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ハイドゥインの地下室~騎士学院の落ちこぼれ、調合師にて最強!(キリアム①初期原稿)  作者: 酒とゾンビ/蒸留ロメロ


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第10話 預け物

 別室へと招かれた僕は長い廊下を歩いていた。

 まるで城の回廊のようで、それはどこまでも続いていた。

 そしてとある部屋にへ入るなりソファーで座って待つように言われ、書斎のような内装を見ながら待つこと数十分。

 お姉さんは台車にいくつか荷物を揃え現れた。


「こちらがハイドゥイン様よりアルツェ・ポドロフが預かっていた品物になります。我々医療協会は、この品物を協会創設以来、厳重に保管してきました」


 そこでお姉さんはソファーに着くと、一枚の古そうな紙を取り出した。


「私は医療協会ウォールハーデン支部の学長を務めております、リーシャ・ポドロフと申します。アルツェ・ポドロフは私の先祖に当たる人物であり、ポドロフ家は代々その言伝(ことづて)を伝承のように、私の代まで繋いできました」

「言伝?……どういうことですか?」


 僕の言葉にリーシャさんは一瞬、不意をつかれたような表情をしたが、直ぐにまた凛々しいものに戻った。


「まずは言伝を読ませていただきます。まず一つ目はハイドゥイン様からの預かり物を厳重に保管すること。そして二つ目はこの存在をハイドゥイン様本人が現れるまで厳守すること。ただしハイドゥインと名乗った場合においても、預かり物の所在について尋ねるまでは明かさないこと。そして三つ目は……」


 リーシャさんの説明はしばらく続いた。

 言伝は長く、一度聞いて覚えられるようなものではなかった。


「これを渡す前に血液検査をさせていただきます。キリアムさんがハイドゥインであるかどうかは血を見れば明らかです」


 リーシャさんはそう言って何かの器具や水晶なんかが乗った手軽な台車を持ってきた。

 そして注射針を取り出す。


「え、血を抜くんですか?」

「はい、でなければ本当にハイドゥインなのかどうかが分かりませんから」

『キリアム、大丈夫だ。血を提供してやれ』


 イゴールの言葉に、僕は黙って腕を出した。


「ありがとうございます」

「いえ……」


 注射は嫌いだ。でも仕方ない。


 リーシャさんは僕の血を抜くなり、後ろの銀色のテーブルの上で何か作業をしていた。

 何をしているんだろかと疑問から覗き込もうとした時、満面の笑みでリーシャさんは振り返る。

 そして静かに頬を涙が伝った。


「え……」


 僕は何か言った方がいいのだろうか。


『一万年だからな。仕方がねえ』


 だがイゴールにはリーシャさんの気持ちが理解できている様子だ。


「も、申し訳ありません……これで、祖父の無念も晴れました」


 そう言ってまたソファーに着くリーシャさん。


「祖父はいつも私に言っていました。ポドロフに生まれた者には重要な使命があると……それはハイドゥインの遺物を継承者に渡すことだと、いつもそう言っていました。ですが衰えていく祖父は次第に弱さを見せるようになり、遺物は燃やしてしまえなどと、そう言ってはまた私にハイドゥインを待てと、そう言ったのです」

『罪悪感がぱねえぜ……』

「私がウォールハーデンにハイドゥインという名の雑貨屋があると知ったのは、キリアムさんがこの町へ来られる数年前のことでした。私は直ぐにウォールハーデン支部への転勤を志願しました。医療協会はもともと私の先祖が設立した機関ですし、認可は簡単に下りました。それから今に至るまで……」

「……え、まさか監視してたんですか?」

「申し訳ありません。ですが私は、もしかたらミーナさんが、もしくはリリーさんがそうではないかと、ずっとそう思いながら待ち続けていたのです。そこへ幼少のキリアムさんは引っ越されてきました」


 リリーとはおばあちゃんの名前だ。


 まったく知らなかった。

 気配すら感じたことはない。

 でも、この人はずっと僕らの誰かがハイドゥインの継承者とかいうよく分からないものであると信じて、待ち続けていたんだ。

 でもその感覚は僕には分からない。


「これはポドロフ家によって厳守されたものになりますので、ハイドゥインの遺物やハイドゥインに関してのことは、何一つ医療協会は知りません。ですがポドロフは現れたハイドゥインへの全面的な支援を言伝の中に記しています。少なからずウォールハーデン支部はキリアムさんへの全面的な支援をお約束いたしますので、さきほど受付の者からお渡ししたガラス瓶なども、また必要になった場合は気兼ねなく仰ってください。代金は必要ありません」

