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灰色の勇者は人外道を歩み続ける  作者: 六羽海千悠
第2章 水面を見上げる魚たち
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第92話 ──衝撃



 一ヶ所に集まった花人族を、秋という男は見回していた。

 その視線は見定めるようなもので、自分たち花人族は狭い肩身を寄せ合うことしかできなかった。


「あなたたち『花人族』を俺の『部屋』の中に、ね……」

 

 長が秋という男に、『自分たちをおいて欲しい』と言った。

 その出来事に少なからず驚いた……が、すぐに理解した。

 もはや花人族はそうするしか生き残る道はないのだと。

 そもそも元から生き残る道なんてなかったのだから。


 だから詳しいことはどうでもよかった。

 秋という男がどんな力をもっていて、どうしてくれるのか。長がなぜ知っているのかも。彼の結論によって自分たちの命運が左右されるという紛れもない事実に比べれば、優先順位の低い疑問でしかない。


 気がつけばそこにいる全員が黙って、固唾を飲むように秋という男の言葉に耳を傾けた。


「……そうしたら、間違いなく後悔することになると思うけど」


 秋という男は、淡々と答えた。

 長はその言葉を受け止め、ゆっくりと頷きながら返す。


「きっと……その通りなのでしょう……。ですが、もはや後悔するか、滅びるか。その選択肢しか、我々には残されておらぬのです……。変わる兆しを見せる樹海は、これまで以上に危険な香りを漂わせようとしています。そんな最中というのに、我々は苦し紛れに逃げ込んだ住処をも、たった今失いました。すべては我々の未熟さ、脆弱さが巡り巡ってこの結果を招いたのは重々承知しております。長として、この結果はもはや被るべき恥をすべて被ったにも等しい最悪の結果です……。

 しかしそれでも長として、皆に『このまま枯れて朽ちるまで死ぬのを待て』と命じる恥だけは、被ることができませんのです。

 あなた様のお力については、テレストから聞き出しました。お力を暴くような真似をして申し訳なく思いますが、我々は決してあなた様に我々を生かしてほしいとは願いませぬ。ただ、どうか、最後に戦うチャンスをいただきたいのです」


 長の言葉の途中あたりから、小さくすすり泣く声が聞こえはじめる。

 見てみると、何人かの仲間が、我慢しながらも抑えきれずに涙を流していた。


 気持ちは痛いほどわかった。

 戦いばかりの魔族の国から脱出して、この樹海へやって来た。

 自分たちにより都合のいい結果を求めて。

 そうしてたどり着いた結果がこれだなんて、自分たちが惨めで、情けなくて仕方がない。


「──来たいならば、別に構わない。好きにすればいい」


 すすり泣く、どこか薄暗い空気を気にする様子がなく、そう答えた。

 続く言葉も淡々としたものだった。


「ただ始めに言っておくが、『そこ』では住んでる『住人』はあなたたち以外にもいる。だけど今のあなたたちに、たぶん誰も、生きるための手助けをしたりなんかしない。生きたいなら、自分で自分をどうにかするしかない。糧を得るのも、その場所に馴染むのも、他の住人に協力を得るのも。当たり前だけど、俺が手を貸すこともない」

 

「……それは、過酷ですな」


 そう言って疲れたように苦笑いをする長が「やめるか?」と尋ねられるもすぐに首を振った。


「どうか我ら一族を、よろしくお願いします」


 と、長は頭を下げた。

 続くように全員で、頭を下げる。


「……よろしくお願い、か……。まだ早いような気もするけど。

 自分たちが本当によろしくお願いするか──していいのか、どうか。

 まぁとりあえず……しっかり『見て』みたらいい」


 頭を下げていたから、秋という男の表情は見えなかった。

 でも見えなくてよかったのかもしれない。

 その無機質な瞳を正面から覗いてしまえば、これからどんな場所に連れていかれるのかを、きっと想像してしまっていただろうから。


「【部屋創造】──『15000RP』を消費して『村』を作成」


 言葉を耳に入れ、頭を上げる。

 勝手に上げたのは結局気になっていたからだ。秋という男の力を。


「扉……?」


 ゆっくりと現れるそれを見て、誰かが呟いた。

 扉は物体としての性質を帯びていくにつれて透明性を失い、奥の景色が見えなくなっていく。


「【部屋創造】」


 もう一つ、扉をさらに作り出すと「少し準備をしてくる」と言い残して中へと入っていった。


 パタリと、扉が閉まって男の姿が見えなくなった途端に、場がざわめきはじめく。

 各々がこれからの不安だったり、あるいは扉への好奇心だったりを傍にいる人へ向けて口にしはじめたからだ。


 そんな風に周囲の様子を伺っていると、森の奥からやってくる人物に気がつく。

 それはセルカルだった。千と呼ばれていた方と一緒に、ここへやってきていた。


「セルカル……!」


 名前を呼びながらかけよる。


「テリ……。皆どうして洞窟の外にいるんだ? ていうか、周りの木も全部折れ曲がってるし、あちこちにでかい岩が転がって、めちゃくちゃになってるじゃないか。どうなんだってんだ、これは? 何がおきたんだよ、いったい」


