疑うという異常
最初は、
本当に些細な疑問だった。
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決まりは、
前と同じように適用された。
例外は認められず、
一人の若者が外された。
理由は説明されない。
説明する必要がない、
という空気があった。
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「……それって、
本当に必要だったのかな」
思ったよりも、
声がはっきり出た。
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場が、
一瞬だけ止まった。
誰も怒らない。
誰も声を荒らげない。
ただ、
空気が整え直される。
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「今は、
そういう話じゃない」
誰かが、
穏やかに言った。
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別の者が続ける。
「後で考えよう」
「今は落ち着いて進めるべきだ」
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その言葉は、
正しかった。
不安を広げる必要はない。
秩序は保たれている。
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だから、
誰も反論しない。
疑問は、
回収されずに
棚に置かれた。
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話は、
すぐに別の話題へ移った。
それで、
問題は終わったことになった。
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だが、
胸の奥に残るものがあった。
疑問そのものより、
疑問を口にした自分への
視線だった。
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会が終わったあと、
一人の大人が声をかけてきた。
「大丈夫か?」
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その言葉は、
心配だった。
責める調子ではない。
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「最近、
少し考えすぎじゃないか」
「疲れてるなら、
休んだ方がいい」
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その瞬間、
はっきり分かった。
疑問の中身ではない。
疑問を持ったこと自体が
問題になっている。
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正しさは、
疑われていない。
疑われたのは、
自分だ。
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家に戻ると、
父がいた。
いつもの場所で、
いつものように。
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何か言われるかと
思った。
だが、
何も言われなかった。
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否定も、
擁護もない。
ただ、
沈黙があった。
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その沈黙が、
どちら側にあるのか。
もう、
分かっていた。
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疑うという行為は、
正しさを壊すことではない。
誰も壊そうとはしていない。
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ただ、
正しさの中に
人がいると
思い出すだけだ。
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だが、
この世界では
それが異常になる。
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疑問は、
不安を生む。
不安は、
秩序を揺らす。
秩序は、
守られねばならない。
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だから、
疑う者は
「扱いにくい存在」になる。
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その夜、
一人で考えた。
もう、
言わない方がいいのかもしれない。
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そう考えた自分に、
ぞっとした。
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疑うことよりも、
疑うのをやめようと
考え始めたことが
怖かった。
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正しさは、
何も言わない。
ただ、
こちらを静かに包む。
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その中で、
声を上げることが
異物になる。
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疑うという異常。
それは、
間違いを指摘することではない。
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沈黙に慣れていない
感覚が
まだ残っている証拠だ。
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それが消えたとき、
自分は
何者になるのだろう。
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その答えは、
まだ分からない。
だが、
一つだけ分かる。
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この違和感を
感じられる時間は、
そう長くない。
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だから、
今はまだ、
覚えておく。
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疑ったあの瞬間を。




