下賜された英雄
最初に届いたのは、
短剣だった。
飾り気はない。
だが、
明らかに村で使われるものではない。
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「領主様からだ」
使者はそう言って、
短剣を差し出した。
「先の戦功に対する下賜品だそうだ」
戦功。
その言葉が、
あの夜に与えられた。
俺は、
剣を振るった覚えはある。
だが、
功を立てたつもりはなかった。
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短剣は軽かった。
手に馴染む。
使いやすい。
だが、
それ以上に――
重かった。
これは、
期待ではない。
承認だ。
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その日、
村の空気が変わった。
誰もが、
はっきりと理解した。
「これは、正式な評価だ」と。
英雄という言葉は、
もはや冗談でも、
噂でもない。
事実になった。
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長老――いや、
村長は俺を呼んだ。
「話がある」
その声は、
いつもより穏やかだった。
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「私は、
そろそろ身を引こうと思う」
予感はあった。
だが、
聞きたくなかった。
「君が、
次を継いでほしい」
断る理由は、
いくらでもあった。
だが、
通じる理由は、
一つもなかった。
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「皆が納得する」
村長はそう言った。
「領主も、
そう思っている」
その言葉で、
話は終わった。
これは、
相談ではない。
確認だ。
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村の者たちは、
祝ってくれた。
「これで安心だ」
「正しい人が上に立つ」
正しい。
その言葉が、
胸に沈んだ。
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数日後、
もう一つの話が持ち上がった。
「結婚の話だ」
相手は、
村長の娘だった。
村でも、
最も信頼されている家の一つ。
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彼女は、
静かな目をしていた。
恐れてはいない。
拒んでもいない。
だが、
選んだとも言えない。
「皆が、
それがいいと言っている」
その言葉が、
すべてだった。
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婚礼は、
簡素だった。
だが、
人は多かった。
英雄の結婚。
新しい村長。
それは、
未来の形だった。
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短剣は、
腰に差された。
村長の椅子に、
俺は座った。
妻と呼ばれる存在が、
隣にいた。
どれも、
望んだわけではない。
だが、
拒否した覚えもない。
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その夜、
一人になった。
短剣を抜き、
灯りにかざす。
美しい刃だ。
だが、
俺には分かっていた。
この刃は、
戦うためのものではない。
象徴だ。
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戦功は、
物語に変わった。
英雄は、
役職になった。
一人の男は、
夫になった。
そして俺は、
逃げられない存在になった。
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気づいてしまった。
ここまで来ると、
もう「やめる」という選択はない。
やめれば、
裏切りになる。
疑えば、
不信になる。
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すべては、
善意だった。
祝福だった。
だが、
そのすべてが、
俺をここに固定した。
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剣を取った夜、
俺は逃げなかった。
だが、
この日――
逃げ道そのものが、
きれいに片づけられた。
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短剣を鞘に戻す。
その音が、
はっきりと響いた。
この音は、
次の世代まで残る。
英雄が、
正式に英雄になった日として。
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そして、
俺はまだ知らない。
この祝福こそが、
最も強い継承の始まりだということを。