「それは……。そんなことより今まで、どこに行ってたの?」


 そう言うと、セルカルの目が泳ぐ。

 

「……そんなこと、今はもう、いいだろ。

 それどころじゃないだろ? どう考えても。

 いいから何があったのか教えろよ」


 少し納得いかないと思いながらも、状況を説明する。

 

「マジかよ……。じゃあこれから俺たちは新天地に行くのか!?」


 そう言って、仕草も声も大袈裟にしながらセルカルは喜びをあらわにしていた。


「なんだよ、それじゃあもうあんな『穴蔵』なんかに戻らなくてもすむじゃないかっ! は、はははっ、やった……! やったな、おい!! やったんだよ……俺は……。何もかもが無駄になっちまったけど……これなら……これでいいんだ……はは」


 ……が、いつもと比べて少し大袈裟すぎているような気がした。

 少し異様で、怖かった。なんだろう。お酒でも飲んでいるのだろうか。


 こちらに気づいて姉のマアナが駆け寄ってきた。セルカルとは幼馴染だから、姿が見えないことに心配していたのだろう。そしてセルカルに、甲斐甲斐しく自分と同じようなことを尋ねていたが異様な様子の、セルカルの耳には届いていないようだった。

 二人して困惑していると、セルカルの肩に手が添えられる。その瞬間びくりと身体が一瞬はねて、あれだけ興奮していたセルカルの動きがピタリと止まった。


 手を置いた人物はセルカルの背後から、囁くように声をかけた。


「セルカルさんっ。

 もう、『変なこと』をしてテリさんに心配かけさせてはいけませんよっ!

 わかりましたかっ?」


 満面の笑みで、かわいい服で、千という方は言った。


「あ、あぁ……。わ、わかった。

 い、いや、わかりました……。

 わるかった、テリ…………それと、マアナも」


 その言葉に満足げに頷いて、千というお方は手を離した。


「…………」


 謝られた言葉を、どう受け取ればいいのかわからなかった。

 明らかにセルカルの様子がおかしい。さっきまで異様に興奮していると思ったら、今度は脂汗を流しながら、目を泳がせて何かに怯えるように言葉を言っている。ただ一人陽の光を浴びて保っていた顔色が、血が通っていないかのように白い。


「……本当に、大丈夫なの?」


「大丈夫だって」


「本当に……?」


「しつこいんだよ!! 大丈夫だって言ってるだろッ!」


 唐突に声を荒らげられて、驚く。

 異様な雰囲気を感じ取ったのかチラチラと他の人がこちらに視線を向けていた。


「それより『新天地』へは、いつ行けるんだよ?

 まだなのか? なんか変なドアがおいてあるけど……。 

 あれが何か関係あるのか……?」


 そんな周囲を気にする様子もなく、セルカルはこの場にある異物に気がつくとそちらへ近づきはじめた。勝手に近づかない方がいいと、言っても聞く耳を持たない。


「うわっ!」


 唐突にセルカルは驚いた声をあげる。


「あぁ、悪い」


 開いた扉から出てきた秋という男と、セルカルがぶつかりそうになる。

 だから言ったのに。

 セルカルは「い、いや……」とだけ答えると、雰囲気にのまれたのかその後に言葉を発することはなかった。


 それにしても……最初に入った扉は『二番目に作った扉』だというのに、今出てきたのは『最初に作った方の扉』からだ。あの二つの扉の中はつながっているのだろうか。

 秋という男は、その場で自分たちの方へ視線を向けると、扉を軽く指で小突いて言った。


「準備ができたから、このドアの中にある『村』は好きに使ってくれていい。家も土地も……範囲内にあるものならすべてどうしてくれても構わない。干渉するつもりもないから、あとで自分たちでいろいろ決めてほしい」


 事務的な報告のようだった。

 だけどそこで言葉は終わりではなく「それと一つ『忠告』だけど──」と続きを口にしようとしたとき、唐突に、扉が開く音が言葉を遮った。全員が扉の方に視線を向けたときには、パタリと閉じていた。


 秋という男がちらりとその扉に目を向ける。

 勝手に中へ入ってしまったセルカルの姿は、当然そこにはない。


「も、申し訳ありません……」


「気にしなくていい。好きにしていいって、言ったばかりだし。

 それに残った話も大した話じゃあない」


 長が謝ると、特に気にした様子もなくそういった。


「ただ一つだけ──『忠告』をしようと思っただけだ。部屋の中にある『もう一つのドア』を開けるときは『慎重に』開けたほうがいい。その『外』に出るなら尚更に。そのドアの外側は俺の作った部屋とは関係ない、全く『別の場所』にある、ここよりはるかに『危険な場所』だから」


「…………」

 

 固唾を飲む音がいくつか鳴った。

 この場にいる全員が少しだけ萎縮している。


 もはや言うことがないからか、黙ってこちらに向けられている視線が辛かった。

 誰かがあの扉を開けて中に入りはじめない限り、ずっとこの時間は続く。

 だけど誰も動かないのは、全員が躊躇しているからだ。

 

「おい、皆! 早く来てみろよ!! すごいぞ!!

