同行
入口を捜す暇がなかったので、窓を蹴り破ってはいる。
大学の校舎の中は物が散乱し、柱は斜めに傾きいて今にも崩れそうだ。早めに事を運ばないと瓦礫につぶされそうだ。
こんなところに他人を助けるために残っているなんてどんな奴なのだろうか。頭の片隅でそう思いながらも、声のした部屋に飛び込む。
「―――――おい!」
あれ以降、声がしなくなったので場所に自信はなかったが、どうやら正解だったようだ。同い年ほどの少女と、倒れた柱に挟まる老人の姿があった。
彼女は一瞬俺を警戒するような目つきをしたが、老人に向き直り、
「いまからこの柱をどけるから、あなたも手伝って。早く!」
ぱっと見ただけでも老人は酷い有様だった。柱と床の間に挟まれて胸が圧迫され、爆発の破片が体中を切り裂いている。
二人がかりで柱を浮かせる。
「酷い……」
思った通りだ。肋骨が何本が折れている。口から血が出ていることを加えれば、内蔵も傷つけられているのだろう。
「……なにか、固定する物はないのか?」
彼女は一瞬迷い、タオルを引き裂き始める。
「あなたも手伝って」
タオルを放られる。
外の足音はいつの間にか遠ざかっている。俺がいた集団を狙っていったのだろう。無事に逃げられただろうか。
「おまえってさ……」
「おまえじゃない。私は久能よ。貴方の名前は?」
「樂斗だ。久能はなんでこの人とどういう関係なんだ?」
迷うような子をしてしばらく考え込んだ。それほど困ることか?
「教授にはお世話になってるの。血は繋がってないけど、高校の学費なんかを変わりに払ってくれるの」
つまり恩師と言うことか。今の世の中、家庭の事情で満足に学校に行け無い人もいる。深くは聞かないが、彼女もそうなのだろう。
この大怪我をしている老人は『教授』と呼ばれているのだろうか。少なくとも久能はそう呼んだ。
30分ほどで処置は終わった。驚いたことにシュリには医療の知識があった。ほとんどの治療は彼女がやり、俺は道具を渡しただけ。
しかしそれだけの知識があるのだから分かっているのだろう。このままここにいては老人は長くは持たないと。
なのにさっきからしきりに外の様子を窺っている。俺はどうすることも出来なく、老人のそばに座って久能のショートカットを見ている。
「な、なあ……」
「ちょっと黙ってて!」
「……ごめん」
これから先のことを考えると不安で溢れているのに、久能は全く動こうとしない。
だがいまさら独断で動いたって、後の祭り。俺はこうして久能と教授を助けに来てしまった。いまさら外に出て、人々の逃げた方向へ走ってもどうなるか分からない。
それならば、まだ信用できそうな彼女のそばに居た方が良いだろう。それにわざわざ助けに来た命だ、途中で見捨てたくない。
教授は今すぐ死にそうというわけではない。医療の知識が無くてもこれくらいは分かった。
久能がこちらを向いた。
「怪獣どもが通り過ぎるまで待っているつもりだったけど、たぶん小型のがこっちに来る。私は教授を連れてここから出るけど、貴方はどうするの?」
「俺も付いていくよ」
久能を身体全体をこちらに向けて俺を見た。俺の意志を感じ取るように。
だったら俺もその期待に応える。
「本気なの?」
「本気だよ。救助に手を貸したんだ。教授のことも途中で放り出したくない……。それにこんな危ない街に、女の子と老人一人を見捨てるなんて出来るわけ無いだろ」
恥ずかしいセリフだなあ、と自分でも思う。こんな状況の世界で、主人公を気取りたくなったのだろうか。でも、久能が少し微笑んだ。
「あなた、他の人達とちょっと違うわね」
悪口には聞こえない言い方だ。悪口ではないなら、褒め言葉だろう。うん、きっとそうだ。
「そこに車椅子があるでしょ。そう、それを広げて」
「分かった」
教授を乗せ、しっかりと固定をする。これでちょっとやそっとの揺れではずり落ちることはない。だが、今の世界ではそんな事では足りないかも知れない。
建物の陰から外の様子を窺う。たしかに校門の脇に小型の怪獣が4匹確認できた。容姿はまるで猿だ。ただし、口からはみ出すほどの大きな牙が見える。何に使うのか想像もしたくない。
けれども見える生き物はそれだけじゃない。小型の生き物の横の茂み。これまで獰猛に殺戮を繰り返した種族ではない、見覚えのある生き物。
犬だ。首輪が付いているところからして飼い犬だろう。
いや、飼い犬だったが正しいのかも知れない。
それが今、茂みの中から飛び出したのだ。怪獣達の前を通り過ぎようとする。
喰われるのか。そう思った。
予想は外れ。手を伸ばせば掴めたはずの犬を、4匹全匹が見たにもかかわらず、それまで通り校門の脇に座り込んでいる。
まさか……
「まさか怪獣達は、犬を喰わないのか?」
「犬だけじゃないわ」
横に来た久能が言う。
「あの生物たちは人間しか狙わないし、食べない」
「なんで……」
「分からないわ。少なくとも私にはこれ以上の知識はない。今から行くところに行けば、あなたも奴らのことをもっと理解できるはずよ」
そんなこと言われても、全く安心できない。どこに行くつもりなんだ久能は?
「一つだけ教えといてあげるわ。あの猿みたいな怪獣の正式名称は『ガーグス』。覚えておいたほうが良いわよ」
「『ガーグス』……」
少なくとも彼女が考えた呼び名ではなさそうだ。いったい何者なんだ。
謎は深まるばかり……
だが、久能のことばかりも気にしてられない。久能は学校の敷地を抜けて、大通りに戻ると言っていた。安全な隠れ家があるのだと、今は信じたい。
しかし、ここをどうやって突破するつもりだろうか。武器といえば、俺が拾った鉄パイプくらいだろう。
「なあ、どうやって」
言葉を途中で止めたのには、後ろから聞こえる異質な音に原因があった。カチャ、カチャと。
「なにそれ? レ、レンコン?」
「は? 何馬鹿なこと言ってるの。 これは弾倉よ」
「やっぱり……」
久能は先のとがった弾丸を、それこそレンコンのような形の回転式弾倉に入れているところだった。
本物だよな……
「それ、どしたの?」
「世の中物騒だから」
いや、答えになってないし。というか物騒なのはおまえだ。
「もう一丁あるけど、使う?」
というと、スカートを少しめくる。そこには両足に巻き付けた一対の拳銃囊。こいつ、本当に自分の拳銃なのか。
拳銃囊があると言うことはその中にはやっぱり、拳銃が入っていた。リボルバーだな。
「S&W M36よ。使える?」
「使えねえよ! てか、何でおまえは使えるんだよ」
「後で説明するわ。それより使わないなら教授をしっかり守ってよ」
と言って久能はもう走る準備。
「ほら、早く!」
「あ、ああ」
しっかりと車椅子の持ち手を両手で握る。うん?両手?
「おい、鉄パイプは誰が持つんだ?」
「そんなもの置いて行きなさいよ」
「ええ!?」
ってことは拳銃だけで、あの群れを突破するってことか。大丈夫かよ……
たしかに弾丸はあの生き物に致命傷を与えるだけの威力はあるだろう。でも拳銃ってそう簡単に当たらないんじゃなかったか。
しかも走りながら射撃とか……
でも今は久能を信じる。そう思って一緒に居るんだ。
数分後、そんな心配は無用の代物だったと分かることになる。




