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 「音苑!」叫びながら屋上のドアを開けると、目の前には音羽の学校の制服を着た音苑が、屋上の縁でヴィオラを持ちながら立っていた。

「穹。舞台を見に来てくれたのね。」

 音苑は嬉しそうに微笑むながら振り返ると、穹に向けて満遍無い笑顔を見せる。

 後からゼェゼェと息を切らせ、マリが到着をすると、マリの姿を見た音苑は、更に嬉しそうな顔をした。

「片瀬さんも、見に来てくれたのね。」

 マリは屋上の縁に立つ音苑の姿に驚くと、慌てて側へと駆け寄ろうとした。「待って!」と穹に止められると、マリはハッと、軽率な行動を取ろうとしていた自分に気付く。

「ごめん・・・。つ~か、あれ男子制服?」

「音羽の高校の制服だよ。」

 音羽の高校の制服を着て、ヴィオラを持つ音苑の姿は、音羽その者に見える。だが間違いなく、あれは音苑だ。

「音羽は、入れ換えたかったのかも。自分と音苑を・・・。」

「それって、白井さんに自分の姿をさせて、自分を死なせたかったって事でも有るんじゃない?」

「そうかも・・・。」

 穹はそっと俯くと、マリに「ここに居て。」と言い、ゆっくりと音苑の元へと近づいた。

 音苑は穹が近づいて来る姿に気が付くと、ニッコリと微笑みながらも、少し困った表情を浮かべる。

「駄目よ穹。観客は、これ以上中に入ったら駄目なのよ?」

 穹は音苑の持つヴィオラを、そっと指差すと、微かに微笑みながら言った。

「ヴィオラ、どうせ弾けないでしょ?変わりに俺が弾いてもいい?」

「え?」

 音苑は手に持つヴィオラをジッと見つめると、少し考えてから、ゆっくりと頷き、ヴィオラを穹に差し出す。穹はそっと音苑の側まで行くと、差し出されたヴィオラを受け取った。

 チラリと屋上の入口を見ると、悠木と音羽の姿も見付け、穹は音苑に観客が揃った事を伝える。

「そう。なら観客の人達は、どうぞ近くに。」

 嬉しそうに音苑は手招きをすると、マリと悠木は戸惑いながらも、そっと少しだけ近づいた。すると後ろから、音羽に背中を押され、グイグイと前へと突き出される。

「路上舞台は、大体2メートル位前で聴くんだよ。」

 ボソリと音羽が後ろから呟くと、二人は困りながらも、大体2メートル位離れた場所にと立った。

 穹は悲しそうな目で音羽を見つめると、音羽も悲しそうな目で見つめ返す。そっと音羽から視線を外すと、音苑の方を向き、「歌う位出来るよね?」と尋ねた。音苑は嬉しそうに頷くと、二人は目の前に立つ三人に向かい、丁寧に深くお辞儀をする。悠木とマリは、困った様子で互いに顔を見合わせ、音羽はそっと視線を足元へと落としてしまう。

 穹は左肩にヴィオラを乗せると、顎で抑え、弓を弦の上に翳した。チラリと音苑の方に視線をやり、互いに合図をする様に頷くと、穹はゆっくりと弓を弾き、音を奏で始めた。

 静かにヴィオラの音色が響き始めると、それまで綺麗なアルト音だけを出し、曲をまだ弾いていなかった穹は、ゆっくりと音色を変え始めた。そしてパウル・ヒンデミット作曲、『白鳥を焼く男』を演奏し始める。