 本当にすごい……こんなことありえるのかよ!」


 雰囲気に合わないはしゃいだ声があがる。

 すでに中に入っていたセルカルが、扉から顔だけを出してあげた声だった。

 セルカルは言うだけ言って、すぐにまた中へと引っ込んでいく。扉は開けられたままだった。


「皆も、入りなさい。これから過ごしていく場所へ行くというのに、躊躇っていても仕方がない」


 セルカルの行動と、長の言葉をきっかけに、ようやく一番近い者から扉の中へと入っていく。

 勝手に思われたセルカルの行動もいい方向に働いていると言っていいのかもしれない。とはいえあんあにも落ち着きのない人だったか、一抹の疑問は頭の片隅に残り続けていた。


 自分の順番がやってきて、扉の中へ入る。

 入ってすぐに背後でぱたりと音がたった。後ろから続く人は残り少なく、全員入りきったため人が途絶え扉がしまったようだ。テレストと長がまだ入ってきていないようだが、彼らはまだ話すことがあるのかもしれない。だから気に留めなかった。


 それよりも──。


「すごい……素敵な場所……」


 姉のマアナの唖然とした声が耳に届く。

 全く同じことを、心の底から思っているところだった。


「わぁ…………」


 思わず、感嘆の声が漏れ出てしまう光景だった。


 とてものどかな、牧歌的な景色が広がっていた。

 地面に低い草が絨毯のように敷き詰められて生えていて、風に揺られている。裸足で歩いても気持ちいいだろう。


 ここはどういった場所なのだろ?

 風がある……つまり、世界のどこかにある別の場所に連れてこられたのだろうか。

 わからないが疑問は尽きなかった。いろいろと理解をこえていた。

 

 敷地の端は柵で区切られていて、その柵を越えた先には見えない壁があるようだった。不思議そうにその壁を仲間たちが触っている。しかし壁といっても景色は続いていて、小高い丘に立って見ているような、草原や連なる山の大自然を遠目から見下ろしてみる景色は美しく、ごちゃごちゃした疑問も思考もすべてが吹き飛ぶように感じる。敷地自体の広さも百人もいない花人族には過ぎた広さで、乱雑にぽつぽつと小屋のような家が立っており、そこを使えば今からでも生活することができそうだ。

 洞窟の生活を思えば天地の差もある環境に全員が感極まっている様子だった。


「あぁ……なんと……。こんな『故郷』のような場所を……。我ら種族がずっと静かに、穏やかに、暮らしてきたような場所を与えてくれるなんて……」


 年配者がずっと昔の、故郷を思い出して泣いていた。

 自分はまだ生まれてないのでその場所のことは知らない。

 ただこんな場所だったのかと、ようやく理解できたような気がした。土と草の匂いに心がとても落ち着く。

 

