正しさを守れ
呼ばれたのは、
特別な場ではなかった。
いつもの集まり。
いつもの顔ぶれ。
ただ、
いつもより
自分の前に置かれた椅子が
少しだけ中央に近かった。
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「君に頼みたい」
そう言われたとき、
理由は説明されなかった。
説明が不要だからだ。
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「最近は、
判断が多い」
「落ち着いている人間が
必要だ」
「君なら、
安心できる」
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それは、
評価だった。
疑われていない。
試されてもいない。
信頼されている。
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断る理由は、
どこにもなかった。
負担ではない。
危険でもない。
むしろ、
守るための役目だ。
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「今まで通りでいい」
そう言われた。
その言葉が、
一番重かった。
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今まで通りとは、
疑わないこと。
揺らさないこと。
空気を乱さないこと。
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つまり、
沈黙を正しく使え
という意味だ。
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役目は、
具体的だった。
決まりを確認し、
例外を作らず、
滞りなく進める。
それだけ。
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誰も、
「判断しろ」とは言わない。
ただ、
「守れ」と言う。
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守る対象は、
人ではない。
秩序だ。
安心だ。
正しさだ。
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初めての場面で、
一瞬だけ
迷いがよぎった。
この処理で、
誰かが困る。
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だが、
困る理由は
規則に書かれていない。
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だから、
進めた。
手順通りに。
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誰も、
文句を言わなかった。
むしろ、
場は穏やかだった。
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「助かった」
「これでいい」
「やはり、任せて正解だ」
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胸の奥で、
何かが静かに沈んだ。
だが、
波立ちはしない。
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正しくやった。
その事実が、
すべてを覆う。
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家に戻ると、
父がいた。
何も言わない。
だが、
目を逸らさない。
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そこに、
承認があった。
言葉のない承認。
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その瞬間、
理解した。
これは、
押しつけではない。
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受け取ってしまったのだ。
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正しさを守る役目を。
疑わない立場を。
沈黙の位置を。
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この役目は、
名誉でも罰でもない。
ただ、
「都合がいい」。
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疑わず、
乱さず、
迷わない人間。
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それが、
この世界で
一番信頼される。
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夜、
一人で考えた。
自分は、
何かを選んだのか。
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答えは、
分からない。
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ただ一つ、
分かることがある。
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もう、
守る側に立っている。
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疑う側ではない。
守られる側でもない。
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正しさを、
次へ運ぶ側だ。
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それが、
この家に生まれた者の
自然な行き先だった。




