第7話 異世界はかくも厳しく
灰羽秋 LV1
種族 勇者
職業 部屋の主
称号 灰色の勇者 誤転移
スキル
鑑定 LV極
魔力操作 LV1
魔法 LV2
魔力量増大 LV1
危機察知 LV3
気配察知 LV1
魔獣使い LV1
身体強化 LV13
魔力感知 LV1
投擲術 LV3
治癒魔法 LV8
錬金術 LV1
万能耐性 LV2
逃走 LV6
武闘術 LV1
家事 LV1
ユニークスキル
暗黒召喚
ペテン神(偽装+認識阻害+既成概念強化+幻惑)
物質転移
吸収
アイテムボックス
固有スキル
勇者のカリスマ
勇者の加護
ポテンシャルアップ
能力
【部屋創造】LV5
魂の回路
灰羽 春
♦︎
「……」
『玄関』に座って『ドア』の先に広がっている『景色』をぼんやりと眺めていた。
異世界にきてから1週間ほど経った。
その期間俺は『トレーニングルーム』でひたすら、あのゴブリンにボコボコにされていた。余りにボコボコにされすぎて『身体強化』のスキルのレベルがうなぎ登りであがっていく。どうやらスキルはLVと関係なく上がっていくらしい。ゲームだとLVと共に覚えるとかあるからな。
なぜわざわざ300LV近くレベルの差があるゴブリンと闘い続けるのか。それにはキチンと理由がある。誰もあんな屈強なゴブリンに好き好んでボコボコにされたいとは思わない。
あの屈強なゴブリンと闘い続ける理由。それは『トレーニングルーム』で出現させられる『相手』は一度、その姿を直接自分の目で見て、【鑑定】でステータスを確認した相手しか出現させられないという条件があるからだ。
今、その条件に当てはまるのは、あの屈強な300LVを越えたゴブリンのみ。つまり俺は闘いたくてゴブリンと闘っているのではなく、それしかいないので仕方なく闘っているのだ。他に手頃な相手がいれば迅速に変えている。
「……」
俺は昔、ゲームの主人公が旅にでるとき、なぜ都合よく初めの方には弱い敵しかでてこないのかを考えたことがある。「それは都合がよすぎるだろ!」と、よくシナリオに突っ込んでいたものだ。
だが今まさにこの状況になっておもう。
──「ああ、都合がいいとはなんて素敵なことなんだろう」と。
今の俺はまさにそんな状態だ。魔王城手前で旅に出された勇者。バッジ8個目の街から出発するポケットクリーチャーの主人公。
周りに出てくる敵が強すぎて全く前に進むことができない。ゲームではなく現実である以上、行動も必然と手堅くなる。
──この『ドア』の外に出るには自分が思っているよりも多くの年月がかかるかもしれない
「ふぅ……」
自らの状況の悪さを考えてしまい暗い思考が頭に流れ込んできそうになったため、一度、大きく肺の中の空気を入れ替える。
吐き出された息は、そのままドアの外で広がっている炎の海の一部をゆらりとゆらした。
異世界に来て、このドアの中で生活をし始めてから、こうして俺は『トレーニングルーム』に出現させることのできる『相手』を増やすため一日に数時間、『玄関』に座り外を眺めている。
そして感じたのは俺の今いる場所、異世界は俺の想像を絶するほど厳しい環境だということだ。
外に広がるのは一面の赤。何がどう燃えているのか全くわからない。ただ、とにかく燃えていて、視界を炎が埋め尽くしている。そこは、初日には『森』が広がっていた場所だった。
「おっ……」
そんなことを思っていると、ドアの外に広がっていた『火の海』の景色が、少しずつ『白』に浸食されていく。瞬間冷凍されていく食材のように、じわじわと、白く。そしてそれと同時に、空からはぽつぽつと白い何かが降り始めた。
「雪か……」
初日には『森』が広がっていた場所には、ついっさっきまで『火の海』が広がっていて、今は一面白一色の『銀世界』が広がっている。
めまぐるしい環境の変化。元にいた世界の人なら『異常気象』というかもしれない。
だがこれは『平常』だ。異常でもなんでもない。この場所では目の前で行われている、『めまぐるしく変わる環境の変化』こそが『平常』なのだ。