 そして、何より空から降り注ぐ──『日差し』の存在。


「ここは『楽園』か……。

 こんなにも穏やかに、『陽射し』を浴びられる場所があるなんて……」


 すぐそばにいる家族が、抱き合って、日差しに喜んで泣いていた。

 自分の肌に目を向けてみると、ほんの少しだけ血色が戻ってきている。

 間違いなく本物の日差しだ。少なくとも身体は本物だと反応をしている。


 こんなにもすごい場所を、住む場所として自分たちに与えてくれる。

 秋という男──秋様は自分の想像以上に偉大で、寛大で、そして花人族の『救世主』なのだと、そう感じた。


「お、もう一つ『ドア』があるぞ。

 これはどこに繋がってるんだ?」


 セルカルの方へ視線を向けると、確かに扉があった。

 最初使ったものとは少しだけ装飾や形が違う。別のものなのだろう。

 そして……ということはつまり。

 開けた先につながっている場所は樹海とはまた別の場所だということだ。


 ──カチャリ。


「え……?」


 セルカルが扉の取手に手をかけて、開けていた。


 ──『慎重に開けた方がいい』。


 ……あれだけ忠告されていたのに……いや、セルカルはそのとき部屋に入っていてその言葉を聞いていない。

 嫌な予感がした。すぐに引き戻さないと。


「森……? 樹海か……?」


 開いた扉の外の光景を見て、セルカルが呟く。

 外の様子を慎重に伺いながら、恐る恐る、足を扉の外に踏み入れている。


「待って、セルカル!! 外に出ちゃダメ──」


 その直後だった。

 扉の外に踏み出していたセルカルの足に、しゅるしゅると何かが巻きつく。

 それは植物のツタのようなものだったが、それがなんだったのかは、結局わからなかった──『最後』まで。


「な、なんだこれ」


「セルカルッ!!」


 セルカルの方へ走る。

 未だ恍惚さが抜けきれておらず、何が起きているのか分かっていない仲間たちが、視界の端で通り過ぎていく中で。


「あっ……」


 ずるりと、セルカルが転けた。まるで冗談みたいだった。

 すぐに立ち上がって、恥ずかしそうにしているセルカルをからかってひと笑いでも起きてしまいそうな。


 そんなことをばかみたいに考えたけど、そうはならない。

 それどこか、巻きつかれたつたに引っ張られて、セルカルの姿はみるみると遠ざかっていく。


 セルカルの縋るようにこちらへ向けられた顔が目に入る。

 絶望に染まったその暗い瞳には、セルカルと全く同じ瞳と表情を浮かべた自分が写っていた。


「こんな……つもりじゃ……なかったんだ……。

 ──マアナ…………」


 微かに届いたその言葉を最後に、引きずられているセルカルの姿が消える。

 尋常じゃない数の獣の魔物に群がられて、姿が見えなくなった。

 魔物と魔物の微かな隙間を縫って、肉片と血飛沫が飛び散っている。


 気持ち悪くなって口を思わず抑えた。胃から迫り上がってきそうな感覚を必死に押しとどめる。


「キャァァァアアアアッッ!!」


 背後から針のような甲高い悲鳴があがる。姉のマアナのものだった。

 そして姉の悲鳴をきっかけに、同じ光景を見ていた仲間の悲鳴もあがり、事態に気づいていなかった者も異変に気付き始める。


 気づけば全員が、開いたままの扉に注目していた。その先にくりひろげらている光景に釘付けになる。


 セルカルに群がっていた獣の魔物たちが一斉に自分たちへ視線を向ける。「ひっ」とどこかからか声が聞こえた。しかしそれから、魔物たちは微塵も動く様子がない。動けないのだろう。白く染まった体は、微かにあるだろう呼吸の動きすらも感じさせないほど静止している。直前までこちらにむけていたおぞましい視線も、いまや生気の無いものに変貌していていた。


 獣の魔物たちにおきた変化が広がるように、地面は白く染まり、土すらも『凍りついて』いく。最後にまるで空すらも凍らせたかのように猛烈な『雪』が吹き荒れていた。


 森だと思っていた扉の外の環境はいつのまにか見ているだけで身体の芯まで凍えてしまいそうな『極寒』の景色に変わっている。


 どこからか、狼の遠吠えが響きわたっていた。


「は……? なんだこの光景は……。

 どこだ、一体、ここは……」


 長を支える、村でも二番目に位の高い年配の男が呟くのが耳に届く。だが目は扉の外から逸らすことができず、光景に釘付けだった。


 ──ボッ、と。


 どこからか音が聞こえた。その直後から扉の端に猛烈な火炎が現れ始める。そして極寒の環境を浸食するように呑み込み始めた。

 だが溶けた雪は再び凍りつき、より分厚い氷となって火炎の勢いを止める。気がつけば扉の外では火炎と氷がせめぎあうように境界線を作りながら硬直していた。


 そしてどこからか戦闘音や爆音がいくつも聞こえはじめた。

 開かれた扉の視界は狭く、何が起きてるのかみえないが想像を絶する凄まじい戦闘が行われていることは音だけでも十分理解できた。


「……おかしい。……こんなの、人が生きるだなんて、そんな次元の場所じゃない……。生きられるわけがない、こんなところ。限度を越えすぎている。桁が違う。正気とは思えない……。誰がこんなところで生きられる……。冗談じゃない。どうかしている。元の樹海の方がマシじゃないか」


 陽を浴びたのに関わらず青くなった顔で、年配の男は言った。

 その後、忙しく辺りを見回してはじめた。たぶん元の樹海へ戻ろうとしているのだろう。

 だけど徐々に首を動かす様子に、余裕が消え始め、焦りが滲みはじめる。首が取れるほど動きが激しくなった時に、悲痛の声が漏れだした。 


「ない……ないじゃないか……!」

 樹海へと繋がっていた最初の扉が、無い!

 なんで無くなっているんだ!」


 その言葉に全員が、辺りを見回す。

 確かにこの空間にあった二つの扉が、一つしかなくなっている。

 今も開き続けている正気とは思えない場所へ続く扉を、たった一つだけ残して。


 つまり──もはやこの場所から移動するにはその扉を使うしかない。

 全員がそのことに気がついて、扉から少しでも距離をとるため後退りしている。頭では理解しても心ではそれを拒絶している。




 秋という男を救世主だと思って。

 これからの生活の安堵と、美しい景色と、暖かい日差しに。

 どこかで救われたと、そう思っていた。


 言葉ではああいっていても、とても優しい人だったと。


 でも……あぁ、そうだ。そうだった。思い出した。

 世界に誰かから『救われる』なんて『現象』は存在しないんだということを。


 どうしようもない無力感に苛まれながら、開いたままの扉から目を離せなかった。

 もはや恐ろしすぎて、閉めるために近づくことすら誰もできていない。


 そんなときだった。


 ふと、扉の外で、コロコロと白い球体が転がっている光景が目に映る。さらに転がるそれを追って現れた、一人の人物の姿も。

 その人物は、白い球体の何かを拾い上げると、それについた雪や火を手で払いながら扉を通ってこの村の中へ入ってきた。


 扉に目を向けていた全員が、後退りする。


 『同じ』にしか見えなかった。

 部屋の外の光景と、入ってきた人物が。

 だから今の気持ちは、部屋の外の光景が一歩分、自分たちに近づいてきたときに感じるそれと同じだった。


「吾輩は使用人──『にしき』である」


 白い球体を、頭部のところに嵌め込みながら、その人物は告げた。


 直前まで存在しなかった頭部が当てはまってようやく、それが人だと分かり、不気味さが和らいだ。だが当てはまった頭部は今もなお、包帯が大量に巻きついており、顔の部品も表情も何もわからずすべての不気味さを拭いきるにはまるで足りない。

