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 追試を終えたマリは、ホッとした様子で学校へと登校していた。ワザと悪い点数を取ったとは言え、これでやっと勉強からは解放される。自由の身になった気分だ。

 ご機嫌で歩いていると、前を歩いている穹の姿を見付け、マリは駆け足で穹の元へと駆け寄った。

「おっはよぉ~!」

 相変わらず元気よく挨拶をすると、パンッと穹の肩を叩く。しかし穹は、浮かない顔をして「あぁ・・・おはよう。」と、小さく挨拶をし返して来た。

「どうしたの~?元気・・・無いね。」

 心配そうに顔を覗かせて来るマリに、穹は「そんな事無いよ。」と、思わず顔を背けた。

 マリは小さく溜息を吐くと、少し困った表情を浮かべてしまう。

「もしかして、悠木がずっと学校休んでる事、気にしてるの?私も何度も電話してるんだけどなぁ~。全然出無いし・・・メールも返事無しだし~。」

「ごめん・・・。」

 ボソリと呟く穹に、マリは不思議そうに首を傾げた。

「へ?何で穹君が謝るのぉ~?」

 穹は一瞬チラリとマリの方を見るも、又視線を足元へと戻す。

「いや・・・。きっと俺のせいだから・・・。」

「穹君の?って~もしかしてまだ喧嘩中~?」

「いやっ・・・喧嘩って訳じゃ・・・。俺が悠木のメールとか、無視してんだ。ちょっと理由が有って。それで・・・。」

 更に暗く沈み掛ける穹の背中を、マリはバシッと力一杯叩いた。余りの痛さに、穹はビックリし、勢いよくマリの方を向く。

「だから痛いよ!」

 少し涙目になりながら言うと、マリはニッコリと笑った。

「やっと上向いた。それって、悠木が勝手に拗ねてるだけじゃん?穹君のせいじゃないよぉ~。」

 ニコニコと笑顔で言って来るマリの顔を見ると、釣られて穹の顔からも、笑顔が浮かぶ。

 穹は小さく笑うと、「ありがとう。」と柔らかい口調で言った。

「へ?今度はお礼?」

 又も不思議そうに首を傾げるマリに、穹はクスクスと小さく笑う。

 ふとマリの鞄に目が付くと、取っ手にぶら下っている、シーサーキーホルダーに気が付いた。

「あれ?まだ付けてたんだ。もうネタ的には終わりじゃない?」

 穹に指摘をされたマリは、今度は顔をムッとさせると、不機嫌そうに言って来た。

「ネタとは失礼な!結構お気に入りなんだよぉ~!それに二人が付けてくれるまで、取らないって決めたんだからぁ~!」

 半ば焼けになっているマリに、穹は苦笑いをしてしまう。

 穹の表情を見たマリは、ホッと息を漏らすと、安心した様子で言った。

「よかった。穹君、ちょっとだけいつもの穹君に戻ったねぇ~。ずっと落ち込んでたっぽいから、教室でも話し掛け辛かったけど、もう復活かなぁ~?」

 ニッコリと微笑んで来るマリを見て、穹はふと由香里から聞いた事を思い出してしまうと、そっとマリから顔を背けた。

 由香里から音羽の伝言。忠告が警告に変わったと聞き、悠木を避ける様になってしまったが、そのせいか悠木は学校を休み続けている。もしマリにも同じ事をしたら、音苑ではなく自分が、マリのこの笑顔を、奪ってしまうのかもしれない。そう思うと、避ければいいのか、今まで通りに接すればいいのか、分からない。

 悶々と考えていると、隣から元気いっぱいのいつもの声とは違う、マリの穏やかな声が聞こえて来た。

「悠木の事なら、穹君のせいじゃないよ。それが穹君と関係しててもさ~。悠木って、一人で勝手に突っ走って、一人で勝手に躓いて、一人で勝手に落ち込んでる事って、中学の時でも有ったからさ。きっとまた蹴躓いて拗ねてんだよぉ~。そんで、一人で勝手に復活してるから、心配無いよ。」