 曲を聞いた瞬間、音苑と音羽は驚き、茫然とした様子で、演奏をする穹の姿を見つめた。穹は二人の事等気にせず、瞳を伏せ静かに奏続ける。

「何?何か問題?」

 不思議そうにマリは、音羽と音苑の顔を交互に見つめた。どっちを向いても、同じ顔だが。

「ジゼルじゃないからだ。」

 ボソリと悠木が呟くと、音羽はそっと悠木の方を向いた。

「ジゼル・・・。そうだ、これ・・・この曲・・・。」

 音羽が言おうとした瞬間、「止めてっ!」と音苑の叫び声が響いた。

 音苑は穹の右腕を両手で掴み、無理やり弦から弓を離すと、グッと唇を噛み締め穹の顔を睨みつけた。

「どうして?どうして音羽の好きな曲を弾くの?どうしてジゼルじゃないの?その曲は、音羽が一番好きな曲じゃない!どうしてそんな曲を弾くの?」

 泣き叫ぶ様に音苑が言うと、マリと悠木は驚いた表情を浮かべた。

「音羽が好きな曲?ってー事は・・・。」

「穹君は音羽の為に?」

 二人の言葉を聞き、音羽はハッとすると、薄らと涙を浮かべた。

 穹はそっと右腕を下ろすと、強く掴んで来る音苑に、優しい声で尋ねる。

「どうして音苑は、怒るの?」

「どうして?ジゼルじゃ無いからに決まってるじゃない!せっかく私が、天使の所へ行く日なのに!」

「でも音苑は、どうして音羽の好きな曲弾くのって、怒ったよ?どうして?」

「それは・・・。」

 音苑はそっと穹の腕から手を放すと、ゆっくりと音羽の方を見た。自分の制服を着て、悲しそうな表情で立っている音羽を見ると、音苑は首を傾げる。

「どうして・・・私がそこに居るの?」

 音苑は頭を抱えると、その場に座り込んだ。

「どうして、穹はジゼルを弾かないの?」

 穹はゆっくりとヴィオラをケースの中へと仕舞うと、その場に座り込む音苑の肩を抱き上げ、そっと立たせた。

「音苑は今、音羽だからだよ。」

「私が、音羽?」

「いつもそうだったじゃん。音苑と一緒の時は、『ジゼル』を。音羽と一緒の時は、『白鳥を焼く男』を俺は弾いていたよ。」

 音苑は険しい表情をさせると、穹の両手を払い除けた。

「嘘よ。私が弾けなくなってからは、穹は私と一緒に弾いていないわ。音羽とも弾いて無い。」

「僕は弾いたよ。」

 ボソリと音羽が言うと、音苑は驚いた顔をして、音羽の方を向いた。

「本当にたまにだったけど、僕の舞台で、穹と背中合わせで弾いてた。」

「そうなの?穹・・・。」

 音苑は首を傾げて穹に聞くと、穹は顔を暗く沈ませながら、小さく頷いた。

「俺が憎い?音苑。音羽とはまだ一緒に弾いている俺が、憎い?」

 音苑はクスリと笑うと、悲しそうな笑顔をさせ、明るい声で言った。

「何言ってるの?憎いはずないじゃない。だって穹は、私に天使への届け方を教えてくれたのよ。」

 音苑はパンッと手を叩くと、「そうだ!」と思い付く。

「私が音羽の学校の制服を着ているから、私は音羽なのね。なら、早く着替えなくちゃ。そうすれば、私は音苑に戻るわ。そうでしょ?穹。」

「そうだね。でも俺は、ジゼルは弾かないよ。」

「どうして・・・?」

 音苑は寂しそうな顔を浮かべ、そっと呟くと、穹はクスリと小さく笑った。

「弾き飽きたんだよ。だって毎日部活が終わってから、弾いてたんだから。もう弾きたくないよ。」

「何よそれ・・・。」

 音苑はグッと力強く穹を睨み付けると、乱暴に穹の体を叩いた。

「弾き飽きたって何よ!知ってるわよ!穹が毎日弾いてた事位!私の変わりに、毎日弾いてた事位、知ってるわ!」

 穹はギュッと唇を噛み締めると、涙を堪え笑顔を見せた。そして音苑を馬鹿にする様な口調で言う。

「なんだ、知ってたんだ。ずっと聴いてたんだ。じゃあ音苑は、悠木と同じで聴く事しか出来ないんだ。音羽みたいに、一緒に弾けないもんね。」

 穹の言葉を聞いたマリは、ハッと気が付き、口元に手を当てた。

「もしかして穹君、白井さんが自分の事ちゃんと憎めるように、ワザと・・・。」

「憎むって・・・。最初から憎んでるんじゃないのか?」

 不思議そうに悠木がマリに聞くと、マリは困った顔をしながら、簡単に説明をする。

「いやっ・・・なんつ~か・・・。白井さん、穹君の事憎みたく無いから、ずっと気付き掛けてた自分の気持ちに、嘘吐いてるって言うか・・・。」

「そう言えば音羽も、憎んでる訳じゃないって・・・。」

 悠木はチラリと音羽の方を見るが、音羽は俯き黙り込んでいる。

 穹は無雑作に叩いて来る音苑の両腕を掴むと、真剣な眼差しをさせて言った。

「音苑、我慢する事無いんだよ?俺は幾ら音苑に憎まれたっていい。一生恨まれたっていい。それでも、俺は音苑の事好きだから、我慢出来る。音苑の苦しみに比べたら、軽いもんだよね?」

