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「違う!」


 俺は叫んだ。


 自分自身を鼓舞するように。


「科学的に、治す。全員、助ける」




 俺は、長屋の囲炉裏いろりに目を向けた。


 そこには、燃え尽きた薪の残骸、真っ黒な炭が転がっていた。


「村長、この炭をあるだけ集めてくれ! あと、真水と……生卵があれば、全部だ!」


「炭? 卵? そんなもので……」


「いいから急いでくれ!」


 俺の気迫に押され、村長が慌てて外へ飛び出していく。


 ほどなくして、沙羅が戻ってきた。


 その顔も着物も、灰まみれになっている。


「センセ! 他の家のカマドから、灰をかき集めてきたで!」


「ありがとう、沙羅ちゃん。その灰は、井戸に撒いてくれ。アルカリ性でカビの繁殖を抑える。それと、ドクダミって分かるか? 野草だ、トゥカラと一緒に、集めてきてくれ」


「合点承知!」






 ピンクの振り袖と、白い尾っぽが、長屋を飛び出していく。


 俺は、村長が集めてきた木炭を手に取った。


 ゴツゴツとした、黒い塊。


「炭には、目に見えない微細な穴が無数に空いている。その穴が、胃腸に残っている毒素を吸着し、排出させるんだ」


「毒を、吸い取るのか」


「そうだ。活性炭療法。原始的だが、最も確実な解毒法だ」


 俺は、炭を布に包み、石で叩いて砕いた。


 さらに、すり鉢で徹底的に挽く。


 黒い微粉末ができあがる。


 それを水に溶き、ドロドロの黒い液体を作った。


「見た目は最悪だが、これが命綱だ。……よし」


 次に、卵を割る。


 白身だけを取り出し、別の器に入れた。


「卵白に含まれるアルブミンもまた、毒素と結合しやすい。さらに胃壁を保護する粘膜の代わりになる」


 俺は即席の「活性炭」と「卵白水」を並べた。


「ドクダミ、あったで!」


 沙羅が戻ってきた。


「ありがとう……こいつの利尿作用で、血中に入った毒の排泄を早める」


 煎じる時間は惜しい。


 葉を揉み出し、その汁を水に加える。


 これで、準備は整った。


「沙羅ちゃん、手を貸してくれ。患者の上半身を起こして、これを飲ませるんだ」


「分かった! ……うわ、真っ黒やな」


 沙羅は顔をしかめたが、手際は良かった。


 老婆の背中を支え、口元に器を運ぶ。


「ばあちゃん、頑張って飲みや。センセ特製の、苦い薬や」


 老婆は苦しげに咳き込んだが、沙羅の励ましに頷き、黒い液体を飲み下した。


 俺も、次々と患者を回る。


 意識が混濁している者には、少しずつ、喉を刺激して嚥下反射を誘発させる。


 地味で、泥臭い作業だ。


 『業』のように、一瞬で光が包んで完治、とはいかない。


 だが、しばらくすると、確かな手応えが生じだした。






 炭を飲んだ患者の顔色が、少しずつ、死相から脱していく。


 呼吸のリズムが、整い始める。


「トゥカラ! 元気な村人と協力して、新しい水を確保してくれ! 雪解け水でもいい、煮沸してから飲ませるんだ。脱水の補正が、生死を分ける!」


「がってん!」


 トゥカラが、鼻先で桶を転がしながら飛び出していく。


 一時間。二時間。


 俺たちは、休むことなく働き続けた。


 長屋の中を、行ったり来たり。


 脈を取り、水を飲ませ、背中をさする。


 華やかな戦闘などない。


 ただ、命の灯火を、手で囲って守るような時間。




 ふと、窓の外を見ると、夕焼けが雪原を茜色に染めていた。


「……峠は、越えたみたいやな」


 沙羅が、額の汗を袖で拭いながら呟いた。


 見回せば、苦悶の呻き声は消えていた。


 代わりに、穏やかな寝息と、水を求める小さな声が聞こえる。


「ああ……なんとかなった。ただ、既に血中に入った毒素に対する効果は十分とは言えない……しばらく、栄養と水分をしっかり摂って休んでもらおう」


 俺はその場に座り込んだ。


 業を使った時とは違う、心地よい疲労感が体を包む。


「センセ、すごいやん」


 沙羅が、隣にドカッと座り込む。


 その顔は煤だらけで、タヌキのようになっていた。


「業も使わんと、その辺の炭と草で、みんな治してしもうた」


「おお……お医者様……ありがとうございます」


 村長が、涙を流しながら平伏した。


「本当に、ありがとうございます……!」


俺は首を横に振った。


「礼には及びません。それより、村長。一つ聞きたいことが……」


 村長は、涙を拭いながら、タミさんを知っている者を探すと約束してくれた。




*


  数時間後。


「そのお方なら……知っています。数日前、この港に立ち寄られました」


 回復傾向の村人が、しっかりした声で、教えてくれた。


「本当か?!」


 俺は身を乗り出す。


「ええ。我々が病に倒れ始める前です。『島の西の果てにある、忘れじの灯台へ行く』と言っておられました。そこには、『終わりの景色』が見える場所があるとか……」


「忘れじの灯台……」


「わすれじって何や?」


「いつまでも、あなたを忘れない、って意味だ。『忘れじの 行末までは かたければ 今日をかぎりの 命ともがな』なんて和歌もある。たしか、好きな相手が自分を好きでいてくれる今日の幸せのままに死んでしまいたい、みたいな歌だ」


「ふうん? うちも前は、ママの迷惑にならんうちに死んでもええって、思うてたけどな……」


「縁起でもない、俺は沙羅ちゃんがいないと困る」


「……せやな! センセの為にも、頑張らな!」


 沙羅は破顔した。


 ……死にゆく者が集うこのVRゲーム世界で、『忘れないともしび』とは、何を指すのか。


 薄ら寒い感覚を、振り払うように、俺は立ち上がった。


 疲労はある。頭痛もする。


――けれど、進むしかない。




 突然、何か思案していた沙羅が、窓の外を指した。


「センセ! オーロラや!」


沙羅と共に、長屋の外に出る。


 北の空に、淡い青緑の光のカーテン――オーロラが揺らめいていた。揺らめく光の帯は、上方だけ、ほのかに薔薇色を宿している。


「『死ぬ前にしたい10の事』リストの一つ……、叶ったな。スクショしとこう」


 俺は、空へ向かって指をタップする動作で、視野をスクリーンショットした。


「先生の戦いの勝利を、祝福してるみたいや」


 沙羅が、呟く。


「……俺の戦い……? 地味だろ。刀でバッサリ斬るわけじゃない」


「ううん。誰も傷つけんと、みんなを笑顔にする。いっちゃん、かっこええ」


 沙羅が、体を寄せてくる。肩が、俺の肩に触れる。


 微かな体温。


 白檀の香りに混じって、沙羅自身の甘い匂いがした。



「今日は、よう働いたな」


「ああ。……正直、もう動けない」




 視界いっぱいに広がる星の海。


 けれど、その美しさを知覚する脳の処理能力さえ、もう残っていないようだった。




 『業』を使った代償か、それともただの過労か。




 境界線は、もう曖昧だ。

少しでも続きが気になると思って頂いた方は、ブックマーク頂ければ幸いです。

3/30まで、1日複数話、定期的に投稿します。(全体で20話程度で、一段落となります)

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