国家の視線
最初に気づいたのは、
視線の質が変わったことだった。
感謝や期待とは違う。
もっと冷たく、
もっと遠いもの。
――値踏みする目。
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昼前、
再びあの“確認の男”が現れた。
今度は一人ではなかった。
装備も整い、
立ち振る舞いも、
村人とは明らかに違う。
「正式な報告に来た」
そう言って、
男は名を名乗った。
だが、
その名はすぐに忘れた。
覚える必要がないと、
最初から思われている名だったからだ。
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彼らは、
俺を広場の端に呼んだ。
長老も同席している。
だが、
話しかけられているのは、
俺ではなかった。
俺を“挟んで”、
話が進んでいく。
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「昨夜の被害は想定内だ」
「村が残ったのは評価できる」
「住民の士気も安定している」
紙の上で、
村が整理されていく。
家。
人数。
労働力。
そして最後に、
俺の存在。
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「彼は、
再現性があるか?」
その言葉で、
初めて俺は理解した。
ここでは、
逃げなかった理由など、
一切問われていない。
問われているのは、
次も同じことが起きるか
ただ、それだけだった。
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「偶然だ」
俺は言った。
「誰にでもできることじゃない」
男は首を振った。
「偶然は記録しない」
冷静な声だった。
「だが、
“役に立った偶然”は、
例外として管理する」
その瞬間、
背中に寒気が走った。
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彼らは、
英雄を必要としているのではない。
結果を出す存在を、
欲しているのだ。
理由はいらない。
問いもいらない。
必要なのは、
「使えるかどうか」。
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「この村に、
しばらく人を置く」
そう告げられた。
守るためではない。
見張るためでもない。
観測するためだ。
俺が、
次に何を選ぶか。
選ばないのか。
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長老は、
安堵した顔をしていた。
「国が見てくれている」
そう言った。
それは、
救いの言葉だったのだろう。
だが、
俺には違った。
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夜。
一人で、
剣を見つめていた。
血はもう残っていない。
だが、
重さだけが残っている。
この剣を取るかどうかを、
次は誰が決めるのか。
俺か。
村か。
それとも――
今日来た者たちか。
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英雄と呼ばれたとき、
選択は奪われた。
だが、
国家の視線を向けられた今、
逃げることすら、
選択として許されなくなりつつある。
逃げれば、
記録される。
戦えば、
利用される。
沈黙すれば、
理由を作られる。
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その夜、
俺は初めて理解した。
国家とは、
人を殺す存在ではない。
意味を固定する存在だ。
英雄の行為は、
個人の選択では終わらない。
国家にとっては、
「管理すべき事象」になる。
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もし、
次に同じ夜が来たら。
俺は、
逃げないだろう。
だがそれは、
自分の意思ではなく、
そうなるように期待されているからだ。
そのことが、
何より恐ろしかった。
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剣を置き、
目を閉じる。
胸の奥に、
はっきりとした予感があった。
この選択は、
俺一人の人生を超えていく。
血に残り、
記録に残り、
やがて――
制度になる。
それが、
国家の視線だった。