「止めて・・・止めてよ・・・。」

 音苑は顔を俯けると、ギュッと唇を噛み締めた。

「私・・・穹の事憎みたく無いの・・・。嫌いになりたくないのよ。」

 声を震わせながら言うと、グッと零れて来そうな涙を堪える。

「私はいいの。気にしていないわ。穹が私だけの友達て居てくれるなら、それでいいのよ。」

「違うでしょっ!」

 マリは大声で音苑に向かって叫ぶと、少し前へと歩み寄った。

「白井さん、違うでしょ?友達で居たいんじゃないでしょ?本当は穹君の事、好きなんでしょ?友達としてじゃなくて!」

「止めてって言ってるでしょ!」

 音苑は大声で叫ぶと、穹の手を乱暴に振り払い、両耳を塞いで屋上の縁ギリギリの所に立つ。

 「音苑!」慌てて穹が近づこうとすると、「来ないで!」と音苑は大声で叫んだ。ポロポロと大粒の涙を流すと、両耳を塞いだまま泣き叫ぶ様に言う。

「お願いだから、私から天使を奪わないで!天使は悪いモノを持って行ってくれるの!私の中の嫌な気持ちも、持って行ってくれるの!」

「悪い・・・モノ・・・。」

 音羽はそっと呟くと、ハッと気が付いた。音苑は、音羽に対しての嫌な気持ちも、天使に持って行って貰っているのだと。

「私は穹の事を憎みたく無い!嫌いになりたく無い!穹の事が大好きだから・・・。穹の事が好きなのに、憎んじゃうから!好きなのに許せなくなる!だから私は、天使に恋をしていないと駄目なのよ!」

 音苑はその場に座り込むと、両耳を塞いだまま、顔を俯けた。肩を小刻みに震わせる音苑の姿を見て、穹は悲しそうに俯くと、何て声を掛ければいいのか分からない。

「そっか、だから白井さん、自分で自分に言い聞かせてたんだ。天使にしか恋しちゃ駄目だって・・・。」

 マリはずっと感じていた音苑の違和感に気が付くと、穹と同じ様に、これ以上は何も言えなかった。

 「音苑・・・。」穹はそっと音苑に近づき、手を伸ばすと、音苑は思い切り穹の手を払い除けた。

「来ないでって言ってるでしょ!」

 力一杯払い除けた瞬間、穹は足元のバランスを崩してしまい、そのまま後ろへと倒れて行ってしまう。すぐに音羽は、急いで穹の元へと駆け寄った。

 「穹っ!」二人して穹の名を叫ぶと、何も無い背後に落下しそうになる穹の体を、音苑と音羽は慌てて穹の腕をそれぞれ掴んだ。そのまま力一杯引き寄せ、落ちそうになった穹の体を自分達へと引き寄せると、勢いでその場に三人しゃがみ込んでしまう。

「大丈夫?」

 慌ててマリと悠木も掛け寄ると、穹の顔は真っ青になっていた。

 突然の出来事に、穹は焦りそっと胸に手を当てると、心臓がバクバクと強く打ち付けている。冷や汗を掻き、危うく屋上から落ちそうになった穹は、左右に座る音苑と音羽に「ありがとう・・・。」っと、そっと優しくお礼を言った。

