正しさの保存
正しさは、
繰り返されることで強くなる。
だが、
保存されると動かなくなる。
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村の会議は、短くなった。
意見は出る。
だが、結論は早い。
「前と同じでいい」
その一言で、
話は終わる。
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前――とは、
あの夜から続く一連の成功のことだ。
逃げなかった判断。
素早い対応。
迷わない決定。
それらは、
失敗しなかったという理由だけで、
正しさとして束ねられていた。
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長老――いや、
前村長は言った。
「形にしておこう」
形、という言葉は
便利だった。
何を、どこまで、
どう残すのか。
誰も深く問わない。
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紙が増えた。
決まりごと。
手順。
例外の扱い。
すべては、
「うまくいったやり方」を
そのまま写しただけだ。
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「これで、
次も同じようにできる」
人々は安心した。
同じように、
という言葉の中に、
疑いはなかった。
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俺は気づいた。
ここではもう、
判断は行為ではない。
保存された正しさを、
取り出す作業になっている。
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若い者が聞いた。
「もし、
前と違う状況だったら?」
会議は一瞬、
静かになった。
だが、
すぐに答えが出た。
「前に近づければいい」
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近づける。
それは、
考える代わりに
当てはめるということだ。
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正しさが保存されると、
問いは不要になる。
問いは、
判断を遅らせるからだ。
遅れは、
不安を生む。
不安は、
成功の敵だった。
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俺は、
保存された文書を眺めた。
そこには、
迷いがない。
削除され、
整えられ、
誤差がない。
だから、
人がいなくても回る。
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それが、
一番の問題だった。
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「君がいなくても、
村は動く」
誰かがそう言った。
褒め言葉だった。
だが、
その瞬間に理解した。
正しさは、
俺からも切り離されつつある。
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保存された正しさは、
誰のものでもない。
皆のもの、
という顔をして。
だが、
誰も引き受けない。
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夜、
子を抱きながら思った。
この子が大きくなったとき、
選ぶだろうか。
それとも、
選ばされるだろうか。
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正しさが保存されると、
失敗は想定外になる。
想定外は、
排除される。
排除されたものは、
記録に残らない。
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記録に残らないものは、
なかったことになる。
それが、
保存の完成形だった。
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俺は、
初めて恐怖を覚えた。
この正しさは、
壊れない。
だが、
更新もされない。
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保存とは、
守ることではない。
凍らせることだ。
凍った正しさは、
美しい。
だが、
溶けるとき、
必ず割れる。
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この村は、
今、安定している。
だからこそ、
誰も気づかない。
正しさが、
次の世代にとって
逃げ場のない前提になりつつあることに。
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正しさが保存された日。
それは、
未来が一つに絞られた日だった。




