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 沙羅が、太刀を逆手に持ち替えた。


 そして、足元の流氷を、渾身の力で――思い切り、踏み抜いた。




 ドォォォォォォン!




 華奢な体のどこに、そんな力があるのか。


 沙羅の右足が氷を貫通し、穿たれた孔を中心に、巨大な流氷の大地が轟音を上げてヒビ割れた。氷塊が大きく傾き、激しい振動が四方八方へ伝播する。


「な……なんだっ?!」


 霧の向こうで、トゥカラの声が裏返った。


 高速滑走していた白い影が、ピタリと、止まった。


「今だ、沙羅ちゃん!」


「了解やっ! 剣業執行――氷華・乱れ咲き(ひょうか・みだれざき)!」


 刹那、沙羅の周囲の空気が凍てついた。


 大気中の水分が、一瞬にして精緻で鋭い六花の結晶となって顕現する。氷の花が、吹雪の中に百も二百も咲き乱れた。


 沙羅が、傾いた氷の斜面を駆け上がる。


 寒風を蹴り、傾斜を利用して跳躍した沙羅の姿は、氷上を舞う一羽の鳥のようだった。儚くも鋭い雪の華たちが、沙羅の進む道を彩る。


 トゥカラは方向を見失い、首を左右に振って戸惑っている。


 その、隙だらけの懐へ。


 沙羅が、飛び込んだ。


「もらったでぇッ!」


 沙羅の刃が、閃いた。


 同時に、沙羅の刀身から放たれた冷気が六花となって舞い散り、トゥカラの両前ヒレを瞬時に凍結させる。


 煌めく白氷が、ヒレを覆い尽くした。


「つ、冷たっ……?! く、苦し……めっ、目が回る……!」


 沙羅の刃を受け、トゥカラが、氷の上に大の字に伸びた。




 俺は、ふらつく足で、倒れたトゥカラと沙羅の元へ歩み寄った。


「トゥカラ、と言ったか……安静にしろ」


 そう言いながら、実は俺自身も限界だった。激しい頭痛と耳鳴りが、止まない。


 ぬるり、と鼻の奥からまた、温かいものが垂れた。


 白い氷の上に、紅の雫が、一粒。


 俺は咄嗟につま先で上から細かい氷を蹴り寄せて、隠した。


 沙羅には、鼻血なんて、見せたくない。


「センセ……」


 沙羅が、振り返る。


 ドキリ、と心臓が嫌な音を立てた。


 だが、沙羅の目は俺の足元ではなく、俺の顔を真っ直ぐに見ていた。


「すごいやん。 動物の身体まで、分かるんか!」


「そ、そう……だな」


 俺は、曖昧に頷いた。




 数分後。


「……まったく、ひでぇ目に遭わされた」


 目を覚ましたトゥカラは、氷の上にぺたんと座り込み、しょんぼりと首を垂れていた。


 凍結していた両前ヒレは、体温で自然に溶けたらしく、自由を取り戻している。だが、先ほどまでの威勢はどこへやら。今は叱られた子犬のような空気を纏っていた。



「武士の情けで、峰打ちにしたったからな。感謝しぃや」


 沙羅が、太刀を鞘に納めながら言った。


 トゥカラが、むっとした顔でヒゲを震わせる。


「俺様の自慢のヒゲが弱点にもなるなんて、見抜きやがって……人間にしては、賢い奴だ。……で? 俺様を煮るなり焼くなりしなかった、ってことは。何か頼みがあるんだろ?」


「話が早いな」


 俺は沙羅と顔を見合わせ、そして、切り出した。


「人を探しているんだ。タミさんという、女性のプレイヤーを。六十代くらいの、品のいい、短い白髪の女性で……」


 俺は、タミさんの特徴をできる限り詳しく伝えた。穏やかな笑顔、知的な口調、どこか達観したような佇まい。


 トゥカラは、ヒレで顎を撫でる仕草をした。


 白いヒゲが、ぴくり、と揺れた。


「その人間なら、知ってるよ」


「本当か?!」


 俺は、思わずトゥカラの前に身を乗り出した。


「ぐ、近い近い! 顔がでけぇ!」


 トゥカラが、前ヒレで俺の顔を押し返す。フカフカした毛皮の感触が顔に当たった。


「す、すまん。……それで、タミさんはどこに?」


「ああ。一週間ほど前か。この海を、ドーム型の観光船で渡って行ったよ。『礼言島れいげんとう』へ行く、ってうちの手下に言っていた」


「礼言島!」


 沙羅が、はっと息を呑んだ。


「別名『花の浮島』! この世界の三大絶景の一つやんか! 綺麗な花が島中を覆い尽くしとって、季節ごとに色が変わるって聞いたことある! 行ってみたかったんや! ……あー、こほん。つまり、有力な情報やなぁ」


「しかしな」


 トゥカラの声が、急に真剣な色を帯びた。


「この先は、『北限の氷海』の最深部だ。海流は複雑怪奇、渦潮だらけの難所だよ。巨大な流氷が衝突し合い、航路はころころ変わる。今は、観光船も出払ってるし……素人の航海じゃ、一瞬で藻屑だ」


 トゥカラは、陣笠の下で目を光らせた。


 口元の小さな牙が、ニヤリと光る。


「俺様が、案内してやってもいいぞ?」


「本当?! ええの、アザラシちゃん!」


 沙羅が、目を輝かせた。キラキラと、星でも浮かんでいそうなほどの全開の笑顔。


「……トゥカラ様だ!」


 トゥカラの目が釣り上がった。


「勘違いするな。俺様は、強い奴が好きなだけだ。それに、最近の海は平和すぎて、退屈してた所だ。お前らとなら……面白い景色が見られそうだからな」


 ツンと顔を背けながらも、丸い尾びれがパタパタと嬉しそうに氷を叩いている。



 俺と沙羅は、ひそひそと囁き合った。


「倒したら仲間になる、とかのゲームイベントなのかな? 仲間ってことは、経験値を分け合ったり、武器を買ってあげたりとか、できるようになるのかな……」


「センセ以外、仲間増やした経験ないから、分からへんけど……そうなんちゃう? 経験値とか、レベルって概念は、このゲーム、ほぼ無いけどな」


「……じゃ、トゥカラを仲間にする、でいいか?」


「ええに決まっとるやん」



 トゥカラはパン! とヒレを叩いた。


 小気味の良い音が、氷海に響く。


「嬉しく思えよ、このトゥカラ・カムイ様がじきじきに案内してやるんだからな!」


 トゥカラが、胸を張った。


「さあ、俺様の背中に乗れ! 北海クルーズとしゃれこもうぜ! ――神霊拡張カムイ・ルプネ!」


 その言葉と同時に、トゥカラの小さな体が、瑠璃色の光に包まれた。


 光が膨らむ。


 まばゆい輝きの中で、白い体が見る見るうちに膨張していく。


 光が収まった時――


 そこに立っていたのは、小型の漁船ほどもある、巨大なアザラシだった。


 白い毛皮は相変わらず柔らかそうだが、その面積は先ほどの数十倍。堂々たる巨体の背中には、趣のある革張りの立派な鞍が据え付けられている。


「でっか……!」


少しでも続きが気になると思って頂いた方は、ブックマーク頂ければ幸いです。

3/30まで、1日複数話、定期的に投稿します。(全体で20話程度で、一段落となります)

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