「片瀬・・・。」

 マリはニコリと満遍無い笑みを見せると、今度は元気よく言った。

「そんで、私は踏み潰されても突進するタイプ!」

 穹はクスリと笑うと、又「ありがとう。」と言う。

「片瀬って、本当悠木の事よく見てるんだね。」

 マリは慌てて穹から顔を背けると、少し火照った頬を両手でパンパンッと叩き、冷まそうとする。そして穹に聞こえない位小さな声で、そっと呟いた。

「違うよ・・・。私が見てるのは・・・。」

 恥ずかしそうにチラリと穹の方を向こうとすると、校門近くに音苑が立っている姿が目に入った。

 マリの顔は一気に険しくなると、穹の腕を掴み、足を速めた。

「穹君、早く教室行こう。遅刻しちゃう。」

「え?あぁ・・・うん。」

 マリに引っ張られるがまま、穹は音苑の姿には気付かず、校門を潜り校内へと入って行った。


 放課後、いつもの様に部員が部室から出払うと、部室内は穹一人だけになる。そしていつもの様に、由香里はそっと隠れていたトイレから姿を現すと、部室のドアを心配そうな眼差しで見つめた。

「どうしよう・・・。やっぱり私、全部マリ先輩に話すべきなのかな・・・。でも、時谷先輩の話しを聞くと・・・。」

 由香里はそっとドアに近づくと、中から穹の演奏が、微かに聞こえて来た。

「悲しい音色・・・。まるで泣いているみたい・・・。音羽さんが言っていた事・・・もしかしてそのせいで・・・。」

 穹の音色を聴けば聴くほど、ギュッと胸が締め付けられ、由香里の瞳からは自然と涙が零れ落ちた。そっと涙を拭うと、今日はもう帰った方がいいのかもしれないと思い、ドアに背を向ける。するといつの間にか、後ろには音苑が立っていた。

 突然目の前に音苑が現れ、由香里は戸惑いながらも、軽くお辞儀をする。

 音苑はニッコリと微笑むと、「礼儀正しいのね。」と優しい口調で言った。

「あの・・・私はこれで失礼します。」

 由香里はもう一度会釈をし、その場から立ち去ろうとするが、音苑は由香里が通ろうとすると、前に立ち道を塞いだ。

「あの・・・。」

 由香里の心に不安が過ると、音羽や穹の話を聞いているせいか、無意識に手が震えてしまう。

「どうしてそんなに怯えているの?貴女が穹の演奏を、盗み聞きしているから、怒られると思っているの?なら大丈夫よ。穹から了承を得ているんですものね。プライベートな話しも、盗み聞きしていいって。」