『砂漠』から『森』に変わり、『湿原』から『焼け野原』に変わり、『平原』から『山』に変わる。そしてそのめまぐるしく変わる環境の中で、ここの生き物達は生きているのだ。
初日に見たあのゴブリン。『ステータス』のスキルの欄に『環境適応』があった。
俺はゴブリンに1週間ボコボコにされ『身体強化』のスキルLVをあげたわけだが、もしスキルのLVがそういう負荷によって上がるのであれば、ここの『環境』がいかに厳しいかを察することができる。それもあくまで想像でしかないが。
「俺はここから出ることができるのか……」
あの白い部屋で望んだこと。それは異世界を見て回るということ。俺はそれができるだろうか。この『ドア』の中から出て、厳しい異世界を生き抜いて、異世界を堪能することができるだろうか。
「オォ───ォン」
ドアの外から、犬の遠吠えのような声が聞こえ、下がっていた顔を上にあげる。ドアの先は既に雪国のような景色が広がっていた。風が強く、視界はすでに少し先も見えないほど吹雪に遮られている。
そして、その視界を遮る吹雪の中にぽつぽつと黒い影ができはじめた。1つや2つではなく、何十、へたしたら何百もあるくらいたくさんある。
『魔物』が集まって来たのだ。
環境の変化が起こるとその環境に適した生き物たちが続々とどこからか集まってくるのを俺はこの1週間『ドア』の外を見続けて学んでいた。雪に遮られ姿は見にくいが多分間違いないだろう。
「【鑑定】」
ドアの存在に気づき、好奇心で近づいてくる魔物を次々と【鑑定】していく。現れる魔物はいろんな姿をしていて、見ているだけでもとても面白い。これは敵が入れない安全な『ドア』があってのことだ。
♦︎
スノー・ウォー・ハンティングワーウルフ LV804
種族 ワーウルフ(二足歩行獣)
職業 狩人
スキル
雪化粧 LV12
嗅覚感知 LV22
爪闘術 LV18
零化 LV9
瞬歩 LV14
環境適応 LV2
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アルフ LV1098
種族 アルフ(雪結晶)
スキル
氷操作 LV29
雪隠れ LV60
硬質化 LV30
固有スキル
浮遊
♦︎
ラヴィーネ・フェーニクス LV2208
種族 不死鳥・環境魔獣(氷)
スキル
氷魔法 LV54
吹雪 LV66
氷操作 LV62
雪化 LV60
ユニークスキル
氷点化
固有スキル
再誕(氷)
♦︎
「…………」
俺は【鑑定】の結果を見て言葉を失う。
『また』だ。
『また』、あのゴブリンより強い魔物だ。
ていうか、強すぎだ。1000LV越えはちらほらみたことあるが2000LV越えは初めて見た。姿形も、氷の造形物かというくらい美しかった。鑑定するとき、ステータスそっちのけで思わず見とれてしまったほどだ。
「いや、そうじゃない」
そう、俺は一週間ほど『玄関』に座り外を観察して近づいてくる魔物を【鑑定】していた。そしてそれは『ゴブリンより弱い魔物を探すため』だ。だから俺は今こうしている。なのに。なのに、だ。
一向に現れない。
薄々感づいてはいた。だが正直信じたくなかった事実。
そう、あの屈強なゴブリン。300LVを越えたゴブリンはこの人外魔境の地ではそんなに『強くない』という事実。
1週間闘い続けたからこそ分かるのだが、あのゴブリンは強い。一回りじゃ拾集がつかないほど格上も格上だ。いくら今まで闘いを知ってこなかったただの日本人な俺でも、一応勇者としてこの世界にいるわけで、それなりに身体能力は強化されている。それがスキルか勇者としての恩賜なのかはわからないが。
そんな強いゴブリンですら、この地では弱者に甘んずる。信じがたい事実だ。他のこの世界の人はどうやって生きているのか不思議なくらいだ。こんな化け物がごろごろいる世界じゃ、いくら勇者を呼んだところでどうにもならないんじゃないだろうか?
