子が生まれる意味
子は、
もうそこにいた。
泣き、眠り、
何も知らずに、
ただ生きている。
それだけの存在だ。
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朝、
子を抱いて外に出ると、
村人たちが微笑んだ。
「大きくなったな」
「顔つきが、
もう違う」
その言葉に、
悪意はない。
だが、
どこか決まった調子があった。
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「将来が楽しみだ」
誰かがそう言う。
それは、
どの子にも向けられる言葉のはずだ。
だが、
この家では、
少し違う響きになる。
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俺は、
子の手を握った。
小さく、
力もない。
剣を持つどころか、
歩くこともできない。
それなのに、
この手に
未来が預けられている気がした。
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村の者が言う。
「この子がいれば、
先の心配はない」
心配とは、
何のことだ。
次の争いか。
次の不作か。
それとも――
正しさの行き先か。
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俺は、
笑って答えた。
否定しなかった。
否定すれば、
不安を生む。
不安は、
この村には似合わない。
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ある日、
領主の使者が言った。
「後継があるのは、
良いことです」
後継。
その言葉は、
子の名前より先に出てきた。
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その夜、
子を寝かしつけながら、
考えた。
この子は、
何を継ぐのだろう。
家か。
地位か。
それとも――
あの夜の意味か。
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子は、
答えない。
答える必要もない。
だが、
周囲は答えを用意している。
正しい家の子。
英雄の血。
それだけで、
説明が終わってしまう。
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俺は、
不意に思った。
もし、
この子が
全く違う生き方を望んだら。
剣を嫌い、
村を離れ、
正しさを疑ったら。
そのとき、
誰が困るのか。
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子は、
ただ眠っている。
それなのに、
眠っている間に、
役割が積み上がっていく。
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妻は、
子を見つめて言った。
「静かな子ね」
それは、
事実だった。
だが、
胸の奥で、
別の言葉に聞こえた。
――よく耐える子。
そんな言葉を、
まだ知らなくていい。
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俺は、
この子に
何を話すべきかを考えた。
英雄の話か。
成功の話か。
それとも、
迷った話か。
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だが、
迷った話は、
ここでは不要だ。
不要だから、
語られない。
それが、
一番怖かった。
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子を抱く手に、
少し力が入る。
守りたい。
だが、
守るとは何だ。
外敵からか。
不幸からか。
それとも――
意味からか。
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このとき、
俺はまだ決めていない。
だが、
確かに感じていた。
この子が生まれたことで、
正しさは
次に渡れる形になった。
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子が生まれる意味とは、
命が増えることではない。
意味が、
未来に逃げ場を得ることだ。
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この夜、
子は何も知らずに眠っている。
だが、
眠りのそばで、
継承は静かに進んでいる。




