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 音羽はそっと俯くと、真剣な表情へと変え、しっかりと音苑の顔を見ながら、もう一度聞いた。

「音苑・・・僕の事、好き?」

 音苑は賢明に笑顔を作ろうとするが、笑う事が出来ず、グッとズボンの裾を握り締める。

「す・・・。」

 思う様に言葉が出て来なくて、ギュッと唇を噛むと、頬を涙が伝う。

「嫌い・・・嫌いよ。私だって・・・嫌い。」

 辛そうな顔をさせて言う音苑に、穹はそっと頭を撫でると、優しい声で言った。

「音苑、大丈夫だよ。俺も音羽も、大丈夫だから。全部吐き出しちゃって、いいんだよ。」

 音苑は大粒の涙を流すと、両手で顔を覆い言う。

「嫌いよ・・・。私だって、音羽の事大嫌い!いつも私の大事な物横取りして!穹を最初に見付けたのは、私なのに!穹がヴィオラを始める切っ掛けを作ったのも、私なのに!穹が好きになってくれたのだって、私なのに・・・。なのに音羽は私より穹と仲良くする!男の子同士だからって!今でも穹と一緒に弾ける音羽が憎くて、大っ嫌い!」

 音苑は大声で叫ぶと、そっと顔から手を退かし、穹の顔を泣きながら見つめた。

「でも・・・でも・・・。それ以上に穹が嫌い・・・。私からヴィオラを奪った穹が・・・嫌い・・・。私・・・穹が憎い・・・。」

「音苑・・・。」

 音苑は穹の胸に顔を埋めると、ギュッと強く穹のシャツを握り締めた。

「どうして?どうしてあんな事言ったの?どうして私は信じちゃったの?どうして私はもう弾けないのに、穹は弾けるの?嫌いよ!大っ嫌いよ!私からヴィオラを奪った穹なんか大嫌い!憎い!憎くて仕方ない!許せない!許せない!許せない!全部許せない!信じた自分が許せない!穹を憎む自分が許せない!穹の事好きな自分が許せない!私から音色を奪った穹が、許せない!」

 泣き叫ぶ様に言うと、穹はギュッと強く音苑の体を抱きしめた。

「ごめん・・・ごめん音苑。ごめん・・・。許さなくていいから・・・。」

 擦り切れそうな声で、何度も何度も謝ると、穹の瞳からは涙が零れ落ちる。

「憎い・・・穹が憎い・・・。こんなにも憎いのに・・・。それでも穹の事が・・・好き・・・。」

「俺も好きだよ・・・。音苑の事が・・・好きだよ。ずっと・・・ずっと。」

 泣き続ける音苑を、穹は強く強く抱きしめ続けた。音苑が泣き止むまで、ずっと。悠木とマリ、それに音羽は、そっと黙って見守った。音苑が泣き止むのを。

 まるで十七年分溜め込んだ涙を、一気に流すかの様に、音苑は長い間泣き続けた。泣き疲れて、眠ってしまうまで・・・。


 放課後になり、いつもの様に管弦楽部の活動が終わると、他の者達と一緒に、穹もヴィオラの入ったケースを持ち、部室から出て行った。そのまま廊下を歩くと、教室へと向かって行く。

 そっと窓の外を覗くと、続々と生徒達が帰宅をしている姿が見えた。空はもう既に、真っ赤な夕日が昇り、昼の時間が短くなっている。

 教室へと戻り、ガラッと教室のドアを開けると、中には窓から外を眺めている、マリの姿が有った。

 「お待たせ。」声を掛けると、穹の声に気付いたマリは、ニッコリと笑いながら振り向き、「お疲れ様~。」と笑顔で言う。

 穹は教室内をキョロキョロと見渡すと、悠木の姿が無い事に気が付く。

 「悠木は?」と聞くと、マリは少し呆れた表情を浮かべ、「先に行った。」と穹に伝えた。穹も少し呆れた表情を浮かばせると、クスリと小さく笑った。

「音苑ちゃん、あれからどう?」

「大分落ち着いたよ。もう無理して笑ったりしないし。」

「そっか。」

 穹の言葉を聞き、マリはホッと安堵すると、軽く息を吐いた。

 その後音苑と音羽は、二人共しばらくは入院する事が決まり、病院でカウンセリングを受ける事となった。穹と悠木はちょくちょくお見舞いに行っていたが、マリは二人に気を使い、余り顔を出さなかった。今日は久しぶりに、二人のお見舞いに行く日だ。