「どうして・・・そんな・・・。」

 由香里の体は、更に小刻みに震えた。

 一歩音苑が歩み寄ると、由香里の体はビクリと飛び上がってしまう。

「大丈夫よ。穹に言い付けたりしないから。只ね、私貴女に教えて欲しい事が有って。」

「教えて・・・欲しい事ですか?何ですか?」

 怯えながらも聞く由香里に、音苑はニッコリと笑顔で言った。

「片瀬さんの携帯の番号、教えてくれないかしら?メールアドレスでもいいけれど・・・。」

「どうして・・・ですか?」

「私ね、片瀬さんとお話しが有るんだけど、片瀬さんと中々校内で会えないのよ。だから、ね?由香里ちゃん。」

 由香里はギュッと両手を握り締めると、怯える心を必死に抑えつけながら言った。

「それは・・・出来ません。勝手に教える事は・・・。」

 すると音苑は、クスクスと不適な笑い声を上げる。

「由香里ちゃんだって、勝手に穹の内緒話聞いているじゃない。穹に言い付けちゃってもいいの?由香里ちゃんはスパイだって。」

 半ば脅迫染みた事を言い、ニンマリと笑う音苑に、由香里はそっと顔を俯けると、目を泳がせた。

「わっ分かりました・・・。でも、メアドだけです。」

 俯いたまま言うと、音苑は満足そうな顔をして笑う。

「そう、ありがとう。それで十分だわ。」

 由香里はマリのメールアドレスを、渋々音苑に教えると、音苑は「ありがとう。」と、そのままその場から去って行った。

 由香里は急いですぐにマリに電話を掛け、知らせようとするが、留守電になってしまう。仕方なく変わりにメールを送ると、部室のドアの方を向いた。中からは、まだ穹の演奏が聴こえて来る。

「どうしよう・・・。時谷先輩にも、知らせた方がいいのかな・・・。でも、そしたら私の事も・・・バレちゃうかも・・・。」

 由香里は携帯をギュッと握り締めると、ドアを見たり、廊下を見たりと落ち着かない様子で、悩み始めてしまう。

 携帯画面を見て見るも、マリからの返信は無い。

「やっぱり・・・マリ先輩の所に行ってから・・・。」

 由香里は携帯を握り締めたまま、廊下を走り出し、部室のドアから遠ざかって行った。

 由香里は玄関へと走って行くと、二年生の下駄箱の中から、マリの下駄箱を見付け、もう既に帰宅している事を確認する。自分も靴へと履き替え、急いでマリの家へと向かおうと走り出すと、手に握っていた携帯が、ブーンとバイブ音で震えた。

 慌てて足を止め、軽く息を切らせながら携帯を開くと、マリからのメールが届く。

「時谷先輩を・・・?」

 メールを開いて見ると、穹がまだ校内に居るなら、引き止めて置いて欲しいとの事だった。

「もっ戻らなきゃっ!」

 今度は慌てて、校内へと戻って行く。下駄箱で再び上履きに履き替えると、急いで階段を駆け上がり、部室へと向かった。

 部室前まで来ると、由香里はゼェゼェと息を切らせながら、そっとドアに耳を当てた。まだ中から、穹の演奏が聴こえて来て、ホッと安堵する。

「よかった・・・まだ部室に居て・・・。私・・・もう走れない・・・。」

 由香里はそのままグッタリと、ドアにへばり付いて座り込んでしまった。


 麻美と駅のカフェに寄り道をしており、まだ自宅へとは戻っていなかったマリは、麻美と別れ、学校近くの公園へと戻って来た。

 公園前へと行くと、ブランコに乗っている音苑の姿を見付ける。マリはそのまま公園内へと入り、音苑の居るブランコへと目指して歩く。音苑の近くで足を止めると、ムッとした顔をし、不機嫌な声で言った。

「悪趣味なメールして来ないでよね。」

 揺ら揺らとブランコを小さく揺らしていた音苑は、ピタリと揺れを止めると、ニッコリと微笑みながらマリの方を向いた。

「確実に来て欲しかったから。気分を悪くさせちゃったなら、謝るわ。ごめんなさいね。」

 マリは顔を更にムッとさせ、音苑を睨み付けると、いつもの呑気な口調とは違い、真面目な口調で言った。

「由香里は関係無いから、もうあの子にちょっかい出さないでよね。」

「由香里ちゃんには、ちょっと尋ねただけよ。別に興味は無いから心配しないで。でも・・・関係無くは無いんじゃない?」

 そう言ってクスリと笑う音苑を、マリはグッと強く睨み付ける。

「知ってる?ズル賢い女狐は、好きな人の事を相談するフリをして、その人と仲良くなろうとするの。ほら、よく聞くじゃない?好きな人の事を相談されている間、気付いたらその人の事を好きになちゃってたって。それを狙って、ワザと・・・。最後に振られちゃったって、泣いて見せて、落とすのよね?貴女は穹に、渡瀬君の事を相談しているみたいだけど・・・。本当はどっちが好きなのかしら?渡瀬君?それとも穹?どっちにしても、二人共貴女には興味無いみたいだけど。」

