは俺の方だったのだろうか。
「……その可能性もあるみたいです」
「そうですか……それは気の毒ですね……」
本当に同情したような様子で言っていた。
「ところでこのスキルの欄の下についてるマークはなんですか?」
このままだとボロがでそうなので、はぐらかす意味もこめて、気になってることを尋ねた。
「それは表示限界表記ですね。あまり冒険者の方の情報を開示しすぎないための措置です。管理するために情報を知っておきたいギルド側と、自分を守るために情報を明かしたくない冒険者側で、その……協議を重ねた結果ですね。スキルの読み込みはレベルが高い順で7個までとなっていて、それ以上の数がある場合は表示限界表記をつけて読み取れないようになっています。……スキルの数も多いですね?」
「そうですね」
呆れた様子で言う受付の人に、曖昧に笑って頷いた。
「それよりもその、ですね……。この《ステータス》だと、ちょっと困ったことがありまして……」
「? なんですか?」
「結論からいいますと……このままだと冒険者ギルドに登録できません」
「え……」
想定外の事態だ。
「それは……どうしてですか?」
「実はそういうレベルの規定があって、『30レベル未満』の方は冒険者ギルドへの登録ができないのです……。正確には一度『学校』に通ってもらう必要があるっていう規定なんですけど……」
学校……。時間がかかりそうな響きだ……。
『レベル1』にしたデメリットが、ここにきて形に現れてしまった。
しまったな、と思う。
これはサイセから聞いていなかった。
そもそも俺の《ステータス》をサイセに見せてない。
レベルをあげてから出直そうにも、街にくる前に樹海で魔物を倒したが、一向にレベルが上がる気配はなかった。最初はもっと簡単にあげられたはずなのに、明らかに【勇者】でレベルを上げたときとは違う状況だ。レベルはスキルみたいに表示を変えられないし、現状【人間】状態でのレベルアップに見通しはついていない……。
話を続けると、大人になるまでに一般人でも『50レベル』ほどにはなっておくものらしい。一切戦わなかった大人でも少しレベルを上げれば『30』くらいにはなれるものだそうだ。つまり冒険者になるレベルのラインは相当最低限に引かれたもので、それすらも越えられてないとなると……という話みたいだった。
まぁ……最悪学校に通うというのも……。
「その学校というのも……どっちかと言うと『子供向け』でして……。さっき話していたアウレンくんくらいの年代の子が主に通ってる場所なんですけど……大丈夫ですか?」
「……なんとかなる方法は、何か他にあったりしますか?」
「まぁ、そうですよね……。《ステータス》見た感じ、全く戦えないってわけじゃ、絶対無いわけですし……。でも、どうなんだろう……前例がなさすぎて私じゃちょっと判断が……。あーもう! ちょっと待ってください!!」
受付の人は頭を掻きむしったあと、ペンと紙を取り出して、凄まじいスピードで何かを書き綴っていた。そして書き終わると今度は紙を折り畳みはじめるが、みていると小さく畳むためではなく、紙飛行機を作るためのものだった。手際よくできた紙飛行機を受付の人が飛ばすと、綺麗な軌道を描いて建物二階へ吸い込まれていった。
その直後、二階の通路奥から男が現れた。
長い髪を後ろでまとめて、眼鏡をかけた利発そうな壮年の男は一階へ降りると、真っ直ぐにこちらへと歩いてくる。そしてその間ずっと、コツコツと頭をノックされるように、紙飛行機にずっとつつかれ続けていた。明らかに鬱陶しいはずなのに、表情を一つも崩していないのが印象的だった。
「全く、何事かね?」
「あ、ギルド長……。すいません、会議の途中に」
「ちょうど一段落ついたところだったのだがね。騒がしかった外の様子でも見ようかと思って出てきた途端に、この有様だよ君。ヤークテの方はどうなったのかね?」
「そういえばいつの間にかヤークテさんの飼ってる鳥さんの声も、人だかりもなくなっていますね。対応していたので事の顛末を私はあまり知らないんですけど……。でもたぶん、一旦家に帰ったんじゃないでしょうか?」
「……ヤークテにビョン・エーを家に置いてもう一度ギルドに顔を出すように伝えたまえ。それで私を呼んだ要件は……」
「あ、そうでした──」
「いや、いい。今見よう」
受付の人は素早く指示の内容を紙に書いて、手早く紙飛行機を作ろうとしていたところで顔をあげる。それを見たギルド長と呼ばれる男は、すぐに受付の人に続けることを促した。受付の人は頷いて紙飛行機を作るとそれを飛ばし、紙飛行機はギルドの建物から綺麗な軌道を描いて飛んで出ていった。
その間にギルド長は、頭をしつこくつついていた紙飛行機を一度強く握りつぶしてから、紙を開いて内容に目を通していた。
「……なるほど。このような事態は初めてのものだな。レベルやランクの規定における例外を、必要とした事例は過去にも何度かある。竜と突如契約したり、能力に目覚めたり、と。だが『レベル1』で冒険者ギルドに登録にきた者は、そもそも初めてなのだよ、君。本来なら問答無用でおかえりいただくところだが……。ふむ、全く戦えないということではなさそうだ」