 そもそも直前まで見ていた頭部がないまま動く強烈な光景を拭って、この短時間で不気味さを取り払うなんていうのが不可能な話だった。


 性別も何もわかったものではないが、声は男のものだ。

 服の肩から少し上がっている煙を片手ではらいながら、『錦』と告げた人物は、自分たちに向けて語りはじめる。

 

「吾輩は『住人』の世話や管理などを任されている者。故に、分からないことや困りごとにはできうる限りの手助けをしたいと思っているのだ。『花人族』の方々よ。だが、残念ながらできることはそう多くはない。見ての通り、生きるだけでも精一杯な場所であるからして。

 だがどんな困難や苦境も、手と手を取りあい、血反吐を吐きながら互いに努力をすれば、不可能なことなど何も無いはずである。我々も、諸君も。

 さぁ、共に歩み生きようではないか。残念ながら全員が諸君らを『歓迎している』とは言い難いが、少なくとも吾輩は諸君らを歓迎している。初めての『別大陸の住人』ゆえ……期待を抱いているのだ。これからどうなるのか、と。楽しみではないかね」



 ──別の大陸。


 そういえばあの千という方も、似たようなことを言っていた。

 果たしてどこの大陸にこんな度を越えた危険地帯があるのだろう。


 『南シープエット』にこんなところはない。

 ならば『竜の大陸』か、『結晶大陸』か? 

 あるいは『ゾリア』、『シープエット』、『アカホア』、『ベリエット』の大陸郡のどこかか。


 答えはそのどれでもない。

 きっとどこかでそれを分かっていた。

 わかっていたのに、無理やり意識から外していたように思う。


 そうでなければ思い浮かばないはずがない。

 この世界で『最大最悪』を象徴する、端から端まですべてが危険地帯であるその大陸の名を。

 

「ようこそ──『終焉の大陸』へ。

 『花人族』の者たちよ」



 両手を広げて、歓迎を表現しながら錦という人物は告げた。

 残念ながらその言葉に反応したり、ましてや喜んだりする人はこの場に誰一人いなかった。






 ◇◆◇◇◆◇





 喧しい戦闘音に、『ウォールグルト』は意識を取り戻す。

 

「くっ……」

 

 勢いよく身体を起こすが、鋭い痛みが全身をかけぬけて声を漏らす。

 だがそれ以上、痛みに構っていられる状況ではなさそうだった。


 周囲で隊員たちが、魔物たちと戦っていた。取り囲むように魔物たちは押し寄せてきており、一人一匹なんかでは捌けないほどの数がここら一帯に溢れている。幸いなことに魔物同士ですら互いに殺し合っているため、なんとか継戦を続けられているというような状況のようだ。


 『勇者と思わしき男』と戦い意識を失ったあと、どうなったのか。気になることは山ほどある。隊員の数も明らかに減っており、副長の姿も見当たらない。

 

 彼らがどうなったのか、ぼんやりと察しながらも、今は疑問も感傷も飲み込んだ。必要なのは武器を取って、迫りくる敵を倒すことだった。


「すまない、少々休みすぎていたようだ」


「……隊長!」


 今にも倒れそうだった隊員を庇って、魔物を切り倒し戦闘に参加する。

 ウォールグルトが復帰したことで隊員たちの瞳に生気が、声には張りが戻る。


「とにかく今はこの乱戦を抜ける。そうしなければジリ貧になる。

 辛いだろうが力を振り絞れ。生き残るにはそれしかない」


「……了解です!」


 そうして死に物狂いで乱戦をなんとかくぐりぬけた。


 しかし目的は挫かれ、物資もどうやらないようだ。ヨクンの助手たちが持っているわずかなものしかない。もはや樹海に残る意味も余力もなく、一刻でも早く、樹海を抜け出す必要があった。


 だが街の方向へ進もうとする矢先に、背後から襲ってくる魔物が止まらない。まるで「逃さない」とでも言うかのように次々と魔物がやってくる。強いと言うわけではないが、キリがなく、その都度全員の足を止めなければいけないのが致命的だった。


「……誰かが背後からの魔物に『栓』をしなければならない。そうでなければ、全滅する」


 ウォールグルトは、あまりの疲労に息も絶え絶えな隊員たちに向けて、冷静に告げた。

 

「魔物が現れる方向は今のところ決まって、樹海の『奥地』からだ。助手殿たちが言うには現れる魔物は、樹海で見かける魔物ではない種類だそうだ。さらにさっき倒した魔物は、どうやら『死生化』しているようだった。樹海の奥地で『魔素溜まり』が発生し続けているのだろう。それしかこれらの出来事を説明することができない」