 クスクスと笑いながら、淡々と言って来る音苑。マリはグッと唇を噛み締めると、視線を音苑から背けた。

「私、もう一つ知ってるのよ。その女狐は、可愛いネズミを使って、その人の情報収集をしているって事も。」

 マリは鼻で笑うと、音苑を又睨みつけた。

「凄い洞察力。つ~か、凄い重度のストーカー気質。どっちが女狐だか。驚きよねぇ~。散々人の事無視してた癖に、急にこんなに話して来るなんてさぁ~。そんなに気に入らないんだ?私が穹君と仲良くしてるのが。」

「えぇ、気に入らないわ。だって穹は、私の友達だもの。貴女の友達じゃないわ。」

 音苑はニッコリと笑顔で言うと、マリはその笑顔に腹を立て、怒鳴る様に言った。

「アンタねぇ、最低なのよっ!穹君の事振っといて、その癖友達は私だけだぁ~?自分勝手もいい加減にしなさいよっ!そうやってニコニコ笑ってれば、穹君が何でもかんでも許してくれるとでも思ってるの?悠木が学校に来なくなったのも、アンタのせいでしょ?」

「えぇ、穹は許してくれるわ。だって穹は、許すしか無いもの。それに、渡瀬君が学校に来なくなったのは、私のせいじゃないわ。音羽がやったのよ。」

「音羽?誰よそれ・・・。」

 音苑はパンッと両手を叩くと、可笑しそうに言った。

「あぁ、ネズミさんはまだ、全部報告をしていないのね。音羽は私の双子の兄よ。」

「双子の?最悪・・・アンタみたいな奴がもう一人居るって事?」

 マリの眉間にシワが寄ると、物凄く嫌そうな顔をして見せた。

「音羽はね、壊すのが得意なの。とっても上手に壊すのよ。でも穹だけは壊さないの。」

 得意気に話して来る音苑に、マリは不可解そうに首を傾げる。

「はぁ~?何よそれ?」

 音苑はクスクスと笑うと、又可笑しそうに話し出す。

「音羽はね、穹の事が好きなのよ。きっと私より大好きなの。だから泥棒猫の渡瀬君が嫌いで、壊しちゃったのね。」

「え?ちょっちょっと待ってよ!」

 マリは慌てて音苑の話しを遮ると、「何?」と音苑は不思議そうに尋ねた。

「そのアンタの兄って、男だよね?穹君の事が大好きって、どう言う好き?つ~か、悠木が泥棒猫って、それって友達を奪ったとかって意味だよね?」

 音苑は首を傾げると、ニッコリと笑って答えた。

「違うわよ。音羽は穹の事が、好きなのよ。貴女が穹の事を、好きな様に。渡瀬君もそうでしょ?穹は女の子にも、男の子にもモテるのね。」

 マリは驚いてしまうと、唖然としながらも慌しく言った。

「ちょっ!ちょっと待ってよ!その音羽って人は知らないけど、悠木は違うよ!悠木は穹君と、もっと仲良くなりたいだけだよ!もっ勿論友達としてっ!あいつ中学の時、彼女とか普通に居たし。その音羽って人の勘違いだよ!」

