正しさの重さ
失敗だった。
それは、
誰が見ても分かるほど
大きなものではない。
だが、
確かに失敗だった。
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判断が一つ遅れ、
結果として余計な手間が増えた。
誰かが怪我をしたわけでもなく、
損が出たわけでもない。
ただ、
「もっと良いやり方があった」
それだけのことだ。
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「気にするな」
最初にそう言われた。
次に、
「まだ若い」
最後に、
「血を引いているのだから」
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言葉は、
順番に積み重ねられ、
きれいに結論を作った。
問題はない。
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だが、
胸の中に残るものがあった。
自分の判断が、
足りなかったという感覚。
それを、
言葉にしようとした。
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「自分は――」
そう言いかけた瞬間、
誰かが笑って言った。
「次はもっと上手くやるさ」
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それで、
話は終わった。
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誰も怒っていない。
誰も責めていない。
むしろ、
皆は安心している。
正しさは揺らいでいない。
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だが、
自分の中にある
落ち着かなさだけが
置き去りにされた。
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夜、
父の姿を探した。
父は、
いつもの場所にいた。
黙って、
ただそこにいる。
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「今日は……」
声をかけようとして、
言葉を選んだ。
選んでいる間に、
必要ない気がしてきた。
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父は、
こちらを見ない。
だが、
聞いていないわけでもない。
沈黙が、
最善の反応
として、そこにある。
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その沈黙が、
正しい側にあると
はっきり分かった。
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もし、
父が一言
「それは辛かったな」
と言えば。
それだけで、
何かが変わる。
だが、
それは言われない。
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なぜなら、
それは正しさに
必要ない言葉だからだ。
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村は、
うまく回っている。
秩序も、
判断も、
信頼も。
すべてが、
正しい位置にある。
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その中で、
自分の感情だけが
処理されない。
問題として
認識されない。
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不安は、
解決される。
だが、
感じたことは
扱われない。
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「守られている」
皆が、
そう言う。
確かに、
守られている。
立場も、
未来も、
評価も。
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だが、
自分自身は
守られていない。
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正しさは、
人を守るためにある。
そう教えられてきた。
だが、
今は違う。
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正しさは、
人を落ち着かせる。
人を納得させる。
人を黙らせる。
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それは、
とても優しい。
だからこそ、
拒めない。
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その夜、
一人で考えた。
もし、
この違和感を
何度も繰り返したら。
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やがて、
感じなくなるのだろうか。
それとも、
感じてはいけないものに
なるのだろうか。
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父の沈黙が、
頭をよぎる。
あれは、
強さなのか。
それとも、
耐え続けた結果なのか。
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正しさの中にいる限り、
叫ぶ必要はない。
だが、
息が浅くなる。
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その重さを、
初めてはっきりと感じた。
正しさは、
刃物のように
切りつけてはこない。
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ただ、
静かに乗ってくる。
逃げ場を塞ぐ。
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そして、
こう思わせる。
「何も問題はない」と。
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それが、
一番重かった。