 竜の力は魔素を消す。だから領域内で魔素溜まりが発生することは本来ならありえない……少なくともこの場所では。そう思いたかったが、願望をねじ伏せるように現実が突きつけてくる真実に抗う術はない。魔素溜まりが発生していることを確定として話を進める。実際ありえないことではないのだから。


 魔素溜まりが発生している──それはつまり、いくら魔物を倒そうが終わりなく魔物が現れ続けるということだ。それも尋常じゃないペースで。


 だからいくら逃げようと背後から魔物が現れる。どれだけ離れても終わらない。魔物が現れるたびに全員が足を止めることになり時間と体力と物資を余計に消費する。

 このままでは全滅は避けられない。もしそれを回避したいのであれば『誰かを置いて戦わせ続ける』しかない。それが一番有効な案であることは誰も否定できないことだった。


「自分が残る。残りの全員で死に物狂いで街まで進め」


 ウォールグルトは──そう指示を出した。

 それから隊員たちと少なくない言い合いがあったものの、最後には納得して絶対に再び生きて会うことを約束しながら、全く正反対の方向へ互いに進んだ。


 隊員たちは樹海の外へ。

 ウォールグルトは樹海の奥へ。

 少しでも魔物を切り殺しながら、進んでいく。


 柄にもなく雄叫びも上げて、挑発するように魔物を誘って、必要以上に注意を引くように立ち振る舞う。少し前に起きていた乱闘めいた状況を意図的に作り上げて、魔物で『壁』を作ろうと画策してやったことだ。これなら最悪隊員たちの方へ魔物が流れてしまったとしても少なからず手傷を負っていることだろう。


 その状況は少しして容易く生まれた。

 だが想像以上に規模の大きい、凄まじい戦闘が起きてしまった。段々と今生き残るだけで精一杯になり余裕がなくなっていく。


 どれだけ戦ったのかわからない。


 頭上は葉に覆われ薄暗いせいで時間の感覚はない。

 周囲が死体だらけになったころには、装備も身体も精神も、何もかもがズタボロだった。

 身体を引きずるようにして歩く。もみくちゃな戦闘のせいで今自分がどこを歩いているのか、どの方向へ向かっているのかが全くわからない。


 縋るように【種族感知】のスキルを発動して『人間』を探知しようとするも引っかかる反応はなかった。その事実に、隊員たちがしっかりと距離を取って無事樹海を進んだだろうという安堵と、いよいよ死が身近に迫ってきたという緊張の二つを感じた。


 だが何かの因果か。

 大量の魔物との戦闘でレベルが上がったからか、スキルをたくさん使って成長を果たしたからか。

 たまたま感知をしながら、一歩を踏み出したせいか。


 なんにせよ、スキルで感知できる範囲のぎりぎりを掠めて、一つの反応を感知で捉えた。


 ──この反応は。


 微かな望みを胸に、感知で捉えた気配の場所へ、ウォールグルトは歩を進めていく。

 そしてまた少しばかり、傷跡を増やしながら、反応を捉えた場所にたどり着いた。


「……驚きました。どうしたんですか、こんなところで。

 そんなボロボロになって──ウォールグルトさん」


 そこには、案内人として雇った冒険者『ヨクン』がいた。

 捉えた感知の反応はこの男のものだった。


 ヨクンは自身の荷物から傷薬と回復薬を取り出すと「使ってください」と言って渡してくれた。ありがたく受け取って、それらを使用することでだいぶ体が楽になり、落ち着いた状態になった。そして情報交換を自然とすることになり、ウォールグルト自身の状況をヨクンに伝えた。


 その後に、今度はウォールグルトがヨクンに尋ねる。


「ヨクン殿こそ、なぜここに?」


「この先で広がっている『厄災』の、詳細な記録を取っていました」


「まさか……やはり『風残花』が……?

 だとしたらここも──」


 そうして少し狼狽えるウォールグルトを「いえ……」と首を横に振りながらヨクンは否定した。

 しかしどういうことだろう。もともと『風残花』の予兆を感じてここへくることになった。そして今実際に『厄災』があるからこそ記録を取っているはず。なのにその厄災は、『風残花』ではないヨクンはいう。


「きっと見た方が早いですよ」


 そういって、ヨクンは誘導するように視線を別の場所へ向けた。

 ただそこでは長く伸びた雑草が生茂るだけだ。おそらくその場所を進んだ先にあるということなのだろう。


 ウォールグルトはうなずき、雑草をかき分けて中へ入り、進む。

 ほんの数歩進んだだけで、視界が開けた。


「これは……」


 目に映った光景は、直前までの景色とは一変しすぎて、一瞬めまいを起こすほどだった。


 そこにあったのは『花畑』だった。だが風残花とは全く違う。『黒』と『白』の花が入り混じった無彩色の花畑。花畑の端っこでは色のついた花があるが、蕾から花開いたと同時になぜか火柱や雷の柱などを上げたと思うと、黒か白色に変わって気づけば無彩色の花畑の一部になっている。