「そうなの?でも音羽には、そんな事関係無いわよ。」

 穏やかな笑顔で言って来る音苑に、マリは一気に引いてしまう。

「嘘・・・。アンタの兄、マジなリアルBLとかって。流石にマジ引くし・・・。幾らアンタと同じ顔してても、男じゃ穹君も無しでしょ・・・。」

 音苑はブランコのチェーンを持って、ゆっくりとブランコから立ち上がると、不敵な笑みを浮かべた。

「それ、音羽に言ったら殺されちゃうわよ?」

 マリはクスリと笑う音苑を不気味に感じると、冗談で言っている様には思えず、背筋がゾッとした。ゴクリと生唾を飲み込むと、妙な緊張感が走り、そっと後退りをしてしまう。

 音苑はチェーンを手から放すと、そっとマリに近づく。「何よ?」とマリは構えながら後退りをするも、音苑は手を伸ばせばマリに届きそうな距離まで近づき、足を止めた。

「私にとっての泥棒猫は、貴女。」

「は~?」

 それまで笑顔だった音苑の顔は、徐々にと冷たい表情へと変わると、静かな声で言った。

「穹はね、私だけの友達なの。穹と始めて会ったのも私。穹がヴィオラを始めた切っ掛けも私。穹が好きになったのも私。音羽じゃない。貴女でも渡瀬君でもない。」

「何それ?そうやって穹君の周りの仲良い人、潰してった訳?凄い独占欲。つ~か、矛盾してない?告られて振っといて、友達は私だけとかってさぁ~。そんなに好きなら、付き合ってあげればいいじゃん!それもしないで、生殺しにして!」

 負けずとマリは言い返すも、音苑はクスリと小さく笑った。

「付き合う?私は穹の事好きだけど、友達として誰よりも好きなの。だって、私が恋をしている人は、今も昔もずっと変わらない。天使だけですもの。」

 そう言うと、音苑は嬉しそうな顔をして、空を見上げた。

「天使って・・・。アンタ頭オカシイんじゃないの?つ~か、どんな中二病それ?天使なんか居る訳ないし。変な宗教でも入ってるんの?」

 マリは馬鹿にする様に言うと、音苑は鋭い目付きでマリを睨みつけた。負けずとマリも音苑を睨み付けると、音苑はニンマリと不気味な笑みを浮かべる。

「そうだわ!片瀬さんに、良い事教えてあげる。天使に音楽を届ける方法よ。私は穹から教わったの。」

 そう言うと、左袖のボタンを外し、ゆっくりと袖を上へと上げて行った。

 真夏でもずっと長袖を着て、一度も見せた事の無い音苑の腕が現れると、マリは緊張し、思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。真っ白い腕は、綺麗に細くスラリと伸びている。

 「ほら。」音苑は左腕の内側をマリに向け見せると、マリの顔は一気に歪に歪んだ。

「やだ・・・何それ?」

 マリは思わず口元を手で覆ってしまう。

 白い腕の上には、乱暴に縦に切り裂かれた切り傷の跡が、くっきりと浮かび上がり残っていた。見ているだけで痛々しく思え、マリの顔は真っ青になってしまう。

 音苑はニッコリと微笑むと、嬉しそうに話して来る。

「穹がね、教えてくれたの。血を捧げれば、天使は演奏を受け取ってくれるんですって。でもそのせいで、私弾けなくなっちゃったのよ。だから穹は、何でも許してくれるわ。」

「穹君が・・・?嘘・・・。自分でやったの・・・?」

 音苑はニッコリと頷くと、マリはその時の場面を想像してしまい、吐き気に襲われ、両手で口元を塞いだ。

 顔を真っ青に青褪めさせ、涙目になりながら、そっと口元から手を退けると、音苑を睨み付ける。そして左手を伸ばし、勢いよく、バシッと音苑の左頬を叩いた。

「アンタ最低っ!弾けなくなったからって、それで穹君ずっと責めて追い詰め続けてるの?それで言う事何でも聞かせてるの?そうやって傷口見せて、穹君を縛り付けてるの?そうやって周りの人間、傷付けてるの?」

 泣き叫ぶ様にマリは言うと、音苑は驚いた顔をして、そっと叩かれた頬に手を添えた。

「どうして?どうして・・・パパみたいに叩くの?私は秘密を教えてあげる変わりに、穹と話さないでってお願いしようとしただけなのに。ママは絶対に人に見せちゃいけないって言うから、ずっと秘密にして来たのに・・・。音羽は秘密を教えれば、お願いを聞いてくれるって言ってたのに。どうして片瀬さんは・・・怒るの?」

