表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/15

正しい家

最初に変わったのは、

呼び方だった。



「村長の家」

そう呼ばれていたはずの家が、

いつの間にか

「正しい家」と呼ばれるようになっていた。


誰が言い始めたのかは、

分からない。


だが、

誰も否定しなかった。



客が来ると、

決まってこう言われる。


「こちらが、

 あの英雄の家です」


家そのものが、

説明になっている。



中に入れば、

静かだ。


争いもなく、

声を荒げる者もいない。


それは、

努力の結果でもあった。


だが同時に、

期待に応え続けた結果でもあった。



妻は、

よく気がつく。


言葉は少なく、

立ち居振る舞いも穏やかだ。


誰かが困っていれば、

さりげなく支える。


それを見て、

人は安心する。


「やはり、

 正しい家だ」



その言葉を聞くたび、

胸の奥がわずかに重くなる。


正しい、とは何だ。

誰が決めた。


だが、

今さら問い直す者はいない。



子が、

少しずつ大きくなってきた。


まだ言葉も覚束ない。

だが、

すでに注がれる視線は違う。


「この子は、

 立派になる」


誰も、

疑っていない。



家の中では、

気をつけることが増えた。


大きな声を出さない。

感情的にならない。

迷いを見せない。


それは、

誰かに命じられたわけではない。


家がそうあるべきだと、

 皆が思っているだけだ。



ある日、

子が泣き止まなかった。


理由は分からない。

ただ、

泣き続けていた。


外から、

気配がした。


「……大丈夫だろうか」


その声は、

心配だった。


だが同時に、

確認でもあった。


正しい家は、

乱れない。



俺は、

子を抱き上げた。


泣き声は、

やがて収まった。


その瞬間、

胸に浮かんだ考えに

自分で驚いた。


――よかった。

 家が乱れずに済んだ。



いつから、

こうなったのか。


子をあやす理由が、

愛情だけでなく、

家を守るためになっている。



村の会議で、

誰かが言った。


「まず、

 あの家に聞いてみよう」


それは、

相談ではない。


基準の確認だ。



家は、

判断を生む場所ではなくなった。


判断が

正しいかどうかを

測る物差しになっていた。



俺は、

はっきりと理解した。


正しさは、

個人から切り離された。


次に、

家に固定された。



この家に生まれた者は、

最初から

「正しい側」に立たされる。


選ぶ前に、

位置が決まる。


それは、

楽でもある。


だが、

逃げ場がない。



夜、

家の中を見回した。


整っている。

静かだ。

安心できる。


それでも、

思ってしまう。


もし、

この家で

間違いが起きたら。



そのとき、

何が壊れるのか。


家か。

正しさか。

それとも――

血そのものか。



正しい家は、

強い。


だが同時に、

折れるときは、

 一気に折れる。



この家は、

もう俺一人のものではない。


妻のものでもない。

子のものでもない。


村の安心そのものだ。



その重さを、

子はまだ知らない。


だが、

いずれ知る。


何も選ばなくても、

選ばされていることを。



正しい家が生まれた日。


それは、

血が「期待の容器」になった日だった。


そしてこの容器は、

次の世代へ、

静かに、

確実に渡されていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