 穹の優しい声を聞いた音羽は、スカートの裾をギュッと握り締めると、肩を震わせながら呟いた。

「もう・・・いい。もういいよ。」

「音羽?」

 穹はそっと音羽の名を呼ぶと、音羽は俯いたまま、ギュッと目を瞑り叫んだ。

「全部僕のせいなんだ!音苑が苦しんでいるのも、穹が苦しんでいるのだって!」

 音羽はゆっくりと顔を上げると、目の前の音苑を悲しげな表情で見つめた。

「音苑・・・僕の事、好き?」

「好きよ。音羽は色々教えてくれるから。」

 小さく微笑む音苑に、音羽は悲しげに微笑んだ。

「僕は嫌い。音苑が大嫌い。音苑の事が、憎くて仕方ないよ。」

「音羽・・・どうして?」

 悲しそうに音苑が尋ねると、音羽は薄らと、瞳に涙を浮かべながら話す。

「音苑の事、小さい時から嫌いだった。同じ顔をしているのに、いつも音苑の方が皆から愛される。近所の人も、いつも『音苑ちゃんは今日も可愛いね。』って言って、その後『音羽君も。』って言う。いつも僕が後。僕はついでみたい。ずっと考えてたんだ。どうして音苑ばっかりって。同じ顔をしているのに、どうして?って。」

 音羽は目を伏せると、瞳に溜まった涙が頬を伝う。もう一度音苑の顔を見つめると、微かに微笑みながら、又話し始めた。

「一度ね、母さんに話した事が有るんだ。父さんにされていた事・・・。でも母さんは、信じてくれなかった。その時僕、分かったんだ。なんだ・・・僕が男の子だからかって。だから母さんは信じてくれなかったんだって。女の子の音苑が言えば、きっと母さんは信じたんだろうってさ。同じ顔をしていても、僕は男で音苑は女。だから女の音苑の方が、皆から愛されるんだって・・・。それからずっと、音苑の事が憎くて仕方なかった。どうして音苑が女で、僕が男なんだろう。どうして母さんは、僕も女に産んでくれなかったんだろう。」

 音羽の顔は段々と険しくなっていくと、更にスカートの裾を力強く握り締めた。顔を俯けると、クスリと小さく笑い、俯いたまま話す。

「ムカついたからさ、母さんの大切なモノを奪ってやろうと思ったんだ。母さんの大切な、父さんを奪ってやろうって。そしたら母さんが壊れちゃって、凄くスッキリした。ざまぁ~みろって。だから音苑も壊してやろうって思った。でも音苑は壊れても、いつも楽しそうにしてる。楽しそうに、穹と話してた。」

 そっと顔を上げると、穹の方を見て、優しく微笑んだ。

「穹、覚えてる?お墓の前で、僕が音苑から穹を離した後、穹は僕に『君もヴィオラをやってるの?』って嬉しそうに聞いて来た。嬉しかったんだよ?僕が変な事言ってるのに、穹は嬉しそうに僕にも沢山話し掛けてくれて。」

「覚えてるよ。音羽は・・・照れ臭そうにヴィオラの事、話してくれた。」

 穹は微かに微笑みながら言うと、音羽はニッコリと笑顔を見せる。

「中学で穹とまた会った時も、穹は嬉しそうに自分のヴィオラを僕達に見せて来て・・・。『これで二人と一緒に弾けるね。』って言ってくれた。僕はその言葉が、凄く嬉しかったんだ。いつもいつも『音苑』って名前が先に出るのに、穹は『二人』って言った。穹は始めて、分け隔て無く僕等に接してくれた人だったんだ。でも・・・。」

 音羽の顔はまた険しくなると、そのまま悲しい表情へと変わる。

「でも穹は音苑の事を好きになった。音苑が女だから!また音苑!同じ顔してても、女ってだけで!余計音苑が憎くなって、どうして僕は男なんだろうって、男の自分も憎くなって!だからせめて、穹は僕だけの友達で居て欲しかった!」

 叫ぶように言うと、悲しそうに見つめている音苑の顔を、同じ様に悲しそうに見つめ、声を震わせながら言った。

「音苑・・・天使はね、『悪いモノ』を連れ去ってくれるんじゃなくて、『大切なモノ』を全部奪って行く、悪い存在なんだよ。」

「大切な・・・モノを?」

 そっと音苑が呟くと、音羽は小さく頷いた。そしてゆっくりと立ち上がると、話しながら後ろへとそのまま歩き、皆から遠ざかって行く。

「そうだよ・・・。僕の大切なモノを、全部全部奪って行ったんだ。音苑の大切なモノだって、奪って行った。穹の大切なモノも・・・。音苑と穹から奪った僕は、悪い天使なのかもね。だって・・・こんなにも二人を苦しめてるんだから。」