 音苑は小さく体を震わせると、叩かれた頬を両手でギュッと押さえ付け、今にも泣きそうな顔をして俯いた。その姿に、今度はマリが驚くと、茫然としてしまう。

 意味が分からずに茫然と佇んでいると、何故か自分が悪者の様に思えて来てしまう。しかし明らかに音苑が自分勝手なだけだが、どこかオカシイ音苑に、マリは少し考えると、ハッと気が付いた。

「白井さん・・・もしかして自覚無いの・・・?自分が何言って、何やってるのか。人に言われた事、そのままやってるだけじゃない?」

 音苑はゆっくりと顔を上げると、悲しそうな表情で首を傾げた。

「何言ってるの?私はちゃんと分かってるわよ。私は天使に恋をしていて、穹は私の大好きな友達。穹は私の為に、天使へ演奏を届ける方法を教えてくれたの。だから私も、穹の為にずっと側に居てあげるの。穹もそれを望んでいるのよ。だから悪い泥棒猫は、追い払わないといけない。」

「それ・・・オカシイよ。白井さん、その事穹君に言った事有るの?自分の気持ち、穹君に伝えた事有る?もし無いんだったら、絶対穹君、白井さんに恨まれてるって思ってると思うよ。」

「恨む?私が穹を?どうして?」

 キョトンと不思議そうな顔をする音苑に、マリは唖然としてしまう。

「どうしてって、決まってんじゃん!その天使に演奏届ける方法とかって~ので、白井さんヴィオラ弾けなくなっちゃったからじゃん!普通恨むでしょ?」

「私は恨んでなんかいないわ。そりゃ、弾けなくなった事はとっても苦しかったけど、それは私の為に穹がしてくれた事なんだもの。」

 そう言ってニッコリと笑う音苑に、マリは寒気を感じた。

 感覚が普通じゃないと思うと、音苑が恐ろしく感じる。それと同時に、音苑自身が気付いていない事に気が付いた。

「白井さんの好きって・・・。友達としての好きじゃ無いんじゃないの?それって・・・私に対してだって、嫉妬じゃない?好きな人を盗られちゃうかもしてないって言う、音羽って人と同じ気持ちの・・・。」

「え・・・?」

 マリの言葉に、音苑は驚くと、一瞬頭の中が真っ白になった。

「何・・・言ってるの?私が恋をしているのは、天使だけよ?」

「天使って・・・そうやって誤魔化してるだけじゃない?本当はどっかで気付いてるんじゃない?でも認めちゃったら、穹君の事本当に恨んじゃうかもしれないから、見て見ないフリしてるだけじゃないの?自分の本当の気持ち!」

「違うわよ・・・。」

 音苑は混乱し始めると、ふとマリの鞄に目をやり、取っ手にぶら下っているシーサーキーホルダーに気付いた。そして逃げる様に、ニッコリと笑い話しを切り替える。

「片瀬さん、沖縄行って来たんだ。海、綺麗よね。」

 マリは一気に険しい顔に変わると、取っ手からシーサーキーホルダーを外し、乱暴に音苑に向けて投げ付けた。

「確かに私は、アンタの言う通りズル賢い事してた!でもアンタみたいに、自分の気持ちから逃げたりはしないっ!堂々と穹君に、自分の気持ち伝えるから!」

 そう言い放つと、そのまま公園から走り去って行った。

 音苑はマリの後ろ姿を、只じっと黙って見つめていると、いつの間にか涙が流れ落ちている事に気が付く。

「涙・・・。どうして私・・・泣いてるの?」

 そっと涙を拭うと、もう星が顔を出し始めている空を見上げた。

「そうだ・・・音羽に聞いてみよう。」

 足元に転げ落ちている、シーサーキーホルダーを拾うと、そっとスカートのポケットに仕舞った。


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