「ふぅー」
理想はまだ遠いな。
「秋様」
凛とした声で背後から声をかけられる。いつからそこにいたのか。振り返ってみると灰色の髪をした女性が立っていた。
「春」
春はいつかのように俺の隣に腰をかける。
「慌てずに……参りましょう。時間はたくさんあります」
「……ああ、そうだな。慌てずに、な」
内心の焦りを悟られていたのかと少し恥ずかしい気持ちが沸くがそれを必死に心の奥へ押し込める。そして俺は『トレーニングルーム』へもう一度向かうため、横に置いていた槍を掴んで立ち上がったのだが、そのときふとあることを思いつく。
「なぁ、この槍。ここから外の魔物へ向けて投げてみたらいいんじゃないのか?」
『玄関』に敵は入って来れないわけだし、はずしてもこちらにダメージはない。槍は一本失うが。
俺の持っているスキル『投擲術』も活かせるし絶好なアイディアだ。
「それは──」
「よっ!」
春の返答と同じタイミングで俺は前を歩いていた『スノー・ウォー・ワーウルフ』へ向けて槍を投げる。
スキル『投擲術』を発動し投げた槍は、勢いを落とさずに空気を裂きながら一直線にワーウルフへ向かっていく。そして、ワーウルフに当たる──というその直前のことだった。
ピタッ
まるで時間が止まったかのように、突然、槍は飛ぶのをやめて空中に静止する。
その光景に、本当に時間が止まったのかと唖然としたが、よくみると空中で止まっている槍からはワーウルフの腕が伸びていた。
「もしかして、掴んだのか……?あれを……?」
300LVのゴブリンに少しずつだが通るようになってきた渾身の攻撃を、避けられる事は想像していてもまさか余裕で掴まれるとは思っていなかった。どうやら、慢心していたようだ。俺は。
槍を掴んだワーウルフはこちらに顔を向けてきた。その犬特有のつぶらな瞳には、まるで俺たちのことに興味がないとでもいうように無機質な色が浮かんでいた。
そのワーウルフはさきほどの俺のように、槍を振りかぶる。
「おいおいおい……マジか?」
まずい、そう思った瞬間春の体を抱きかかえ、床に伏せる。
その直後、体の真上を何か風のようなものが通過した。そしてそれと同時にとてつもない爆音が背後から響き渡る。
おそるおそる顔をあげて振り返る。
そこには見るも無惨に槍でえぐられた『玄関』の壁の姿があった。槍は前半分が消し飛び、残りの半分が壁にうもれていて、槍の周りには粉々になった壁が煙のように巻き上がっていた。
これは……やってしまったな……。
部屋に設定したルールは確か『害意のあるものの侵入を禁ずる』だったか。どうやら外から高速で侵入してくる槍には適応されないらしい。そりゃそうだ。害意は意志だが、物に意志はないからな。
恐る恐る春の顔を伺う。春は俺の横でとびっきりの笑顔を作っていた。ただし額には青筋が浮かんでおり、体は力が篭っているのか少しピクピクとしている。
「我が部屋の主様は、愚かなんですか……?愚かなんですよね?愚かだといってください。試しでいいです。試しに私は愚かでクソが詰まったただの肉袋ですって言ってみてください」
その日は『トレーニングルーム』で鍛錬する間もなく、ひたすら春に土下座をし続けた。
そして俺はもう軽卒な行動はしないと堅く心に誓うのであった。