 さらに花畑の中央と思われる場所に、人を何人も包みこんでしまえるほどの。『巨大な灰色の花』が蕾の状態で、異様な存在感を放ちながらたたずんでいた。


「なんだ……これは……」


「わかりません。ただどうやらこれらの花は『魔素濃度』をあげる効果があるようです。見てください」


 そう言って指差されたところをみると、虹色に光る玉が空中で浮いている。

 『魔素溜まり』……。


 決して見かけなくは無いが、視界内で一度に『三つ』も浮かんでいるのは発生頻度のペースとしてはかなり早い。


 生まれた魔物は、森の中へ消えていった。


「『風残花』は、勘違いだった……のか……?」


「いえ、かつて『風残花』がここにあった痕跡は確かにあります。あった事実は間違いないはずです。ですが今はもう全く別の物になってしまった。それもおそらく何かしらによって故意にです」


「……そんなでたらめなことができる存在なんて世界にそう易々といるはずがない。自分は見ていないが、部下が『緑竜王』を見たと言っていた。なら緑竜王の仕業の可能性がある……か?」


「……緑竜王だって? まさか……生きてたんですね……。姿が見えなくなって久しいと聞いてましたが。まぁ、竜がしたことではないと思いますよ。彼らは魔素が濃い場所に領域を作ることをひどく嫌いますから」


 ウォールグルトはふと、自分が対峙した妙な男を思い出す。

 この森で怪しい人物といえば、その男しかウォールグルトには思いつかなかった。


「他にも妙な男と対峙したが……」


 そう言うと、責める視線を向けてきた。どうやらからかっていると思われたようだ。


「……ウォールグルトさん。この現象はもはや『人間』や『魔族』なんて次元を超えていますよ。何かしら……と言いましたがそれはもっと桁外れのそれこそ『災獣』なんてものに近い存在の可能性があります。……災獣なら環境の変化はこの程度では済まないのでそのものではないと思いたいですが……。それも正直願望でしかありません……」


 唐突に、むせ返るような魔素を肌で感じる。

 感覚がないのにそれを知覚できるなんて相当なものだ。


 唐突に魔素の濃度が上昇した原因……。

 それは間違いなく、『巨大な灰色の花の蕾』だと思われた。

 なぜならそれは、今まさに花開こうとしているからだ。


 ヨクンと一緒に花開く光景に釘付けになる。

 一瞬見惚れるが、すぐに顔を強張らせた。ヨクンもまた渋い顔をしながら見ている。いや、もしかしたらかなり緊張しているのかもしれない。


 バチ……バチ……と。

 何かが弾ける音とともに、花開いた巨大な花のそばでは今現在、見上げるほど『巨大』な『魔素溜まり』が一つ浮かんでいた。


「ここまで……大きくなりえるのか……。『魔素溜まり』というのは……」


 それはウォールグルトの生涯でみたことがないほどの大きさをしていた。


「……竜は、魔素の濃い場所に『領域』を作ることを好みません。

 『領域』は『魔素溜まり』を発生させない効果があるにも関わらずです。

 その理由は──」


 ウォールグルトは、それを知っていた。

 むしろヨクンよりも身近に、実感を伴って、詳細にしっている。

 

 竜の『領域』は魔素溜まりを発生させない。

 だがそれは魔素を消失させてるのではなく、濃度を減少させているだけ。


 つまり『領域』を作ってもなお、魔素濃度が高いままならば、竜の領域であるにも関わらず魔素溜まりは発生する。


 竜という種族は、等しくこの状態を嫌っている。


 それを知っていたにも関わらず『緑竜王の仕業か』なんてありえないことを、間抜けにも尋ねてしまったのは、唯一『例外』といっていい存在がこの世界にいるせいだ、と。心で憎しみを募らせた。


「その理由は、竜の領域で『魔素溜まり』が発生してしまうと

 ある魔物が生まれるようになってしまうからです」


 浮かんだ、巨大な魔素溜まりの形が変わっていく。

 そして虹色の光がはじけて、魔物が生まれた。

 生まれた魔物は──『竜そのもの』だった。



 『GYAAAAAAAA!!!!!』



 産声のような、とてつもない咆哮に、地面や身体が細かく揺れる。

 あまりの存在の圧力に、唾を飲み込むことすらできない。

 魔物の視界に映らないように、雑草に身を低くして隠れながら、ヨクンは言った。


「『ドラゴン』──竜と同じ姿をして、竜と同じ名で呼ばれながらも、竜族ではない魔物……。災獣に並ぶ、この世界の『災害』にふさわしい魔物の一つです。しかもあの大きさの魔素溜まり……これまでにない最悪のドラゴンが生まれてしまったのかもしれません」


 ドラゴンは、生まれたまま一度も地に足をつけることなく、羽ばたいて空を飛んで行く。

 その姿を呆然と見送ったあと、残された花畑に目を向けると、いくつかの魔素溜まりがすでに発生していた。さきほど見た巨大な魔素溜まりというわけではないが、やはり魔素溜まりの発生するペースが異常に速い。もはやこれまでの『ケルラ・マ・グランデ』とは全く別の種類の、『危険地帯』へと変貌している。


