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『剣聖、バイトを始める。』魔王討伐の後はすべて上手く行く  作者: 伝福 翠人


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7/8

聖域防衛戦、そして“ただいま”

預言者の宣告の翌日から、攻撃は始まった。それは剣でも魔法でもない、もっと陰湿で、見えない毒のように『アオゾラマート東新宿三丁目店』を蝕んでいった。


【悲報】アオゾラマート東新宿三丁目店、賞味期限切れ商品を販売か?


ネットの匿名掲示板に、そんなスレッドが立ったのが始まりだった。瞬く間にデマは拡散され、SNSには店の外観を盗撮した写真と共に「店員の態度が最悪」「ゴキブリが出た」といった根も葉もない誹謗中傷が溢れかえる。


「営業妨害だ! なんて卑劣な!」バックヤードでスマホの画面を睨みつけ、店長が憤る。


だが、本当の地獄はそこからだった。ひっきりなしに鳴る電話は、全て無言か罵声。店には明らかにカタギではない男たちが数人単位で現れ、商品に難癖をつけ、大声で騒ぎ立てる。保健所や消防署への虚偽通報が相次ぎ、その対応に追われる店長は疲弊しきっていた。


健司は、自分のせいで大切な居場所が壊されていくことに、奥歯をギリリと噛み締めた。


「店長……俺が、辞めれば……」


「馬鹿野郎!」


店長は一喝した。


「お前一人の問題じゃねえ。これは、俺たちの店への攻撃だ。みすみす引き下がれるか!」


その時、玲奈が冷静な声で言った。


「店長、健司さん。敵の目的は、私たちを感情的にさせて、ミスを誘うことです。やることは一つです」


彼女は、壁に貼られた店舗マニュアルを指さした。


「私たちは、いつも通り、ルールに従うだけです」


その言葉が、気落ちする寸前だった健司たちの覚悟に火をつけた。戦端は、開かれた。


健司は異世界で培った戦況分析能力を、この現代の籠城戦に適用した。


「店長! 敵の攻撃パターンは三つ! 電話による妨害、クレーマーによる店内での威圧、そしてネットでの情報操作だ!」


「玲奈さん! レジ対応は任せる! 奴らの目的は挑発だ。絶対に乗るな!」


「言われなくても」


玲奈は氷の表情で頷くと、レジという最前線に立った。彼女は押し寄せるクレーマーたちの罵詈雑言を、「申し訳ございません」「規定ですので」という二つの“盾”だけで完璧に受け流し続ける。まさに絶対的防御結界だった。


健司はバックヤードで、司令塔となった。


「店長、防犯カメラの映像、全部クラウドにバックアップを! これが俺たちの最強の武器になる!」


「安田さん! 今起きていることを逐一報告する! 営業妨害と名誉毀損で、法的に対抗できる手段を探してくれ!」


スマホの向こうで、安田の驚く声が聞こえる。「赤城さん、あなた、いつの間にそんな……」。


そして、健司は最後の布石を打った。店の常連客で、SNSのフォロワーが少し多い大学生に、こっそりと連絡を取ったのだ。(敵はネットでデマを流した。ならば、こちらも同じ土俵で戦うまでだ。真実は、時に嘘よりも早く、そして広く伝わる……玲奈がスマホで見ていたニュースで学んだことだ)


「お願いがある。今から起こることを撮って、君の力で、この店の『真実』をネットに広めてほしい」


最終局面は、深夜に訪れた。預言者が、自ら店に姿を現したのだ。彼は数人の部下を引き連れ、わざと健司にぶつかると、持っていた高級そうなウイスキーのボトルを床に叩きつけた。


「おい! どうしてくれるんだ、これは! 弁償しろ! 100万円だ!」部下たちが一斉にスマホを取り出し、怯える健司と恫喝する預言者、という構図を撮影し始める。これが奴らの狙いだった。健司を暴力犯に仕立て上げ、社会的に抹殺する。


「さあ、どうする、元・剣聖! 剣のかわりに、その拳で俺を殴ってみろ!」預言者の目が、勝利を確信して細められる。


健司は、怒りで震える拳を、強く、強く握りしめた。脳裏に浮かぶのは、玲奈の言葉。『感情的になったら負けなんです』。


健司は、振り上げかけた拳をゆっくりと下ろし、そして――深く、深く頭を下げた。


「誠に、申し訳ございませんでした」


「……は?」


「お客様のお召し物、お怪我はございませんでしょうか。まずはこちらのモップで床を清掃いたしますので、少々お待ちください。弁償につきましては、マニュアルに則り、店長と本社を交えて正式に対応させていただきます」


完璧な、店員としての対応だった。預言者の顔が、怒りと屈辱に歪む。その全てのやり取りは、店内の四台の防犯カメラと、物陰に隠れた大学生のスマホが、克明に記録していた。


数時間後。大学生のSNSアカウントから、一部始終を記録した映像が


『【衝撃】悪質クレーマー、コンビニ店員に理不尽な要求』


というタイトルで投稿された。映像は瞬く間に拡散。ネットの空気は一変し、デマを流していたアカウントは次々に炎上。預言者たちの顔はデジタルタトゥーとして刻まれ、彼らは社会的な敗北を喫して、完全に沈黙した。


嵐が過ぎ去ったコンビニで、三人は床にへたり込んでいた。疲労は限界だったが、顔には確かな勝利の笑みが浮かんでいた。


ネットの空気が一変していくのを、健司は呆然とスマホの画面で見つめていた。 玲奈が呟く。


「赤城さんがマニュアルで戦って……あんなに強そうだった人たちが、もう何もできなくなってる」


その言葉に、健司はハッとした。 戦い。そうだ、これは「戦い」だった。


この反撃の記録全てが、ネットという現代の石版に刻まれている。 健司はゴクリと唾を飲んだ。市役所で職員に突きつけられた言葉が蘇る。


――あなたが生存していたことを証明する、客観的な証拠。


「これこそが、俺が“今”を戦った、何よりも雄弁な証拠なんじゃ……」


その時、ポケットでスマホが震えた。安田からのメッセージだった。


『おめでとうございます、赤城さん。家庭裁判所が、あなたの生存を認めました。決め手になったのは、あなたが提出した証拠です。コンビニの防犯カメラ映像、そしてネットに拡散された、あなたがあの店で戦っていた動画……それら全てが、“2025年の日本で、あなたが確かに生きて活動していた”という、何よりも雄弁な客観的証拠になったんです。あなたは、自らの手で自分の存在を証明したんですよ』


添付されていたのは、一枚の画像データ。家庭裁判所からの通知だった。


【主文:申立人の失踪宣告を取り消す】


文字が、涙で滲む。長かった戦いが、終わった。俺はもう、死人じゃない。


呆然と画面を見つめる健司の顔を、玲奈がそっと覗き込んだ。彼女は、いつもは見せない、とても穏やかな表情で、少しだけはにかむように言った。


「赤城さん、おかえりなさい」


その言葉は、どんな祝勝の言葉よりも温かく、健司の心を震わせた。彼は、初めて心の底から言うことができた。


「……ただいま」

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