「本当はもっと早く、そうするべきだったんだよねぇ~。」

「仕方ないよ。母親が・・・殆ど二人をほったらかしにしてたみたいだったから、気付いてなかったみたいだし。」

 そっと顔を俯け、暗く沈み掛ける穹に、マリは話しを誤魔化す様に明るい声で言う。

「いやぁ~。しかし驚きだよぉ~!音羽君、悠木に乗り変えちゃうんだもんねぇ~!つ~か、やっぱり好きになるのは男なんだぁ~。」

 穹はクスリと小さく笑うと、その後クスクスと可笑しそうに笑いながら言った。

「おまけに悠木も、満更じゃないみたいでビックリしたよ。」

「そうそう!絶対に有り得ない~とか言ってた癖に~!毎日お見舞いに行っちゃって。穹君も危なかったんじゃない?実は悠木も狙ってたのかもねぇ~。」

「そうかも。」

 二人して可笑しそうにクスクスと笑っていると、笑い声は次第に小さくなる。自然と笑い声が消えて行くと、マリはフゥと息を吐いて、少し真面目な口調で言った。

「何か・・・変な感じ。結局音苑ちゃんも音羽君も、お互いに憎み合って、穹君の事奪い合ってただけなんだよね。音羽君は女の音苑ちゃんが、羨ましくて憎くて・・・。音苑ちゃんは、男同士で仲良くする音羽君が憎くて、羨ましくて。二人揃って穹君の友達は、自分だけでいいって言ってたのだって、それって同じ顔をした友達は、二人も要らないって事だったのかな。」

「そうかもしれない・・・。俺はそんな事にも気付けなくて・・・。三人で仲良く弾きたい、なんて思ってた中学の頃は・・・それが二人を余計に・・・。」

 穹は顔を俯けると、背中をバシッと、力一杯マリに叩かれた。

 「だから・・・痛いって。」痛そうに背中を摩る穹に、マリはニッコリと満遍無い笑みを浮かべ、「駄目だよ!」と明るく言う。

「また俺のせいでぇ~っとかは無し!二人が不器用さんなだけだったんだよ。音羽君は追い払う事しか出来なくてさ、音苑ちゃんはしがみ付く事しか出来なかったってだけだよ。もっとこう~・・・別のアプローチが出来てたら、違ったかも。素直に気持ち伝えるとかさ~。」

「片瀬・・・。そうだね、もっと早く、素直な気持ちを伝えてれば、違ったのかも。俺も・・・逃げずにちゃんと向き合ってたら・・・。」

 又顔を俯けそうになるも、穹はニッコリと笑ってマリの方を向いた。

「片瀬みたいに、直球に伝えられるのが、一番いいのかもね。」

「へ?」

 マリは穹に告白をした事を思い出してしまうと、又顔が赤く染まってしまい、照れ臭そうにソッポを向いて言う。

「あぁ~そう言えば私、振られてんだっけぇ~。なんか色々有り過ぎて、すっかり忘れてたけど・・・。」

 穹はクスッと小さく笑うと、柔らかい笑顔を浮かべて、マリの頭をポンッと、軽く叩いた。

「ありがとう、片瀬。片瀬が色々してくれたお陰だよ。音苑の事嫌いだったのに、音苑の為に色々してくれて、心配もしてくれて。」

「私も、あん時はよく音苑ちゃんの事知らなかっただけだから。一年の時無視されたの、勝手に一人で根に持って、ヘソ曲げちゃってただけだからさぁ~。今じゃ友達になってるのが、自分でもちょっと驚きな位だよぉ~。」

 ポリポリと頭を掻きながら、照れ臭そうに言うと、そっと穹の方を向いた。

「私はさ、穹君とは友達のままでいいや。つ~より、友達のがいいかな。」

 「ごめん・・・。」謝ろうとする穹に、マリは「アハハ。」と笑いながら、恥ずかしそうに言った。

「いやっ!私ってミーハーな所有るしさぁ~。何か音苑ちゃんや音羽君の気持ちとか聞いてたら、私の気持ちなんか全然軽いなぁ~って思っちゃって。こりゃ出る幕無いなぁ~って感じだったし。それに、今のままでも正直十分満足してる訳だしさぁ~。このまま友達として、皆でワイワイしてる方が、私は好きだなぁ~って思ったから。」