「え! お金はいらないんですか!?」

「もちろんです」

「でも……僕はリーシャさんの言うハイドゥインじゃないかもしれませんよ? 僕自身、ハイドゥインが何なのかまったく知りませんし……」

「キリアムさんがハイドゥインの血族であることは血が証明しています」


 するとリーシャさんは黒い液体に入った小瓶を取り出した。


『マヤの血だ……』


 イゴールがささやいた。


「こちらは言伝によればマヤ・ハイドゥイン様の血液になります。これらの物と同じように保管されていたものになります。キリアムさんの血は、このマヤ様の血と同一のものです」

「え……でもそれって、嘘かホントか一万年以上も前のものなんですよね?」

「はい。少なくとも私の祖父の代からあるものです。普通、そんなことは起こり得ないことですが、言伝通り、マヤ様と同じ血を持つキリアムさんは現れました。それだけでご支援する理由は十分です。血は誤魔化せませんから」

『血の情報に嘘はねえ』

「台車ごとお持ち帰りください。なんでしたらご自宅までお持ちしましょうか?」

「いえ、それは大丈夫です。じゃあ、台車もいただいて帰ります。あの、こんなこと聞くと不思議がられると思いますが、その、ハイドゥインってなんなんですか? 僕は物心ついた時にはハイドゥインでした。親の顔も知らず、港町でずっと孤児として生きてました。だから何も知らないんです」

「……ポドロフはハイドゥインに深く尋ねるなとも言い遺しています。つまり、それは私さえ知らされていないからです。歴代のポドロフの中にはハイドゥインについて研究していた者もいたそうです。例えばウォールハーデンにはハーデン・ファイブリースという方がいました」

「ハーデン・ファイブリース? 確か騎士学校をつくった校長の名前でしたよね?」


 トーマスくんの先祖だ。


「はい。ファイブリース家はもともとポドロフ家の分家です。ウォールハーデンの王族に爵位を与えられて以降は、ポドロフとは決別していますが、噂ではハーデンはハイドゥインについて研究していたと聞きます。それ以前ではフョードル・テトラもその一人です」

「地底論を提唱したあの偉人ですか!?」

「……よくご存じですね。はい、フョードル・テトラ・ポドロフが彼の本名です。ですがフョードルはポドロフ家とは絶縁状態にあったと聞きますから、おそらくそういったことからポドロフを名乗らなかったのでしょう」

「でも……それだけの人が調べていたのに、リーシャさんはハイドゥインについては知らなんですか? なんでもいいんです、何か小さなことでも」


 ここに来て、僕は少しばかりハイドゥインに興味を示し始めていた。

 信じ始めてると言ってもいい。


「言伝以外のことは知りません。ご法度(はっと)だったかもしれませんが、もちろん、ここにある物くらいなら触ってみたことはあります。小瓶だったり輸血針だったり……何か薬学に関わるような研究をされていたのでしょうか……ということは薬学師?……」


 おそらく調合に使っていたものだろう。


「ですがこれなどはまったく意味がわかりません。剣でしょうか? ですがこのようなものは見たことも聞いたこともありません」


 そう言ってリーシャさんが取り出したのは一本の長い刃のついた刃物だった。

 計ってないから正確じゃないけど、僕の身長くらいはありそうな長い刃物だ。

 でも敵の刃から手を守るためについているはずのガードがない。銀剣には必ずついているものだ。だから最初、棒と見間違えた。


『マグロ切り包丁だ』

「マグロ切り包丁?」

「え……」


 イゴールの言葉を自然と復唱してしまった。

 リーシャさんが不審がるのような視線を向ける。


「今、なんと言いましたか?」

「いえ、すみません。なんでもないです……」

「マグロ包丁と、そう言いましたか?」


 マグロ切り包丁だ。イゴールはそう言った。


「いや……はい。本でみたことがあったような気がしたんです」

「……思い出しました。確か祖父もそのようなことを言っていたような……キリアムさんはご存知なのですか?」

「いえ、まったく知りません。それが何に使うものなのかも分かりません。でも、刀身が長いことからして、何か大きなものを斬るためにあるんですかね」

「どうでしょう……そうなんでしょうか。私にも分かりません」

「それよりリーシャさんは、僕がどうして医療協会にこんな物があることを知っているのか聞かないんですね」

「……そうですね。確かに不思議です。何も知らないと言いながら、この場所だけは知っているなんて……ですが私はキリアムさんがお話にならないことを尋ねたりはしません。ご相談や、何か問題があった場合はこのように解決に努めます。ですが私からは尋ねません。それがポドロフの言伝です」

『変わった女だな~』


 イゴールは隣で呆れていた。


 リーシャさんは気になるようだった。

 でも僕の隣に知恵の悪魔がいるなんて誰が信じるだろうか。

 僕自身がまだ信じていないんだ。

 あとはミニークンクくらいにしか見えないし、誰も信じないだろう。

 僕は話す気にはなれなかった。

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