祝福の季節
村は、目に見えて変わっていった。
畑は広がり、水路は整えられ、争いは減った。
判断が早くなったからだ、と人々は言った。
迷う前に決まる。
揉める前に裁かれる。
村長である俺の言葉は、
もはや意見ではなく、前提として受け取られていた。
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「やっぱり、あの夜が分かれ目だったな」
誰かがそう言うと、
周囲はうなずいた。
逃げなかった。
正しい選択をした。
すべては、
そう説明された。
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感謝の言葉は、日常になった。
畑の収穫。
家の修繕。
小さな判断。
何かがうまくいくたびに、
「おかげで」と言われる。
俺は、
何も特別なことをしていない。
ただ、
皆が期待する通りに
振る舞っているだけだった。
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それでも、
村は安定した。
外から人が来るようになり、
商いも増えた。
領主からの使者は、
定期的に顔を出し、
短剣のことに触れた。
「良い判断が続いている」
それは、
褒め言葉だった。
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妻は、
静かに村に溶け込んでいた。
村長の娘として、
誰からも丁寧に扱われ、
誰からも期待されている。
彼女は多くを語らない。
だが、
不満も言わなかった。
それが、
この村で「良い妻」とされる条件だった。
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やがて、
子が生まれた。
小さな産声が、
家の中に響いたとき、
俺は初めて実感した。
――これは、
守られている。
そう思った。
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村人たちは、
次々に祝いに来た。
「これで、
村は安泰だな」
冗談のように、
しかし自然に、
そんな言葉が交わされる。
子は、
まだ何も知らない。
だが、
すでに意味を背負わされている。
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穏やかな日々だった。
剣を取る必要はない。
声を荒らげる必要もない。
夜は静かで、
朝は確かに来る。
誰もが、
この日々が続くと信じていた。
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俺自身も、
幸せだったのだと思う。
不安はない。
迷いも少ない。
選択は、
すでに整えられている。
だから、
選ばなくていい。
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だが、
ふと気づくことがあった。
誰も、
「あの夜」の話を
しなくなった。
血の感触も、
呼ばれなかった名前も、
もう語られない。
必要がないからだ。
成功している限り、
問いは不要になる。
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子を抱きながら、
俺は思った。
この子は、
何を引き継ぐのだろう。
判断力か。
正しさか。
英雄の血か。
それとも――
迷わなくて済む世界か。
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祝福は、
確かに温かい。
だが、
その温かさは、
形を変えて残る。
この幸せが、
次の世代にとって
最初から与えられた前提になるとき。
問いは、
生まれる場所を失う。
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この季節は、
誰にとっても幸福だった。
だからこそ、
誰も気づかなかった。
この幸福そのものが、
継承の装置になり始めていることに。