「そっか。片瀬は、傷付いたりはしてないんだね?大丈夫・・・なんだよね?」

 少し心配そうに穹は聞くと、マリはニッコリと笑顔を見せる。

「全然!ほらっ!私ってば、踏み潰されても突進するタイプだからっ!」

「そう言えばそうだった。」

 お互いにニコリと微笑むと、マリはそっと窓から、空を見上げた。

「私さ、思ったんだけど・・・。音苑ちゃんも音羽君も、穹君って言う、天使に恋をしてたんじゃないかな?」

「え?俺って言う・・・?」

「うん。どっちがどうとか、分け隔て無く優しくしてくれる穹君が、二人にとっては天使に思えたんだよ。だから音苑ちゃんだけじゃなくて、音羽君も、穹君って言う天使に恋をしたんだと思う。」

「そうなの・・・かな。」

 穹もそっと、窓から空を見上げた。

「そうだよ。天使は・・・きっと穹君だったんだよ。」

「俺が・・・。」

 マリは「アハハ。」と笑うと、「何臭い事言ってんだろうねぇ~。」と、照れ臭そうに頭を掻き毟る。

「あぁ~もう早く病院行こうっ!遅くなっちゃうからさぁ~。」

 マリは誤魔化す様に言うと、机の上に置いた鞄を持った。

 「ほらほらぁ~。」マリに手を引っ張られ、穹は慌てながら教室から出ると、足早に前を歩き始めるマリの後ろを、急ぎ足で追い掛けた。

 「そんなに急かさなくても・・・。」ブツブツと文句を言いながら後ろを歩いていると、マリの鞄が目に付き、取っ手にいつもぶら下げていた、シーサーキーホルダーが無い事を、少し寂しく感じてしまう。

「あの・・・何かごめんね。」

「へ?何がぁ~?」

 マリは前を歩きながら、首だけを後ろへと向けると、俯きながら歩く穹を、不思議そうに見つめた。

「シーサーキーホルダー。一個・・・音羽に壊されちゃって。俺と悠木の分も、音苑と音羽にあげちゃってさ。」

 俯きながら言う穹に、マリはニッコリと笑顔を見せると、嬉しそうに言って来た。

「いいっていいってぇ~。二人お揃いの物付けた方が、早く仲直りもするだろうからさぁ~。穹君と悠木の、二人だけにお揃いで付けられても嫌だし。二個しかないなら、二人に付けて貰った方がいいかなぁ~って思ったからさぁ~。」

「そうだね・・・。」

 穹もニッコリと笑うと、足を速めてマリの隣へと立った。

「そうだよね。まぁ、音羽は付けるの凄い嫌そうな顔してたけど。」

「酷い~!でもちゃんと付けてくれたも~ん!壊したのも謝ってくれたもん~!」

 マリはプクリと両頬を膨らませ、ムッとした顔をさせると、「そうだね。」と、穹は可笑しそうにクスクスと笑った。

 突然マリは階段を駆け下り、穹の前へと来ると、クルリと体を回し、その場に足を止めた。穹も階段を下りて足を止めると、「急にどうしたの?」と、目の前に立つマリに不思議そうに尋ねる。するとマリは、ニッコリと微笑んだ。

「そう言えばさ、穹君の一番好きな曲って~なぁに?」

 嬉しそうに聞いて来るマリに、穹は笑顔で答えた。

「ロベルト・シューマンの、『おとぎの絵本』。知ってる?」

「アハハ・・・知らない・・・。」

 苦笑いをするマリに、穹はそっとケースを床へと置くと、ケースを開き中からヴィオラを取り出した。

「じゃあ、聴かせてあげるよ。」

「え?今ここで?って~・・・ここ廊下だよ?」

 戸惑ってしまうマリに、穹はニッコリと笑顔で外を指差す。

「ここ、俺のお気に入りの場所。ここは俺専用の舞台だよ?」

 マリは窓の外を見ると、見覚えの有る風景にハッと気付く。そこは校舎角の、二年生の階段を一つ降りた、折り返し地点の場所だ。

「シーサーキーホルダーのお礼に。」

 穹はニッコリと微笑みヴィオラを構えると、マリもニッコリと微笑み頷いた。

 ゆっくりと瞳を伏せると、静かに弓を弦の上で動かし、音色を奏で始める。曲目はロベルト・シューマン作曲、『おとぎの絵本』。

 暖かい穏やかなヴィオラの音色が、校内に響き渡った。


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