 気付くと音羽は、屋上の縁ギリギリの所に立っており、風に煽られれば今にも落ちそうだ。

「音羽・・・何してるの?」

 慌てて穹は立ち上がると、不安な表情をさせそっと尋ねた。

「悪い天使を退治するんだ・・・・。全部・・・僕のせいなんだから・・・。」

 震えた声で言うと、音羽は更に後ろへと下がる。

 今にも落ちそうな音羽に、穹は顔を真っ青にさせ「待って、待ってよ!」と、必死で音羽を止めよと叫んだ。

「穹・・・僕が女だったら、僕の事好きになってくれた?音苑じゃなくて、僕の方を・・・。」

「何言ってるんだよ!音羽の事だって好きだよ!音羽は音羽じゃん!俺は・・・俺は音羽が男でも女でも、好きになってたよ!」

 穹は必死で叫ぶと、音羽はニコリと穏やかな笑みを浮かべた。

「やっぱり穹は、優しいね。天使の所に行きたかったのは、本当は音苑じゃなくて、僕だったのかもしれない・・・。」

 そう言うと同時に、音羽は肩足を空中へと踏み出した。そのまま音羽の体は、後ろへと倒れ、屋上の外へと投げ出される。

「音羽っ!」

 穹は急いで音羽の元へと走って行くが、間に合わず、音羽の体は真っ逆さまに下へと落下して行ってしまう。

 音羽はゆっくりと目を閉じ、空中に舞う自分の体が地面へと叩き付けられるのを待つが、突然ガシッと誰かに腕を掴まれ、衝撃で壁へと体をぶつけた。

「っつ・・・!」

 腕に痺れを感じ、ハッと慌てて上を向くと、音羽の腕を、悠木は半分身を乗り出してしっかりと掴んでいた。

「君・・・どうして・・・。何してんだよ!放せ!」

 驚きながらも、必死で悠木の手を振り払おうとするも、そのままズルズルと悠木に引き上げられてしまう。

「生憎腕力は、こっちの方が上な訳!ってか、何逃げてんだよ!お前は最初から最後まで、逃げてばっかじゃねーか!誰かが死ねば、解決するってもんじゃねーんだよっ!」

 悠木は音羽に向かい叫びながら、力の限り音羽の体を引っ張り上げた。音羽の体が屋上へと少し上がると、穹も悠木と一緒に力一杯引っ張り上げる。

 無事音羽を屋上へと上げ終えると、悠木と穹はゼェゼェと疲れた様子で息を切らす。額に滲んだ汗を拭うと、穹はグッと力強く音羽の顔を睨みつけた。

「今度は、殴るよ。」

 強い口調で言うと、音羽はギュッと唇を噛み、ポロポロと涙を流し始める。

 「だって・・・。」泣きながら音羽が言おうとすると、穹はバシッと、右手で音羽の頬を、思い切り叩いた。叩かれた頬に、音羽はそっと手を添えると、穹はギュッと力強く音羽の体を抱きしめながら叫んだ。

「全部自分のせいにするなよ!俺だって、音苑から大切なモノを奪った!音羽からだって、きっと奪ってる!音羽が悪い天使なら、俺だって悪い天使だよ!」

「穹・・・。」

 ホッと安心した様子で見つめていたマリは、茫然と座り込む音苑の腕を掴むと、無理やり立たせる。そのまま三人の居る所まで連れて居行くと、そっとその場に座らせた。

「白井さん。白井さんも、ちゃんと言いなよ。自分の本当の気持ち。」

 マリは優しい口調で言うと、音苑はそっとマリの顔を見つめた。

「本当の?」

「もう嘘吐く必要無いじゃん?自分の気持ちに。音羽君見てみなよ。あれって、白井さんの姿でも有るんじゃない?」

 マリに言われ、ゆっくりと音羽の方を見ると、音羽は子供の様に穹の腕の中で泣いていた。

 穹はゆっくりと音羽から体を離すと、ニコリと優しく微笑み、音羽の頭を撫でる。音羽は涙を拭うと、何度も穹に「ごめんなさい。」と、小さく謝り続けた。その姿を見た音苑は、途端に険しい顔になり、「嫌・・・。」と呟く。

「嫌っ!離れてよ!私の穹を盗らないで!」

 音苑は叫びながら、音羽から穹の体を離すと、音羽を睨みつけた。


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