削られる問い
最初に消えたのは、
不満だった。
村が豊かになり、
争いが減り、
明日を心配しなくてよくなった。
誰も、
声を荒らげる理由がない。
それは、
良いことだった。
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次に消えたのは、
異論だった。
会議で誰かが口を開きかけても、
すぐにこう言われる。
「今はうまくいっている」
その一言で、
言葉は引っ込む。
正論だった。
だから、
誰も逆らえなかった。
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「変える必要はない」
それが、
合言葉のようになった。
変えないことが、
慎重さであり、
賢さであり、
責任だと考えられるようになった。
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俺は、
それを止めなかった。
止める理由が、
なかったからだ。
実際、
村は安定している。
子は笑い、
畑は実り、
夜は静かだ。
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ある日、
若い男が俺に言った。
「昔は、
もっと話し合っていたそうですね」
俺は答えなかった。
否定も、
肯定もしなかった。
その沈黙は、
肯定として受け取られた。
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「今は、
決まっていることが多いですから」
男はそう言って、
納得したように去っていった。
その背中を見て、
胸の奥がわずかに疼いた。
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問いは、
否定されて消えるのではない。
必要とされなくなって消える。
それが、
一番静かな削られ方だ。
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村の子どもたちは、
俺の話を聞きたがった。
だが、
求められるのは
あの夜の話ではない。
「どうすれば正しいのか」
「どうすれば間違えないのか」
答えのある話だけだ。
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俺は、
昔のことを話そうとした。
逃げなかった理由。
迷った時間。
救えなかった名前。
だが、
途中で気づいた。
誰も、
そこを求めていない。
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「でも、
最後は勝ったんでしょう?」
子どもは、
そう言って笑った。
その言葉は、
無邪気だった。
だからこそ、
胸に刺さった。
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勝った。
その一言で、
すべてが整理される。
問いも、
迷いも、
選択の重さも。
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夜、
一人で考えた。
俺は、
問いを奪われているのだろうか。
それとも、
差し出しているのだろうか。
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誰も、
「考えるな」とは言っていない。
誰も、
「疑うな」とも言っていない。
ただ、
考える必要がなくなっただけだ。
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問いは、
重たい。
だが、
問いがあるから、
選択は選択になる。
問いがなければ、
選択はただの手続きだ。
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村は、
手続きを覚えた。
正しい順番。
正しい言葉。
正しい判断。
それらは、
すべて善意で整えられている。
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その夜、
俺は子の寝顔を見た。
この子は、
迷わずに生きられるだろう。
だが同時に、
迷う必要を知らずに
生きることになる。
それは、
幸せなのか。
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俺は、
はっきりと理解した。
問いは、
奪われるものではない。
削られるものだ。
皆が良かれと思って、
少しずつ。
危険を避けるために。
安心するために。
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そして最後に残るのは、
答えだけだ。
完成した正しさ。
動かない判断。
それは、
次の世代にとって
最初から用意された世界になる。
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このとき、
俺はまだ知らない。
この削られた問いこそが、
次の世代を
最も深く縛るものになるということを。




