喰らわれた街
眼下で人が倒れていた。
だが、そんなことにいちいち驚いていられない。この数時間の間に五万と死体を見てきたのだから。
物が焼ける臭い。ビルの倒壊によって引き起こされた粉塵と夜だということも関係し、視界は最悪だった。悲鳴や轟音で聴覚が濁ってくるのは錯覚なんだろうか。
周りはもう地獄絵図だ。車は折り重なるように道に転がり、生きている人間より死んでいる人間の方が多い。
「――――――はッ!?」
鋭い視線を感じ、体全体で振り返る。
煙の奥には巨大な陰が映し出される。数時間前に俺の住む東京を破壊と殺戮の世界へと引きずり込んだもの。
怪獣。
頭に思い浮かぶ単語はこれしかなかった。
数十mという生物が今、俺の真後ろにいるのだ。こんな奴は昔からウルトラマンが相手をするんじゃなかったのか?
怪獣の周りにはカラスのような姿の怪鳥が群れていた。
『ガアアアアアアアアアアア!!』
爆音が耳を貫いた。正体は分かっている。
また、あの怪獣が鳴いたのだ。
「くっそ!」
動かない足に鞭打って立ち上がる。まだ、そんな力が残っていることが不思議なくらいだ。
その間にも怪獣は迫ってくる。あの生き物は明らかに敵対心がある。止まっていたら確実に死ぬことくらい、当に学んでいた。
後方を走っていた人が倒れてきたビルに押しつぶされるのが見えた。目の前の路地を曲がり、できるだけ怪獣の視界から逃れようとする。
俺は必死に走り続けた。どこへ行けばいいのか、どうすればいいのかは分からない。ただ理解したことは、自分には二つの選択肢しかないこと。
生きるか死ぬか。その二つだ。
死ぬことは簡単だ。とがった物で首を切る。高いところから飛び降りる。手っ取り早く晦渋に踏みつぶされるという手もある。
だが、まだ俺はこの世界で生きていたい。怪獣を討伐するという映画があるとしたら、俺は確実にモブキャラだ。主人公になろうとは思っていない。
でも、俺にだってやりたいことが星の数ほど存在する。
今はまだ、死ぬ気ない。
◆
何が起きたのか、それは自分でも良く分かっていないのだ。
時はさかのぼり、10月30日。
期末テストもまだ先のことなので、あまりまじめに授業は受けなかった。先生にばれない程度に友達とおしゃべり。その会話の中で、世界の人口が70億人を超える日が明日と言うことを高校の友達から知った。
放課後。友達はほとんどが部活。俺は迷わず帰路に着いた。
田舎から出てきて寮暮らしのため、一人暮らし。飯を適当に済ませた俺は気まぐれでかけたテレビで、ニューヨークの70億人を超える日までのカウントダウンの特集を観た。
テレビのアナウンサーが人口爆発だの経済成長だの理由を説明しているが、あまり深くは理解できない。もともと頭の良さは中くらいほどなのだ。
その時はまだ普通の日常だった。夕食を一人で食べ、携帯で友達と駄弁り、風呂に入ってベッドに入ったのが10時頃。明日も変わらぬ日常が来ると思い眠りに付いた。
地震?
そう思って起きたのは0時前だった。体感から察するに震度3くらいだろうか。
その数秒後だった。突然爆発音のような音と共に、何かが崩れるような音がした。まさか地震のせいで地割れか何かでも起きたのか、そう思って服を着替えて家を飛び出した。
階段を1弾抜かしで降り、俺は初めて空を見上げた。
数時間前まで、月と星が見えていた空はなにかとてつもなく巨大な物体によって遮られていた。
「な……ッ!?」
『グルルルル……』
その物体から低い吐息が漏れた。いや、この時点でもう空を遮っているものが物体ではないことに気づいていたのかも知れない。
Tレックスが背筋を伸ばして立てばこんな風になるのだろうか。黒いゴツゴツとした皮膚。後ろに延びる物は尻尾だ。
怪獣はゆっくりと下を向く。目があった。
殺される……のか?
何故疑問系に思ったのか。それはきっと現実を直視できていなかったからだ。
熊に出逢った時みたいにゆっくり、目線を逸らさず立ち去りたかった。だが……
「きゃああああああああああ!!」
「―――――ッ!?」
となりの女子寮の生徒だ。俺と同じ理由で部屋から出て、この怪獣を目撃してしまったんだ。
「――――――逃げろ!!」
◆
今となっては、地球を支配しているのは人間と言っても過言ではない。
世界に暮らす人間の数が70億を超えようとした日、その生き物たちは現れ人間を食らった。明らかに敵意がある生き物たちは世界各国に出現し、長い時間をかけて創りあげられた都市を一夜でがれきの山に変えることになる。
世界人口は70億を超えなかった。