ギルド長とよばれてる男は、顔をあげてこちらに視線を向ける。
「正直なところ、判断は今のままじゃつけがたい。そういったところなのだが。そこでだ、どうかね。このあと私の会議が終わったあとに時間が空いているのであれば、手合わせをして実力を見る機会を作ってもいい。もし相応の実力があれば、登録まですみやかにさせよう。ふむ、となると、登録審査の一環、ということになるのかね」
「え? ギルド長がですか……?」
「私が、だとも。私がやらねばならないことなのだよ、君。他の誰にも任せることはできない。それほど、我々の一員に加えて身元を保証するという決定は、重い責任がのしかかるものなのだと理解したまえ。今回みたいな特例なんかは、際立ってそうだがね。何かあったときに奔走するのは私の役目になる。見極めるのも当然というものなのだよ」
淡々と諭すように受付の人に、ギルド長と呼ばれる男は言った。
受付の人は「なるほどぉ〜」といって返した。
「本来なら手間や面倒は遠ざけたいものだが……優秀な人材をみすみす手放すには、いささかここは『危険地帯』に近すぎるのだよ。難儀なものだがね。それで、どうするのかね? 私はどちらでも構わないが」
頷いて「お願いします」と答える。
「昼前には終わるのでそのときにこの建物内にいたまえ。それと遅刻は厳禁でお願いしよう。作られた機会をふいにするようであれば、学校に入り一から学び直してギルドに加入する方が、すべての見方で正しいものになると思いたまえ。では、また後ほど」
そういってギルド長は去っていった。
「あの……」
小声で受付の人が話しかけてくる。
「あんま、無理はしないでくださいね。ギルド長、元々『AAAランク』の冒険者をやってた叩き上げですから……。あまりこういうこと言うのよくないですけど、レベルも『大台』乗っちゃってる人ですし……」
遠回しな表現だが、おそらく『1000LV』を超えている、ということなのだろう。
そんなことを言っていいのかと尋ねると──。
「厳密な守秘措置が必要なのはあくまで『冒険者』の情報ですから!」
少しお茶目そうな仕草をして受付の人は言った。
とりあえずギルドに登録するための要件は一通り終えたが
一つだけまだ用事があったので、受付の人に声をかけた。
「魔物の素材って、冒険者じゃなくても売れますか?」
「えっ? あ、はい! ボーナスはつきませんが、適正価格でいいなら大体は売れると思いますよ。何か売りたいものでもあるんですか?」
「これなんですけど」
【アイテムボックス】から、素材を取り出して、机において見せる。
「えっ、これ──」
取り出した素材に、受付の人は手を伸ばしていく。
だが段々手が震えてきて、その手は結局素材に触れる前に、ぴたりと止まった。
「これ『白虹鳥の羽』ですよね……!? え、でも、うそ……。こんなにくっきりと濃く浮かび上がった『虹色』なんて見たことないですよ! どこでこんな……」
「村から無一文で出てきたんで、手元にお金があまりなくて……。家宝として受け継いでる素材を持ってきたんですけど、売れますかね?」
適当な言葉を並べて尋ねると、受付の人は縦に何度も首をふって「売れますよ!!」と肯定してくれた。
よかった。
もしかしたら思っているよりも簡単にお金の問題は片付くかもしれない。そう思って自然と漏れる笑みで、受付の人に尋ねた。
「いくらくらいで売れますか?」
「えっ?」
「ん?」
ぴたりと受付の人が止まる。
よく分からず、首を傾げると「あっ」と受付の人が声をあげた。
「私は買い取りの専門じゃないので何ともぉ……ですねぇ〜……。ちなみに買い取り場はここから出て別の建物となっておりますぅ〜」
「………………」
どうやら買い取ってくれる場所は違う場所で違う人にやってもらうみたいだ。
このまま売れるのかと勘違いしてしまった。
「あー……はい。……わかりました」
間違ってしまった気持ちを抑え込みながら、答える。
「……すいません」
そして千夏の手を引いて建物を出ていくとき、ぼそりとそんな声が背後から聞こえたのだった。
【新着topic】
【固有スキル】
『種族変更』
混人族特有の固有スキル。まだまだ謎が多い。文字通り種族を変えられる力。魔物など根本的に体の作りが違いすぎる種族には変えられない。また変わるためには情報が必要だと推測されてるが、手早く情報をえられる鑑定などがない場合は条件が不明になる。種族を変えた場合、レベルは種族ごとに固有の数値になっており、最初変更したときは種族レベルに合わさる。その際大幅にレベルが減少することもあるが、多少弱くなるもののすべての力がなくなるわけではないらしい。スキルは自由に表示を変えられるが、元の数字より上には上げられない。ユニークスキルは表示すら変えられない。元の種族の場合は、スキルの表示も変えられない。終焉の大陸から出る手段として悪魔族になって飛んで出ることも、案の一つとして考えていたふしがあるとかないとか。