「どうりで、『異変の波』を感じないわけです。何せここは『ケルラ・マ・グランデ』とはもはや別物なのだから。『樹海の異変の波』を感知できる僕が『樹海じゃない場所』の異変を感知できるはずもないってことですか、はは。あぁ、失礼しました。ここまで最悪だと笑っちゃいますね」


「いったい何が起きているんだ……?」


 ウォールグルトが思わず呟いた。

 となりでヨクンが「違いますよ、ウォールグルトさん」と言った。


「目の前のこれは、ただの『痕跡』です。

 何が、なぜ、どんな力で目の前の現象を引き起こしたのか──『原因そのもの』につながる情報は、すべて抜け落ちています。重要なのはその『本質』であるはずなのにです。だが今もそれは必ずどこかに存在しています。間違いなく、どこかに。

 そういう意味では……僕たちはまだ『始めることすらできていない』のです。だから──」


 ヨクンは涼しい顔をして言った。だがその顔色は最悪だった。

 

「『何が起きようとしている』が、正しいと思いますよ……ウォールグルトさん」


 ヨクンの言葉に、ウォールグルトもまた表情を苦渋に歪めた。

 『厄災』がまだ始まってすらいないと告げられて、いい顔を浮かべるわけもなかった。


 この情報を、生きて届けなければならない。

 今はその使命に頭をいっぱいにし、未来への焦燥や不安を押し殺しながら、ウォールグルトとヨクンは街への撤退に行動を移した。







 ◇◆◇◇◆◇







 ちらりと、見上げる。

 竜の姿をした『よもぎ』が視線に気がついて、殺しにかかってきそうな目を向けてきた。

 物騒だな。


 気づかないフリをして目を逸らした。


 だが竜は、やっぱりカッコいいと思う。

 さすがに、ファンタジーの定番だけはある。


 終焉の大陸で魔素溜まりから竜が生まれることはなぜかないし、前によもぎの竜の姿を見たときはすぐにブチ切れられてあまりじっくりとは見れなかったので隙を見てチラチラと姿を盗み見していた。だがこれ以上やると攻撃をしてきそうなので、側にいる花人族の長に話かけることにした。



「本当によかったのか?

 村へのドアを消してしまって。残しておいてもよかったけど」


「……いえ。もう我々花人族は死に物狂いで、生きて、強くならねばならないと身に染みました……。しかし追い込まれて心が荒むたびに、元に戻れると錯覚させる退路がそのたびに視界に入っては目の毒となりましょう……。それに我々だけがここに戻れる状態で、もともといる先住の方々に受け入れてもらえるとも思いませぬ……。それを考えれば、こうするしか方法はなかったでしょう……」


「そうか……。まぁ強くなりたいならば、ちょうどいいのかもしれないな。

 『終焉の大陸』は強くなるだけなら、こんなにも都合のいい場所はないから」


「は……? しゅ……終焉の大陸……?」


「長!」


 ふらつく花人族の長を、テレストが支える。

 だけどそんなテレストも、動揺を隠せない様子だった。

 しかし一方でどこか納得したこともあったのか、すぐに冷静さを取り戻していた。だが何かに気がついたように「て、辿魔族は終焉の……」と真っ青になりながら千のいる方へ視線を泳がしていた。


 そういえば、花人族は使用人の種族のことを知っているようだ。

 まだ結構いろいろと疑問があるから尋ねようかとも一瞬思う。しかし今すぐする必要があることでもないため、やめておくことにした。


 今はそれよりもすべきことがあった。


 『ラウンジ』につながるドアの前に立って、コンコン、と二回ノックした。


 すぐに、カチャリと音を立ててドアが開く。

 開いたドアの先では、『春』が立っていた。

 

 春はドアの外から首を出して、興味深そうに辺りの様子を伺う。


 そしてゆっくりと、丈の長いメイド服に両手を添えて、ドアの外に踏み出した。


 とてもゆっくりな速度で、小さな歩幅で。

 そっと何かを気遣うように、歩いて出てきた。



【新着topic】


【名詞】


『使用人』

秋の能力で作り出した部屋の世界を、春と一緒に管理している辿魔族集団。それぞれ役割分担があり、役割ごとの雑務が多々あるものの、外に出て戦闘をする仕事がなんだかんだで最も多い。春と冬を除いて全員で八人いるが最近一人増えて九人になった。共通事項として全員が秋と春をかなり慕っている。


-『既出の使用人』

せんしらかげまりにしきこうばん



【名詞2】


『竜の領域』

魔素濃度を減らすことができる竜の力を張り巡らせた竜のなわばりのような場所。


-『ドラゴン』

竜の領域で魔素濃度が減ってもなお魔素溜まりが発生したとき、時々生まれてしまう竜と瓜二つの姿をした魔物。尋常じゃないくらい竜に嫌われているので竜に見かけられたらたぶん殺される。

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― 新着の感想 ―
[一言] のんびりしゃべってて余裕だなコイツラ、という感想。
[気になる点] 竜の力は魔力を消すとありますが それは冬の無の力と同じものですか? それとも似て非なる全くの別物ですか?
[気になる点] 最後の描写は春が部屋の外に出てきたのか? 部屋の外に出ると無力になるとか言ってたような気がするが
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